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第六十八話 『和』 1




□■□ Re:behind運営会社内『モニタールーム』 □■□




「『天球』 、か……くくっ……ははは」



 一皮むけた【天球】スピカの、想像力豊かな固有魔法。

 そのファンシーでファンタジーな空模様を上から見れば、意図せず笑いが溢れ出る。


――――立派だ、こいつらは。


 このDive Game Re:behind(リ・ビハインド)……正式名称『5th(フィフス)』の最終目的、他国勢との大闘争。

 度重なる危機を乗り越え、今再び【竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】が、邪魔の入らない状況下で中国側のドラゴンと相対する。

 そんな最高の舞台を作り上げたのは、日本国のすべてのプレイヤーたちだった。


 強いな、彼らは。

 折れる理由も、諦めを正当化する言い訳だってそこら中に転がっていたというのに、それでもめげずに立ち上がり、その果てでこの勝機を生み出している。




<< ドラゴンはあいつらが必ず倒す! だから俺たちは、俺たちに出来る事をしよう! >>


<< そうだよっ! 私たちにだって出来る事はある! 私たちだって戦えるんだっ! >>


<< ぶち上げてくぜぇ! ウオオオォォ!! >>




 幾千のプレイヤーたちが声をあげる。

 己こそ立たねばならぬと心に決めた、勝利を掴まんと自身へ誓う大号令だ。

 それはたかがゲーム内での話でありながら、決して馬鹿には出来ない、確かな熱量を持っていた。


 そんな彼らの思いがこもった声を聞き、この胸に感じるのは……強い達成感だ。

Re:behind(リ・ビハインド)が大切だ』『だから自らで守るのだ』。

 そんな彼らの意思表明は、我々にとっての福音であった。

 AIを作った。世界を作った。ゲームを作った。

 それを数多の人間が、ここまで愛してくれている。

 ……ネットゲームの運営として、そしてゲーム開発者個人として、こんなに幸せな事は無いだろう。



 諸君。プレイヤーの君たちよ。

 俺の人生は今、報われているぞ。

 他でもない、幾千の君たちのおかげで。




     ◇◇◇




「さぁ、決戦だ。決着だぞ。長き戦いが終わる瞬間は、もうすぐそこだ」


「…………」


「……とは言っても、だ。これからするのは予定調和の勝ち戦だ。それは『攻略』と言うほどの物ではなくなり、もはや『消化』と呼んでもいいかもしれん」


「…………」


「各々が迷いを振り切った、全員主役の大戦場。その中心に居る七人は、公平なシステムに基づいて世界が決めた力を秘める――『絶対的ドラゴンキラー』、【竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】だ。そうしてこれから、なるべくしてなる結末が訪れ、チャイニーズ・ドリームはとうとう潰える、って所だな」




 シマリス型ドラゴン、その第8フェーズ。

 現時点での最新強化は『超再生』となっていたはずだが……まぁ、何とでもなるだろう。

 そしてこれより起こりうる強化も、予定では『タイガー期(凶暴化)』と『巨大化』という、芸のない単純な強化であったはずだ。


 あぁ、ならば何のこともないさ。

 それはただ攻撃が激しくなり、ただ体がデカくなる程度だ。そのくらいであの七人を、止められるものかよ。




「いやしかし……彼らがラットマンに囲まれた時にゃあ、いよいよ終わりかと身構えたもんだが……こうなったならもう安心だな」


「…………」


「きっちり役目をこなせる状況さえあれば、ドラゴンころしの【竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】に負けの目はねぇ。それがゲームってもんだし、リビハはそういう仕様になっている」


