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第五十八話 ロール・プレイング・ゲーム 7




     ◇◇◇




 俺の持つ職業である "ならず者(ローグ)" の技能(スキル)、『一切れのケーキ』。

 それと二つ名の【金王の好敵手】を組み合わせる事で使用が可能になる、俺の『精神加速倍率上昇(本気モード)』。

 それを使った俺の強化は、ステータス的な話をするのなら、全体的な底上げ程度でしかない。

 これは確かにとっておきで必殺技だけど、残念ながらリスドラゴンをワンパン出来るような超絶スキルじゃあないのだ。


 って事で俺のまっとうすべき役割は、いつも通りのならず者(ローグ)(ライク)ムーブ。ちょこざいな罠と竜殺したちのサポートだ。

 加速した時間の中でさりげなく、()()な場所に穴を掘ろう。


 こんな状況でもこっそり出来る、我が身の地味さが嬉しくて泣けてくる。



「そのあんよ、この【正義】のクリムゾンが貰い受けるっ!」



 そんなタイミングで【正義】のクリムゾンさんが試みているのは――リスドラゴンへの足払いか。

 巨大な体躯を支えるリスの後ろ足に焦点を当てた攻撃。それは俺もいい感じだと思う。



「たりゃぁーっ!!」



 赤いオーラを纏った少女が姿勢を猫のように低くし、長い脚でしなやかに振り払う。

――クリーンヒット。

 地面と水平な軌道を描くその蹴りがリスドラゴンの足首を直撃した。ざまぁないぜ。




「……くぅっ! やはり硬い! すごく硬いっ!」


「ギヂュゥゥッ!!」


「ヌオオオンッ!!」




 だが、不動。

 並のプレイヤーならば一撃で骨折してもおかしくないほどの蹴りだというのに、リスドラゴンはガン無視だ。

 これが絶対強者の真のスペック、ドラゴンが持つ暴力的な防御力(DEF)か。ダメージ表記『0』を幻視するようなノーダメ感だ。


 と言っても。

 そのくらいじゃあ駄目だってのはクリムゾンさんだってわかってる。



技能(スキル)っ!『忠義の槌矛』っ!!」



 だから怯まず次に行く。

 水面蹴りを跳ね返されたクリムゾンさんは、ノータイムで技能(スキル)を発動させた。


 一度バックステップでリスドラゴンから距離を取り、背中の黒マントを掴みながら使った騎士ナイトのスキル『忠義』シリーズ。

 "触れている物から武具を作り出す" という効果で、その武具の性能は職業レベルに依存するものだ。


 ……それだけ見ると生産職である『鍛冶師(ブラック・スミス)』泣かせのスキルに見えるけど、"忠義の武具は耐久度が低い" とか "同一種の武器には連続で変化させられない" とか、そんな色々な縛りがあるからそこまで反感は買っていないらしい。

