表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
214/246

第五十五話 ロール・プレイング・ゲーム 4




「マグリョウっ! サクリファクトくんっ!!」


「……あぁ?」




 クソリス野郎の起き抜けタックルで無様に事故った正義バカが、はしゃいだ声で俺の名を呼んでいる。


 どうして完治してやがる? ポーションにしたって復帰が早え。

 ……【聖女】のアレが治したか?

 あいつの『ヒール』でサクリファクトも助けられてたようだが……あのイカれヒーラー女、どういう風の吹き回しだ。




「私も! 私もやるぞっ!!」


「…………」


「らしいっすよ」




 そう叫びながら駆け寄って来る正義バカは、何故かわざわざ大きく回って迂回をし、クソリス野郎の背後で戦う俺たちの元へやってくる。


 狙いは共闘か。

 この期に及んで、まだ俺に近付こうとするのか。


 ……理解に苦しむぜ。散々悪しざまに言ってやったってのに。




「……意味がわかんねぇ。今まで通り勝手にやってりゃいいだろうが」


「一緒に戦いたいんすよ、クリムゾンさんも」


「下らねぇな。仲良しごっこをする気はねぇぞ」




 めんどくせぇな、と。それだけを思う。

 何で俺がそんな事をしなきゃならねぇのかと。


 あいつは確かにデキるヤツだ。それは俺も理解してる。

 だが、絶望的に頭が弱ぇ。それこそ【脳筋】と変わらんレベルでクソバカだ。


 クソリスに俺の剣が通った時、あいつは俺に "どうして?" と聞いた。

 体毛が無い場所を、刺突という一点集中の技術で貫いた事実が目の前にあるってのに、それを自分で理解しようともぜずに、俺に答えをねだって来た。


 馬鹿じゃねぇのか。いや、馬鹿か。

 "その理屈は?" なんて聞く必要がどこにある?

 馬鹿なんだったら馬鹿なりに、俺がリスの足をブチ抜いたって部分だけを飲み込み、それを真似りゃあいいだけだろうが。


 足りねぇ頭で考えて、それでも答えを自分で出せず、人に頼って情報のクレクレをするのは、純度100%の寄生厨がする地雷行動だ。

 例えあいつにどれほどの実力があろうとも、それを発揮出来ないんじゃあ意味がねぇ。


 血で目を潰し骨で心臓を穿つのが唯一の正解である戦場で、気になる事のすべてを理解してからじゃないと動けねぇヤツは、そこらのゲームのNPC以下だ。

 そんな愚図は俺の戦地に必要ねぇ。




「マグリョウさん」


「……要らねぇよ」


「って言ってもこのリスは、ガチガチに硬くてすげえ疾いっすよ。俺たちだけじゃあどうにもできなくないっすか?」


「……正義(アレ)は駄目だ。頭が悪い頭でっかちだ。出来ないことをしようとする身の程知らずは、純粋な戦闘を濁らせる不純物でしか――――」





「――――私は、信じるっ! マグリョウとサクリファクトくんを信じる! だから私に! 指示をしてくれっ!」


「……ぁあ?」


「何をすればいいのか、ただそれだけを! 理由も作戦もいらないからっ! そんなの聞いたってわからないから! だから、ただ何をすればいいのかってだけを! それだけを言って欲しいっ!!」


「…………」




 …………何が、あった。

【聖女】のアレも【正義】のアレも、いつもと違うことをする。


 ……昨日までと何が違う?

 戦う理由か? 戦場の大きさか? ドラゴンの有無か? 必勝だけを求めるひりつきか?


 それとも。




「…………」


「……出来ないこと、もうしないみたいっすよ。あ、落とし穴設置しますね」




 ……お前か?

 サクリファクト。


 お前が居るから、今日は何かが違うのか?




