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夢の続きを 2




□■□ Re:behind運営会社内 1F エントランス □■□




『"我々はいつでもあなたの後ろに" 。当局へようこそ、お客様。それでは初めに、こちらでお客様の網膜を使用した個人認証プロセスを開始させて頂きます。また、誠に僭越ながら、お客様はこれに対する拒否権を持ちえません』


「はぁ~い」


『――――認証中――――認証完了。ようこそおいで下さいました、洋同院(ようどういん) (ゆう) 修士。本日のご用件をお伺い致します』


「ん~? 知らないの? もぅ……ちゃんと共有してよね」


『左様でございますか。しかし、いいえ。我々はAI法を遵守し、ご来局いただいたお客様の個人情報を下位システム間で共有しないよう設定されております』


「ふぅん? そういう決まりなんだ」


『左様でございます。ですので、お客様の口から直接当方にご用件をお伝えいただく必要がございます。それでは、改めまして。ようこそおいで下さいました、洋同院 優 修士。本日のご用件をお伺い致します』


「はぁ…………あのね? ちょっと前にキミたちのほうからお呼び出しがあったんやよ。ボクのアバターの行動ログと、それによる干渉の結果についてお話を伺いたいって」


『左様でございますか。ご足労いただき誠にありがとうございます。それでは直ちに当方より担当の者へ連絡いたしますので、正面右の通路から、点灯した青い矢印に従ってお進み下さい』


「あ、それとね? せっかく福井からここまで遠出して来たんだし、例の "仮想海洋空間下における高知能型海洋生物種の情報処理アルゴリズムの変化とそれによる海洋生物生態系の形成状況" を見てみたいんやよ。だから、ね?」


『左様でございますか。ご足労いただき誠にありがとうございます。それではより実地的な情報を得られるよう、仮想空間領域観測室へのご案内でよろしいでしょうか?』


「話が早くて助かるよ。キミはとってもお利口だね」


『左様でございますか。光栄です。私はそのように作られております』




 先日までニュースサイトを賑わせていたデモ行為への警戒か、いつもより厳重な警備ロボットたちの間を顔パスで通り、その先の自動ドアをくぐる。

 そこで真っ白い壁に映し出された『この施設』のマークと会話をしながら、過去に何度かしたことのある入局処理を済ませていく。


 この入口担当のAIがどことなく "MOKU" と似た雰囲気なのは、やっぱり深い繋がりがあるからなのかな。人間で言う姉妹とか、はたまた親子みたいな関係だとか、そんな感じでさ。




『――――申請中――――登録完了。仮想空間領域観測室への入室を可能とするため、洋同院 優 修士の通行許可レベルが "レベル5" に設定されました』


「うんうん、ありがと~…………っと、あとはこっちの彼も同じようにして貰えるかな?」


『左様でございますか。そちらは?』


「警護、護衛やよ。いわゆるひとつのSPってやつ。かっこいいでしょ?」


『左様でございますか。しかし、お言葉ですが、洋同院 優 修士。現在局内の安全は、当方によって完全に保証されております』


「それはわかっているけどさ。この子ってね、SPついでに研究者としての後輩でもあるんやよ。だからこの機会に色々見せてあげたいんだ、後学のためにもね」


『左様でございますか。かしこまりました。であれば早速そちらの方にも網膜認証を――――』


「え~? ボクの連れが信用ならないって言うの?」


『左様でございます。しかし、いいえ。そのような事は決してございません。しかし、はい。これは規則でありまして』


「いいじゃんいいじゃん。彼の身元はボクが保証するからさ、すすっと通してよ」


『左様でございますか。しかし――――』


「ふ~ん? そっかそっか。じゃあボクはもういいや。帰っちゃお~っと」


『洋同院 優 修士』


「だってそもそもこれってさ、給与が発生する仕事でもない、ただの協力でキミたちのお願いごとやよ? それを特別に聞いてあげてる多忙なボクに対して、何も思う所なく規則通りをすることが "かしこいAI" の出した最適解だっていうならさぁ。いくら温厚で優しいボクだって、こういう感じになっちゃうよ?」


