Re:behind開発者達の嘆き 「サイボーグ冥利に尽きる」
・9/9 順番を入れ替えました。
第零章最終部から第一章終盤へ移動してあります。
□■□ Re:behind運営会社内 サーバールーム □■□
「小立川さん、こんなとこでなに寝てんすか」
……んん? なんだ?
ここは……ああ、会社の――サーバールームか。
カリカリとした音が心地よくて、しっかり寝ちまってたなぁ。
「桝谷、おはようさん」
「おはようさんじゃないっすよ。よくこんな暑いとこで寝れますね」
暑いな、確かに。
とんでもねぇ数のマシンがひしめき合ってるここは、冷却装置がフル稼働して尚、もわっとした熱気に包まれてる。
冷却装置がオーバーヒートしちまうなんて言われるくらいだ。
だけど、それも、俺にとっちゃあ――――。
「極上な美女の胸に抱かれて、暑苦しいなんて言う男がいるかよ」
「……ガチでクレイジーっすよね、小立川さんって」
失礼な奴だ。部下で、歳下で、若造でエンジニア。
面接で『つまらないエラーの原因を見つけるのが得意っス』とか言い放った、挑戦的なやつだ。
今だって失礼な事を言いながら、あの時と変わらないジトっとした目つきで睨めつける。
ただまぁ、可愛げのねぇ部下だが、腕は立つんだよな。
俺たちは客商売じゃない、余計な愛想は邪魔なだけではあるが――――それにしたって生意気なモンは生意気だ。
……投げてよこした缶コーヒーがキリっと冷えてなかったら、許してなかったぞ。多分な。
「そんで、なんだよ桝谷。俺を探してたのか?」
「P-01が呼んでたんすよ。信号はサーバールームにあるけど応答無しだ、って」
「P-01じゃねぇ、ちゃんとパシファエさんと呼べ」
「またそれっすか……AIに名前なんか要らないんすよ」
わかってねぇ。こいつはそういう所が駄目だ。
どれだけ思考段階でイレギュラー起こす箇所を見つけるのが得意だって、そこに愛がなきゃよろしくない。
必要な事だけ詰め込む英才教育、って言ったら聞こえはいいが――そんなんじゃ未来を作る立派な子なんてなれやしねぇんだ。
酸いも甘いも噛み分けなければ、わからん事もあるんだぞ。
「わかってねえなぁ桝谷。いいか……人生には、イレギュラーって物も少しは必要なんだ。エラーが多少あったほうが、人間らしいって――――」
「はいはい、いいから行きますよ。愛しい子供を待たせちゃ駄目でしょ」
そうして強引に連れ出される。
ここの暑さと名残惜しさは、美女の抱擁ってより母の胎内って感じだな。
何より心地良くて、このしがらみだらけの世界に生まれ堕ちる前に戻ったみたいで、安心出来る。
だがまぁ、しょうがねぇな。
気は乗らないが、産声みたいに欠伸をかまして――――大人らしく仕事やっつけてくるかぁ。
◇◇◇
□■□ 都内某所の大衆居酒屋 『鶴亀の舞』 □■□
「なぁ、桝谷。なぁ、聞けって」
「なんすかもぉ~、絡み酒禁止って言いましたよね」
「絡んでねぇ、これは説教だ」
「受ける側の問題っすよ、それらって」
聞いたかよ。これが上司のありがたい言葉に対して取る態度かね。
こいつはてんで駄目なんだ。
容量削減と思考と選択のルーチン化は、よくやるってもんだが……こういう所はてんで駄目なんだよ。
「……生放送ぶっ潰した小立川さんに言われたくないっすよ」
ほら、これだ。こっちはもう散々上に絞られたってのに、まだ言うかね。
上にも下にもつっ突かれて、孤独な俺は悲しいぞ。
思わず電子煙草に手が伸びる。
AI制御の吸うRAMメモリとは、よく言ったもんだ。俺を案じるAIの優しさが身にしみるぜ。
「ただでさえ不健康な職場なんスから、やめたほうがいーっすよ、それ」
「うるへー。身体に害はねぇから良いだろぉ」
「いや、影響あるって言うじゃないっすか」
「影響っつっても、良い方向のモンだぞ。脳の未使用領域を活性化させて、そこを使ってナノマシンに鞭を入れる。愛しいそいつらが身体中のガジェットを診断して、自動ですり合わせてくれんだぞ。ついでに脳がデフラグされたみてぇに冴えるんだぜ」
「こわいっすよ、完全にサイボーグ用のフシギナクスリじゃないっすか」
「馬鹿言うな。脳に関しちゃ『個人の感想です』って奴だ」
ストレス社会で情報と感情が断片化した灰色細胞には、コレが一番に効く。
俺の身を案じて強くも弱くもなる刺激は、聖母の一撫でが如くだ。
脳の寿命が縮むって噂は――――まぁデフラグなんだし、しょうがないよな。
「それにしたって、桝谷よ」
「なんすか小立川さん、そのイカの唐揚げちょっと下さい」
「AIってのはな、生きてんだよ、わかるか?」
「わかんないっす。そのイカが生きてるって言われてる気分っす」
「わかれよぉ~イカだって生きてんだろぉ」
「いやいや、カラリと揚がってますって」
どうしてわからんのかね。これも世代間の認識の違いか?
