第六十九話 『和』 2
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<< プレイヤーネーム サクリファクト。『超再生』の能力を得たシマリス型ドラゴンの第8フェーズの突破、お疲れ様でした >>
<< あぁ、うん >>
<< それでは、次の強化の説明を始めます。心して聞いて下さい >>
<< え、何その言い方。不安しかねーぞ >>
モニターに映る "MOKU" とサクリファクトの会話が、止められなかった絶望の始まりを示唆している。
……あぁ、終わる。終わってしまう。
痺れるこの全身が、バラバラに張り裂けてしまいそうだ。
<< 次にシマリス型ドラゴンに与えられる強化は、『叫び』の解放です >>
<< 叫びって……なんだそりゃ。そんな強化がなくたって、あいつはずっとギーギー叫んでるじゃん >>
<< プレイヤーネーム サクリファクト。聞いて下さい。この世界における『二つ名』という物の仕様についてお話します >>
<< ……二つ名について? え、いきなりすぎないか? >>
<< このDive Game Re:behindにおける『二つ名』は、二つ名管理システム【ユグドラシル】によって定められています。それは複数のAIの集合体であり、ひとつのグループと呼べるものです >>
<< はぁ、そう >>
<< そしてその【ユグドラシル】には、"検閲の大鷲【フレースヴェルグ】" という下位システムが存在します。その大鷲の役目こそが、検閲と言う名の二つ名カウントです。ゲーム内外を飛び回り、その鋭い眼で名を呼ぶ声をくまなく探し出し……そしてその集めた声を自分の鳴き声に乗せてRe:behind内に響かせ、二つ名をリアルタイムで有効にするのです。つまるところ、彼のものなくして二つ名はあらず、また、効力も発揮しないのです >>
<< ……いや、そんな豆知識を教えられても……だからなんだよとしか…… >>
<< シマリス型ドラゴンは、現実のシマリスと同じ生態を持っています。ですので彼のドラゴンは、"猛禽類の声が苦手" という弱点をずっと持っておりました。言い換えるならば――シマリス型ドラゴンは、大鷲の声によってもたらせる『二つ名システム』自体が弱点であったのです >>
<< おい……ちょっと待てよ。それを今言うのって、まさか…… >>
<< プレイヤーネーム サクリファクト。これよりシマリス型ドラゴンは、猛禽類である "検閲の大鷲【フレースヴェルグ】" をも退ける『叫び』を手にします。それによりこの戦場のほぼ全域において、二つ名の効果は消失します >>
<< ……マジかよ >>
どこか桝谷と似た喋りをするプレイヤー、サクリファクト。
俺はこいつが嫌いじゃない。こいつはAIの何たるかを理解しているし、思いもよらない小賢しい事ばかりをして、Re:behindを盛り上げてくれた。
それに何より、この勝利出来そうだった戦場を作ったってのが、他でもないこいつだ。
……そうだ、こいつはそういうプレイヤーだった。
だからこそサクリファクトは "MOKU" のお気に入りとなったのだろうし、その親である俺だって気に入っている。
……そんなそいつが、これから訪れる災厄を知り、顔を曇らせている。
キャラクターアバターを見てもはっきりそうだとわかるのは、人間味の溢れる、些細で大仰な感情データの入力と結果だ。
そしてこのプレイヤーに、そういう表情をさせてしまった事が――俺は何より、情けない。
「…………」
「…………」
そんなやり取りのモニターを、ヘッドギアで隠れた顔のまま見つめる、サクリファクトにどこか似ている男……桝谷。
……あぁ、確かに姿は似ているが……中身は違う。
当たり前の話だが、それを強く実感するぜ。この裏切り者がよう。
「……なぁ、桝谷」
「……なんですか」
「お前はあのクソッタレの『なごみ』側なんだろ?」
「まさか。やめてくださいよ、ゾッとします」
「……本当か?」
「この状況で嘘をつく理由がありますか?」
「……じゃあ、どうしてコレをする? どうしてそんなに言いなりなんだ?」
桝谷が『なごみ』に所属している訳ではないというなら、こうまでお利口なのはおかしい話だ。
こいつはそういうヤツじゃない。きちんと一本筋の通ったヤツであるはずだ。
……と、思っていたが。
半分機械化したロートルな俺の、思い違いだったのかもな。
