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おとめとことりで話した後で 2




     ◇◇◇




「…………ごめんなさい、乙女さん。私……その……泣いちゃって」


「……ううん、大丈夫だよ。ほら、ジュース……どっちがいい?」


「あ……じゃあ、こっちのリンゴのほうで……」




 まぶたを赤くしたことりちゃんに自動販売機で買ったジュースを手渡し、テーブルの反対側に座る。

 遠くの物陰からこっちを伺っている案内ロボット "陸豚" にこっそり顔を振れば、ひっそりとどこかへ消えて行った。


 ……まさか本物のタコを見て思い出しちゃうなんて、盲点だったな。

 そういう話はしないようにって、できる限りに気をつけていたのに。




「…………」


「…………」




 ことりちゃんに選ばれなかったレモンティーを飲みながら、何ともなしにテーブルにあった冊子を見る。

『イルカのこどもがうまれたよ』と書かれたそれには、小さなイルカと一緒に泳ぐスキューバーダイビングスーツの女性が映り込んでいた。


 その名前は――――……あ。




「……ねぇ、ことりちゃん。これ見て? 洋同院ようどういん ゆうだって」


「あ…………ツシマさん……」


「ゴーグルで半分隠れていてもわかるくらい、顔がデレデレと緩んでいるわよ。よっぽどイルカが好きなのね」


「……ふふ……そうですねぇ」




 僅かに顔をほころばせることりちゃんを見て、冊子の中で緩んだ顔を見せる【殺界】に感謝する。


 ……何だかもう、魚を見るような気分じゃないや。

 それに、これ以上ことりちゃんの哀しい顔だって見たくない。


 ここでもう少し休憩をしたら、今日はもう解散にしよう。

 そしてまた、日を改めて来ればいい。

 Re:behind(リ・ビハインド)は終わったけれど、私たちはここに居るのだから




「……あの」


「ん? なぁに?」


「……みんなって、どうしているか知っていますか?」


「…………みんな……って、あの世界の?」


「はい。Re:behind(リビハ)で一緒に遊んだ、みんな……」




 ……少しだけ、驚いた。

 まさかことりちゃんのほうから、そんなことを聞いてくるなんて。


 でも、そっか。

 思い出は悲しい。けれど、プレイヤーだった私たちはまだ生きていて、関係性は残ってる。

 それならあの時一緒にゲームをした人たちが、今はどうしているのかと知りたがっても、不思議じゃない。




「…………そうね。じゃあ……最初は、クリムゾンの話からかな」


「……はいっ」




     ◇◇◇




「【正義】のクリムゾン……本名は海原(かいばら) こうって名前なんだけど、彼女はどうやらその容姿とロールプレイの演技力を買われて、女優にスカウトされたらしいわよ。特撮ヒーロー物のね」


「わぁ、すごい……」


「ただそれが……」


「…………?」


「……本当はね、囚われのヒロインの役だったらしいの。紐で縛り上げられてヒーローの助けを待つ、か弱い女の子の役回りね。……けど、本番中にどうしても我慢できなくなった(こう)は、自分で縄から脱出して、敵役の人を――――こてんぱんにしちゃったらしくって」


「えぇ!? そんな……じゃ、じゃあ正義さん、クビにされちゃったり……?」



「ううん、それがね。それを見た監督が "素晴らしい殺陣だ! これは面白い!" って言い出して、急遽台本をそういう流れに作り変えたんだって。だから今ではヒーローとヒロインの両方が戦うお話として、撮影を続けているみたい」


「な、なんだかすごいお話ですねぇ……でも私、それ見てみたいです」


「ふふふ、うん、そうだね。私も楽しみにしてるよ」




竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】、【正義】のクリムゾン。

 彼女と以前に連絡先を交換していた私は、心が落ち着いたであろうつい数日前に連絡を取り合った。

 そこで知った俳優業のアレコレは、滅茶苦茶で痛快でとても彼女らしい、我らがRe:behind(リビハ)の正義さんらしい話で、すでに一部では放映を待ちわびる声が大きくなっていたりする。


