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第四十七話 覚める夢 上




     ◇◇◇




「フ~ッ……フゥ~ッ……」


「はぁ……はぁ……」


「…………」




 中国所属の決戦ユニット、シマリス型ドラゴン。

 その第4を終えた彼ら6人と僕――AI制御の召喚獣である "タテコ()" が、それぞれの思惑を胸に、荒い息を吐き出して。


 ……シマリス型ドラゴンを倒せたのは良いことです。

 それがどんな攻撃も効かない強力無比な相手であれば、なおのこと。


 …………しかし、それでも。

 僕はこの戦果を優秀とは思えない。




「ふぅ、お疲れっす。いい感じでしたね」


「まぁ……悪くはねぇ」




 地面に座り込み、【死灰】と言葉を交わす平凡なプレイヤー……サクリファクトくん。

 彼は間違いなくこの戦闘の中心であり、この勝利の立役者でしょう。


 そして、彼がそうだったからこそ。

 ……僕は、彼が憎い。




     ◇◇◇




 僕の召喚主である【脳筋】ヒレステーキは、女性嫌いです。

 それは彼の古いトラウマに基づくものであり、今となっては誰を責める事も出来ない不慮の事故でしょう。


 それゆえ彼は拒絶しました。

【殺界】さんの生成した菓子類で引き起こされる、シマリス型ドラゴンの中毒症状。

 それによって生まれた攻めの切欠を――大嫌いな女性によって作られたチャンスに乗じる事を、ステーキは良しとしなかったのです。

 なぜなら、その隙を利用してシマリス型ドラゴンを倒すのは、紛れもなく『女性との協力』にあたるから。

 それは女性嫌いなヒレステーキにとって、決してあってはならない事だから。


【正義】のクリムゾンさんならば良いのでしょう。

 彼女は女性でありながら、良い意味で女性らしさを感じない。

 思ったら即行動をするし、話す言葉は快活で正直。

 その上正義のヒーローを夢見るなんていう少年のようなヒトだから、ステーキは受け入れられるのでしょう。


 ……しかし、【殺界】さんはそうではない。

 彼女はいかにも女性的。お菓子を好み、可愛く動き、愛らしさと性的さをああまでむき出しにする女の子らしい存在で。

 そんな彼女だからこそ、きっとステーキは思い浮かべて重ね合わせてしまうんです。


殺界アレ】は "タテコ" をイジメた女と同じ生き物だ、と。




「…………」




 ……実際に女性にイジメられていたのは、ヒレステーキ……彼自身。

 だけれどそのトラウマを払拭するため、召喚獣である僕が身代わりとなって悪い思い出を受け止めている。


 そうして嫌な思い出から離れ、心と体を強くして、少しずつ自分に自信を付けて。

 いつしか本当の事を受け止められるまで、僕が隣で支え続ける。


 …………そう思っていたけれど。

 もう時間はありません。




「…………」




 僕は医療用の特別な召喚獣。

 AI制御の意思を持ちながら、外部からのオーダーによって様々な治療行為をする存在。

 そうであるから、今まで色んな治療の指示を聞き、それをステーキとこなして来ました。


 何の目的もなく歩き回り、ピンチに陥ったプレイヤーを見つけては――そこに女性が居る事を確認し、ステーキと共に手助けをする。

 それによってステーキを強引に女性と関わらせ、女性に対する拒否反応を和らげる。

 以前この『荒野地帯』で女性を含む『真なる勇者パーティ』さんたちを助けたのは、そういう意図があっての事。


 また、職業認定試験場に張り出された『クエスト』をこなし、その依頼主と交流する事で他人に慣れる訓練も行いました。

 ステーキほどのトッププレイヤーが、たかが『鬼角牛』の討伐クエストを受ける。

 それは格下狩りも良いところでしたが、他者との交流が出来ればクエスト内容は何でも良かったのです。

 ……と言ってもその結果は、たまたま会ったサクリファクトくんパーティの地引網漁を手伝っただけで終わってしまいましたが。


 ともあれ、とにかく、そんな僕へ送られていた "大成(タイセイ) (ヒロシ)" ことプレイヤーネーム ヒレステーキの『記憶拡張による再体験症状のすり替えと、過覚醒のコントロールによる心理的保護法』という治療は、毎時欠かさず行われていました。



