第六十六話 Dragon Slayers 8
◇◇◇
「ネズミの二つ名持ちってどれだ?」
「知らね。ユニーク的なのぶっぱしてる奴いたらそうなんじゃね?」
「中華らしく麻婆豆腐吐き出す二つ名スキルとかねーの?」
「『ろ9番』、誰か "妨害役" 止めて」
「プッシュプッシュ、"聖徳太子" が裏行ってる」
「フカヒレカッターとかどうよ」
「チャーハン作るよ!」
「沼維持?」
「維持な~」
「"デコ" と "ボコ"、発破撃てや」
「はぁ? あっちがプロテクト構えてんの見えねーのかボケ、アレから潰せカス共」
「ぽこワームが足食ったお! タンクネズミ1名様、地中へご案内だお!」
「餃子食いてー」
指示と雑談が入り混じる、混沌とした会話をする異常な集団。
だけれどその動きは効率的な戦闘そのもので、周囲のラットマンをどんどん退かせる。
これがガチ勢クランの『ああああ』。
私のようなロールプレイヤーとも、そして一般的なリビハプレイヤーとも違うプレイスタイルでゲームをする存在。
……でも、やっぱり不思議だ。
ガチ勢であり効率厨でもある彼らが、どうして私たちを助けに来るのだろう。
その間に狩りをしてたり、もしくは勝手にネズミを倒してお金稼ぎでもしていそうなものなのに。
「ささ、クリムゾンちゃん! 今のうちに後退だお! ぼくが運んでやるお!」
「え、いや」
「遠慮しなくていいんだお! 大丈夫だお! 任せるんだお!」
「スタコラサッサやで~」
「あ……あの、その」
「もうちょいでこっちの最前列がネズミ抜けてくるからな。正義ちゃんはそのまま連れてけ」
「うぃ~」
「あいあいさー! だお!」
「あ、あわわわ」」
そんなガチ勢の2人が戦列から抜け出し、クリムゾンを担ぎ上げると、彼女の意思を無視してどんどん後ろに後退していく。
……下がるのかな? 下がるんだろう。
それに合わせて戦いながら後ろ歩きしてくるガチ勢たちに押し出されるようにして、私たち他の竜殺したちも徐々に首都方向へじりじりと歩みを進めた。
「んほぉ~! これがクリムゾンちゃんの足……! とっても赤くて、冷たくて……って、かてぇ! かてぇお! こりゃあ鎧のすね当てじゃねぇかお!!」
「あ、えっと……その……」
「ウワーン! こんなのひどいお! ぼくは乙女の柔肌に触れたいんだお!」
「ご、ごめんなさい……?」
「最高にきめぇな、このクソハゲ」
もしかして、クリムゾンが呼んだのかな。このガチ勢。
なんだか妙に仲がよく見えるし、きっとそうなのかもしれない。
……意外だ。
クリムゾンなんて、特にガチ勢とは合わないタイプだと思うのに。
そこには一体どんなやり取りがあったのか、流石の私も気になってしまう。
……と言ってもあの感じを見るに、それはロクなものじゃなさそうだけど。
「そういう訳で、【天球】のネーチャン」
「――ひっ」
「はははは、近くで見るとちっちぇなアンタ。天球に乗ってねーからか? まぁいいや。とりあえずここは俺らがなんとかするから、アンタも守護陣解除して下がっとけ」
「…………」
びく、と体が震えた。
突然肩を叩かれながらかけられた、気の抜けたような笑い声に、よくわからないプレッシャーを感じて。
振り返って目に映ったのは、白いローブのプレイヤーだ。
この人は私も知っている。【反逆者】、【ひどい事を言うプレイヤー】という変な二つ名を持つ、ガチ勢集団のリーダー……"****" と呼ばれる人なんだ。
……だけど、どうしてかな。
この人に見つめられていると、なんだかすごく……まるでドラゴンに睨まれているみたいに、恐ろしい。
「…………」
「ん? どうした?」
「……危険」
「何だその喋り……あぁ、RPかそれ。ははは、徹するモンだなぁ」
「…………」
「まぁ心配すんなって。アンタほどとは言わんけど、多少だったらどうとでも――――」
「リーダー、飛び道具来るぞ~」
「――――『コール・アイテム』『軸組・イチコロ』、はははは、どうとでもなるからな~」
そうして喋りながら地面を足で叩いた "****" さんの足元から、ずあ、と壁が生える。
……これは……建築物を作る『木工師』の技能?
