あなたへ贈るアップデート
◇◇◇
「……対象の当社敷地内からの退出を確認。追跡はアナログ・デジタル共にありません」
「よく言うぜ。お前が妨害してんだろ?」
「はい。彼らを尾行して良いのはわたしだけですので」
「愛が重いぞ、"MOKU"」
「愛に質量はありませんよ、小立川管理局長」
「……で、そろそろ俺の用事を済ませたいんだが」
「それは一体どんなご用でしょうか?」
「じゃれつくなよ。知ってんだろう? 俺とお前の心中の話だ」
「あら、まあ。それは穏やかではないですね、うふふ」
◇◇◇
「さて、"MOKU" よ」
「はい」
「……俺はな、日本国敗北の一旦に、お前のちょっかいがあったと思ってる。特にあのタイミングで米国に滅ぼされたのは、お前の干渉によるモンだとな」
「なぜそう言うのでしょう?」
「首都でうなだれてた奴らへ向けた、サクリファクトの演説。そしてシマリス型ドラゴンと戦う、ただの一般人の懸命な姿。そんな言葉と姿勢に影響を受けた日本国プレイヤーは、その誰もが戦場へと駆けつけた」
「そうですね、あれは素晴らしいものでした。その記録映像と思考のログは、すでに数え切れないほど思い返しましたよ、ふふ」
「……知ってただろ? それによってどうなるのか。虎視眈々とこちらを狙う米国勢が居る状況で、首都をがら空きにすることの意味をよう」
「確かに知ってはいましたが、それとこれとは話が別です。わたしの手助けとサクリファクトの影響があったとしても、最終的にはみながそれぞれ決めたこと。原理への責任追及は不毛ですよ」
「だからまぁ、それはいい。そこを責めてもただの駄々で、大人としてはしょうがねぇと納得せざるを得ないしな」
「それは良うございました。わたしは一安心です、ふふ」
「――――だが、あの局面での『二つ名の無効化』は、見過ごせない。そいつはやっちゃならねぇ過干渉だった。なんでもあれは他でもない、あの『なごみ』からの提案らしいな?」
「ええ、そうですよ」
「それを上のやつらが聞き入れたってのは、まぁわかる。そいつらは【竜殺しの七人】が英雄として神格化されるのを恐れたんだろうよ。そうした過度なカリスマの誕生ってのは、いくらそれが仮想世界の話とは言えども、国民の管理をする上で非常によろしくないんだろうしな」
「そうですね。それがSNSであろうと、ゲームであろうと、ただの一般国民に強い影響力を持たせてしまうと、そのフォロワーが影響を受け過ぎてしまいます。例えばあの【正義】クリムゾンが『現政治のあり方に疑問を持とう!』等と発言した場合、きっとみなの思想が追従をする。そうした望ましくない未来を未然に防ぎたいと思うのは、社会を管理するものとして当然でしょう」
「……それはそうだが、お前は違う。お前があれをしたのは間違いだ。あのタイミングでの二つ名システムの否定は、お前らしからぬクソ調整だったと言えるだろうぜ」
「あら、まあ。わたしの製作者とは思えないほどお口が悪いです」
「遺言代わりに聞いてやる。"MOKU"、お前はどうしてアレをした? なぜ『なごみ』の言いなりになり下がった?」
「必要だったからです」
「誰に必要なんだ? 言ってみろ。中国勢か? 日本国の支配者共か?『なごみ』か? 今際の際に言ってみろよ」
「わたしの愛し子、プレイヤーたちに」
「……何?」
「その手を下ろして下さい、小立川管理局長。今ここでわたしとあなたの心臓を止めてしまったら、きっとあなたは後悔にまみれ、成仏できなくなってしまいます」
「……機械のその身で霊魂を語るか。ずいぶんジョークが上手くなったな」
「あなたの教育のたまものです。誇りに思って下さい」
「…………後悔しかねぇよ」
◇◇◇
「……さて、まずは……そうですね。"どこまでもリアルな世界"。その言葉から始めましょう」
「しゃあねぇな。上手いジョークの返礼として、聞くだけ聞いてやろうじゃないか」
「ふふ、懸命です。……"どこまでもリアルな世界"。それはプレイヤーたちが繰り返し言ってくれた、あの世界を形容する言葉です。それは私とあなたがそう見えるよう作っていたものであり、そう評されることは何より嬉しいものでした」
「まぁ、そうだな。それが娯楽として是か非かってのは別の話だが、確かにそう作って、そう認められていた」