 …………しかし、それももうおしまいです。

 ずいぶん前から僕への指示は送られず、治療はすっかり中断されています。

 それに加えて "止め" とも "継続" とも言われていないこの状況は……きっと見放されているのでしょう。


 長く続いた療育生活も、まるで成果は見えません。

 ステーキは筋肉に依存して、『肉』と『オンナキライ』と『マッスル』という言葉だけを繰り返す、どうしようもない【脳筋】に成り果ててしまったんです。

 そんな手のつけられない患者に対し、医者が "匙を投げた" という状態なのかもしれません。




「…………」




 僕は医療用の特別な召喚獣。

 AI制御の意思を持ちながら、外部からの指示によって様々な治療行為をする存在。


 そうであるから、頭の出来も体の作りも他の召喚獣とは違います。

 医療のための特別なAI。ヒトと変わらぬ知能を持ち、ヒトに成り代わって誰かに寄り添える『二足歩行で知能を持ったヒトならざるもの』という存在。

 それは明確に『特殊仕様』で、ある意味他の召喚師サモナーよりも贔屓をされていると言えるでしょう。


 ……だから、治療を諦められてしまったステーキは。

 ヒトにしか見えない特別な召喚獣である僕を、間もなく取り上げられてしまうんです。



 …………。

 いつ自分が消えるともわからない、不安だらけの毎日。

 今日ステーキがダイブアウトをして、僕が送還されたなら――二度とこの世界に現れる事はなく、あっさり消えてしまうかもしれない。

 ステーキが発する馬鹿丸出しの大声も、いちいち動かす筋肉も、美味しそうにお肉を食べるその笑顔も――――もう二度と、見る事は出来ないのかもしれない。


 そうして怯えながら過ごす日々は、ずっと……ずっと続いていました。

 こんな弱い所までヒトに似せなくてもいいのに……と、自分に植え付けられた弱さに呆れながら。




     ◇◇◇




 だから僕には時間がないんです。

 いつ消えるかもわからないから、できる限りをしなくてはいけないんです。


 ……今僕の目の前で横たわる、中国の決戦兵器『シマリス型ドラゴン』。

 それはいよいよ4度目の死亡を迎え、あたかも戦局は順風満帆に見えます。


 しかし、そうではない。

 この戦線の崩壊は近づいていると、僕は確信しています。


 ……いよいよ敗北を重ねたシマリス型ドラゴン。

 それは『コントロール・コア』により、中国勢のプレイヤーが操作しているものでしょう。

 ならば必ず、この劣勢を把握しているはず。4度も良いようにやられた現状を、中国勢(あちら)はきちんと理解しているはずなんです。


 ドラゴンは決戦存在。

 敵陣営の『Wonder(ゲート)』を破壊するために無くてはならない攻城兵器。

 それが削られて行く事を、中国勢がぼーっと見ているはずがない。

 僕らが戦力を集めた時間で、()()()()()()()()()()()

 数的不利は覆っていない。中国が持つ数の力を侮ってはいけない。


 ……囲まれる。

 必ず、今から、ラットマンに。


 ……潰される。

 数で、強引に、中国のRe:behind(リ・ビハインド)に。


 決めなければ。

 迅速にこの場の決着を……そして日本国が勝利する可能性を、少しでも高めなければ。


 そうしなければ、ステーキはずっと治らない。

 療育のために在る召喚獣の僕は、もうそろそろ消えてしまうから。


 勝たなければいけない。

 シマリス型ドラゴンを倒して、出来る限りに戦況を優位に運ぶんです。


 勝たなければいけない。

 敗戦濃厚なのは何も変わっていない。ならせめて、ドラゴンを排除するんです。


 勝たなければいけない。

 ()()()()()()()()()


 男女の隔たりなく協力しなければ、決して勝てない今がいい。

 戦争に勝って、Re:behind(リ・ビハインド)を続けたいと誰もが願う戦場だから、()()()()()()()()()()()んだ。


 好きだ嫌いだと言っている場合じゃないのだから、治療するには丁度いい。



 ……勝たなければいけないと思うなら。

 無理矢理にでもトラウマを忘れ、女性と協力しなくちゃいけない。


 そういう状況だから、ステーキの意識を変えるために最適だと思っていたのに……!




