第五十七話 ロール・プレイング・ゲーム 6
◇◇◇
俺が考えるネットゲームの一番良いところは、『出会える』ってところだ。
現実から切り離された仮想世界。
そんなゲームの中に『キャラクターアバター』として参上し、ゲームのキャラクターとして言葉を発して体を動かすVRMMO。
そのキャラクターを作る時、ほぼ100%のプレイヤーが、現実世界の自分とは大なり小なり変化を付ける。
……それはもちろん、俺も例外じゃない。
Re:behindのキャラクターアバターである "サクリファクト" は、現実世界の"水城 キノサク" よりも身長をちょっとだけ伸ばし、顔つきもちょっとキリっとさせたりした。
だけど、そのアバターとゲーム世界がどれほどのリアリティを持っていようとも、VRMMOは結局VRMMOだ。
ゲーム世界からダイブアウトしたら、あっという間に本物に――現実世界の元の自分に舞い戻る。
そうなれば当然今までの人生があった自分が居るし、これからの現実の人生もある。
当たり前の話だけど、『中の人』は現実の人間だ。
一時的に『キャラクターアバター』という仮面をかぶっているに過ぎない、どこかで生きてる知らない誰かだ。
……そんな事を考えるたび、俺は感心を繰り返す。
ネットゲームにある『出会い』っていうのはすげえよなぁ、と。
例えば、俺のパーティメンバーであるキキョウ。
あいつはどっかのお偉いさんで、だから物凄く金持ちだし、経歴だって輝かしいものらしい。
それに何より、その年齢だ。
はっきり聞いた訳じゃないけど、キキョウの歳は俺のお父さんくらい行っているようで……そんな色々を考えれば、現実世界では本来関わる機会がなかった人物だと言える。
そしてそれは、ほとんどの知り合いみんながそうだ。
医学と脳科学と心理学の権威であり、日本国内でほんの数人しか認められていない『精神科学者』という肩書を持つ、カニャニャックさん。
そんな彼女と普通な俺は、現実世界じゃすれ違う事すらなかったと思う。
あとはほら、国が管理する特別な水槽で、イルカを研究するという大役を与えられているスーパーエリートの "ジサツシマス" だって、どう考えても俺とは住む世界が違う人間だよな。
つーか、そんな大層なものじゃなくたって同じだ。
寒い北海道に住んでいるリュウジロウと東京の俺とでは、お互い別の星に住んでいるようなとてつもない距離がある。
それに、ゆるふわでクレープ屋とかばっかり行ってるロラロニーだって、牛丼屋が大好きな俺とは生息域が別々すぎるってものだろう。
そんな誰彼、アイツやコイツ。
どれもこれも形や理由は違えど、みんな共通して遠い存在だ。
立場とか、年齢とか、住んでる場所とか好きな物とか。
そんな色々がてんでバラバラな『本来関わらないはずの人たち』。
俺たちは、リビハプレイヤーは、誰も彼もがそうだった。
現実だったらカスリもしない、色んな意味で生きている場所が違う人たち。
そんな人たちとこうして出会えるのが、ネットゲームの世界なんだ。
◇◇◇
それが『ただ出会う』だけで良かったのなら、いくらだって手段はあっただろう。
何しろ今は、インターネットが『社会の血液』と呼ばれるくらいに普及しまくってる時代だ。
だから当然、SNSをやってる政治家も居るし、掲示板に気軽に書き込む医者だって居る。
そういう場所を利用して『本来関わらないはずの人』と関わるってのは、出来なくもないんだろう。
だけど俺は、それよりネットゲームで出会うほうが、ずっと素晴らしいと思う。
歳も立場も、人生そのものも。
何もかもが違う人間、キキョウ。
そんなあいつもこの世界では、間違いなく俺の友人だ。
"俺は今、どこぞの社長と一緒に遊んでるんだぜ" 。
数年前の俺にそう言ったところで、過去の俺は果たして信じられるだろうか。
いや、きっと "んな訳ねーだろアホか" とか言うだろう。俺だし、多分言う。
だってそんなの、普通に考えたらありえない。
