第七十七話 "We`re behind You"
□■□ Re:behind 首都『ゲート』付近 □■□
「……う…………ん……?」
そして気づけば首都だった。
この『死に戻り』というやつは、何度味わっても不思議な気分だ。
眠りから覚めた感じとも違うし、生まれ変わった気分になったりするわけでもない。
けれどただワープしたって感じでもなくて、ちゃんとキャラクターの体が作り直されている感覚がある。
それはとても自然なゲームのコンティニューっぽさだった。
そんな『死に戻り』をゲートの上でゆっくりと味わいながら、首都の景色を目だけで見渡す。
「…………」
見えるのは、ファンタジーに少し和風が混ざった建築物のならび。
聞こえるのは、噴水が水に落ちる音と、ささやかにそよぐ風の音。
それは確かに毎日訪れていた場所なのに、全部が初めて見る景色だった。
この場所に居るはずの名もない戦士。
駆け出しの冒険者。ヒール屋を営む初心者僧侶。弓をみがく狩人。
広場の一角を陣取って、常に仲間と雑談をしていた上級者クランの集団。
せわしなく補充をするガチ勢たちに、パーティ募集の声をあげる普通のプレイヤー。
それだけじゃない。
あっちでいつも矢を売っていた商人も、向こうで一日中金床を鳴らしていた鍛冶師も。
首都の端っこにある畑に種を蒔く園芸師や、七色羊を撫で回す調教師だって――ここには居ない。
……誰も、居ない。ただのひとりも。こんなの俺は見たことない。
まるで自分だけの世界。オフラインなVRゲームの町並みみたいだった。
「……はは」
そんな異常な首都の町並みを見て、思わず笑いがこぼれ出た。
誰も居ない。だけどそこに感じるのは、寂しさなんかじゃなく――心がシビれるような充足感だ。
なぜなら俺は、消えたプレイヤーの行き先を知っているから。
誰も彼もがあそこへ行った。
ラットマンとの決戦の場所へ。
強いも弱いも関係ない。戦士も僧侶もあそこへ行った。
戦えるとか戦えないとか、そうじゃない。商人も園芸師もあそこへ行った。
"このゲームを続けたい" という意思だけを持って、自分にできることを探しに首都を出た。
そしてあそこへ、ラットマンと雌雄を決するあの戦場に行ったんだ。
だからここには、誰もいない。
そして俺は、そうだから、この景色がたまらなく嬉しい。
「…………」
とんでもないことだと思う。そう見られるものじゃないって。
正直な話、そいつらがやらなくたっていいんだ。
面倒な上に危険は多くて、『楽しい』の正反対のような苦しい戦いで。
その上見返りは少なく、誰かに強制されることだってないのがこの戦争だった。
それならば。
このリビハには数え切れないほどのプレイヤーが居るのだから、あえて自分がやる必要もないって……普通はそう思うんだ。
誰かに任せたって良い。ほとぼりが冷めるまでダイブアウトしていても良い。
俺には関係ないぜって、斜に構えて傍観していたって誰も文句は言わなかったんだ。
だけど、行った。ひとり残らず、全員で。
それはきっと、公平だったから。平等だったから。全員が主人公だったから。
だからこうして誰かがやらなきゃいけないことを、全員が自分でやると決意したんだ。
そして、その証明こそがこの静寂。
常に人気で溢れていた場所が、こうまで静まっている薄気味悪さが、リビハプレイヤーの生き様で…………。
だから俺は、"これがリビハプレイヤーだ" って、誇りをもって言えるんだ。
あぁ、やっぱり。
リビハは、最高だ。
◇◇◇
『……ピヨヨヨ』
鳥のさえずりを聞きながら、重い体で首都西門をくぐる。
死亡時のペナルティの『ストレージ内のクレジットの割合消失』は、事前に全部キキョウに預けていたから問題ない。
けど、もうひとつのデスペナルティ『ステータスの減少』ばかりはどうしようもないやつだ。
確か、全体のおよそ1/10くらいまで能力値が下げられるんだったかな。