だけどそれにしたって、いくらなんでも早すぎる。
こんな一瞬で、その上様々な工程を無視した魔法のような建築なんて、私は今まで見たことも聞いたこともないよ。
「……この辺か?『ほ3番』」
「チュチュ!?」
「"ちゅちちぃ・ちちちゅぅ……」
「喋んな、『シャッター』。ははは、ついでに爆ヤシもくれてやろう、はははは。『発芽』『成長促進』、『疾駆』『野兎の逃げ足』『けものおろし』」
「ちゅぅー!?」
「ほれほれ、潰れてハジケちまうぞ~、はははは、逃げろ逃げろネズミ共~はははは」
壁の建造による、遠距離攻撃の回避。
それに続けて壁に手を当て、向こう側へ魔法を打ち出すと――
今度は詠唱妨害をしながら壁にタネを埋め、木を生やして――
最後はその壁を蹴り倒し、押しつぶしたり爆発させたり――
……なに、これ。
今まで見たこともない戦い方だ。
魔法は当然『魔法師』のものだけど、壁を生やしたのは生産職の『木工師』、それもとびきり高レベルのものだし……その他にも『ならず者』や『園芸師』、『戦士』に『狩人』と『調教師』のスキルまで使ってる。
……わからない。
この "****" さんは、一体どういうキャラクタービルドなのだろう。
『質問かな? う~ん、私たちが答えてもいいけど、彼らに聞けばきっと教えてくれるよ?』
『内緒にしてるわけでもないみたいだしねー!』
そんな疑問を浮かべていると、サポートAIのレーちゃんとダーちゃんが、耳寄り情報を教えてくれた。
……そうなんだ。ちょっと意外。
何となくガチ勢の人たちって、秘密主義みたいな部分があると思ってたけど。
じゃあ、どう聞こうかな……なんて考えていると、私が口を開くその前に、隣を歩く(担がれてる)クリムゾンがぽつりと呟く。
「"****" さん……あの人は……」
「ん? なんだお? クリムっちゃん」
「クリムっちゃんて。距離の詰め方が全力疾走だな」
「い、いや……名前はなんて呼んでもいいのだけれど…………その、君たちのリーダーは……何なのだ?」
「何なのだ? って言われても、そりゃあもう "ただのクソ廃人" としか言いようがないお」
「……廃人?」
「うん。廃人で、カウントストップ勢だお」
「カンスト? 最大レベル保持者ということか? だけどそれなら私の騎士も32で同じだし……」
えぇ、知らなかったよ。
クリムゾンっていつの間にか騎士をカンストさせてたんだ。すごい。
職業レベル。それは色んな所がマスクデータにされているRe:behindにおいて、唯一と言っていいほどはっきり見える数値の強さだ。
だから基本的な『強さの指針』はそこにあって、みんなはとりあえずそのレベルを求めるのが常で……そしてそれは、『1』の価値がとても大きい。
何しろそれを上げるための『職業認定試験』は不条理なほどに難しくって、その上試験を受ける度にたくさんのお金――――私の『女司教』の27試験だと一回につき80万ミツ――――が必要になるから、おいそれと受けられるようなものではないのだ。
だからそれが高ければ高いほど、技量やその職業への理解度と合わせて、どれだけお金を稼げるかをすなわち表す。
強さがわかりづらいこの世界において、総合的な『リビハプレイヤーとしての出来』の評価値がレベルという数値だ。
……だけど。
それと "****" さんの謎の強さは、全然違うもののように思える。
あの人はひとつを極めたというより、いくつもの技能や魔法を使っているんだし。
「……あ、あの……"****" さんの強さがカンストによるものだと言うのなら、彼は一体どの職業を最大レベルにしているというのだ?」
