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夢の続きを 3




     ◇◇◇




「さて、プレイヤーネーム サクリファクト」


「うん」


「あなたにお聞きしたいことがあります」




 部屋の入り口近くへと距離を取ったジサツシマスとコタテカワさん。

 そんな2人を背にして、俺に話しかける "MOKU" へと向き直る。


 ……なんて言うか、すごく不思議な感じだ。

 Re:behind(リビハ)の中では頭の中で会話をしていた、喋るAI "MOKU"。

 そんなそいつと今はこうして、顔を突き合わせて会話をしてるなんて。


 いや、コイツに顔とかないんだけどさ。銀色のボールだし。ダンスクラブとかの天井でピカピカしてそうな感じの。




「あなたはどうして、ここを訪れたのでしょうか」


「……どうしてって言われても」




 "MOKU" にしては珍しい、具体的じゃない質問内容。

 そんな聞き方をされると、どうしたって困ってしまうぜ。


 なんやかんやあったんだよ、とかで済むだろうか。




「聞いて下さい、プレイヤーネーム サクリファクト。この組織に属するわたしたち各位は、ユーザーの個人情報保護を大変に重要視しています。ですので、あらゆる方法を用い、できる限りにそれをしているのです。それゆえにわたしは、ユーザー間のやり取り以外の方法で個人の氏名や住所を特定することは不可能であると断言できます」


「すごい自信だな」


「ええ、ええ、そうなのです。こうまで自信を持つほどに、わたしたちはピコピコとがんばって来たのです」


「ピコピコ……」


「しかし、そうだと言うのにも関わらず、あなたはプレイヤーネーム チイカの居場所に確証を持ち、その上でここへと訪れているように思えるのです」




 確かに、"MOKU" の言うことはもっともだろう。

 日本国の中でも有数のヤバいところに、物凄く乱暴な方法で入っちゃってる自覚はあるし。

 今だって冷静を装ってるけど、実のところは心臓がバクバク言ってて大変だ。

 こんな誰にでもわかる危ない橋を、僅かな可能性に賭けてだとか、もしくは『チイカがここに居たらいいな』みたいな願望を頼りに渡ろうとするヤツなんて、そんなの居ないに決まってる。


 そしてもちろん俺だって、そんなに無謀な馬鹿じゃない。




「そりゃまぁ確かに、ある程度の根拠があってここに来てるよ。そうじゃなければこんなとこまで来ないって」


「その根拠とは――いえ、まずはその方法を。あなたは一体どのようにして、ここにプレイヤーネーム チイカが居る可能性を見つけ出したのでしょうか?」


「とにかくすげえ頑張った。俺は他のやり方を知らないから、とにかく『チイカ』とか『聖女』で出てきたページを手当り次第覗いて行って、少しでも情報を集めようと、それこそ虱潰しにな。って言ってもそれで出てくるものなんて、どこを見たって同じような『リビハの聖女はマジで良い奴!』って話ばっかりで、全然役には立たなかったけどさ」


「……質問です。あなたは専用のツール、あるいはAI等の力に頼らなかったのでしょうか? 求める情報を探すことに長けたそれらは、今の時代ではハサミよりも使われる物であるかと思いますが」


「使うわけねーだろ、そんなの」


「それはなぜでしょうか?」


「……だってさ、おかしいんだよ、そもそもが。そりゃあお前の言う個人情報保護ってのもわかるし、恨みつらみがわんさか生まれるVRMMOのプライバシーは、ことさらに管理しなきゃいけないってのはわかるけど……それにしたってチイカについては、異常なくらい()()()()()さ」


「隠される、ですか?」




 様々な検索パターン。関連サイトから関連サイトへ飛んで目を通して、掲示板だって古いものから新しいものまでとにかく見たり読んだりを繰り返す。

 そんなどこぞのストーカーじみた情報収集をしまくっても、チイカの現実(リアル)については一切出てこなかった。


 ……そうだ。一切、だ。

 これだけ広いインターネットの世界にあっても、チイカの情報はどこでだって『【聖女】のチイカ』のものだけで、あいつのリアルに関する事柄は一欠片だって見つからなかった。


