おとめとことりで話した後で 1
□■□ あわら海洋生物飼育研究所 入口前広場 □■□
晴れることのないどんより空の下、どこか濁った紫外線を浴びながら、目印となるイルカの像の前に立つ。
個人用携帯端末を見れば、時刻は午前9時40分だ。待ち合わせの10時までずいぶん余裕があった。
もう少しゆっくり来ても良かったかもしれない。
以前聞いた話では、彼女は時間にルーズで遅刻をしがちらしいし。
……と。
そんなことを考えながら、待ち受け画面に映る女の子をぼーっと見る。
大きなとんがり帽子。紫色のローブ。ぺたりと座っているのは、丸くて大きな魔法の球。
――――【天球】スピカ。私のRe:behindのキャラクターで……もうどこにも居ない女の子。
「…………」
衝動的に、カメラ機能を起動する。
そして目の前にあったイルカの像を撮影し、待ち受け画面に設定した。
消えてしまったその子を見ていると、心が張り裂けそうな胸の痛みに、どうしようもなく泣きたくなるから。
「…………」
「――……乙女さ~ん!」
ちょうどそんな時。
そうして私の名前を呼ぶ、可愛い待ち合わせ相手の声が聞こえた。
「ごめんなさい! 待たせちゃいましたか?」
「ううん、大丈夫。私も今来たところだから」
Re:behindは終わって、すべては夢だったように消えてしまった。
けれど、そこで得たもの、残ったものは確かにある。
そのうちのひとつが、彼女との出会いだ。
明るい茶色がくるんと跳ねる頭の上にオフホワイトのバスクベレーを乗せ、グレンチェックのジャンパースカートに黒いコサージュリボンがついたブラウスを着て、その上にショート丈のケープを羽織った格好は、全体が優しい色合いと柔らかなシルエットでまとめられている。
ドール的とまでは言わないけれど、どこまでもガーリィなコーディネートで、それを自然に着こなす女の子。
今日はそんなロラロニーちゃん――……いや、柊木ことりちゃんと一緒に、目の前の研究所に特別見学をしに来たのだ。
「じゃ、行こっか」
「はいっ!」
「……ところでことりちゃん、もしかしてそのケープって……」
「えへへ、そうです、乙女さんデザインのやつです。インターネットのショップで見つけたんですけど、プレミア価格ですこし高くなっていてぇ――……」
◇◇◇
『ようこそおいで下さいましたキュ。ワタシはお客様ご案内用ロボット、"陸豚" と申しますキュ。どうぞよろしくお願いしますキュ』
「はいっ! よろしくお願いしま~す!」
「"陸" を歩く "海豚" だから "陸豚" なのかしら? ずいぶん安直で素敵な名前ね。それと、取ってつけたようなその語尾も」
『そうなんですキュ~、お気に入りなんですキュ~。お褒めいただきありがとうございますキュ~』
「……ちょっとズレてるわよ、あなた」
研究所のエントランスに待ち構えていた、セグウェイにモニターをくくりつけたようなロボットが名乗り、ことりちゃんが元気に答える。
そのモニターに映るイルカのイラストがニコニコしながら語る様子は、きっと研究所に見学に来る子供向けに作られているのだろうと感じさせた。
……それにしても。
「…………わざわざ招待したくせに、肝心の彼女が居ないなんてね」
『ごめんなさいですキュ。洋同院 優修士はとっても優れた研究者なので、すごく忙しいんですキュ』
そもそも今日私たちがここを訪れたのは、あの【殺界】のジサツシマスこと洋同院 優のお誘いがあったからだ。
なのに、その張本人の都合がつかず、こうして2人とイルカロボットで見学をすることになっている。
……それは確かに、私は今やすっかり無職の身だし、ちゃんと働いている人に向かって時間を作れだなんて言えないけどさ。
けれどやっぱりせっかくだから、あの【殺界】とも会いたかったのにな。
「すごいんですね~、ツシマさんは~……あ! ぶたさん! あっちはなんですか!? なんだか美味しそうな匂いがしてくる!」