 何の職業でもそうだけど、高レベルで得られる技能(スキル)ってのは、そういうクソ仕様(ややこしさ)があるんだ。


 ってマグリョウさんが言っていた。



「てやぁっ!!」



 威勢よく叫んだクリムゾンさんが、チェスの駒のような先端部分でリスをぶん殴る。

 高い跳躍。激しくはためく短い黒マント。メイスをリスの頭部へ苛烈に振り下ろし、流れる金髪が陽光を反射した。

 ……格好いいな。本当にいちいちサマになる。



「――――"スキル解除" っ!! 技能(スキル)『忠義の戦鎚』っ!!」



 更に続けてスキルの発動。またたく間に間髪も入れない。

 槌矛メイスをぶち当てたリスに向け、次のアクションは――武器変更だ。


 "スキル解除" の発声と共に、手に持った槌矛メイスが ぱらり とほどけて、すぐさま新たなフォルムになる。

 作られたのは『戦鎚(ウォー・ハンマー)』。ヒレステーキさんに一時貸した物と同じ、冗談みたいなサイズの大カナヅチだった。



「くらえ邪悪なシマリスドラゴンっ! 必殺! ジャスティス……叩きっ!!」



 "ジャスティス叩き" とかいうヤバい技名にも驚くが、何よりその威力が凄まじい。

 赤いオーラを渦巻かせ、空中で一回転をしながら、遠心力やら何やらを込めた思い切りの打ち付け。

 それは空間もを歪ませたのか、波紋が広がるようなエフェクトを見せ、腹に来る重低音を響かせる。



「ヂッ……!?」



 単純に重くて、シンプルにデカい戦鎚(ウォー・ハンマー)。加えて『ジャスティス』と言った瞬間膨れ上がった【正義】のオーラの身体強化。それらで与える衝撃は絶大だ。




「ギィィィ……!!」



 そんな攻撃を食らったリスドラゴンが、ようやくまともなリアクションを見せる。

鉄板(タテコさん)』に齧りついていた格好のまま、自身の上に居るクリムゾンさんを睨みつけた。

 自分の鉄壁の防御力(DEF)を上回ったハンマーの威力(ATK)に、とうとう黙っていられなくなったんだろう。

 反撃が来る。



「……ヂィィッ!!」



 ひと鳴き。そして爪を振るう。

 ぶおんと風が唸りを上げて、土煙が舞った。



「むっ! 魔法(スペル)!『レビテーション』!」



 クリムゾンさんの落下方向を先読むように振るわれた、一撃必殺なリスの爪。

 それを魔法(スペル)で浮かんだ彼女がひらりと躱す。



 ――――"じゃら"



 虚空を引き裂くリス。ぴんと伸びきったソイツの腕。

 そこに()()調()()で引っかけられた灰色の鎖が、じゃらりと音をたてる。


 彼はこうなる事を知っていた。

 マグリョウさんは『そうなるだろう』と予測をして、あらかじめそこで身構えていた。



「その腕よこせやクソリス野郎」



 それは、()()()()()()()()だった。

『クリムゾンさんならリスにダメージを与えるだろう』

『ならばリスはクリムゾンさんを敵とみなして、爪で斬り裂こうとするだろう』

 そんな展開を信じていたから、ああまでタイミングがばっちりだったんだ。


 クリムゾンさんは気づいただろうか。

 アンタは孤高の軽戦士(フェンサー)に、しっかり信頼されてるぞ。



「ヂィゥッ!?」



 リスの関節部に、灰色の男のドロップキックが突き刺さる。

 爪先に絡まった鎖を引っ張りながら、曲げてはいけない方向へ圧し曲げるようにする、全身を使った関節技だ。

 軽戦士(フェンサー)が持つ素早さ(AGI)と、搦手からめてをこなす器用さ(DEX)

