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第五十三話 ロール・プレイング・ゲーム 2




「行くぞ、サクリファクト――――『コール・アイテム』」


「了解っす」


「ヂゥゥゥウッ!」


「ゴンバァァァアアアッ!!」




【死灰】とサクリファクトくんが、息を合わせて走り出す。

 背丈も格好も似ている2人の違いと言えば、その色合いだけだろうか。

 黒と灰色。似ているようでまったく違う2つの色。

 それを見れば何となく、すごくぴったりな配色だな、と思ってしまう。

 彼ら2人の性格はどこか似ていて……だけれど実際にはまるで別の色をしているものだと、【正義】の私は思うから。




「――――死ね」




【死灰】が構えるのは、召喚士(サモナー)の技術で呼び出した3連式のクロスボウ。

 右手を横にし支えとし、『灰』で作った左手をその上に乗せて照準を合わせ、間髪入れずに3連射する。




「ヂゥヂゥァァアアッ!!」


「……いい加減うるせえ、死んで黙れよ害獣が」




 鋭く飛び、真っ直ぐリスへと向かった3本。

 しかし、通らず。カキンカキンと音を響かせ、抜け落ちるように落下するボルトたち。

 硬かった体毛をくぐり抜け、柔らかいはずの皮膚へと直行したはずのソレは、あっさり弾かれリスドラゴンは意にも介さない。



「らぁっ!」



 そんな【死灰】とリスの間に割り込むように飛び出たサクリファクトくんが、手に持ったレイピアを思い切り突き出した。

 ……勢いは十分。角度も良い。腕が伸び切るタイミングもばっちり。


 しかし……しかし、相手が悪い。

 鋭く尖ったレイピアが刀身をくねり曲がらせ弾かれるのは、剣先の1ミリも()()()()()()何よりの証拠だ。


 ……何なのだ、あの防御力(Def)は。

 疾さと力と凶暴性に合わせて、硬さまでもが数段上昇している。

 今回のリスドラゴンの強化とは、一体どんな物だったのだ?




「~~ッ! かってぇ! なんだこれ!?」


「一旦下がれ、サクリファクト、『コール・アイテム』」




 思わぬ硬さに腕を痺れさせるサクリファクトくんに声をかけた【死灰】が、新たに呼び出したアイテムを手にして駆ける。

 黄色の四角い本体と、そこから伸びた太い杭。

 あれは確か……『ハチのひと刺し / バンブルビー』という名の打ち込み杭(パイルバンカー)だっと思う。




「うお、『バンブルビー(ソレ)』使っちゃうんすか? 1回きりの使い捨てっすよね?」


「出し惜しみはしねぇ。【死灰】が跡に残すのは、灰と自分の身一つだけだ」


「おぉ……マグリョウ節、絶好調……」




 それを右手で持ったまま跳び、リスの後頭部に張り付く。

 ……そんなバックアタックを意にも介さぬリスドラゴンを、【死灰】がひどく冷たい眼で睨みつけ――――"バンブルビー" の先端を押し当てた。



「ぶち抜け、バンブルビー」



 黄色の四角い本体から ひょろり と伸びた紐を掴んで、思い切り引き抜く動作が見える。

 するとその内部に仕込まれた何かが炸裂し、ガション! と杭が飛び出した。



「『コール・アイテム』『錬金アルケミー』」



 使い捨てのパイルバンカー。一度だけ突き刺すために作られた、ミツバチのひと刺しの如き消耗装備。

 そんな役目を果たした "バンブルビー" を投げ捨て、太もものナイフを抜きながら錬金を仕掛ける。



「『疾駆』『火』――ハジけて脳漿ぶち撒けろ」



 光のない刃に手を這わせ、錬金術式の輝きを与えて……刺突スタブ

 更にはその柄を技能(スキル)『疾駆』で増強させた脚力で蹴りつけ、より深く、より致命的に刺さるようにとする追撃も加えて。

 そうして後ろに飛びながら、『火』の魔法(スペル)でトリガーを引く。




――――パンッ!



 火薬が弾ける音と、小規模な黒煙が上がる。

 ()()()()()()()()()


