第七十一話 【七色策謀】此処に在り 2
◇◇◇
「ヂッ!?」
「……えっ?」
――――きゅぼ、という音がした。
それが何の音なのかを理解する前に、リスドラゴンが吹き飛ばされる。
サクリファクトが居た場所からリスドラゴンの地点までに残された、七色の線。
それは彼がした事を示す痕跡で、私に確認できる唯一の戦闘記録だった。
……二つ名【金王の好敵手】と、ローグスキル『一切れのケーキ』のコンボによる加速なんて目じゃないほどのスピードだ。
「――ヂッ!? ……ィィゥゥウウウッ!!」
そんな尋常ならざる攻撃を受けたリスドラゴンが、地面に四足でへばりつき、すべりながら体勢を整える。
がぎぎぎ、という激しい音。リスの爪が地表を削り取る音だ。
その道筋を描くようにして残る、深い爪痕と雲のような土煙。
それは、そこまでしなくちゃ止まらなかった、ということにほかならない。
「っらぁ!」
そして、更に追撃。
七色の光が流星のような早さで距離を詰める。
その姿勢は、飛び膝蹴りだろうか。光りすぎててよくわからないけど、そんな感じの姿勢だと思う。
それを受け止めるリスドラゴンは、今度は飛ばされてなるものか――と、重心を落として迎え撃つ構えだ。
「――――ヂ……ッ!?」
「ああああぁっ!!」
だけど、それでも止まらない。
地に両手足をがっしりと食い込ませ、一番硬いであろう頭のてっぺんで蹴撃を受けたリスドラゴンが、サクリファクトにはっきりと打ちのめされる。
……私も、見ている人たちも、唖然とするしかできなかった。
今のサクリファクトが、理解の範疇を超えていたから。
「ギガァァァッ!!」
「……っ!」
サクリファクトのキックを脳天に食らい、空を仰ぐように首を跳ね上げられたリスドラゴン。
だけど流石の絶対強者は、その程度では倒れない。
むしろかえって逆鱗に触れたのか、苛立ちいっぱいの叫びをあげつつ、首を戻す勢いと一緒に右手を強く振り下ろす。
――――鋭い爪。
残像が見えるほど素早い腕の動き。
衝撃の逃げる方向がない『上から下への叩きつけ』という攻撃方向。
そのどれもが、本来であれば致命傷になり得るものばかり。
誰がどう見てもわかる、絶対に回避をしなくちゃいけない攻撃だった。
「……ふっ!」
「ギ!? ――ィィィイイッ!!」
だけどサクリファクトはしなかった。
交差させた両腕でリスの右手を受け止めたのだ。
彼の足元の地面が陥没し、大地にヒビが入って、土の煙がぶわりと膨らむ。
遠くで見守る私たちのところまで、確かな揺れが伝わってくる。
「ィィイヂヂィィィッ!!」
「――――っんのぉっ!!」
……どうしてそこで受け止めたのかな。
回避する余裕はあったし、そうする速さだって十分だったはずなのに。
そうして咄嗟に脳をよぎるのは、急な強化による自分への過信・それによる判断ミスという可能性だった。
……だった、けれど。
「……ギィィイイイ……ッ!」
「…………やられるか、潰れるかよ」
「ヂィ……!?」
「リビハプレイヤーの総勢数百人……その意思を背負ったこの俺はぁぁぁ……!」
「ヂィィィイイイイイイッ!!」
「……どんなモンにも負けるわけには――――行かねぇんだよぉっっ!!」
……サクリファクトの言葉を聞いて、わかった上でそうしていたのだと知る。
自分が今、どういう状況にあるのか。
それは誰が、何を思って、何をしたからこうなっているのか。
そんな色々を理解しているサクリファクトは――――みんなの願いを背負った自覚を持っていて。
そして、その重さを、大きさを……願いの強さを信じて。
そんな思いを託したたくさんのリビハプレイヤーたちが、どういう風に活躍して欲しいのかをわかっているから。
だからそうして、烈火の如き気合を言葉に乗せて。
ドラゴンの攻撃を正面から受け止め、真っ向から跳ね返すことを……自らの意思で選び取ったんだ。
「うるぁああああっ!!」
「ヂゥゥゥゥゥッ!!」
――――揺れ。
先程のそれよりもずっと強いもの。
サクリファクトの足元が、ぼこん と深く沈み込み、そこからばきばきとヒビが広がる。
……大きなリスの手と比べたら、折れてしまいそうなほど細い腕。
それに身長差だって歴然で、大人と子供どころじゃなく、ゾウとアリほどの差があって。
だけどそれでも、心は折れず、気持ちは負けず、眼差しは強くリスを見つめて。
そんなサクリファクトの気持ちをそのまま表すように、その両足が強く光り、それがそのまま体を伝って彼の両腕へと流れ――――
「っだらぁっ!」
――――とうとうリスの爪を、力任せに弾き返す。
「ギヂィッ!?」
