Re:behind開発者インタビュー 「地獄の親心、子知らず」 1
□■□ 日本国中央テレビ局内 第三スタジオ □■□
「……本日はお忙しい中お越しいただき、ありがとうございます」
ふん、思ってもねぇ事をぬけぬけと――ってのは前にも言ったな。
しかし懲りねぇ奴らだ。この女子アナウンサーも、上も、そして俺も。
なんだって一度生放送をグダグダにしたこのメンツで、もういっぺんこんなインタビューをするんだか。
「さて、早速ですが小立川さん。あなたが開発と運営に携わっているリビハ――『Re:behind』の騒動について伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ~はいはい、伺ってもよろしいですよ」
しかもその上、質問の内容がまたひどい。
なんてったって今をときめく大炎上中の『Re:behindが終わった件について』だからな。
こんなのもう、最初っから荒れる前提だろう。また厄介な役回りを押し付けられたもんだ。
「先日、あなた方Re:behind運営陣は、そのネットゲームサービスを唐突に終了させたと聞いております。それは間違いありませんか?」
「そうですなぁ。終わりましたよ、Re:behindは」
「……それによって、現在大変な騒ぎとなっている事もご存知かと思います」
「そうですなぁ。実際ウチにも直でガンガンに来てますよ、ひでぇ暴言と文句がね」
それはRe:behindが終わったあの瞬間から一週間経った今日に至るまで、日がな一日中押し寄せている。
繋がらないようにしているゲームの公式サイトではなく、当社のWebページから送信出来る問い合わせは当然として、その他フリーダイヤルの直通通信は常にコール音が鳴り止まない。
しかもその上、当社の玄関口前でまで多数が大盛りあがりで声を挙げてるってんだから困ったモンだ。
そんなご意見の内容は、理を持って利口に詰めてくるものから、涙ながらに訴える切実な思いと、口にするのもはばかられる罵詈雑言まで様々だ。
ちなみにそんなド直球の非道徳が行われるのをあの『なごみ』が見過ごさないだろうと思われがちだが、今回ばかりは我々からの要請で不問ということにしてある。
……それくらいは出来るんだ。いくら立場の弱い運営でもな。
「そのような騒動の理由としましては、まずDive Game Re:behindの最も特徴的な部分としてあげられる『公式RMT』という仕組みがあったからこそだとも聞いております。それはゲーム内のクレジットが現実世界でも価値を持ち、そのまま仮想通貨として取引が可能であって、なおかつ望めば円に変えられるという、他では見られないものであるそうですが……それに間違いはありませんか?」
「そうですなぁ」
「そんな稀有な仕組みにより、職業ゲームプレイヤーという概念も生まれたと聞きました。ゲーム内での収入によって現実世界で生きていくという……ちょっと私どもには理解し難いものですが」
「まぁそうでしょうなぁ。普通に労働をしている身では、中々受け入れがたいってのもわかりますよ。だが、実際そうなっていた。それは紛れもない事実です」
「そうですか。しかし、そうであるからこれは大きな問題なのだと思います」
「はて、どういう意味ですかねぇ」
「ゲームとは言えども、生活の基盤を支える大事な収入源。そのような生業を提唱したのは他でもないあなた方Re:behind運営会社であるはずです。そうですよね?」
「はぁ、まぁそうですなぁ」
「……無責任だとは思わないのですか? 突然のサービス終了によって、それで生活していた人々を、野にうち捨てるようにして」
「思いませんなぁ」
「何故でしょうか? 実際に苦しんでいる人の声が届いているというのに」
「そりゃあアレでしょう。所謂ひとつの自己責任ってやつですからなぁ」
そもそもこのゲーム終了は、何も突然などではない。
"ゲートがぶっ壊れたら終わり"。それは規約にもきちんと書かれているし、何ならサービス開始当初に "MOKU" から運営のお知らせとして伝えてすらあるものだ。
そんなユーザーと我々との約束事を、今になっておかしいだのと言う事こそが無責任ってもんだろう。
「サービス終了の責任は、すべてプレイヤーにあると?」