「マグリョウ! 私には貴様がわからないけど、その強さだけは知っている!」


「……なんだ、いきなり」


「貴様の事は好きじゃないけど、その強さだけは信頼してる!」


「…………」




 ……俺にはわかる。

 これは真っ直ぐな本心、誤魔化しのない率直な本音だ。

 心の底から言っている、正真正銘の『誠実』な言葉だ。

 いつ何時(なんどき)でもそれを探っていた俺だから、それがわかる。




「だから、リビハで一番強いプレイヤー……【死灰】のマグリョウ! そしてその片腕たるサクリファクトくんっ!」


「…………」


「私1人じゃ勝てないから……私は、勝てないのは……みんなと仲良く出来ないのは……リビハが終わるのは、嫌だからっ! だから!」




 ダンジョンで殺した大蜘蛛から抽出した毒液を、クソリスの顔面に浴びせ――そうしながら、つくづく思う。


 ……どういう人間なんだよ、コイツは。

 どんな人生を生きてきたら、こんなヤツに()()()()()()


 絵に描いたような良い子ちゃん。ヒトのお手本。義愛の擬人化。

 他人を疑う事をせず、人間の善性を信じて真っ直ぐに、思った事をすっかりそのまま口にする――――その『正直』さ。

 それはまるで子供のような純粋さで、汚してはいけないクソ美術品を見るかのようですらある。



「その2人が持った、勝利を掴む強い力で! 私たちリビハプレイヤーを! 勝利へと導いて欲しいっ!!」


「…………」




 包み隠さずモノを言う。

 それは俺と同じ事をしているように見えながら、根っこの所はまるきり違う。


 俺は、人の心を傷つける。

 コイツは、人の心を奮い立たせる。

 そこにあるのは等しく『正直』でありながら、結果は真逆。

 善と悪とで綺麗に対極にある同士だ。




「お願いだっ! マグリョウ!!」


「…………」




 ……それを "どうして?" なんて言う気は無い。

 それこそ今更ってモンだろう。

 環境、性格、容姿……そんな様々な要因があってこうなってんだから、そこを疑問には思わない。


 だから俺は、そんなコイツを認めている。

 正直で誠実な魂と、それによって付いた【正義】という二つ名。

 それに騎士ナイトとしての完成度も、類まれなる戦闘センスも悪くない。

 それらは確かに唸るばかりの出来栄えで、そういう意味では嫌ってない。




「……てめぇに何が出来る」


「私は、頑張る! すごく頑張って、一緒に戦うぞっ! 強い絆で結ばれた2人にも負けず、私の役割ロールをこなしてみせるのだっ!!」




 ……以前のクソリス戦の時も、正義コイツはこうして俺を奮わせる言葉を言った。

 正義を演じる偽善ではなく、キャラクターを演じるロールプレイでもなく、中身の思いをそのまま晒す本心の、ヒーローじみたクサい言葉を。


 ……あの時俺は、協力をした。

 興味深い初心者(Newbie)が居たから、スピカと約束をしたから、俺がそうしたかったから――――いくらでも理由は見つかるが、何より俺は…………。


 …………協力プレイ(COOP)に、飢えていて。

 そしてその時の状況が、そういう事を許してくれたから。

 だからあの時は、ソレをした。



 だが。




「マグリョウ……! だから……!」


「……馬鹿じゃねぇのか」


「…………っ!?」




 今の俺には、友達が居る。たったひとりだけではあるが、サクリファクトという親友が居る。

 だったらもうこれ以上は求めない。求めてはいけない。求めていいはずがない。



――――【死灰】のマグリョウは、孤高の軽戦士(フェンサー)だ。

 その隣には、必要以上の奴が居てはならない。

『片腕』たるならず者(ローグ)の1人くらいは居てもいいが、それ以上は居てはいけない。


【死灰】は孤独に高みへ昇る。

 それが俺の役割(生き方)だ。




     ◇◇◇




「マグリョウっ! お願いだから……どうかみんなで、一緒に……!」


「…………チッ」




【正義】のクリムゾン。

 それは人気者で、リア充で、陽キャだ。

 汚れる事なく人生を謳歌し、その人柄で周囲から好かれ、日向を歩き続ける女だ。


 そんなお前が、俺の側に、近寄るな。

 匿名掲示板での罵り合いと、ダンジョン内での殺し合いだけが生きがいの、日陰者と共にあろうとするんじゃねぇ。


 ()()()()()居ちゃならない。

 そして。

