第九話 凄くずるい
□■□ Re:behind 首都 『正義の旗』クランハウス内 □■□
「プレイヤーネーム クリムゾン・コンスタンティン。 正義の時間が来たようです」
また声がする。いつもの声。
ずっと昔のあの時から聞こえる、聞き慣れた機械音声。
「猛り狂う大牛が、世界に訪れて間もないプレイヤーを突き倒そうとしています」
……牛か。
初心者に牛と来たら、鬼角牛だと思う。
だけれど、ともすれば。
「明日に希望を持つ、未来ある新しい力です。正義の名の下に守るべき存在」
鬼角牛って、あれだろう? 世界を正すもの。
となると、プレイヤー側が『悪』なのではないだろうか。
「その思考は正しくありますが、そうでないケースもあるのです」
……そうなのか。
それにしても。
Re:behindのバランサーであるのだから、鬼角牛は君たちによって『動かされているもの』ではないのか?
正義を成すべきだと言うのなら、そちらで停止させればいいのでは?
「それはそれ、これはこれ。あなたが正義を成すのです。聞き分けて」
マザーAI MOKU。世界を見つめる上位者よ。
その台詞は……AIを統括するマザーというよりかは……。
リアルの私の"お母さん"のようだ。
「光栄です」
…………そうですか。
◇◇◇
「鬼角牛なのだ、海岸地帯で善良な初心者を襲おうとしているらしいっ」
「えぇ!? 隊長、アレって悪いプレイヤーを懲らしめるヤツじゃないんすか!?」
「その問答はもうやった!!」
「…………誰と? えぇ? どういう事です?」
我がクラン、正義を成すために作られた『正義の旗』のメンバー二人を連れて、私は駆ける。
果たすべき事がある所へ、一刻も早く…………ん?
二人? 一人しかいないぞ?
「魔法師隊員、吟遊詩人隊員はどうしたのだっ!?」
「あ、何か駅前でゲリラ的なヴァイオリンライブやってるのを見つけたらしくて、それ見てからダイブインするらしいです」
「なにぃっ!? 正義を差し置いて、ゲリラライブだと!?」
なんて事だ。正義の意識が低すぎる。
そういうのは正義をしなくていい時にしてよね!
「仕方ないですよ。この件だっていきなりの物ですし……」
「うう~、今日は音無しかっ」
少しだけテンションが下がってしまう。
音と光で華麗に登場するのが【正義】のクリムゾンなのに。
「口で言えばいいんじゃないですか?」
「馬鹿を言うなっ! そんな恥ずかしい事、出来る訳無いのだっ!」
全く。ちょっとは考えて発言して欲しい。
口で『ギュピィィン』って叫びながら登場するなんて、ヒーローごっこする子供みたいじゃないかっ。
「…………あのポーズとかも、結構恥ずかしいような……」
「ん? 何か言ったか?」
「な、なんでもないです! 隊長!」
◇◇◇
□■□ 首都東 海岸地帯 □■□
「あの辺ですかね? 砂埃が上がってますよ」
「よし、飛ぶぞっ」
魔法『レビテーション』で魔法師と共に体を浮かせ、様子を伺う。
青黒い色の大きな二匹の生き物と、その周りにいる赤や青の髪色。
後者が身に着ける装備は、殆どが職業認定試験場の支給品だ。
まさしく初心者、あれが正義のヒーローに救われる演者たちで間違いない。
「よし、準備を頼むのだ」
「はいはいっと………… "魔、理想を彩る煌き、紅・白、紅き正義の們、基きの白。們白" ――――――『們白型輝』」
魔法師がいつもの詠唱で紅白の幾何学模様を作り出す。
空中に大きく出現したそれは、見栄え以外には何も効果はない。
私が登場する時にだけ使われる、正義なスペルだ。
あんまりにもカッコいいものだから、見る度にため息をついてしまう。
私の正義の為に作られた、私を象徴する素敵な光のスペル。
…………あんまりにもカッコいいものだから、詠唱の後半がダジャレっぽいのも気にならない。気にならないったら気にならない。
「よし、行ってくるっ」
「隊長、お気をつけて」
今行くぞ、初心者たちよ。
カッコいい光から赤い正義が飛び降りて、君たちを助けにゆくぞっ。
◇◇◇
「そこまでだぁ!!」
いつもは吟遊詩人の出す音で登場するが、残念ながら今日は居ない。
しかし、突然地面に降り立った所で――――登場の要である『余韻』と言う物が生まれない。
ヒーローは不意打ちをしてはならない。
音で気付かせ振り向かせ、弱きを背負って敵前に立ち、名乗りを上げて正面から打倒さなくてはヒーローではないのだ。
そういう訳なので、声をあげて鬼角牛と初心者たちの注目を集める事にした。
「こ、今度はなんだよ!?」
「ブフゥッ」
よし、こっちを見たぞっ! 今が登場し頃!