「そういう決まりでやってたモンですからね。約束を破っていないのは我々で、我儘を言っているのはプレイヤー……いや、元プレイヤーたちですわな」
「……その決まりという物がどういったルールであったのかは、私にはわかりません。しかし、いくらなんでも無情がすぎるのではないでしょうか? 人々の生活の基盤を提供していた者として、終わるまでの余地や何らかの保証、多少の情状酌量などがあってもいいと思いますが」
「それは出来ませんな」
「何故でしょうか?」
「情けをかける、それは彼ら元プレイヤーに対する裏切りだ。彼らは真剣で、我々も真剣だった。だから彼らは怒っているし、我々は有無を言わさず終わりにする。そこを曲げちゃあ、誠実とはとても言えねぇってモンだからな」
「……何ですか、それは。意味がわかりません! こうまで多くの人々を路頭に迷わせておいて、あなた方の良心は痛んだりしないのですか!?」
「そういう生き方を選んだのはそいつだ。だったらそうして野垂れ死ぬのも、そいつの選択の内だったんだろうよ」
「そんな放り出し方がありますか! 元々人生に必要のない物だった『ゲーム』に特別な価値を持たせて! 無理やりにたくさんの人を呼び込んで! そうしてあなた方は、結果として多くの人々に無駄な時間を過ごさせたと私は考えます! その罪は! 責任は! 果たしてユーザーだけに押し付けられて良いのでしょうか!?」
「だから言ってるだろう、自己責任だと。少なくとも俺らはゲームプレイを強制するなんて事ぁしてねぇんだから、そう言われても困っちまうよ」
「それがRe:behind運営陣、ひいては運営会社の総意なのですか!?」
「少なくとも俺の目に見えている範囲では、そういう風に思ってるのが大半だな」
決まりごとを覆し、サービスを終わらせない。
それはまぁ、出来なくもない話なんだろう。
だが、それはしちゃならない。そういう適当さはあってはいけない。
何故ならそれが、それこそが、我々がリビハユーザーに対して持てる真剣さだからだ。
ゲートが失くなれば終わると言った。彼らはそれに同意した。
だからそうなりゃ、そうとなる。例えそれが無粋な米国の横槍によってもたらされたものであっても、実際そうなったんだからしょうがない。
それがRe:behindだ。"5th"の仕様だ。
そこに例外は一切なく、我々もユーザーも、そうだからこそ本気であった。
「…………やはり以前と同じように、お呼びする方を間違えたようです。あなたでは話になりませんね」
「始めて気が――――……いや」
「……?」
「アンタの話はとても感情的だが、確かに一理あるモンだ。だからアンタは間違ってねぇし、今なお問い合わせを送ってくる元プレイヤーたちも間違ってねぇ」
そりゃあ俺だってそう思ってはいるさ。
終わるなんて嫌だと言ってくれる声は何よりうれしいものであるし、俺だってまだまだ続けたかった。
それに、終わるに至った理由だって……とてもじゃないがすんなり納得出来るようなモンじゃない。
なんでったってあそこで米国が来やがるんだと、今でもなおのたうち回りたいほど悔しくってしょうがないしな。
だが、駄目だ。そうした気持ちがあろうとも、ゲームを終わらせない事だけは駄目なんだ。
それは裏切りで、彼らの今までの否定でしかない。それだけは、してはいけない。
「それなら――!」
「だが、俺らも間違ってねぇ」
「……は? どういう意味ですか」
……もし、ここで前言を翻し、サービスを終了させなかったとして。
それによって喜ぶ奴は大勢居るのだろうし、そうした我々の判断を善行だと呼ぶ声はとても大きくなるのだろう。
だがそうした場合、多くの人の心に『Re:behindは茶番』だという印象が残ってしまうのは明白だ。
結局負けても大丈夫――終わると言いつつ終わらない――真面目にやらなくても大丈夫――そうして一度でも "ルールを覆す" という事をしてしまったが最後、そこでRe:behindは『適当にやってもいい世界』に変わってしまう。
それが未来の話だけならいい。これから適当でもいいと思ってしまうだけならば。
しかしそれは、そうならない。
もしここでRe:behindの終わりを撤回してしまった場合、その時に元プレイヤーたちが持つのは……『何もかもがやらなくてもいい事だった』という、屈辱的な思いだろう。
"あんなに本気で戦ったのに、あんなに全力で頑張ったのに、負けたって結局大丈夫じゃないか"。
