第五十五話 ロール・プレイング・ゲーム 4
「マグリョウっ! サクリファクトくんっ!!」
「……あぁ?」
クソリス野郎の起き抜けタックルで無様に事故った正義バカが、はしゃいだ声で俺の名を呼んでいる。
どうして完治してやがる? ポーションにしたって復帰が早え。
……【聖女】のアレが治したか?
あいつの『ヒール』でサクリファクトも助けられてたようだが……あのイカれヒーラー女、どういう風の吹き回しだ。
「私も! 私もやるぞっ!!」
「…………」
「らしいっすよ」
そう叫びながら駆け寄って来る正義バカは、何故かわざわざ大きく回って迂回をし、クソリス野郎の背後で戦う俺たちの元へやってくる。
狙いは共闘か。
この期に及んで、まだ俺に近付こうとするのか。
……理解に苦しむぜ。散々悪しざまに言ってやったってのに。
「……意味がわかんねぇ。今まで通り勝手にやってりゃいいだろうが」
「一緒に戦いたいんすよ、クリムゾンさんも」
「下らねぇな。仲良しごっこをする気はねぇぞ」
めんどくせぇな、と。それだけを思う。
何で俺がそんな事をしなきゃならねぇのかと。
あいつは確かにデキるヤツだ。それは俺も理解してる。
だが、絶望的に頭が弱ぇ。それこそ【脳筋】と変わらんレベルでクソバカだ。
クソリスに俺の剣が通った時、あいつは俺に "どうして?" と聞いた。
体毛が無い場所を、刺突という一点集中の技術で貫いた事実が目の前にあるってのに、それを自分で理解しようともぜずに、俺に答えをねだって来た。
馬鹿じゃねぇのか。いや、馬鹿か。
"その理屈は?" なんて聞く必要がどこにある?
馬鹿なんだったら馬鹿なりに、俺がリスの足をブチ抜いたって部分だけを飲み込み、それを真似りゃあいいだけだろうが。
足りねぇ頭で考えて、それでも答えを自分で出せず、人に頼って情報のクレクレをするのは、純度100%の寄生厨がする地雷行動だ。
例えあいつにどれほどの実力があろうとも、それを発揮出来ないんじゃあ意味がねぇ。
血で目を潰し骨で心臓を穿つのが唯一の正解である戦場で、気になる事のすべてを理解してからじゃないと動けねぇヤツは、そこらのゲームのNPC以下だ。
そんな愚図は俺の戦地に必要ねぇ。
「マグリョウさん」
「……要らねぇよ」
「って言ってもこのリスは、ガチガチに硬くてすげえ疾いっすよ。俺たちだけじゃあどうにもできなくないっすか?」
「……正義は駄目だ。頭が悪い頭でっかちだ。出来ないことをしようとする身の程知らずは、純粋な戦闘を濁らせる不純物でしか――――」
「――――私は、信じるっ! マグリョウとサクリファクトくんを信じる! だから私に! 指示をしてくれっ!」
「……ぁあ?」
「何をすればいいのか、ただそれだけを! 理由も作戦もいらないからっ! そんなの聞いたってわからないから! だから、ただ何をすればいいのかってだけを! それだけを言って欲しいっ!!」
「…………」
…………何が、あった。
【聖女】のアレも【正義】のアレも、いつもと違うことをする。
……昨日までと何が違う?
戦う理由か? 戦場の大きさか? ドラゴンの有無か? 必勝だけを求めるひりつきか?
それとも。
「…………」
「……出来ないこと、もうしないみたいっすよ。あ、落とし穴設置しますね」
……お前か?
サクリファクト。
お前が居るから、今日は何かが違うのか?