 ……ただ、これにはちょっとした裏話もあるんだ。

 私がその話を聞いて、いくらなんでも無茶がすぎるよって言った時。

 こうが私にだけという前置きで教えてくれた、内緒の話。


 "実は、救われた後にキッスをするシーンがあると当日に言われた"

 "私は、それだけは嫌だったのだ"

 "はじめてのキッスは、あの、サク……す、好きな人としたいって、そう思うから"

 "そう思っている内に、気づけば縄を引きちぎり、華麗に正義を執行していたのだ"


 ……そう音声通話で語る彼女は、ところどころで照れながら、それでも真っ直ぐ想いを言い切って。

 そして最後に、"絶対絶対内緒だぞ" って言って、笑った。

 彼女の暴走の裏にあるそんな事情は、2人だけの秘密だ。




「やっぱりすごいんですね~正義さんは~」


「あとは……そうだね、ヒレステーキのことかな」


「え? あ……はい。あの、筋肉の」


「ふふ、そうだね。筋肉のね」




 その名前を出した途端に、目をぱちくりさせることりちゃん。

 あんまり興味ないのかな。それとも意外だったのかもしれない。


 だけれどそれも当然だ。

 私だって別に興味はなかったけれど、(こう)が雑談の中で教えてくれたから知っているってだけなんだし。




「彼はとあるトレーニングジムで、ボランティアのトレーナーをしているみたい」


「ボランティア、ですか? ちゃんとした社員さんとかじゃなくって」


「うん、だって今やトレーニングも専用の機械が補助する時代だもの。そういうところに普通の人間の働き口なんてないのよ?」


「ほへ~」



「だけどやっぱり、生身にしかわからないところもあるのかもしれないわね。そのジムはずいぶん盛況みたいで、日がな一日中汗臭い声が鳴り止まないんだって」


「そ、そうなんですか……」




竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】、【脳筋】のヒレステーキ。

 誰よりも悩みがなさそうだったあの彼が、実はとある精神的な病の患者で、Re:behind(リ・ビハインド)を通じて治療をしていたと聞いた時には、流石の私も驚いた。


 そして、その顛末を聞いたからこそ、Re:behind(リ・ビハインド)を失って一番参っているだろうって、加那子(かなこ)も私もそう思っていた。


 ……けれど、心配はないらしい。

 "そりゃあタテコと会えなくて寂しいけどよ。でもオレは、アイツとの別れを一回済ませてるからな"。

 "だからもうウジウジしねぇで、しっかり強く生きていくのよ"。

 "それがタテコの命に対する、オレからの激励(コール)ってやつだっての"。

 そう力強く話すヒレステーキにかえって励まされてしまったと、こうが言っていたから。




「それと他には……マグリョウのことだったら、サクリファクトと連絡を取ってることりちゃんのほうが詳しいんじゃない?」


「……う~ん……」


「どうしたの?」


「あ、いえ……その、確かにサクリファクトくんと連絡は取れるんですけど……」


「けど?」


「なんだか最近、すごく反応が悪くって」


「ふぅん、生意気ね。サクリファクトのくせに。何か別のゲームでも見つけたのかしら」


「あはは……でも、そういうわけでもないみたいなんですよね。何もやる気が出ないって言って、遊ぼうって言っても全然来てくれないですし……」




     ◇◇◇




 そうして色んな思い出話を交えながら、お互いの知るそれぞれの近況について教え合う。


 ……クリムゾン……ヒレステーキ……マグリョウと、【金王】のことはわからないからいいとして。




「あとは、加那子(かなこ)かな」


「カニャニャックさんですか?」


「うん、そう。彼女は元々お固い本業があるから、あまり会えてはいないんだけど……あら?」




 何だかんだでRe:behind(リビハ)が終わってから一番連絡を取り合っているカニャニャック――加奈子の話をしながら、何気なく携帯端末を見る。


 すると、ちょうどその加奈子がトークルームへ招待している通知が出ていた。

 何だろう。珍しいな。用事がある時はいつもメッセージでのやり取りだったのに。




「ちょっとごめん、少し待って貰っていいかな?」


「あ、はい。大丈夫ですよ~」




――――――――――――――――――




<< オトメ さんが会話に参加しました >>


オトメ : ?


