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第四十九話 C’mon My buddy 4




     ◇◇◇




「…………いい……」


「…………」


「……オレを救うとか……そういうのは、もう……いい。オレはもう……いいんだ」


「ヒレステーキ……」




 そう言って地面に視線を落とすヒレステーキさんの表情は、何の色も見えないものだった。

 ……先程までの怒りや悔しさなんかじゃない。そんなに()()()()顔じゃない。


 あえて言うなら……『無』、だろうか。

 俺に怒る訳じゃなく、かと言ってリビハとソレの運営に憤る訳でもなく。

 ただ、"終わった" と思っている顔。

 もうこの世界には何ひとつとして求めていない顔だった。




「……オレは、もういい」


「…………ヒ、ヒレステーキっ!」


「…………」


「わ、私が居るぞっ! この【正義】のクリムゾンが、ここに居るっ! 私は貴様をとても大事な……仲間だと思っているし! だから……あの……そ、そうだっ! 今からでも我がクラン『正義の旗』に、入って……!」


「……あんがとな、正義の。でもオレは……もうそういうのは、いいんだっての」


「え……あ……」


「オレは別に、VRMMOが好きなワケでもなくて……このゲームが好きなワケでもないんだ。オレが……オレが楽しかったのは…………そういうのじゃなくて…………」


「……あ…………う、む……」


「……だから、いいんだ。もういい」




 ヒレステーキさんは元々、治療の一環としてRe:behind(ここ)に訪れた。

 そしてその中で何やかんやがあって、タテコさんという寄る辺を見つけた。


 彼にとってのRe:behind(リ・ビハインド)は、1から10まですべてがタテコさんだった。

 だからそんな友を失った今、最早この世界に未練はなく、希望もなければ絶望もしない状態となっているんだろう。


 ……ヒレステーキさんにとってのRe:behind(リ・ビハインド)は、タテコさんとの出会いで始まった。

 だからそのタテコさんが消えた時点で、ゲームオーバーだったんだ。




「……オレは……もういい」


「…………う、うむむむ……」



「……ヒレステーキさん」


「…………?」




 "ゲームオーバー" 。物語の終わり。

 ヒレステーキさんのRe:behind(リ・ビハインド)は、そうなった。


 だったら、ヒレステーキさんが今からする事は…………。




「『召喚』をしよう」


「……は……?」




 "コンティニュー" って事にしよう。

 ここはゲームの世界なんだ。

 そういう選択肢があったって……何も不思議じゃないだろ。




     ◇◇◇




「……『召喚』……?」


「…………そうだ」


「……お前は何を言ってる? 話聞いてなかったのかよ?」


「聞いてたよ」


「……じゃあ、わかるだろ」


「ああ。治療用の召喚獣であるタテコさんは、アンタが治った今になってはもう喚び出せない――それは当然だと思う。そして俺は、それをわかった上で『召喚』しようって言ってるんだ」


「…………アァ……?」




 ヒレステーキさんの表情は変わらない。

 それどころか、こちらを見ることすらせずに、感情を失くしたままじっと地面を見つめるだけだ。


 ……普段の快活さが嘘のような…………いや、実際嘘だったのかもしれない。

 ヒレステーキさんの素はこういう物で、あのカラッとした調子はずいぶん無理をしていたのかもな。


 それもこれも、タテコさんを繋ぎ止めるため。

 ああ……そう考えると……ことさらにやるせない。




「……タテコは二度と戻らない。ああ……そうだってのよ。それはもうわかりきってる事なんだ。……だったら『召喚』したって…………オレにとっては意味が無い。あいつの代わりはいねぇんだ。……変な事を言うんじゃねぇっての」


「…………代わりじゃない」


「……ア……?」


「長年連れ添った相棒の代わりになるものなんて、それこそあり得るものじゃない。それは俺にもわかるぜ。……だから、代わりじゃなくて……本物を喚べばいい。タテコさんの代わりになるものじゃなく……タテコさんを喚べばいい」