「しかし、ツシマの魔剣は強いなぁ。効果時間はどのくらいなんすかね?」


「……道化師(ピエロ)のアレは職業レベルに依存じゃなかったか? 正確な時間は知らんが、5分も持たねぇと聞いたぞ」


「5分かぁ……再使用までの時間(クール・タイム)はどんなもんっすかね」


「さぁな。ただ、他の職のスキルから見りゃあ、掛け直しで永続って訳にはいかねぇようになってんだろうよ」




 呑気に話すサクリファクトくんが。

 問題を先送りにした彼が。僕の計画を崩した彼が。


 僕は――憎い。


 ……これも、ヒトらしく居られるようにとインプットされた僕だから持てる感情なのでしょうね。


 AIがヒトに敵意を抱くなんて、本来あってはいけない事なのですから。




     ◇◇◇




「いやぁ、お疲れ様~。サクくん、上手く出来た?」


「……まぁ、ぼちぼちな」


「…………」




 ふらふらしながら寄ってくる【殺界】さんを、憎々しげに睨むステーキ。

 そうした後にわざとらしくそっぽを向く姿は、自分が女性嫌いである事を自分に言い聞かせているようで。




「【脳筋】も一緒に頑張ったんだねぇ、うんうん、えらいえらい」


「…………」


「獣のように吠えてさ、知性なんて無いように突進しちゃって――どこまでも【脳筋】らしい立ち振舞で、ボクは思わず笑っちゃったよ」


「…………」




 茶化す【殺界】さんと、無視をするステーキ。

 その言葉を聞いて不機嫌になるのは、彼だけではなく僕も同じです。

 ……サクリファクトくんと、仲のいい【殺界】のヒト。僕は彼らが憎くてたまらない。




「あぁ、確かにすげえ【脳筋】ぶりでしたね。こっちに真っ直ぐ突っ込んでくるヒレステーキさんには、俺も結構ぶるりと来ましたよ」



 ……なんですか、それ。ふざけた事を言うヒトだ。

 僕の計画を邪魔しておいて、あっけらかんと何を言うのか。



「あ、ちなみに "リスが言ってる" ってのは……嘘でした。リス語なんてわかりませんし」



 ……なんなんだよ、その軽い言い方は。

 僕とステーキを軽んじるのも、いい加減にしろ。




「でもほら、結果的には良かった感じで……」



 ……サクリファクトくん! キミは――――!




「――――キミはっ!! なんなんですかっ!!!」


「…………」


「……タ、タテコ……?」


「サクリファクトくん! キミはどうして……どうしてあんな事をして! どうして笑っているんですか!!」




 ……あまりにも。

 あまりにも能天気な彼の態度に、とうとう我慢の限界が来て。

 そうした激情の命ずるままに、声を荒げて問い詰めて。




「どうしてあんな事を! せっかく……せっかくステーキが! 女性と協力をするべき状況にあったのに! どうして考えなしで突っ込ませるよう焚き付けたんだ!」


「…………」


「とりあえずこの場を切り抜ける!? 脳みそまで筋肉のまま動かして、形だけの協力をする!? そんなの誤魔化しだっ! ただの逃げだっ!! それじゃあ何の解決にもならないっ! 聡明なキミならそんな事くらいわかっているでしょう!?」


「…………」




 サクリファクトくんは頭が良い、と……そう聞いていた。

 他人のために動けるヒトで、僕たちの問題を解決する手助けをしてくれると、カニャニャック女史も言っていた。


 だけど蓋を開けたらどうだ、彼は僕の邪魔ばかりする。

 今後無いかもしれない "女性を協力するタイミング" を、こうまで虚仮(こけ)にしてないがしろにする。

 ……僕は、それが許せない。

 誰かに作られた機械の頭が、カンカンに熱くなっている。




「――ステーキは! 女性と仲良くしなければいけないんだっ! そうならなくちゃ駄目なんですよっ!! ……そうだって言うのに、邪魔をして!! 余計な口出しをして来て!!」