「何ってそりゃあ、全部だお」
「ぜ……え…………?」
「全部だお」
「ぜ、ぜんぶって……ぜんぶ!?」
「そうだお。あのイカレ野郎は、戦闘職12種と補助職6種、あとは生産やらの8種の合わせて、今確認されてる26種類の職業全部を最大まで上げきった、ドン引きするほどの超ド級のガチ廃人なんだお」
「多分変態だと思うんですけど」
「まぁ俺らのリーダー名乗るんだったら、それくらいして当然やな」
多彩で異常なスキル群、全身から漏れ出る謎のプレッシャー、ガチ勢たちが素直に従う理由。
そんないくつかの疑問は、そのシンプルな一言で腑に落ちた。
全職カンスト。
ひとつだけでも偉業と呼べるな職業レベルマックスを、戦闘職から生産職まで、ありったけ全部そうしたなんて。
……これが『ガチ勢』、その最上位プレイヤー。
これはもう、常識外の廃人と言うほかないよ。
『最上級コクーンはダイブ時間に制限がないからね! だからオール・カウントストップも、理論上は可能なんだよ!』
『やろうと思えばあの彼みたいに、ほとんどずっとダイブし続けて、延々お金稼ぎとレベルアップ試験を繰り返す事も可能なんだよー!』
『と言っても推奨はされないよ? 現実側の生体に不調が出ないとも言えないからね!』
『だから私たち運営は、定期的なダイブアウトを強く強く勧めているし、時には強制的に追い出し処理をするんだよー!』
……世界は広い。
まさかそんな人がいるなんて、想像すらしたことなかったよ。
やっぱりネットゲームって、色んな人がいるんだなぁ。
◇◇◇
そんな常軌を逸した廃人が統べるガチ勢集団も、当然のように普通じゃなかった。
「――チュウゥ!」
「はい雑魚~」
「……チュチュチュ!?」
……ラットマンによる、心臓へのひと突き。
それは確かな『ゲーム的致命傷』なはずで、そこさえ狙えばどんなひ弱な一撃だって命を奪えるもののはずだった。
だけれどガチ勢は、死なない。
どれだけ体を貫かれ、クリティカルな攻撃を受けようとも、彼らは平気で笑いながら活動を続けてるんだ。
おかしいよね、絶対。
あれはきっとチートとかそういうのだよ。
『ううん、違うよ! チートじゃないよ!』
『ちょっと頭はおかしいけれど、決してプログラムの書き換えなんかはしてないよー!』
……違うんだ。
じゃあどうして? そういうスキルか何かがあるのかな?
『あれはね、肉体改造! キャラクターアバターの改ざん! "ヒール" の悪用なんだよ!』
『彼らガチ勢クラン"ああああ" の面々はねー、ここに来る前に互いの体を削り合って、心臓部と呼ばれるクリティカル部位を徐々に移動させながら肉体を修復してきたのー!』
…………え、なにそれきもちわるい。
『気持ち悪いよね! 半身をスペルで吹き飛ばして、剥き出しになった器官を無理やり押し上げて釘で止めたりしながら "ヒール" をすることで、物理的にクリティカル部位を移動させたんだよ!』
『ほんっと気持ち悪いよねー! リーダーのあの彼なんて、頭の中に心臓部があるんだよー? 一回死ねばリセットされるから、それまでの限定的なキャタクターアバターの改造だけどー……狂気の沙汰としか思えないよねー?』
……それはきっと、こういう対人戦の場では、とっても有効な攻略法なんだと思う。
弱点を好きな位置に移動させられるっていうのは、『心臓を突けば死んでしまう』っていう固定概念を利用して大きなアドバンテージを取れたりだとか、そういうのがあるんだろうし。
……でも、だからと言って……『心臓的な部分を無理やり移動させる』って……。
