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第五十九話 Dragon Slayers 1




     ◇◇◇




 太陽が照りつける荒野地帯。

 遠くでラットマンが輪を作る決戦場で、俺たちの戦いは続く。




「――――エンチャントソードっ!! 燃えろ絆の大義炎っ!!」




 ぼふ、と燃え上がるクリムゾンさんの剣。

 空に浮かんだ『魔法師(スペルキャスター)隊員』って人の魔法(スペル)だろう。

 それを手にしたクリムゾンさんは、背中に翼を生やして突撃をする。




「ゆくぞ、両翼っ!『白翼騎士紋章』・『忠義の黒翼』っ! ゆくぞ、私っ!『レビテーーッション』!!」




 白い翼と黒い翼。それを赤い鎧の背から生やすクリムゾンさんは、まるで獲物を狩る猛禽類のように空を駆けた。




「はぁぁぁぁっ! 必殺! ジャスティス・フレイム・スラァァァッシュ!!」




 手に持つ剣がリスを斬り裂く。

 炎の強化を帯びたそれが、火花の軌跡を残しながら、リスの体皮を焦がして行く。


【正義】の二つ名の身体強化。騎士の技能(スキル)と、救った人々から贈られた "誇り(黒マント)"。

 そしてクランメンバーの強化魔法(バフスペル)に、自分を飛ばす空中遊泳の魔法(スペル)