それはきちんとそうなっていて、まるで両手両足に重しを付けられたようにダルい。
腰に下げた剣がやたらとバランスを崩そうとしてくるし、手だって痺れた感覚がして、ただ歩くのだって一苦労だ。
だけどそれでも、俺の足取りは軽かった。
『ピヨヨヨヨ』『ピヨヨ……』
俺たちは、今から勝利する。
あのラットマン共に、必ず勝つんだ。
どう考えても無理ゲーだった数の差。
事前情報からきちんと整えられた対策。
明らかに勝てないようにできていたリスドラゴン。
そのすべてを俺たちは、真正面から跳ね返し、やつらの狙いをことごとく退けた。
そんなアレコレの先にある今は――戦意という意味で――すでに決着がついている。
何をしても屈しない日本国が、今は干からびているけど海のドラゴンであるタコを連れ、その上独国のリザードマンまでもが一緒になって戦ってるんだ。
そんなのもう、ラットマンからしたら "やってられねー" って状況に違いない。
あとはやっぱり、首都への『死に戻り』は俺だけだってのも良い話だ。
それは誰も戦場で死んでいないってことの証明だし、つまりはそういうことなんだろう。
……だからもう、大丈夫だ。
あとはトドメを刺すだけで、積み重ねた局面のてっぺんで勝利を、未来を掴むだけでいい。
そして明日も明後日も、みんなでこのゲームで遊ぶんだ。
『ピヨヨヨヨ』『ピヨヨ……』『ピヨヨヨ』
……首都から出立してるっていうのに、まるで凱旋でもしている気分だ。おかしな話だけどさ。
今頃あっちはどうなってるかな。きっとみんな盛り上がってるぞ。
正義さんなんて、旗を掲げて "我らの勝利だー!" とか叫んじゃってるかもしれない。
……うん、良いな。そうしてご機嫌にヒーローをしている彼女は、可愛い。
『ピヨヨヨヨ』『ピヨヨ……』『ピヨヨヨ』『ピヨ』
そういえば、リスが死んだってことは、二つ名効果も戻っているのだろうか。
だったら良いな。キキョウとかまめしばの二つ名効果も見てみたいし。
逆に二つ名無しのマグリョウさんも見たかったけど、それは頼めばいつでも見せてくれるだろう。
それと……チイカは大丈夫かな。
ちゃんとみんなと仲良くしてるだろうか。
……いや、心配ないか。ロラロニーも居るし、キキョウは面倒見がいいし。
それに、チイカを許すと言ったリュウも居る。それならきっと強引にでも一緒にパーティプレイをしてるんだろうから。
『ピヨヨヨヨ』『ピヨヨ……』『ピヨヨヨ』『ピヨ』『……ピロロ』
となると、明日からのリビハがことさら楽しみだ。
チイカを入れて6人になった俺たちだったら、きっとどんなことだってできるし、どこにだって行けるだろう。
……またダンジョンにでも行ってみようか? あるいは森の奥深くにでも。
それとも以前行っていた、北西にある大きな山に登ってみるのもいいかもしれない。
あんなに高い山なんだ。良い鉱石もたくさんあるだろうし、誰も倒したことのないモンスターだっているかもしれない。
あとは前にも考えてたけど、山頂に伝説の剣がぶっ刺さってたりするのもゲームの王道って感じで良い。
それに、たとえそんなものが無くたって、きっとみんなで頂上から見る景色は最高だ。
新生パーティになって初めての遠出になるんだ。できる限りは思い出深いものにしたいよな。
俺たちの思い出である海岸地帯の投網漁だって、今でもこうして強く心に残っているわけだしさ。
『ピヨヨヨヨ』『ピヨヨ……』『ピヨヨヨ』『ピヨ』『……ピロロ』『ピヨヨ~』
そんな風に明日への思いを膨らませてしまうのも、心がこうまで晴れやかだからだろう。
それはもちろん空もそうだけど、何より俺の気持ちがそういう風になっている。
……焦りたくても焦れない。体が重くて仕方ないから。
けれど、このステータスの減少でゆっくり歩きを強制されているってのが、今はかえってちょうどいい。
何やらかんやら色々あってヒリつきっぱなしだった心を落ち着かせる、のんびりした時間だ。