「マグリョウ! 私には貴様がわからないけど、その強さだけは知っている!」
「……なんだ、いきなり」
「貴様の事は好きじゃないけど、その強さだけは信頼してる!」
「…………」
……俺にはわかる。
これは真っ直ぐな本心、誤魔化しのない率直な本音だ。
心の底から言っている、正真正銘の『誠実』な言葉だ。
いつ何時でもそれを探っていた俺だから、それがわかる。
「だから、リビハで一番強いプレイヤー……【死灰】のマグリョウ! そしてその片腕たるサクリファクトくんっ!」
「…………」
「私1人じゃ勝てないから……私は、勝てないのは……みんなと仲良く出来ないのは……リビハが終わるのは、嫌だからっ! だから!」
ダンジョンで殺した大蜘蛛から抽出した毒液を、クソリスの顔面に浴びせ――そうしながら、つくづく思う。
……どういう人間なんだよ、コイツは。
どんな人生を生きてきたら、こんなヤツになれるんだよ。
絵に描いたような良い子ちゃん。ヒトのお手本。義愛の擬人化。
他人を疑う事をせず、人間の善性を信じて真っ直ぐに、思った事をすっかりそのまま口にする――――その『正直』さ。
それはまるで子供のような純粋さで、汚してはいけないクソ美術品を見るかのようですらある。
「その2人が持った、勝利を掴む強い力で! 私たちリビハプレイヤーを! 勝利へと導いて欲しいっ!!」
「…………」
包み隠さずモノを言う。
それは俺と同じ事をしているように見えながら、根っこの所はまるきり違う。
俺は、人の心を傷つける。
コイツは、人の心を奮い立たせる。
そこにあるのは等しく『正直』でありながら、結果は真逆。
善と悪とで綺麗に対極にある同士だ。
「お願いだっ! マグリョウ!!」
「…………」
……それを "どうして?" なんて言う気は無い。
それこそ今更ってモンだろう。
環境、性格、容姿……そんな様々な要因があってこうなってんだから、そこを疑問には思わない。
だから俺は、そんなコイツを認めている。
正直で誠実な魂と、それによって付いた【正義】という二つ名。
それに騎士としての完成度も、類まれなる戦闘センスも悪くない。
それらは確かに唸るばかりの出来栄えで、そういう意味では嫌ってない。
「……てめぇに何が出来る」
「私は、頑張る! すごく頑張って、一緒に戦うぞっ! 強い絆で結ばれた2人にも負けず、私の役割をこなしてみせるのだっ!!」
……以前のクソリス戦の時も、正義はこうして俺を奮わせる言葉を言った。
正義を演じる偽善ではなく、キャラクターを演じるロールプレイでもなく、中身の思いをそのまま晒す本心の、ヒーローじみたクサい言葉を。
……あの時俺は、協力をした。
興味深い初心者が居たから、スピカと約束をしたから、俺がそうしたかったから――――いくらでも理由は見つかるが、何より俺は…………。
…………協力プレイに、飢えていて。
そしてその時の状況が、そういう事を許してくれたから。
だからあの時は、ソレをした。
だが。
「マグリョウ……! だから……!」
「……馬鹿じゃねぇのか」
「…………っ!?」
今の俺には、友達が居る。たったひとりだけではあるが、サクリファクトという親友が居る。
だったらもうこれ以上は求めない。求めてはいけない。求めていいはずがない。
――――【死灰】のマグリョウは、孤高の軽戦士だ。
その隣には、必要以上の奴が居てはならない。
『片腕』たるならず者の1人くらいは居てもいいが、それ以上は居てはいけない。
【死灰】は孤独に高みへ昇る。
それが俺の役割だ。
◇◇◇
「マグリョウっ! お願いだから……どうかみんなで、一緒に……!」
「…………チッ」
【正義】のクリムゾン。
それは人気者で、リア充で、陽キャだ。
汚れる事なく人生を謳歌し、その人柄で周囲から好かれ、日向を歩き続ける女だ。
そんなお前が、俺の側に、近寄るな。
匿名掲示板での罵り合いと、ダンジョン内での殺し合いだけが生きがいの、日陰者と共にあろうとするんじゃねぇ。
お前は俺と居ちゃならない。
そして。