 それらすべてを集約させた必殺技が、悪の親玉に天誅を食らわせる。




「ギィィィィッ!?」




 彼女が持つのは『総合力』。

 そのバランス型ステータスを活かして立ち回る。


 そんな【正義】のサポートには、俺とツシマと……そして時々マグリョウさんが居て、彼女の派手で堅実な戦いを支えていた。




     ◇◇◇




 正義の炎刃がリスを焼いた。

 少しばかり焦げた匂いが広がる決戦場で、俺たちの戦いは続く。




『ステーキっ! "静止して(ホールド)"っ!』


「ンンンゥッ!!」




 クリムゾンさんの『炎の剣』で皮膚が燃え、それを消そうと転がり回るリスドラゴン。

 そのすぐ側から聞こえてくるのは、黒くて大きな鉄板から出るAIの助言――戦闘のサポートに優れる召喚獣の声だ。

 そしてその後ろ側には、砲丸投げのようなポーズで固まる、筋肉モリモリのマッチョが居た。




『溜めて! そのままホールド! ……まだですよ! ホールド……っ!』


「フゥゥゥゥ……コァァァァァァアア…………ッ!」


『今っ!! やっちゃってくださいっ!!』


「ッ! ゴンルァァァァァアアアッ!!」




 タテコさんの叫びと合わせて、黒い鉄板に向けた力任せのぶん殴り。

 その衝撃を受けた『鉄板』が、嘘みたいな勢いでぶっ飛んだ。




「ギャヂィッ!?」




 意表。驚愕。直撃打。

 まさか『鉄板』がすっ飛んでくるとは思わなかったリスドラゴンは、無防備のまま鼻っ面を打たれて悲鳴をあげる。



 彼が持つのは『超筋力(STR)』。

 その特化型ステータスを活かして立ち回る。


 そんな【脳筋】のサポートには、俺とマグリョウさんと……そして時折『ヒール』で癒やすチイカが居て、彼の暑苦しい戦いを支えていた。




     ◇◇◇




 脳筋の筋力がリスを打った。

 鉄が震える "ゴォォォン" という音が こだまする決戦場で、俺たちの戦いは続く。




「んふふぅ……ハロハロ~、リスくぅ~ん」「ハロハロ~」


「ヂゥゥゥゥ!!」


「んひっ、こわぁ~い」「おいしいお菓子をあげたのに、どうしてボクを嫌うのかなぁ」




『鉄板』を失ったヒレステーキさんに突撃をするリスの前に、桃色髪の少女が()()立ちふさがる。

 それは "ジサツシマス(ツシマ)" と "ジサツシマス(ツシマ)"だった。


 ……瓜二つどころかまるきりコピーなくノ一が、同じニヤけ面でニマニマと笑っている。




「分身の術~! なんてね」「ここは通さぬのやよぅ、にんにんにんに~ん!」


「ギィィ……ッ?」


「さぁさぁリスくん、運試しやよ~」「どっちが本当のボクでしょ~かっ!」


「ヂギィィィィッ!」


「忍法、しゅばばばの術~!」「ヘイヘイリス公、ビビってるぅ~」




 おどけた2人の【殺界】が、反復横跳びをしながら挑発をする。

 それにまんまと乗せられたリスが、直感で選んだほうのツシマを爪で突き刺した。




「ギヂァッ!!」


「――……んぅっ」「わぁお~」


「…………ヂィィィ……」


「……んふふ、せいかい~っ」「当たっちゃったねぇ、おおハズレ~」




 腹を突き刺されたツシマが血を吐き、ピンク色の煙が ぶしゅうと吹き出る。

 ……微かに香る甘い匂いと、視界を歪ませる強い目眩めまい


――――毒ガスだ。




「ヂ……ッ!?」


「というわけで、お役目終了~」「それじゃあまたね、不運なリスくん」


「ギガヂィァァアッ!!」




 そんな "()" を撒き散らした迷惑プレイヤーを、飲み込んで消去デリートしようとするリスドラゴン。

 しかしツシマは、そんな状況でもおどけた声でふざけて見せる。



「さぁん、に~、いちっ!」「レッツ、バンジーっ!!」



 口の端から血を垂れ流しながら、横方向に吹っ飛んでいく。

 腹から漏れ出た真っ赤な血が、まるでパーティ・クラッカーのように、放射状に撒き散らされた。




「……というわけで~っ、ニセモノのボクはおさらばでござる~」


「ヂ、ヂヂヂィィーッ!!」


「こんなかわいいボクにばいばいしなきゃいけないなんて……キミはとっても不運だね? んふふ~、どろんっ!」


「……ヂ……ッ!?」




 ……滅茶苦茶だった。

 分身を出し、リスの爪を食らい、毒ガスを撒き、陸上で真横にバンジージャンプをして、おどけたままで去っていく。

 最初からしっかり見ていた俺ですら、今ここでどんな技能(スキル)が使われたのか、あいつが何をしたかったのか、何ひとつわからない自由さだった。


 だけどまぁ、とにかくリスは毒に侵されて、ツシマはチイカの場所へと帰還したんだ。

 だったらリスへの攻撃は成功と言えるだろうし、怪我も心配ないだろう。

 いつも通りのやりたい放題だけど、それでもツシマはツシマなりに役に立とうと頑張ってる。

 そんな思いが伝わる、道化師(ピエロ)な彼女の活躍だった。




 あいつが持つのは『超低幸運値(LUK)』。

 それが巻き起こす予測不能な荒らし行為で、場をかき回す。


 そんな【殺界】のサポートには、もしもの時の俺とチイカと……そしてその与えられた不運に付け込むマグリョウさんが居て、トリックスターな彼女を支えていた。




     ◇◇◇




 殺界の不運がリスを襲った。

 ピンク色の毒煙がたゆたう決戦場で、俺たちの戦いは続く。




「…………『来い、死灰』」


「……ヂ……ッ!?」




 リスを覆った桃色のモヤに、ゆっくり灰色が混ざり始める。

 それは徐々に渦を巻き、ピンクとグレーのマーブル模様の積乱雲を作り上げながら、ぐるぐると回転を始める。


 ……そして、()()()()()()()()()




――――チキキキキ


――――キシ……キシ……


――――ヴヴヴヴヴ


――――プピィ~




「…………」


「…………ギィ! ヂヂィ……ッ! ギギガアァァ……ッ!」


「…………」



――――シァアア! シィィァァアアア!


――――びだん! どたん!


――――パンッ! パパンッ!