何だかんだで俺って結構、こういうのが好きなんだよな。
小鳥のさえずりを聞きながら、ぼーっと自然を眺めて、なんやかんやと思いを巡らす。
あえて時間を無駄にすることを楽しむ感じというか……この世界でそんな風に過ごす無為な時間が、とても心地良い。
……年寄りじみてる気がしないでもないけどさ。
だけどこうして雲を見ながら、風を感じて過ごしていると……確かに世界が動いているってわかるから、気分が良いんだ。
現実では味わえない、うつろい行く自然を心臓と魂に染み込ませるような呼吸と鼓動。
そんな平和な時の流れが、非日常が終わった実感を与えてくれる。
こういう時間と、いつもの顔ぶれとの友達が居れば、俺のリビハは満点だ。
特別なことなんてなくていい。
普通でいいんだよ。普通で。
この世界で過ごす、地味で平凡な日常が、俺にとってはかけがえのない時間なんだ。
『ピヨヨヨヨ』『ピヨヨ……』『ピヨヨヨ』『ピヨ』『……ピロロ』『ピヨヨ~』『ピーヨピーヨ』
…………って言っても、これは流石にさえずりが過ぎる。
どんだけピヨピヨ鳴くんだよ。普段はこんなにうるさくないだろ。
そうしてゆるやかな時間を邪魔する音を忌々しく思いながら、その出処を探る。
それはすぐ側、首都周辺の草原と荒野地帯の境目辺りにある、大きな枯れ木からだった。
「……いや、多いな」
葉っぱを失くした木の枝の、あちらこちらに止まるオレンジ色の小さな鳥。
それは『歌う小鳥』と呼ばれるモンスターで、この首都周辺でもそれなりに見られる生き物だ。
だけど、こうまで群れているのは珍しい。
ぱっと見ただけでも10や20じゃ下らないほどの数が思い思いに枝に止まって、まるでオレンジ色の葉っぱが茂る木みたいになっている。
……すごいな。何匹居るんだろ。
コレ全部を捕まえて売れば、結構な額になるんじゃないか?
色々終わってもまだここに群れてたら、前に海岸地帯で使ったリュウの投網で、文字通り一網打尽にしてみたい。
『ピ…………ィク・オフ』『……ァ・アップ』『……オン・ア・クルーズ』
そんな邪なことを考えていると、小鳥たちの鳴き声が変化した。
なんだろう。
今までのピヨピヨという野性的なものじゃない、どこか知性を感じるものだ。
……こいつらって、喋れないよな?
モンスターだし。
『――――Take off! Take off!』『Gear up!』『……Be on a cruise』
何だ……? 何を言ってるんだろう。
"Take off" ? ……離陸、か?
それに "Gear up" とか "Be on a cruise" とかの言葉も一緒に、ハキハキと小気味よく叫んでるぞ。
なんていうかこう、それはまるで……指示とか命令みたいな口調だ。
……と、そこで思い出した。
あの『歌う小鳥』ってのは、『周囲の音を記憶し、それを使って鳴き奏でる』という習性を持っているモンスターだって。
それはたとえば、小川の側で過ごしていたなら『さわさわ』、山の高い所なら『びゅうびゅう』と言った音を覚え、それを繰り返し繰り返し再生したりする。
そんな生態から、生きるバックグラウンドミュージシャンなんて言われたりもして。
そんな『覚える周囲の音』に選り好みはしないらしく、彼らが何かと何かがぶつかりあう音で歌っていると、遠くない過去にその辺りで戦闘があった事を示している、とか言われてる。
だからそんな『歌う小鳥』は、あの【正義】のクリムゾンさんが属するクラン『正義の旗』の遠距離伝達手段にも使われているんだ。
何かを聞かせればそれをしばらく覚えているって習性を利用して、簡易ボイスレコーダーみたいにして。モンスターの生態を利用した、調教師のイカした工夫が光るぜ。
それは確か、リザードマンとやり合う機会に見せて貰ったんだよな。
もはや懐かしい記憶だ。ほんの数週間前の話だけどさ。
『How blue the sky is...』『――Contact! Contact! Engage!!』
