第十話 男として
□■□ 首都東 海岸地帯 □■□
一般的なRPGにおいて、強さの指針と言えば『レベル』だろう。
レベル1から始まり、その数値が90ともなれば、とても強いんだろうな、とはっきりわかる。
レベル1の90倍強いという訳ではないだろうけど。
だけど、このRe:behindにおけるレベルって物は、強さの目安になる訳じゃない。
『そのジョブをきちんと理解しているか』を求められる『職業認定試験場』の職業試験は、誰かが言った資格のような物という表現が一番にしっくりくる物だ。
試験内容は喋ってはいけないらしく、ゲーム内外に関わらずそれを口外した事が公になってしまうと、とても厳しい処罰を受ける。
とある『騎士』が匿名掲示板に試験の愚痴を書き込み、不適合者と見なされてジョブのレベルが3つも落ちた、という話は有名なところだ。
また、その試験も一定ではないらしい。
等しく『冒険者』のジョブを4から5に挙げようとした二人のプレイヤー。
片方は筋骨隆々の大男で、戦士のジョブを8持っていた男性。
もう片方は細身の女性で、召喚士のジョブが2だった。
同時に別々の会場で試験を受けた二人は、どちらも無事レベルアップを果たした。
しかし、出てきた二人には大きな違いがあった。
戦士の男性は全身ボロボロで疲労困憊、持っていた剣も折れていたらしい。
召喚士の女性は試験会場に入ったままに出てきたような綺麗な姿で、しかし顔は真っ赤で酩酊したような足取りだったと言う。
そのような事は珍しくなく、一般的には職業試験について『試験ごとに内容がランダムに選ばれ、それの難度は運次第』と言われている。
当然、上がれば上がる程に難易度も上がるのは当たり前として。
そんな中で、目の前にいる【正義】のクリムゾンさんのジョブレベルはと言うと。
惜しげもなく公開されているパーソナルデータの画像でも裏付けの取れた物で、Re:behindプレイヤーの1割も辿り着けていない未知の領域。
メインジョブの『騎士』のレベルが、21。
強さの保証にはならないけど、騎士であるという保証にはなりうる。
レベルが高いから強い、という訳ではないけど、熟練したRe:behindプレイヤーであるという確固たる物ではある。
そんな一流の紅き騎士、クリムゾンさんの戦い。
それを目の前で見られるのは、中々ない幸運だ。
◇◇◇
「はぁっ!!」
幅広の剣を軽々と振り回し、鬼角牛の青黒い体を斬りつける。
身をもって固いとわからされたその体を通り抜ける剣筋は、武器によるものなのか、技量が支える物なのかはわからないけど…………余裕で斬れている。
「……すげぇ、すげぇよあのお方」
「ああ、どうして斬れるんだろうな? 俺たちの剣じゃあ、傷口を狙うがやっとだったってのにさ」
「剣が上等って所もあるだろうが、何よりあの足捌きと力の入れ方だ。俺っちの親父みたいな流れるような重心移動。一つ斬る間に、体中使って牛公の動きを制御してやがる」
「……へぇ。何かよくわからないけど、やっぱ凄いんだな」
リュウが語る『親父』とは、リアルで武術の達人である彼のお父さんの事だ。
竹刀とかいう竹の棒を使って剣術を学ぶ、ケンドーとかいうマイナースポーツの師範代。
剣を模した偽物を振り回す意味のわからん趣味だけど、昔は競技として立派に知られていたらしい。
今じゃあ、余程の物好きの精神修行くらいにしか見られていないけど。
ただそれでも、やっぱりきちんと継承された武術として剣を振るリュウの太刀筋は、見よう見まねの俺よりずっと鋭く洗練されたものだとは思う。
型って言うのか? 構えは堂々たる物だし、体もブレず安定した物だ。
そんなリュウが褒める彼女の体捌き。
確かに、するする動いてズバズバ斬る。
俺にはよくわからないけど、わからないながらに凄さは伝わるぜ。
2匹の牛を相手取って一方的に斬り続けるという結果も出てるし。