「……お前は……何を言ってる?」


「サ、サクリファクトくん……?」




 俺の真意を図りかねたのか、怪訝な顔のヒレステーキさんがこっちを向いた。

 それと一緒に俺を見るクリムゾンさんは、いたく不安げな顔つきだ。


 ……わからないなら教えてやる。

 この世界の仕組みを信じる俺と、この場の誰より召喚士(サモナー)として先輩なマグリョウさんとで。




「マグリョウさん」


「……あん?」


「『召喚』、お願いしていいっすか?」


「…………何?」


「出して下さい、マグリョウさんの召喚獣」


「……いや……サクリファクト、お前も知ってるだろ? 俺の召喚獣ってのは……」


「……お願いしますよ、先輩」


「…………」




 渋るマグリョウさんに食い下がり、頭を下げて頼みこむ。

 彼の召喚獣を俺は知っている。

 彼がソレを出したがらないのはわかってる。

 彼がそうする理由だって、俺はきちんと理解している。


 だけど、それでも尚……今ここではそうして貰う事が必要で。

 そして今のマグリョウさんなら、きっとそれを――『召喚』をしてくれると、わかってる。




「…………しょうがねぇ。何でも付き合うと言っちまったからな……『コール・サーヴァント』」




――――レベル4の召喚士(サモナー)であるマグリョウさんの召喚獣。

 それは彼が、滅多な事では喚ばないもの。

 よほど親しい間柄でないと見せて貰えないもの。

 それは【死灰】の従僕として、とことん似つかわしくないもの。

 ……それが何故なのかという所は、きっと誰もが()()()()()