加那子 : やぁ、ようやく反応した。通知に気づかないなんて珍しいじゃないか。


加那子 : 何か忙しくしていたのかい?



オトメ : 今ことりちゃんと見学に来てるのよ。ほら、例のあわら海洋生物飼育研究所。


加那子 : あぁ、優の。ということは、以前言っていたのは今日だったのかい。なるほどね。


加那子 : しかし……ことりちゃん、ロラロニーちゃんか。それならすこぶる都合がいい。


オトメ : 何がよ。


加那子 : 乙女のほうから、ことりちゃんを招待して貰ってもいいかな?


オトメ : 招待って、ここに? 別にいいけど……何を話すの?


加那子 : そう大したことじゃないさ。ちょっと聞きたいことがあってね。




――――――――――――――――――




「……ことりちゃん。ちょっとトークルームに招待してもいいかな?」


「へ? えっと、はい」




 一体何の話なのやら見当もつかないけれど、とりあえず言われるままにする。


 トークルームの上部分から友達リストを呼び出して、『ことり』と書かれたところをタッチして操作すると、ことりちゃんが腕輪を触って空中投影ディスプレイを表示させた。


 ……私や加那子の物とは違う、最新式の通信端末だ。

 いつまでも物理的にタッチしている私たちとは違う、若さゆえの適応力を感じてしまうよ。




――――――――――――――――――




<< ことり さんが会話に参加しました >>


加那子 : やぁ、いらっしゃい。


ことり : こんにちは~! お久しぶりです!


加那子 : そうだね。あれからまだ一週間足らずだと言うのに、ずいぶん久々に感じるよ。


加那子 : 元気だったかい?


ことり : はい! 今はおとめさんと一緒に、イルカとかを見に来てるんです!


加那子 : そうかい、それは何よりだ。


オトメ : 何だか加那子ってば、遠い親戚のおばさんみたいね。


加那子 : ひどいことをいうね。


ことり : ※笑う猫のスタンプ※


オトメ : それで、本題は?


加那子 : と、その前に……ちょっとトークルームを公開状態にさせて貰うよ。


オトメ : 公開? どうしてよ。


加那子 : 念の為、さ。




――――――――――――――――――




 …………わざわざ招待のみの非公開から公開にすることの、一体どこが念の為なのだろう。

 加那子はこうして、たまに意味がわからないことをするんだ。


 別に、いいんだけどさ。

 ことりちゃんを悲しませるようなことをしないならね。




――――――――――――――――――




加那子 : さて、それじゃあ本題に入ろうか。ことりちゃん?


ことり : は~い


加那子 : Re:behind、終わっちゃったね。




――――――――――――――――――




「…………っ」




 目の前のことりちゃんがその文字列を見て、きゅっと口を引き絞り、じわじわと涙をためていく。


 ……なんて乱暴で直接的なひどい言葉を言うのだろう。

 冗談じゃない。

 こんな見えている地雷を踏みぬくような、あけすけにもほどがある物言いをして――加那子め、ことりちゃんを泣かせに来たの?




――――――――――――――――――




オトメ : なにそれ。それが本題? だったらもう、私たちは部屋を出るわよ。


加那子 : どうして怒るんだい? 私は事実を言っているだけなのに。


オトメ : 今は聞きたくない事実だってあるの。わかるでしょ。


加那子 : そうは言っても、あれだけ心に影響を及ぼしていた世界なんだ。


加那子 : きっとふとした瞬間に、否が応でもそれを思い出してしまうだろう。


加那子 : そうしたままでは、いつまで経ってもそのままだ。それではいけない。逃げては駄目だ。


加那子 : いいかい? 終わった。Re:behindは、終わったんだ。あの仮想世界は消滅し、みんなのキャラクターデータは消え、すべてはもう二度と戻らない。


オトメ : 誰も彼もが貴女みたいに強くない。私たちはまだ、そういう話はしたくない。


オトメ : 心の整理が追いついていないの。お願いだから、そっとしておいて。


加那子 : いやだね。私は話したい。話さなくちゃいけない。


加那子 : キミたちの気持ちを、ここで聞かなくちゃならないんだ。




――――――――――――――――――




 ……カニャニャク・コニャニャック。本名小名林(こなばやし) 加那子(かなこ)