つーことは、これはこの鳥たちがどこかで聞いた言葉を繰り返してるってことなんだろう。
"How blue the sky is"……なんて青い空だろう、か。
空を飛ぶ小鳥らしいセリフだ。詩的な雰囲気も『歌う小鳥』って名前に合ってる。
……けど。
そのあとの言葉が気にかかる。
"Contact"。そして "Engage"。
それはバラバラに使われていたら、別になんでもない言葉だ。
だけど、空の青さを語ったあとにその2つの単語を並べ、それをああして命令口調で言われると……それはなんだか別の意味を持っているように聞こえてしまう。
"Contact"……それは接触とか会うとかそういう意味。
"Engage"……それは従事するとか引き込むとかそういう意味。
でも、それをああして強い口調で言ったなら――――その時の "Contact" は、『接敵』。そして "Engage" は、『交戦開始』と言っているように感じてしまう。
確かそれは、古い時代に飛行機で戦ってた人たちが使った言葉だし。戦闘機というんだったか、それを用いた空戦におけるパイロット同士の符号だったはずだ。
……そう考えるとこの鳥共は、最初からずいぶんそれっぽい言葉ばかりを並べてるな。
離陸に加速に巡航速度とか、接敵だとか交戦開始とか、いかにも戦う話ばかりだ。
しかもその言語が――――――
『C’mon! My buddy!』
――――――――ちょっと待て。
その言葉は、なんだ?
この世界にあるものか?
……この鳥は、どこかで聞いた音を再生する習性がある。
じゃあ。
その音は、どこで聞いた?
その言葉は、誰が誰に言った言葉なんだ?
『Smack dat bruv boi!!』
『Dance with the Angel!』
「…………」
……俺たちは日本人だ。
だから原則使用するのは日本語で、キャラクターネームやクラン名に多国語は使えない。
そして、あえてわかりづらい多国語で会話する必要もないのだから、誰も彼もが日本語で喋る。
だから、あんな言葉は、使わない。
そしてそれは、他のやつらも同じだ。
ラットマンは中国勢。ちゅーちゅー鳴いてるあの声は、きっと中国語なのだろう。
リザードマンは独国勢。しゃーしゃー言ってるあの声は、独国語なのだとキキョウが言った。
誰もが母国語で喋ってる。当たり前だ。
今やVR全盛期、海外旅行をするくらいなら『世界のリゾートVR』で安全安価の短時間で楽しめる時代なんだ。
それに留学や海外出張なんて言葉も死語となっている今、外国語なんてほとんど趣味の一環でしかない。
だから、その国の言葉はその国のやつしか使わない。
『Ripple fire at them!』
『hurrah!!』
「…………ちょっと……待てよ」
明らかな言葉のやり取り。英語での会話。
言ったのは俺たち日本国勢じゃない。
そして西の中国勢でも、北の独国勢でもない。
この鳥たちは、そのどこでもない場所で、どれでもないやつが言うのを聞いた。
普段はそんなに居ないのに、今日に限ってこんなに居る『歌う小鳥』が、どこかでそれを聞いて覚えてきたんだ。
……じわ、と嫌な予感が走る。
理由は自分でもわからないけど、唐突に今日の出来事を思い返して。
<< 隣のチイカを見れば、白い少女はキョロキョロと……しきりに空を気にしているようで >>
<< チイカはずっと空ばかり見てる >>
<< 地面に座らせた【聖女】のチイカが、のんびり空を見上げてて >>
……チイカは今日、やけに空ばかり見つめてた。
そこにまるで何かの異変があるように、じぃっと上を向いていた。
それを見た俺もついつい空を意識して、なんとなく普段と違う気がしてた。
それが何なのかはわからなかったけど……今ならわかる。
今日は鳥が飛んでいた。
いつもよりずっと多く。頻繁に、多数の鳥が、この広い青空を、首都から西へ向かって飛んでいた。
……なぜ?