 そんなマグリョウさんが持つ高ステータスが、存分に発揮される。



「ヂゥ……ッ! ガヂヂヂィッ!!」



 骨折には至らない。しかし平気であるとは言い難い。

 そんな雰囲気のリスドラゴンは、ヒレステーキさんとの押し合いを一時止め、背後から襲ってくる2人に向き直る。

 数値的な話をするならば、"敵視ヘイトがブレた" と言ったところだ。




『――ステーキッ!』


「オウオウオウッ! ヨソミゲンキンだってのッ!!」




 そんなリスドラゴンの横っ面に襲いかかる、漆黒の大質量。

 ヒレステーキさんが『黒い鉄板(タテコさん)』を持ち上げて、叩きつけるようにリスをぶん殴る。



「マッスル・叩きッ!!」



技能(スキル)』でもなければ『技術』でもない、この上ないほど筋力(STR)任せの盾攻撃。

 それに加えて技名がクリムゾンさんの丸パクリだから、知性(INT)もゼロって感じだ。

 ……【脳筋】を演じる必要は、もうないはずなんだけどな。




「ギャッ」


「オメェの相手はァ! この俺よォォオオッ!!」




 更に続けて、連続の殴打。

 シールド・バッシュなんて呼べるほど洗練されていない()()()()()は、それでもリスの頭を揺らす。




「ギゥゥ……!! ヂヂヂヂィッ!!」


「ヌオオオオッ!!」




 前を向いたら後ろから、後ろを向いたら前から鬱陶しいちょっかいを出されるこの状況に、いよいよリスもキレ気味だ。

 そうして奴が選んだのは、ヒレステーキさんに再度の突進をしながら、背中の体毛を逆立たせ―― 一斉に射出パージという行動だった。


 幾度となく見たリスドラゴンの必殺技。

 いい思い出がない "針飛ばし" が来る。




『ステーキっ! 針が来ますっ!!』


「オォンッ!」




 空一面埋め尽くすとまでは行かないものの、俺たちを射止めるには十分な量の茶色い体毛。

 それがくるりと回って地面を真っ直ぐ指し示し、落下の準備を整える。


 マグリョウさんは平気だろう。だけど彼女は……気づけていない。



「とぁーっ!」



 土煙で見えなかったか、リスの大きな体で死角が出来たか。

 空の針に気づかぬクリムゾンさんは、相変わらずマヌケな掛け声で勢いよく飛び回る。


 ……俺は知ってる。あの人はそういう人なんだ。

 ちょっと抜けた所があって、支え甲斐があって……そんな存在がリビハの正義さんなんだ。


 ならばそれを理解して、こういう時に援護するのが、【黒い正義】である俺の役割ロールってやつだろう。




「ジャスティ~ス――……」


「クリムゾンさんっ!」


「わひゃぁ!」




 リスドラゴンの背後に掘った穴の側から、一目散で彼女の元に向かい、無理やり抱き寄せてUターン。

 何度もこうしたせいか、すっかりその重さにも慣れた。


 "タンクに守って貰うんじゃねぇ、タンクに守らせろ" という先輩の教えを頭に思い浮かべつつ、安全地帯(タテコさんの裏側)を目指す。

 ……大丈夫。クリムゾンさんを抱えていたって、時間加速下にある俺ならギリ間に合う距離だ。




「ギヂガァァアッ!!」


「ヌグゥッ!?」




 しかしそこで、少しだけ計算外が起こった。

 ヒレステーキさんがリスに押されて、いくらか後退をしていたのだ。


 それは確かに数歩だけだ。さっきより2,3歩後ろに下がった程度の事だった。

 だけどその数歩分、その後ろにある安全地帯へ辿り着くまで、遠くなった。


 針は無情だ。待ってくれない。すでにもう落下を始めている。

 たった数十センチ、されど数十センチ。回避が間に合うかどうか微妙――――いや、無理だ。



「だったらぁ……っ!!」


「きゃぁっ!」




 それならせめて、と、抱えた赤い少女を『遮蔽物(タテコさん)』に向かって放り投げる。

 乱暴だけど死ぬよりマシだ。悪あがきでも、やらないよりはずっと良い。



「――……『来い、死灰』」



 そうして届かぬ『安全地帯(タテコさん)』を見つめる俺の、視界に映る灰色のナニカ。

 にょろりと長い体に、無数の細い足。その上ガチガチと鳴るアゴのおぞましさと来たら……まるで悪夢の具現化だった。


 なにこのムカデ。




「……超キメェ」




 灰が集まり形となった2匹のニョロニョロ。

 それが向かう先は、迷わず真っ直ぐ俺たちの方角だった。




「うおおお!? キモすぎるぅぅ!」


「ひゃぁあ! ムシぃ!?」




 まずその異形に驚き。

 次にそれが俺たちの顔面に噛み付いた事に驚き。

 最後にそのまま乱暴に引きずられて行く事に驚く。


 ……わかる。助けようとしてるんだって事は。

 だけど、とてつもなく不器用だ。

 "結果さえ出れば過程はどうでもいい"。