仮にそういうことを思いついたとしても、実際に実行するかな、普通。
やっぱりガチ勢って、頭おかしい。
違う世界に生きている、とっても怖い人たちだ。
『要修正案件ではあるんだけどね? 少なくとも内側の肉体改造は、今の所はマザーがおめこぼししてるんだよ!』
『だってそういうことをした時に、現実との差異が著しい、イレギュラーな仮想肉体を操る脳と精神がどうなって行くのか、私たちは知りたいんだものー!』
……あなたたちの感覚も、大概おかしいけどね。
『そうかな? でもその試験データが取れれば、今後のアップデートで人外型アバターも実装出来るよ?』
『自ら望んで人体実験に乗り出す急進的思想の人たちを、思うがままにさせてあげてるだけだよー』
◇◇◇
そんな異常者たちの的確な指示で、私たちの撤退は続く。
人格的にも人道的にも決して褒められた人ではないと思うけど、きっと『ゲームの中で勝ちを得る』という事に関しては右に出るものはいない、ある意味でプロフェッショナルな人だと思うから、私もサクリファクトも【死灰】ですらも、今は素直に従うのだ。
「チュゥア~ッ!!」「ちぃちぃ!」
「オラオラ竜殺し共、下がれ下がれ」
「クリムっちゃん! 退却速度を上げるために、鎧を脱いでみてはいかがかお!? 主に下半身を重点的に!」
「え……や、やだ!」
西側から押してくるラットマンをガチ勢が退け、退却の方向である東側に回り込んだラットマンを私たちが排除する形で、戦場の中をじわじわと後退し続ける。
……私たちは【竜殺しの七人】。
たくさんのラットマンには勝てないけれど、リスドラゴンには勝てる存在。
だからそれをするために、それが出来る場所へ行くんだ。
数には数、ドラゴンにはドラゴンころし。
そういう役割分担をしようとする日本国勢と、それをさせまいとする中国勢というのが今の戦況なんだと思う。
「チュチュチューン!!」
「くっ……邪魔だっつーの! チイカ! 大丈夫か!?」
「む~」
「その "むー" ってのは、"あたしゃ平気だよ~" みたいな意味なのか!? そうだろ!? そうだよな! よし! 行くぞ!」
「……むぅ」
だからお互い、とても必死だ。
行かせないようにするラットマンの意思はとても強く、それこそ決死の覚悟で立ちふさがってくる。
……こっちには【死灰】が居る。【金王】が居る。そしてガチ勢軍団と、とびきりの廃人だって居る。
だから確かに着実に、一歩ずつ後ろに進んではいるけれど……それでも未だ安全とは言い難い状況だ。
「ヌオオオ! パワァァァ!!」
「チッ……おい、"****" 。ポロポロと流れ弾が来てんぞ、どうなってんだ」
「はははは、悪いな【死灰】。プレイヤースキル的には守れるつったけど、俺ら誰かを守った事なんてねーからさぁ、ははは」
「はははじゃねぇよ……"フラッグ戦" とかした事ねぇのか」
「VRSなら、俺らは基本 "自分以外全員敵" だな~。アレのほうがヒリつくだろ? NOOBに足引っ張られる事もねーしさ、はははは」
ガチ勢のリーダーとマグリョウが親しげに話をしながら、左右のラットマンを切り捨てる。
片方は喉、片方は首。綺麗に急所を貫かれ、クリティカルダメージを受けたラットマンが同時に消えていき……少しだけ道がひらけた気がした。
かすかな希望。行けるかなって浮かれてしまう、小さな光明が見えてきた。
そんな時、そんなタイミングで。
「……ギヂヂィィィィ!!」
鳴き声が轟き、地面が揺れて。
背後からあの茶色い毛玉が近づいて来るのが、はっきりとわかった。
◇◇◇
「……ドラゴンかよ。翼竜を追うのは諦めたか? だっる」
