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第五十四話 ロール・プレイング・ゲーム 3




     ◇◇◇




「マグリョウが言われる『あいつには2つのコマンドしかない』って冗談、あるでしょ?」


「う、うむ」


「ボクは知ってるよ。それはホントのことなんだって」




 ……私だって知っている。

 その冗談も、そしてそれが【殺界】の言う通りに真実であるということを。


竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】、【死灰】のマグリョウ。

 それを語る時には決まり文句のように言われるのが

 "あいつは『無視』か『殺す』という2つのコマンドしか持ってない"

 という言葉だ。


 街でプレイヤーに声をかけられた時、【死灰】は基本的に無視をする。

 それはまるで掲示板の『見たくない人を見えな(NG機能)くする操作』を使っているかのように、とても自然なスルーなのだ。

 しかしそれでも食い下がり、彼の行手を塞いだりしたその時は――――鬱陶しい小虫を手で払うがごとく、ノータイムで殺そうとする。

 そこに意思の疎通や交流のチャンスなんてありはしない。野生のヤマネコモンスターや鬼角牛のほうが、まだ話がわかるというものだ。


 その上、あの男が好むダンジョンでたびたび見られる救援依頼だって、当然のように無視をして。

 それが少しでもしつこいとなれば、即抜剣からの即殺戮(PK)だ。

 情け容赦のない、『殺す』ことへの一直線の動き。人を人とも思わない冷徹な殺処分。

 そうして無残に殺されていくプレイヤーに向けて最後に言い放つのが、"死体は良い、何しろ喋らねぇ" なんてセリフなものだから、誰もが当然近づくことを諦めた。


 そして今では、多くの視線を向けられながら、とうとう誰も声をかけなくなった、冷たい灰の男。

 そのように積み重ねた周囲の印象と風聞があるからこそ、"【死灰】には2つのコマンドしかない" と言われるのだ。




「正義ちゃんだって知ってるでしょ? マグリョウが本当に『無視』か『殺す』しかしないのは、ホントに本当なんだって」


「……うん」


「だからね? もしホントに正義ちゃんの事がキライなら、そうしてないとおかしいよ」


「え?」


「普通は『無視』か『殺す』しかしないのだから、酷いことを言うとか言わないとかの前にさ――――会話自体をしないでしょ」


「あ……」




 "【死灰】には、『無視』か『殺す』しかない" という決まり文句は、歴とした事実だ。

 私はそれを知っていた。


 ……知っていた、けれど。

【死灰】の――――マグリョウの私の対する扱いには、まるきり気が付いていなかった。


 私はマグリョウに、『無視』も『殺し』もされていなかった。

 ただ、口悪く受け答えされているだけだった。


 ……『無視』か『殺す』をされる他のプレイヤーとは明確に違う、特別な扱い。

 基本的に誰も相手にしない孤高の男が見せる、()()()()()という贔屓(ひいき)

 それを私は……今までずっと、されていた。されていたけど、知らなかった。




「これはカニャニャックとサクくんに聞いた話だけどさ、マグリョウが会話するのって、基本的には『殺し合いの相手』か『心を許している相手』の2つだけらしいよ。それはマグリョウが人見知りだとか面倒くさがりってのもあるけれど、やっぱり何より……コミュニケーションが苦手だからなんだろうねぇ」


「……心を、許す?」


ほやほや(そうそう)。それにそうじゃなくたって、傍から見てるとマグリョウって、正義ちゃんには気を許しているように見えるよ。挨拶もするし、信頼もあるしさ」


「信頼……」




 ……信頼、と。【殺界】はそう言った。

 邪魔者扱いをして、寄生虫だと罵った私を、マグリョウは信頼していると。


 そんなことがあるのだろうか。

 悪く言う相手を信頼しているなんてちぐはぐなこと、私は聞いたことがない。

 テレビの中のヒーローたちにも、コミックで見つける交友にも、インターネットの中にだって、そんな歪な関係性を見つけたことは無いのだ。




「で、でもっ!【死灰】は私を、"自分で気づきも得られねぇ阿呆" と! "労せず利を得る寄生" だと言ったっ!! だからきっと【死灰】は思っているのだ! 正義だ何だと騒ぐばかりで、重要な事には何一つ気づけない大馬鹿者って。自分じゃ何も出来ない……つ、つ、使えない女でっ! 寄生虫の役立たずだって……っ! それなのに信頼だなんて、そんなおかしい話は…………!」