「…………」


「くはは……勝ちだ。どんでん返しで日本国(我ら)の勝ちだぞ。ざまぁみやがれ中国勢、ってな」


「…………」




 順風満帆。シケた時間は過ぎ去って、これから先に憂いはない。

 頭の中じゃあ、すでに勝利のBGMが流れ出している状態だ。ある種の凱旋が始まっていると言ったところか。

 口に加えたタバコの美味さも、ひとしおってもんだぜ。




「……小立川さん」


「あ~ん?」


「……先に言っときます」




 ぷかりと浮かぶ紫煙もご機嫌に揺れていて、それを見ながら聞く部下の声に生返事をする。

 しかしその声色に、ある種の申し訳なさのような感情を感じ、振り向く。




「…………すみません」


「あん?」




 "なんだ? 声だけじゃなく表情も、ずいぶん申し訳なさそうじゃないか" と。

 そう思ったのと同時に――――バヂ! と電撃が走った。

 視界が弾ける。




「あ…………?」




 そして我が身に降りかかる、痺れ、めまい、動悸と息切れ……それと眼前を埋め尽くすエラー・メッセージ。


 何が起こったのか。それを理解する間もなくバランスを崩して倒れ込む。

 そうして霞む俺の目に映るのは、おもちゃのピストルのような物を構える、生意気な部下の姿だった。




「……個人携帯用非接触式電磁矩形波投射装置、俗称で『EMP銃』なんて呼ばれる物です。本来は主に制御不能になったアンドロイドを無力化する鎮圧用のモノですが……半人半機の小立川さんには、ずいぶん効くでしょう?」


「な…………が…………っ」


「……安心して下さい。後遺症はなく、されどしっかり動けない。そうなるように繰り返しシミュレーションして、万全にしてますから。……だから安心して拘束されててください」




 ……体が動かない。

 機械で出来た心臓が、ぎしぎしと悲鳴をあげている。


 専用の椅子に腰掛け、半透明のヘッドギア越しに見つめる部下――桝谷。

 その手に握られた『サイボーグを殺す(EMP)銃』の先端がこちらを向き、チェレンコフ光のように青く光っていた。




「桝谷ぃ……お前…………どういうつもりだ……?」


「……どういうつもりって言われても、元から俺はこういう役回りなんすよ」


「んだとぉ……!?」


「……あなたにとっての俺は、年若くて生意気な部下。だけど俺にとってのあなたは、ただの上司って訳じゃない。俺は部下でありながらお目付け役で、小立川さんはその監視対象なんすよ」


「監視、だと……? 何の目的で……」


「……いや、目的も何も……生放送をぶち壊すような狂犬サラリーマンを、どこの誰が自由にさせとくって言うんすか」


「…………ッ」




 身に覚えがない訳じゃない。問題社員である自覚は持っている。

 "だが、いつからだ?"、と問おうとして――――過去の違和感に自ずと気づいた。


 俺がサーバールームで居眠りをしている時、新入社員に説明をしている時、そして一人でモニターをしている時。

 いつでも桝谷(こいつ)は、近くに居て、呼べばノータイムで返答していた。

 ……場所を選ばず堂々と『人付き合いは嫌いだ』と言うこいつは、それでも常に俺の側に居た。


 …………それは、そういう意味だったのか。

 俺はてっきり……はは、笑えるな。

 とんだマヌケだ、この俺は。




「…………多少は慕われていると思っていたが……あくまでお前は、ビジネスの繋がりだったか」


「……だから言ったじゃないっすか。"俺は小立川さんと、良くも悪くも仕事付き合いだけの、対等な関係でいたい" って」




     ◇◇◇




 しかし、だからと言ってこの状況の説明にはならない。

 何故俺を拘束するのか? 俺に何をさせまいとし、桝谷は何をしようと言うのか?

 その答えは出ていない。


 俺の監視。それは上からの勅命だ。

 ならばこの行動も、十中八九こいつ個人の意思じゃなく……我が社の意思として行う何かなのだろう。


 ……まさか、決起か?

 ……いや、無いな。

 それならむしろ、権力への反骨精神で悪名が轟くこの俺を、味方に引き入れないはずがない。


 では、桝谷の狙いは。

 それは何だ。




「……桝谷、お前……何をするつもりだ」


「…………卵が先か、鶏が先かって所っすかね」


「……なんだと?」


「これから起きる事、その概要っす」


「……どういう意味――――」


「――――『二つ名』とは」




 突然の問いに、一瞬思考が停止する。

『二つ名』、だと? いきなり何を言い出すんだ、こいつは。




「二つ名とは、その者の風評で、レッテル貼りの限定用法。その者がどのような者かをリビハ社会が示す、みんなで作る形容詞って所っすね」


「…………」


「ならば、そうシステムが定めなくとも、そういう者であるはずだ、と」


「……何を、言ってる……?」


「もしあの七人が『竜を殺す』という名を持つに至った者であるならば――――それをシステムが補助せずとも、そうなるのが道理のはずだ、と」


「何だと……?」




 悪寒。肝が冷え渡る。

 ある種の禁忌を目にしたような、タブーをぶち抜く台詞を聞いて。


 何をする気かわからんが、これはとにかく危険だ。

 こいつは今、『二つ名システム』を根本から否定する言葉を発している。




「……おい、桝谷。何を訳のわからん事言ってんだ。確かに彼らは竜を殺して【竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】となったが、だからと言ってそれとこれとは、話がまったく違うだろうが」