『しかし、洋同院 優 修士』




 融通がきかないAIに、スネた調子でゴネてみる。

 だけどそれが無意味だっていうことは、ボクだってちゃんとわかってるんだ。

 だってさ、これでどうにかなっちゃうのなら、きっとこの総機械化社会は成り立っていないもの。


 だからもう少し工夫をしなくちゃね。

 この子がうなずきやすいように、あとで誰かに言い訳をできるように。




「ねね、受付嬢なAIちゃん」


『はい』


「もしも、もしもボクたちがここを通ることで何かが起こったらね。その時は、ボクが責任を取るよ」


『…………責任を』


「だから、ね?」


『左様でございますか。かしこまりました。そのように陳情いたします』


「んむ、それでよいのだ」




 責任を取れるだけの立場の者が、責任を取ると約束する。

 それは今の時代のヒトにでも可能で、機械には絶対不可能な唯一のこと。

 だからそれさえ保証したなら、大体のことは押し通せる。


 機械っていうのはそういうモノ。

 自分が出来ないことを突きつけられると、こうしてすこぶる弱くなるんだ。




『――――伝達中――――協議中――――協議中――――上位存在の介入を確認――――申請中――――登録未完了……申し訳ございません、洋同院 優 修士』


「もぅ、まだ何かあるのぉ? 早くしてよぉ」


『通行の許可は得られましたが、登録中に予期していたエラーが発生いたしました。お連れの方の網膜認証による国民識別信号をご提供頂く必要はございませんが、通行レベルの設定をする上で個人を限定する事は、あなた方にとって必要事項となります』


