第ニ話 職業認定試験
□■□ Re:behind首都 『職業認定試験場』 □■□
「ようこそ、プレイヤー。職業認定試験を受けますか?」
「ああ。ローグの試験を受けたい」
「札をお預かりします――『木の十番』の列へどうぞ」
首都に位置する職業認定試験場。そこにいるのは、Re:behindでは珍しい " NPC " だ。
一見俺たちプレイヤーと同じような姿ではあるが、中身はいない。この世界における事務手続きのような事をする、受付AIのような存在と言えばいいだろうか。
その存在は不可侵。見える幻のような、絶対的に存在する物のような、世界に紐ついた物。
NPCに斬りかかる馬鹿は滅多にいないが、過去に試したプレイヤーの剣はするりとすり抜け…………ついでとばかりに虚空から雷が落とされて、一撃死したらしい。
『それは駄目』って世界の声が、はっきり聞こえるような顛末だ。
「う~ぃ、俺っちは『木の五番』だ」
「私は『木の四番』、隣だね~」
「俺は『木の十番』だった」
「よっしゃ! それじゃあそれぞれの武運を祈って…………エイッ! エイッ!! オオオォォォーッ!!! オラァーッ!!」
「声でけーよ、うるせーよ……」
「行ってきまめしば~」
「その挨拶は流行らねーよ」
リュウが信じられないほどの大声で勝手に盛り上がり、そのままダッシュで扉を目指す。
それに続いて、絶対に流行らないであろうオリジナル挨拶をかましたまめしばも、すたこらさっさと行ってしまった。
どっちも好き勝手しすぎだろ。
って言っても、これから行う『職業認定試験場』での『職業認定試験』は、ソロ専用のコンテンツだ。
だらだらくっついてても仕方がない。俺もさっさと行くとしよう。
今回の試験は、どんなモンかな。
◇◇◇
「1万ミツ稼げ。この石を与える。初期装備以外は一時的に預かる。以上」
…………順番が来て木の扉をくぐったと思ったら、目の前にいた感情を感じさせないおっさんにそう言われる。
これが今回のローグの試験? それにこの場所は……首都、に見える。
行き交う人々はプレイヤーに見えるが、よく見りゃ誰もが生気がない。
試験用に拵えた、NPCと俺だけの偽物の首都か? 随分容量を使ってくれるな。
…………にしても。
「ただの石に、1万ミツか……」
鈍色の石。山とも言わず首都から出て2、3分もすれば拾えそうな、ただのつまらん小石。
これで稼ぐ? 売るのか? 10ミツだって厳しいだろ。
俺なら絶対買わないし。
「……詐欺師検定かっつーの」
とりあえず石を投げて遊びながら模擬の首都を歩く。
稼げ、と言うくらいだ。そういうイベントが用意されていてもおかしくはない。
というか、なきゃ困る。無理だろ。
◇◇◇
「……無いじゃん」
困った。
何処もが平和で、何の変哲もない首都の日常だ。
生気が無い目で顔だけは朗らかなNPC共の会話内容は、恐らくプレイヤーの模倣だろうな。
うっすらとどこかで見たような感じの奴等ばかりだ。俺やリュウのコピーとか、いないかな。
トテテテ。
目の前を小走りで通りすぎる少女。茶色の髪をくるくるさせて、危なっかしく移動する姿はまるで――パーティメンバーの一人である、ロラロニーのようだ。
あっちをキョロキョロ、こっちをウロウロ。迷子みたいに覚束ない足取りながら、何気なく首都の外へと向かってる。
……する事もないし、観察でもしに行こう。
◇◇◇
首都の外に出ると、そこにあるのはいつもの風景。
南の草原からカラフルベリーの木まで、しっかり再現されている。
これって、アレか。俺の為に作ったというより、バックアップみたいなモノの中なのかもしれないな。
「う~ん、う~ん」
そんな世界での偽ロラロニーはと言うと。
「へぁ~っ」
やっぱりベリーを取ろうとしていて、ぴょんぴょん跳ねては届かずにいる。
仮想現実の中の中、仮想の中の疑似世界でも同じ事をしてるとか、随分熱心なベリー好きだなぁ。
「取れないな~」
しょぼくれた声。ますますロラロニーに似ているな。
隠れるのも面倒だから草原の真ん中で突っ立って観察してるけど、こっちを気にする様子もないし。
マイペースで、とぼけてて、変な所で真を突きながらも、基本はトラブルメイカーのロラロニー。
NPCが形作る世界にすら登場するそのキャラクター性は、俺には無いしっかりとした物だ。真似したくはないけど。
「よ~し……」
何を思ったか、後ろにどんどん下がる偽ロラロニー。
助走をつけてジャンプするのか? ジャンプの距離は伸びるだろうけど、高さには関係なくないか?