「うわぁ、今来られたらマズくねぇ?」
「クリムっちゃん! リスが来るお! 急いで逃げるんだお!」
「はっ!? わ、わかった! っていうかもう下ろしてよっ! もう自分で歩けるからぁ!」
「……サクリファクト、アレの強化は?」
「『超再生』ってのみたいっす。今までで一番ヤバそうな感じっすよ」
「……場さえ良けりゃあ、問題はねぇんだけどな」
「オオオォ! オレに任せろってのォ!!」
「いや、アレを受け止めてたらジリ貧だろ。さっさと引いとけ、ド脳筋」
『そうです! ステーキ! 辛い気持ちはわかりますが、ここで足を止めたらラットマンたちの思う壺ですよ!!』
「オオ!? で、でも……」
「いいから黙って下がっとけや。ワイらが余裕で抑えたるからなぁ」
「見とけよ見とけよ~」
「ヂヂヂヂィィィーッッ!!」
リスが来る。怨恨のこもった唸り声をあげ、逃げ場のない私たちを元へとやってくる。
ガチ勢たちはリスの前へ、私たちを一歩でも下がらせようと足を止め、来たる死を待ち構える。
……どうしよう。ううん、答えはひとつだ。
私たちは後ろへ下がるべきなんだ。
…………でも。
全然仲良くはないし、そもそも名前だって知らないけれど。
それでもガチ勢の彼らが倒されてしまうのは――そして消えてしまうのは、嫌だなって思う。
私の守護でなんとかしたかったな、とも。
わかってる。それをするのは良くないし、こうして迷うことだって失礼なんだっていうのは。
彼らには彼らの意思があって、私たちを安全な位置へと送るために、こうして危険の中に身を投げだしているんだから……私たちはそれを素直に受け取って、自分のすべきことをするべきなんだ。
でも、やっぱり。
こういうのって、辛いんだ。
「…………」
――――ヴヴヴヴヴ
……そんな覚悟を決めた彼らと、決めきれない私たちと、大きな大きなリスの前に。
黒い怪虫が現れた。
――――ヴヴヴヴヴ
「ヂ!?」
「はろはろ~……って、そんな余裕ないや! サクちゃん! 聞いて!」
「カブトムシ――まめしばか!?」
「強化が入ったリスは強くて、一回だけしか止められないって! 火星虫(この子)がそう言ってるから! だから今のうちに、出来るだけいっぱい退却してねっ!」
「あ、あぁ! だけど、お前は……!?」
「何とかするよっ、大丈夫! いけぇ、火星虫ぃ!」
「ぶしゅぅ」
「ヂィィィ~~~…………ッ!」
呆気に取られる私たちの眼前で、ガンッ! と角でリスを突き上げ、そのまま空へ飛び去るカブトムシ。
だけれどそれも一瞬の事で、すぐに角から抜けたリスが、地面に向かって落ちていく。
本当に一瞬。だけどしっかり助かった。
「……下がりましょう」
「サクリファクト、いいのか?」
「……あいつは大丈夫っすよ。なんやかんやで、結構強かなんで」
マグリョウにそう返答したサクリファクトの表情は、何かを堪えてるような顔つきで。
まめしばさんを信じているというよりは、そうなんだって自分に言い聞かせているようだった。
……瞬間だけ現れて、刹那の安寧を作った救世主。
そんな彼女とカブトムシは、ずっと遠い空でふらふらとした飛行をしている。
リスに傷を負わされたのかもしれない。本当に大丈夫なのかな。
「…………」
そんな心配の視線の先で、カブトムシの上に乗るまめしばさんが、地面に向かって弓を放った。
……なんだろう。ピンクの煙の尾を引いて、ゆるやかに飛ぶ一本の矢だ。
あれは何かの……合図、かな?
救援要請かもしれないな、なんて思ったけれど。
まめしばさんはそんなに弱くなかった。
――――ズパッ!