 使えるものをすべて使った、殺戮というただ一点を目指す濃密な時間。

 それはまさに一瞬の出来事で、生物を殺すに足りうる大きな危害だった。


 ……しかし。




「――……ギヂヂヂィッ!」


「ヌウンッ!?」


『な、なんです!? 爆発音と、衝撃!? ここからじゃ何も見えないですけど、シマリス型の後ろで何かやってるんですか!?』


「……気にすんな、殺しをしてるだけだ。……無駄だったが」




 どんなモンスターもを殺す攻撃は、ドラゴンに対して無力だった。

 シマリスドラゴンはカケラも傷を負っていなくて、勢い衰えさせる事なくヒレステーキを潰そうとする。


 ……早く私も行かなくちゃ。

 ……例えドラゴンに傷をつけられ、この身がボロボロになろうとも、痛みで挫けている暇なんてない。

 ……例え【死灰】に『邪魔だ』と言われて、心がすっかり傷つこうとも、頬を濡らしてメソメソしている余裕なんかない。

 私は、例えどんなことがあったって……リビハを諦めるのは無理なのだ。

 だから今、リビハの【正義】のクリムゾンとしてできる事をしなくっちゃ。



「……ひーる」


「…………えっ」




 そんな私の痛い体が、いきなり ほわ~ってなった。

 温かい色の輝きと、優しく包み込まれるような感覚がする。

 それはまるで、僧侶クレリックが扱う『ヒール』を貰った時のようなんだ。




「やぁやぁ正義ちゃん、大丈夫かな?」


「…………」


「あ……【殺界】、と…………チイカ?」


「んむ。正義ちゃんの心配をする可憐なボクと、正義ちゃんを癒やす優しいチイカちゃんやよ」




 こんな凸凹ペアもそうは居ない。

 そんな風に思ってしまうほど真逆な『【殺界】と【聖女】(ふたり)』が、私の前に立っている。


 ……悪名高きP(プレイヤ)K(ー・キラー)と血まみれ聖女に救われるなんて。

 今日はなんだかすごい日だ。




    ◇◇◇




「ええと……助かったのだ、チイカよ」


「…………」


「今日のチイカちゃんはずいぶんいい子やよね、話も聞いてくれるしさ。それって一体どうしてなのかな? んふふ」




 そんなのどうもこうもないだろう。サクリファクトくんだ。

 彼がチイカを連れてきて、私たちがシマリスドラゴンと戦う間に何かすごいことをしたのだ。


 ……それが何なのかはわからないし、検討もつかないけれど。

 でも、サクリファクトくんだから、きっとそう。そうに決まっているのだ。


 ヒレステーキも、チイカも、そしてもちろん私だって、彼に良くして貰った。

 サクリファクトくんはそういう事ができるすごい人で、だから私は格好いいなって思うのだ。




「ギィィィイィイイイイッ!!」


「ンヌァアアアアッ!!」


「……よくもまぁ、あんなデカいの相手に耐えられるもんですね」


「単純に筋力値(STR)が拮抗してんだろ。『鉄板』の重さもあるかもしれねぇが」


「それにしたってどうしてあんなにヒレステーキさんばっかりを狙うんすかね? 技能(スキル)による敵視ヘイトの上昇も無いでしょうに、異常な執拗さっすよ」


「脅威度の問題じゃねぇか? 俺らの剣は通らねぇし、『バンブルビー』でも『 TATP爆薬 』でも傷ひとつ付きやしねぇんだ。それなら唯一()()()()()筋肉馬鹿を意地でも潰そうとしやがたって、不思議でもねぇだろうよ」


「……なるほど。俺たちは眼中にないって事っすか」


「あぁ、クソ面白くねぇ事だがな。で、サクリファクト。罠はどこだ?」


「あ、ちょっと遠目っす。やらかしっすね、すんません」


「謝ンな、それが妥当だ。この状況なら俺でもそうした」




 ……そんなすごいサクリファクトくんであるからこそ、私は心にモヤモヤを持つ。

 どうして彼は、あんな【死灰】なんかと仲良くするんだろう、って。




「ヂゥ! ヂィウ! ギヂヂゥッ!!」


「……っるせぇんだよクソゴミドブネズミが。どんぐりの腐った匂いとクルミのカビた匂いでくっせぇ口を、この【死灰】の前で開くんじゃねぇ」




 なんてお口が悪いのか。その非道さはまさしく【死灰】のマグリョウのもの。

 人間嫌いの一匹狼で、人と会話をしようとしない社会からのはみ出し者の証明だ。

 あぁそうだ。あやつは常に単独で行動し、誰ともわかり合おうとしないのだ。


 ……本当に、つくづく困ったプレイヤーなのだ。

 その立ち振舞から、【正義】な私と剣を交えた事は数知れず……その都度ちゃんとお話しようって言ったのに、いつもいつも聞く耳を持たずに、命の限り私を殺して来て。

 それにそんな時に【死灰】が向けて来る『殺意の視線』と言ったらもう……毎日悪人と対峙している私でも、思わず身震いしてしまうような鋭さで、ひどい時には夢にだって見るほどなのだ。


 更にはそんな悪い【死灰】は、噂によればあの悪名高き『2525ちゃんねる』に常駐していたりするとも聞く。

 ……あぁ怖い。あそこは皆が言うように、悪い人たちの集会所に決まってるのだ。

 好きなものじゃなく嫌いなものを語るのが大好きな――何かをこき下ろし、食い荒らして滅茶苦茶にする"ネットのピラニア池" とはよく言うものだ。

 だからきっと【死灰】も、そこで誰かの悪口なんかをニヤニヤしながら書いているに違いない。


 全くもって、なんて邪な男だろうか。

 冷酷で残忍で奸悪な精神。あんな邪悪もそうは居ない、と断言出来るのだ。


 ……だから私は、やっぱり思うんだ。

 どうしてサクリファクトくんは、あんな男と仲良くするのかなって。




「んふ、【死灰】の口撃は絶好調だね。攻撃は効いてないようだけれどさ」


「……あの男は駄目なのだ。冷血が過ぎるし、他人の気持ちがわからない人なのだ。『コミュ障』という言葉は私は嫌いだから、あんまり言いたくないけれど……それでも【死灰】に関しては、まさにソレだと思ってしまう」