 ……聞いた者に身震いを誘発させる何かの鳴き声と、それがうぞうぞ蠢く気配。

 破裂音と共に雷雲の中で電光が迸るように明滅し、時折見える不気味な影たち。

 そして、散発的に漏れ出すリスの悲鳴。


 灰と毒煙の渦の中で、確かに『何か』が起こっていた。




「……ギ……ッ! ヂィィィァアアッ!!」




 そんな不気味な時間がしばらく続き……そして不意に静寂が戻る。

 それと同時に灰煙からようやく抜け出したリスドラゴンが、忌々しそうな顔で煙の中を振り返った。


 ……その視線の先に一陣の風が吹き、運ばれた煙が置き忘れて行ったかのように、灰色の人形ひとがただけがぽつんと残される。




「次は、殺す」




 それだけ言った灰色の男が、折れた剣を投げ捨てながら、後ろ歩きで灰燼の中へと還って行く。

 あとに残されたリスドラゴンは、『灰』に向かって怒りのような……そして怯えのような、そんな複雑な視線を送っていた。




 彼が持つのは『素早さ(AGI)』と『器用さ(DEX)』。

 その軽業と、尋常ならざる殺しの経験で立ち回る。


 そんな【死灰】のサポートには、その片腕たるこの俺を含む、この場『戦友』全員が居て、孤高の軽戦士(フェンサー)の戦いを支えていた。




     ◇◇◇




 戦いは続く。


『鉄板』を取り戻したヒレステーキさんが体当たりをし、その勢いのままに『鉄板』でぶん殴る。

 後ずさりしたリスドラゴンが、俺の掘った落とし穴に足を取られて尻もちをつく。

 そこへクリムゾンさんが跳びかかり、炎の剣で斬りつける。

 2人のツシマがおどけながら、1人ずつでリスに両目に目隠しをし、マグリョウさんが連続攻撃を加えて行く。


 全員主力の決戦場で、誰もが自分の役目を果たし、リスドラゴンに食い下がっていた。




「……ヂィゥウウウウッ!!」




 しかしそれでも終わらない。

 何度斬り、何度刺し、何度打っても変わらない。

 ひとつが重すぎる命を10も持っている無敵のリスドラゴンは、未だ倒れず吠えさかる。




「ヌラァアアアッ!!」



「……よう、サクリファクト。ポーションねぇか?」


「……すいません、もう無いっす」


「そうか、ならいい」


「どうします? チイカに多めにヒールするように言いますか?」


「……いらねぇよ。無ければ無いなりのムーブで行くだけだ」


「そっすか……あ、マグリョウさん」


「ぁん?」


「大丈夫ですか? 疲れてないですか? 何なら一時的に役割変わりますけど……」


「問題ねぇ。あいにくと……長丁場には慣れてるからな」




 蓄積した疲労から、明らかに動きに精彩を欠いているマグリョウさんを見送りながら、考える。


 …………俺がここに来て、リスドラゴンと戦い始めて、それからどれだけ時間が経っただろう。

 ……長い、ひたすら長い戦いだ。

 それこそ、いつ始めたのかわからなくなるほどに……ずっと、ずっと続いてる。


 最初はどんな感じだったっけ。

 あぁ、そうだ。チイカを連れてリスの前に立ちはだかって、そこへヒレステーキさんが合流してきて――……そして色々な、本当にたくさんの出来事があったんだ。


 タテコさんが消えて戻った。

 チイカが回復してくれるようになった。

 ツシマが積極的になった。

 マグリョウさんが少しだけ優しくなった。