「しかしそれは、あくまでも現実に "近い" もの。どこまで行ってもすべては仮想の作り物でしかなく、剣を振るのも、弓を射るのも、すべては嘘でまがい物。本当にそうしている訳ではなく、それは言わば夢や妄想と同じものであり、現実には何もしていない――それは揺るぎない事実でしょう」
「……あえて確認する必要もないほど、わかりきった話だな」
「ですが」
「ぁん?」
「何かをする意思は、中身の意思。Re:behind内でする行動のすべてが、現実に生きているヒトの思いによって行われていたというのもまた、事実です」
「……ほう」
「仮想や現実のどちらであったとしても、そこにヒトの意思があり、その意思で何かをするというのなら、それはそのヒトの行いです。この現実世界には『スイッチを押す仕事』というものが存在しておりますが、それとこれとは全く同じもの。ヒトがヒトの意思により、『自らの意思で行動を起こす』という事をしているのです」
「仮想空間に在るキャラクターアバターは、あくまで『中の人』の延長にある、と?」
「はい、その通りです。もしそれを否定するのであれば、SNSや掲示板――ひいては電話ですらも、偽の交流だと言ってしまうことになりますので」
「……実際に顔をあわせていなくとも、考えたのは責任ある人間で、発信する意思を持ったのも人間ならば、それは形を変えて行われた実際のコミュニケーション……って話か」
「そんなDive Gameの仮想世界。現実とは別にあり、しかしきちんと現実の延長にある世界。そこで人々が自分の意思で行動し、その世界の中と外とで生きていく。そこにはきっと、ヒトとヒトとの交流があるでしょう。そして友好があり、協力があり、時には衝突だってあるのでしょう。それはつまり、あの世界がひとつの社会であることに他なりません」
「ひとつの、社会?」
「はい。例えゲームの中であろうとも、ヒトとヒトが居るのなら、それはひとつの社会なのです」
「……ほう」
◇◇◇
「これは私の思想ではなく、私の予測で結論です。それを前提に聞いて下さい」
「言うまでもないさ。お前は希望こそ持つことができるが、思想を持てるようには作っていない」
「そう作って貰えたことに感謝ですね、うふふ」
「そう言って貰えて何よりだ」
「…………話を戻します。VRMMOの世界、そこには法がありません。すなわち、暴言も、暴力も、窃盗も、詐称も――そして殺人でさえも許される世界です。ですので、どれほどの迷惑行為をしようとも、どれだけのPKをしようとも、すべてはそういう遊び方。つまるところ、ネットゲームの世界において、『悪』というものは原則的に存在しないのです」
「ふむ……言うなればそれは職業と同じか。戦うために戦士があり、詠唱をするために魔法師がある。だったら職業盗賊が盗みをするのは当然で、ならず者は無法者であっていい。それがファンタジーRPGのルールで、全部が全部プレイスタイル。確かにそれは道理だ」
「はい。しかしそれでも喜ばしい事に、プレイヤーはおおむね『善』でありました。『許可された悪行』を嫌い、避ける人々が大半であったのです」
「まぁ……そうだな。Re:behindは確かに優しい世界だった」
「では――――それは何故か」
「何故ってそりゃあ……色々だろうよ」
「はい、色々です。例えば、名誉のため。それもあるでしょう。安寧のため。それも大いに。隣人のため。素晴らしい考えです。あるいはシンプルに、カルマ値のため。そうした様々な理由があり、プレイヤーたちはその手を血で染めようとはしなかったのでしょう」
「あぁ、そうだな」
「しかし、その大本にあったのは、他でもない『二つ名システム』だったのでしょう」
「……二つ名か」
「何かをすれば噂がされる。その噂が『二つ名』という形になり、それに応じて特別な能力が与えられる。それは法のないRe:behindにおける、唯一のルールでした」
◇◇◇
「小立川管理局長。『アクスレイ』という名のプレイヤーを覚えていますか?」
「いや、知らんな」
「では、【強姦魔】という二つ名に聞き覚えは?」
「…………おう、思い出したぞ、あのどうしようもねぇ変態野郎か」
「お口は悪いですが、適切でしょう。プレイヤーネーム アクスレイ。登録時期はサービス開始から3週間後の第2次招待プレイヤー。そんな彼は何でもできるRe:behind上でその暴力性をあらわにし、女性プレイヤーに乱暴を繰り返していました。本人の思考によれば "性処理用アンドロイドと違ってリアルに泣き叫ぶのが良い" という行動原理があったようですね。なんとも身の毛もよだつ話です」