俺はお前と居てはいけない。
お前と俺では、住む世界が違うんだ。
「どうして俺がそんな事しなきゃならねぇんだよ。この【死灰】にそんなモンは必要ねぇ」
俺はお前と違う者だ。
社会不適合者だ。性格破綻のクソ陰キャだ。どうしようもねぇコミュ障だ。
その無残で凄惨な腐敗の性質は、誰が見たって良からぬモンだろう。
あぁ、そんなのは俺が一番知ってる。
そうして生きて来たんだから、俺が一番よくわかってる。
人間として不出来だし、およそまともじゃねぇゴミクズだとはっきり言えるぜ。
「…………マ、マグリョウ……!」
「ギヂィッ!! ギィィィ!!」
「フンヌゥァァンッ!!」
…………だけど。
だけどな。
これが俺だ。これが間黒亮二だ。
こういう生き様を晒して行くのが、【死灰】のマグリョウという存在なんだ。
俺はずっとこうだった。
自分が好きだなんて死んでも言えねぇが、それでも俺はこういう風に生きてきた。
万年ソロ。それは確かにネトゲプレイヤーとしてゴミだろう。
コミュ障。それは確かに、社会生物として劣等だろう。
ネトゲ廃人。それは確かに人間としてクソだろう。
リビハの【死灰】のマグリョウは、ネトゲで遊ぶプレイヤーとして見れば、確かに出来の良い人間じゃあねぇんだろう。
だが、それでも俺は俺を否定しない。
クズにはクズのプライドがある。積んで重ねたクズなりに譲れぬ矜持がある。
俺は俺なりに正しい。
この埃と灰に塗れた生き様が、俺にとってはかけがえの無い最高のクソ人生なんだ。
「……俺はやらねぇ」
俺はこのまま行く。
例え協力しなけりゃゲームが終わる今日だろうとも、俺はこのまま、『ならず者』をひとり連れたまま、孤高の軽戦士のままで行く。
…………それが俺の生き様であり、俺が【死灰】を名乗るための最低限だ。
顔も知らないぼっち共。
妬み嫉みで生きる孤独なそいつらが、俺を【死灰】と呼び、俺の後を追った。
匿名掲示板のクソッタレ共。
顔も明かさない卑怯な素振りで、誰も彼もを悪く言うあいつらが、ひねくれながらも俺を認めて、【死灰】と呼んでネタにした。
ネトゲしか居場所のねぇ人格破綻者共。
現実を諦めたゴミ人間中のゴミ人間なそいつらは、俺を【死灰】と呼んで夢を見た。
『一般』からいずれかに劣った『残念なヤツら』が、自分と同じ万年ソロでコミュ障ネトゲ廃人なこの俺を、【死灰】と呼んで担ぎ上げた。
……駄目な自分と俺を重ねて、自分の僅かな可能性を、俺に託すようにして。
「でも……!」
「【死灰】は馴れ合いをしねぇ、と……そう決まってる」
……【死灰】はひとりの名前じゃない。
『残念なヤツら』の総称だ。『出来損ない』の上澄みだ。無念の内にくたばったクズ共の、死体の山から湧き出た灰色の怪物だ。
だから俺は、俺を曲げない。
もし曲げちまったなら、それは俺とあいつらの人生を否定して――『俺たちのような人間は、間違った生き方をしていた』と負けを認める、人生敗北宣言だろう。
……あぁ、そんな事をするものかよ。
俺たちは不出来だが、失敗はしてねぇ。劣ってはいるが、無価値なんかじゃねぇ。
地べたを這いずって生きてきた俺たちの人生が、無意味だったなんて言わせねぇ。
俺はこのまま行く。
仲間同士でワイワイつるみ、歯をむき出しにして笑顔を見せる陽キャ野郎を。
『臨時パーティ』なんていうコミュ強専用コンテンツを調子よく楽しむ野郎を。
気の合うメンバーとクラン活動だとかほざいて、明るい時間を過ごす野郎を。
天賦の才を持つ野郎を。整った顔を持つ野郎を。上流の家に生まれた野郎を。
上等な血筋を、恵まれた才能を、優れた性格を、日向を歩ける幸運な野郎を。
そんな上等な人生を送って来た勝ち組共を、クズな【死灰】がクズのまま――――ねじ伏せる。
不良で劣等で低級で下等で粗悪で悲惨なそのままで、誰より高い場所へ行く。
性格破綻で、煽り厨で、イキリ野郎で、厨二病で、ネトゲガチ勢のクソ陰キャのままで……優れた奴らの頭上に昇って、"俺の勝ちだ" と言ってやる。
