第六十五話 Dragon Slayers 7
――――ビィヤァッ!! ビィィヤァァッ!!
【天球】が作った夜空の上を、大きな翼竜が飛んで行く。
ラットマンたちの頭上スレスレをかすめて、繰り返し大声で鳴きながら。
「『チュチチチィ』!!」「ちゅぅぅん!『ちゃおちゅるーん』!」
それを見たラットマンが、矢を、魔法を空へと飛ばす。
自分たちを舐めきったようなうるさい声と煽り飛行を、やめさせようとムキになって。
「火力ーぅ! 全開ぃーっ!」
「てぇーっ!!」
そんな西の空の反対側、首都がある東方向から声がした。
それと同時に飛んでくるのは、大量の投擲物と矢と魔法の嵐。
圧巻だ。まるで集中豪雨のよう。
今まで見たこともないほどいっぱいの遠隔攻撃が、ネズミの群れに雨あられと降り注ぐ。
「ぶちかませぇー!!」
「おおっ!!」
それに続いて聞こえてくるのは、空気を震わす衝突音。
近接系で固められた日本国の先陣が、ラットマン側の外周に思いっきりぶつかる音だ。
見えなくてもわかる。全力疾走のまま突撃したんだろう。
その衝突はここから遠い位置で起こったというのに、私たち周辺のネズミにまで動揺を伝える勢いを持っていた。
「……はは……すげえ……!」
「ん」
サクリファクトが楽しそうに呟いて、その隣の【聖女】が嬉しそうに同意した。
……どうしてだろう。妙に仲がいい。
ねぇ、どうしてかな?
レーちゃん、ダーちゃん。
『それはちょっと……彼と彼女のお話だから、勝手には言えないかなあ!』
『それはとってもプライベートな、あの2人だけのお話だからねー!』
……そう。そうなら仕方ないか。
だけどそういう風に言われると、ことさらに気になってやきもきしちゃうよ。
別に、私には関係ないからいいけどさ。
◇◇◇
「撃て! 射れ! ぶん投げろぉ!!」
「金の事なら気にすんな! 経費は落ちるって小林が言ってた!」
「言ってねぇぞ!?」
「……小林ィィィィ!!」
「お、おれかよマスター!? 言ってねぇって!!」
「おうおう我らが『鉄の団』っ! ネズミ共を追っ払うぞコラァッ!!」
「応ッ!!」
「行くよ、らんらんっ! 準備はいいっ?」
「ラルゥラルゥ!」
「ちょっとツラいけど我慢してねっ! 調教師技能!『けものかみのみたま』っ!」
「ラァァ……ルゥー!」
「行くぞバケツ頭の騎士たちよ! 我らが槍で明日の陽光を取り戻すのだ! ウー、ラー!」
「ウーラー!」
「ウーラー!」
あちらこちらで声が挙がって、初手から全力の大攻勢だ。
がなりたてるように飛び交う魔法と、焼き払うように猛進する歩兵たちの勢いはとっても凄まじく。
それを受けるラットマン側は、その勢いに飲まれて少しずつ後ずさりを始めていた。
「す、すごい……! すごいっ! すごいすごい!! みんなが、プレイヤーたちが、ここまで来てくれたっ!!」
「見ろよ正義の! ネズミ共も流石にざわめいてやがるっての!」
『……あの翼竜、そしてプレイヤーたちの掲げる戦旗は、存在感のアピールでしょうね。僕らのピンチを救うため、より一層に注意を引いてくれているのでしょう』
それをしたプレイヤーたちの狙い。それは私たちのための敵視稼ぎなのだ、とタテコ(と同じ声を出す謎の黒い鉄板)は言う。
だけど私は、本当にそれだけかな? って思う。
沢山の旗と、大きな声。
そして何より、普段以上にオーバーに、リビハの自分らしさを全開にして戦う、振り切ったような彼らの姿は……何だかとても楽しげで。
だからきっと、彼らの戦意と強い自己アピールは、そう単純な言葉で表せるものじゃないと思うんだ。
どう言えばいいのかな。
きっとそれは、ただの敵視稼ぎなんじゃなく――――
「チュゥ! チュウゥ!!」
「ぢぁぁぁー!!」
――――なんて、悠長に思考している暇もなく、ラットマンが私たちを殺しにやって来た。
……うん、わかってるよ。ラットマンたちだって馬鹿じゃないし、厄介なほど利口だから。
だからこうして、ちゃんとする。
こうして私たちに援軍が来てしまった以上、もう時間に猶予はなくなったって考えて――だったら一刻も早く私たちを始末しなくちゃ って、臨機応変に対応するんだ。
「……『春空』」
……もつのかな?