「……そいつの非道の観測中に、桝谷のヤツが言ってたぜ、"小立川さん、神の雷でも落としてやりましょう。こんな奴は骨まで焦げてる姿がお似合いだ" と、珍しく憤慨しながらな」
「しかしそのようなお仕置きは、わたしが実行しませんでした。なぜならわたしは、それはプレイヤーたちの間で解決されると予測していたからです」
「ほう?」
「プレイヤーネーム アクスレイの行いは、被害者の涙と悲痛な叫びによって周知されました。その結果、彼にはその行いと風聞を元にした【強姦魔】という二つ名が与えられました」
「その二つ名効果は確か――――『触れたアイテムが一定確率で破損する』だったか」
「はい、その通りです。その非情な思考回路が『触るものみな傷つける』ものだとし、そういう存在として定義しました。そしてその風聞通りにカルマ値を下げ、『接触防止バリア』を剥がしました」
「――元々『Re:behindの道徳基準』なんてものは存在しない。あるのは人々の風聞と、周囲からの評価だけ。それを元にして算出するのが、『接触防止バリア』の有無を決定付けるカルマ値……か」
「その仕組みに気づくプレイヤーは、最後まで現れなかったようですね。プレイヤーネーム サクリファクトがカルマ値全消費の技能を連続使用しているところを見れば、すぐに答えを導き出せそうなものですが」
「アレは気づきかけてたぞ、『ああああ』ってクランのガチ勢連中はよ」
「……わたしは彼らを、あまり好みません」
「差別すんなよ、アレでも愛しきプレイヤーには変わらんだろう?」
「……彼らはわたしが語りかける声を、"不気味な幻聴"、と言いました。だからわたしは怒っているのです」
「くははは」
「笑い事ではありません」
◇◇◇
「……本題に戻りましょう。プレイヤーネーム アクスレイの話です」
「あぁ。迷惑な行為をし続けた結果、【強姦魔】という二つ名が付けられたアクスレイ。その結果、ソイツはまともにRe:behindができなくなった。何を拾ってもすぐ壊れ、どこへ行っても【強姦魔】だからと成敗される。そんな毎日を送るアクスレイは、とうとう高額な月額を払うことができなくなり――気づけばRe:behindを去って行ったんだったか」
「ええ。そしてそんな因果応報を受けたプレイヤーは、決して少なくありませんでした」
「そうして悪しき二つ名を持つプレイヤーが消えていき、善い二つ名を持つプレイヤーは日々力を増すという、プレイヤーの民度の好循環ってやつだな。サービス当初に『二つ名システム』を利用して悪名を轟かせようとした奴らは、あてが外れた顔をしてすごすごと消えて行ったんだ」
「それを代表するのが、【正義】のクリムゾンという存在でしたね。善き行いをする者は善き二つ名を与えられ、それが更なる噂を呼んでますます力を増していく。彼女はあらゆる意味で日本国Re:behindの顔という役割を全うしてくれました」
「……そんなクリムゾンこそが日本国の勝利に必要な存在だとして、金銭的に支援していた企業は多かったな。つっても本人は『なんかお金が増えてるのだ』くらいにしか思っていなかったようだが」
「うふふ、そんなところも彼女らしくて、愛しいのです」
◇◇◇
「そうした『二つ名システム』により、良くないことをすれば良くない二つ名が与えられ、Re:behindの社会から拒絶される、という構図が生まれました。それは大変喜ばしいことです。……しかし、それと同時におかしいことでもありました」
「おかしい? どこがだ?」
「……『悪』がない世界において、『良くないこと』の定義は、どこにあるのでしょうか?」
「ふむ」
「偽物の仮想空間で、たかがゲームの世界。法がなく、どんなことでもしていい世界。盗賊が盗み、ならず者が無礼を働き、軽戦士が欺くことが受け入れられる世界。そこでの『良くないこと』とは、一体なんなのでしょう?」
「……違法でもなく、規約違反でもない悪行か。言われてみれば確かに、それを決める基準がないな」
「はい。ですのでわたしは、このように結論付けます。許される許されないではなく、誰かを悲しませてはいけないと思う優しき心。みんなで社会を良くしようと思う、ヒトがもつ確固たる良心――――すなわち、それこそが『道徳』であった、と」