"誰かのために痛みを堪えた事も、他人のために力を尽くした事も、何もかもがやらなくて何とかなる事だったじゃないか"。
そうした後悔じみた思いは必ず生まれてしまう。
そして、それこそが非道であると俺たちは考える。
彼らはRe:behindを終わらせたくない一心でひたむきに頑張り、たかがゲームに本気を出した。
そんな彼ら元プレイヤーたちの真剣さをあざ笑うような真似を、していいはずもない。
たかが遊びであるゲームを作った我々が、たかがゲームに夢中になった彼ら対してに出来るのは、『ゲームなんかをしているんじゃない』と説教する事なんかじゃあねぇ。
『確かにたかがゲームではあったが、それでも諸君らが本気で遊んだのは紛れもない事実だった』と、運営とユーザーそれぞれの生き方を称える事だけなんだ。
だから、だ。
だから我々は、こうしてRe:behindを絶対に終わらせる。
彼らの真剣に応えるために、当初の約束を違えないために、絶対にこうしなくてはならないんだ。
……悔しくて、悔しくて、噛み締めた唇からだらだらと血が流れたとしても。
彼らが本気で遊んだ思い出をぶち壊すような真似だけは、絶対にしちゃあならねぇんだ。
「仮想の世界に没頭させ、『ゲームのレベル上げ』という現実世界において何の価値もない無駄な時間を過ごさせたあなた方が間違えていないというのは、私にはまったく理解が出来ません!」
「……あぁ?」
「な、なんですか!」
「人生において、無駄は不要だと……形に残らない物を求めるのは、生きていく上で無価値な事なのだと……そう言うのかよ、アンタは」
「……少なくとも私はそう考えて――――」
「なら、いっそ今すぐ死んじまえ」
「――――な……っ!?」
「『必要』だけを考えるなら、美味いモンなんて食う意味はなく、栄養剤を流し込んでりゃあそれで済む。ただただ死ぬまで生きるだけをするのであれば、友も生き甲斐も愛も要らねぇ。ただ呼吸をし、何も思わず何も考えずに、心臓を23億回動かすだけをして消えて行けよ」
「……そ、それは……!」
「そんな『生きる上での無駄な行い』ってのは、何も美味いモンやゲームに限った話じゃねぇぞ。趣味でも嗜好でも恋でも夢でも何でも全部同じだ。楽しい・嬉しい・面白い――そうした心の脈動が、生きていく上では不要な物だと言うのなら……無駄にいつまでも生き永らえずに、いっそさっさと死ねばいい」
「な、な……なんて酷い……!」
「それにそもそも、お前は自分が『必要』だと思っているのか? いや、『必要』な人間なんて果たしているのか? ……いいや、居ないさ。そんな奴はどこも居ない。お前も俺も、どこかの誰かが居なくとも、世界は変わらず回り、明日も明後日もやってくる。だったら人間なんて、そのおおよそが元から『不要』で、誰もが等しく価値がねぇ。人生なんざすべてが無駄だ。何しろ元から個人個人に生まれる必要なんてモンはなく、死んだら何も残らねぇんだからな」
「……信じられない! 人類は不要!? よくもそんな暴言を吐けますね!!」
「暴言っていうんなら、アンタのほうがよっぽどだぜ」
「何がですか!! 私の発言のどこが暴言だと…………!」
「生まれた理由がないのが人間だ。ただその誕生に祝福があればいいのが人類だ。だから、生きるってのは、無駄をする事だけでいい。無為な時間を楽しむ事だけでいい。やらなきゃならない事はなく、やりたい事だけあればいい。そして、それをしたいから誰も彼もが今日を生きるんだ」
「…………」
「そうして今日も『無駄』に生きる人々を、いずれ消え行くかけがえのない無駄な物を大事にする奴らを、アンタは偉そうに軽んじてみせた。本来無価値な己の人生にようやく意味を見出して、ひたむきに生きる人類すべてに、アンタはたった今酷い暴言を吐いたんだ」
「……な……!? わ、私は……そんなつもりでは……っ!」
「生まれてきた意味がわからず、それでも楽しい『無駄な時間』が待つ明日のため、今日を頑張って生きてる奴らに、『無駄な事をして楽しいか?』なんて言うんじゃねぇよ。どこかの誰かの尊く儚い人生の価値を、てめぇが勝手に決めんじゃねぇ」
「…………っ」
◇◇◇
「…………なぁ、話は終わりか?」
「……そうですねっ! もうお話する事もありませんのでっ!!」
「ならよ、ちょっと時間を貰っていいか?」
