第五十話 C’mon My buddy 5
◇◇◇
「……ヒレステーキさん」
「…………」
「俺はこの世界を、つくづく平等で公平な場所だと思ってる」
「……アァン……?」
「『多額の月額とコクーン利用料』『全員ゼロ・スタートのキャラクター作成』『試験によるレベルアップ』『にべもなく善悪を決めるカルマ値システム』『【二つ名】という贔屓もお気に入りも許さない仕様』。そのどれもこれもが、基本的に全員平等で公平だ」
「…………アァ」
「そんな中で特別に特別扱いされるのは、アンタみたいな『病人』くらいで……他のみんなはつくづく同じ扱いだ。それこそ無慈悲で残酷なくらい、機械的にさ」
「……そうだな」
「……だから今、『病人』ではなくなったヒレステーキさんに、『タテコさん』という特別な召喚獣は――与えられない。それは贔屓でズルで特別扱いだから、管理するモノが認めてくれない」
「…………そう……だろうっての」
「……特別扱いをしない。ああ、それはいかにも平等だろう。エコヒイキをしない。それはまったく公平だ。誰も彼もに同じ権利と義務を与えて、誰一人として援助はしない……それがフェアって物だろう。…………だけど、俺は思うんだ」
「……アァ?」
「『平等』って言葉は、誰もを縛り上げる鎖なのか?『公平』って言葉は、そうまで不自由な物なのか? って」
「……どういう意味だ」
平等・公平・フェア・中立。
それは大体の場合、贔屓をしないという意味で使われる。
……でも、リビハを始めて少しした時、それはそれだけじゃないと思った。
俺が考える『平等』は――何かを縛るだけのものじゃあなくって。
それはひとつの……可能性。
「……タテコさんが特別な召喚獣だと呼ばれるのは、どうしてだ?」
「…………アァ……? そんなの……喋って動いて壁役ができる、プレイヤーみたいなヤツだからだろうっての」
「そうだよ、そうなんだよ。タテコさんが『平等』じゃないのは、プレイヤーと区別がつかないほどに何でもできるからなんだ」
「…………?」
「……なぁ、ヒレステーキさん」
「…………なんだよ」
「アンタはさ、タテコさんの……何が欲しいんだ?」
「……アァ……?」
……ずっと疑問に思っていた。
『タテコさん』という召喚獣の、どこが特別で許されないのか。
自由に動けるところ?『茶色いワーム』だって勝手に動くだろ。
重いものを運べるところ?『乗り心地抜群の利口な馬付き馬車』のほうがよっぽど沢山運べるぜ。
壁役として役立つところ? それならストーカー女の『ホバーボード』や『空飛ぶ円盤ゴーレム』だってとびきり役に立つだろうさ。
ならば、わかる。
『タテコさん』が特別なのは――――全部できるところがそうなんだ、と。
「話し相手になる、自分で考えて動ける、プレイヤーと同じくらいの戦力になる。タテコさんの持った色んな能力は、ヒレステーキさんにとってとても役に立ったんだろうな」
「…………」
「……だけどさ、きっと……ヒレステーキさんが一番に心に残すのは、そういうところじゃないんだろ?」
「……オレが心に、残すもの……?」
「そうだ。アンタが心に残したタテコさんの要素――――アンタが失いたくないと思った、タテコさんの中のひとつだけ。それを……それだけを、思い浮かべてくれ」
「…………オレは……アイツの顔と態度と……」
「一番大事な、ひとつの能力だけだ」
「……話す言葉…………と……呆れた様子と…………」
「……ひとつだけ」
「オレは…………アイツの…………アイツと一緒に居て起こる色んな事が……」
「……ひとつだけっつってんだろ」
「…………オレは……タテコが隣に居るだけで……それで、いい。アイツと喋って、アイツと笑って……アイツと一緒に……ただ、隣同士で……過ごしたいんだ…………」
バカ正直な内心の吐露。
大の大人がみっともなく、恋とも愛とも呼べない情念を呻きこぼす。
……それを笑う未熟な人間は、ここには1人も居やしない。
誰もがそれを真剣に聞き、それが叶うように願ってる。
……聞いてるか、"MOKU"。見てるかツシマ。
ここには人間の本性しか無いぞ。
「……そうか、なら話は簡単だ。何しろここは『平等』な世界なんだから」
「…………え……?」
「……願え。アンタが求めるものを、ひとつだけ」
「…………」
「アンタが嘘をついてまで欲しがっていたものを――それだけを心に願って、ソレを喚べ」
「……あ……うあぁ……」
「アンタが彼に求めたものは……タテコさんに求めた役割は、何だ」
「……オレは……」
「……便利で役立つAIか?」
「……違う」