 ()()()()()居てはいけない。

 お前と俺では、住む世界が違うんだ。



「どうして俺がそんな事しなきゃならねぇんだよ。この【死灰】にそんなモンは必要ねぇ」




 俺はお前と違う者だ。

 社会不適合者だ。性格破綻のクソ陰キャだ。どうしようもねぇコミュ障だ。

 その無残で凄惨な腐敗の性質タチは、誰が見たって良からぬモンだろう。


 あぁ、そんなのは俺が一番知ってる。

 そうして生きて来たんだから、俺が一番よくわかってる。

 人間として不出来だし、およそまともじゃねぇゴミクズだとはっきり言えるぜ。




「…………マ、マグリョウ……!」


「ギヂィッ!! ギィィィ!!」


「フンヌゥァァンッ!!」




 …………だけど。

 だけどな。


 これが俺だ。これが間黒(まぐろ)亮二りょうじだ。

 こういう生き様を晒して行くのが、【死灰】のマグリョウという存在なんだ。


 俺はずっとこうだった。

 自分が好きだなんて死んでも言えねぇが、それでも俺はこういう風に生きてきた。


 万年ソロ。それは確かにネトゲプレイヤーとしてゴミだろう。

 コミュ障。それは確かに、社会生物として劣等だろう。

 ネトゲ廃人。それは確かに人間としてクソだろう。

 リビハの【死灰】のマグリョウは、ネトゲで遊ぶプレイヤーとして見れば、確かに出来の良い人間じゃあねぇんだろう。


 だが、それでも俺は俺を否定しない。

 クズにはクズのプライドがある。積んで重ねたクズなりに譲れぬ矜持がある。


 ()()()()()()()()()

 この埃と灰に塗れた生き様が、俺にとってはかけがえの無い最高のクソ人生なんだ。




「……俺はやらねぇ」




 俺はこのまま行く。

 例え協力しなけりゃゲームが終わる今日だろうとも、俺はこのまま、『ならず者(ローグ)』をひとり連れたまま、孤高の軽戦士(フェンサー)のままで行く。

 …………それが俺の生き様であり、俺が【死灰】を名乗るための()()()だ。


 顔も知らないぼっち共。

 妬み嫉みで生きる孤独なそいつらが、俺を【死灰】と呼び、俺の後を追った。

 匿名掲示板のクソッタレ共。

 顔も明かさない卑怯な素振りで、誰も彼もを悪く言うあいつらが、ひねくれながらも俺を認めて、【死灰】と呼んでネタにした。

 ネトゲしか居場所のねぇ人格破綻者共。

 現実を諦めたゴミ人間中のゴミ人間なそいつらは、俺を【死灰】と呼んで夢を見た。


『一般』から()()()()に劣った『残念なヤツら』が、自分と同じ万年ソロでコミュ障ネトゲ廃人なこの俺を、【死灰】と呼んで担ぎ上げた。

 ……駄目な自分と俺を重ねて、自分の僅かな可能性を、俺に託すようにして。




「でも……!」


「【死灰】は馴れ合いをしねぇ、と……()()()()()()()




 ……【死灰】はひとりの名前じゃない。

『残念なヤツら』の総称だ。『出来損ない』の上澄みだ。無念の内にくたばったクズ共の、死体の山から湧き出た灰色の怪物だ。


 だから俺は、俺を曲げない。

 もし曲げちまったなら、それは俺とあいつらの人生を否定して――『俺たちのような人間は、間違った生き方をしていた』と負けを認める、人生敗北宣言だろう。


 ……あぁ、そんな事をするものかよ。

 俺たちは不出来だが、失敗はしてねぇ。劣ってはいるが、無価値なんかじゃねぇ。

 地べたを這いずって生きてきた俺たちの人生が、無意味だったなんて言わせねぇ。



 俺はこのまま行く。

 仲間同士でワイワイつるみ、歯をむき出しにして笑顔を見せる陽キャ野郎を。

『臨時パーティ』なんていうコミュ強専用コンテンツを調子よく楽しむ野郎を。

 気の合うメンバーとクラン活動だとかほざいて、明るい時間を過ごす野郎を。

 天賦の才を持つ野郎を。整った顔を持つ野郎を。上流の家に生まれた野郎を。

 上等な血筋を、恵まれた才能を、優れた性格を、日向を歩ける幸運な野郎を。


 そんな上等な人生を送って来た勝ち組共を、クズな【死灰】がクズのまま――――ねじ伏せる。


 不良で劣等で低級で下等で粗悪で悲惨なそのままで、誰より高い場所へ行く。

 性格破綻で、煽り厨で、イキリ野郎で、厨二病で、ネトゲガチ勢のクソ陰キャのままで……優れた奴らの頭上に昇って、"俺の勝ちだ" と言ってやる。


『たかがゲーム』のこの世界、されどゲームの生活直結型Dive Game Re:behind(リ・ビハインド)