そんな俺の疑問も知らず、じりじり後ろに下がり続ける彼女。
どんだけ下がるんだよ。もうすぐ後ろは森だぞ……入って行ったし。
後ろ歩きでガサガサ茂みに突っ込んでいく。なんなんだ、あのマヌケ。
ぼーっと見ていたら、草原に一人取り残されてしまった。
ぽつんと佇む俺一人。宛もなく石をいじくるしか出来ない。
本当、どうしたものか。
「ブモォッ!!」
「ひゃぁ~っ」
首都に帰ろうとしていた俺の耳に、バキバキと木が倒れる音と小さな悲鳴、そして牛の鳴き声が入ってくる。
これは、この忌々しい鳴き声は。
「ブフゥッ!!」
「わわわ、助けて~」
真っ黒い角は捻り曲がって、その体は青黒く、瞳は赤く濁ってる。
鬼角牛。憎き怨敵。トラウマであり、良い思い出。
偽ロラロニーにしろ、鬼角牛にしろ……縁ってのはあるもんだ。
どう考えたって、腐れ縁だけどさ。
「ひえ~食べないで~」
「ブモォーッ!!」
多分食べないだろ、牛だし。
さっさと逃げるか……頑張れよ、偽ロラロニー。
「ひゃぁ~とっても怖いよぉ~」
「ブフゥッ! ブフゥッ!」
下手な台詞だ。NPCってのは大根役者だな。
いや『ピンチの時でも危機感がないロラロニー』を演じてるって意味では、名演なのか?
「モーモー、モォ~?」
「ブモォォォォオオッ!!」
「わぁ~、やっぱり通じないよ~」
適当にモーモー言って通じるかよ。どういう思考回路だ。
……クソ。似てる。
似せるんじゃねーよ。見捨てにくいだろ。
「きゃっ、いたたた…………ひゃぁ!」
「ブフゥ……ブフゥッ」
いよいよ足がもつれて転んだロラロニーの偽物。
鬼角牛が勝利の余韻に浸りながらも、ゆっくり近づき角を構える。
涙目の女、赤い目の牛、それを見つめる俺。
クソ。試験は失敗か。
「おおい、クソ牛ぃっ!!」
手にした石を鬼角牛にぶん投げ、同時に声をかける。
前にもあったな、こんな状況。
「弱い者いじめは楽しいかよクソ牛ッ! 残念な奴だなぁ!」
「ブフゥッ」
「てめえみたいな軟弱な野獣、俺だったら一捻りだっつーの!!」
「ブモォッ!!!」
よし。標的はこっちに移った。
あとはさっさと逃げ出すか……確か煙玉がストレージに…………あれ?
見当たらない。つーか、何もない。
なんでだ? なんで……あっ!
『1万ミツ稼げ。この石を与える。初期装備以外は一時的に預かる。以上』
…………やべぇ。どうしよう。
「ブモォーッ!!」
「ま、待った! ストップ! 誤算があった!」
「モォォォッ!!」
「ごめんって! クソッ! やっちまった!」
自身の現状を確認もせず強敵に喧嘩を売るとか、リュウみたいな馬鹿さ加減だ。
何をやってんだ俺は。
用意周到、準備万端で細工を仕込んでどうにかするローグが、確認不足じゃ世話ないぜ。
「やべえな、やべえ。ここってデスペナ無いよな? つーか単純に……クソ怖ぇえ」
軽自動車ほどのサイズの大牛が、角を構えて突っ込んでくる。
痛みは恐らく軽いだろうし、この試験場じゃ死んだ時のペナルティは無いかもしれないけど……恐怖はしっかり残るだろ。
絶対忘れられないぞ、殺意を持った牛に突き殺される記憶なんて。
「あ~……やっちまったなぁ。まぁ、偽ロラロニーが助かっただけ良いか」
「ブモォォォォッ!!」
「はぁ。マジで嫌いだぜ、鬼角牛。味は嫌いじゃないけど」
首都で食べた鬼角牛のサーロインステーキ、美味かったなぁ。
野性味っていうか、そんなんがありながらも、しっかり肉の旨味がつまっててさ。
初めてのメジャーコクーンで入った日に食べたから、味わえる感動もひとしおだったし。
あ~、お腹が空いてきた。肉が食べたい。がっつり大きな、食いでのあるやつ。
「ブモォ――――」
「ギィィィィィッ!!!!」
…………と。
現実逃避を始めた俺の耳に、今度はとんでもなく耳障りな音が届く。
音の種類もさる事ながら、何よりその音の大きさが酷い。鼓膜が破れそうだ。
今度は一体なんだよ? 以前に助けてくれた【正義】さんでも、現れるのか?