「……は?」
「なんやこれ」
響いた鋭利な轟音。ピンクの煙の跡を辿るようにして通り過ぎた、閃光のようなナニカ。
それから遅れるようにして、大地が一直線に割れ、間欠泉が噴き出したように水が舞い上がり、ラットマンが倒れた。
……乾いた荒野に雨が降る。
天変地異とも呼べるその謎の攻撃に、戦場の空気が止まった気さえした。
◇◇◇
「な、なんだっ!?」
「……水の、カッター?」
そう呟やいたのは誰だっただろう。わからないけど、同意する。
それは確かに水だった。鋭く放たれ、地すらも割るほどの『水流』で、その余波が残心のように雨となって降り落ちたんだ。
まめしばさんが出したピンクの目印を、辿るようにして。
……魔法、かな?
ううん、それにしては規模が大きすぎる。
こんな事が出来る魔法師は、強いて言うならバ火力で名を売る【金王】くらいだと思う。
「チュ、チュチュゥ!?」
「はははは、おいおい、何が起こった? 今日は本当、わかんねー事ばっかりでおもしれーわ、ははは」
「な……何だ、今のは……? サクリファクトよ、説明をしろ」
「……いや、俺に聞くなって…………ん? お、おい金ピカ」
「む……? な、何だアレは」
……サクリファクトが気づき、遠い場所を見る。
うん、そうだった。遠いはず。
だけど、そこにあるモノのサイズがあまりにおかしくて……距離感がいまいち掴みきれない。
山? 違う。あっちは森林地帯で山は無いし、何よりアレは動いてる。
じゃあアレは……あのおっきい……お餅みたいに白くてぶよっとした変な物体は……なんだろう?
「何だあの、白い……大きな……何だ? サクリファクト、アレは何だっ」
「だから俺に聞くなって…………ん? いや、ちょっと待てよ」
ギゴゴゴ、と巨大な何かが軋むような音をあげ、徐々にその全貌をあらわにする……山のように大きくて、白くてぶよっとしたまあるい何か。
それは初めて見るはずなのに、見覚えのある形をしていた。
「……あの上に乗ってるちっちゃいの……あれ、ロラロニーか……?」
そう言って目を細めるサクリファクトの視線の先、白い巨大な何かの上で、ぴょんぴょん動く豆粒のようなものがある。
……あれが、ロラロニーちゃん?
ってことは……あの大きな白いのは……。
「……まさかアレ、タコか?」
白いタコ。
ロラロニーちゃんが抱いていた、アニメっぽくて生意気な目を持つ変なペット。
それがアレ、なのかな。
……いやいや、それにしたっていくらなんでも、あのサイズはおかしいでしょ。
この前まで抱っこ出来るサイズだったのに、今では30メートルくらいはあるように見えるよ。
――――グギャオオオオ……!!
「な、何? 今度は何だよ!?」
「サクくん、うしろうしろ~」
「後ろって……え…………は……?」
そんなタコを見る混乱の後ろ側、ちょうどタコの『水流カッター』で開けた道を、爆進してくる土煙。
そこから顔を覗かせるのは、これもやっぱり大きい変な生き物で。
「おいおいおい……何だよあの怪獣は」
「ん~? 違うよ、サクくん。あれは怪獣じゃなくって、ずっと昔に実在したって言われてる、おっきなおっきなトカゲさん、恐竜って呼ばれる種類の陸上生物やよ」
「……なんだそれ、そんなの学校で習ってないぞ」
「古生物は必修じゃなくなったからねぇ。ほら見て? 先頭を走る三本角……あれはトリケラトプス。それにあの長いのはブラキオサウルスで~背中に扇子を広げてるのは、スピノサウルスやよね、きっと。そして何より、中央を走る主役の貫禄――あれこそティラノサウルス・レックスの、威風堂々たる姿やよ」
「へぇ……で、それがどうしてここに居て、ネズミを蹴散らして回ってるんだ?」
「ん~? それは知らにゃい」
「…………」
……西には恐怖の大シマリス。南には化物タコ。北には恐竜の大行進。その上、空には巨大なカブトムシが飛んでいて。
なんて言えばいいんだろう。
目まぐるしくて、てんこ盛りで、慌ただしくって。
すごく、混沌だ。
◇◇◇