何の取り柄もない一般市民の若造であるこの俺が、そんな偉いおっさんと対等な友達になるだとか、何が起こったって無いと言える。
でも、そうなった。
それが何故なのか、なんてわかりきってる。
俺もキキョウもネットゲームを始めた同士で、リビハプレイヤー同士だからだ。
それは精神科学者のカニャニャックさんもそうだし、イルカ研究者のツシマもそうだ。
本来ならばまるで質が違う人たちだけど、この世界に居る限り、同じゲームで遊ぶ同好の士なんだ。
ネットゲームの出会いっていうのは、そうだから良い。
どれだけ世代がズレていても、どれだけ住む世界が違っても、この世界で出会った限り、同じゲームで遊んでる仲間だ。
Re:behindで一緒にいる限り、Re:behindを互いに楽しんでいる事実は揺るがない。
そしてそんなネットゲームでの交流は、同じネットゲームをしている限り終わらない。
そうして『趣味が合う前提の出会い』が出来て、『関わらないはずだった人と腹を割って会話が出来る』ってのは、ネットゲーム以外じゃ中々見られるもんじゃない。
出会わなかったはずの人たちを繋げる、楽しい気持ちの共有場。
それがMMOの良いところだと、俺はそう思う。
◇◇◇
「とぁーっ!」
高らかに叫ぶ赤いオーラの少女、【正義】のクリムゾンさんを見ながら考える。
……『本来関わらないはずの人たち』。
クリムゾンさんとマグリョウさんもそういう間柄だろう。
陽気で人気者のクリムゾンさん。
陰気でぼっちのマグリョウさん。
その2人はきっと、現実じゃあ決して関わらない種類の人間だ。
「てりぁーっ!!」
そんな2人は、どちらもリビハが大好きだ。
当然だ。じゃなきゃあんなにリビハをしてない。
だったらどうして、あんなに合わないのか。
……多分、最初はここまでややこしくなかったんだと思う。
あぁ、きっとそうだ。何しろ彼らは幾度か共闘したんだし。
だからきっと、今はお互いを知りすぎたせいでこうなってるんじゃないかな、と思ってる。
「ちょりゃーっ!!」
と言っても、それはあくまで俺の予想だ。
マグリョウさんは内心をぽろぽろ零すタイプじゃないし、クリムゾンさんとはそこまで長く喋った事がない。
だから2人が何を考えてるかなんてわからないし……それにそもそも、それは2人の問題だから、俺が割って入って『仲良くしなさ~い!』なんて言うつもりもない。
……ただ、俺が感じたのは。
マグリョウさんはクリムゾンさんと、一緒に居ちゃいけないって考えてるって感じと。
そしてクリムゾンさんはマグリョウさんに、寄り添ってあげなきゃいけないって考えてるって感じだろうか。
両者にあるのは多分、そういうズレだ。
ただ一緒にゲームをしていれば良かった関係から、付き合いが長引く内に段々とズレて行って、今こうして決定的なすれ違いがあるんだ。
…………なんていうか、アレだ。
あの2人は自分の要求を押し付けているようで、実際は相手の事しか考えてないように見える。
「はいぁーっ!!」
……相手のためを思うのは、美しい精神で気高い在り方だ。
だけど、俺としては……人付き合いってのは、もっと自分勝手でいいと思う。
相手のために自分を押し殺すだなんて馬鹿らしい。
そんなの苦しいだけだし、そうして苦しみながら作り笑いをするのが正しいとは思えない。
相手も、そして自分も楽しくなくちゃあ、みんなが辛いだけだと思う。
俺の価値観で言うのなら、"お前が楽しくないと俺が楽しくない" って感じだろうか。
……どうせみんなひとりの人間なんだ。もっと勝手でいい。
自分が良いと思う事を最優先で、個人個人でやりたいようにすればいい。
それは本来許されるものじゃないのかもしれないけど……今のこの場所は、違う。
ここには俺が居る。
そんな個別の人たちのちょうど真ん中に、普通で一般モブな俺が居る。
俺が持ってる『普通』っていう属性は、言わば色んなところの平均値だ。