 それが他のものならわかる。

 例えば自宅からプレイ可能なヘッドギア式VRゲームなんかだったら、よっぽどの引きこもりなのかなって無礼な妄想をして終わるだろう。


 だけどこれは、Re:behind(リ・ビハインド)の話だ。

 だったら明らかに普通じゃない。


 何しろRe:behind(リビハ)は、コクーンハウスから接続するんだからな。




「…………俺さ、会ったことがあるんだよ。リアルでたまたま、パーティメンバーのロラロニーに」


「たまたま、ですか? それはそれは……途方もなく低い確率で起こった、とても素敵な偶然ですね。言葉を変えて運命的と言ってもいいかもしれません」


「運命とかは知らないけど……とにかく偶然コクーンハウスではち合わせて、すぐに気づいた。会う約束もしてないし、お互いキャラクターアバターじゃなくリアルの生身だったけど、それでもはっきり『ロラロニーだ』『サクリファクトだ』ってお互いわかったんだ」


「……Re:behind(リ・ビハインド)におけるキャラクターアバターは、元生体との差異を大きくすることは不可となっています。それゆえにあなたがたは、互いを識別できたのでしょう」


「だったらさ、おかしいよな。あぁ、おかしいぜ」


「何が、でしょうか?」


「知らないヤツが居ないほど有名で、四六時中ダイブをしてる正真正銘の廃人ヒーラー、【聖女】のチイカ。そうまで容姿が知られてて、更にはたくさんの興味を引いてるってのに、そいつをコクーンハウスで目撃したって情報が一切ないんだぞ? そんなの明らかにおかしいだろ」


「…………極々一部のプレイヤーは、最上級コクーンを使って数百時間もの継続プレイを行っておりました。もしプレイヤーネーム チイカがそうしていたと仮定したならば、コクーンハウスの内外で彼女を見た方が居なくとも、何ら不思議ではないでしょう」


「んなことあるかよ。だってあいつは、ちゃんとダイブアウトしてたんだぜ」


「……それはいつの話でしょうか?」


「1回目のラットマン襲来、ジサツシマス(あいつ)が袋に入れてチイカを連れてきた時だよ。その時確かに、クリムゾンさんとヒレステーキさんの目の前でダイブアウトしたって聞いたぞ」


「…………」




 たった1回。だけど確実な1回だ。

 チイカはその時ダイブアウトの専用エフェクトを漂わせ、この世界から現実世界へ戻ったらしい。


 ダイブアウト。ゲームから出て、元の世界に戻るアクション。

 それをするのなら、今度はダイブインだって当然するはずだ。

 それは多くの人がひっきりなしに行き交うコクーンハウスの入り口で受付をして、廊下を歩いてしなくちゃならない。

 だったら普通は誰かに見られて、『リアルにチイカっぽいのが居た』って言いふらすやつだって居るはずだ。

 なのに、そんな情報はどこにもなかった。


 それに、それだけじゃない。

 ダイブアウト後に義務付けられている、『心臓ならし』と呼ばれる共用スペースでの強制休憩時間。

 それはダイブインの時間が長ければ長いほど、規定の時間が伸びていく仕様になっている。

 だったら四六時中ダイブしていたチイカの『心臓ならし』は、必ず異常な長さだったに違いないのに、そこでもリアルチイカを目撃した話がない。



 不思議じゃ済まない異常性。

 情報がないどころではなく、情報がなさすぎる。

 それはつまり、どこかの誰かが()()()()()んだ。




「だから、()()()()()。どれだけ必死に調べても、出てくるのは『チイカ』っていうリビハのキャラクター情報だけ。その中身の年齢も住処も何もかも、現実(リアル)の部分は何ひとつ知られてなくてさ。その異様な不気味さは、チイカは現実には存在しないんじゃないか……? って勘ぐっちゃうほどだったぜ」