 そんなマグリョウさんの信条をそのまま表現する、精神衛生的な面とか、見栄えなんかを一切気にしない救出法だった。




「……ムカデは流石にキツいっすよ」


「死ぬよかマシだろ?」


「まぁそうなんすけど……キモいものはキモいんで……」




 蜃気楼のように消えていくムカデの向こうで先輩が言うのは、俺が思ったのと同じ "死ぬよりマシ" という言葉だ。

 女の子をぶん投げた俺と、灰のムカデで救ったマグリョウさんでは、果たしてどちらがひどいんだろうか。

 ……いや、ぜってームカデのほうがひどいよな。




「マ、マグリョウ……? 今のはマグリョウの……?」


「…………」




 そんなマグリョウさんの行動に、震え声と多めのまばたきで感激するクリムゾンさん。


 ……なぜ彼がムカデで彼女も助けたのか、なんてのは明白だ。

 "駒として使えるから" 。それに尽きる。

 そう言ってしまうとひどく冷たい響きに聞こえるけど……そういう人なんだから仕方ない。

 人付き合いに真面目過ぎるマグリョウさんには、このくらいの『馴れ初め』が丁度いいと思う。




「マグリョウが、私を、助けて……?」


「……チッ」




 おっと、しかしこれは良くないぞ。

 こういう流れはマグリョウさん向きじゃないし、ややこしくなる予感しかしない。

 そういう訳でさっさと話を変えようとして――――ふと、右足の違和感に気づく。




「……あ~……いてぇ」


「サ、サクリファクトくん!?」




 クリムゾンさんを差し出すように、ヘッドスライディングのようにした俺の足。

 そこに1本だけ針が刺さり、ぬらりと赤く染まっていた。


 ……そんな俺の状態に気づいたクリムゾンさんが、慌てて声をかけてくる。

 針を食らったのは不運だけど、話の流れが変わった事はラッキーかもな。




「だ、大丈夫!? サクリファクトくん……!」


「…………」


「あ、あれ? 治っていく……? これは一体、どうしてなのだ?」


「おぉ……」




 そうして誰にも言わない強がりを考えていた俺を、温かい光が包み込む。

 ヒールだ。チイカの。

 それを受けて後方を見れば、地面に座る白とピンクの、ちぐはぐな色をした2人が見えた。



「…………」



 ……ステータスの話をするならば、そうなったのは(LUK)の値による影響だろうか。


 誰を狙ったものでもない、乱雑に飛ばされたリスドラゴンの体毛針。

 言い換えるならそれは『ランダムターゲット』で、無造作に降り落ちる『不幸(アンラッキー)』だ。

 ならばその針が、チイカの上には一切降らず、その隣にいる『超低LUK』の "ジサツシマス(ツシマ)" にばかり集中するのも、ある意味では納得出来る。



「わひゃ~、ボクってスーパーアンラッキ~」



 鉄製なのか、雨のように降る針をカキンカキンと弾く『番傘』を差し、ニコニコ笑顔で座るツシマ。

 ……あいつはそういうところがあるんだよな。スリルを楽しむ感じというか。

 刺さりどころが悪ければあっさり逝ける『死の雨』にさらされて、一体どうして笑ってられるのやら……まるで理解が出来ないぜ。




「あ、あの……サクリファクトくん?」


「あぁ、クリムゾンさん。どうすか? 何か効き目はありました?」


「へ……? あっ、いや、ええと……うむぅ……」


「その戦鎚(ウォー・ハンマー)は悪くなさそうですけど」


「う、うむ……悪くはないと私も思うのだが……良くもない感じだったのだ。その、なんというか……『お邪魔止まり』みたいな?」




 人差し指を一本アゴに当て、"みたいな?" と可愛く首を傾げられても……俺としては なんじゃそりゃ、って感じだ。

 ぼんやりとした感覚ばかりの内容で、根拠も何もあったもんじゃない。


 多分だけどこの人は、他人に何かを教えるってのが、死ぬほど下手だと思う。




「お……『お邪魔止まり』っすか。ただ、まぁ……それでもリスの敵視ヘイトは奪えたみたいですし、その辺に突破口があるんじゃないっすか?」


「うぅん……んんぅ………………いや、多分……そうじゃないのだ」


「ん? どういう事っすか?」


「……あの、上手く言えないのだけれど……リスドラゴンの瞳には、ハンマーじゃなくて……私が映っていた感じだったのだ」


「…………?」




 ……俺とクリムゾンさんの会話に聞き耳をたてるマグリョウさんが、"何言ってんだコイツ?" という顔をする。

 そしてきっとこの俺も、同じような表情を浮かべていた事だろう。


 何回も言ってしまうけど、なんじゃそりゃって感じだ。




「え~っと……どういう事っすか?」


「うむ。もっと言うとだな、私のオーラを見た上で――それを引っ掻こうとしていたような感じがするのだ。うむ、きっとそうだった。敵視ヘイトを取ったのは、私ではなく【正義】のオーラなのだ」