 職業・精神科学者。それは人間の脳を科学的に解明し、数値で心理を知る脳の解析者。


 そんな彼女は仕事柄、人の心の機微を知っていると思っていたけど……どうやら気のせいだったみたいだ。


 こんなひどいことを平気で言えるなんて、信じられない冷血さだ。

 今日で一気に嫌いになった。もう一緒にお酒を飲んであげないから。




――――――――――――――――――




加那子 : わかってるよ。辛いだろう。私だって辛い。こんなのやだって思うよ。


加那子 : だけど、聞いて欲しい。Re:behindは終わった、消えたんだ。


加那子 : あの世界は、もう無いんだ。


オトメ : 加那子! いい加減にして!


ことり : カニャニャックさん


加那子 : はい。


ことり : 何が、聞きたいんですか




――――――――――――――――――




「……ことりちゃん?」




 柔らかく光る黄緑色の空中投影ディスプレイ越しに、彼女の顔を見る。


 ……泣いてる。静かに、ぽろぽろと。

 それでも真剣な顔をして、そこに写った文字をじぃっと見つめてる。


 …………悲しいよね。考えたくないよね。

 なのにどうして、加那子の話を聞くのだろう。


 ディスプレイ越しに見つめても、トークルームの文字を見ても、彼女の気持ちはわからない。




――――――――――――――――――




加那子 : ことりちゃん。


ことり : はい


加那子 : Re:behindは、終わった。


ことり : はい


加那子 : 悲しいかい?


ことり : はい


加那子 : 寂しいかい?


ことり : はい


加那子 : 辛くて辛くて、たまらないかい?


ことり : はい


加那子 : そっか。私もそうさ。


加那子 : そしてその上で、聞かせて欲しい。


加那子 : ことりちゃん。


ことり : はい


加那子 : もしキミたちが、Re:behind(リビハ)をはじめる前に戻れて、今からそれをやろうとしている自分に何かを言えるなら。


加那子 : その時キミたちは、過去の自分に対して、なんて言う?




――――――――――――――――――




「…………」


「…………」




 おかしな質問。科学者らしからぬ、非現実的な前提の話。

 さんざん今の気持ちを確認した上でする、意地の悪い質問。


 それに答えを返すべく、空中で指を動かすことりちゃんは……泣きながら静かに、微笑んで。




――――――――――――――――――





ことり : いっぱい楽しんでねって、そう言います




――――――――――――――――――




「…………っ」




 そう表示された文字を見て……胸がぎゅうっと締め付けられる。



 Re:behind(リビハ)が終わった悲しみは、確かにここに残ってる。

 けれど、それでもことりちゃんは……Re:behind(リビハ)をやらなければよかったなんて、カケラも思っていないんだ。


 こんなに泣いて、こんなに辛い思いをしても……それでもあの世界に居たことを、後悔なんてしていない。

 そうはっきりと言い切ったことりちゃんの深い想いが、私の心を強く打ち付ける。




――――キュ




 その時、遠くで声がした。

 それはイルカの鳴き声で……そこでふと、理解した。


 壁に頭をぶつけるイルカは、私たちと同じだったんだ。


 痛くて、辛くて、苦しくっても、それでも海に夢を見る。

 徹底された管理の中で、安全に飼われる暮らしを嫌って、自分の力で自由に生きられる世界を求めてる。


 それはRe:behind(リビハ)で生きたいと願う私たちと、何も変わらないことだった。


 現実世界の管理社会(ディストピア)