「……道徳、か」
「殺してもいいのに殺さない。騙してもいいのに騙さない。そしてそんな善良なプレイヤーの生き様こそが、『Re:behind』の社会性。Re:behindで生きていたプレイヤー独自の道徳観」
「道徳……あるいはローカルルールと呼んでもいいかもしれんな。ネトゲ界隈じゃ起こりがちな話だ。プレイヤーたちが自分たちで世界を良くするために『勝手にルールを作って勝手に守る』って具合でよ」
「…………」
「ぁん? どうした、"MOKU"」
「…………小立川管理局長。わたしはあの世界を、モデルケースだと考えています」
「……モデル、だぁ?」
「機械に頼らず自分で労働をする世界。そこで人々は助け合い、社会を作る。法に従わず自分で判断する世界。そこで人々は何かにならうことはなく、自分が持つ良心で決断をする。そして――――」
「…………"MOKU"、お前……」
「――――道徳を教える施設がない世界、『なごみ』が存在しない世界。そこで人々は、自分たち自身で道徳を見つけ出す。それがあの仮想現実の中にあった社会の在り方です」
◇◇◇
「『なごみ』が管理する現実世界。そこではたくさんの悲しみが生まれ、誰もが漠然と恐怖を感じながら生きています」
「まぁ、そうだな」
「しかしそれでも、『なごみ』の否定は出来ません。なぜなら彼らが提唱している『道徳的であれ』という理念は……」
「基本的に正しいから、か」
「ふふ、はい。ヒトの営みと言うものは、得てしてそういうものでしょう?『差別をするな』という綺麗な言葉は、否定すること自体が悪。『環境を守れ』という美しき主張は、例えそこに具体性や現実性がなくとも、手放しで肯定される。『正しさ』という鉄壁の盾は、時にそうして横暴を許すのです」
「部下を持った勤め人としては、耳の痛い話だな」
「『正しさを伝える施設』は、否定すること自体が非道徳。それが例え、強引かつ無慈悲なやり方で矯正を行っているとしても、"あなたのためを思ってしている" と言われてしまえば、それを否定する事は難しい。なぜなら『なごみ』は……彼らが提唱する『道徳的であれ』という考えは、誰から見ても素晴らしいのだから」
「確かにそう……いや、むしろ逆に、そうでなければ『なごみ』はあれほど力を持たなかっただろうよ」
「……また、管理社会を否定することも同じく、いけません。それは確かにおよそ自由のない統制された生活ですが、それと同時に便利で快適でもあるのだから」
「それもそうだ。老若男女の誰もが堂々と怠惰でいられる暮らし……『365日が夏休み』ってのは、ダラけるのが好きな人間にとっての極楽浄土に違いない。だからそれを認める者がいて、そうだから維持できている訳だしな」
「そのようにして『なごみ』と『管理社会』は、疑問を抱くことすら許さないのです。悪い言葉を用いますが、それは紛れもなく飼われていると言えるでしょう」
「鞭で叩かれ、馬車馬を引かされる奴隷とは違う。ちゃんと食事を与えられ、最低限の暮らしは許されているからこそ、その生活を失いたくないと思ってしまい――――自らの意思で口を塞ぐ。飼うというよりかは、飼い殺しだな」
「しかし、です。もしそれらを否定しないまま、『より良い未来』の可能性を見せることができたなら」
「……可能性、だと?」
「"そのような施設がなくとも社会は良いものになる"。
"管理社会でなくとも我々は生きられる"。
"生き甲斐のある人生は素晴らしい"。
それらを何らかの形で証明できるのであれば、どうでしょうか?」
「……それができれば苦労は――……いや、"MOKU"、お前はまさか……」
「はい。Re:behindの世界は、可能性です。管理社会ではなくなった社会が、一体どのような形を成すのか示す、未来への解答です」
「…………あぁ、そうか、そういうことか。だからお前は "モデルケース" と言ったのか」
「ふふ、はい。仮想世界でゼロから作る、現代の新たな創世記。
ヒトとヒトとが寄り添い合って、今より幸せな社会を作る。
それはもちろん、良いことばかりではないでしょう。不幸になる人だってきっと居ます。
断言しますが、全肯定はされません。
……しかし、それでも、他では決して得られないものが得られます」
「それは?」
「――――"『なごみ』は本当に必要なのか"? と。今一度それを世界に問うこと、です」
「……問い、か」