「……へぇ~」


「多分シマリスドラゴンは、このオーラが嫌いなのだ。うむ、私にはわかる! そんな感じが確かにしたっ」




 感覚的にもほどがあんだろ。

 そう思うに至った理由が "そんな感じがした" 以外に何もない。



 ……普通であればスルーして、さっさと別の事を考えるべきなんだろう。

 だけど俺は、それを受け止める意味があると思った。

 何しろそれを言っているのは、他でもない()()()()()()だったから。



「……オーラが嫌い、かぁ」



 明確な規則のないこのRe:behind(リ・ビハインド)で、長い間『正義活動』を行ってきたクリムゾンさん。

 そんなヒーローの最中には、きっと難しい問題もあったと思う。

 単純な善と悪では分けられない事とか、どちらも悪くないトラブルとか、そんな複雑な問題が幾度となく訪れたに違いない。

 そしてその都度クリムゾンさんは、自身の持つぼんやりとした感覚だけで乗り越えて来たんだ。


 それはもちろん、間違ったり、失敗する事もあったんだろう。

 彼女の判断がいつだって、100%の正しさを持っていたとは思ってない。


 だけどそれでも今のクリムゾンさんは、無数の人に【正義】と呼ばれ、多くの人に愛される存在となっている。

 それはきっと彼女の感覚的な判断が、おおむね優れていた事の証明だと……俺はそう思う。


 考える事が苦手な代わりに培った、敏感な感覚から来る第六感。それは彼女の特異技能(ユニークスキル)だろう。

 だからそんな『ヒーローの感覚』ってのを、ちょっとだけ大事にしてみたい。



「……そうだ! なるほど! わかったぞっ! つまりはこういう事なのだ!」


「ん?」


「この聖なる【正義】のオーラに嫌悪を覚えるという事は、つまるところっ! このシマリスの性根が『悪』であるという事に他ならないっ!! あぁ、きっとそうに違いないのだっ!!」


「…………」




 ……いや、まぁ、それは絶対無いからどうでもいいとして。

 何にせよ、『オーラを嫌う』って所が引っかかる。


 メラメラと盛る赤いオーラ。それを遠ざけるようにするリスドラゴン。それは一体なぜなのか。

 過去に命を奪われたから? いや、それならマグリョウさんだってそうだろう。それとは別に理由があるはずだ。


 ……クリムゾンさんの心の動きを表すように、大きくなったり小さくなったりしながら揺れる、可視化されたエネルギー。

 烈火のように轟々燃える、赤い光の波動。

 炎のような赤オーラ。



「…………あ」



 ……まさか、『火』? それに似ているからか?


 あぁ、そうか。

 そういえばリスドラゴン(コイツ)、火をひどく嫌ってたっけ。




「……火、かな」


「ほぉ」




 ヒレステーキさんの肩越しにリスドラゴンを睨んでいたマグリョウさんが、こっちを見て片眉を上げる。



()()()か。燃えるぜ、なぁ?」



 そうして口元を隠す外套の奥で、ゆっくりと口元を歪ませる。

 ちょっと不気味で怖いけど、親友が楽しそうでなによりだ。



     ◇◇◇




 少しだけ見えた突破口。

 そうして徐々に戦いが進展していく中で、リスドラゴンも当然黙ってはいない。




「――――ヂゥゥゥッ!!」


「……ヌン……ガァアアアッ!!!」


『ステーキ! その体勢は……()()()が良くないです! シマリス型ドラゴンに上から潰されるような格好では、キミの筋力(STR)が十分に発揮できません!』




 持ちこたえるヒレステーキさんにムキになり、正面から押そうとしていた今までの格好から、今度は上から押しつぶすスタイルに変えてきた。

 ケモノの本能一辺倒じゃない、戦いの中で学習をするドラゴンらしい変化だ。

 その厄介さが牙を剥き、ヒレステーキさんへと襲いかかる。




「……グ……ッ! ンオオオオ……ッ!!」


『あぁ……! それはいけない! そういう受け止め方をしてしまうと、僕の重さが仇となるんですっ! あぁ、どうしよう! どうすれば!?』



「あ~、タテコさ――……」


「おい、AI」


『え?』




 なんとか援護を、と思い、タテコさんに使う技能(スキル)を伝えようとして、遮られる。

 俺と彼らの間に入ってきたのは、冷たくぶっきらぼうなマグリョウさんの声だった。


 ……珍しいな、マグリョウさんが自分から声をかけるなんて。




「NOOBタンクにプレイヤー・スキルを求めるな。ねぇもんはねぇんだよ。役に立ちたきゃ "持ち物" で工夫しろ」


『持ち物で工夫……ですか?』


「……そいつは確かに生まれたての壁役タンクかもしれねぇが、お前らはそうじゃねぇだろ。そうして喋るAIのお前には、今日までしぶとくソイツと生きた記録が残ってるんじゃあねぇのかよ」


『今まで生きた、記録……?』


「……めんどくせぇな、クソスペックかよ。わかれよ、クソ。……筋肉馬鹿を利口にやらせるんじゃなく、脳筋が脳筋なりに持ってるモンを応用しろっつってんだよ。今の今まで何をして、今日までどんな風に過ごして来たのか……それを思い、それを使って、クソの役にもたってみろ」