「親父に教わった戦いの心得が確かにあるぜ……親父は間違えていなかったんだなぁ」
「ふぅん? じゃあ、それを知ってるリュウでも鬼角牛を斬れないのは、やっぱり武器のせいか?」
「それだけじゃねぇな。親父の術と、あのお方自身の戦いの経験。斬って殺す事に慣れた、戦いに身をやつす日々で培った『固いモノの斬り方』ってのがしっかりあると見たぜ」
やっぱりよくわからん。
斬れる剣なら斬れるだろうし、なまくらじゃ斬れないってだけだと思うけど。
「例え俺っちが…………俺っちの親父でも、あの剣を持った所でああも簡単には斬れねぇだろうなぁ。生き物の斬り方を知ってる動きだ。恐ろしくもあるが、何より抜群に綺麗だぜ」
「綺麗、ねぇ」
「抜身の刀を見た時のような、斬る事に優れるばかりの一品を見た気分だ。機能美って言うんだったか……はっきりとは言えねぇが、見惚れちまう背中だぜ」
「たぁっ!」
声を挙げて威勢よく斬りつける、真っ赤な少女クリムゾンさん。
その声は可愛らしく、整った容姿はヒーローというより戦うアイドルって感じだ。
しかし、その動きは苛烈で激しい剛胆なもの。
回避をする動き、そこから直接繋がる攻めの一手。
眼前の黒角に集中を注ぎながらも、視界の外にある筈の白角まで避け、隙あらば即、連撃を放つ。
小回りの効かない鬼角牛に肉薄し、角や後ろ足が届かない位置取りで密着しながら斬り・蹴り・傷を付けていく。
青黒い大きな体は固くて強い。
だけど、彼女はその鬼角牛の大きな体が持つ弱みをしっかり利用し、自身の力を最も発揮出来る方法で攻撃を加え続ける。
前半の失敗を取り戻すかのように、みるみる内に鬼角牛を2匹まとめて消耗させていくその様は、まさしく圧倒だ。
こっちが策を講じに講じて必死になった相手を、あんなに手玉に取って。
これがこの世界のトップか。
これがレベル21か。
これが、【正義】の二つ名を持つ、Re:behindを代表するプレイヤーか。
数値や装備による所ではない、単純な戦闘力。
それを構成するのは、少しの力と少しの装備で……後の部分はクリムゾンさんの体験と思考、世界への慣れと体を動かす巧みさに感じる。
――――これこそRe:behindにおける経験値の差、という所だろうか。
「その角ぉ、貰ったぁっ!!」
疲労か、それとも体力の減少か……前足を踏み外してガクッと頭を垂れた鬼角牛。
その黒くて捻じくれた角に向かって、戦う彼女がここ一番の大振りを放つ。
剣が角に当たった瞬間、あれほど雄々しくしっかりと振り回されていた黒い角は、ぱきんと高く短い音と共に宙を舞った。
左側の角を失った鬼角牛は、たまらんとばかりに後ずさって恨みがましく角を折った彼女を睨めつける。
「……ここは退くが良い、『小細工鬼角牛』たちよ。実力の差は理解しただろう」
「ブフゥッ……ブフゥッ……」
「森とウサギを守るという大義があるのだろう? この初心者たちが何をしたのかは知らないが、命と志を全て賭けてでも滅ぼさなくてはならない者たちなのか?」
「……フシュゥッ」
「そうだ、それでいいのだ。頭を冷やすがよい、鬼角牛たち」
モンスターに言葉がわかる訳がない。
だけど、戦う者として通じあえる所があったのかもしれない。
もしくは劣勢である事を認めたのか。
とにかく鬼角牛は去っていく。不満げに鼻息を吐き捨てながら。
敵は消え、俺たちは無事ここにいる。
思わぬ援軍によってもたらされた、明確な勝利だ。
男として、自分たちだけでどうにか出来なかったのは情けない限りだけど。
それでも本物の正義のヒーローとその行いを目の前で見ることが出来たのは、とても良い結果ってものだ。
小さい頃に正義のヒーローに憧れていたって過去を持つ、男として。
◇◇◇
◇◇◇
◇◇◇
□■□ Re:behind運営会社内 『C4ISTAR-Solar System 5-J-J』□■□
