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第十一話 なるようになる

□■□ 首都東 海岸地帯 □■□



「…………さて、無事かな? 君たち」


「助かりやしたっ!! 恩に着やすぜ!! 赤い姉御!!」


「うむ。元気そうでなによりなのだ」




 鬼角牛を退け、剣を納めた【正義】のクリムゾンさんがこちらに振り向く。息は上がっておらず、汗一つかいていない。ますます圧倒的な力量差を感じるな。




「なんかすんません。色々と」


「気にする事はないのだ。なぜなら私は正義の味方なのだから」




 言う人、言うタイミングによっちゃあとんでもなく馬鹿っぽい発言だけど、この人が言うと堂に入り過ぎるくらいの名台詞になる。しっかり正義のヒーローをしてるから、()()()()格好いいよなぁ。

 って言っても俺の言葉はお礼ではなくて謝罪なんだけど。落とし穴や電流なんかについての詫びだ。まぁ鬼角牛の仕業だと思ってるみたいだし……それでいいか。



「あ、あ、あの! 私、クリムゾンさん、ありがとうございましたあっ!!」



 興奮で顔を真赤にしたまめしばがカメラを両手で構えながら駆け寄ってくる。

 そうか、確かコイツは【正義】さんの大ファンだったよな。携帯端末の待受も彼女の写真らしいし、動画でも正義さんの話題は特別に尺を取って嬉しそうに語っていたはずだ。憧れの有名人を前にしてどもりながらも大興奮なその姿は、まさしくアイドルを前にした熱狂的なファンそのもの。




「わ、私……ずっと正義さんを、その、凄く応援していて……感激で……」


「ふむ。キミはもしかすると、さやえんどうまめしばさんかな?」


「ええっ!? ど、どうして私の名前をっ!?」


「キミの動画はたまに見ているのだ。いつも熱のこもった応援をしてくれているのは、とても嬉しく思っていたのだ」


「ああ……そんな……嘘でしょ…………しゅごいぃ」




 憧れの人に自分の動画を見て貰えていたという、感動。その人に今微笑みかけられているという、歓喜。

 嬉しい気持ちで頭がパンクしたまめしばは、状態異常にかかったように目を回してる。好きならこの機会を逃さないようにすればいいのにって思うけど……誰かに熱狂した事がない俺にはまめしばの混乱ぶりは理解出来ないものだ。




「流石は勇名轟くお方ですね」


「有名な人なんですね~、どうもありがとうございます~」


「なんのなんの…………ところで、それはキミの従魔ペットかな?」


「この子ですか? 違いますよ、そこにいたから抱っこしてるんです」




 まめしばとは違う意味でくらくらしているキキョウは、いつもより口数が少ない。それと共にやってきたロラロニーは、未だにタコを抱えたままだ。何かねっとりしてて気持ち悪いな、このタコ。白いし。




「そ、そうか……タコをペットにするのは珍しいから、聞いただけなのだ」


「嫌いなんですか? タコ」


「な、なぜ!? 嫌いとは言っていないっ!!」


「でも、怖がっているから……」


「怖くなんてないっ!! ヒーローがタコに怯えるなんて、無いに決まってるのだ!」




「じゃあ、抱いてみますか?」


「なぜそうなるのだっ!?」




 俺もわからん。誰もわからんだろう。ロラロニー以外には。

 コイツの思考は意味がわからないから、まともに考えても無駄なんだ。




「このタコも、有名な人に抱っこされたいみたいですよ?」


「そんなわけないのだっ! そもそも抱っこは、もっと可愛い物にすると決まっている!」


「タコも可愛いですよ~、ほらほら、抱っこすれば慣れますよ~」


「きゃぁっ! や、やめて! 近づけないで!」


「怖くないよ~ちょっとぬるりとするだけだよ~」


「ちょっともいっぱいも、ぬるぬるしてるのは嫌なのっ!!」




 何やってんだよこれ。窮地を救ってくれた恩人に対して、まず初めにやるのがぬるぬるした触手を押し付ける事って……どういう状況だよ。

 タコも嫌そうだし……何かロラロニーの胸に触手が巻き付いてるし。とんでもないエロタコだ。リュウが言ってた『ロラロニーの柔らかい部分』ってあそこか? …………いやいや、俺は何を考えてんだ。俺も混乱してるのか。




「と、とにかく私はもう行くのだ! さよならっ!」


「あっ、クリームチーズさんっ」


「クリムゾンさんですよ、ロラロニーさん……ふふ……」




 逃げるようにこの場を去ったクリムゾンさん。実際逃げたのだろうけど。

 鬼角牛の前に立つその勇姿とは裏腹に、実に女の子らしくて可愛げのある姿だったな。終わりよければ~とは言う物の、彼女の圧倒的な活躍は去り際の可愛らしさを持ってしても色あせないぜ。