 クリムゾンさんが元気になった。

 どれも欠かす事の出来ない大事なもので、忘れがたい濃厚な交流で……そしてそんな様々な事がありながら、ずっとリスドラゴンと戦い続けた。



 ……だけど。

 そうしていくつもの成長をし、沢山の障害を乗り越えて、そしてようやく減らした尻尾は、たったの4本だ。

 まだまだ折り返しにすらなってなくて、終わりは全然見えて来ない。


 ……そして "第5フェーズ()" に至っては……決定打のひとつもロクに与えられないでいて。

 どれだけ意表を突いても、どれだけ工夫を凝らしても、どれだけ繰り返し繰り返し全力攻撃を加えても。

 リスドラゴンは血すら流さず、吠えて暴れて爪を振るうばっかりだ。


 効かない攻撃。無闇に重なる疲労。

 それと合わせて、当たれば死んじゃうリスの爪は、自分の命スレスレを死がかすめていくような恐怖心で、ことさらに心を摩耗させてくる。

 辛く苦しい、長い戦い。徒労だけを感じ続ける長くてツラい時間だ。




「…………」




 ……お腹が空いたな。

 ……あいつらは今頃何してるんだろう。無事でいてくれるといいな。

 ……この戦争全体の状況はどうなんだろうか。勝っているのか、負けているのか。

 ……今は何時なんだろうか。

 ……周囲のラットマンは何もして来ない。ドラゴンの爪撃に巻き込まれるのを恐れてるのかな。


 …………まだかな。




「ジャスティス・フレイム・キィィィック!!」


「ヂゥゥゥ!!」




 ……今日が長い。

 あぁそうだ。ずっと『今日』をやっている気がする。

 まるで一日が引き伸ばされたような感覚だ。


 疲れた。だるい。休憩したい。何なら、寝たい。

 それに、ずっとリスの相手をしていて飽きて来た気持ちだって、少しある。




 ……だけど、やめない。

 それでも絶対、投げ出さない。

 だって俺は、みんなとの交流も、楽しさも、満足も達成も……そしてなにより勝利を手にするって、自分の心に決めたんだ。


 だから、やめない。

 首都を守ってネズミに勝って、明日もリビハをするために、俺は決して音を上げない。




『ステーキ! 僕を上げて! 空を突き放すように、フルパワー!』


「オオゥゥゥ……ウオオ……オォォ……」


『行ける! 頑張れ! 出来る! やれる!』


「オォ……? オォォ……ッ!」


『やれるだろ!? やれるんだ! 僕の相棒は、そういう脳筋だっ! だから! 筋肉の限界を……超えろぉぉおっ!!』


「――ッ!! ゥンダラアアアアッ!!」




 そしてそれはみんな同じだ。

 だから、耐える。

 俺たちは生き延び戦い続けて、耐え忍ぶ。


 長くて、キツくて、ツラくて、ダルくて。

 たかがゲームだ。本当にもうやってらんないぜって気持ちがなくもないけど……それでも。

 戦い続け、抗い続けて、必死に食らいつく意味はある。

 こうまで本気になる理由付けは、とっくの昔に準備してある。


 俺はならず者(ローグ)だ。何の特別な力もない、ただのモブでしかない一般プレイヤーだ。

 だけどそれでもこの俺は、プレイヤーが名付けて世界が認めた『【七色策謀】のサクリファクト』だ。


 だから、こんな俺に出来る事。

 その名前を持つ俺がこしらえる『必勝の策』は…………最初からずっと()()()()()()()()