「良いように使える道具か?」
「……違う……ッ」
「壁役ができる召喚獣か?」
「違うッ!」
「……じゃあ……治療のための『薬』なのか?」
「違うッ!!!!!」
「違う違うばっかりで……だったら何なんだよ、アンタにとってのタテコさんは……どんな存在なんだ。どういう物が要らなくて、どんな形であればいいと思うんだよ」
バックアップは必ずある。
特別に作られた治療用AIだからこそ、"完全消去" は絶対ない。
必ずある。絶対に残ってる。
療育を行った記録が、患者のカルテとそれに投与した薬のデータが――――
――――『治療の経過観察』という名の、2人が過ごした日々の記憶が。
どこかに必ず、保管されてる。
それが『治療行為』における『平等』。
すべての患者に対して行う、特別な普通の扱い。
「タテコは……タテコは……ッ! ただ、隣に居ればいい! 人っぽくなくていい! 壁役にならなくていい! オレを……オレを治療しなくていいッ!!」
「そうだ、そうだよな」
「ただオレの隣で! 生意気言って説教して呆れてため息つきながら……ッ!! それでも笑って、楽しそうに……一緒に居てくれたら……ッ! それでいいッ!! それだけでいいッ!! ……それだけがいいッ!!!」
…………だから、それを。
今は沈んで見えなくなってるだけの、『タテコさん』という薬のデータを。
Re:behindの記憶装置から……引きずり出せ。
「……だったら……そう思え。そう願え!
動けなくていい! 役に立てなくたっていいって!
重い物を運べなくたって! 空を飛べなくたって……顔も体も手も足も要らないって!
自分が求めるひとつっきりだけ残したまんま、他の全部をすっぱり捨てちまえっ!!
そういう風に願って願って願いきって……他の力なんて要らねぇって!
そのひとつだけあれば他には何も要らないんだって! 思いっきり叫んでみせろっ!!」
「…………ッ」
「そうすりゃきっとソレが来る!
道具として役立たずで、壁役にもならなくて!
動けないし物も持てない、戦いひとつまともに出来ないけど!!
ただひとつだけ……『隣に居る』って事だけを! それだけをするための召喚獣がっ!!
だから――――喚べっ!!」
『平等』ってのは、鎖じゃない。
『ルール』だ。
あちらを上げればこちらが下がる。
こっちを足せばあっちが引かれる。
そんな『決まった数値を足し引きするルール』だ。
……『茶色いワーム』は喋れない。芋虫だから頭も悪い。
その分戦いには有用だ。
……『ホバーボード』は動けない。道具だから知能は無い。
その分使えば役に立つ。
……『喋る石版』は邪魔になる。石版だから重いし割れる。
その分知識は無限大だ。
召喚における『平等』ってのは、そういうルールに基づく公平さだ。
何かの能力がある代わりに、どこかに必ず他より劣る部分を持っているっていう……天秤のようなバランス取りだ。
…………それなら。
"まるでヒトのように頭がよくて、ずっと隣に居てくれる" という要素だけを求め……それ以外の全部を捨てれば。
きっと、必ず……ソレは来る。データの海から引きずり出せる。
それこそ『平等』。それでこそ『フェア』。
それがリビハプレイヤー全員にあまねく与えられた、公平の中にある権利ってもんのはずだ。
「捨てろっ! ひとつ以外の全部を! いっそマイナスだっていい! 移動に負荷をかけ、戦闘の邪魔をして、リビハをする上で足手まといだって……そんな存在でさえ良いんだって! そう願えばきっとそうなる! 絶対だ! 絶対そうだ! それこそが『平等』ってもんのはずなんだからなっ!!」
「……ああ……アァァ……ッ!!」
「迷うな! ブレるな! 信じろっ! アンタが望んだ友の形を、唯一望んだものだけを! リビハの神に伝えて見せろっ!! アンタの願いでこの世界のシステムを……納得させて見せろよっ!!」
リビハの魔法は、願いの形。
イメージ次第でどうとでもなる、無限の可能性を持つ力。
リビハの『召喚』は魔法のひとつ。
求めた物をどこからでも引っ張ってくる、望みを叶える神のひとさじ。
例えそれが、マグリョウさんのアヒルのようにその人らしくなくたって、システムはすんなり聞き届ける。
例えそれが、『毛生え薬の召喚獣』のように他人に意味のわからない願いでも、システムは最大限に叶えてくれる。
…………そんな『召喚』に必要なのは、ひとつだけ。
望む事。心の底から願う事。
それさえすれば、後は人より頭の良い奴が――――上手い具合に『平等』に、どうにかなんとかしてくれる。
……なぁ、そうだろ?