「…………」


「何が "リス語" だ! 何が "脳筋ぶり" だ! 僕はこんなに頑張っているのに、ヘラヘラ笑って邪魔をして……! ふざけるのもいい加減にしろよぉっ!!」


「お、おい……タテコ……?」




 あぁ、なぜ僕は "ヒトらしくあれ" と作られたんだ。

 こんな生意気、AIごときがヒトに言っていい物ではないのに。


 だけれどもう、止まらない。

 迫る終わりと消え行く焦りで、心が急いて仕方ない。


 早く治療をしなくちゃいけない。

 ステーキの今後の人生のために、一刻も早く彼を治さなければいけない。


 そうだと言うのに邪魔をするサクリファクトくんが……憎くて憎くてしょうがない。




「……僕にはもう時間がないんだ! のんびりしている暇はないんだ! だから……僕が消える前に! ステーキを支えてあげられる内にっ!! これから幸せな人生が歩めるように、女性嫌いを克服させなきゃいけないって……そうして焦っているって言うのにっ!!」


「…………え……?」




 僕を止めようと伸びて来ていたステーキの手が止まり、困惑の声を漏らす。


 ……もう時間がない。

 いつまでも全部を隠していられる状況じゃない。


 強引でもいい、治さなければ。

 ステーキの明るい未来のために、僕が生まれ持った責務を果たさなくては。


 例えこの身が消去デリートされようとも、ステーキの役に立てるのならば……いつだって僕は本望なんだ。




「ま、まてよタテコ……消えるって、どういう意味だ……?」


「……そういう意味です。僕に残された時間は少ない。()()()()()()()()()()()()、恐らく今が最後のチャンスなんです。だからステーキ、乗り越えましょう」


「な、んだよ……ソレ……」


「……ステーキ、女性を受け入れましょう」


「で……でも、オレは……! 乗り越える必要なんて無くて……! お前をイジめた女を、一生かけて……ッ!」


「…………ステーキ、僕は大丈夫ですから。もう女性を恨んでいないんです。キミと一緒に過ごした事で、僕は自信を持てました。だからステーキ、キミもいい加減女性と手を取り合って、勝たねばならない相手に協力して立ち向かいましょう」


「何で、そんな事……言うんだよ……っ! オレは……! 脳筋で、筋肉至上主義で! お前を女から守るために筋肉を鍛える、【脳筋】ヒレステーキで……!」




 ……今こそ転機、ステーキの羽化の時。

 女性であれば見境なしに拒絶していたのは遠い過去。

 今や【正義】のクリムゾンさんと平気で腕相撲が出来るほどの仲になったステーキならば、女性を受け入れる土壌は整っているはず。


 女性にイジメられていた僕が女性を許す姿を見せる事で、イジメは過去の物だと認識させて。

 クリムゾンさんという『女性にも良い奴は居る』の代表格が隣に居るこの場所で。

 いかにも女性的な【殺界】さんと仲良くして貰い、女性に対するPTSDをひといきに解消させる――――!







「――……もう止めませんか? その場しのぎで嘘をつくのは」


「……は?」




 なんて……なんて邪魔なのか! この男、サクリファクト!

 どうして僕の妨害をするのか! どうしてステーキの事を考えないのか!


 信じられない! こいつは一体なんなんだ!?

 短いながらに見てきたはずの僕とステーキの関係性を、まるでわかっていないじゃないか!