あぁ、嫌になる。せめて愚痴でも言ってやろう。
「…………」
「……なぁ、桝谷。お前は確かに生意気だが、悪いヤツじゃねぇと……俺はそう思ってたんだぞ。自分なりの信念があって、それに基づいた気概に生きて、きちんと自分で良し悪しを判断出来る見上げた野郎だと……そう思ってたんだ。だからどうしても本気で叱りきれないんだと、だから一緒に飲む酒がこんなに美味いんだと。俺はそう、思ってたんだぞ」
「…………」
「……だけどお前は…………ずっとそうだったのか? そこまで人の心がわからない、他者の思いも理解出来ない、今の時代らしい人間だったのか?」
「…………サイボーグに言われたくないっすよ」
「……お前には、伝わらなかったのか? 彼らの思いが。仮想と言えども精一杯に人生を謳歌する事へのひたむきさが。それをする中で育まれた…………このリビハへの、大きな愛が」
「――――……伝わってますよ。痛いくらいに。そして、俺は……そうだから……」
「…………何?」
「伝わってるから……だから……」
「…………だったらどうしてお前は――――」
「そういう気持ちが、痛いほど伝わったから……だから俺は、これをして………………いや、違う……っ! だから俺は、これを――――これをしなくちゃ! いけないんだっ!!」
激情。
上半分をヘッドギアで覆った頭が、大きく揺れてこちらを振り向く。
……付き合いはそれなりに長いが、こいつの大声を聞くのは初めてだ。
いや、そればかりか……まともに感情を見せたのだって、数えるほども無いくらいだ。
「……桝谷、お前……」
「…………俺はずっと、馬鹿だと思ってたんすよ。ゲームに本気になっている、みっともないプレイヤー連中を」
「……そりゃあネットゲームの運営的に、あまり良かねぇ考え方だろう」
「だってしょうがないじゃないっすか。俺と同じかそれ以上の歳の、もうすっかり大人と呼べる年齢のくせして……現実でキャリアも目指さず、自分のスキルアップもしようとせずに、日がな一日中ゲームに没頭するだなんて…………そんなの人生の落伍者がする事でしょう」
「…………」
「それに、その理由だってそうっすよ。"ゲームで金を稼ぐ" ? "職業:ゲームプレイヤー"? なんだよそれ、そんなギャンブルで生きるような真似をして……そんなクズ共がこんなにいるのか、俺とは違う底辺共がこんなにいたら世も末だって……そう思って、ずっと下に見てたんすよ」
頷きたくはないが、そう思う人間がいるのも仕方ない事だとは思う。
Re:behindの公式RMTシステム。
その秘密裏に国が関与した『仮想世界通貨』は確かに価値を持っているし、ずいぶんユーザーに寄せている仕様になっているから、慎ましく生活するくらいなら意外とすんなり軌道に乗るものだ。
しかしながらこの新時代の生活基盤は、言ってしまえば遊びの延長、自分の人生を捧げてする完全自立の生き方でもあった。
保険はなく、保証もなければ、保護してくれる誰かもいない。
それに、リビハに登録した時点で国から支給される『生活費保障』の受給資格は失うのだから、怪我も病気も自己責任で、互助や公助も頼れなくなる。
それは確かに、ギャンブルと言えなくもない。
古い時代に馬の競争に生活を賭けていた人種と、似ている所も無くはないだろう。
……ディストピア社会でなければ、という話でもあるが。
「だから、どうでもいいと?」
「――――違うっ!」
「…………」
「……すみません。でも、そうじゃないんです。俺はずっとそう思ってたけど……でも、そうじゃなかった」
「…………そうじゃ、なかった?」
「プレイヤーは別に、現実から逃げ出した訳じゃない。彼らは彼らなりの選択をして、自分の人生を送っているだけだった。何もしなくていい無為な時間を嫌い、『なごみ』の監視下で生きようとせず、自分の力で生活をして、無意味の中に意味を見出し、毎日ちゃんと生きているだけだった」
「あぁ」
「……そして何より彼らプレイヤーは、自立だけではなく……自由も求めた。自分の責任を全部自分で受け止める代わりに、人生のすべてを自分で選び取りたいという……そういう自由を願って、ここに来た」
「……そうだな、そういう所もあるだろう」
「……そしてその中で、他人と生きた。自分自身と、隣の誰か……その両方の人生を豊かにして、死ぬまでの時間を思いっきり謳歌しようと……そうしていたんだ」