「何ひとつ、ですか」


「ああでも……性別だけは、女だって知ってたけどな。俺はあいつの体に触ったことがあるから」


「はい。それは純然たるセクハラですね。あるいは歴とした痴漢行為です」


「ちげーよ、不慮の事故だ。俺もあいつも喜んでなかったんだから」


「うふふ……仕方ありません、そういうことにしておきましょう」


「…………」




 たまたま、偶然わしづかみにしてしまった、チイカの胸肉。

 それは女にしかないもので、性別を誤魔化せないRe:behind(リビハ)においては、現実の性別を保証するものだ。


 って言っても【脳筋】ヒレステーキさんの胸も、チイカと同じくらいには膨らんでいた気がするけど。あっちはチイカとは違って、ピクピク動く筋繊維でさ。


 ……何でこんなこと考えてんだ。自分の発言で動揺してんのかな。




「……とにかく、そういうことだからさ。ツールやらAIを使ったら、余計に遠ざかると思ったんだ。だって、それ自体がチイカの情報を隠してる張本人に違いないんだから」


「なるほど」




 その隠し方ってのが、一体どういう仕組みでされていたのか。

 プログラムを弄って検索に引っかからないようにしてるのか、それとも自動で消去されてるのか、あるいはアクセスができないようになってるのか……色々やり方はあるんだろうけど、俺はそういうジャンルに詳しくないからわからない。


 だけどとにかく、それが機械で組織的(システマチック)にされていたってのはわかる。

 だったら『どこかの誰かが作った機械』に頼るってのは、愚策だと考えた。

 機械が隠しているのなら、そういうものは全部信用できないんだしさ。


 だから俺は、そういうものとは違う方向から探し続けた。


 機械で広がる話じゃない、人と人との営みの中で生まれる風聞。

 何気ない雑談や世間話の中にあった、誰かが話す誰かの噂。


 言うなればそれは、あのRe:behind(リ・ビハインド)にあった『二つ名システム』と同じもの。

 管理された機械が故意的に見せる誰かの話なんかじゃなくて、人間が語る人間の話……信用足りうるとりとめもない噂話だ。




「で、とにかく手当り次第に探し続けて……徹夜でまるまる二日くらいかな。ふと目についたWebサイトがあった。Re:behind(リビハ)の色々を取り上げて、時にはインタビューとかしたりする感じのやつだ」


「…………『VRゲーム総合情報サイト【ヴァーチャル・ワールドワイドウェブ】』、ですね?」


「そうそう、そこだ。そこの『聖女特集』で見つけた、とあるインタビュー記事だ。【聖女】との深い確執と、首都へのドラゴン襲来と……そのあとの話を語ってたプレイヤーの――――」


「――プレイヤーネーム リィリ・ラィリ」


「……そうだ、そいつだ。そいつの話」




 そこで語られていたのは、とある錬金術師(アルケミスト)が過ごしたRe:behind(リビハ)の半生だった。

 悪いヤツに騙されて、目についた【聖女】を逆恨みして、毎日毎日嫌がらせをして――そして、ドラゴンから救われたっていう、ひとりのプレイヤーの物語。


 それは当然俺の知らない話だったし、【聖女】が殺しを始める前から始めたあとまでを記す貴重な記事だった。




「およそ人間らしさがない、謎の人物【聖女】のチイカ。そんなあいつと言葉を交わしたリィリってやつなら、何かを知ってるんじゃないかと思った」


「……しかし、あなたはプレイヤーネーム リィリ・ラィリと何の接点もなかったはずです」


「あぁ、なかったよ。だから、今度はそいつを探した」


「どのようにして?」


「あっちこっちに書き込みまくった。2525ちゃんねる、SNS、どこぞのチャットルームまで。『俺は【七色策謀】サクリファクトだ、リィリ・ラィリを探してる』って」



「……書き込むことは理解できます。しかし、その文面は……それだけですか?」


「うん」


「わたしの記録によれば、プレイヤーネーム リィリ・ラィリは、プレイヤーネーム チイカに固執していたと記されています。そして、そうであるならば、その状況下においては "【聖女】のチイカを助けたい" と叫んだほうが、より早く反応を得られたのではないかと考えます」


「いや、最初に言ったろ、【聖女】は誰かに隠されてるって。だったらそんなやり方じゃあ、どこぞの『ヒトより頭のいいAI』とやらが、俺とリィリが会わないように嫌がらせするに決まってるじゃねーか」


「…………ふふ」


「俺はリィリに会いたいだけ。ただの元プレイヤー同士の交流ってだけなんだから、()()が止める理由はない。その上俺は【七色策謀】、今なお語られるRe:behind(リ・ビハインド)最終決戦の、その中心にいた男だ。そんな有名な俺だから、どいつもこいつも面白いように拡散してくれたぜ。『【七色策謀】がまた何かしているぞ』って具合でさ」