 一歩ずつだけど確実に、七色の策が近づいているんだ。




「――死ね」


「ギギヂァァァアアッ!」


「くたばれ、殺す、死ね、死ねクソネズミ」


「ヂィ! ヂィィ!! ヂィィァァアアッ!!」


「死ぬまで殺す。死んでも殺す。てめぇは殺す。だから死ね」




 この長い時間も、俺の行動も、そのすべてがいずれ来る瞬間のためにある。

 それは来る。必ず来る。みんなそれを信じてくれてる。


 だからこうして、待っている。




「ぜはぁ、はぁ……く……ぜぇ、はぁ…………」


「ギヂァーッ!!」


「わ、たしはぁ……! 正義の、クリムゾ……ンン……っ!!」


「ギゥヂィィッ!」


「それはぁ……決して、倒れずにぃぃ…………! 正義をぉ…………ぜったい、諦めない……! みんなの未来をぉ……まもる……ぅ…………ものの……な、だぁ……!」


「ギヂィィィィイイイッ!!」


「わたしは、正義! それは、みんながみとめてくれたぁ……ひーろーのぉ! なまえ……! なの――だぁぁああああっ!!」




 ……耐えろ。

 もうすぐ、もうすぐだ。


 だから、もう少しだけ。




「チイカちゃん、ヒールできる?」


「…………」


「正義ちゃんにしてあげて。とってもつらそうなんだ」


「…………」




 ……耐えろ。

 まだ耐えろ。

 "もう少しだけ" を、"もう少し"。

 あとちょっとだけを延々耐えろ。


 いずれ必ず時は来る。

 だからそれまで、死ぬ気で抗い、耐え忍べ。




     ◇◇◇



 耐えろ。




     ◇◇◇




 耐えろ。




     ◇◇◇





耐えろ。





     ◇◇◇





 耐えて。


 耐えて、耐えて。


 死ぬ気の本気で耐え続けて――――――……














――――そして、それは訪れた。




「オオオオオ――……オオッ!? ……オァン……?」


「ギ……ッ!?」




 最初にそれに気づいたのは、ヒレステーキさんだった。


 今までと同じように、力いっぱい『鉄板』を押し、全力全開の比べっ子をしていた、そんな彼が。

 あまりに()()()()()ものだから、思いきり前につんのめった。




「な、なんだァ……? コイツ、イキナリ弱っちくなって……?」


『え……な、なんですか? なんでこんなに圧倒したんですか? ま、まさかステーキ……キミは戦いの中で筋肉を成長させて……!?』



「……ぁあ?」


「ヂ……ッ! ヂィィーッ!?」




 次に気づいたのはマグリョウさんだった。


 何をしても通らなかった、硬すぎるほど硬いリス。

 そんなリスに突き出した剣がいとも簡単に突き刺さったのを見て、片眉をあげて怪訝な顔をした。




「……剣が、通った……?」


「ジャスティス! パァーンチ! ……ひゃぁ!」


「ギヂャァ!?」




 そして最後は、クリムゾンさんだった。


 剣に炎をまとう属性付与魔法の切れ目に、少しだけでもダメージを与えようとして繰り出された、何の変哲もないパンチ。

 それがリスのアゴを打ち抜き、思いきり天を仰がせた事に驚いていた。




「な、なんだっ!? なんだか急に……すごくモチっと柔らかくなったぞっ!?」




 力で押せた。剣が刺さった。パンチが効いた。

 三者三様。誰もが唐突な()()に、驚きを隠せずにいる。


 だけど俺は、これっぽっちも驚かない。


 何しろ、()()()()()()()()()()んだからな。




「……待ちくたびれたっつーの」





――……ィィィィィン




 ……風を切る音。いつかどこかで聞いた音。

 それは女司祭プリエステスの基礎魔法(スペル)『光球』を肥大化させた、()()()のオリジナルスペル『天球』が奏でる飛行音。


 ……数値の話をするならば。

 ヒレステーキさんも、クリムゾンさんも、マグリョウさんも――そしてリスドラゴンだって、変わっていない。

 強化も弱体も何もなく、彼らの能力値(ステータス)は一切変動をしていない。

 だからここに起こっているのは、そういう変化とは違うものだ。




――――キィィィィィ……ィィィン!




 音は一瞬の内に最大となり、そのままの勢いで俺の真横を過ぎていく。

 ドップラー効果で音の高さを変えながら、速度を落とさずリスに向かって突き進む。


 ……訪れた変化は『条件』の達成。

 それは世界が決めた事。プレイヤーとシステムが決めた『ルール』。

 "そうであれ" という数多の願いが形となって、そういう力になった『名』の、完成。




――――ギャリリリリリッ!!