俺の『一般モブ』って個性は、どの方向にも尖ってないニュートラルという特別だ。
何の特徴もない人間。それは無色透明で、だからこそどの色にもなれる。
厨二病っぽく格好つけるのだってちょっと好きだし、逆に真っ直ぐな王道ヒーローにだって憧れてるんだ。
灰色の男も、真っ赤なヒーローも、それぞれの気持ちが少しだけならわかるし、望みも願いもちょっとだけ理解が出来る。
なぜそうするかと言えば、俺がそういう場所が好きで、そういう場所に居たいと思うからでしかない。
これは俺の我儘だ。
俺自身が『みんなが楽しく過ごすところ』で過ごしたいんだ。
「てぇーぃっ!!」
俺はそうしてやってきた。
リュウジロウやロラロニー、そんな全員ちぐはぐなパーティの、それぞれがやりたい事を少しずつ汲み取って、みんなで楽しい時間を作って来た。
だからそんな俺ならば――――2人を仲良くさせる事は出来なくたって、みんなと俺が楽しくやれる空間を作る事くらいなら出来るはず……いや、それを作るんだ。
マグリョウさんは『【死灰】らしいまま勝ちたい』。
クリムゾンさんは『みんなで協力して勝利したい』。
そして俺は『そんな2人と楽しくゲームがしたい』。
そんな俺たちの全員が、誰一人何ひとつ我慢する事なく、めいっぱい楽しめる空間を作って、遊ぶ。
俺にとってのRe:behindは、そうして楽しむネットゲームだ。
「ちぁーっ!!」
「……どういう掛け声してんだ、あいつ」
だから、今の俺が目指すのは。
そんな2人を直接結びつけるんじゃなく、2人がここで憂いなく楽しめるようにする事だ。
『苦しみながら無理やりする1対1の付き合い』は楽しくない。
『それぞれが自由にやる、ひとつのグループとして付き合い』が良いと思う。
あぁ、きっとそれがいい。
首都の竜型ドラゴン戦で1回、海岸のリスドラゴン戦で1回、合計2回の共闘をした2人だ。
余計な事を考えず、強大な敵を打ち倒す事だけ考えたなら、きっと一緒に戦える。
そうして全部終わったあとに、マグリョウさんとクリムゾンさんに『このメンバーで居たから楽しかった』って思って貰えれば、それがなによりだ。
◇◇◇
「……サクリファクト、罠だ」
「了解っす。どの辺に?」
「適当でやれ」
ぶっきらぼうなマグリョウさんの言葉を聞き、ストレージから落とし穴用のスコップを取り出す。
『適当』。マグリョウさんらしい、わかりにくい物言い。
この場合『適当』とは、『雑』って意味じゃない。
それは本来の意味での『適当』、『お前が考えうる最適な判断をしろ』って意味だ。
……マグリョウさんの言葉はいつだって、なんとも理解が難しい。
普通に言えばいいのに と思った事は、片手じゃ数え切れないくらいあるしさ。
「ラジャーっす」
そんな乱暴な言葉を投げてくる先輩に親指を立てつつ、今の俺に出来る最大の強化を開始する。
……そのすべては、俺のため。
そしてマグリョウさんとクリムゾンさんと、ヒレステーキさんとツシマとチイカと……とにかくみんなの『楽しくリビハをするため』に。
リスドラゴンをぶっ倒すのも、ラットマンをぶっ飛ばすのも、楽しい空間を作るのも――どれもこれも全部をやろう。
俺はこのゲームが好きなんだ。
今まで遊んで来た時間は最高だったし、これから遊ぶ時間だって絶対最高に面白い。
……だから、俺とみんながこれからも楽しむためならば。
この超加速。それによる大げさなペナルティと、脳への負荷やら肉体へのフィードバックくらい……いくらだって、受け入れてやる。
「【死灰の片腕】【金王の好敵手】、『一切れのケーキ』」
ド……ク……、と刻みを遅くした心音。
スローモーションになって行く視界。
――――加速完了。行くぞ、全開だ。
「……燃えるぜ」
そんな俺の加速した視界の中、灰を纏った先輩が一言格好つける。
リスドラゴン戦、『第五フェーズ』が始まった。
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