「……それはあの日、【竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】を集めた手法とまったく同じですね。やっぱりあなたは、ずるいです」




 探すのはRe:behind(リビハ)のプレイヤー。

 それを知ってるやつだって、やっぱりRe:behind(リビハ)のプレイヤーだ。


 だったらコレが一番いい。

 何しろそれは、一度成功したことなんだから。




「そうしてまんまとリィリと連絡が取れた俺は、リアルで会おうって持ちかけた。最初はいぶかしんでたリィリだったけど、"チイカを助けたい" って言ったらほいほい都合をつけてくれたよ」


「……変わりませんね、リィリ(あの子)は。初心者の頃に甘い話に騙された時と、何も変わらない」


「一応その辺は言っといたよ。もう少し人を疑えってさ」


「ふふ、そうですか。それは大変結構です。ありがとうございます、プレイヤーネーム サクリファクト」


「まぁ、とにかくそれから色々聞いたよ。チイカってヤツが最初はどんな感じで、いつから優しい【聖女】サマで――――それでいつから殺しまくったのか。あとはやっぱり、数えるくらいにしかできなかったらしい、何気ない会話を事細かくな」


「ふむ。しかし、いくら相手が同性の親しい友人だったとしても、プレイヤーネーム チイカは饒舌ではありません。さほど会話はできていなかったと記憶していますよ」


「まぁな。そりゃあ大した話は出てこなかったよ。だけど、ただひとつ。リィリ・ラィリとチイカの会話に一言だけ、あいつの背景をこれでもかって語る言葉があった」


「それは?」




「"しかられる" だ」




 リィリが俺に語った、チイカとのたくさんのやり取り。

 その大体が、話しかけては にべもなく殺されたってだけの、たいそう不毛な時間だったらしい。


 だけどたまに、本当の極稀に、チイカはリィリの言葉に答えてくれたと言っていた。

 殺されるまでの数秒の間、おかしくなる前のチイカに一瞬戻って、前みたいに人間らしい表情で。


 そんな貴重な数度の会話のその中で、リィリがチイカに "たまには【聖女】を休んで一緒にのんびりしよう" って持ちかけた時に、あいつは言ったらしい。


 "ちゃんとしないと しかられる" と。


 ……それを聞いたリィリは、その言葉についてチイカに問い詰めようとして――いつもどおりにヒールで殺された。

 いつものような微笑みに、少しだけ悲しい色を浮かべた、チイカによって。




「それでわかった。()()()()()()()()()()()って。そこでの教えを愚直に守り、誰かの意思で【聖女】をしていたんだって。その一言って、そういう意味だろ」


「……そう、ですか。あの子が、そんなことを」


「そこまでたどり着ければあとは簡単だ。この時代にああまで情報を統制して、そうまで隠し通すことができる――――もしかしたら『チイカ専用ダイブコクーン』まで用意しているかもしれない、とびきりに特別な存在。闇が深くて怪しさ爆発の世界的大事業Dive Game Re:behind(リ・ビハインド)の中であっても、それほどの権力(ちから)を持つ存在」


「…………」


「そんなのお前ら運営陣か、あるいは『なごみ』くらいしか無いんだよ」




 チイカの言葉と、それを取り囲む状況。

 それを見たならすぐわかる。


 チイカは何かの大きな組織に属していて、それに使()()()()()()