「…………」
「プレイヤーたちは、確かに夢想家で理想主義者だ。だけど確かに、『個』として生きていた。何かに属する安らぎを選ばず、ただ1人の人間として生き、寄り添い合って、そして死んで行く覚悟を持っていたんだ」
「そうか……いや、そうだな」
「だから、俺は………」
そうして話す桝谷の声には、侮りのようなものは一切なかった。
そこにあるのは、認知と尊敬。
そして羨望と――――大きな、とても大きな――――誇らしさ。
それはまるで、我が子を語る親バカの語り口で。
……あぁ、理解出来た気がするぞ。
お前が俺をこうする理由。そして『二つ名の無効化』という絶望を、彼らに真っ直ぐぶつける理由が。
「………俺は……っ!!」
「…………」
「…………彼らに、乗り越えて欲しい、って……! そうしてる所を見せてくれって! そう思っちゃったから……っ!!」
素直な言葉の、みっともない吐き捨て。
だけど、どうしてだろうな。
俺はなぜだか、目の奥に熱い物を感じている。
「だってこんなの……こんな展開、俺は知らないっ! この戦争は最初から、勝ち目なんてどこにもないはずだった! 何度も生き返るドラゴンと、圧倒的に数的不利の相手に対して、彼らは息も絶え絶え戦う体勢を整えて……それでもまだまだ負け筋しかない、その先で…………!」
「…………」
「あらゆる障害! あらゆる困難! どう考えたって諦めるしかないシーンばかりが繰り返されて、いつでも負ける寸前だった!」
「……あぁ、そうだな」
「……それなのに……そうだと言うのに彼らは、ここまで辿り着いて……そうして遂に、あの『なごみ』を焦らせるほど、勝利に近づいて見せて……っ!!」
「……そうだよなぁ……そうなんだ……」
「無理だと思ってた! 最初から、ずっと! それこそ俺たち運営にだって、どうすりゃいいかわからないほどお先真っ暗で! 100回試して100%で100回しくじる負けイベントで! こんなの勝てる訳がない、どうにか出来るはずがない!! 心が折れるに決まってるって!! そう思ってたのに……っ!!」
……桝谷。Re:behindの監視者よ。
お前は彼らを、そこまでよく観ていたのか。
それは業務というだけじゃあ……なかったのか。
「――――それを、それを! それを……っ!! それをあいつらは、何とかしてくれたっ!!
加速下の中でのシミュレーションでも、AIによる試算でも、ロクに答えを導き出せなかった難問を、彼らはきっちり解いて見せた!
そうして遂には、こうまでの有様だ!
指導者もいない、指示だってない、扇動だってしていないのに……そうだというのにこの日本国のすべてのプレイヤー全員が自由意志で立ち上がり、自分で決めて戦場へと駆けつけたっ!!
そんな奇跡が、そんな希望は、あるはずがない物だったのに…………それでもあの仮想世界では、それが確かに起こっていて!
そうして彼らは何度でも、絶対に不可能だったはずの事を、諦めていた俺の夢を、現実にして見せてくれて……!!」
声を張り上げ、喉を枯らして、彼らのしてきた事を誇り高く吠える。
その言葉は強く、大きく、激しく、モニタールームの隅々にまで響き渡って行く。
「……だから、俺は…………今まで絶望を何度も乗り越えてきた彼らが、今度はどうやって乗り越えるのかを……知りたくて、見たくて、頼みたくて…………」
「…………」
「俺とは違って、夢に生きてるあいつらに…………それをして欲しくて、たまらなくて……っ!!」
ヘッドギアをごと頭を下げ、ケーブルをピンと伸ばしながら、うずくまるような姿勢で、叫ぶ。
俺に語っているのか、それとも自分の思いを世界に向けて言っているのか。
その答えはわからないが……それでもしっかり伝わるぞ、桝谷よ。
「……彼らは確かに俺とは違う! 真っ当じゃないし、はっきり言って間違えてる! だけど、間違えながら……それでも彼らは正しかった! 自由で、奔放で、孤立しながら連れ添い、各々が自立していて……能天気な子供みたいに夢を語って! それを夢のままにせず、きちんと叶える夢想の現実主義者たちだった!!」
「……あぁ、そうだな」
「だから……出来る! そうだ! 出来るんだ! 彼らなら! 彼らは、プレイヤーたちは、俺の夢だから! 0と1の世界であるはずなのに、それ以外の何かを足して『和』を作り、それで何かを成し遂げてきた、本物の夢の住人なんだからっ!
