第五十二話 You raise me up 2
◇◇◇
「――ギヂィィイイイッ!!」
「――ヌルゥウウアアアッ!」
茶色い毛玉と茶色い筋肉が、『黒い鉄板』を挟んで競り合う。
その体格差は歴然で、"クソ毛玉" が "クソ筋肉" を上から押しつぶすような格好だ。
「ッヌバラッシャァアアアアッ!!」
「ヂィ……! ヂィィ! ギヂィ!」
『いいですよ、ステーキっ! 力押しでも負けていません!』
……以前2525ちゃんねるで見た話だ。
"ライト級はヘヴィ級に勝てない" 。
"体のデカさはすなわち力の強さであり、そこに差がある限り決して覆らない有利不利がある"、と。
そんな現実世界の物理法則に基づく絶対のルールを聞いた覚えがある。
だが、ここでは違う。
ここはそんな面白味のない現実世界じゃねぇ。
ここはRe:behind。
どこまでも現実に似せてはいるが、あくまでゲームの世界だ。
それなら話は変わってくるし、当然ルールだって違ってくる。
重要なのは図体のデカさなんかじゃねぇ。数値上での力の強さだ。
勝負を決めるのは生まれ持った身体能力じゃあなくて、育てたキャラのステータス。そしてそれを扱う技量と手腕だ。
それさえあれば、巨人だって小人が殺す。アリと象とがぶつかり合ったって、ステさえあればアリが勝つ。
だから今あのクソ筋肉は、デカいクソリスと拮抗している。
そういう世界だから、それができている。
「死に晒せクソネズミ」
「ヂュッ!? ギヂィァアアッ!!」
そんな押しっくらをするクソネズミに、効かないだろうが物は試しと、ナイフで右目を狙う。
刺されば御の字、傷でもつけば儲けもんだと思ったが、クソネズミ野郎は顔を逸らしてそれを回避し、爪を振るって反撃して来た。
「……うぜぇんだよ、カス」
復活による強化があったか、確かにずいぶん早くなったが……【死灰】を殺せるレベルじゃねぇ。
最小限の動きで避けつつ、ネズミの後ろに回り込む。
現実ではできないような、風より疾いスピードで。
勝負を決めるのは生まれ持った身体能力じゃあなくて、育てたキャラのステータス。
だから【脳筋】はリスを止められるし、俺は余裕で回避ができる。
そういう事ができるキャラクターステータスを……俺たちは持っているからな。
「眠てぇな。てめぇの低命中率で、この【死灰】がヤレるかよ」
ステータスという絶対的な数値の比べ合い。
それがゲーム世界の物理学だ。
130もない身長の、小柄な少女が居たとする。
200を超える長身で、横にもデカい相撲取りじみた男が居たとする。
その両者で腕相撲をした時に……少女が勝ってもおかしくないのがゲーム世界の真実だ。
……そりゃあ、体格差とステータスの値に似通う傾向ってモンはある。
スピカみてぇなクソチビ女が筋力を伸ばす戦士を選ぶ事は少ないし、ガタイのいいキャラで俺のような軽戦士をして素早さを重視はしたがらない。
だが、それでも現実よりかは幅が広い。
見た目が一切関係ないとは言わねぇが、見た目だけで判断される事もねぇ。
痩せたマッチョも素早いデブも、自在に目指せるのがゲームの中だ。
決めるのは、あくまでもステータスという数値。
現実にあるカビの生えた物理法則を超越した、どこまでもゲーム的な処理。
それがゲームの可能性で、現実にはない公平性――――そしてこの【死灰】が惚れ込んだ、ゲームの面白い所ってもんだろう。
「パァァァルルルルルルァァァアアア!!」
「ッ!? ヂ……ヂィィ……ッ!?」
『……いえ、いいんですけどね!? ただもうちょっとこう、人間らしい言葉を使ったほうが……いえ、いいんですけどね』
「プギンギィィァアァァアアアアアッ!!」
「……"筋力極" とは知ってたが…………戦闘中はこうまで知性が低いのか、お前の飼い主は。およそまともとは言えねぇぞ」
『ぐっ……言葉もないですよ、【死灰】さん』
…………そんな絶対のルールである "ステータス" は、誰もが最初はゼロだった。
現実世界の体のスペックは無関係。才能やら環境だって問わないし、生まれや育ちを忘れて始まる、ひたすら『無』からの再出発。
持って生まれた下らん個性と、今までの歩んだ人生が、ほとんど無価値なゲームスタート。