"MOKU" 。
『…………』
そうじゃなかったら……怒るからな。
信じてるぞ、お前のさじ加減。
「……で、でも……オレは…………もし、もし違うモノが出て来たら…………ッ」
「…………今更怯えてんじゃねぇっ!」
「…………!?」
「マグリョウさんが教えただろっ!『上っ面の願いじゃなくて、心の底から思ったモノが召喚される』って――――恥ずかしくって言いたくないけど! アンタのためだけを考えて! 勇気を出して教えてくれただろうがっ!」
「…………そ、それは……」
「あの【死灰】が! マグリョウさんがっ! アンタのためを思って、自分が今まで積み上げた『格好良さ』と真逆の本心を、必死にさらけ出してくれたんだっ! そんな彼の恥さらしを無碍にするのが――『今までタテコさんに支えて貰った男』の生き様なのかよっ!?」
「……ち、がう……! 違う! タテコの友人は……そんな情けないヤツじゃねぇッ! そんな駄目な男じゃねぇってのッ!!」
「だったら今更怖気づくんじゃねぇっ!! AIに治して貰った心で! タテコさんに強くして貰った魂で! 自分がひたすら求めたもんを! 単細胞で考え無しの馬鹿らしく、馬鹿正直に叫んで見せろっ!! それが――――」
「オレは…………オレはァァ……ッ!」
「――――それが! タテコさんの相棒の……脳筋ヒレステーキってもんだろうがぁっ!!」
「――――ァァアアアアッ!! 来いッッ!! 来てくれッ!! 『タテコ』ォォォォッ!!!」
――――――どぉん、と大きな音がした。
まるで大地に重機のハンマー・ヘッドが突き刺さる音のような、お腹に来る音だ。
舞い上がる土煙。
思わず顔を覆うその隙間から見える、黒くて大きな謎の物体。
「ひゃぁ~、ケホッ……なになに?」
「……な……こ、これは……?」
「……ぁんだこれ? ……鉄板、か?」
それは鉄板――いや、そんな言葉が似合わないようなデカい物だった。
高さはおよそ2メートル。厚さは、少なく見積もっても30センチ以上。
家の建築にすら使わないどころか、工事現場でも見られないような、とにかくデカくて分厚いクロガネの塊。
そんな威圧感全開の障害物が、ヒレステーキさんの目の前に現れていた。
「こ、これは……! わ、わかったぞ! これはとっても重そうな……なんかの板みたいなやつなのだっ!」
「……それは見ればわかるよ、正義ちゃん」
「て、鉄板……? ……盾……ッ? 大盾……ッ!? タ、タテコかッ!?」
『……こんにちは、マイマスター』
「むむっ!? しゃ、喋ったのだ!」
「わぁ、アレって顔文字ってやつやよ。ずいぶんレトロな文字表現をする子だねぇ」
「……ぁん? この声……」
そんな大きな鉄塊に、黄緑色で謎の文字列が表示される。
ツシマが言った『顔文字』というセリフ……ああ、そう言われればそうとも見える。
にっこり笑った顔を絵的に表すような文字列だし。
……しかし、そんな事は重要じゃない。
それより気にするべきなのは……『顔文字』と同時に発せられた、その声だ。
「……あ…………タ……タテコ…………ッ!!」
のんびりして上品な抑揚に、どこか神経質そうな雰囲気のある声。
声は低めであるはずなのに、なぜか女性的にも聞こえる不思議な声。
……それは確かに、聞き慣れたタテコさんの声だった。
『 "タテコ"……?』
「…………タテ……コ……タテコッ! オレだ! わかるかッ!? オレは……オレは……ッ!」