 何もしなくてもお金が貰えて、ただ生きるだけなら何の憂いもない、家畜のような安定生活。

 そこで多くの人々は、ただ日々を浪費して、誰かに定められた生き方のまま、ゆっくりゆっくり死んでいく。


 ……そんな生きるだけの命は、人生と呼んでいいものなのかな。

 生きがいもなければ拠り所もない、そんな暮らしのどこに熱があるのかな。

 そうして生きたその先で、死ぬ寸前に『死にたくない』と、『命が惜しい』と、そう思えるのかな。


 もしそう思えないなら、その人はすでに死んでいる。

 明日を願い、未来を惜しみ、命の灯火を必死に守れないのなら、少なくともその人は『生きたい』と思って生きていない。



 だから私は、私たちは、生きていた。

 Re:behind(あの世界)で、いつだって明日を願っていたから。

 いつでも未来を思い描いて、そのために努力をし続けたから。

 何度も死ねるゲーム世界で、必死に仮想と現実の命を、一緒に守っていたから。


 私はあそこで生きていた。

 現実から逃れるんじゃなく、現実を嫌って。

 現実を忘れるんじゃなく、現実の一部を仮想へ飛ばして。

 そうしてあそこで命を燃やして、一日一日を生きていた。



 そうして生きて行く者同士、必死に明日を願うプレイヤー同士だから、誰も彼もが真剣だった。

 それは狩猟においてもそうだし、生産だって交流だってそうなんだ。

 死なないために。生きて行くために。自分の人生を謳歌するために、心の底から向き合った。



 だから今、それができなくなった今。

 こんなに……まるで死んでしまいそうなほど、心が痛くて。


 だけれどそれが、私たちがRe:behind(あの世界)でしっかり生きた証だから、痛んだ胸がこんなにも暖かい。


 私たちは、自分に与えられた人生を使って、大切なものをいくつか得ながら、大切なものをいくつか失くした。

 そうしてあの世界を愛していたと、気づくことができたんだ。

 それは誰かにとってはひどく下らないものかもしれないけれど……私たちにとってはかけがえのない、死ぬまで残る宝物なんだ。


 だから今、こうして悲しみに暮れる私たちには……それでもやっぱり後悔なんて、たったひとつもありはしない。

 こうなるんだったら最初からやらなければよかったなんて、そんな風には絶対思わない。


 ……もし、記憶を持ったまま人生をやり直せるなら。

 ことりちゃんと同じように、私ももう一度Re:behindで遊ぶだろう。

 たとえ無駄なことであっても、いつか全部消えてしまうとわかっていても、それでも私は懲りないで……何度だって壁にぶつかり、何度だって夢を見るんだ。


 そうすることで、生きられるから。

 死んでしまったそのあとに、私は私の人生を精一杯楽しんだって……きっとそう思えるだろうから。




     ◇◇◇




「…………」




 ……ことりちゃんの発言のあと、加那子はすっかり黙り込んでいた。


 ただの沈黙。もしかしたら急な用事で、返信ができない可能性だってある。

 だけど私には何となく……その沈黙は、加那子が向こうで泣いているからなんじゃないかなって、そう思えた。




「…………」




 そうしてしばらく経ったあと、ようやく返信が表示される。




――――――――――――――――――




加那子 : ことりちゃん。


ことり : はい


加那子 : ありがとう。


ことり : ※笑う猫のスタンプ※




――――――――――――――――――




 短い言葉。意図が不明なおかしなお礼。

 そのよくわからない発言を見て、ことりちゃんと顔を合わせて……思わず2人でスタンプみたいに笑ってしまう。




――――――――――――――――――




加那子 : それで、乙女はなんて言うんだい? ことりちゃんと同じかな?


オトメ : ううん、私はちょっと違うかな。


加那子 : へぇ、なんだい?


オトメ : ゲームを始める私には、入るクランはよく考えなさい、って教えてあげたいな。


加那子 : ふふ、そうかい。


オトメ : 加那子は?


加那子 : 私? う~ん、私はねぇ………………


…………


…………


…………




     ◇◇◇




…………


…………


…………




加那子 : さて、そろそろお開きにしようか。私も仕事に戻らなくては。


オトメ : ねぇ、加那子?


加那子 : うん? なんだい。


オトメ : 結局どうして公開ルームにしたのかは、わからないままなのだけど。


加那子 : あぁ。今はまだ気にしなくていいよ。


オトメ : 何よそれ。気になるじゃない。


加那子 : まぁまぁ、いいじゃないか。ところで話は変わるんだけどさ。


オトメ : ……曲りなりにも心理学を齧っているのなら、もう少し工夫して話をそらしなさいよ。


加那子 : あれからRe:behindの公式サイトはチェックしたかい?