「……な、何を……っ! 何を言うんだ! ……ああもう、何なんだよもうっ! ふざけるなぁっ!」


「俺からすれば、それこそ逃げで誤魔化しですよ。いつまで嘘ついてんですか」


「うるさいっ! 僕は何も誤魔化してないっ! これは治療で、良いことなんだっ! これはステーキのために、色んなヒトが一生懸命考えた療育で――――!」


「いや、そうじゃなくて。俺が言ってるのは……ヒレステーキさん、アンタの事っすよ」


「……え……?」


「…………ッ」




 ……何だ、それは。

 意味がわからない。

 ステーキが何を誤魔化すというのか。


 彼は女性がトラウマで、だからこそ【脳筋】と呼ばれる筋肉狂い。

 過去に女性にイジメられていた僕を守るため、とにかく自分を強く大きくする事に執着する……心を守るために筋肉の鎧を纏う男。


 ……それは紛れもない真実だ。

 誤魔化す事なんて、これっぽっちもないはずなのに。




「……言いましょう、タテコさん。アンタがどういう存在なのか」


「…………」


「ヒレステーキさんはそれを黙って聞いて下さい。タテコさんの正体を、逃げずに、正面から受け止めるんです」




「……………………いやだ」


「ス、ステーキ」


「いやだ、オレは聞かないぞ。オレはそんなの知りたくない」


「……ステーキ、キミは何かを誤魔化しているんですか? キミは何を知っているんですか?」


「言えよ、タテコさん。言わないなら俺が言うぞ」


「やめ……やめろッ! ……やめろォォオオッ!!」




 絶叫。そして頭を抱え、耳をふさいで座り込む。

 それはまるで、袋叩きにされる弱い者――――イジメを受ける被害者のような、悲壮な声と格好で。


 ……あぁ、ステーキ。悲しまないで。

 僕はキミが傷つくことが何より辛いんです。




「……マグリョウさん、ヒレステーキさんを拘束して貰えますか?」


「……おう」


「な……なんなのだ? これは何がどうなっているのだ?」


「んふふ、正義ちゃんはちょこっと見学してようね」



「おい、暴れんなよクソボケ筋肉」


「ヤメロッ! 離せェエエエッ!!」



「タテコさん」


「は、はい……」


「言ってくれ。今しかない」


「で、でも……」


「……他でもない、アンタら2人のためなんだ」




 ……いたく真剣なサクリファクトくんは、僕を真っ直ぐ見ながら震える声で言って来る。


 何が正解なのかわからない。

 ここで伝えていいものかと問いかけても、モニタリングしているはずの精神科医は答えない。


 ……でも、こうなってしまっては仕方がない。

 今更うやむやにも出来ないし、かえって都合がいいのかもしれない。


――僕が召喚獣である事を伝える。

 それは本来療育プログラムの最後に行われる、完治後にするネタバラシ。

 PTSDや怖い記憶を跳ね除けられる強さを持った患者に対し、『キミは自分でトラウマを乗り越えたんだよ』と称えて手渡すトロフィーのようなもの。


 それを、この場で……衆人環視の逃げられない状況で、ステーキにはっきり伝えれば。

 "この筋肉があれば、オレは誰にも負けないっての" とかなんとか言って、すべてが良いようになるかもしれない。


 ……カニャニャック女史…… "小名林こなばやし 加那子かなこ" 精神科学者。

 貴女が信じるサクリファクトくんを、もう一度だけ信じますよ。




「……ステーキ、聞いて下さい」


「やめろッ! タテコ! やめてくれッ! 離せェッ! 離せよ死灰ィィィィッ!!」


「僕は "タテコ" ではありません」


「言うな、やめろ!! 言うなァァアアア!!」


「僕は…………召喚獣です」






「…………」


「…………」


「……違う」


「……違いません」


「……違う。違う違う違うッ! 嘘だッ! お前ら全員嘘つきだッ!! みんなでオレを騙そうとしてるんだッ!!」


「嘘じゃないです、本当です」


「違うッ! タテコは俺の幼馴染で、近所に住んでる腐れ縁だッ! ずっと一緒に筋トレをしてて……女にイジめられていて……だからオレが守らなきゃいけなくて……ッ!!」





「……ヒレステーキさん」


「…………ッ」


「もう、やめましょうよ」


「…………や、やめるとかじゃねぇ! オレは本当に……そう思って……ッ!!」




「正直、バレバレっす」


「…………ッ!」


「それ、演技でしょ? 本当は普通に喋れますよね?」


「…………」


「女性嫌いもフリなだけだし、トラウマだってもうずっと前に治ってるんでしょう?」


「…………」




「…………え…………?」




 ……サクリファクトくんは何を言っているのか。思考の処理が間に合わない。演技? 普通に? 誤魔化す……女性嫌い……療育……治って……バレバレ…………?