幸いリスのドラゴンは翼竜が惹きつけているみたいだけど、ラットマンの数は相変わらずだ。
それに今のこのネズミたちは、壁の端まで追い詰められて、後ろから猫に追い立てられて、とっても焦り始めた『窮鼠』だ。
だったらきっと、ことわざみたいに猫も噛む。
追い詰められたネズミが火事場で見せる、今まで以上の猛攻を受けて、私のバリアは耐えられるのかな。
不安しかないや。
「…………」
「――――突破行くぞッ! 構えろ、姫!」「り~」
「ガオォォォンッ!」
「……?」
そんな心配がよぎる中、不意に聞こえたその声は、今までで一番近い所からだった。
首都のある東方向じゃなくって、ラットマンの群れのほう――ここから北の、遠くに山岳地帯が見えるほう。
……あんな位置から、誰かが来るのかな?
それに、この大規模の主戦場で、本体から離れた別働隊?
そんなの並のプレイヤーじゃ出来っこないし、とても賢いとは思えないよ。
「雄雄雄雄雄雄雄雄ッ!」
「ガオォォォォッ!!」
「ぢっ!?」
そうして見えた、大きな体。そしてその背にくっついた、ローブ姿の女の子。
ラットマンたちの群れよりずいぶん高い位置にあるってところから、騎乗生物に乗っているのが伺えるその姿は、ライオンのたてがみのようなもじゃもじゃ髪がトレードマークな、とあるプレイヤーのものだった。
「ん……? 誰だ? 知ってるか? 金ピカ」
「む……あいつは……!?【若獅子】……!? まさか『パラディウム』が来たのか!?」
隣で見ていたアレクサンドロスが驚く。
だけどそれも無理はないんだ。
プレイヤーネーム『両腕ドリル』。ライオンのような風貌と、初心者時代に単独で『燃えるライオン』を倒した偉業から【若獅子】という二つ名を付けられたプレイヤー。
そんなあの人が所属するクランは、リビハプレイヤーならば誰でも知ってる。
その名は『パラディウム』。
それはプレイヤーに『リビハの道を作ったクラン』と呼ばれる、トップクランだ。
◇◇◇
トップクラン『パラディウム』。
そのクラン方針は『攻略』で、いわゆる『最前線組』と呼ばれる集団だ。
その活動は多岐に渡り、初めは各地ダンジョンの発見から、技能と地道な作業で世界地図を作り上げたり、各種モンスターのデータや生息域を調べ上げたりしたって聞く。
そんな彼らの公開情報をまとめたサイトが、次第に規模を大きくし、今ではビギナーから熟練者までが絶対に一度は目を通したことのある『Re:behind攻略Wiki』となったのは有名な話らしい。
と言っても、私がゲームを始めた時にはすでに『Re:behind攻略Wiki』って名前だったから、その成り立ちを知ったのは最近のことだったりするけれど。
「覇ぁッ!!」「『ヒール・5』あと62だぞ」
「ガオァッ!!」
「チチューァ!?」
「邪ぁ魔ダルルルルァッ!!」「『ヒール・7』あと55」
「ガォルルァァアッ!!」
そんなトップクランのメンバーである【若獅子】が、相棒である大狼『牙音』を駆り、猛烈な勢いで直進してくる。
その背中には、親しい人から『姫』と呼ばれる "暴言ヒーラー『めごめごちゃん』" をおんぶして。
……彼らは紛れもなく最前線組で、Re:behindを誰より深く知る攻略勢。
だからそれなりのプライドがあるし、そしてそうだからこそ竜殺しを嫌ってた。
"ただドラゴンを倒しただけで、トッププレイヤーを名乗る図々しい奴"。そんな風に思ってるっていうのはみんなが知ってることだし、私だってそんなことを直接言われたことだってあった。
そしてそういう理由があるから、クリムゾンが指揮を取るこの戦争にも、クランとして参加しない表明をしたって。
なのに、どうして。
どうして『パラディウム』がここにいるんだろう。
そしてどうしてあんなに…………。
あんなに必死で、私たちのところへ向かって来てるんだろう。
「ごぁ……ッ! ……ドルルルルァァ!!」「『ヒール・10』あと45だ」
「ガォ!」
「チュチュゥ~ッ!」「ちぃ!」
「クッ……!」「『ヒール・10』あと35、食らいすぎ。多分足りないぞ」
騎乗による無理やりな突進。それは弓やクロスボウの的にすすんでなるようなもので。
私たちを目指す強引な直進。それは待ち構える槍や剣に自ら刺さりに行くばっかりで。