「くあっ! くあっ!」


「……アァ……? これが、【死灰】の……?」


「こ、これは……っ! まさか……こんな……っ!?」


「うわぁ、なにこれ。【死灰】の召喚はボクも初めて見たけれど、何だかすっごく――――」




――――可愛いんだね。


 いたずらな笑顔でそう言うジサツシマス(ツシマ)の視線を避けるようにして、マグリョウさんが顔を逸らす。



 ……そう。

 マグリョウさんの召喚獣は、これでもかってくらい可愛さだけを持つアヒル――『ぺったん』。

 水色で、黄色くちばしで、ふかふかで、まんまる。

 骨肉の争いだなんてもっての外で、戦いのひとつすらまともに出来ない平和な生き物。

 くあくあ~と鳴いてお尻をふりふりするだけの、アニメのキャラクターっぽいアヒル型召喚獣だ。


 誰が見たってすぐわかる。

 こんなの彼には似合わない。

 日がな血を浴び、血を啜り、死体を燃やした灰燼の中を彷徨う【迷宮探索者(ダンジョンシーカー)】――【死灰】のマグリョウに、こんなゆるふわペットは不相応だ。


 ……だからマグリョウさんは、滅多な事では『召喚』をしないんだ。

 それが自分のキャラじゃないから。

 見られたら恥ずかしいし、見られたらきっとネタにされてからかわれるから。

 それに、かわいそうだから。

 ただただ可愛いのアヒルちゃんは、戦いの場ではぷるぷる震えて逃げ回るだけで……それがどうしようもなくかわいそうだから。


 使えるモノは何でも使い、殺せるモノで全身を固めたダンジョン狂いのソロプレイヤー、マグリョウさん。

 そんな彼が連れ歩くにしては、どこまでも()()()()()召喚獣だろう。




「……ヒレステーキさん」


「…………」


「これがマグリョウさんの召喚獣。【死灰】が喚び出した、【死灰】だけのパートナーだ」


「……だから……なんだっての。オレに、タテコの代わりにアヒルを喚べってのか?」


「違う」


「じゃあ……なんだよ」


「リビハの召喚獣ってのは、こういうものだって事だよ」


「……アァ……?」




 俺が見てきた様々な召喚獣。

 そして "MOKU" に聞いた情報と、それを踏まえて今見ているマグリョウさんの『ぺったん』。

 そんな全部を合わせて考えてみれば、この世界の召喚(それ)がどういう物かって所が見えてくる。


 ……この世界における召喚。

 それは召喚主の求める物を、そのままもたらす『思うがまま』の願い事だ。




「マグリョウさん」


「……あん?」


「ヒレステーキさんに教えてあげてください」


「……何をだ?」


「……この『ぺったん』が、どうしてマグリョウさんの所に現れたのか」


「…………」




 ……驚きの表情。

 "マジかよサクリファクト" と聞こえて来そうな、悪い言い方をすればマヌケな顔のマグリョウさんだ。


 ……申し訳ないとは思う。

 どうして『ぺったん』が召喚されたかなんてのは、彼にとっては絶対に言いたくない言葉だろうし。


 だけどこれはヒレステーキさんのため、そしてマグリョウさんのためにも必要な事だ。

 だから、引き下がれない。何としてでも、これだけは。




「……いや、それは……お前……」


「……お願いします、マグリョウさん。これは大事な事なんです」


「…………」




――――【死灰】のマグリョウ。孤高の軽戦士(フェンサー)

 それがコミュ障で、一匹狼で、人付き合いが苦手な男。

 しかし、それはもう過去の話だ。


 さっきヒレステーキさんが泣いていた時、マグリョウさんはそれをじっと見つめていた。

 AIだけど大事な相棒を失った男の悲しみを理解し、目を赤くして一緒になって苦しんでいた。


 ……そうだ。

 マグリョウさんはあの時確かに……()()()()()()

 ヒレステーキさんという他人が、涙を流して心を痛める姿を見て……同感し、同情して、同調をしたんだ。


 マグリョウさんは、他人の悲しみを理解していた。

 自分には一切関係がなく、ゲーム的にも影響が薄い事で、数値では語れない人情を、とうとう本心で理解した。




「……マグリョウさん」


「…………」


「…………」




 …………それならきっとできるはずだ。

 他人のために格好悪い自分を見せる事が。


 ヒレステーキさんが苦しんでいる姿に胸を痛めた彼ならば、きっと。








「…………………………おい、筋肉野郎……聞け」


「…………なんだよ」


「俺は……俺はな…………」


「…………」


「……俺は……さ……さ、さ…………っ」


「…………?」



「――――寂しいなぁって……あぁ! そう思ったんだろうなぁ! 多分だけどなぁ!! ……あぁ!? クソボケがよ!!」


「……さびし……? ……アァン…………?」


「ひ、ひとりぼっちじゃ寂しいなぁって! 俺が思ったからなぁ!! だっ、だから! この『ぺったん』が! 俺の所に出たんだろうなぁって……なぁ!? あぁ!? そう言ってんだよ!! わかれよ! あぁ!? 殺すぞてめぇ! あぁっ!?」


「…………は……」


「――だからぁっ! か、かっ! 可愛い動物の友達が欲しいなぁって! 心の底から俺が思ったから! だっ、だから! ……あぁ! クソ! だから! この水色ですべすべでくぁくぁ鳴く『ぺったん』が……で、で……出て来てくれたっつってんだよ! ……ぁあああ!! わかれよクソが死なすぞボケ筋肉がこの野郎!!」