「……お前に! 俺はっ! 潰せねぇっ!」
そうして今度はリスのお腹へ、勢い任せの前蹴りを放つ。
それはいわゆる『ケンカキック』と呼ばれるような乱暴なもので、型も何もあったものではないけれど、その分単純に強烈で。
腕を弾かれてがら空きだった所に、黒くて七色な暴力を突き入れられたリスドラゴンは、たまらず両手でお腹を抑える。
「グギィ……ッ!?」
明らかなダメージ、それによる痛み。
ああまで無敵だったリスへの有効打を示すリアクション。
そんな状況の好転に甘えることなく、サクリファクトが背後に回る。
そしてリスの左耳を掴み――――地面に向けて思いきり、力任せに打ち付けた。
「――寝てろっ!」
何度目かになる、大地の揺れ。
乾いた荒野の硬い地面のはずなのに、お砂場におもちゃのスコップを刺すように、ずぽりと深く突き刺さる。
……あぁ。
なんて――――
「……お前に俺は、潰せない」
「…………」
「そして俺たちが、お前を潰す」
「…………っ」
――――なんて痛快。
心が昂ぶり、背筋に嬉しい悪寒が走る。
その興奮で手が震え、火照った吐息が声にならない声になる。
あのリスドラゴンの力押しを、あんなにはっきり真正面から跳ね除けて。
高い位置から見下すように吠え散らし、私をひどく怯えせていた怖いやつを、地面に打ち付けて頭を下げさせてくれた。
それはまるで、後ろで見守る私たちに、もう大丈夫だぞって言ってくれているみたいで。
……普段だったら【死灰】や【正義】の活躍に、嫉妬してばかりの【天球】だけれど……。
今日ばっかりは "どうだ、見たかっ!" って言いたくなる。
そして "これが私のサクリファクトなんだぞっ!" って。
ロールプレイの都合上、二文字でしか喋れないから、実際にはそう言えないけれど。
それでも本当に、心からそう思うんだ。
「ん」
……そんな私の背中を撫でる【聖女】のチイカの眼差しが、心を見透かしているようで。
少しだけ恥ずかしいけど、少しだけ嬉しかった。
◇◇◇
荒野の大戦場、中心部。
ラットマンとプレイヤーが開けた円形の闘技場を、七色の彼が駆け回る。
その激しい動きは跡に光の軌跡を残していて、まるで地上に虹がかかっているようだった。
「おらぁっ!!」
「ギッ!?」
そうした縦横無尽の高速移動をする中で、時折リスドラゴンに接触しては、色んな属性強化のかかった虹色の剣を振るって、花火のように光を撒き散らす。
その都度リスは悲鳴をあげて、体に傷をつけるばっかりで。
「――……ィィィィイッ!!」
「当たるか、ノロマっ!」
速くて、重くて、硬くて、強い。
そんな無敵だったはずのリスドラゴンを圧倒するサクリファクトは、いつも通りにお口が悪くて……だから余計に、輝いて見えて。
思わずぽーっと見つめる私の耳に、近い所から声が聞こえた。
「……いやいやいや、強すぎん?」
「……だよなぁ。ステータスとか物理演算とかどうなってんだ、アレ」
異常とも言えるほどの強化に包まれるサクリファクトを見ながら口を開いた、ガチ勢クラン『ああああ』の人たち。
その顔は、唖然と困惑に包まれていて。
……でも、確かにそれはそうだ。
今のサクリファクトったら、明らかに人知を超えた能力値を持っていて、およそ『キャラクターアバター』の枠には収まらない領域にまで足を踏み入れている感じだ。
それはきっと、この『極限までリアルなゲームRe:behind』というものを誰より深く知るガチ勢だからこそ、ことさらに理解しがたいものなのかもしれない。
「……つーかさ」
「ん?」
「いやさ、全員の強化を集めるつったって……どうしてもかぶりはあるじゃん? 技能は確かに重ねがけが可能だけど、あの早さから見て『速度増加系列のスペル』が多重でかかってるっぽいし……それっておかしくね?」
「あぁ……まぁなぁ。普通だったら『速度増加』ってスペルを2つかけた所で効果が出るのはひとつだけだしな」
……言われてみれば、それもそうだ。
七色の強化と言えば聞こえはいいけど、きっとそこには同じ効果のスペルがいくつもあるはずで。
それならばきっと『その魔法はすでにかかっています』や『新たな強化効果に上書きします』のような、ゲーム的なかぶりの処理があるというのが普通なのだと思う。
「夢があんのは良いけどよぉ、そんなんは道理が通らねぇよなぁ」
「いや、通るぞ? ははは」
「はぁ? 何でだよ、"****"」
「ははは、いやだって、お前らもやってるだろ? 火球のサイズごとにスペルを分けるテク」
「…………は?」
「あれと同じ事だぞ、はははは」
白いローブを着たガチ勢のリーダー "****" さんが、ご機嫌な口調で割り込んでくる。