それに、そんなダメージ覚悟の前進をするために、背中にヒーラーまで担いでる。
とにかく一刻も早く一歩でも前に出るために、攻撃を避けようなんて一切しないで、受けるダメージと進む一歩を交換するみたいな作戦だ。
……どうしてそんなこと、してくれるのかな。
「大丈夫だッ! 姫がいるからなぁ!! そうだろ!? 牙音ッ!!」
「ガオオオッ!!」
何があっても決して止まらず、背中のヒーラーの『ヒール』を受けながら、ひたすら真っ直ぐ進んでくる【若獅子】。
そんな彼が一歩前進するごとに、全身に刺さる矢と槍を増やし続けていく。
……私は絶対防御の【天球】スピカで、普段だったらあの程度の攻撃から守るくらいは余裕だけれど……今の状況は普段じゃない。
『春空』は特別に大変な守護の陣だから、これをする間は他の行動が取れないのだ。
だから私は、彼らを守れない。守ることが出来ない。見ているだけしか出来ないんだ。
それはゲームに詳しい【若獅子】なら、絶対知ってるはずなのに。
……どうして? こんなのおかしいよ。
私たちのことが嫌いなはずなのに。嫌いなら、助ける必要なんて……あんなに傷つく必要なんて、ないのに。
仲良くはないけど、ひどいことを言われたけど。
だけど誰かの傷つく姿は、私はもう見たくないよ。
「はぁ……お前ら2匹、ほんっとバカ。『ヒール・10』あとさんじゅ――――」
「『ちゅーん』っ!」
「『ヂチュルヂー』!」
「――――うぶ……っ」
「姫ッ!?」
「ガオッ!?」
そんな捨て身の特攻を見ていたラットマンの一群が、そのタネに気づいて処理をする。
【若獅子】のタフさを支えていた、お口の悪いヒーラー『めごめごちゃん』を、技能で出したチェーンで引き寄せ、炎の魔法で顔を焼いた。
「……ひ、ぐぅ……っ!」
『めごめごちゃん』の悲鳴があがる。炎で空気が燃やされて、とても苦しそうな響きだった。
そんな声まで炭にするように、姫と呼ぶのに相応しい、綺麗な顔が焼きただれる。
いくら人の生死を見慣れていても、こんな酷くて痛ましいのは……私はすごく苦手だ。
だから思わず、その凄惨なシーンに思わず目を逸らそうとした――その瞬間。
顔の半分が崩れかけた『めごめごちゃん』が、【若獅子】に向かって手を伸ばしたのが目に入る。
「……『ヒーる"・さんじゅうご』…………行けよ、バカ獅子ぃ……」
「――――ッ! …………がああああああああああああッ!!」
「ガオオオオオオオオッ!!」
死にかけた少女の、最後のヒール。
それは保身や自衛のためじゃなく、『前進』のために使われた。
燃えてるのに。焼け落ちてるのに。
それなのに彼女は、仕方なさそうに笑って……彼の背中を押して死んでいく。
……泣いちゃいそうだよ。
格好良くて、尊くて、頼もしくって。
……そして彼女の最後の悪態に、とっても深い愛情を感じて。
「ああああぁぁぁッ! どぉぉおおけぇえええッ!!」
「ガォァアアアアアアアアアッ!!」
【若獅子】が吠える。
それを乗せた大狼だって牙を剥く。
生きたいなんて考えない。
絶対死ぬのに止まらない。
ただ私たちを救うため、痛みも苦しみもいとわずに、なりふり構わず突っ込んでくる。
たかがゲームの話だけれど、それでも確かに命を賭した、少女の願いをその身に背負って。
「ラァァァッ!!」
「ガオオオッ!!」
「ヂュヂュヂュゥ!」
「――――ァ……ッ!」
「…………ガ……ゥ……」
「……あ…………」
……だけど、それでも。
ラットマンはネズミだから、人情なんかを理解出来ない無粋なやつで。
一度上手く行ったチェーンをもう一度、今度は複数匹で使用して、足止めをしてから……めった刺し。
そして【若獅子】は、救うと決めた私たちの数メートル手前で止まり、地面に倒れた。
なんてむごいことをするんだろう。針の一本が刺さる隙間もないほどに、全身に入念に穴を開けるネズミたち。
その残忍さに、震えるほどの怒りを覚える。
……許さない。絶対許さない。
全然仲良くはないけれど、最高にいい人な【若獅子】と『めごめごちゃん』をあんな風にしたラットマンを…………私は絶対、許さない。
「…………おい゛……ッ!」
「……え?」
そうして静かに、だけど今まで無いくらい……それこそデザイナー時代の上司にだって持ったことのない憎しみを煮えさせていた私に向かって、【若獅子】が声をかけてくる。