そうした声を受けて足を止めた鬼角牛が、顔を持ち上げ空を見る。音の発信源は、上なのだろうか?
つられて俺も上を見上げれば…………真っ黒い空が地面に落ちて来るような映像が見えて――――
――――その後、大地震のような振動と共に、大雨みたいな土埃がぶちまけられた。
そんなありえない事を錯覚してしまうような、圧倒的なサイズの物体。
これは…………人知を超えた、とてつもなく巨大なナニカかだ。
「ギヂヂヂィッ!!!」
それは、リス。土埃が晴れて見えたのは、シマリスだった。
くりくり目玉と飛び出た前歯。茶色い毛だらけの体には、頭から尻尾にかけて三本の黒い筋。
くるんと丸まった尻尾は……1、2……いっぱいある。10本くらいの大盤振る舞い。
そんなに多い尻尾も非常識ではあるけれど、それより何より……そのデカさったら無い。
俺の10倍、いやそれ以上か?
俺の頭の位置に膝があるほど。足のツメ一つが俺の腕より太くて大きい。
…………いやいやいや。なんだよ、コイツ。
クソデカいシマリスって、いくら仮想とは言えぶっ飛びすぎだろ。
しかもそれが、空から降るとか……意味がわからなすぎるだろ。何コレ。これが試験なのか?
「ギィッ!」
「ブモッ!?」
そんなクソデカシマリスが目にも留まらぬ速さで鬼角牛を捕まえる。
器用に両手で持って、なにを……。
――――ボリッ、ボリッ
……マジかよ。食ってるぞ。頭からバリバリと丸かじりだ。
すげえな、この状況。この世の終わりか?
いくら美味い肉だとは言え、シマリスもお熱とは恐れ入るぜ、鬼角牛肉。
「キィ……」
最後は大きなおしりを後ろ足ごと丸呑みだ。
いくら可愛い見た目だろうと、こうまで大きく、そして行動次第では逆にその可愛さが恐怖を倍増させるんだな。
ああ、シマリスがこちらを見ている。
角で突き殺されていたほうが、よほど幸せな死に様だったかもしれない。
「キィ」
しかし、ふいに目を背けたシマリスは、四足を地につけどこかへ走り去ってしまった。
助かった…………けど、これは試験に関係あるのか?
ローグとデカいリスの関連性…………まるで思いつかないぜ。
「こんにちわ」
「ん?」
静かに風がさわめく草原で、偽ロラロニーが声をかけてくる。
そういえば居たな、こいつ。すっかり忘れてた。
つーか、こんにちわってなんだよ。
「あ~、無事っすか?」
「はい。助かりました。お礼にこれをどうぞ」
さっきまでの『プレイヤーらしさ』はかき消え、あくまで事務的――それこそNPC然とした態度で、何かを手渡してくる彼女。
その手にはこぶりの魔宝石が握られている。
「売れば1万ミツくらいにはなる物です。どうぞ」
「えぇ……ああ、うん。貰うよ。ありがとう」
「『試験は終了です。お疲れ様でした』」
いよいよアバターの口すら動かさず、機械音声で『職業認定試験』の処理を済ませる偽ロラロニー。
微動だにせず、こちらを見ているようで焦点が合っていない目は、ロラロニーに激似な分ことさらに不気味だ。
「『イレギュラーを確認、特別区域に移動させます』」
今度はなんだよ。もういいって……普通にゲームさせてくれ。
◇◇◇
□■□ Re:behind仮設応接エリア 『白い牢獄』 □■□
「職業認定試験、お疲れ様でした。プレイヤー」
「ああ、はい……」
息付く間もなく飛ばされた場所は、真っ白い部屋。
どっちが上でどっちが下だかもわからなくなるような、精神がヤラれそうな部屋だ。
「本来であれば『首都』と呼ばれるプレイヤーの集落内のみで行われる予定でしたが、思わぬイレギュラーがあった事、その説明の為にこちらへ移動させました。ご了承下さい」
「はぁ、そっすか……」
目の前にいるのは、疑似の首都で最初に石ころを渡してきたおっさん。
声は女性の物だから、違和感と気持ち悪さがとんでもないぜ。
「模範的な合格のルートを提示します。今後の参考にして下さい。
一。飲食物を購入し、渡した石を投入、その後飲食物の管理者に正当な賠償として1万ミツを要求。