「それでもね」


「へ……?」


「それでも、根本的な事は口にしてないでしょ」


「こんぽんてきなこと……?」




「マグリョウが正義ちゃんを『弱い』って言った事、ある?」




 …………それを言われて頭を巡らせ、今まであった【死灰】とのアレコレを考える。


 ……そうかもしれない。

 いや、そうだ。

 確かに私は、あの男に『弱い』と言われたことは―― 一度だって、無い。




     ◇◇◇





「正義ちゃん、マグリョウの言葉を思い出してみて? 彼は "邪魔だから消えろ" じゃなくって、"雑魚ネズミでも相手してろ" って言ったでしょう?」


「…………うん」


「まだまだあるよ。マグリョウがここに来てすぐに、防御が上がった硬いリスを見て "そりゃあ正義バカもヤラれる訳だ" って言ってたよね。あとはほら、ちょっと昔の話だけれど……海岸地帯のあの時にさ、マグリョウさんが開口一番 "正義、お前は何してたんだ、遊んでたのか? " って言ってたのも、ボクは覚えているよ。動画で見ただけだけれどね」


「……う、うん……言われた…………覚えてる」


「わかるかな? わかるよね? そんな言葉の真の意味。その裏にある、マグリョウの正義ちゃんに対する評価」


「…………」




 ゾク、っと、何かが背中を走った気がする。

 それが何かはわからないけど、なんだかぼんやり嬉しいような、泣きたくなるような甘さに思えた。


 ……だけど、このゾクゾクも、【死灰】の真意も。

 どちらもどんな物なのか、馬鹿な私にはわからない。ひとりじゃ答えを出せないんだ。




「……わかる、ような気がする…………けど、やっぱり私は……汲み取るのが下手くそだから……っ」


「……うん、そうだね」


「だから、だから……【殺界】、ジサツシマス。どうか私に教えて欲しい……。はっきり言葉で伝えて欲しい……。馬鹿な私でも、わかるように」





「"雑魚ネズミでも相手してろ" は "リスドラゴンは俺がやるから、お前は雑魚ネズミを倒すほうに回れ" 。

 "正義バカもヤラれる訳だ" は "こんなに硬い敵ならば、あいつの力が通用しないのも頷ける" 。

 "正義、お前は何してたんだ" は "お前が本気でやったなら、こんなヤツなんて一捻りだろ" 。

 素直じゃないし悪口みたいな言い方だけど、その全部が正義ちゃんへの信頼から来てる言葉やよ」



「…………っ」



「マグリョウは正義ちゃんを信用してる。

『無視』もしないし『殺し』もしないで、きちんと相手をしようとしてる。

 そしてそんなキミの強さを信じた上で、それを前提とした発言をしてるの。

 不器用で下手っぴで遠回しな事しか言わない……ううん、()()()()けれど、それでも正義ちゃんの強さを他の誰より信頼しているんやよ。

 ……マグリョウは言うよね、『強さこそすべてだ』って。

 それならその『強さ』の面で正義ちゃんを信頼して、そういう言葉を口にするっていうのは――不器用なコミュ障なりの、最大の賛辞なんじゃないかな?」




 背中のゾクゾクする感覚は、ビリリとした痺れに変わった。

 電流が体を震わせ、自然に背筋が伸びてしまうようなビリビリだ。


 ……あの【死灰】が、最強と呼ばれる男が。

 私のことを『強いもの』として扱っていた。

 力で全部を語る男が、私の力を認めていた。


 …………『寄生虫』と言われた時の、会話の最後に交わした言葉。

<< 【死灰】なんかもう知らないのだっ! 後で "助けて~" って言っても、助けてあげないんだっ! >>

<< ……んな事死んでも言わねぇよ。だからとっとと引っ込んで、次の出番までアホ面晒して待ち腐ってろ >>

 そんな口喧嘩のやり取りも、【殺界】の話を聞いた今ならわかることがある。

 "次の出番まで待ってろ"。それは私を戦力として見ていて、だけれど今はそのタイミングじゃないと言ってる言葉。

 口は悪いし冷たい視線と態度だけれど、それでも同じ戦うものとして。

 コミュニケーションが苦手なマグリョウなりに、わかりにくく戦友として認めてくれていたことが、ありありと感じられる。


 ……知らなかった、気づかなかったよ、そんなの。

 あのマグリョウが私の『強さ』を、そうまで信頼してくれているなんて。


 ……考えるのが苦手な私だから。

 そんなの全然、気づけなかった。




「…………そっか……マグリョウは、私を……」


「ささ、レッツゴーやよ正義ちゃん。マグリョウはキミの力を認めているの。だからそれさえ発揮できれば、キミたちは一緒に戦えるはずやよ」


「…………で、でも……私はとっても馬鹿だから、私には、マグリョウの考えを読み取ることができなくて……だからきっと、作戦とか戦法も、自分では気づけないから……きっと迷惑を……かけちゃうのだ……」