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『C4ISTAR-Solar System 5-J-J』。
Re:behind統括AIの娘たちが帰る場所であるここに、甲高いビープ音が鳴り響く。どこぞでエラーが起こったらしい。
"銀色の球体"に"つぶらな瞳"を点滅させるエララちゃんとの楽しい会話を邪魔する、無粋な機械音だ。
「おいおい、エララ。うるさく喚くのはどこの子だ?」
「ん~? メティスちゃんみたいだよ? パパ?」
「A-03メティスかよ。ドラゴン担当だろう?」
「『―・・』長短短のビープは~? 予期せぬ出来事だってさ?」
ドラゴン担当のメティスが漏らした警告音。
ドラゴンは今どこの国も出していないから、それに準ずるモノに何かあったのかね。
おちおち娘とお喋りも出来ねぇ、世知辛い世の中だぜ。
「メティス~、どうしたんだ~? 聞いてるか~」
「…………プロフェッサー小立川。制御に困難が発生します、呼び水に介入があった為。A-01Thebeによる回答は "静観せよ" 。彼の国への対応を」
「端的なのは良い事だが、生体であるパパにもわかるように言ってくれよ~」
AIの人格には個人差がある。俺がそうした。
思考経路を変えた方が相乗的に成長を求めると思われたからだ。
好奇心旺盛でのんびりしたエララとは変わって、メティスは事務的で結論を急ぎたがる。
数段飛ばしで言葉を放つ彼女との会話は、骨が折れるってもんだ。
「予期せぬ自体に見舞われました、ドラゴンを呼ぶ舞台を作る物が。精査が成されません、土台の。我々の声より本能アルゴリズムに従います、出現して間もないドラゴンは。静観の指示が出されました、アマルテア統括であるThebeにその旨を伝えた際に」
「……んん? ちょっと待て、ドラゴンがまた出るのかよ? どこの国のだ?」
「パパ? 知らなかったの? 中国さんのドラゴンが来るんだよ?」
おいおい、独国のドラゴンに続いて、中国まで日本に飛ばすのかよ。
恨まれてんのは一体誰だ? プレイヤー達の怨嗟を受けるのは俺たちだぞ。
「スパンが短すぎるよなぁ……どこに出るんだ? 中国って事は、カピバラか何かか?」
「いいえ、プロフェッサー小立川。この度出るのは――――シマリス、海岸地帯です」
プレイヤーを恐怖のどん底に叩き落とす、バランサーと言う名の『妨害装置』、ドラゴン。
それがシマリスか。尻尾がくるくるで、三本筋の……茶色いモコモコ出っ歯か。
それがプレイヤーたちを襲って、Re:behindで生きる彼らの生命線とも言えるキャラクターデータを食い荒らし、絶望を見せつけ全てを壊して去って行くのか。
…………なんか、締まらねぇな。
この前の独国の竜タイプのドラゴンは、格好良くて痺れたのになぁ。男として。
「もっと良いのなかったのかよ~、カピバラとかよぉ」
「パパ? カピバラ好きなの?」
「プロフェッサー小立川。イルカは可愛いと思います、メティス個人の感想ですが」
「パパ? エララは、パラシュートとベルトをジョイントするフックが好きだよ?」
「おうおう、そうかそうか。好みがあるのはいいことだぞ~」
思わず頬が緩む。好きなものを語る娘ってのは、どうにもこうにも可愛くていけねぇや。
男として、何よりの幸せを感じる瞬間だな。
『ドラゴン』
・ドラゴンは竜を指す物ではなく、強大な力を持った"世界のバランサー"の総称である。
・ドラゴンは自然発生する物ではなく、Re:behindを運営するものによって喚び出される。
・ドラゴンが取る"バランス"とは、仮想世界ではなく現実世界のものである。
・ドラゴンは仮想敵国とのぶつかり合いに備えて発展や進歩を妨げる為に外部から介入する手段の一つである。