 どういう意味なのか。

 いや、理解は出来る。理解は出来るけれど……意味がわからない。




「ど……どういう事ですか……?」


「どうも何も、そのままっすよ。ヒレステーキさんは多分女性と普通に喋れるし、脳みそまで筋肉でもないっす。あれはそういう "なりきり(ロールプレイ)" っす」


「そ、そんな……そんな訳ないでしょう!? 僕はずっとステーキの隣に居たんですよ!? そんな僕が演技に気づかないはずないじゃないですかっ!!」


「……近すぎるからじゃないっすか? 俺くらいの距離感だと、それは異常でわざとらしさしか感じないっすけどね」


「で、でも……そんな事には何の意味があるんですか!? それをして、何の得が!? いつまでも病人のフリをするなんて…………!」




「……しなくちゃ、駄目なんだ」


「……え? ステーキ……? しなくちゃ駄目って……っ! じゃ、じゃあ本当に、ずっと演技だったんですか……!?」


「……オレは、病気じゃなくちゃあ……駄目なんだよ」


「な……何が駄目なんですか! 何ですかそれ!? 僕が毎日どれだけ悩んで、どれほど心配していたか……!!」




 僕がAIだからなのか、このヒトたちの言っている事がまるで理解出来ない。

 どうしてステーキはそんな無駄なロールプレイをしていたのか、まともな理屈が思い浮かばない。


 ……【脳筋】という二つ名のために、あえて馬鹿のフリをしていた?

 いや、それは無いはずだ。

 もしそうだというのなら、誰でもクリア出来る低レベルの職業認定試験を失敗した事の説明がつかない。

 お金と時間を無駄にして、自分は馬鹿だとアピールしながらレベルアップの機会を手放すプレイヤーが――『強さ』を求めているはずがない。


 どうしてそんな事を。

 脳みそまで筋肉と馬鹿にされ、女性嫌いを全面に出すから女性プレイヤーにも嫌われて、作戦ひとつ理解しないから野良パーティだって断られて。


 そうして楽しいMMOの日々を自分で遠ざけるステーキは、一体何がしたかったのか。

 僕には、医療用AI付き召喚獣である僕の頭では……これっぽっちもわからない。




「……どうして」


「…………」


「ステーキ、どうしてですか。キミはなぜ、そんな無駄で意味のない事を」


「…………無駄じゃない」


「じゃあ、どうして?」


「…………」


「ステーキ……っ!」


「……だって…………」


「だって……? だって、なんなんですかっ!」








「だって! タテコは……ッ! 治療用のAIなんだろ!?」


「……え……?」




 それは一体、どういう意味で……。




「タテコは! オレを治すために居るんだろッ!?」


「……あ……」




 ……そんな、まさか。

 ステーキ、キミは……。




「オレが治ったら……消えちまうんだろぉッ!?」


「…………ッ」




「だからオレは、治っちゃ駄目なんだッ!

 オレがまともに戻ったら、タテコは……居なくなっちまうからッ!

 だからオレは馬鹿な脳筋でッ! 女嫌いのままでいなくちゃ……そうじゃなきゃ駄目なんだよぉ!!」




 ……あぁ。


 何ということだ。


 ステーキ、キミは……ずっと前から、全部わかっていて……。


 すっかりトラウマも失くなっていて、筋肉に頼る必要も全然なくて……。


 それでも僕といたいから……完治してしまったら、僕が消えてしまうから……!


 だからずっと、治っていないふりを続けて…………!


 なんで……どうしてそんな……!




