第十二話 何処かで誰かが何かを触る
□■□ Re:behind ??? □■□
「ハッハァッ!! ゲイリーッ!!」
いやぁ参った。幸福だ。
プレイヤーを遠ざける人食い洞穴の奥の奥、"風が吹く場所"に何があるのかって話になって1ヶ月。
金も時間もジャブジャブ使って辿り着いた最深部にあったのは……ポジティブな予想をそのまま顕現させたような宝の山だった。
「ようやくだネ。報われてよかっタ」
「全くよね。これで何もなかったって言ってたら、チムイーをPKしていた所よ」
「同感だぞ」
「おいおい、物騒だな!? それよりこれを見ろって! 金にミスリル……剣に杖、魔宝石だっていくつもあるぜ! ハッハァッ!!」
ここまで付いてきた仲間たちがそれぞれに愚痴を零すが、そんな軽口も目の前のコレに浮かれての事だろう。
今までの苦労、体の疲労、それらが徒労にならずにすんだ、明らかな報労。
陰鬱な穴ぐら探索で沈んだ気持ちも、天井をぶち抜いて持ち上がるってもんだ。
「これは……いい剣だネ。凄まじく斬れそうヨ」
「見て、こんな大振りな魔宝石……値が付けられる物なのかしら?」
「金がいっぱいだぞ」
「どこを見たって宝しかない! 我らは成し遂げた、ってな!! …………これも魔宝石か? 眩く輝いて、とんでもない上等な物だぞ」
どれから手をつけようか、目移りしてしまう黄金の満漢全席。
その中でも一際に上等な光を放つ毛玉は、その茶色い毛をさらさらと風にそよがせながら光の粒子を撒き散らしている。
「毛玉……大きな瞳みたいだ。何か書いてある…………『制玉』?」
「洞穴を制御する核じゃないのかネ? 最奥にコアがあるのは、お決まりヨ」
「そういう物か。これを取ったらどうなるんだ?」
「やめてよね。いきなり崩れだすとか、食い詰め炭鉱夫みたいな死に様はイヤよ」
すべすべとしたその毛玉を触ると、頭の中に光が弾ける。
体が浮いたような感覚に、自分の手足がどこにあるかわからない――眠る直前のような気分だ。
ああ、これは…………知ってるものだ。
「チムイー? どうしタ? 何かおかしいヨ」
「ちょっと、まさかここに来てトラップ!?」
「力づくで剥がすぞ」
「……はっ!? なんだ!? どこだ、ここ!?」
「ドコモ何も、穴ぐらの最奥。寝ぼけるなヨ」
「寝ぼけてなんか…………いや、実際そういう状態になったぞ」
「はぁ? どういう事? その毛玉が何かあるの?」
「ダイブインの時と同じ感覚に…………水が見えた。海の中にいたんだ。Re:behind世界のどこか、遠いのか近いのかもわからんが、流れる海水と魚が見えた。この毛玉は何かおかしいぞ」
「なにそれ。訳がわからないわ。……それはとりあえずそのままにして、他の宝を回収しましょう。危険を少しでも感じたら、退避。ここに来るまで散々思い知らされたでしょう?」
「ああ……そうだな…………」
何だったんだ?
現実よりリアルな体験、まるでこのゲームにダイブしなおしたような不思議な感覚。
あそこは紛れもないRe:behind世界で、青くて広い海の浅瀬で、俺は魚でもサメでもなく…………。
「――――縞栗鼠」
「いきなりなんだヨ」
「『縞栗鼠の制玉』って名前だ。触った俺だからわかる」
「シマリスぅ? 確かに黒い三本筋があるけれど」
「『触れば縞栗鼠になれる玉』だ。さっきの俺は、確かに縞栗鼠だった」
「チムイー、キミ、疲れているのヨ」
「貰う物貰ってさっさと帰りましょ。穴ぐらは精神も侵すみたいだし」
「同感だ」
真剣なんだけどなぁ。俺は確かに、デカくて強靭な前歯を持つ縞栗鼠になったんだ。
そして…………とにかく、色んな物をぶっ壊したくて仕方がないって気持ちになった。
一体なんだったんだ?
よくわからんが、全身が震える。底知れない恐怖。
あの縞栗鼠になった時の全能感は、そこから抜け出た今になって……体が全力で警鐘を鳴らしてる。
大変なものだ。
何もかも食い散らし、全てを台無しにする…………話に聞く『ドラゴン』のような、恐怖の化身。
このRe:behindトッププレイヤーの一人、【炮烙】のチムイーは今――――そういう圧力を感じたぜ。
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『給力』
ゲイリー。
"素晴らしい" "すごい" "格好いい" という意味を持つ、中国のスラング。