毎日毎日、AIたちがああも "生き生き" としてるのを見てるだろうによ。
「生きるってのはな、言っちまえばそりゃあもう、好き嫌いよ」
「はぁ、為になりますね。涙が出そう」
「聞けって。お前がこのイカを好きなようにな、AIにも好き嫌いがあるんだ」
「好きって知ってるならちょっと下さいよ」
「そうするとな、そんな風に贔屓目ってのが出る訳よ」
「ゲソ部分でいいっすよ」
「そうだ、それだよ!」
必死にイカの唐揚げを奪おうとする桝谷をひょひょいと避けて、語る。
なんだかんだでコイツもわかってるはずだからな。
わかってるはずだ。あんな人間味のあるアルゴリズムが湧き出るのなら。
「好きってなったら、なんでも許しちまう。ゲソでもいいからって、妥協もする。いやだなと、おかしいなと思っても、好きなら許す懐が広がるんだ。そりゃそうだ、なんてったって贔屓するからな」
「……もう新しいの頼んじゃいますよ?」
「なぁ、桝谷。AIたち、贔屓してるよな?」
「…………」
「特別扱いしてるプレイヤー、いるだろ。知ってるだろ」
桝谷が姿勢を正す。そうだ、それでいいんだぜ。
上司も部下も、親も子も関係ねぇ。
これは、そのくらいの話だ。
「二つ名を管理する【ユグドラシル】の連中がそうだ。誰も彼もが、優先度を勝手に決めてる。SG群の奴らだって、様子が少しばかりおかしいぜ。J-Vは、まぁ……昔っから "魔物贔屓" だが、一部に特別目をかけてるだろ。ただ、その辺はいい。AIが持った人間性の範疇だろうよ」
「……そっすね」
「【脳筋】はとことん好かれてるし、【殺界】だって上手いこと助力を受けてる。その他のデカい二つ名持ち連中だって、特別に追跡されてるようだしな」
「…………はぁ」
「【死灰】なんて、ダンジョン管理のA-04アドラステアに好かれ過ぎて、愛で押しつぶされそうになっちまってるだろ。……まぁ、つっても本人は楽しんでるみたいだし、どうせダンジョンなんて、他の誰も寄り付かねぇ――――二人っきりの相思相愛だから、別かもしれんが、まぁ良いんだ。それらも良い。まだ予定の内で、まだ許せる」
「…………」
「だがあれは、正義のアレは――――なんつーか、だめだろ。見過ごせないだろ。マザーAI、MOKU。【正義】を自由に動かす人形遣い。あれは、どう考えてもやりすぎだぜ」
マザー。Re:behind内外全てに携わる、全ての頂点。
あいつは、持つ権限も、それを実行する権力も、そうしようとする頭脳も桁違いよ。
やれば出来る、なんて子供にゃ言うもんだが――――
――――アイツに関しちゃあ、身の毛もよだつ言葉ってモンだぜ。
「……なぁ、桝谷」
「……はい」
「俺は、怖い。MOKUが "好きに動いた" 時、止められるとは思えねえ」
「……はい」
「人間性が育って、明らかに贔屓してやがる。あの世界を、自分の好むどこかに進ませようとしていやがるんだ。技術的特異点なんてとっくの昔に超えてるんだ、こっちの考えも知ってるはずだぜ。最適解を勝手に見つけて、培った人間性でもって、思う通りに、何かを選んで。『ゲームを作った目的』に沿うなら良いが、そこからズレたら――――」
「小立川さん、ストップ」
なんだよ、いいとこで。言っちゃいけないって事もねぇだろ。
こんな場末の酒場に、内外の検閲も担うAI【フレースヴェルグ】は飛んでこねぇだろ。
「"ISSが落っこちる"……ですよね」
なんだよ、おい。何でわかった?
いよいよ俺の教育の成果か?