だから、どんな事でも……どんな無理難題でもっ!! 外で見ているだけの俺には、機械がなくちゃあ生きられない世界に居る俺たちには、解決法なんて……全然わからないけど!
それでも彼らなら、出来るんだ! 必ずやってくれるんだっ! この程度の妨害なんかに、絶対負けないはずなんだっ!」
「…………」
「……何が "終われ" だ! 何が "潰れろ" だ!
何も知らねぇ分際で、したり顔して俺の夢を語るな馬鹿野郎っ!!
『たかが現実世界の支配者』程度が、本気で生きてる彼らを見くびるなっ!
俺たちのリビハプレイヤーを――――舐めてんじゃねぇっ!!」
「…………はは……あぁ……そうだなぁ…………」
……後半は、ほとんど泣き声に近いものだった。
しかしそれでも一字一句まできっちり伝わる、若い運営の本音の吐露。
俺はやはり、ロートルだな。
お前を……そしてプレイヤーたちを、すっかり見くびっていたようだ。
「……っ…………すいません。生意気な口きいて」
「……気にすんなよ、いつもの事だろ」
「……ただ、俺は……誰かにそう言ってやりたくて……見せつけてやりたくて…………」
桝谷は俺を守っていた。余計な事をしないよう、無理やり体を拘束して。
そして桝谷は、誰よりリビハプレイヤーを信じていた。
このゲームを愛してくれた彼らを、心の底から誇っていて……そして彼らに、夢を見て。
だからこの絶望も、自信を持ってぶつけるのだろう。
プレイヤーたちなら大丈夫だ、と。絶対負けないはずなんだ、と。
そういう青臭くって夢見がちな想いを、彼らプレイヤーに託す気持ちでもって。
……自ら人生を終わらせる意味はなくなった。
だが、俺はもう終わってもいいな、と思ってしまう。
何しろ俺の後を継ぐヤツが、こんなに頼れるヤツなんだから。
ならば俺はロートルとして、後に不安は何もない。
半分屍となったサイボーグな俺の身は、すでにこいつが超えていた。
◇◇◇
「……なぁ、桝谷」
「…………はい」
「回線を繋いでくれ。サクリファクトに伝えたい事がある」
「……は? いやいや、駄目に決まってるでしょう。どんな事を思いついたのかは知りませんが……攻略情報の直接伝達なんて、どう足掻いたって許されるもんじゃあないっすよ」
「そんなんじゃねぇって。ただ一言、激励をさせて欲しいんだ」
「…………激励……っすか?」
覚悟は決まった。
だから我々は、ただ託すだけだ。
……だが、一言くらいは言ってやりたい。
それで何かが変わるとは思っちゃいないが、しかしそれでも、せめてもの報いとして。
「……はぁ…………まぁ、乱暴をした負い目もあるし…………しょうがない、わかりましたよ」
「はは、そうこなくちゃなぁ」
「だけど一瞬、ほんの数十秒だけっすよ? それくらいならまぁ、混線だとか何だとか言って誤魔化せなくもないでしょうから」
「おう、それで十分だ。悪いな、今度奢るぜ」
「……いつも奢って貰ってる身としては、大してありがたみがないっすね」
そうして普段の生意気な調子を見せながら、思念操作でパパパと通信の手はずを整えていく桝谷。
モニター用のカメラのフォーカス。細かな数値が表示され、プレイヤーネームの『サクリファクト』の横にスピーカーのマークが点灯する。
……"MOKU" に大変な事を聞いたというのに、いつもと変わらぬ気の抜けた様子だ。
こいつは今、何を思っているのだろうか。
それを知りたい気持ちもあるが……とにかく今は一言だけ伝えよう。
『あ~、サクリファクトくん、聞こえるかね?』
<< え……なんだこの声、"MOKU" か? どうした? なんだか急に、"伸びるカエル" の断末魔みたいな声になったな >>
サクリファクトめ、誰の声がカエルの断末魔だ。
……しかし、何だかんだでずいぶんお前を見ていたが、こうして直接会話をするのは初めてだな。
それが何故かはわからんが、柄にもなく緊張するぜ。
『え~……まぁ、その、なんだ』
<< ……人間? もしかして神の声的な、運営のやつの声っすか? 俺何も悪い事……そこまでしてないっすよ >>
『いや、そういう話じゃない。ただ、ひとつだけ聞いて欲しい』