二十メートルはあろうかという高さから一気に飛び降りる。
勿論、体躯のブレを軽減させる技能スキル『不退』も忘れない。
――――ズシンッ
そして着地と同時に剣を縦に持つ。幅広の剣で、顔全体を隠すように。
噂に聞くと、小さい子供たちがこのポーズを真似してくれたりしているらしい。
それってつまり、私は子供が憧れるヒーローって事だよね。超嬉しい。
「――正義っ! 参上っ!!」
決まった。
正義、のタイミングで縦にした剣の腹を90度傾け顔を見せ、
参上、のタイミングで右手の剣を振り払い、左手を前に出す。
勿論、二つ名効果の赤いオーラも…………昂ぶっている所為か、いつもより多めにモワモワしてる。
「正気を失くした鬼角牛共よ……【正義】のクリムゾンが相手だっ!!」
しっかりと牛を見つめながら、背後に庇った初心者たちを意識する。
背なに感じる、感じるぞっ。
思わぬヒーローの出現に打ち震える、羨望の気配!
「ゆくぞっ!!」
まずは近いほうの牛からだ。
青黒い体は何時も通りだが、その体に青白い電気のような物を纏わせているのは珍しい。
普段は赤い筋だったはず。
私と被ってて困っちゃう色合いだったはずだけどなぁ。
「はぁーっ…………きゃあっ!!」
一気に駆け寄り華麗に――――と思ったら、穴の空いた地面に足を取られて転んでしまった。
何でこんな所に穴があるの。
「も~っ!! なにこれぇ!!」
全身砂まみれだ。ひどいよ。
こんなひどい穴は、悪だ。
ヒーローの見せ場を潰し、世界を悪戯で嘲笑う。悪そのものだよ。
「なるほど……貴様の仕業か鬼角牛めっ!! 牛の割には姑息な手を使うようだな……だが、私は負けないっ!! なぜなら私は、正義なのだからっ! うおおーっ!!」
思わぬ罠にひっかかってしまったが、気を取り直して突撃だ。
正面は角があって危険だ、ここは横に回るのが上策。
フェイントを入れつつ右から回り込み、牽制のキックを打ち込む。
「ジャスティスキーックっ!!…………ワワワバババババッ!! し、痺れるっ!!」
やけに太い矢が刺さっていた近くを蹴りつけると、ゴムタイヤにそうしたような重くて固い感触と同時に、全身に電流が走ったようにびりりと痺れる。
まさか、接近戦を予測して体に電気を走らせていたとでも言うのか?
気付かぬ私が蹴りつけてくるのを手ぐすね引いて待ち、愚かにまんまと嵌りに来た私を心の中で笑っていたとでも言うのか。
なんだ、この牛は。今までの鬼角牛とは何かが違う。
人を小馬鹿にしたような策を講ずるこの悪辣さ……突然変異の『小細工する鬼角牛』的な何かに違いないっ!
「こ、今度は電流とは……なんと姑息なっ。普段の純粋な力比べを好む姿勢はどうしたっ!! 正々堂々戦うのだっ!! そういうのとかって、ずるいぞっ!!」
今日の鬼角牛はとても卑怯で、凄くずるい。
何時もならもっと真っ向勝負をしてくる、敵ながらも気持ちのいいモンスターだと言うのに。
こんな小細工を弄する悪い牛だ、流石に初心者には荷が勝ちすぎるだろう。中級者でも危ないかもしれない。
「…………思わぬ強敵なのだ」
しかし、私は負けない。
その悪どい企みはまるであの【死灰】のようで、卑怯で小賢しく忌むべき歴然たる――――『悪』なのだからっ!!
「良いだろう…………性根が腐った『小細工鬼角牛』っ!! 私の正義を、その身に刻めっ!!」
【正義】の二つ名効果。
己が信ずる道を行く時、自己強化と共に赤いオーラが立ち昇る。
明確な『悪』と対峙した時、私のオーラはモウモウと輝きを増すばかりなのだ。
「この先はもう、手加減は無しだぞっ!! 卑怯者めっ!! 悪しき行いを悔いながら、正義の前に倒れ行けっ!!」
「いや、どれもこれも俺たちがやった事のせいだけど…………なんかすいません……」
黒髪の初心者が何か言ってる。
よくわからないが、安心してそこで見ているのだっ。
『正義さん』
VRMMO、古くはネットゲームのような世界では、自らのルールを押し付ける者は嫌われる傾向にある。
自由を求めて訪れた世界で規則やモラルを問われる事を疎むその意識は、多くのゲームプレイヤーが持ったままでいた。
そんな世界で「自治を行う者」として【正義】のクリムゾン・コンスタンティンが認められているのには幾つか理由がある。
一つは、見返りを求めないと言う事。
危険が迫ったプレイヤーの救出等は何を差し置いても必ずやり遂げ、そこでかかった費用や自身の被害等は省みないその姿勢が、多くの人の心を打ったと言う理由。
もう一つが、Re:behindの二つ名システムという物による所。
個性を付けて名を挙げる事が求められる世界において、正義のヒーローという物も立派な個性だと認められており、それを否定するのがRe:behindの仕組み自体を否定するような行いだからという理由。
悪も正義も一つのキャラクター性であり、道徳や規則等を語る前に「ブレていないか」を重視される世界だからこその私刑に対する寛容さ、とも言われている。
また、彼女に批判が集まりすぎないのは彼女の人柄のお蔭もあるという声も。
真っ直ぐ信じる正義に向かい、それだけを見つめすぎて周りが見えず、失敗を繰り返し顔を赤くする彼女。
トッププレイヤーでありながら親しみを感じられるその姿は、彼女の持つひたむきさを伝える成果も出ているらしい。