『たかがゲーム』のこの世界、されどゲームの生活直結型Dive Game Re:behind。
そのてっぺんからすべてを見下し、勝ち誇った笑みで煽り散らしてやる。
日陰に潜む爪弾き共に、思う存分自己投影出来る存在で居続けてやる。
劣ったままでトップになる。
――――これが俺の、クズ共に対する『誠実さ』だ。
◇◇◇
「そ、そんな……! マ、マグリョウ! 私は、その……頑張るぞっ!?」
「要らねぇよ」
「何でも! 何でもするっ! どんな事を命じられても、精一杯やりこなして見せるっ!! それが例え、もしかしたら死んじゃうようなことだって! 私は頑張る! 泣き言を言わずにちゃんとするからっ! 一生懸命役に立つからっ!」
「しつけぇなカス」
他人を信じ、人間を好いて、誰かのために全力を尽くす。
そうして【正義】と呼ばれるお前のキャラクター性は、【死灰】と共にあるモンじゃねぇ。
誰とも寄り添わず、ようやく見つけた相棒だって、ひねくれた『ならず者』のひとりきりだった【死灰】のマグリョウは、人気者の【正義】と協力する男じゃねぇ。
俺とお前は、そういう風に過ごして来ただろ。
そういうモンとして、今こうして別々の高みに昇ってんだろ。
……【死灰】は【正義】に屈しない。
……【正義】は【死灰】に従わない。
それが俺たちの大原則のはずなんだ。
『仲良しこよし』はお前の領分。
『馴れ合わない』のが俺の生き方。
互いがそれぞれそうして過ごして、今の栄光があるんだろう。
だから、曲げるな。
【正義】らしさを、【死灰】らしさを、否定するな。
それは俺の生き様の否定だけじゃなく、正義のヒーローとして生きるお前を否定する事でもあるんだ。
だから、やめろ。
お前が【死灰】に頭を下げるなんて、そんな醜い真似はするな。
……そんな正義のヒーローは……俺は見たくねぇんだよ。
「わ、わたしは……! 私はっ! 勝ちたいのだっ!! 協力をして戦って、みんなの力で打ち勝って……それで…………みんなと、一緒に…………やったぁ、って……っ!」
「…………んな気持ちわりい事を、この【死灰】がやってたまるかよ。考えただけでも虫唾が走るぜ」
救おうとする【正義】と、殺そうとする【死灰】。
並べて比べりゃわかるだろ。
お前と俺では――――『在り方』が違うんだよ。
だから、もうやめろ。無駄なんだよ。
……頼むから、わかれよ。理解しろよ。
もう、やめろよ。
「でも……だって……! わ、わたしはぁ……!」
「……いい加減にしろよ。眼の前にドラゴンが居るこの状況で、いつまでもウダウダうじうじ泣きべそかいて……鬱陶しさが極限突破するわボケ」
「そ、そんな……っ!!」
口を開けば悪態を吐く。必要以上に煽りを入れる。
真逆の人生を歩むお前を、傷つけずには居られない。
……わかってるだろ。【死灰】はこういうものなんだ。
それは変えられない。変えたくないし、変えちゃいけない。
俺はお前を認めてる。お前は確かに強いヤツで、嘘を吐かない誠実な女だ。
俺はお前が嫌いじゃない。直接言う気は毛頭ないが、お前の事は本当にいい女だと思ってる。
だけど、無理だ。だからこそ無理なんだ。
お前と会話をしたならば、俺は必ず傷つける。
合わない同士で共に戦えば、お前は必ず涙を流す。
だからもう……やめてくれ。
もうこれ以上、俺にお前を……傷つけさせないでくれ。
……俺はお前を、殺したくない。
「わたしは……わたしは…………」
「…………」
……わからねぇ。
コミュ障な俺にはもう、どうすりゃいいのかわかんねぇよ。
「…………」
だから……頼む。
どうにかしてくれ。
助けてくれ。
「……サクリファクト」
「うぅ……サクリファクトくぅん……」
「なんすか?」
「…………」
「…………」
「…………頼むわ」
「……お願い、するのだ……」
「あ~……はい」
……そう言って困ったように笑うサクリファクトは、とことんいつも通りの雰囲気で。
そんなコイツの気の抜けた様子が、今の俺にはどんな剣より、どんなアイテムよりも……頼もしく見えた。
◇◇◇