空を飛び去る鳥系モンスター。
それが必ず首都から西へと向かっていたのは、首都の方角から遠ざかりたかったのだろう。
遠ざかる――……離れる――――……逃げる?
まさか、鳥は逃げてたのか? 何かから逃れようとしていたのか?
その逃げる先とは逆方向の方角に、何らかの脅威を見つけて。
『Gotcha! behind you!!』
『……Calm down』
「……いや……待てって…………」
…………思い出せ。掘り起こせ。
頭の中の断片、一言でも聞いた記憶。どこかで何かが引っかかってるはずだ。
俺たちの首都から東の方向、すべてはそこから始まった、俺たちにとって一番に思い出深い場所。
その海岸地帯で俺たちは、あの時どんなものを見つけていた?
……たくさんの貝。それに入ってた魔宝石。
ワカメやコンブの海藻類。ピラニアみたいな魚モンスター。
そして、サメ――――『人喰い鮫』。その牙に引っかかっていた、赤い布と――――
――――それに書かれた『Sky……』という文字と、それを見たロラロニーが言った言葉。
<< ねぇねぇ、もしかして……海の向こうのアメリカの人の持ち物かもしれないよ~ >>
悪寒。嫌な予感どころじゃない、はっきりとした寒気だ。
……西はラットマン。北はリザードマン。
南は森で、進行不可になる一番奥まできっちり森だったと聞いている。
だから、安心していた。
もう居ない、と。ネズミとトカゲで終わりだ、と。
だって残る東側には……ラットマンのほうを向いた俺たちの後ろ側には、すっかり海しかなかったんだから。
『Bad luck, have fun』
『And vice versa』
「…………待てよ……」
首都方向を振り向く。
そっちの空にあったのは、暗雲のような、黒い影。
100や200どころじゃない。大量のラットマンと俺たち日本国のプレイヤー、その全部を合わせても足りないくらいの大軍勢。
空をまるごと飲み込むほどの無数の人型、そして冗談みたいに大きなニワトリが、翼を広げて飛んでいる。
『All planes,"Ant's nest" shall be ours for the taking』
『Commence battle.The world is your oyster』
「…………うそ、だろ………………っ」
デスペナルティで重い足を無理やり動かし、出発したばかりの首都へと走る。
動け、俺の足。
…………このゲームのタイトルは、『Dive Game Re:behind』。
そのコクーンハウスも、その中にある施設も、そのすべては……英語の名前がついている。
だったらその言語を使うその国が、リビハに関わってないはずはなく、どこにも居ないはずがない。
だから、動け。あそこへ走れ。
『A piece of cake.Cuz I'm a Dragon Slayer』
『You mean Devilfish Slayer,huh?』
「嘘だ……そんな…………こんなのは……っ!!」
足がもつれて地面に転ぶ。当たりどころが悪くて口内に血の味が広がる。
それでも必死に地面押して立ち上がり、首都へ向かって走る。
行かなきゃ終わる。行かなきゃ駄目だ。
ラットマンは中国。リザードマンは独国。そして俺たちは、日本国。
そんな亜人種同士が強制的に戦うように仕向けられ、負けたら終わりの戦争をしている。
だったらリビハに関わるその国のプレイヤーも、また同じ。
この世界のどこかから……あの広い海の向こうから。
俺たちを滅ぼしに、やってくる。
だから、行け。死ぬ気で走れ。
明日もゲームをするために。
「はぁ……っ! はぁっ! や、めろ……!!」
その姿は、半人半鳥。
翼を持った亜人種、バードマン。
その狙いは、他国の『ゲート』。
首都の中心部にある建造物。
それは、壊されてしまえばその種が終わる、絶対守らなきゃいけないみんなの心臓で。
普段だったらたくさんのプレイヤーが居るのに、今日ばっかりは誰も首都に居なくって。
そんなもぬけの殻の首都に向かって、黒い影がどんどん降りて行っていて。
「やめろよ……っ! やめろよっ! それは……駄目だろっ!! ふざけんなあっ!!」