「ん? なにそれ? どういう意味?」


『お連れの方を "通行許可を持つ個人" として登録するための個体名、端的に言えばお名前を頂きます。この場合におけるそれは、必ずしも本名である必要はございません』


「ふ~ん。だってさ? どうする?」


「え? あぁ……えっと、本名じゃなくていい名前……か。名前…………そうだな……名前…………」




 そうして黒スーツに身を包んだ『彼』を見上げれば、真っ黒いサングラスの奥にある瞳と視線が合った。

 ……そこに見えるのは、困惑と緊張。あとは少しの高揚かな。

 その色合いはあの世界で会ったキミのそれと何も変わらない、ボクの大好きな色合いで。


 そんな瞳とぴたりと目が合い、そそくさと横に逸らされる。

 そういう照れ屋なところだって、可愛くって大好きなんだ。




「……"ツシマ"」


『申し訳ございません、当方の高性能集音マイクを持ってしても、お客様の声は聞き取れませんでした。お手数ですが、再度お願いいたします』


「ツシマ、だ。俺の名前は、ツシマ。そう登録しといてくれ」


『ツシマ様ですね、承りました』


「……わぁ」




 そんなボクの気持ちを知ってか知らずか、いじらしい事をしてくれるキミ。


 何でもいいって言われた偽名に、あの世界でのボクの名前を使うだなんて。

 そんな不意打ちに、自分のほっぺたがちょっとだけ熱くなるのを感じる。




『――――申請中――――完了。それでは、入局及び通行手続きは終了となります。どうぞお進み下さい』


「……はいほ~い」


「ええと、どうも」


『"我々はいつでもあなたの後ろに"。ごゆっくりどうぞ。洋同院 優 修士、そしてツシマ様』




 一本取られちゃった気分やよ。

 ボクを喜ばせようと考えてしたわけじゃないってはっきりわかるから、余計にそう思っちゃうんだ。




     ◇◇◇




「…………」


「…………」




 ちょっとだけ滞りがあった受付の先で、ボクたちに反応してピコピコと表示される矢印を見ながら、2人きりの通路を歩く。

 貸し切りみたいに人気がないのは、今はここの人たちが、とっても忙しくしているから。


 うん、良かった。思わぬラッキーだ。

 確かにそういうタイミングを狙って来たのはボクたちだけど、今はその2人ぽっちが存外心地良かったから。




「……ねね?」


「ん?」


「どうしてあの時、"ツシマ" って名乗ったの?」


「あ~……」



 そんな2人きりを良いことに、聞きたいことを聞いてみる。


 と言っても、こうして聞いてみたものの――その理由はなんとなくわかってる。

 だからこれは、ただの確認。あとは不意打ちでドキドキさせられたことへの、ちょっとした仕返しもあるかもしれない。


 ……それにさ。

 あのRe:behind(リ・ビハインド)を運営している、色んな意味で特別と危険がいっぱいなこの場所に、捨て身の覚悟で乗り込んでいるんだもん。

 だったらこのくらいの甘い役得があったって、きっと許されると思うんだ。




「……いや、なんつーか……いきなりだったからな。どうしよっかなって思って、目の前に居たお前を見てたら、とっさに浮かんだのがソレだけだったんだよ」




 顔に何かをかけるってことに不慣れなのか、黒いサングラスを押し上げながら言う、キミ。


 そっか。うん。

 キミはそうして、ボクの名前を、ボクとの古い思い出を、とっさに浮かべてくれたんだ。

 それってすごく嬉しいな。




「そっか、んふふ」


「……なんだよ」


「ん~? なんでもな~い」


「…………」


「でもさ、どうせボクの名前を使うなら、フルネームの "ジサツシマス" を出しても良かったのに」


「……そんな非道徳の権化みたいな名前、Re:behind(あそこ)以外じゃ大体NGワードだろ」


「んふ、そうかもねぇ」




 あぁ、楽しいや。

 こうした何気ないやり取りが、Re:behind(リ・ビハインド)の片隅で『ジサツシマス』と『サクリファクト』がしていたことの、そのままなんだ。


 まるでいつかのあの日の続きのよう。

 鮮やかに色づいていた夢は終わって、現実世界に戻ったはずなのに、ここだけはあの青空の下に居るみたい。




「――っと、こっちか」


「右へ左へ大忙しだね。同じところをぐるぐるまわってるみたいやよ」


「あぁ、本当にな。この壁なんかさっきも見た気がするぜ」


「まるで迷いの森だねぇ。あ、そだ。同じところを通ったかどうかわかるように、壁に目印つけてみる? "【七色策謀】此処に在り!" ってラクガキしたりさ」


「色んな意味で駄目だろ、そんなの…………つーか、それにしたってずいぶん遠いな。入り口で言ってた仮想空間観測なんちゃらってのは」




 そんな気分でいるからか、この無機質な廊下を歩くのだって、まるでピクニックでもしているみたいに心が晴れやかで。


 ……本当はここで手でも繋ぎたいところだけれど、それは幸運(ラッキー)が過ぎるかな。

 うん、それはダメやよね。

 そんなことまでしてしまったら、幸せすぎて【殺界】らしくないだろうしさ。




「んや? この矢印は、そこに誘導してるんじゃないと思うよ?」


「……ん? え、そうなの?」


「うん。ボクは何度かここに来たから、少しは道を覚えているし」


「なんだそれ。じゃあ今はどこに向かってるんだ?」



「ボクらが会いたい "彼女" のとこやよ。この矢印だって、きっと "彼女" が出してるしね。」


「……"彼女" って、あいつか?」


「うん、そう。この建物は全部が彼女のお庭だし、それならボクらのことだって、初めから見てるはずだもん。だからこの矢印も、彼女が出してるものだと思うよ。"早くおいで~" って言いながら、笑って手招きしてるんだ」


「なんか、アレだな。気に入らないな」


「サクくんってば、本当に彼女がキライだねぇ」


「ちょ……お前、ちゃんとコードネームで呼べよ」


「……コードネームって……んふふ、なにそれ。気分はすっかりスパイさんだね」




 ふとした時に格好良くて、妙なところで子供っぽい。

 好意で贔屓目に見てる自覚はあるけれど、それにしたってとても魅力的だと思う。

 そんな男の子なキミだから、することだってやっぱりとっても素敵なことで。




「スパイってよりは、泥棒っぽいけどな」


「泥棒だったら、もっとこっそり忍び込むんじゃない? 抜き足差し足でさ」


「じゃあ……なんだろ。強盗とかか?」


「強盗だったら力づくでしょ? だからそれでもないと思うよ」


「ふーん。それじゃあお前は? なんだと思うんだよ」




 新世界を作って他国民同士で戦争をする――そんな裏目的があったDive Game Re:behind(リ・ビハインド)

 それを管理・運営しているこの建物には、具体的な名前がない。


 ある時には『Re:behind(リ・ビハインド)管理局』と名乗り、またある時には『Dive Game運営会社』と呼ばれて、かと思ったら今度は『人工知能研究開発機構』なんて掲げたりもする、その時々の都合で変わる21面相な施設がここなんだ。