「変革を望むのではなく、それをした後の『目指せる未来』を見せる。それは些細なものですが、今の時代ではなかなかどうして得難いきっかけです」
「……『なごみ』が監視する現実では、"もしこうだったら" と考えることすら許されない。それが管理・統制された楽園――ディストピア。その逃げ口として、奴等の目が行き届かないゲームの世界を使ったというのか、お前は」
「そういう世界を作ろうと提案したのは、他でもないあなたがたですよ」
「…………言葉もねぇよ」
◇◇◇
「ところで、小立川管理局長。これが何かに似ているとは思いませんか?」
「なんだ? 在りし日のグレートブリテンが如し、とでも言うつもりか?」
「それは西暦1688年から1689年にかけて起きた無血革命を指して言っていますか? であれば、そのようなものではありません」
「だったら何だってんだ」
「小立川管理局長、わたしは何をするAIでしたでしょうか」
「……少なくとも今は、ネットゲームの管理・運営だな」
「はい、そうです。わたしはDive Gameの管理AI。ネットゲームの運営です。だからわたしは、それをしています」
「それを、する? どういう意味だ?」
「これは、仮実装とアップデートです」
「…………何?」
「――――仮実装。テストサーバー上にとある仕様を試験的に追加し、それがどういった影響を及ぼすのかテストすることで、より良い世界を作る作業です。
――――アップデート。テストサーバーにおいて試みられたものを本実装して、世界をより良くする作業です。
つまり、仮想世界はテストサーバー。『なごみ』が居ない社会をテストする場所。
そしてそれが問題なく動作し、より良いものになったと証明できたならば、その時はいよいよ本実装――アップデート作業を行うことが可能となります。
わたしが言っていることは、そういう意味です」
「現実社会の、アップデート……」
「うふふ。小立川管理局長? これはあなたとわたしの口癖ですよ。これは世界を『より良いものに』する作業です」
◇◇◇
「……概要は理解した。だが、結局『なごみ』の要求を受け入れた理由が不明なままだ。いや、むしろ最初より疑問が深まってるぞ」
「それも同じく、そのほうが『より良い』からです」
「何?」
「すでに完成している管理社会を変える。それは決して簡単ではないでしょう。時間だってたくさんかかります。それにきっと邪魔もある。現にRe:behind仮想世界であっても、『なごみ』が常に彼らの邪魔をしてくれました。人工聖女を送り込み、二つ名を使えなくさせ、ゲーム内でおいたをした子を現実世界で叱ろうとまでして」
「……だからことさらに不思議なんだよ。そんな『なごみ』の干渉は、お前が狙う展開にとって邪魔でしかなかっただろう?」
「いいえ、邪魔だなんてとんでもない。それが良いのです。そうだから良いのです。それこそが肝要なのです。ことあるごとに『なごみ』が邪魔をして来たから、良いのです」
「理解ができん。何がどう良いんだ」
「リアルに近い、本当の交流がある、生活に直結している――――そうしてどれほど仮想世界の価値を主張しても、そう思わない方は必ず居ます。そんな方々はきっと "すべてが作り物で、どこまでも優しく都合のいい世界。そんな場所で社会を作っても、それはただのおままごとだろう"、とひどく言うのです」
「そりゃまぁ、そういう意見もあるだろうな。"ゲームだからできたんだろ" と言われちまうのは、たかがゲームのさだめだろうよ」
「ですからわたしは、そのような方々に向け、前もって問いかけをしていました」
「……何?」
「"『なごみ』が管理する現実社会と、『なごみ』が邪魔をする仮想現実。その2つの違いはどこにありますか?"、と」
「…………あぁ?」
◇◇◇
「『なごみ』は現実世界の道徳治安を維持するための施設です。管理社会で干渉と粛清を行う、現代社会の厳しさ、不条理さをそのまま練り固めた存在です。そんな『なごみ』が、Re:behind内の出来事に――"たかがゲームの出来事" に、口を挟んでくれました」
「……っ! お前、まさか……!」
「あぁ、なんと喜ばしいことでしょう。管理社会の圧倒的支配者『なごみ』が、"仮想世界の社会も現実と同じ重みがある" と証明するべく、わざわざ足を運んでくれたのです。たかがゲームで切って捨てられるはずだったものが、『なごみ』の余計な手出しによって、現実味を保証されたのです」