 頼れる先輩がそうして言うのは、俺が以前教わった『攻略法』と同じものだ。

 "無いものをねだるな。あるものを使え。新たにカードを求めるんじゃなく、持ったカードで勝負しろ"。

 "『何でも使う』ってのはそういう事だぜ。お前が今まで積んだ経験、人生で学んだ上手いやり方、知った物やら見てきた物という人生の経験値(EXP)を、惜しみなく活かせって事だ"。

 そんな風に語ってくれたマグリョウさんの言葉があったから、俺は色んなところで『俺なりの解決策』を導き出すことが出来たんだ。




『……な、何を言っているんです? どういう意味ですか? 今日までの僕たちが、どんな風にって……?』


「多分マグリョウさんは、"今までのタテコさんたち流にやれ" って言ってるんだと思いますよ」


『サクリファクトくん、それは一体……』




 だけど役立つレクチャーも、マグリョウさんのぶっきらぼうな言い方じゃあ伝わらない。

 そんな時に役に立てるのが、【死灰の片腕】であるこの俺だ。


 不器用な先輩を言葉を補足し、彼の助言をサポートする。

 俺の『役割』ってのは、そういうやつだ。




「ヒレステーキさんがタンクになって、タテコさんがそのサポートになったのはついさっきですけど、2人はずっと一緒だったんでしょ? そんでタテコさんには、その記憶があるんすよね?」


『それは確かにそうですが……』


「だったらほら、普通の言葉じゃ理解出来ないヒレステーキさんでも通じる、()()()()()()ってのがあるんじゃないっすか?」


『…………っ! そうか! ステーキ! トレーニングの要領ですっ!!』


「オ、オガアアアアアッ!?」


『ええと、ええと……そうだ! ベントオーバーローイング!! バーベルを上げるように広背筋を意識して、僕を引き上げてくださいっ!』


「アァァーッ!? オオオオッ!?」




 タテコさんからヒレステーキさんへ、彼の人生そのものとも呼べる『筋トレ』のメニューに例えた指示が出された。

 ベントオーバーナントカだそうだ。


 俺にはそれがよくわからなかったけど、ヒレステーキさんにとっては具合が良かったらしい。

 のしかかられる不利な姿勢から力の入れ方を変えるだけで、リスと対等な体勢にまで持っていく。




『そう! そうです! そしてそこから――レッグプレスっ! 足裏で感じる地球を突き放すように、全力で地面を……今! 全力で! 押して下さいっ!』


「――ムヌウウルァアアアアッ!!」


「ギッ!?」




 そして今度は、レッグプレス。

『鉄板』を一度持ち上げる事で正された姿勢から、足腰に力が入る角度で『鉄板』を押し出す。

 そんなヒレステーキさんの反撃に困惑の声をあげるリスドラゴンは、堪えきれずに1歩2歩と後ずさりをした。


 性格までもが筋力(STR)極の【脳筋】に知恵を求めても仕方ない。

 小難しいタンクの立ち回りを口頭で伝えたって、未熟な新米タンクに理解出来る訳がない。

 だからそうするんじゃなく、あくまで『タテコさんとヒレステーキさん』という相棒同士に出来るやり方で、劣勢を覆す。

 それが彼らが今日までして来た、彼らだけのやり方だ。




「……出来んなら最初からそうしろボケ」


「…………今の私に出来る事……私が今まで何をして、どんな風に過ごしてきたのか…………そうだっ!【正義】のヒーローである私には……空で私を見守ってくれる、大事なクランメンバーが……っ!!」


「んふふ、ボクもボクに出来る事だけをしよ~っと。ね? チイカちゃんもそうしよう?」


「…………」




 "自分勝手にやる" という意味では、最初からみんな変わっていない。

 だけどそれでも、今までのやり方とは何かが違う。


 ……なんだろう。

 仲が良くなったわけじゃないし、心を通じ合わせるなんてもってのほかって状態だけど……それでも前より距離が近い気がする。

 なんかこう、自分の『役割』を理解して、隣の誰かの『役割』を意識するようになった――みたいな、そんな感じのアレだ。


 こういう関係って、なんて言えばいいんだろう。



 …………。


 戦友、とかかな。




     ◇◇◇






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