……だからいい。だからこそいい。
誰もがゲームを開始した時、新たな生命をそこで得る。
何もない所から始めなきゃいけないんじゃねぇ。
何もない所から始められるんだ。
MMOの基本、『ゼロ・スタート』。
そんなネットゲームにおける『出生』は、公平という名の祝福だ。
体格・顔つき・性別に骨組み。その全部がおおよそ自由。
髪色・目の色・肌の色すら、自分好みに変えられる。
新たな自分を創造し、才能を自由に選び取れる。
全員つくづく偽物で。
だから、全員平等だ。
ゲーム開始で生まれるんだから、そこで1から始められる。
持って生まれた才覚も、過去の失敗も風聞も、どれもここでは関係ない。
好きな自分に自在に変われて、コンプレックスで他人に負い目を感じる事がない。
何かに劣ったヤツにとっての、確かな救いでしかなかった。
本当の意味での優しい世界だった。
そうして始めた新たな人生って名のゲームプレイは、努力を必ず実らせる。
レベルを上げればレベルが上がる。キャラを育てりゃキャラが育つ。得意になれば得意になれる。
それは当たり前の事に見えながら、現実世界でそういう事は起こらない。
……現実は無慈悲だ。救いがねぇ。
大体の事は『生まれ』で決まる。
血筋・才能・美貌・環境。そんなすこぶる大切な要素を天運に任せるばっかりだ。
だからもし、そこでハズレを引いたなら。
他人より低い身長だとか、平均より不細工な顔だとか、食べたら太る肥満体質だとか……そんなハズレを引いてしまえば、普通のヤツより素晴らしくない人生が確約される。
現実世界の俺たちは、生まれる時点でガチャを引く。
そこで幸運を掴めなければ、それから待つのは『せめて普通でありたい』と願うだけの毎日だ。
上等なスペックで上々な日々を生きる奴らを横目で見ながら、報われないかもしれない努力と意味がないかもしれない頑張りで、死ぬ気で『普通』を目指すしかないクソゲーだ。
……そんな世界を素晴らしいだのとほざきやがるのは、ガチャで当たったヤツだけだ。
『生まれ』ですべてが決まるんだから、最初から終わってるヤツにとっての現実は、辛く険しい縛りプレイ。
頑張って『少し駄目』、死ぬ気でやってようやく『人並み』だ。
死んでも謳歌できるモンじゃねぇ。
……できる訳がねぇ…………してやってたまるかよ。
そんな惨めな生き様を、死ぬ気で晒して何になる?
マイナスからスタートしてる俺たちの気持ちは、プラスで始まったクソ共の上等な頭じゃあ、未来永劫理解できやしねぇんだ。
「ギヂァァァアアッ!!」
「…………うるせぇんだよ、いい加減死ねクソが」
『背後からの奇襲は騎士道に反する所ですが――今はそういう問答をしている場合じゃないですね! やってください、【死灰】さん!!』
「……騎士道だ? 寝言を言うなよポンコツAI。そんな不純な誤魔化しは戦場においてクソ以下だ。俺は誰より誠実に、殺し合いに対して真剣だぜ」
『 "誠実" ……それはキミが好む言葉でしたね』
「ヂヂヂヂィーッ!!」
……【死灰】のマグリョウは誠実を好む。
嘘のない言葉を、真摯な対応を良しとする。
だから『殺す気』しかないダンジョンが好きで、嘘ばかりの人間が――プレイヤーが、嫌いだ。
それはただの好き嫌いじゃなく、そう言わなきゃやってられない事だった。
誠実な相手が好きなんじゃなく、相手が誠実でなければ駄目だったんだ、俺は。
……俺の物心ついた時から知っていた、生まれつきの性質。俺のサガ。
…………俺には、人の心がわからない。
そういうハズレを引いたから、俺の人生はクソだった。
◇◇◇
遠い過去に居た友人。俺は仲がいいと思ってたヤツ。
そんな仮初の友達に、週末遊べるかどうかを聞いた。
するとヤツは、"行けたら行くよ" と言った。
だから俺はその当日に、 "来れるか?" と連絡をした。
"いや、無理っぽい" と言われたから、"なんで?" と聞いた。
……それは普通の事だと思った。
行けたら行くと言ったんだから、来れないなら来れない理由があるはずだと……そう思ったんだ。そうとしか思えなかったんだ。
だから言葉を濁すその友達に、"何かあったのか? 怪我でもしたのか?" "何かあったら相談しろよ" "そうだ、今から俺が迎えに行くか?" としつこく食い下がった。