『あれはただの所員食堂ですキュ。そっちは予定された順路じゃないので、こっちから見て欲しいですキュ。あとワタシはぶたじゃないですキュ』
「は~い!」
まぁでもこうしてことりちゃんと一緒に居られるのだから、いっか。
カニャニャック経由で【殺界】の連絡先を聞いたけど、よく考えたら私は彼女と仲が良かったわけでもないから、会って話すことだって思いつかないし。
……それに、あまり無闇にRe:behind関係の人で集まってしまったら、必然的にそのことばかりを思い出してしまうだろうし。
それはきっと、ことりちゃんにとってよくないことなのだから。
『さぁ! 最初は海棲哺乳類、イルカやシャチのお家をご案内するですキュ!』
「おぉ~! すごそう~」
「……いきなり一番のメインを見るの? 順路のデザインがおかしくないかしら?」
『そうは言っても、当所は本来研究所ですので……キュ』
「ふぅん」
「うぅ! はやく行きましょうっ! スピカさ――じゃなくって、乙女さん!」
「ふふ、はいはい」
道案内のロボットを追い越す勢いで進む彼女に頬を緩ませ、薄暗い順路へ歩き出す。
……Re:behindが続いていたら、こうして彼女と遊ぶことも、そして私の正体をバラすことだってできなかった。
それなら今の楽しい時間は、Re:behindが終わったからこそ得られたものなのだ。
…………だから、いいんだ。私は幸せだ。
そう自分に言い聞かせながら、どこかあの世界と似たような磯の匂いがする方向へ、足を進めた。
◇◇◇
『さぁ、ご覧くださいキュ! これが当所が世界に誇る超大型海棲哺乳類飼育プール、その名も "あわらヶ浜" なのですキュ!』
「うわぁ~……すごい……」
「……大きいわね」
ほんのり緑がかった水色が、果てもないほど広がっている。
その中にはちらほらと、緑や赤、そして青い光がまたたいて……それはまるで控えめな星空のよう。
「あの、りくぶたさん。あのピカピカしているのはなんですか?」
『あれはイルカの頭に装着された特殊な器具が出す光ですキュ。その色によってイルカの持つ気分や体調を把握し、綿密に管理をしているのですキュ』
「ほへ~」
「……体調はわかるけれど、気分っていうのも不思議な表現ね。あんな動物に感情なんてあるのかしら?」
『もちろんありますキュ! ワタシたちイルカは頭がいいんですキュ。それは人間の5~6歳児と同じくらいとも言われていて、たとえば餌を貰えばちゃあんと喜びますし、ストレスを感じたらちゃあんとムカ~っとするんですキュ』
「すごいねぇ~」
そんな会話をする中で、一匹のイルカがガラスの近くを通る。
確かにその子の眼と眼の中間辺りには、緑色に光を発する丸いランプがついていた。
……知らなかったな、絶滅危惧種のイルカがそんなに賢いなんて。
でも、それなら納得だ。
そんな利口な動物だから、ああいう機械で管理して、色んな憂いを取り除いてあげる。
そうしてお腹の空き具合や体の不調をこちらがしっかり把握することで、心配事のない快適な命を保護しているんだね。
流石は国の研究施設。
研究対象だからと言ってその生命をないがしろにせず、できる限り道徳に配慮している感じが伝わってくるよ。
――――どぉん
「……ん~?」
「あら、何の音かしら」
そこでふと、低い音がした。
こもり具合からすると、水の中からしたのかな。それはまるで、何かが何かにぶつかるような音なんだ。
『…………キュ……あれは……イルカが壁にぶつかる音、なんですキュ』
「ぶつかっちゃったの? ちょっとうっかりしているね」
『いえ、そうではなく……わざとやっているのですキュ』
「……わざと? でもそんなことしたら怪我しちゃうよ」
『はい、ですキュ。実際にそうして怪我をするイルカは……その、たくさん居るのですキュ』
――――どぉん
続けざまに聞こえる低い音と、それについて元気なく話す "陸豚" の声が重なる。
一体どういうことなのだろう?