 あぁ……目の奥が熱い。涙が出そうだ。


 俺の憧れ、【死灰】のマグリョウさん。

 "寄らば斬る" を体現していた、ひとりぼっちの灰色男。

 そんな自他共に望んで孤独だった彼が、こうまで()()()()()をして。


 最強のソロプレイヤーである彼だ、プライドだってあるだろう。

 自分らしさを突き詰めて、誰も寄せ付けない高みへ至った者の見栄だって多いにあるはずだ。


 そんなクールで崇高なあの【死灰】が。

 リビハで一番格好つけなマグリョウさんが……今、こんなに恥を晒して他人のために。

 自分の一番格好悪い所を、こうして叫んで見せてくれた。




「し、【死灰】……?」


「…………あぁ、なんてことだろう。これはとってもステキな事やよ。どうしてここに "カニャニャック(加那子)" が居ないのかな」




【死灰】のマグリョウらしからぬ、可愛いアヒルの召喚獣。

 それは自身が召喚したもので、自分がそれを望んでいた、と。

 そうあけすけにさらけ出すマグリョウさんの姿は、何より意外で()()()()()から――そうだからこそ、見る者の胸を強く打つ。


 ……人付き合いの先輩として、誇りに思う。

 ……リビハプレイヤーの後輩として、尊敬をする。

 ……かけがえのない友として、その成長を何より嬉しく思う。


 最強の男は孤高のままに、『他人のため』をしてくれた。

 相棒を失って痛むヒレステーキさんの心を案じ、自分のプライドを投げ捨ててくれた。


 ……誰が彼をコミュ障と言ったんだ。


 他者のために自分を捨てられる『人間思い』のマグリョウさんは、もうそんな臆病者じゃない。




     ◇◇◇




「……はぁ……はぁ……あぁ、もう……クソが…………恥だ、クソ」


「…………ありがとうございます、マグリョウさん」


「……もう、これっきりにしろよ……ああ、クソ……」


「ええ…………マグリョウさんは本当に……最高に格好いいっす。俺はマグリョウさんの親友で居られて、本当に良かった」


「お……あ、まぁ……おう。……そうかよ。……まぁ、それは……良いことだ、うん」




 マグリョウさんがやってくれた。

 予想な聞きかじりではない、実体験をもって語られる『Re:behind(リ・ビハインド)における召喚のやり方』を教えてくれた。


 ……それなら後は、ヒレステーキさんがそうするだけだ。




「……なぁ、ヒレステーキさん」


「…………」


「マグリョウさんの言葉を聞いただろ?」


「…………聞いた。聞いたけど……」


「だからできる。マグリョウさんと同じように願ったならば、アンタの求めるものは必ず喚び出せる。だから――『召喚』をしようぜ」


「…………は」


「……なぁ、ヒレステーキさん」


「……そんな簡単な話だったら…………こうまで悩んでないってんだよ」




 ……マグリョウさんの言葉を聞いたヒレステーキさんは、驚き――焦り――聞き入って、確かに感情を揺り動かしていた。

 

 だけどそれでもまだ足りない。

 "特別な召喚獣である『タテコさん』を喚び戻す事ができる" とは、未だ信じられずにいるようで。


 ……それも仕方のない事か。

 彼の苦悩は、そうまで浅いものじゃないんだろうから。




「オレは……オレはなぁ……毎日ずっと考えてたんだ。『治療のために居るタテコ』から、その『治療のため』を引っこ抜くにはどうしたらいいのかって」


「…………」


「毎日考えに考えて……そうして考えてる中で、お前の案はとっくの昔に思い浮かんでたんだ。『タテコを改めて召喚し直して、治療用じゃない召喚獣として喚べばいい』って……そんな案はな」


「……まぁ、そうだろうな」


「……だけどそんなの、問題外も良いところだろうが。タテコは治療のために生まれたから……だから存在してたんだ。"治療用じゃなければ" なんて……考える意味がまったく無い事なんだっての」




 ……ヒレステーキさんの言う事はもっともだ。

『治療用として生まれた召喚獣』がタテコさんだっていうのに、それを『治療用でさえなければなぁ』と考える事は、まるで意味がない。


 それは例えば『すげえ斬れそうでイカした剣』を見て、『これが武器じゃなくて美術品だったら良かったのに』と思ったり。

 もしくは『肉汁したたるアツアツのハンバーグ』を見て『これがアツアツじゃなければいいのに』と思うような……そんな話って所だろうか。


 剣は、武器として有用そうだからこそ美しい。

 ハンバーグは、アツアツだから肉汁が溢れて美味そうなんだ。


 だから、『治療用に作られたタテコさん』ってのは――治療用だから特別で、そう作られたからこそ何でもできる、万能な召喚獣としてここに居た。



 ……そんな事、わかってるよ。




「…………それは俺もわかってる。最初からそう思ってるし……そして俺は、それを踏まえた上で召喚をしようと言ってるんだ」


「……何?」


「……ヒレステーキさん、知ってるか? このリビハってゲームは――とにかく『平等』なんだ」




     ◇◇◇




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