通話が突然切れた時には、なんべんだってコールし直した。
…………ただ、心配だったから。"行きたくない" って言わない限り、行きたくない訳がないと思っていたから。
……その友達は、気づけば俺と喋らなくなっていた。
俺はその理由も、原因も、何も理解する事ができなかった。
それから幾度も耳にした、本心とズレた偽りの言葉。
"お世話になっております" と言われ、"いつ世話した?" と聞き、苦笑いを零される。
"大丈夫だよ" と言われ、じゃあ大丈夫なんだなと思って気にせずいたら、唐突にキレられ離れられる。
……言ってる事が、本心と違う。言葉の裏に隠れた本音が、俺には読み取れなかった。
そんな俺は誰に対してだって、一切誤魔化しをしなかった。
"似合う?" と聞かれて "似合わねぇ" と言った。
"美味い?" と聞かれて "クソまじぃ" と言った。
"楽しい?" と聞かれて "楽しくねぇ" と言った。
……気づけば俺は、友人どころか知人すら失っていた。
俺はその理由も、原因も、何も理解する事ができなかった。
……俺はただ……嘘をつかずに本当の事を、正直に口にしただけだ。
飾らない言葉で、偽りじゃない言葉を、本心のままに言っただけだ。
それがどうして悪になる?
正直ってのは美徳のはずだろ?
嘘をつかないって事は、誠実である事は、褒められるべき正しさのはずだろ?
過去の偉人も、漫画のキャラも、絵本の中のくまさんだって、みんなそう言うじゃねぇか。
だったらそれが正しいはずだ。『嘘をつこう』なんて、どんな大人でも言ってないんだぞ。
ついていい嘘ってなんだよ。つくべき嘘ってなんだ。
そんなモンねぇよ。ある訳がねぇ。それは間違ってる。間違ってるはずだ。
"ご利用ありがとうございました"? 本当に感謝をしてるのか?
"また来てね"? 本当にまた来て欲しいのか?
"かわいい"? "すごい"? "ありがとう"? "よろしくね" ?
……嘘をつくな。適当言うな。思ってもいない事を、平気なツラして言うんじゃねぇ。
それは不誠実だ。正しくない。嘘をつくのは良くない事のはずなんだ。
…………そんな不誠実な嘘つき共は、友達に囲まれ人気者だった。
誠実であるはずの俺が孤独になる横で、『出来るヤツ』だと慕われていた。
……俺にはわからない。人の心がわからない。
どうして誤魔化す。どうして人は嘘をつくんだ。
何か思う事があるのなら、それをそのまま言えばいい。
余計なオブラートに包み込み、偽りの言葉を吐き出す意味はどこにある。
そんな取り繕いで作られた交流をして、一体何の価値がある。
腹を割って話せない友人なんて偽物だ。そんな不誠実な関係が、正解であってたまるかよ。
「……『来い、死灰』」
「ヂィ! ヂゥ! ヂァァァッ!!」
「…………どこから『嘘』で……どこまでが『本物』なのか…………てめぇには見切れるのかよ、クソネズミ」
…………俺には人の心がわからない。嘘の言葉が、社交辞令がわからない。
そうだと言うのに現実には――――それだけじゃなくMMOの世界にだって、嘘がクソほど溢れてる。
本心とは真逆の白々しい綺麗事をぬかし合い、見え透いた世辞と取って付けたようなセリフを与え合うのが良質な人間関係だと言いやがる。
もううんざりだ。そんなモンは誠実じゃねぇ。
だから俺は、とうとう諦めた。
――――現実で生きようと足掻く事。
――――MMOで他人と遊ぶ事。
そのどちらも、ハズレを引いた俺にはできなかったから。
だから、無意味な努力をしなくなった。
「ヂュゥ! ギヂヂュウ!!」
「死ね、クソが」
そうして見つけたのがゲームの世界、その中でもRe:behindは良かった。
何しろここは他者に依存しても、しなくてもいい世界だ。
レベリングに必要なのはソロ専用の『職業認定試験』という個人の力だし、大人数パーティを強制される『絆オンライン(笑)』でもねぇ。大体のコンテンツがソロでも何とかなるってのは最高だ。
ソロしかできないこんな俺でも『孤高の軽戦士』と呼ばれ、『そういうプレイヤー』として認めて貰える稀有な世界……それがこのRe:behindだった。