 そのてっぺんからすべてを見下し、勝ち誇った笑みで煽り散らしてやる。

 日陰に潜む爪弾き共に、思う存分自己投影出来る存在で居続けてやる。


 ()()()()()()()()()()()()

――――これが俺の、クズ共(あいつら)に対する『誠実さ』だ。




     ◇◇◇




「そ、そんな……! マ、マグリョウ! 私は、その……頑張るぞっ!?」


「要らねぇよ」


「何でも! 何でもするっ! どんな事を命じられても、精一杯やりこなして見せるっ!! それが例え、もしかしたら死んじゃうようなことだって! 私は頑張る! 泣き言を言わずにちゃんとするからっ! 一生懸命役に立つからっ!」


「しつけぇなカス」




 他人を信じ、人間を好いて、誰かのために全力を尽くす。

 そうして【正義】と呼ばれるお前のキャラクター性は、【死灰】と共にあるモンじゃねぇ。


 誰とも寄り添わず、ようやく見つけた相棒だって、ひねくれた『ならず者(ローグ)』のひとりきりだった【死灰】のマグリョウは、人気者の【正義】と協力する男じゃねぇ。


 俺とお前は、そういう風に過ごして来ただろ。

 そういうモンとして、今こうして別々の高みに昇ってんだろ。


 ……【死灰】は【正義】に屈しない。

 ……【正義】は【死灰】に従わない。

 それが俺たちの大原則のはずなんだ。


『仲良しこよし』はお前の領分。

『馴れ合わない』のが俺の生き方。

 互いがそれぞれそうして過ごして、今の栄光があるんだろう。


 だから、曲げるな。

正義(おまえ)】らしさを、【死灰(おれ)】らしさを、否定するな。

 それは俺の生き様の否定だけじゃなく、正義のヒーローとして生きるお前を否定する事でもあるんだ。


 だから、やめろ。

 お前が【死灰(クズ)】に頭を下げるなんて、そんな醜い真似はするな。


 ……そんな正義のヒーローは……俺は見たくねぇんだよ。




「わ、わたしは……! 私はっ! 勝ちたいのだっ!! 協力をして戦って、みんなの力で打ち勝って……それで…………みんなと、一緒に…………やったぁ、って……っ!」


「…………んな気持ちわりい事を、この【死灰】がやってたまるかよ。考えただけでも虫唾が走るぜ」




 救おうとする【正義】と、殺そうとする【死灰】。

 並べて比べりゃわかるだろ。

 お前と俺では――――『在り方(ロール)』が違うんだよ。


 だから、もうやめろ。無駄なんだよ。

 ……頼むから、わかれよ。理解しろよ。


 もう、やめろよ。




「でも……だって……! わ、わたしはぁ……!」


「……いい加減にしろよ。眼の前にドラゴンが居るこの状況で、いつまでもウダウダうじうじ泣きべそかいて……鬱陶しさが極限突破するわボケ」


「そ、そんな……っ!!」




 口を開けば悪態を吐く。必要以上に煽りを入れる。

 真逆の人生を歩むお前を、傷つけずには居られない。


 ……わかってるだろ。【死灰】はこういうものなんだ。

 それは変えられない。変えたくないし、変えちゃいけない。


 俺はお前を認めてる。お前は確かに強いヤツで、嘘を吐かない誠実な女だ。

 俺はお前が嫌いじゃない。直接言う気は毛頭ないが、お前の事は本当にいい女だと思ってる。


 だけど、無理だ。だからこそ無理なんだ。

 お前と会話をしたならば、俺は必ず傷つける。

 合わない同士で共に戦えば、お前は必ず涙を流す。


 だからもう……やめてくれ。

 もうこれ以上、俺にお前を……傷つけさせないでくれ。


 ……俺はお前を、殺したくない。




「わたしは……わたしは…………」


「…………」




 ……わからねぇ。

 コミュ障な俺にはもう、どうすりゃいいのかわかんねぇよ。



「…………」



 だから……頼む。

 どうにかしてくれ。

 助けてくれ。




「……サクリファクト」


「うぅ……サクリファクトくぅん……」




「なんすか?」




「…………」


「…………」







「…………頼むわ」


「……お願い、するのだ……」





「あ~……はい」




 ……そう言って困ったように笑うサクリファクトは、とことんいつも通りの雰囲気で。

 そんなコイツの気の抜けた様子が、今の俺にはどんな剣より、どんなアイテムよりも……頼もしく見えた。




     ◇◇◇




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