「まぁ、実際そうやよね。マグリョウはコミュ障やよ」


「…………」


「……正義ちゃん?」




「…………私は……嫌だ」


「ん? なぁに?」


「……私は嫌だ。あんな人間嫌いな悪い男と、ヒーローであるサクリファクトくんが一緒に居るのが」


「へぇ、それってどうして?」


「…………このままずっとそうしていたら……サクリファクトくんが段々と邪悪な【死灰】の影響を受けて、その内にとっても悪い人になっちゃうんじゃないかなって……そう考えて、不安な気持ちになってしまうのだ。だからサクリファクトくんには、もっと違う友人を見つけてほしいなって……勝手な話だけど、そう思ってしまうのだ」




 ……サクリファクトくんには、もう少し友人を選んで欲しい。

 これは私の本心で、だけれど決してサクリファクトくん本人には言えないことだ。


 リュウジロウくんは良い。純粋で、真っ直ぐで、正々堂々とした男性だから。

 それに、キキョウくんも良い。彼は少しだけずるい所もあるけれど、それでも一線を超えたりしないオトナな人だから。


 だけど【死灰】は……駄目なのだ。

 あの男はひどすぎる。冷たすぎるし情もない。ヒーローとは真逆も真逆の、圧倒的悪者(ヴィラン)な人間なのだ。


 だから私は思ってしまう。

 どうかサクリファクトくんは、そのまま明るい場所に居てって。

 陽のあたる場所で私と一緒に活躍をして、どうか【死灰】の潜む仄暗い世界には行かないで、って。



「ん~」



 私はサクリファクトくんの親でもなければ、先生でもないし……こ、恋人とかでもない。

 そんな私がこんな事、言えた義理じゃないのはわかってる。


 でも、どうしたって思ってしまう。

 そうして一度思ってしまえば、どうにもこうにも止まらないのだ。




「でもさぁ」


「……?」


「ボクはそんなに悪い子じゃないと思ってるよ? マグリョウのこと。彼のああいう態度だって、きっとそれはある意味ひとつの正義だし」


「……何? 正義、だと?」


そうそう(ほやほや)。正義ちゃんのとおんなじの、ひとつの視点から見た正しさやよ」


「……何を言うのだ、殺界! あの男のどこが正義であるものかっ! 人を無視して、酷いことを言って……その上時には手にかけて! 私が見てきた【死灰】は、すっかり悪人丸出しだったのだ!」


「それは正義ちゃんが、マグリョウの深い所を知らないだけじゃない? カニャニャックもサクくんも、彼のことを根は良いやつだって言ってるしさ」


「……だ、だけどあの男は……いつでもとっても酷いのだ! お口も悪いし、自分勝手で冷酷で……!」


「色んな所を知らないだけやよ。きっとね」




 ……そんな訳がない、と思う。

 あの【死灰】の在り方と言ったら、行動ひとつ言動ひとつ取っても、これ以上ないほど悪なのだから。


 だけれど眼の前の【殺界】は、それはそうじゃないと言う。

 私が色んなことを知らないから、【死灰】の正しさが見えないのだと。


 …………本当に、そうなのかな。

【死灰】がああまで酷いのは、何かの深い事情があるとか……私の知らない理由があるとかなのだろうか。


 考えるのが苦手な私だ。

 その答えを自分で出すのは、きっと不可能なのだろう。




「せっかくのドラゴン戦やよ。歩み寄って協力して、一緒に戦ってみたら? そうすればマグリョウのこと、もうちょびっとだけわかるかもしれないよ?」


「で、でも……」


「イヤなの? 好きだ嫌いだを言う場面でもないと思うけど」


「そ、そんな子供のような事は言わないっ! ……ただ、その……私がそうしたくとも、それは無理だって思うのだ。だって私は、【死灰】にひどく嫌われているから……」


「ん~?」




 分かり合えるものなら分かり合いたい。それはずっと思ってる。

 だけどそれは無理なのだ。一度それをしようとして失敗してしまった私には、それがわかっている。


 眼の前に立つ難敵、大きな大きなシマリスドラゴン。

 それを討つべく協力をしようとした私に対して【死灰】がしたのは、邪魔者扱いをしながら悪口をぶつけることだった。


 ……どれだけ私が協力したいと思っていても、あっちがそう思っていないのだから……そんなの無理に決まってる。

 



「んや~。マグリョウは正義ちゃんの事を嫌いじゃないって、ボクはそう思うよ? ボクはとっても嫌われてるけどね、えっちだから。んふ」


「……慰めならばよしてほしいのだ。ちょっと抜けてる自覚がある私にだって、あんなに酷い事をはっきり言われたら……流石に理解できるのだ。私はとっても嫌われてるって」


「いやぁ……というかね? そうだから、そうじゃないんやよ」


「……え?」


「『寄生虫』とか『雑魚でも相手してろ』とかさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、嫌われてないんやよ」


「……? そ、それはどういう意味なのだ?」




     ◇◇◇




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