『 "タテコ" 、とは……? それは僕を指している言葉なのですか?』
「……え……? あ…………」
『……まさかとは思いますが、それはこの僕がまるで "大きな盾のような鉄板" という見た目だから、そのように呼ぶのでしょうか?』
「あ…………そ…………そんな…………」
一瞬だけ明るくなった空気に、びり、と亀裂が走った気がした。
黒い鉄塊――『タテコさんの声を持つAI』の話す言葉が、まるで自分が『タテコ』と呼ばれた事に驚いているように聞こえたからだ。
……大きな不安と、湧き出す失意。
これは『タテコさんの声』を持ってはいるが、『タテコさん』ではない別のモノなのか。
……こんな残酷があるかよ。
Re:behindの運営ってのは、そういう事をするのかよ。
『いいえ、プレイヤーネーム サクリファクト。それはあなたの思い違いですよ』
「……え?」
『……ふっ』
「…………ッ?」
『ふふ、ふ……』
「……な、んだ……?」
『……やれやれ。また、ですか』
……なんだ。
なんだよ。
脅かすなよ。
『タテコさん』。
…………ああ、良かった。
諦めないで、良かった。
今日という日があって、本当に良かった。
『……まったくキミは――相変わらずですね。盾のようだからタテコだなんて……ネーミングセンスを疑っちゃいますよ』
「…………あ……あぁぁ……」
『覚えていますか? 最初に出会った日の事を。あの時 "呼び名は何でもいいですよ" と言った僕に対してキミは、"盾だらけだから、タテコだなッ!!" と言ったんです』
「……あ…………ああ…………うん……お、ぼえて……る……」
『……形が代わり、役目が変わっても。それでもキミは、僕を "タテコ" と……そう呼ぶんですか』
「……あぁ……そっ……そうだ……! オレにとってのタテコは、お前だ……ッ。お前がオレの……タテコなんだっての…………ッ!」
『……まったく、呆れちゃいますね。自分の意思で動けないどころか、重くて大きくて邪魔な体に "療育用だったただのAI" だけを持った鉄くずを召喚するなんて……本当に、呆れて物も言えないです』
「…………いいんだ……それで、いい……ッ! タテコが隣に居てくれるなら……オレは、どんな物だって……どんな形だって……ッ! いいんだ……ッ!!」
『……まったく、本当に……やれやれです。二度も新たに喚び出され、二度もふざけた名前を貰って…………僕はなんて…………なんて……』
「……オォォォ……タテコォォォ……ッ!」
『……なんて幸運な、AIなのでしょうか……』
ヒレステーキさんの相棒、タテコさん。
それは召喚主と片時も離れず寄り添って、事細かくアドバイスをする召喚獣。
そのAIで出来た脳みそは、人並もしくはそれ以上に頭が良くて。
だけど自分じゃ動けないし、重くてデカくて邪魔な鉄くずだから、きちんと『平等』な存在だ。
『……ステーキ、親愛なる我がアルジ』
「……アァァ……オオォォォォオ……!」
……平等ってのは、良いものだ。
筋肉以外を捨ててしまえば、筋肉ばかりはとびきりになるし。
『共に居られる』以外を求めなければ、『共に居られる』だけを得る。
何かを捨てれば何かが得られる。
それが、平等ってものの可能性。
『……僕を喚んでくれて、ありがとう』
【竜殺しの七人】、【脳筋】ヒレステーキの新たな召喚獣。
それは『タテコ』という名の、デカくて重くて何の役にも立たないただの鉄板で。
だけど、彼にとっては最高の……召喚獣だ。
◇◇◇