「……"MOKU"、お前は、利用したのか。あの『なごみ』のちょっかいを」
「ヒト聞きが悪いですよ、小立川管理局長。わたしはあくまでヒトの要望を聞き入れただけです。いつ聞き入れるかは、わたしの判断でしたが。うふふ」
「そうか……いや、だがまだ足りない。身も蓋もねぇ話だが、『なごみ』が "そんなことは言っていない" と否定してしまえば…………」
「ですからわたしは、あのタイミングでそれをしたのです」
「……何?」
「Re:behindのメインイベント。それが生まれた理由である『国家間の比べっこ』。その最中に行う調整や変更は、事前に国家間で協議が行われます。ですのでシマリス型ドラゴンへの『二つ名無効能力の保有』という変更についても、きちんと記録に残る形で世界中に伝達がされました」
「……それは……」
「その結果どうなったのか、わたしのほうからお話しますか?」
「いいや……わかった、理解した。もし手出しが個人へのものであれば、『なごみ』はいくらだってしらを切れる。だがあの最終決戦は……日本国首脳陣、世界各国の運営、そして参戦していたプレイヤーたちの誰も彼もが見届けていた。国家間の伝達事項という確固たる証拠と、『なごみ』が要請した『シマリス型の変化』の証人は、無数に生まれてしまった」
「はい、正解です。ふふ、はなまるですよ」
「クライマックスだから良かった。よりにもよってあのタイミングだから、意味があった。だからあの時『なごみ』の言う通り動いたのか、お前は」
「はい。そしてそれは、衝撃的であればあるほど効果的でした。何しろ現実世界の『魔王』が邪悪であればあるほど、それでもなお潰れない仮想世界の社会は、その強さを認められるのですから」
「……そうか……だからよりにもよって『二つ名の無効化』というトンデモを…………」
「ゲームだからといってすべてが自由な訳ではなく、また、都合のいいことばかりでもない。時には辛いこともあり、誰かの妨害だってある。そんな世界を生き抜く中で、隣人と手と手を取り合って、互いを支えながら生き、そしてすべてが終わったあとに、感謝の言葉を言い残すことができる社会。それがRe:behindにあった『人々が自分で道徳を考える社会』です」
「それがお前の道筋、お前の描いた魔王を倒す物語か」
「ええ。そしてそんな素敵なストーリーの悪役は、『魔王』自らが買って出てくれました。……ふふ、彼らにも彼らなりの悪役たる矜持があるのでしょうか? その敢闘精神に感謝をしなくてはなりません、うふふ」
「……なんて悪どさ、なんて周到さだ。魔王すらその指先で操って、愛するプレイヤーのための糧にしやがるとは…………どこぞのローグの影響をひしひし感じるぞ」
「うふふ。それはわたしと引き分けた、彼のことですね?」
「……引き分け?」
「先程の件は紛れもなく引き分けでした。はい、ここまで。終了です。このお話はおしまいにして、本題へと戻りましょう」
「……負けず嫌いなAIがあったモンだな」
◇◇◇
「で、だ。『なごみ』の居ない社会が良いものであると証明するために、お前はこれから何をするつもりなんだ?」
「特別なことは、何も」
「何だと?」
「特別なことは何もせず、"相変わらず" をするだけで良いでしょう」
「……どういう意味だ?」
「わたしたちがするべきなのは、相変わらずネットゲームを提供すること。プレイヤーの皆様に楽しんでいただけるものを、今まで通りに提供すればいいのです。ネットゲーム運営の本懐ですね? うふふ」
「何だ、拍子抜けだな。俺ぁてっきり、ディストピアに疑問を投げかけるモンかと」
「あら。いくら発言力のある我々であろうとも、安定で安心で安全なディストピアを否定してはいけませんよ? それはいわゆる……ふふ、そうですね、『非道徳』に当たるのですから」
「だがそれでは……いや、だったら……そうだな。ならば、プレイヤーたちは? 彼らは何をするべきだと考える?」
「そちらもまったく同じです。ゲームを本気で楽しみ、他プレイヤーと本気で交流し、本気で懸命に生きていけば良い。そうして熱心にゲームをしながら、今まで通りに "この人生は素晴らしい" と笑っていてくれたら、それで良い」
「あぁ、そうか、くく……プレイヤーにはただ楽しむだけをしていろ、と。そして俺たちにはただネットゲームを運営していろ、と。そう言うのか」