……火球のサイズごとにスペルを分けるっていうのは、確かガチ勢たち特有のルールだったと思う。
それは例えば、指先に灯る程度のものを『火球Lv1』と定め、それとはうってかわってプレイヤーすら飲み込む大きさのものを『火球Lv3』と定めたりして、それぞれを状況に応じて使い分けるというやり方だ。
それをすることで、本来想像や気分、あるいは気合で効果が増減してしまうスペルを常に一定のものとして扱い、いつでも確実に同じ規模のスペルを出せるようにするという、効率的なチームプレイを極めた彼らの『スペルのテンプレート決定』だったと思う。
…………だけど、それと今の状況で、何の関係があるのかな。
「俺らのテクと同じって、そりゃどういう意味だお? "****"」
「だからさ、同じ『火球』でも、こっちの思考に合わせてサイズを変えて、それぞれ別のスペルとして使ってるだろ?」
「まぁ、せやな」
「だったらほら、それは強化も同じだろ? 人によっては『足が早くなる』と願うやつもいるし、あくまで『すばやさの数値を上昇』としか考えないやつもいるし、中には『転びそうになってもオートで姿勢を制御する』ってタイプもいるかもしれんしさ」
「……あぁ、なるほど。似たような強化のスペルでも、名前と考え方が違うから、別枠扱いで処理されてんのか」
「ははは、そうそう、そういうこった。スペルが『願いを詠唱する』って仕様だからこそ、かぶりがねーのよ。人間なんて全員バラバラ、同じ考えを持つ奴なんていねーしな、はははは」
……あぁ、そっか。そういうことなんだ。
一言に『速くなる』と言っても、その理想形は人それぞれ。
単純に足の筋力こそが必要だと考える人もいれば、足をたくみに動かすことこそが最速への近道だと思う人もいる。
あとは、それこそあのサクリファクトのように、『加速倍率を引き上げる』っていうおかしな考えを実行する人だっていて。
そこには決まりきった形なんてないし、唯一の正解だってないのだ。
だから『強化』は千差万別で、個人の想像次第のものになる。
そして効果が違うのならば、必然的に名前と種類も違うものになっている。
……みんなが唱えた、たくさんのスペル。
『速度増加』、『マニピカット』、『神託の祈願』――そんな統一性も何もない、各々が一番良いと思い込んでいるオリジナル。
それがみんなの『強化』の形で、独自の願いとして振る舞われる。
……あぁ。
それはなんて素敵なことだろう。
同じ人なんて誰もいなくて、だから人の見る夢も、同一』なんて絶対にない。
祈りも願いも人それぞれだから、すなわち、かぶりも起こりえない。
だから強化は重複することもなく、ひとりの体に積み上がる。
全員ばらばら、みんなが違う。色とりどりの強さの形。
そんなそれぞれが持った個性を、サクリファクトへ託したから。
だから今、あんなに綺麗な七色に輝いて、リスドラゴンをうちのめすことができている。
……VRMMOでしか見れない景色。VRMMOだから見れた景色。
こんなに胸打つ光景は、私は今まで見たことがないよ。
◇◇◇
大きな強化の理由は、ここがMMOだったから。
そんな疑問の答えを知って、もう心配事は何もない。
だから私は、いつも通りに無口でジト目のそのままで――彼の背中に夢を見るだけ。
「……さぁ、続きだボケネズミ」
「ヂィィィ……!」
……そしてそれは、みんな一緒だ。
ここに居る誰も彼もが、彼の姿に自分を見ている。
体にまとった七色の中、そこに自分の色を見つけて、彼に自分を投影してる。
自分たちの可能性。
何かがどうにかさえなれば、ああして最高の舞台でとびきりの活躍をできると思える、自分の未来を照らす光。
そうして想う自分の夢を、サクリファクトに託しているから。
そうだから強化は折り重なるし、その強さには果てがなくって、誰もが活躍を真っ直ぐ願えるんだ。
……だから、サクリファクト。
とびきりに強くて最高に格好良くて、誰もが憧れた主人公になれる条件は、ここに全部揃っているから。
だから。
「……俺はお前に勝つぞ、ボケネズミ」
「……ヂゥゥゥゥ…………ッ」
「俺は誰かだ。そいつの代わりだ。願いを背負ってここに立つ、誰かがお前に勝つ意思だ」
「ヂゥゥゥゥゥウウウ……ッ!!」
「こうして光る俺の体が、この胸に滾る俺の気持ちが……ここに居る俺こそが――――……Re:behindの、プレイヤーだ」
「ギヂガァァァァアアアアッ!!」
「およそ数百の俺たちを……止められるもんなら、止めてみろ」
そのままリスを、やっつけて。
◇◇◇