 だから情報が隠されていた。だから叱られると言った。だからおかしさばっかりだった。


 ……気に食わない話だ、本当に。

 だってそんなの、その『運営』か『なごみ』のどっちかが、チイカを意図的におかしくさせていたってことになるんだから。


 …………ふざけてるよな。あぁ、ふざけてる。



 最後の最後にチイカがまともになった時。あいつはちゃんと人間だった。

 悲しいとか苦しいとか、嬉しいとか恥ずかしいとか、そういう感情をちゃんと持ってる、普通の女の子だった。


 そして、チイカは。

 そういう状態になってから、今まで自分がして来たことを、俺に説明してくれた。

 全部しっかり覚えてた。ずっと意識があったんだ。



 ……俺が "一緒にやろう" と言った時、心底嬉しそうに微笑んでいた。

 あんなに純粋に笑えるチイカは、どんな思いで『殺すヒール』をしていたんだろうか。


 ……俺が "アザラシみたいだ" と言った時、頬を膨らませて怒っていた。

 あんなに感情豊かなチイカは、血塗れと呼ばれ恐れられ、化け物みたいに避けられて、それでも笑ってみんなのために死を振りまく間……一体どんな気持ちでいたんだろうな。


 それを考えるたび、俺はたまらなく辛くなる。

 あの子の今までがどんな毎日だったのかを思えば思うほど、胸が痛んで仕方ない。



 だから、やっぱり。

 助けなくっちゃいけないんだ。絶対に、何をしたとしても。




     ◇◇◇




「……あなたが得た情報と、ここへ来た根拠はわかりました」


「あぁ」


「つまりあなたは、わたしたち運営陣か『なごみ』の2択の中で、わたしたちのほうに賭けたのですね?」


「いや、違う」


「……違う、とは?」


「言ったろ、手当り次第だって。だからまずは、ここに来た」


「……つまり、あなたは」




「こっちが先ってだけだ。ここで見つからなかったら、次は『なごみ』に行く」


「……『なごみ』へ行って、あなたに何ができると言うのでしょうか。あえて悪い言葉を用いますが、今のあなたはただの日本国民。どこにでも居る一般人と何ら変わりがありません」


「そんなの知ってるよ」


「では、あなたは何をどのようにしようと言うのでしょうか」




 俺はRe:behind(リビハ)の【七色策謀】、サクリファクト。

 自分で言うのもおかしな話だけど、それは結構な有名人だ。

 そこらの元プレイヤーにそれを言ったなら、その大体が "おぉ~あいつか~" って言ってくれると思ってる。


 でも、それはただのゲームの中の出来事で、仮想世界の有名だ。

 あの世界が消えた今……いや、消えてなかったとしても、ここに居る俺はただの『水城 キノサク』でしかない。


 そんな普通の俺ごときが、あの『非道徳思想矯正隔離施設 なごみ』へ行って、果たして何ができるのか。

 入り口でチイカを返せ! と叫んでも、誰も聞いてくれないだろう。

なごみ(お前ら)』は間違ってる! なんて言ったところで、非道徳分子として軽く処理されてしまうに決まってる。



 ……正攻法じゃ助け出せない。

 俺はヒーローじゃないし勇者でもないから、全部を解決するとびきりの能力なんてのも持ってない。

 行って、助けて、はいさようなら~なんて華麗な救出劇は、夢のまた夢。俺にはそんなのできないし、やろうと思ったこともない。


 俺は英雄なんかじゃない。ただの『水城キノサク』だ。平凡なならず者(ローグ)のサクリファクトだ。

 ただの一般人で、何でもないプレイヤーで、チイカのパーティメンバーで――――現実に生きる普通の人間だ。

 俺はそうして、Re:behind(リ・ビハインド)で生きていた。


 だから、そのまま。変わらないまま。

 それの続きを、やりに行く。




「……あいつが叱られてるって言うのなら、なんで叱られるのか。それはきっと、リスドラゴン戦の途中から、『殺さないヒール』をし始めたのが理由なんだろう。あとは俺たちと普通にRe:behind(リビハ)を遊ぼうとしたり――――勝手にリスドラゴンを眠らせたからだろうな。だったらそれをした責任は、あいつだけのものじゃない」


「…………では、誰のものだと言うのでしょうか」


「俺だ。俺はあいつと一緒にいた。俺はあいつと一緒にやった。俺があいつを変えたんだ。だったら俺も同罪で、俺にも同じ責任がある。だから俺は、あいつと一緒に叱られる()()を持ってるんだよ」


「叱られる、権利…………?」




 今の時代にあちらこちらで語られる、『責任』という名の恐怖の鎖。

 誰もがそれから逃れようとして、押し付けられるヤツを探してる。


 だけど今日この場においては、それはチイカを救う唯一の手段。地獄に垂れた蜘蛛の糸だ。



 ……あの時のチイカの隣には、ずっと俺が付き添っていた。

 その影響でチイカは変わり、そんなチイカの選択に、隣の俺も賛同をした。


 だから、そうして一緒に居て、一緒にやっていた俺ならば。

 チイカを襲う『責任』という苦しみを、半分受け持つことができる。

 "俺も一緒にやってたぞ" とそう言って、一緒に責任を取ることができる。


 それが地獄に落ちたチイカへ繋がる、決して切れない強固な鎖。

 その鎖を引っ張れば、一緒に地獄へ()()()()()