人間の5~6歳児くらいに頭がいいというのに、そんな行動を繰り返すなんて、おかしな話だ。
「……こっち側のガラスじゃないわよね。反対側に何かあるの?」
『あちら側は、海に面した壁があるのですキュ。壁の穴から海水とプール内の水を循環させていたほうが、イルカの心身的閉塞感が薄まるだろうという、イルカの気持ちに寄り添った構造になっているのですキュ』
「その海っていうのは、本当の海のことでしょう? 沿岸部は水質浄化装置でどうにか青いままだけれど、遠海部はどこまでも真っ黒で何も居ない、すっかり死んだ現実の海」
『そうですキュ。小さなプランクトンから大きなクジラまで、ありとあらゆる生命体が死滅した本当の海……そこと繋がっているのが、あちら側の壁なんですキュ』
「あ! わかった! イルカさん、そこへ行きたいんじゃないかなぁ? 広い海でもっといっぱい泳ぎたいって」
『…………キュ』
ことりちゃんがまるでクイズに答えるような顔で言う。
そしておそらく、それは正解なのだろう。
そうでなければこのイルカたちが、何度も壁にぶつかることの説明がつかないから。
だけど、それってどうしてだろう?
住み良い暮らしが保証されているここを出て、餌が見つからずに死んでしまうかもしれない海へと出ようとするなんて……そんなおかしい話があるのかな。
『……そうなんですキュ。そうして壁にぶつかるイルカは、外へ出たいと言っているのですキュ。あの黒くて静かでおぞましい、すっかり終わった死の海に……キュ』
「行ったらきっと死んでしまうわ。何も生きていられないのだから、イルカの餌だって無いはずだし」
『はい、まったくそのとおりですキュ。あの向こうへ飛び出せば、おそらく一日と生きていられないのですキュ』
「それならイルカにそう伝えたらいいんじゃないかしら? 子供並の知能があるって話が本当だったら、そのくらいは聞き分けるはずよ」
『…………それは何度も伝えているのですキュ。2419のエコーロケーションを駆使した交信で、"そっちは危険しかないキュ" って、何度も。だけどそれでも、ちゃあんと死ぬことを恐怖しながら、ちゃあんと怪我することを嫌がりながら、それでも壁に体当たりをして、本当の海へ行きたいと言うんですキュ』
「……どうして?」
『わかりませんキュ。それが帰巣本能なのか、それとも何かを感じているのか……それはイルカの脳波パターンを元に作られたAIを持つワタシでも、まったくもってわからないんですキュ』
この "陸豚" にもわからないのなら、私にはことさらにわからない。
……変なの。
このプールで泳いでいれば、毎日餌を貰えて、広いプールで自由に泳げで、病気やストレスに怯えることもないっていうのに。
そんな徹底された管理下の暮らしを断って、未知と危険と死の恐怖の中にある、ちっぽけな可能性を求めるなんて……そんなのおかしな話だよね。
◇◇◇
「ふわ~、またまた大きい水槽~……」
いくつめかになる端が見えないほど大きな水槽に、海藻が揺らめき水泡がちらつく。
その中ではイルカの専用プールとは違って様々な生き物がうごめいていて、それぞれが持つ色合いでカラフルに水中を彩っていた。
『ここはなるべく本物の海に近づけるため、たくさんの生き物を一緒に棲まわせている水槽ですキュ。あっちはイワシ、こっちにはサメ、あそこにはヒトデ……といった具合に、とにかく色々居るんですキュ』
「へ~、すご~い……全部で何匹くらい居るのかなぁ?」
『ふむむ、そうですキュねぇ……それではお客様。何匹いるかを当てられたら、ワタシが特別なお土産をあげますキュ』
「わぁ! 本当!? よ~し……ええと、いち……に……さん……」
ガラスにぺったり張り付いたことりちゃんの頭越しに、ぽーっと水槽を見つめてしまう。
銀色の魚が群れをなし、ひらりと一目散に過ぎていく。
その波に揺られたクラゲが、ぷかりと形を愉快に変えて。
そうしたところに影を落とす大きなエイが、空を飛ぶように悠々と泳いで。
……綺麗。
まるでおとぎ話の世界のよう。人魚姫とか竜宮城みたいな、そんなお話に出てくる海そのままみたい。
いいなぁ。
あの中で魚と一緒に泳げたら、きっと夢のようだよ。
「……ろく……なな、と……………………あ……」
『お? 何か見つけましたキュ?』
「…………タコ……」
『キュ~、これは珍しい。タコが入っていた壺をヒラメがつついて、びっくりして飛び出したんですキュ~』
「…………」