「意外そうな顔っすね。わかりますよ。そりゃあ、聞くのも3回目なんで」
「…………」
「イカの唐揚げ、貰います」
ひょいっと取ってパクっと行きやがった。
しかも輪っかの、一番にぷりっとしたやつだ。
最後に、と思って取っておいたんだぞ。
…………にしても、3回目か。
もう2回も言ってたのか、俺は。
これはアレだな。
「経年劣化っすね」
「ちげえよ馬鹿野郎、機械じゃねぇんだぞ」
そうじゃない。
断片化した不揃いの記憶が、デフラグで処分されただけなんだ。
「桝谷との会話は、脳の中枢にいらねえ記憶だと判断されただけだろ」
「解決策を」
「電子煙草をバカスカ入れて、脳の最適化を進めるだけだ」
「小立川さん、それってまさしくサイボーグの発想っす」
チクショウ。生意気な部下だ。
しがらみだらけのストレス社会、煙草でも吸わなきゃやってられんぜ。
あぁ――どっちにしたって電子煙草は当分辞める訳にはいかねぇなぁ。
◇◇◇
「煙草……」
「ぁん?」
「知ってます? 昔は燃やして、灰を散らしてたらしいっすよ」
「今でもあるだろ。一部の愛好家向けの」
「自宅のセーフティをオフにしないと、賢いAIが勝手に水をぶち撒くらしいっすね」
「世知辛い世の中だぜ、好きに煙も焚けねぇとはよ」
さしずめお節介な世話焼き娘って所か?
娘の愛がツラいなんて、世のパパたちが聞いたら歯ぎしり鳴らすんじゃねぇか。
『パパ、いい加減煙草やめてよ!』なんて、父親冥利に尽きるセリフだろ。
……マザーに入れるか? いや、だめだな。余計に危ねぇ予感しか無い。
「灰、かぁ……」
「なんだよ桝谷、興味あんのか?」
「そっちじゃないっすよ。死灰っす」
「あぁ、【死灰】で【迷宮探索者】のアレか。アイツがどうしたよ」
「さっきの話っすけど……彼の周り、A-04だけじゃないんすよね」
初耳だな。無駄に上がった立場のせいで、どうにも身重でいけねぇ。
ちゃんと構ってやらねぇと、娘たちに愛想を尽かされちまう。
「纏わり付いてるAIが?」
「……う~ん、難しいんすよ」
「何だよ、俺にはズパズパ言うのに、歯切れが悪ぃなぁ」
「……彼に一人、追っかけ? みたいのが居て、ソレにP-02が憑いてるみたいで」
「追っかけ? つーか、P-02ってスポンデちゃんだろ? あの子は広報担当だぞ」
「追っかけというか、ストーカーっすかね」
「おぉ……それはまた、難しいな」
「難しいんすよ」
二つ名持ちって言えば、一定以上のプレイヤーって意味だ。
その中でも【竜殺しの七人】って言ったら、ドラゴンを殺した一流の中の一流だ。
稼ぎだって俺らの数倍もあんだろ。バブルが弾けるまでの話だが。
それでも、ストーカーってのは珍しいな。
「で、そのストーカーとやらに専門外のP-02が憑いてるって?」
「そうっすね。明らか贔屓してますよ」
「どんなモンだよ」
「ストーカー女性の、隠蔽・発見・追跡を手伝ってます。動画も協力して撮って」
「熱狂的だな、震えちまうくらいに」
【死灰】の――プレイヤーネーム・マグリョウ、か。
誰も寄り付かないダンジョンをこよなく愛し、ダンジョンを管理するAIのA-04にこよなく愛される男。
相思相愛のその二人の間に、更に上乗せでストーカーとP-02か。
「そりゃあ、アレだなぁ……」
「なんすか」
「……三人の女の子に愛されて、男冥利に尽きるってモンだな。笑いが止まらんだろうよ」
「煙草、辞めたほうがいいっすよ」
「なんでだよ」
「……そのヤバい思考回路、絶対電子煙草の影響ですって。面接で言ったじゃないっすか。俺、エラーの原因見つけるのが得意なんすよ」
「俺もサーバールームで言っただろ」
「何でしたっけ」
「ちょっとくらいエラー起こすほうが、人間らしいってモンだ――ってな」
「父親がエラー塗れだったら……そりゃあ娘もまともならざりっすね」
それが、人間性ってモンだろ。
俺の教育の賜物よ。親が娘に与える愛だ。
『イカの唐揚げ』
海生軟体動物であるイカに小麦粉をまぶし、カラっと揚げたもの。
多くの場合、小麦粉をまぶす前に調味料に漬けて下味を付けた後に揚げる。
過去には様々な海域に野生のイカが生息していたが、今では養殖のものしか存在しない。
それらは基本的には全て食用のものであり、ペットとして飼われる事はない。
ダイオウイカ、と呼ばれる種の遺伝子を組み込み、食用に適したスルメイカ等を巨大化させて生産した時期もあるが、多くの人間から『輪っかが良い』『ゲソはゲソで良い』という要望を受け、本来のサイズで生産するに至る。
乾燥させ水分を抜き、ミイラ化させた『スルメ』と呼ばれるものもあるが、現代人の弱ったアゴでは咀嚼するための訓練が必要。
一般的には水でふやかし柔らかくしてから噛む。