二。他のコピープレイヤーにPvPを申し込み、一発でも当てたら1万ミツの報酬を貰う契約にこぎつけ、石を投げてぶつける。
三。1万ミツを盗む。
プレイヤーの段階でのローグの職業認定試験は、このような手段で達成される事を想定しておりました」
マジかよ。ひどいなローグの試験。
一はとんでもないクレーマーだし、二は小賢しいにも程がある。三番目に至っては、石とか関係なしの犯罪真っ向勝負じゃねーか。
「あ~、そっすか……はは。なんかすんません。……それにしても、さっきの首都は凄かったっすね。まるで本物みたいで。試験用のエリアとかそんな感じっすか?」
「回答。先程のエリアは、様々な試験……職業認定の試験ではなく、我々が現地実験を行うという用途のテストサーバー上。そのエリアです。時折、プレイヤーの試験の会場としても利用されます」
「へぇ。俺の知り合いっぽいヤツもいたんですけど、あれもそのテストエリアのNPCっすか?」
「回答。プレイヤーが試験中に出会ったものは、プレイヤーが持つ記憶を参照し、存在を希望するものと希望しないものがプレイヤーの深層心理から生み出されました。実在するエリアと、テスト用の非実在エリアの差異を埋める一つの手段です」
ああ、そうなのか。
通りでなんとなく見たことのある人が多いと思った。
そして、そうだからこそ大嫌いな鬼角牛が出て来たのか。
…………って事は俺がはっきりと求めた知り合いは、ロラロニーって事か?
なんだか恥ずいな。そんな事もない筈なんだけど。
「例によって、試験内容は他言無用です。情報の漏出が確認された時点で、プレイヤーのレベル降格処置を取ります。また、テストエリアで動作確認を行っていた為に紛れ込んだ『テスト用ドラゴン型モンスター』についても、口外してはなりません」
「ドラゴン? どれの事言ってんすか?」
「くれぐれも、何も喋らぬように。国際問題になりうる事です」
えぇ……? なんでだよ。
どういう理屈でインターナショナルな話になるんだ? 訳がわからん。
「それでは『職業認定試験場』へ戻ります」
なんだかすごく置いてけぼりになってる感じだ。
試験受けてるの、俺だよな? 俺が主役だよな?
流されるままに色々過ぎて、わからないまま終わりそうだ。
……まぁいいか。受かったし。偽ロラロニーも助かったし。
あの姿で泣かれたら、気分が悪いもんな。
……いや待て。こういう事考えてるから、システムに存在を希望してるとか思われるのか。
いかんいかん。別にロラロニーの事は、何とも思ってないぜ。
うん、別にロラロニーとかどうだって良い。大切でもないし。
もう二度と助けないぞ。
『職業認定試験』
Re:behindをプレイする上で最もわかりやすい目標である『レベル上げ』。
それを行う唯一の手段である職業認定試験場には、様々なルールがある。
一つはプレイヤー間での、他社のジョブ札は覗かない事や順番待ちの横入りはしない等のマナー的なルール。
お互いが気持ちよく過ごす為の、モラルを重視するルール。
そしてもう一つが、試験とNPCに纏わるルール。
他のVRMMOではよく見られ、しかしRe:behindにおいては珍しい存在のNPC。
そんな存在に害をなそうとすると、どこからともなく雷が落とされ、命乞いをする間もなく死亡判定を受ける。
その判断はシステム側に『ゲージ』のような物が設けられていると言われており、不快指数を一定以上超えると裁かれるというのがプレイヤーたちによる共通の認識である。
また、試験においても厳しいルールがある。
内容の守秘。必ず守らなくてはならない絶対のルールであり、それを破ったものにはレベルダウンや不名誉な二つ名等が押し付けられる。
それはゲーム内に限ったものではなく、匿名掲示板であろうと場末のチャットルームであろうと、検閲の大鷲【フレースヴェルグ】システムが必ず探し出し、この世の果てまでも追い詰め処罰を与えると言われている。
尚、試験中はNPCに害を加える事は禁止されていない。
ジョブによっては、NPCの命を奪う事を求められるからだ。