死んだばかりの身を引きずりながら、やっとの思いで西門をくぐり、中央広場へ必死に走る。
どうして。どうして。どうして。
どうしてお前らが。
どうして俺たちの首都を。
どうしてこのタイミングで。
……そこでふと、思い返す。
対人戦。プレイヤー対プレイヤー。そういうゲームの攻略法。一番安定した勝利の掴み方。
『漁夫』だ。こいつら、『漁夫』をしに来た。
それは横槍。それはハイエナ。
戦っている奴らの背後に忍び寄り、美味しいところを掻っ攫う――――『漁夫の利』と呼ばれる戦い方。
正しくって最悪な、賢く卑劣な必勝の戦略。
「…………俺は……っ! 俺たちはっ! みんなは! あんなに……っ!!」
……わかってる。
国ごとに別れて戦うゲームだったってことは、今更疑うまでもない。
だからそんなのは、十分わかってる。
けど、駄目だ。
それは駄目だ。
こんな決着は、駄目なんだ。
俺たちは、がんばったんだよ。
こんなに、ここまで……やったんだ。
どれだけ負けそうになっても、くじけそうになっても、もう嫌だって思っても……それでも懸命に立ち上がって。
そうしてやっと、やっと……やっとここまで、明日が見えるところまで来れたんだ。
それなのに、こんな。
こんなのは、駄目だろ。
こんな終わり方なんて、おかしいだろ。
俺たちは、あんなに…………
「…………あんなに……あんなに! がんばったじゃねーかよぉ……っ!!」
だからどうか、お願いだ。
あそこまで行けば、俺には『接触防止バリア』がある。
それで『ゲート』に陣取って、バリアとこの身で受け止めながら守り切れ。
できるか? わからない。けど、やれ。
何がなんでもやるしかない。
俺はそうしなくっちゃいけないんだ。
がんばったみんなのために。そんなみんなとまだまだゲームをするために。特別なことなんてない、大好きなただの日常を、また過ごして行くために。
だから、走れ。翔べ。駆けろ。間に合え。どうにかなれ。
行けよ、どうにかなれ……お願いから。
「……ぁああああああああああああっっ!!」
噴水の横を通り、『ゲート』がある袋小路に転がるように入る。
そこにはすでに複数のバードマンが居て、『ゲート』に向かって武器を構えて。
俺の声を聞いたそいつらが、こっちを振り向き鳴く。
……行ける。間に合う。
あと数歩進んで飛び込めば、ギリギリ『ゲート』の前に滑り込める。
残りの人生全部懸けたっていい。俺の明日はくれてやる。
だから今だけ、この数歩だけ、何より疾く走らせてくれ。
この心身、この血肉、精神から魂に至るまで。
その全部を燃やす覚悟で、今。
足で地面を思い切り蹴り。
平凡な日々を守るために――――翔べ。
「――――届けぇええええええっ!!」
「……クルックゥ」
――――そうした覚悟で踏み出す足元で、バヂンッと大きな音がした。
その聞き覚えのある音に目を向けると、そこにあるのは……トラバサミ。
「…………あ……? わ……な……ぁぁああっ!?」
罠。罠。
罠。罠。罠。
置かれた。バリアが効かないものを。自分が散々使って来た、罠を。
ゲートがある袋小路の入り口に。まんまと置かれた。踏み抜いた。
ふざけんな。そんな、お前。何してんだよ。やめろ、こんなの。
「そ…………そん……な…………嘘だ………………」
「クルククゥ」
「――――……やっ! お前! やめろ! ぶっ殺すぞ!! やめやがれ……!! ……やめてくれっ!!」
「クル……クルル……Kuru……Rurrrrrrr…………A,A,A」
「たのむから、やめろ……おねがいだから……っ!! なんでも、なんでもするからっ! だから、それは……それだけはっ! やめてくれぇ…………っ!!」
俺のことを見ながら首をぐるぐる回すバードマンが、喉元に手をあて、何度か試すように声を出す。
そして何かを確認すると……その目をはっきり愉悦に染めて、俺に向かって『英語』で言う。
「……"We`re behind You"」
発音は英語。聞こえるのは、翻訳された日本語。
そんな不思議な言葉を聞いた瞬間に、周りのバードマンたちが、手に持った武器を一斉に振り上げて――――