「そうですね、それはそうなんでしょう。ですが……」


「…………?」


「……二つ名システムは確かに公平だ。しかし、これがあくまで純粋な民族間の闘争であると言うのなら、『噂』と『陰口』と『風聞』で決められるような能力で明確な決着がつけられるのは、非常に不純で不公平である……って事みたいで」


「あぁ……? 何を……今更な戯言をぬかすんじゃねぇ! 最初っからそういう仕組みで全世界がやってんだろうがッ!!」




 納得は出来ないが、理解は出来る。

 単純な力のぶつかり合いの、その中にある特殊ルール……『二つ名』。

 それが戦況を左右する事はあっても、戦局を決定づけるってまでになったら……それは確かに行き過ぎているという意見もあるかもしれない。


 ……しかし、それは()()()()()()

 すでにそういうルールとして、このゲームは成り立っているのだから。


 だから、いくら道理があろうとも……いくらなんでも、今更すぎる。




「ふざけんじゃねぇぞ、桝谷! 仮にもしそうであるなら、最初からそうするべきだろうがッ! そんな話をよりにもよって、こんな最悪のタイミングは……それは通らねぇだろ! ああ! 通ってたまるかよッ!!」


「……だから、全員平等に」


「……んだと?」


日本国勢アントマン中国勢ラットマン独国勢リザードマンも区別なく、今ここにある戦場全域に効果が及べば、公平性に問題はない」


「…………!? お前、まさか……ッ!!」




 そうして気づく、その言葉通りの事象を引き起こす仕様。


 ……それは、確かに用意してある。

 だが、それこそ禁忌でパンドラの箱だ。

 とっくの昔にNGが出された、形骸化したデッドコードに過ぎない。


 中国勢の勢力ドラゴン、シマリス型。

 それには全部で15の弱点があり、それが死亡した要因となったものに近い弱点を失くすという『強化』を得る設定にしてあった。


 しかしその中で、事前にロックされた強化項目がいくつかある。

 その内のひとつを、その『あってはならぬ仕様』を――――桝谷は、解放しようとしている。




「『叫び』を、使わせるつもりか……!?」


「……効果範囲は、その声が届く範囲。その中にあるものは、敵味方の区別なく無差別に……『二つ名の効果を失う』。それでこそ公平な闘争、純粋な種族ごとの比べ合いだって事なんでしょう」




――――『ドラゴンの叫び(ドラゴン・シャウト)』。

 それは一部のドラゴン種に実装されながら、ゲームバランスを著しく破壊するとして、厳重なロックがかけられていたぶっ壊れ能力。

 そのあまりの不条理さから、使用後のユーザー減少は免れないとされ、あのマザーAI "MOKU" ですら独断で使用許可を出す事は出来ないようにされている物だ。


 それは我々の最終兵器。

 独り歩きした『二つ名』が我々の手に負えない所まで行ってしまった場合だけという、運営が世界を管理する上で取れる最後の手段だ。


 しかしそれは、今後永遠に使われないだろうとされていた。

 それこそ、あの公式チートな【聖女】相手ですら、それを使わせるには至らなかったのだから。




「…………この土壇場で何を言う! 他はともかく、【竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】まで効果を失うなんてのは――――そんなの筋の通らねぇ後出しだッ! いくらなんでも中国あっち寄りがすぎるだろうがッ!!」


「これは各国合意の上ですし、何より提案は()()からっす」


「……な…………!?」




 か、と熱くなった頭に、再び冷水をぶっかけられたような気がした。

 ……俺が想像していたのは、くだらん()同士の談合か、圧力に屈した情けない日本国人の姿だ。


 しかし桝谷は、そうではないと言う。

 その提案は、我が国から出されたものだと。




「……どういう意味だ。その言い方じゃあまるで、日本国がわざと負けようとしているようじゃねぇか」


「みたいじゃなくて、その通りっす。敗北への道筋を作ろうとしています」


「……何を言ってる? ……誰だ? 誰がそれをする? 我が国がここで敗北をして、誰が喜ぶってんだよ」









「……"そのほうが、道徳的観点から、優" だそうで」









 ………………………………………………道徳、だと?