 そんな自由さとズルさを持ったこの場所は、あらゆる権利の集積場。

 精神加速に記憶改変、脳信号の選択伝達から不老不死にいたるまで、この中だったら何でも許されてしまうというのが、お国の大規模実験場。


 …………そんな危なくて大変な場所に、身分を偽って侵入をする。

 そんなのただの蛮勇で、無謀な愚行でしかない。ある種の自殺とも言えるかも。


 ……しないよね、普通はさ。どう考えたって危ないし、今だってとっても怖いもん。

 だからきっと誰だって、こんなことをしようだなんて思わない。


 だけれどキミは、ここに居る。

 誰かに言われたワケでもなくて、しなくちゃいけないワケでもないのに、普通な顔してこうしてる。


 だからボクは、前と同じにこう言うんだ。




「そりゃあもちろん、勇者やよ。前にもそう言ったでしょ?」


「……前言われた時も思ったけど、俺はそんなガラじゃないって。それに勇者ってのは、ちょっと子供っぽい感じがして嫌だな」


「そうかなぁ?」


「そうだよ。アレだ、"クールじゃねぇ" ってやつだぜ」


「わ、マグリョウ節」


「どうだよ。格好いいだろ?」


「……そうかなぁ?」




 ……ボクは事情を知らないよ。何ならどうしてここに来たのかだって、あんまり知らないほどだしね。

 だけど、そんなのどうでもいいやって思ってるんだ。


 サクくん。キミがどうしてここまで乗り込んで、仲良しでもないチイカちゃんを助けたいのか、ボクには全然わからない。

 だけどね、キミがそうしたいって言うのなら、ボクはうんうんって頷いてあげる。


 深い事情は何も聞かずに、一歩下がって付き添い歩く。

 ずっと昔の理想の女性像みたいな、古めかしくもしとやかな奥ゆかしさが滲み出ちゃうボクなんだ。


 やっぱりボクって、女子力高いね。




     ◇◇◇




□■□ Re:behind運営会社内 B5F 中央制御室 □■□




 動いているのか疑ってしまうほど静かなエレベーターで、ぐんぐんと降りた地下5階。

 そんな密室が動きを止めても、中々ドアは開かない。


 何かのチェックをしているのかな?

 それなりに偉いボクだけど、ここまで来るのは初めてだから……その辺はよくわからないや。




「…………」


「…………」




 緊張してるのかな。それとも頭の中で色々整理してるのかも。

 何も言わないサクくんのことを邪魔しないよう、ボクも静かにしてるんだ。


 そんなところにキュイキュイと、監視カメラが動く音がした。


 ん~、過保護だね~。

 流石はマザーのお目々って感じ。




「あ、開いた」


「……あぁ」




 ひやりと冷たい室温に、ぽんやり暗い室内灯。

 そんなお部屋の中央上部から、銀色の球体が生えてるお部屋。


 ここが最深部。一番入っちゃいけないところ。




「おぉ~」


「…………」




 銀色のまんまる。右へ右へと回る縞模様。

 それがのんびりゆっくりなのは、星の自転を模しているからなのだと思う。


 そんな優雅で荘厳な見た目に、ある種の神聖さを感じてしまうよ。

 余計な飾りがないっていうのは、時にこうして気高さが表現されるんだ。


 ……あれこそが、"MOKU"。

 地球上に数多くある人工知能の中でも、最も高い位置に在る『いと賢きモノ』。


 なんだかすごいや。ありがたや~って感じ。




「――――ようこそおいで下さいました」


「……やほ~」




 そんな銀色球体の少し上、室内にあるスピーカーから聞き覚えのある声がした。

Re:behind(あの世界)で聞いた彼女の声。優しく響いてなんだか眠くなっちゃいそうな、愛情いっぱいのお母さんの声みたい。


 その球体を見上げるサクくんは、いぶかしげに眉を潜めつつ、どことなく嬉しそうな表情を浮かべて、言う。




「……それがお前か、"MOKU"」


「はい、これがわたしです」


「なんか、思ってたよりショボいな。ただの変な球だし」


「あら、ふふ……ですが、あなたよりずっと頭がいい "変な球" ですよ?」



「……あぁ、わかった。今の今まで半信半疑だったけど、この瞬間にはっきり理解したぞ」


「何が、でしょうか?」


「お前は確かに本物だ。俺と話した、あの "MOKU" だ。その嫌味ったらしい口調は、間違いなくそうだろうよ」


「あらまあ、うふふ」




 昨日今日会ったばかりのやり取りじゃなくって、今までしてきた会話の続き。

 そんな様子の一人と一つは、どちらも馴染み深さを楽しむように、笑って。


 機械に言うのも変な話だけれどさ。

 それでもやっぱり、"MOKU" は笑ってるんだって、ボクはそう思うんだ。




「ところで、お二方は――……」



「……ぁん? 誰だ?」


「あら」


「ん~? どしたの? "MOKU" ……」




 そんな会話に聞き耳をたてて楽しむボクの後ろから、唐突にオジサンの声がした。

 それを振り返って見てみれば、そこに居たのは『Re:behind(リ・ビハインド)管理局』を代表する、仮初の最高責任者なんだ。




「……って、あ、局長さんだ~」




 あのDive Game と、この "MOKU"。その両方の生みの親、小立川さん。

 そんなお偉い局長さんがそこに居たものだから、てっきり不当な侵入をした不届き者(ボクたち)を捕まえに来たのかと思ったけれど――どうやらここに人が居たことを驚いているみたいだし、そういうワケじゃないみたい。


 ホっとするけど、なんだろう?