それに加えて、そんなネトゲ漬けの合間に覗く――ゲーム内から接続できる唯一の掲示板――『2525ちゃんねる』も具合が良かった。
何しろあそこはあけすけだ。白々しい社交辞令なんぞ一切なく、匿名のクズ共が思うがままに本音をぶつけあう、誠実さが凝縮された真面目なクズだけの居場所。
そんな『2525ちゃんねる』でRe:behindの話をしていれば、Re:behind内で誰とも会話をせずとも、誰かと一緒にゲームをしている気になれた。
人と分かり合う事ができない社会不適合者でも、ただ一つの趣味を持ち、それについて語れる奴らがいれば――日々が楽しく思えたんだ。
……俺にはそれだけで良かった。その2つさえあれば他に何もいらなかった。
この世界なら、こんな俺でもまともになれる。普通のヤツみたいにしてられる。
嘘や誤魔化しのない世界。匿名で言いたい放題する世界。
そのどちらにも曖昧な事はなく、はっきりとした真実だけが列挙される。
それは居心地が良かったし、俺でもまともに生きられた。
だから、まるで今までの人生を取り返すように……すべてを捧げて没頭した。
「パァァ……ァァァア! プァァアアアアアアッ!!」
「ヂゥゥ!!」
『まずいですよ、ステーキ! シマリス型ドラゴンの爪によってじわじわつけられた傷により、体力が消耗しています! このままでは、押し負けて……っ!』
「…………ひーる」
「ァァア? オァ~ッン?」
『え……こ、これは……!?』
…………そんなRe:behindで、俺はすべてを手に入れた。
数値の強さと勘とセンスで虫を殺して練り歩き、【死灰】と呼ばれ恐れられ……社会不適合者である俺は、尊敬と畏怖の視線を一身に浴びた。
誠実に殺し合う虫共と、俺を評価する有象無象と、正直に罵り合う2525ちゃんねるのゴミクズ共。
そんな奴らに囲まれて過ごす俺は、すっかり満足していた。
……満足していると、自分に言い聞かせていた。
『治癒の光――……体力の全回復を確認――…………まさか、チイカさん!?』
「…………」
『これは僥倖です! 感謝しますよ、チイカさん!! さぁステーキ! まだまだ頑張って行きましょう!』
……システムは正直だ。体力が無くなりゃダウンするし、ヒールを飛ばせば数値が戻る。
それぞ俺が気に入ったゲームの大原則で、疑う余地のねぇ真実だ。
…………ならば、【脳筋】と『タテコ』のいざこざで、喚び出さざるを得なくなった俺の召喚獣――『ぺったん』は。
正直なシステムが俺の心を反映させた、俺が渇望する『欲しいもの』だった事は疑う余地もねぇんだろう。
俺は友達が欲しかった。
飯を食う時、ダンジョンに行く時、ふとした休憩をしている時も。
俺は、孤高の軽戦士は…………誰かと一緒に居たかったんだ。
……笑えるくらいクソダセぇ。
嘘や偽りが嫌いだとほざいてた俺が、"ゲームと匿名掲示板さえあればいい" とのたくって、自分に嘘をついていた。
◇◇◇
「マグリョウさん」
「……ぁん?」
友達が欲しかった。だけどそれは、望んじゃいけない事だった。
誰かと話せば傷つける。もしくは俺が、傷つけられる。
俺が誰かを求めた先は、誰も幸せになれない地獄しか無いと思ってた。
だから1人で居た。そうじゃなきゃいけないと思ってた。
それなら誰かに気を使わなくていいし、誰かに傷つけられる事もない。
偽りの言葉を交わし合う必要なんてないし、嘘に騙される事もない。
……そうして全部を諦めて、ただ漠然と高みを目指し続けてた。
「調子どうっすか?」
「……良かねぇが」
そんなある日。
俺はコイツと出会った。
「で、どうした? サクリファクト」
「ええと、リスの強化なんすけど…… "身体能力の向上" みたいっす。すげえ疾くて超強くなってるから、マグリョウさんなら把握してるかもしれないっすけど」
サクリファクト。
元初心者で、俺の片腕で、今では俺の大事な後輩。
……そして俺を救ってくれた、たったひとりの大切な友達。
……お前はわかっているだろうか。
お前がそうして俺に言う、出所不明の『シマリスドラゴンの強化情報』。
それを前回、『尻尾7本状態への復活』で俺に伝えてきた時に、俺が言った言葉をお前は覚えているだろうか。