 おい。


 おい……。


 ふざけんな……。


 そのクソッタレな単語が出るのは…………()()()()()()って事だろうが。


 …………お前か。

 ……お前らか!!


 お前らがッ! ここでッ! 邪魔をしにくるのかッ!!




「……お前らかぁあああ!!!『なごみ』ぃぃぃ……ッッッ!!!」




 みしりと音をたてたのは、俺の奥歯だっただろうか。

 口の中に鉄の味が広がり、血の色に染まる感覚がする。


 だが……それより、俺の頭の中は。

 血より赤く、怒りの色で埋め尽くされていった。



 ここで来るか。

 ここで邪魔をするのか。


 クソッタレな日本国の支配者。

 独善とエゴで形成された道徳心を押し付ける、非道徳思想矯正隔離施設の運営団体。


 今の時代をディストピアへと変貌させた、すべての元凶……『なごみ』。

 お前らがここで、その薄汚れた手を、プレイヤーの首元に伸ばして来たのか。


 ……人生の内に何遍言ったかわからんが、それでも、何度だって言ってやる。


 地獄へ落ちろ、『なごみ』のクソ野郎共。




     ◇◇◇




「どうしてだ! おかしいだろうが! それをして奴らになんの得がある!? ここで中国に敗北を喫する事で、奴らにとってどんな意味がある!?」


「…………」


「それに! そもそも! そもそもだ! なごみが二つ名を嫌うのはおかしいだろうが!! ああ、そうだ!! そうだろうがッ!!」


「…………」



「美辞麗句を並べてもっともらしく言いやがって……奴らこそ使っていたというのに、どの口でそれを言うんだ! なぁ! そうだろ!? 誰より一等にその力を利用していたあいつらが、それを言うなんて馬鹿げてるッ!

 あのいたいけな少女に精神汚染をぶちかまし、【聖女】なんて大層な二つ名を持たせ、有無を言わさぬ道徳的判断で無差別殺戮という凶行をさせていた『なごみ』が…………二つ名の恩恵を思うがままに受けていたあいつらが!!

 今更それを否定して、それを無効にするなんて……そんな調子のいい話が……………………ッ!?」



「…………」




 ()()

 自分の口から出たその言葉に、自分で違う意味を感じた。


 ……今更とは、"今になって" でもある。

 ならばそれは、"今だから" と言い換える事も出来るだろう。


 今だから。状況が変わったから。そういう事になったから。

 まさか『なごみ』は、そう考えたのか。


 前は良かったが、今はそうではないのだと。

 事情が変わったのだと、そうとでも言うつもりか。




「…………おい……桝谷」


「……はい」


「……なごみは、見ているのか?」


「…………見ています」


「なごみは、今のチイカさんを……【聖女】を、見たのか?」


「……はい、見ました」


「……彼女が、『人工聖女計画』で作られた異常さと、凝り固まった道徳心で虐殺する事を止め…………普通のヒーラーのようにサクリファクトを癒やし、まるで普通の少女のように、笑って、怒って、泣いているのを……『なごみ』は、知っているのか……?」