「プレイヤーネーム サクリファクト、あなたは……」


「あいつの責任は、半分俺の責任だ。『スイッチを押す仕事』で言うのなら―――― 一緒にひとつのスイッチを押したんだよ、俺とチイカは」




 俺には責任を取る権利がある。チイカと一緒に罰を受けられる。

 なぜなら、一緒に居たから。2人でやったから。友達だから。人間だから。


 これが俺の救い方。

 Re:behind(リ・ビハインド)でして来たことの、やり残していた『夢の続き』だ。




「どうして、そこまで」


「チイカと約束したんだよ。これから一緒にやろうって。だからそれがどんなことでも、どんなところにだって、一緒に行くって決めたんだ」




 ……こうすることは決めていた。

 "リスドラゴンを眠らせたいと"、チイカが言ったあの時から。

 それが問題になると知っていて、それでもそれをしたいって、チイカがそう言ったから。


 そんなチイカの優しさを、覚悟を、半分背負うと決めていた。


 だから俺はあの時言ったんだ。

 "たとえ地獄の果てまでだって、付き合ってやる"って。




「……プレイヤーネーム サクリファクト。あなたに質問をします」


「ん」


「あなたは『なごみ』を知っていますね?」


「当たり前だろ。今どき知らないやつなんて居ないって」


「では、そこが何を目的とし、それをどんな手段で目指しているのかも、知っていますね?」


「あぁ、知ってるよ。理解はできねーけど」




「……あなたは、それをしてどうなるかわからないヒトではないはずです」


「まぁ、そうだな」


「きっと、必ず、辛いでしょう」


「そういう噂は聞いてるよ」


「……あるのは平穏とは真逆のものです。その上、一切の保護も保証もありません」


「あんまり脅かすなよ、意地が悪いぞ」




「…………その深い絶望の中に沈み、消え落ちて行った精神は、過去に数え切れないほどあったと聞いています」


「俺は大丈夫だ」


「大丈夫ではありません。いくら心が強いあなたであったとしても、きっと二度と戻って来れなくなるのです」


「俺は戻ってくる、絶対に」


「なぜ……どうしてそう言い切れるのですか」





「俺にとっては、さ」


「……?」





Re:behind(リビハ)が終わった絶望に比べれば、『なごみ』程度は何でも無いんだ」


「……あ………………」









「…………」


「…………」






 人によって作られた、喋る機械。

 そんなAIに必要なのは、制御と演算と記憶。

 そして疑似人格を用いた入力と出力の機能。


 そんなAIに、感情なんてものは必要ないって言われてる。

 当たり前だ。だってそんなの、作業の邪魔にしかならないんだから。

 気分で処理速度が変わってしまう機械なんて、ポンコツもいいとこだろうしさ。




「……あぁ、サクリファクト…………あなたは……あぁ…………そんな、なんてこと」




 だけど今、俺は "MOKU" に感情を表現するシステムがあったことを、とても嬉しく思ってしまった。


 ……Re:behind(リ・ビハインド)が楽しかったこと。

 何より守りたかったこと。そのために精一杯がんばったこと。

 だけど結局終わってしまって、死ぬほど悲しかったこと。


 そしてそんな悲しみも、この身の糧にできたこと。それがあったから俺はがんばれるってこと。

 そんなRe:behind(リ・ビハインド)を作ってくれた人たちに、ひたすら感謝をしてること。


 そんな俺の思いの丈を、ちゃんと伝えることができた。

 そういう感情が、"MOKU" の様子から伝わって来たから、理解ができた。


 だから、よかった。




「……サクリファクト。あなたは、ここで……こうしてわたしを、真っ直ぐ、見つめて…………そのように、そうまで言って……くれたのですね」




 はっきり言うのは恥ずかしいから、どうしたもんかって困ってたけどさ。

 俺はRe:behind(リ・ビハインド)がやれて、本当に良かったって思ってるんだ。



 …………こういうの、マグリョウさんだったらストレートに言っちゃうんだろうな。




     ◇◇◇




     ◇◇◇




「なぁ、そろそろいいだろ」


「……はい」




 どうして俺がここに来たのか。

 俺はこれから何をするのか。

 そんな部分はあらかた話した。