「……は? なんですか?」
「カメラをこっちに向けてくれ。見ている元プレイヤーたちに、俺から言いたい事がある」
「…………何を言う気かは知りませんが、ご自由にどうぞ。どうせ尺はまだありますし、あなたは酷い事を言うばかりで、私とでは相変わらず話にもならないのですから」
このアナウンサーの暴言は確かに酷いモンだったが、それはそういう価値観だ。
『ゲームに無駄な時間をかけた』。それを言ったのは問題だが、そう思ってしまうのは仕方ない。
そう考える事自体には、きっと罪はないんだろう。
そうだ。誰も、何も、間違っていないんだ。
いきなりRe:behindを取り上げた運営に憤るのも。
それを傍から見て "なんて酷い!" と思うのも。
そしてそれをした運営である我々も。
全員がそれぞれ正しくて、だからこんなにどうしようもない。
そして。
そうだから俺は、恐らくこれを見ているであろうほとんどの元リビハプレイヤーに、伝えたい事がある。
そういう心持ちでこちらにフォーカスをするドローン付き大型カメラを見つめた。
「…………」
「どうされました? 一体どんな事を言うかは知り得ませんが、ご存知の通り編集不可の生放送です。ですので、出来る限りに手早くお願いしますよ!」
「……いや、わかってるさ。え~……」
もし自分がユーザー側であったなら、確実にこの放送を見ているだろう。
そう考えると柄にもなく緊張し、つい最近もこんな事があったなと思い返す。
あれは、中国のドラゴン戦での一幕だったか。
二つ名効果を消失させるという無茶な強化を得るドラゴンに、必死で抗う【七色策謀】――プレイヤーネーム サクリファクトに向けて言葉を発した時。
あの時も俺はこうしてアガっていた。
すでに懐かしい、過去の記憶だ。
……サクリファクト。本名はキノサクと言ったか。
お前も今、見ているか。
なら、聞け。
「……Re:behindが終わった事に憤る諸君。今もデモを行っている諸君。独りで静かに悲しむ諸君。すでにあの世界を忘れてさっさと別のゲームを始めた諸君」
「…………」
「……あの世界に熱をあげてくれた君。時間を忘れて没頭してくれた君。子供みたいにはしゃいでくれた君。本気も本気でプレイしてくれた君……とにかく全員、Re:behindで遊んだプレイヤーたちよ」
「…………」
「………………Dive Game Re:behindをプレイしてくれて、ありがとう」
言うのはひとつのゲームのエンディング終わる最後の最後に出る定型句の謝辞――『Thank you for Playing』。
謝りもせず、省みもせず……ただ、ありがとうと。
それだけ心の底から思い、使い古された言葉に万感の思いを乗せ、頭を深く下げながら吐き出した。
「…………」
「…………」
そんな俺を見つめる女子アナウンサーは、黙ったままで何も言わない。
って言っても、そりゃあそうなるだろう。
恐らく彼女……ひいてはこの番組では、俺を責め立て開き直らせ、ユーザーを軽んじる発言を引き出し、憎悪を向ける対象に仕立て上げようとしたんだろうからな。
だからきっとこの予想外の展開に、どうすりゃいいかわからねぇんだ。
だが、俺は別に番組構成をぶっ壊すつもりでこうした訳じゃない。
これは俺の真っ向からの本心で、最初からずっとこう言うと決めていたものだ。
あのゲームを本気で遊んでくれて、ありがとう。
俺が今言いたい事、今の俺に言える事は……ただそれだけだ。
「…………」
「…………」
「……CM入りました~」
そのまま頭を下げ続ける俺と、何も言わないアナウンサーというおかしな時間が10数秒過ぎたあと、局のスタッフからCMへ入った事を告げられた。
これも一種の放送事故ってやつじゃあねぇのか。
つってもまぁ……俺には関係ねぇか。
「…………お疲れ様でした」
「……あぁ、はい」
そしてそのまま、インタビューは終了した。
結局このアナウンサーは、特に何も言わずに無愛想な挨拶をするだけか。
……あぁ、それでいいさ。
Re:behindを知らん奴には、この言葉の意味はわからんだろう。
もしかするとRe:behindをプレイしていた彼らにも、ろくに伝わっていないのかもしれない。
いいさ。
それならそれで構わない。
何にしたってただそれだけが、今の我々から元プレイヤーたちに贈れる唯一の言葉なんだから。
◇◇◇