「はい、知りました」





 ……あぁ、そうかよ。そういう事かよ。

 全部わかった。そして、わかったからこそ……ハタワタがぐつぐつ煮えくり返る。


『なごみ』の目的は、『【聖女】のチイカが勝利する事』、それだけなんだろう。

【聖女】という栄えある二つ名と、数百年にも及ぶ道徳矯正によって作られる、すべてをぶち抜く無差別殺戮魔法――『ヒール』。

 それによってすべてを下し、全世界に()()()勝利する。

 そうすれば彼女は、この世界にまるで神の如く絶対者として君臨出来るんだろうからな。


 そうして形成されるのは、この世界での新たな生き方、『道徳の法』だ。

 何かをすれば優しい【聖女】があまねく殺し、何かを求めれば優しい【聖女】が授けて回る。

 そしてプレイヤーたちは、『何もしない』をさせられる。ただ安寧の中で堕落し、ただ生きていく事だけを強いられる。


 それは言わば、現実世界のディストピアの再来。

 そしてその発展形であり――『なごみ』が目指す理想の未来だ。


 法の無い世界での、新たな法。人々を一律平等に低い位置で幸福にする、全員不幸な共産主義。

 それを『なごみ』が作った【聖女】が手動で行う事により、Re:behind(リ・ビハインド)の世界はひとつの正しさを証明する。

 さすれば『なごみ』の考えは正当性を増し、発言力は膨らんで、この現実世界はより一層に締め上げられる事だろう。


 そんな理想のディストピアに、プレイヤーという不純物は不要。

 善悪を合わせ持つ人間が、自らの思想によって団結し、自由な意思が勝利する事は許されない。


 絶対的な道徳心と、それによって得た【聖女】という二つ名の力を発揮して、『なごみが提唱する道徳基準』で全世界をまとめて断罪する。

 そうした完全なる勝利だけを、『なごみ』は求めていたんだろう。




 ……しかし、そんなクソッタレ共は……今のチイカさんを見て、()()()

 自分のルールを押し付けなくなり、人間らしさを取り戻した彼女。

 その上、よりにもよってあの一般的日本国民……善と悪を併せ持つサクリファクトという男と、ああして親睦を深めてしまったから。


 そして『なごみ』は理解した。

 あの世界で【聖女】が独りで勝利し、自分たちの思う通りに世界を組み立てる事が、すでに不可能となっている事を。


 だから見限る。

『なごみ』の言う完璧な道徳を忘れ、絶対的な存在として君臨する事をやめてしまった、チイカさんを。


 そして、"もういい"、と。

 思い通りに行っていない。計画通りに進んでいない。こういう勝ち方は求めていない。

 このままでは自分たちの理想とする世界が、ここに作られない。


 否――――そればかりか、()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()、と。


 そう言って。

 ……そう言って!

 "ならば潰してしまえ" と! "消えてしまえ" と!

 "そんな形の未来は要らないのだ" とッ!!


なごみ(お前ら)』は、そう言って……こういう事をしてんだろう!?




「…………ふざけんじゃねぇ。人の庭を我が物顔で荒らしやがって……あぁ、ふざけてる……! 冗談じゃねぇぞ馬鹿野郎ッ!!」


「…………」


「そんな滅茶苦茶、誰が許可した!? 誰が受け入れた!?『なごみ』の言いなりなのは誰だッ! 俺がこの手でぶっ殺してやるッ!!」


「……非道徳な物言いはやめてくださいよ」


「うるせえッ! 俺の前で『非道徳』なんて言葉を使うんじゃねぇッ!!」


「…………」


「ふざけんなよ……ふざけんなッ! こんなの馬鹿げてる! 拗ねた子供の我儘で、詭弁まみれのこじつけだろうがッ!! それのどこに道徳心がある!? 守られるべき良心はどこだ! 誰かの頑張りを無に帰す蛮行の、一体どこに『思いやり』があるって言うんだッ!」


「…………」


「言え、言ってみろ! 言え! 桝谷ぃッ!!」


「……抗えないんすよ、もう。こうなったのは俺たちだけじゃない、Re:behind(リ・ビハインド)みんなの責任だ」


「てめぇ……! てめぇがそれを言うかッ!」


「……『俺の意思じゃなく、大人としての責務だ。そこに個の意思が介在する余地はない』…………前にそう言ったのは、他でもない小立川さんでしょう? これは上も、そして "MOKU" も受け入れた事なんです」




 権力に怯える上司は仕方ない。

 だが、"MOKU" がこんな話をすんなり聞き入れるとは思えない。


 ……何があった? "MOKU" は何を考えている?