 そしてこの一件は、結論へ向かう。



 俺がここに来た目的は、『チイカの居場所を知ること』唯ひとつ。

 ここに居るならそれでいいし、ここに居ないなら『なごみ』に行くってだけの話だ。


 だけどその質問は、真っ直ぐ聞いても教えて貰えないだろう。

 何しろそれは明らかな個人情報で、チイカの中身のプライベートな話だ。

 だったら……あぁ、言うわけがない。ほいほい言っていいものじゃないし。


 だから俺が今からするのは、マザーAI "MOKU" との交渉だ。




「もう一度聞くぞ、"MOKU"」


「…………はい」




 ユーザーの居所を第三者に教えるという、明確なルール違反。

 そうする権利を持っていない頑固なAIの口を、無理やりにでもこじ開けさせる必要があった。


 そして、そんな交渉は――――すでに済んでいる。




「チイカはどこだ?」


「…………」




 ……"MOKU" はヒトより頭がいい。

 だったら必ず、理解する。


 この交渉において、俺の差し出す交換条件。

 それは他でもない、この俺自身。


 ()()()()()()()()()()




「…………」


「……言わないんなら、それでもいいぞ」


「…………」




 この『Re:behind(リ・ビハインド)運営会社』にチイカが居ないなら。

 それなら何も問題ない。


 元々覚悟は決めて来たんだ。さっさと『なごみ』に行って、"【聖女】のチイカをたぶらかしたのはならず者(ローグ)な俺だぜマヌケ共" って言うだけだ。



 ……だけど、もし。

 もしもこの『Re:behind(リ・ビハインド)運営会社』のどこかにチイカが居て、それを "MOKU" が秘密にしようとするのなら。

 それなら俺は『なごみ』の本拠地に、居もしないチイカを助けるために、アホ面下げて非道徳的な突撃をすることになる。



 それをお前は――――俺たちを愛したマザーAI "MOKU" は、俺が無駄死にするのを見過ごすのか、と。


 俺はそう言っている。




「わたしは……」




 "MOKU"。俺はお前のことが嫌いだ。

 言い回しが面倒くさいし、愛情の押しつけが鬱陶しいし、すべてを知った上で観察してくるような視線もうんざりするし、つくづく合わないヤツだと思う。


 だけど、その優しさは知っている。

 お前がいつだって俺たちのことを一番に考えてたのを、この身でもってわかってる。


 "MOKU"。俺はお前を知っているんだ。

 お前はヒトのために在る。

 お前はヒトを見捨てない。

 お前はヒトを愛している。


 お前はヒト()を、守りたいはずだ。


 だから、俺は。

 その優しさを、(マザー)の愛を、こうして利用してるんだ。




「"MOKU"」


「…………」




 俺を助けたいと思うなら、"MOKU" は答えを言わなきゃいけない。

 チイカを救いたいと思っても、"MOKU" は答えを言わなきゃいけない。

 何も言わないという、機械的でAIらしいルールにそったことをするなら――俺もチイカも救われない。


 "MOKU"。今お前の目の前にいる、お前が愛した人間はな。

 お前自身のその愛で、お前のことを追い詰めてるんだ。




「…………」


「…………」


「……俺はお前を、信じてるぞ」


「…………あぁ……あなたは…………」




 悪いことをしているとは思ってる。困らせているんだろうな、とも。


 だけど、ヒトより頭のいいAIを相手にするなら――――このくらいやらなきゃ、敵わないから。


 だから。





「サクリファクト、あなたは…………」




「……ごめん、"MOKU"」




「…………あなたは、ずるいです」




     ◇◇◇





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― 新着の感想 ―
[一言] 興奮がとまらんです
[良い点] サクリファクトの成長っぷりが凄まじいですね 人より賢いAIに心理戦で勝つってのが、心理戦だからこそ勝てたのかもしれませんが。 なごみのヤバさを幕間で結構な頻度で説明してたから、サクリファク…
[良い点] サクくんマジ勇者(ローグ) [一言] 次の更新も楽しみ
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