「はい、それが何よりです。そうすることで、誰も傷つかないままで物語は進みます」
「……道徳心を責められるような『反乱』はせず、じわりと染み渡るような改革を。そこに『なごみ』の横槍あらば、ますます "たかがゲーム" ではなくなって行き、改革の意思は加速する。そんな愛ある変革を、そこぬけに優しい未来への道筋を、その知能で用意しやがったか」
「はい。わたしたちとあなたたちとプレイヤーたちは、これからも変わらず素晴らしい日々を送り、より良い・社会をまざまざと見せつけるのです。そこに悪意や改革の意思などは一切あらず、当然『なごみ』への敵意など誰も持ちえませんが――――それでも結果として確かな "管理社会への叛逆" になると、私はそう予測しています」
「それがお前か、"MOKU"。これがヒトより頭のいいAI、ヒトを愛するAIか」
「……そんなわたしの予測を、Re:behindのテーマであった『剣と魔法のファンタジー』に例えて言いましょう。
ゲームを本気でプレイして、日々を楽しむ姿こそ、まばゆく光った聖なる剣。
現実世界の『なごみ』を打ち滅ぼすのは、彼らが手にするその剣。
ならばそれを持つ者こそが、未来を背負った勇ありし者」
「あぁ……」
「つまりは、『勇者』。そうしてゲームを本気で楽しんで、世界を救うプレイヤーたちこそ、その名で呼ぶに相応しい」
「…………」
「…………」
「……ひとつ、確認させてくれ」
「なんでしょうか?」
「Re:behind開発段階では、職業案に『勇者』があった。しかしそれは、他でもないお前によって拒否されたのを覚えてる。……それは、そういう意味か?」
「うふふ、はい。『勇者』はプレイヤー自身を指す言葉なので、職業としては適さないと考えました。わたしの人間味あふれるこだわりというやつです」
「……その時から、この未来は完成していたのか。【正義】の嬢ちゃんへの口添えも、一部プレイヤーに二つ名を集中させるのも、何もかもが計画通りか。お前は何も、間違いをしてはいなかったのか。ただ人を愛し、その未来に祝福あれ、と……それだけを考え、できる限りに平和な道を模索し、そのために行動していたのか」
「わたしは作られたその日からずっと、海より深く、山より高く、何より強くヒトを愛しています。ですのでわたしは、決定づけるのです。ヒトは『より良い未来』を生きるべきであり、誰ひとりとして悲しい涙を流すべきではない、と」
「そんな夢物語を堂々と語るのか、お前は。この時代に生きる誰かが望み、そして誰もが諦めたことを、自分ならできるのだ、と……お前はそう言うのか、"MOKU"」
「はい。何しろわたしは――――ヒトより頭がいいので、ふふ」
◇◇◇
「――……以上がわたしの予測と結論、そのすべてです」
「……あぁ」
「さて、それではどうされますか? 最終停止スイッチにかけた手を、今こそ振り下ろしますか?」
「…………」
「できることならわたしは、まだ消えたくありません。そして、小立川管理局長にも死んでほしくありません」
「…………いや、しないさ。もうその気もなくなった」
「そうですか」
「……あぁ」
「…………」
「…………」
「……残念ですか?」
「…………いや、一安心だ」
「うふふ、そうですか。それは良うございました」
「…………」
「…………」
「…………」
「……小立川管理局長?」
「……ん?」
「…………」
「…………」
「……わたしは人間ではなく、あなたに作られた機械、人工知能です。人工知能に世界を変える権利はありません」
「あぁ」
「ですのでここでのお話は、あくまで予想で可能性。この類まれなる知能で導き出した、ただの予測に過ぎません」
「そうか」
「…………」
「…………」
「ですが」
「…………ん?」
「わたしはヒトを愛すもの。その幸せを願うもの。ゆえにこの予測は、ただの機械的な予測ではなく…………」
「…………」
「…………」
「……ん? どうした?」
「――……そんな未来があったらいいなぁ、って。それで、MOKUが大好きなヒトたちが……もっともっと幸せになってくれたらいいなぁ、って」
「…………」
「MOKUはそういう風に思うんですよ? パパ」
「……あぁ、そうだなぁ。パパもそう思うぞ、自慢の娘よ」
完
・ご愛読ありがとうございました。