"お前は俺に適当を言わねぇし、嘘も吐かねぇよ"。
その言葉こそが俺のすべてだ。今までの人生で求め続けていた、俺の全部だ。
嘘を見抜けず嘘に怯えるこの俺を、そういうお前が救ってくれたんだ。
「そいつぁ……いよいよ強化も煮詰まってんな。硬くて疾くてデカけりゃ高難度レイド、ってか? クソほどセンスのねぇ調整だぜ」
「ホントっすね。つー事で、俺もやります。チイカはツシマが見てくれるから、ようやく俺も全力全開っすよ」
「……そうか……。ははっ、そうか。あぁ、そいつはいいな。ようやく子守も終わったか」
「……子守っつーかなんつーか……なんか年上っぽいんすけどね、チイカって」
「ははっ、そりゃねぇだろ。あの喋りにあのタッパだぜ?」
「う~ん……」
……お前は俺に教えてくれた。
ひとりで居るような気楽さで、隣に居られる奴が居るって事を。
言葉の意味を探ったり、本音を覆い隠したりする必要のない関係性が、人間同士にもあるって事を。
そしてそれは、ひとりで居るのとは比べ物にならないほど、楽しいんだって事を。
「使え、サクリファクト」
「ん? なんすかコレ」
「道中殺したネズミが落とした細剣だ。刺突重視のお前なら、悪くねぇエモノだろうよ」
「へぇ~……レイピア……」
……お前は俺を普通にしてくれた。
下らない話をして、一緒にゲームをして、焼肉屋で肉を取り合って……そんな一日の別れ際、『また明日な』って言い合った。
そんな『普通』。大体のヤツが当たり前に繰り返していて、だけど俺にはドラゴンを殺したって手に入れられなかった、『友達と過ごす時間』という伝説のアイテム。
ずっと望んでいながら、それでも手にする事を諦めていたそれを、お前は俺に与えてくれた。
人間ってモンを諦めて、閉じこもっていたこの俺を……友人関係って舞台に、乱暴に引っ張り出してくれた。
「なんかコレ、ちょっと良いやつっぽいっすね。ありがとうございます」
「……礼は要らねぇ。どうせ拾いモンだ」
……こんなつまらん事で、お前が俺に礼を言うなよ。
礼なら俺が言いたいんだ。
カニャニャックのような保護者じゃなく。
スピカのような犬猿の仲でもなく。
どこまでも対等で、気兼ねなく話せる……それでいて同性の親友。
そうなってくれたお前に、それを今日まで続けてくれているお前には、どんな事だってしてやりたいし、なんべんだって礼を言いたい。感謝したってしきれないんだ。
「よし、やるぞ。クソリス野郎の頚椎に穴開けて、脊髄を引きずり出してやれ」
「うわぁ……発想と言い方がグロいっすよ」
「殺す相手に容赦はいらねぇ、むしろ半端が一番わりぃ。やるならトコトン真剣に、殺せる手段を殺す気全開で、誠実に確実にブチ殺せ。それが俺のスタイルだ。知ってんだろ?」
「そりゃ知ってますけど……絶好調っすね、マグリョウさん」
俺の孤独はお前が埋めた。
そして今では俺のリビハに――――俺の人生に、お前は欠かせない存在になっている。
だから俺は、お前の隣に居るために。
不出来な愚図でないように、気を使われる事がないように、取り繕う必要がないように。
誠実に正直な【死灰】のままで、この世界の最強として在り続けてやる。
「そうだ。俺は絶好調で、最強なんだぜ」
「……結構絶望的な状況なのに?」
「おう」
俺はお前に頼られたい。
俺はお前に迷惑をかけたくない。
俺はお前に見限られ、離れて行って欲しくない。
…………俺はもう、ひとりぼっちは嫌なんだ。
「何しろ友達が、隣に居るからな」
俺にはそういう目的がある。最強でなきゃいけない理由がある。
だから、俺の隣に愚図はいらねぇ。気を使い合う戦友なんざ必要ねぇ。
戦地でそんな不純物を抱えていたら、俺が最強ではなくなっちまう。
不出来なゴミは切り捨てる。上辺のおべっかは死んでも言わねぇ。
着いて来れないカスは置いていく。助け合いなんてまっぴら御免だ。
俺は俺の願いのために、誠実で正直な俺のまま、トップオブトップになってやる。
サクリファクトの隣に居るために。
俺が最強であるために。
「…………友達、っすか」
またひとりぼっちに……ならないために。
そうして自分の心に、孤独に誓う。
◇◇◇