……ぼろぼろだよ。穴だらけ。無事な部位が一箇所もない。
目だって潰れて見えないだろうし、喉にだって槍が刺さってる。
だけど真っ赤な【若獅子】は、私のことをしっかり見ながら……強く大きく、とても気高く、まるでライオンみたいに咆哮した。
「――――……勝て…………ッ!!」
「ちゅちゅぅー!!」
二文字。
それだけを言った【若獅子】が、やりきった顔で死んで行く。
……たった二文字。
だけどそこには、彼と彼女の全部が詰め込んであったから……私にはちゃんと伝わるよ。
負けられない理由がまた出来た。
彼らは失敗したかもしれないけれど、ここに遺ったものはある。
――――勝つ。そして全部が終わったら、あの2人に会って言うんだ。
ありがとう、とっても格好良かったよ、って。
「…………」
燃えていないライオンのようなキャラクターアバターが、いくつかの装備と魔宝石を残しながら消えていく。
キャラクターの死亡判定。その体が『ゲート』へと送還されていく。
……目的にたどり着けないまま、道半ばで倒れた体のほぐれる光。
そんな物哀しいまたたきの中に、何かが動いたように見えた。
「あ……」
もしかして私は、ひどい思い違いをしていたのかもしれない。
【若獅子】がやろうとしたことは、その手で私たちを救おうとしたんじゃなくって――――それこそ『パラディウム』に対するプレイヤーたちの評判通りに、『道』を作ろうとしていたのだとしたら。
だから、それなら、あの素敵な2人と1匹は……すっかりやり遂げていたのかもしれない。
私たちを助けることが出来るプレイヤーを、ここまで連れてくるっていう、その唯一にして最大の目標を。
「はいはい、やるぞ~? ぬま~」
「うい、『2の8番』」
「てち、毒入れろ」
「……こふー」
「あとは各自適当でいいぞ~、なるべく首落とせよ~」
キャラクターアバターが消えて行く光の向こう、そこから飛び出す複数の影が、そそくさと何かを始める。
魔法を発現させる人、危ない色の液体を撒く人、そして黙々とラットマンたちを斬り捨てるたくさんの人と――――それを指示する白いローブの人。
……見た目におかしなところはない。
それこそ明日には忘れてしまいそうな、ひどく地味なプレイヤーたちだ。
でも、そうだと言うのに確かに感じる、底の知れない異常性。
初動から違うとわかる洗練された連携と、個々の最適化された『狩り』の所作で、またたく間に大勢のラットマンを光の粒に変えて行く。
小規模だけれど、それは確かに圧倒だった。
私たち周辺のラットマンは殲滅され、あたりがずいぶん開けたように感じる。
……まるで、あの【死灰】のマグリョウ。それがたくさんに分裂したような感覚だった。
あのトップクラン『パラディウム』。
そのエースとも呼べる【若獅子】と、それに付き添う『めごめごちゃん』が、命を賭けて届けたモノ。
この戦争に勝つために、私たちを救うために、ここまで運んだ決戦存在。
それは。
「……うわ、ザッコ! ネズミよっわ!」
「手応えなすぎるわ~、ぬるゲーだわ~、草刈りだわ~、つれぇわ~」
「弱すぎなんだけどマジで!!」
「反応遅すぎやろ。これならうちのおばあちゃんのほうがまだ早いわ」
「うわぁ~、きのうこのげーむはじめたのかな? 向いてねーから今すぐ引退しろゴミ」
「王八蛋! 王八蛋! 伝われ! 俺の思い!」
「ゴリアピしたるわ」
「ハハッ! キミたちはとっても弱いねぇ! 同じネズミでも、世界的スターなボクとは大違いさぁ!!」
「やめろぉ!」
「申し訳ないがそのネタはNG」
……それは…………。
「クリムゾンちゃん! 助けに来たお! だからそのふくらはぎを、思う存分舐めさせるんだお!!」
「おいおい、キモすぎやろコイツ」
「つーか、ついさっきまで『正義さん』呼びだっただろ。それがいきなり『クリムゾンちゃん』て……陰属性特有のガバガバ距離感ですねクォレハ……」
「急に距離詰めスギィ!!」
「…………」
それは……暴言、セクハラ、そして全員が謎の屈伸運動を繰り返す、色んな意味でひどすぎるプレイヤーたちだった。
聞かなくたってすぐにわかる。
これ、最低最悪のガチ勢集団――『ああああ』だ。
◇◇◇