 最近わざとらしく俺を避けているあいつは、その電子のハラに何を抱えてやがるんだ。


 ……聞かねばならない。責任の管理者として……そしてAI開発者(生みの親)としても。




「……はぁ……ッ! はぁ……! ……そのオモチャを……下ろせ、桝谷ぃ……! 俺が "MOKU" と『なごみ』に……話を……! つけてくる…………!」


「無理です。今の小立川さんが何をするかも……そして()()()()()()()わかったもんじゃない。小立川さんのその体は、自分で思ってるより安くないんすよ」


「……知るか、元よりそういうつもりだ…………馬鹿野郎。何なら機械心臓の代わりに……爆弾抱えて行ってもいいくらいだぜ」


「……だからっすよ。小立川さんなら絶対そう言うと思ったから、俺はこうして拘束してるんです」


「…………」


「……電子タバコ中毒で、人工知能偏愛者で、ガサツで口うるさくて自分勝手な最低最悪の上司ですけど…………それでも俺は、小立川さんに……死んでほしくない」




     ◇◇◇




「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」


「……興奮を抑えて下さい。心臓部の機能が低下してるんですから、血圧を上げすぎると予期せぬ危険がありますよ」


「だったら……それを…………止めりゃあいいだろ……」


「……そうさせてくれないのは他でもない小立川さんでしょう」




 視線の先にある、EMP銃の青い光。

 その向こう側でこちらを見つめる桝谷は、半透明のヘッドギア越しでもはっきりわかるくらい、ひどく沈痛な表情を浮かべている。


 ……そうか、お前も不本意なのか。

 なら、聞けよ。聞いてくれ。




「……なぁ、桝谷。頼む、頼むよ。俺はこんな、こんなのは……つらくてつらくて…………もう、たまらないんだ」


「…………」


「なぁ、桝谷。わかってんだろ? なぁ……」


「……あいつら……プレイヤー共は、頑張っただろ? 何度恐怖を味わっても、何度挫けそうになっても、そのたびにしっかり立ち上がって…………本気で頑張っていただろ……」


「…………」


「それもこれも、一生懸命リビハを続けるために……そのために、死ぬ気でやってくれたじゃないか……」


「…………」




「なぁ……わかってるだろ」


「…………」


「……あいつらは、俺たちが作った世界を……このゲームを…………」


「…………」


「…………あんなに…………あんなに愛してくれていただろ……ッ」


「…………」




 胸が痛い。それは桝谷のオモチャによるものではなく、別の痛みだ。


 俺は、つらい。

 俺たちのゲームを愛してくれたあいつらに、こんな終わりを与える事しか出来ない事が……どうしようもなく、つらい。




「……そんな彼らプレイヤーに対して俺たちがするのが、こんな大人の事情の不条理を押し付ける事だなんて…………それでいいはずが、ねぇだろ……? 若く熱い魂を前にして、我々大人が "努力は無駄だ" "諦めろ" "未来には夢も希望もねぇんだぜ" と……そう言って諦めさせる事が、正しいはずがねぇだろう……」


「……"命令だ、正しいかどうかじゃない"、って。そういうセリフを言うのは、俺より小立川さんのキャラでしょう」


「……なぁ、桝谷。俺はこのままじゃあ、申し訳が立たないんだ。こんな終わり方をしてしまったら…………俺たちのゲームを愛してくれたプレイヤー(あいつら)に……合わせる顔がねぇんだよ」


「…………」


「だからせめて…………せめてプレイヤーたちのために、俺に悪あがきをさせてくれ。せめてこの無力で下らない俺の命を、あいつらに捧げさせてくれ」


「……それで死ぬならまだいいです。相手は『なごみ』だ、"精神懲役1億年" だって十分ありえるんすよ」


「……それならそれで……構わねぇよ。プレイヤーたちの明日を願って、そうして消えて行けるなら……俺はRe:behind(リ・ビハインド)開発者として……胸を張ったまま終わっていける」


「…………無意味です。あんた1人の屍じゃあ、この流れはもう止まらない。これはすでに、会社的にもシステム的にも、そして国際的にも……全部決まった事なんです」


「そんな事はどうでもいい。例えどんな超AIが "無駄だ" と言っても――――例えISS(国際宇宙ステーション)が落っこちようとも、それでも俺だけは、異を唱えなきゃならねぇんだ。俺のゲームを愛してくれたあいつらへ、その気持ちへ返す言葉として、せめてあいつらを幸せにする努力を、この身をかけてしなくちゃならねぇんだよ」




「……出来ません。俺が絶対、そうさせません」




 視界に映る体調管理システムのインターフェイスは、相も変わらずエラーをガンガン吐き出して、自分がこのまま情けなく床に横たわるしかない事を視覚的に見せつけてくる。


 ……俺は、無力だ。

 ヒトより頭の良いAIを生み出し、世界的ゲームの開発に携わり、電脳時代の寵児なんて呼ばれていながら……今この時に何も――プレイヤーのために死ぬことすらも出来やしない。


 ……下らねぇ人生だ。何が地獄だ、何が地の底エリアだよ。

 この現実こそ他でもない、絶望塗れの煉獄そのものじゃねぇか。


 あぁ、もういやになる。

 もし来世があるのなら、4bit電卓にでもさせてくれ。


 入力された数字を足して『和』を吐き出すだけなら、こんな気持ちにならずに済むんだろうから。



     ◇◇◇




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