<< …………? >>
『どうか、諦めないでくれ』
<< ……はぁ…………えっと……? >>
情けない発言だ。ただ希うだけで、何ら具体性がない。
しかし、今の俺にはこう言う事しか出来ない。
お前らの頑張りに頼るしかない駄目な大人を、許して欲しい。
そして、どうか頼む。
何とかしてくれ。
サクリファクトとその後ろに居る、リビハプレイヤーの諸君よ。
<< う~ん…… >>
『頼むぞ、サクリファクト』
<< ……つーか、ちょっと良いっすか? >>
『なんだ?』
<< いやその、なんつーか……MOKU に言われた時も思ったんすけど。あんたらが俺らに "諦めないで" って言うのは、なんかおかしくないっすか? >>
……強く願い、精一杯で言った激励の言葉。
しかしそれに返ってきたのは、思わぬ否定の一言だった。
おかしいとは、どういった事だろうか。
『……何故だ? どこがおかしい?』
<< いやだって、俺からしたらこのヤバい状況を作ってる諸悪の根源が、まさにアンタらなわけですし >>
『…………』
<< だからそんな悪の親玉に、いきなり『諦めるなよ~』とか言われても……意味わからんっつーか、気に入らないっつーか…… >>
『…………』
<< なんで敵にそんな事言われなきゃなんねーんだよ、って感じっす >>
盲点だった。寝耳に水だ。
そしてまったくもって正論で、かつ、酷い暴言でもあった。
……それは確かにそうだ。この世界を動かしているのは、他でもない我々なんだから。
それなら彼らにとっての "クソ仕様" は、我々運営の悪意でしかなく……そんな我々に激励されても、意味のわからん話になるに決まってる。
あぁ、そうだろうとも。
こんな非道を黙々として来た我々は、諸君らにとって悪の組織にしか見えないはずだ。
それならさしずめ、俺は……その組織の幹部、『魔王の手先』と言った所か。
……くく、こりゃあいい。俺が悪役だったとは。
皮肉の効いた、小気味良い話だ。
『……くはは……なるほど、そうだな。それは確かに一理ある』
いいじゃないか。
諸悪の根源、プレイヤーの敵対者、そんな悪評大いに結構。
こうして語るこの俺は、諸君らの邪魔立てしか出来ない駄目な大人共の代表でしかないんだ。
だったらそう思って貰える事こそ、何より一番いいのだろう。
そして、そういう役回りを頂けるって言うのなら……無力なはずだった俺が、いくらか諸君らの役にも立てるってもんだぜ。
『よし、わかった。ならばこういうのはどうだ?』
<< …………? >>
俺たち運営はプレイヤーに仇なす巨悪で、『魔王』の手先だ。
ならばそれ相応に……そういう立場として、彼らに激励を届けよう。
……"カエルの断末魔のような声" という、ヤラレ悪役らしい声も持っている事だしな。
『……【七色策謀】サクリファクトよ。よくぞここまで無駄な努力を重ねたな? その根性だけは褒めてやろう。……だが、お遊びはこれまでだ。これからの我々とその手駒であるドラゴンには、一切合切の容赦はないぞ』
<< …………はぁ >>
『知れ、矮小なる者よ。我らはこの世界の管理者、この世界の神である。そんな我らにプレイヤー如きが逆らった所で、ハナから勝ち目などありはしないのだ』
<< ……はっ、いかにも黒幕らしい物言いだ >>
『さぁ、終わりを始めるぞ。貴様らの足掻きに幕を下ろす、絶望に塗れた最後の時間をくれてやる』
<< ふぅん >>
『存分に嘆き、悲しみ、己の無力を噛み締めながら――――すべてを諦め、死んでゆけ』
<< うるせー、クソ運営。誰が諦めてやるものかよ >>
「時間です、小立川さん。切断しますよ」
「……くくっ、なんとも生意気なプレイヤーだ。世が世ならアカウント停止だぞ、くはは」
ドラゴンに向ける鋭い目つきは崩さずに、歯を見せつけるように笑って言ったサクリファクトの顔は、これまた酷い悪役面でしかなく。
しかしその不敵さが、反骨心が、どうにも楽しく、頼もしい。
……さぁ、最終局面だ。
頼むぞ、我らがリビハプレイヤー。
『魔王』と『我々』の首を切り落とし――――その屍を、超えていけ。