そんな私の隣で必死に魚を数えていたことりちゃんが、それを見つけて……ぽつりとつぶやく。
……その声は、今日ここで会ってから一番……ううん。
今まで聞いた中でも一番に、物哀しい響きで。
私の胸が、ずきんと痛んだ。
「……あの、黒いもわもわのは……?」
『あれはタコの墨ですキュ。タコは身の危険を感じると、ああして黒い墨を吐いて目くらましをして逃げるんですキュ。それをくらったヒラメは大慌てですキュ~』
「…………なにかを吐くのは、おなじだね」
『同じ、ですキュ?』
「……でも、体の色が違うや。私の知っているタコは、真っ白い色をしてたから」
『白いタコ、ですキュ? それはもしかすると、イカなんじゃないですキュ?』
「…………ううん、タコだよ。タコで、火星人なんだ」
『むむ? 火星人ですキュ?』
「……うん、そうなんだ。タコで、火星人で、大きくなれて、お喋りできて…………」
『ふむぅ? キュ~?』
「…………それで…………とっても……とっても………………大切な…………っ」
『……キュ?』
遠い日の思い出をひとつひとつ噛みしめるような、絞り出す言葉。
それは徐々に震えていって、ついには濡れた声になる。
「……大切な…………友達で…………っ!」
『キュキュ!? お、お客様!? ど、ど、どうしたんですキュ!?』
「……ひっ…………ひぅぅ…………」
『キュ、キュキュキュ……!?』
「……うぁぁぁ…………っ」
水槽にぺたりと付けていた両手が、体の動きに合わせてずるずると下へ落ちていく。
そうして遂には床にへたり込んで、顔を覆って嗚咽を漏らす。
「ひっ……ごめんね…………ひぅ……うぇぇぇ…………ごめんね、火星人くぅん…………」
「…………」
「…………ごめんね…………ちゃんとお別れ……言えなかった………………言えなかったよぅ…………ごめんねぇ…………」
「…………」
『お、お客様!? 一体どう……』
「…………」
『……! キュ!』
混乱する "陸豚" にちらりと目配せをして、ことりちゃんの肩を抱く。
それを見た "陸豚" は、ひとこえ鳴くと静かにこの場を離れて行った。
肌触りのいいケープ越しにふるふる震える、細い肩。
そしてとうとう堪えきれずに、大きな声で泣きじゃくる。
……そんな彼女の哀しみが溢れる泣き声に、私の瞳も濡れてきて。
そうして2人、大きな水槽の前に座って、ずっとずっと泣いていた。
◇◇◇
「ひぅぅ……」
「…………」
――――あの日。
ラットマンとの大決戦で、私たちはドラゴンに勝利した。
今でも鮮明に思い出せるリスドラゴンとの戦いの、一番最後のあのシーン。
最後に【聖女】がリスを抱きしめ、優しい光で眠りにつかせて……そして戦場は、湧いた。これまでないほど、大きく、強く。
誰も彼もが笑顔を見せて、武器を掲げて我らの勝利だって歓声をあげた。
そんな私たちの勝ち名乗りに、ラットマンは勝負を諦め、全員揃って逃げ出した。
それを追い立てるようにしながら、各々の活躍を褒め合って、今こそラットマン陣営に私たちの旗を立てようと……そうしようと言っていた、その時だった。
唐突に、何の前触れもなく、私たちの『ゲート』が破壊されたと告知が入った。
そして『Dive Game Re:behind』は、呆気なさすぎる終わりを迎えることとなる。
「うぁ……ぁぁぁ…………」
「…………」
……理解が、できなかった。
勝ったのに、って。終わったのに、って。もう何の危険もないはずなのに、って。
そんな私の混乱をよそに、無情なダイブアウトは滞りなく行われる。
そうして気づけば私はコクーンハウスに居て、その体はすっかり粕光 乙女に戻っていた。
…………それからはもう、半ば放心状態だ。
頭を疑問符でいっぱいにしながらふらふらとコクーンルームを出て、寝ぼけたように廊下を歩いて。
その途中で会った、別の部屋から出てきた顔も知らない女性プレイヤーと、"……何がどうなってるの?" って言い合って。
お互いそれ以上何も言えないまま、興奮も冷静もなく、ただ困惑したまま歩き続けることしかできなかった。
「ひぅぅ……」
「…………」
そうした先で入った、フルダイブ後に義務付けられる『心臓ならし』の部屋。
そこにはたくさんの女性プレイヤーが居たけれど、やっぱりみんながぽかんとした顔をするばっかりで。
そんな中で1人、おそらく10代であろう気の強そうな女の子が、Re:behindの入金や出金と課金アイテムを購入する端末に向かって荒げる声が、部屋いっぱいに響いていた。
"こんなのおかしい!"