オトメ : 公式? たまに見ているけれど、いつだって503のままだったわよ。


加那子 : うん、そうだね。503だ。404じゃなく、503。


オトメ : なにそれ?


ことり : その数字って、なにが違うんですか?


加那子 : もし404の表示であれば、それは『無い』という意味なんだ。消えてしまったとか、失くなってしまったとかね。


加那子 : けれど503の場合は、ただのアクセスエラーになる。同時接続数が多すぎたりして、サーバーがアクセスを制限したりしている時に出るものだ。


オトメ : ……単純に、日本からのアクセスだけ遮断されているんじゃないの? 私たちだけが終わったわけだし。


加那子 : 海外は海外用のサイトがあるよ。あのドメインは日本専用さ。それにあの世界での戦いは、すでにバードマンの勝利という形で決着がついているよ。


オトメ : ふぅん。でも、そんな情報を知ってる加那子が『Re:behindは終わった』って言ったじゃない。


加那子 : そうだね。Re:behindは終わった。


加那子 : だけど、まだシステムは生きている。


オトメ : システム?


加那子 : それを管理する彼女も、その彼女の周りに浮かぶ衛星も。


加那子 : ……そして、そんな宙域を自由に飛び回る、フレースヴェルグも。


ことり : フレースヴェルグ? ってなんですか?


加那子 : まだ内緒さ。だけどそのうちわかるよ。いや、わかるといいね、だけれども。


オトメ : シラフの加那子は無駄に思わせぶりね。ちょっとお酒でも飲んできなさいよ。


加那子 : 勤務中だと言ってるじゃないか。というわけで、またね。



<< 加那子 さんが部屋から出ました >>




――――――――――――――――――




「……行っちゃったわね」


「ん~……」




 結局これって、何だったのかな。

 わざわざ私とことりちゃんをトークルームに集めて、トークルームを公開にして、"Re:behind(リビハ)をはじめる前に戻れたら~" なんておかしな妄想の話をして。

 その上今は勤務中の空き時間だったというのだから、ことさらに意味がわからない。


 ……別に、今じゃなくてもいいでしょ。

 それに公開じゃなくてもいいし、何なら聞く必要だってないことだったし。



 と言っても、私的には実のある時間になったというのも事実だ。

 ことりちゃんの想いも知れたし、そうやって自分の考えを吐き出すことで、すこしだけ心の整理もつけられたみたいだから。


 そうして元気を取り戻した眼の前の少女に、気になっているところを教えてあげよう。




「……ことりちゃん。お化粧がちょっと、崩れちゃってるよ」


「……へ? あ、わ……ええと……ちょっと行ってきます~」


「うん、行ってらっしゃい」




 ……そう言って見送ったは良いものの、私も自分の顔が心配だ。


 という訳でバッグからポーチを取り出して、その中にある手鏡で顔をチェックして――――




「……?」


『……キュ』




――――その鏡越しにこちらを覗く、"陸豚" を見つけた。




「ごめんなさいね、待たせちゃって……あら? それは何かしら」


『キュ…………その……元気がないようだったお客様は、最初に所員食堂を見ていたから、てっきりお腹がすいたのかと思いまして……キュ』


「……それで?」


『それで、どうやらタコに深い思い入れがあるようでしたので……冷凍ではありますが、この "たこ焼き" を……』




 そうして器用に頭に乗せた、湯気が立ち上るお皿を見せてくる。


 ……何をしているんだろう。このロボットは。




「ええと……話を聞いていなかったのかしら? あの子はタコを、大切な友達だって言っていたはずなんだけど」


『ええ!? そうなのですキュ!?』


「ふふふふ……本当にもう、ズレた子ね」


『キュ、キュ~……ですがお客様。ワタシの知る限りでは、タコと友情を交わすニンゲンなんて……そんなの聞いたこと…………』





「……そういう世界もあったのよ。これからずっと忘れない、とっても素敵な世界がね」






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