「やめろぉおおおおおおっ!! 米国ぁああああああああああああっっ!!!」
「 "Good Game" 」
<< ビーーーーーーーーーーーーーーーーーー >>
けたたましい音。それと同時に空に表示される、大きな文字。
それと同時に、『ゲート』の周りにいたやつらも、空を飛んでいたニワトリも、どいつもこいつもが一斉に消える。
……そんな。
……嘘だろ。
『プレイヤーの皆様にお知らせいたします』
無機質な声。感情のない機械音声。
その声が聞こえた瞬間、まずは空が色を失くした。
『只今、"ゲート" が破壊されました』
「なんだよ、これ……おい、ちょっと……マジで、やめろよ……」
一面真っ黒な空の下、今度は建物が消えていく。
水を吐き出す噴水も、広場に面したポーション屋も、カニャニャックさんのお店だって、全部すっかり消えていく。
そうして気づけば俺は、広い草原でひとりきりになっていて。
「こんな……こんなの、まるで…………まるで世界が、終わるみたいじゃないか……」
…………なぁ、運営。なぁ、"MOKU"。
お前らは、言っただろ。
諦めるなって、そう言っただろ。
だから俺は、諦めなかった。
俺はこの世界が大好きだから。だからあんなにがんばった。
それはみんながそうだったんだ。だからこうして、やり遂げたのに。
なのに、その先にあったのが……こんな結末なのかよ。
『つきましては、このお知らせをご覧になっているすべてのプレイヤーの皆様による "Dive Game Re:behind" のプレイ継続が困難と判断し――――』
「なぁ……待ってくれ……お願いだ、頼む、頼むから…………待って…………」
そうした次は、地面が消える。
そこに生えていた雑草も、土も小石も大地ですらも、まるで元から幻惑だったように消えていく。
空も、地面も、何もない。上とか下って概念も消えて。
自分が立っているのかすらも認識できなくなった。
………………やめろ。止まれ。
冗談だって、嘘だって、そう言ってくれ。
今ならまだ間に合う。びっくりしたけど、許してやるから。
だから、その先は……。
それ以上は、言うな。
言わないでくれ。
『――――よって、現時刻を持ちまして――――』
「……言うな」
言うな。言うなよ。
そんなの無いだろ。おかしいだろ。
……こんな形で終わりだなんて、そんなの嫌だ。
俺はそんなの認めない。受け入れたくない。聞きたくない。
言うな。
言うな。
頼むから……その一言だけは、言わないでくれ。
「……言うなよ…………言うな……」
言うな。
『――――"Dive Game Re:behind" を、終了させていただきます』
……その言葉を聞き、全身の感覚が消えた。
風も日差しも感じない。体の位置もわからない。心臓の音も聞こえない。
『短い時間ではございましたが、ご愛願ありがとうございました』
ただ、心だけが、痛くて、痛くて、痛くて、痛くて。
死にそうで。
『それでは皆様』
手と足、そして体が消える。器が失くなり、中身だけ残る。
暗闇。何もない場所。自分も世界も存在しない深淵。
ただ自分の意識が浮かぶだけで、それ以外は何も存在していない、無の空間。
『さようなら』
そして不意に、空気が変わる。
頭の重さはヘッドギアをかぶっている感触。
体の不快感はダイブ用コクーン内部を満たす液体で濡れた体の感覚。
ゲームの中から弾き出されて、現実世界に戻っていた。
「……………………嘘だ、こんなの…………嘘だろ……なぁ……? "MOKU"……なぁ、"MOKU"……?」
"サクリファクト" の声じゃない、現実に生きる "水城キノサク" の声がする。
視界にあるのは大好きな空や自然じゃなくて、ヘッドギアに映し出された真っ黒い画面ばっかりで。
そこにはただ、小さく『503』という数字が映されているだけで。
「………………うそ、だ……」
――――そして、『Dive Game Re:behind』は、この日でサービスを終了した。
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