"私たちは勝ったのに!!"
"いやだ! こんなのいや!"
"……返して!"
"私のリビハを返して!!"
"もう一度みんなに会わせてよっ!!"
"お願いだから、あと少しだけでもダイブをさせてよぉっ!!"
……それは、素直な言葉だった。
変に取り繕ったりせず、本心をありのまま吐き出す、真っ直ぐな。
……それを聞いた私は、どうしてそんなことを言うのかな って、ぼーっと考えた。
そしてぼんやり、理解した。
あぁ、終わったからだって。
あぁ、もうダイブできないからだって。
そして、テーブルに突っ伏した。
Re:behindが終わっちゃったんだって思ったら、とても顔をあげてはいられなかったから。
今のことりちゃんみたいに、哀しく泣くしかできなかったから。
「……うぇぇ…………火星人くぅん……」
「…………」
…………それから家に帰って、インターネットの騒ぎを見た。
様々なニュースサイトでは『Dive Game Re:behindが突然終了』の見出しが大きく取り上げられ、あちこちの掲示板では大炎上で、訴えるだの自殺するだのと物騒な言葉が飛び交って。
それにSNSなんかでは、運営に対するデモの呼びかけや、一時的でもいいから再開を願う署名を呼びかける声が散乱する大騒ぎとなっていた。
……以前の私だったら、馬鹿らしいって鼻で笑っていたと思う。
だって、VRMMOの世界が終わるというのは、至極当たり前の話なのだから。
VRMMO。ネットゲーム。
それは結局ただの商売で、利益を求める手段で、ひとつの商材でしかない。
それならそこに利益を見いだせなくなった時、存続させる理由はない。
言うなれば、売れないデザインを作らないのと同じだ。
会社として、社会人として、お金にならないことはしないというのは当然のことなのだ。
だから実際にRe:behindをしていない人たちが、その騒ぎを見て言っていた。
"何をゲームにマジになってんだ"
"ネトゲなんだからサービス終了はあるだろ"
"どうせそのうち消えるんだから、いつ消えたって同じこと"
"そうしてあんまり騒いでいると『なごみ』が来るぞ"
そうして小馬鹿にして笑う、口さがない人はたくさんいた。
……だけど私は、笑えない。
もう以前の私じゃなかったから、笑う気持ちになんてなれなかった。
ネットゲームは必ず終わる。
そんなこと、みんなわかってる。
わかっていてプレイしていた。
……だけどそれでも、こんな終わり方は……納得できるわけがない。
「……あ……っ……ありがとう、って…………言いたかった…………っ」
「……うん……うん……」
「今まで一緒に居てくれて……たくさん守ってくれて……ありがとう、って…………」
「そう、だね……言いたかったね……」
「……ずっとずっと、楽しかったよって……っ! ありがとうって! バイバイって……っ! ……ちゃんとお別れ、したかったのにぃ…………っ!」
「…………う、ん…………そうだよ、ね……」
「ふぅぅぅ~…………ふぇぇぇ~…………っ」
何もさせて貰えなかった。
終える覚悟を決めることも、惜しむ気持ちを振り切ることも、別れの言葉を言うことも。
……わかってる。
終わってしまうのは仕方ない。
それがネットゲームだし、私たちはラットマンとそういう戦争をしていたことも、わかってる。
だけど、せめて。
せめて、言わせて欲しかった。
お疲れ様、って。楽しかった、って。また会えたらいいね、って。
そして――――ありがとう、って。
そう言いたい人がたくさんいたから。
そう思えるほど素敵な世界だったから。
それくらい、あの世界が……大好きだったから。
だから、願わくば、最後の時間を大切にしたかったんだ。
「……ひっ……く…………」
「…………ことりちゃん。一回、休憩しよう? あっちに座るところがあるから」
この終わり方に怒っていれば怒っているほど、あの世界への思いは強く。
この終わり方に悲しんでいれば悲しんでいるほど、あの世界を愛していた。
『ただのゲーム』だと思えていれば、こんな気持ちにもならなかった。
そう考えると……ただただ、切ない。
Re:behindは、大切だった。
そうだったからこそ、私たちはこうまで胸を痛めているんだ。
◇◇◇