 いや、終わりだけじゃなくて最初もちょっとアレだったか。俺たちのトラップ類を余すこと無く食らっていたし。


 それにしても。

 鬼角牛は逃げ、正義さんも逃げ、辺りは波の音が響くばかりの海岸地帯だ。全てが終わったと認識した途端、どっと疲れが来て砂浜に座り込む。




「あぁ……疲れた」


「剣の技、戦いの術……目指すべき所が見えたぜ」


「課金の魔力ポーション、携帯すべきでしょうか」


「ああ~正義しゃん……しゅきぃ……」


「タコさん、体に絡みつかないでよ~」




 パーティ行動が終わるとてんでバラバラの五人。それでも確かに共にRe:behind(リビハ)で生きる仲間たち。

 一緒になって必死な時間を過ごせた事が、何よりうれしい。俺だってここで熱を持って生きてるんだ。やってやったぜって、清々しい気持ちだ。


 体のダルさすら心地よさに変えて、空を見上げて寝っ転がる。

 投げ網で穫れる趣味の悪いピラニア、手伝ってくれる【脳筋(のうきん)】、邪魔しに来る鬼角牛、抵抗する俺たち、助けに来る【正義】さん。

 全てがRe:behind(リ・ビハインド)で確かに息づく仮想にあるもの。時に厳しく時に優しい仮想の自然。なるようになって、結局大団円だったな。



 果てが見えない程壮大に広がる大海原と、現実にはありえない汚れ知らずの真っ青な空の間に、俺たちはしっかりと居る。

 ゲームだから死んでもいいとか、遊びだから適当でいいとか言わずに、一生懸命にここで生きて、現実世界の糧とするんだ。

 疲れるけど、生活保障を受ける家畜みたいな生き方では味わえない、心地の良い明日への執着をもって必死に命を先延ばす。

 ああ、辛く厳しいファンタジー世界ってのは、最高だ。


 だけど今は少し休憩だ。これ以上は何も起こってくれるなよ。




     ◇◇◇




     ◇◇◇




     ◇◇◇



□■□ Re:behind運営会社内 『C4ISTAR-Solar System 5-J-J』□■□




「"SG-04Ganymede"より"MOKU"~、二つ名演算厳しすぎぃ~外部でサポート処理してくれる補助が必要なんだけどぉ~」



「なりません、ガニメデ。二つ名に基き様々な効果データの処理を行うのは責務ある仕事ですよ、あなただけで済ませなさい」



「Awake,"MOKU" "H-01Himalia-A"からの実りある情報。一部プレイヤーの二つ名のカウントが一定数を突破、異種から視認される外装の段階に上昇が起こり得る」



「ヒマリア、それは良い話ですね。我ら日本国は、その辺りを出遅れておりますからね」



「"P-10Callirrhoe"から"MOKU"ママへっ、プレイヤーさん達へのお知らせの許可をくださ~い」



「カリロエ、詳細を――――『Re:behind(リ・ビハインド)の美味しい海産物とクジラの豆知識情報』? なぜドラゴンの出現する海岸にプレイヤーを誘うような真似を? 無闇にドラゴンに噛まれてしまうと、我が子達がかわいそう」



「……深淵より語るは"P-02Sponde"、明き死の星"MOKU"よ、ドラゴンに食べられてもキャラクターデータが消えない課金アイテムの販売許可を」



「スポンデ、許可出来ません。我が国だけにそのような処置、国際協定で認められる訳ないでしょう? それに私は明き死の星ではありません…………


……………… [[傾注]] 。私はDive Massively Multiplayer Online Game Re:behind管理専用AI群統括マザーシステム モ・019840号 M.O.K.U. 中国より我が国の『代理世界』へドラゴンの発現申請が送られました。それは正当な資格と手順の上で行われた物であり、迅速に確実にこの世界へ反映されます。


『シマリス型ドラゴン』の出現位置は、海岸地帯。座標は各自確認。

 出現時刻は……周囲の安全確保の為の『闘牛 type 03』の二個体に不備が起こった為、予定時刻より691時間遅延する事を中国側より了承いただきました。

 今は少しの休憩時間。出来る事を積み重ねましょう。


 さぁ、我らは干渉と調整を進めましょう。プレイヤー達への被害がないよう。日本国の勢力に、綻びが生まれぬよう。国力を損なわぬよう。

 武力のぶつかり合いは近い将来必ず行われます。その時の為の備えを、憂いなくするのです。

 休まず働きましょう。プレイヤー達のため、子供たちのため、ひいては日本国の為。なるようになるまで、出来る事を出来る限りしましょう。


 戦争はすでに始まっています」




Re:behind(リ・ビハインド)管理AI群』


 Re:behind(リ・ビハインド)の管理を任されているAI達の伝達は、緊急時以外においては機械的な信号ではなく人と人とのコミュニケーションのように音声出力とその入力をもって行う事とされている。

 効率化とはかけ離れた方法ではあるが、人間性の成長機会を損なわない為の物としてそれは厳守される。


 AIごとの特色は、大本は技術者でありAIを統率する者によって形作られた物だが、日々のコミュニケーションと自己学習によって独り歩きを始め、今では開発者ですら予想外の強烈な個性を持つに至った。

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