 強さを求めるゲームの世界で、マグリョウが私を強いやつだと言っている。

 それはとっても嬉しいし、勇気がこんこんと湧き出て仕方のないことだ。


 ……だけど私は、一度マグリョウに拒否された。

『自分で物を考えられない』という私の性質を見抜いた上で、ソレとは共に闘えないと言われてしまったのだ。


 だから、行けない。心から通じ合うマグリョウとサクリファクトくんの間に、そんな私が混ざろうとするのは……きっといけないことなのだから。




「だからね? そういうところが間違いなの」


「……え?」


「判らないのに判ろうとしようとか、賢しく利口に戦おうだとか、そうやってできもしない事をしようとするから、マグリョウに呆れられちゃうんやよ? 自分にできる事だけを精一杯頑張ればいいの。何でもかんでも全部をしようとするのは、欲張りさんでダメなんやよ」


「で、でも……それなら、どうやって共闘すれば……」



「他の機会じゃダメだったかもしれないけどね? 今日はドラゴンを倒す日で、ここにはボクらのサクくんが居るよ」


「…………へ……?」


「折角キミのヒーローが居るんだから、たくさん甘えて、めいっぱい頼っちゃおう?」


「あ……」


「彼なら絶対大丈夫、全部何とかしてくれる。考えるのが苦手なキミの代わりに考え、伝えるのが苦手なマグリョウの代わりに伝えてくれるよ。なんてったってサクくんは、正義ちゃんのヒーローなんだから」


「う、うん……私の……ヒーロー……」


「だからヒロインな正義ちゃんとコミュ障なマグリョウは、できない事は彼に任せて、できることだけをすればいいの」


「……できること、だけ」





「そうして自分の役目を果たすことをね、ボクは『役割ロール』って、そう呼ぶんだ。

 だからがんばれ、『役割を持って遊ぶひと(ロールプレイヤー)』」




     ◇◇◇




「彼が居たなら正義と死灰も、きっと一緒に戦える。だからね? 正義ちゃん。キミが苦手な所は全部、ぜ~んぶキミのヒーローに、任せちゃえ」


「…………うんっ!! 行ってくるっ!!」


「はぁい、いってらっしゃ~い」











「……んふ~」


「…………」


「……サクくんに頼まれたから頑張ってみたけど、コレでよかったのかなぁ?」


「……む~?」


「んふふ、ボクも頑張ったけど、チイカちゃんも頑張ったね。あそこで『殺さないヒール』をしてくれるなんて、とっても助かっちゃうよ」


「…………」


「それにしてもずるいよね、サクくんって。『女の子は女の子同士で話したほうが話が早いだろ』『それにほら、俺って女の子の気持ちがよくわかんねーし』だなんて言って、ボクらに正義ちゃんの対応を任せちゃってさ」


「…………」


「【死灰】の願いを汲んで、正義ちゃんの望みを叶えて、ボクを巻き込んでチイカちゃんを『普通のヒーラー』にしようとして――……何も妥協しようとしないなんて、サクくんはワガママやよ。欲張りはダメ、なんて正義ちゃんには言ったけど、一番欲張りなのはサクくんやよね」


「…………」


「サクくんは勇者だけれど、とってもずるい勇者なんやよ。ボクが大好きなことを知っていて、こういうお願いをするんだもの」


「…………」


「惚れた弱みで無理やりに、表舞台に立たされちゃった。ボクはこの世界じゃあ、他人と深く関わらないようにしていたって言うのにさ」


「…………」


「こんなにはっきりサクくん側についちゃったら、きっと『なごみ』に嫌われちゃうね」


「…………」


「……そうしたらチイカちゃんとも……」


「…………?」


「こんな風に仲良しでは、いられないんだろうね」





「…………」


「…………」


「…………」





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