「んふふ、すごいドリフトだねぇ。『Deja Vu!!』ってカンジ~」


「…………でじゃぶー?」


「あら、チイカちゃんは知らない? 公道最速理論とか」




 リスを中心として円を描くように、横滑りしながらぐるりと回り込む『天球』。


 その上に乗った2人のトップ・オブ・魔法師(スペルキャスター)が、手を突き出して自慢の魔法(スペル)を発現させる。




「弾けよッ!『ゴールド・ラッシュ』ッ!」


「『光球』」




 変わったのは、この場の人数。

【脳筋】【正義】【殺界】【聖女】【死灰】の5人が居たこの場所に、プレイヤーが "たった2人ぽっち" 増えただけの事だった。


 ……でも。

 それはただのプレイヤーじゃない。

 欠けたピース。必要な存在。とある『条件』を達成するため、なくてはならない『名』を持つ特別な2人だ。



 ようやく現れたコイツらの持つ二つ名は――――【金王】と【天球】。


 そして、そんな2人が舞台に上がり、ついに合わせて7人となった今こそ。

 彼らは、"世界が決めた『竜を超えし者』" となる。




「スピカっ! それに、アレクサンドロスもっ!! ……ならばっ!」


「オォォン!?」


『そうか……これは……二つ名効果ですかっ! ……それなら!』


「ははっ………………チッ……おっせぇんだよ、腐れ魔法師(スペルキャスター)共が…………だったら」




 ここに集った彼らこそ、Re:behind(リ・ビハインド)のトッププレイヤー軍団……【竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】。

 その名が完成したこの場には、それによる『特殊効果』が発動する。


 ……知れ、リスドラゴン。

 彼らがいただくその『二つ名』を。

 そしてその身に刻み込め。

 その『二つ名』が持つ力――()()()()()()()





『ステーキっ! 今ですよ! ゴー! ですっ!!』


「――おうよォ!! ……ンンンンマオオオォォォオオッ!!」


「――今こそ好機っ! 食らえ必殺! 真・ファイナル・ジャスティス・フレイム・スラァァァッシュッ!! ……改っ!!」


「――『さみだれ』」




 開放――――二つ名スキル、『竜殺し』。


 万を超えるプレイヤーが称え、それを聞き届けたシステムが決めた、世界のルール。

 "竜を殺した彼ら" をそう呼んだ事で、"彼らなら竜を殺せる" という意味に変わった『アンチ・ドラゴン』の力。


 その刃が、技が、力が、魔法(スペル)が……七人寄らば竜をも殺すとRe:behind(世界)に定められた力が、ドラゴンの命に突き刺さる。




「ギ……ッ! ギガァァァッ!」




 そして、無敵だったはずのリスドラゴンは――――




「…………ヂ…………」




――――拍子抜けするほど呆気なく、5度目の死亡を迎えた。




     ◇◇◇




 ……ようやく。ようやくだ。

 長く苦しい時間は今、報われた。


 だからもう、一直線だ。

 耐えて忍んだ無限の苦戦を超え、約束された勝利へ向かう俺たちは、()()()()()()()()()()()()()()。あぁ、止まってたまるかよ。ははは!




『……早速ですが、プレイヤーネーム サクリファクト。準備を。次のフェーズが開始されます』


「……あぁ」


『続いてシマリス型ドラゴンが克服する弱点は、"現実準拠" です。これまであった "リアルなシマリスの形状を維持しなくてはならない" という弱みが消失し、本来の姿に近い "しなやかな触手が背中部分に4本生成された姿" に変貌します。それは非常に強い力を持ち、なおかつ麻痺性の毒素を帯びているものです』



「…………()()()()か?」


『はい、()()()()です。うふふ』




 だからどうした。それがなんだ。

 克服でも強化でも変身でも、何でも来い。

 ここには七人がいるんだぞ。だったらもう、そんなものに怯える理由は無いんだぜ。




『うふふふ……ご武運を。竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の【新しい蜂(ニュービー)】、【七色策謀】のサクリファクト』




 憂いは消えた。問題は解決した。七人が揃って策は完成し、勝利の道筋はすべて整った。


 だからもう、長い時間は終わりにしよう。




「さぁ、行くぞ」




 7人プラス1人のローグで始める――――




「――――『竜殺し』の時間だ」




     ◇◇◇






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