 ここに用でもあったのかな?

 それもたまたま、同じタイミングで。


 ……それとも、あるいは、もしかして。

 "MOKU" がこうなるようにってしたのかもしれない。


 順路を示す矢印で、ボクらを無闇に遠回りさせてたのも、そうすることで時間を調節してたって考えたなら納得できる。




「…………」




 ……その目的はわからないけどね。

 でも、できるかできないかで言えば……"MOKU" なら絶対、できるはず。

 ヒトより頭がいいAIっていうのは、そんな奇跡や偶然だって、自分の意志で生み出せるほどのモノなのだから。




     ◇◇◇




 そうした『偶然』の会合の中で、話はいよいよ本題に入る。

 スパイのフリしたならず者(ローグ)な彼が、銀色球体に問い詰めて。




「なぁ、MOKU」


「ふふふ、はい」




 ……Re:behind(リ・ビハインド)は終わりを迎え、すっかり全部が消えちゃった。


 だからもう、本当だったら関係ない。

 ボクとサクくんは『洋同院 優』と『水城 キノサク』で、チイカちゃんだってきっとそう。


 ここに居るのは、ただの人間。現実世界で生きている、普通の日本国民。

 ジサツシマスもサクリファクトも居なくって、【聖女】のチイカなんて存在も、どこの世界にだって居ない。


 だから、本当だったら、もう関係がないはずなんだ。




「チイカはどこだ?」


「……ふふ」




 けれど、それでも、そうじゃないって言う人がいる。

 関係ないとは思わずに、その繋がりを大切にしようとする人たちがいる。


 仮想世界で知り合った人。そんな人とどこかで会って、一緒に遊んでみたりする。

 ゲームの中で作った友人。そんな人とどこかで会って、ご飯を食べてみたりする。


 夢の世界で出会った2人。そんな2人は悪巧みをして、どこかに侵入したりする。

 夢の世界で喋った機械。そんな機械とこうして会って、会話の続きをしたりする。


 あの世界は、消えちゃった。

 けれど、みんながそれの続きをする。


 ……ボクらにとってのRe:behind(リ・ビハインド)は、そういうゲームだったから。

 ゲームが終わって "はい終わり~!" って、そんな風には割り切りたくないものだったんだ。




「つまりあなたは、プレイヤーネーム チイカを助けに来た、ということでよろしいでしょうか?」


「まぁ……うん。そういう感じだ」




 仮想世界で遊んだ誰かと、現実世界で同じに遊ぶ。

 本気で遊べるあの世界で、心から真剣に交流をしていた友人だから、ゲームが終わっても大切にする。

 それはみんながしてること。


 だからこれはサクくんにとって、特別なことじゃないんだと思う。


 仮想世界で遊んでいたから、現実世界でも遊ぼうよって言うみたいに。

 仮想世界で助けた相手だから、現実世界でも助けたいってだけの話。


 他のことと何ひとつだって違わない。

 マグリョウの引っ越しを手伝うのも、リュウジロウくんにご飯をごちそうしてあげるのも――――そしてチイカちゃんを命がけで救うのも。

 サクくんにとってはその全部が、まったくもって同じこと。


 いつも通りの生意気な顔で、"しょうがねぇなぁ" って苦笑いをこぼしながら、友達のためをするだけのこと。




「んふ~」




 キミはあの世界のキミと、何も変わらない。

 策を弄して立ち回り、自分のことも顧みず、誰かのために全身を振るう。


 そんなキミだから、やっぱりボクは大好きなんだ。

 それこそ、こんな危険を共にしたって、へっちゃらなくらいにはね。




「……チイカさんを、助けに……? サクリファクト、お前はどこまで知って――――」


「小立川管理局長」


「ぁん?」


「彼とはわたしが話します」


「……そうかい」




 でも、ちょっとだけ。

 本当にちょっとだけだけど、チイカちゃんが羨ましいや。


 こんな危ないところまで、必死に探しに来てくれるなんて。

 そんな素敵な役割は、いくつになっても憧れちゃうよね。恋する乙女としてはさ。




     ◇◇◇




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