「……ずっと一緒に居たかったんでしょう。だからいつまでも演じ続けて、わざとらしく脳筋だったんですよね」


「…………」


「うちのパーティには居るんすよ、"リュウジロウ(本物のアホ)" が。だからそれと比べると、ヒレステーキさんはどうにも()()()()で嘘くさく見えて。自然と馬鹿な事をしちゃうってよりは……()()()()鹿()()()()()()()()()()()()って感じで」


「…………」


「スピカとかアレクサンドロスと同じっす。リアルな人間とはまた別の、ロール・プレイっぽさがありますよ。ずっと近くで【脳筋】だけを見ていたタテコさんには、それが普通であるように見えてたんでしょうけど」


「…………」







「……なぁ、タテコ」


「…………」


「……なぁ、オレは、駄目なんだ。ずっとずっと女嫌いで、死ぬまで一生脳筋なんだよ」


「…………」


「オレはずっとそうなんだ。前からずっとそうだし……これからもそうなんだ……。だからオレは、お前が居なきゃ駄目なんだ」


「…………」


「オレには、お前が必要だから……! お前と一緒に居たいから! だからそうするためだったら、オレはずっと治らないから……ッ! だからずっと、ずっと一緒に……」


「そんな……あぁ……こんな事が……」




 荒野地帯で『真なる勇者パーティ』を救った、あの日。

 僕は【脳筋】という二つ名を、"呪いか何か" と表現しました。


 ()()()()()()()()()()()()()

 彼をそうしたままにする呪縛であり……僕にとっての祝福だった。


【脳筋】ヒレステーキは――――【脳筋】だから僕と出会い、僕と居るため【脳筋】で在り続けていた。


 ……なんて、なんて皮肉な事だ。

 彼を立ち直らせるために生まれた僕が、彼が立ち直るのを邪魔していたなんて。

 僕がこの世界に生まれたから、ステーキに治ってはいけないと思わせていたなんて。


 ひどく皮肉で、ひどく残酷。

 そしてひどく……幸せな事だ。

 僕は、これ以上ないほど――満たされている。




<< Beep,Beep,Beep >>


<< 特別療育プログラム『記憶拡張による再体験症状のすり替えと、過覚醒のコントロールによる心理的保護法』進展報告 >>


<< 対象の完治を確認。現時刻を持って当該プログラムを終了とする >>




「はは……何だ……ステーキ、キミは僕なんかより、ずっと頭が良かったんですね」


「ま、待てっ! タテコ! 違うんだ! オレは何もわかってない! 何も治っていないから! だから行くな!! 行かないでくれッ!!」


「全く、馬鹿なヒトですよ。僕はたかがAIでしか無いっていうのに」


「そんなの知るかッ! オレはお前と居たいんだッ!! だから、だから……ッ!!」


「……僕の役目は終わりです。治療が終えれば、薬は必要ないんです」


「か、勝手に決めるな! オレは駄目だ! なぁ、頼むよ……なぁ!!」


「キミはもう、僕が居なくても大丈夫ですよ」


「いやだ……いやだ! オレを放って行かないでくれぇ!! オレはこんなに馬鹿だから、金の管理も出来ないし……言葉だってわからねぇぞッ! お前が居ないと何にも出来ない駄目な奴だから……お前がいなきゃ……オレは……!」




<< "Fukuoka Colony Q-29号" 登録ID-J3182ギ29687 プレイヤーネーム ヒレステーキは、特別療育プログラム対象者より通常利用者へ移行 >>


<< 仮想空間下における療育用特異ユニット『登録ID-J3182ギ29687 SS-MUヒト型-028』の存続は認められない。仮想空間からの消去処理を開始 >>




 見たこともないほど焦った顔で、僕の足を掴むステーキ。

 その筋肉はみしみしと唸りをあげ、掴まれた部分が重機に挟まれたゴムタイヤのように変形します。


 ……そう。目に見えるだけ。

 もう足を掴まれている感覚も、そこから伝わるはずのステーキの体温も、感じません。




「聞き分けて下さい。僕が居ては駄目なんですよ。僕はこうして消えて行けることが、他の何より嬉しいんです」


「――いやだッ!! 離さないッ! オレは離さないぞッ!! オレは脳筋だッ! 聞き分けがない馬鹿なんだッ!! 死んでも離すモンかよォッ!!」




 はらりと解けるように消え行く僕の欠片を、必死でかき集めるようにする友人は。

 涙を滝のように流しながら、懇願するような顔をして。


 ……そんな彼の顔を見つめて、思わず口元が歪みます。

 その滑稽な姿を笑ってしまう気持ちと――――そうまで悲しんでくれている喜びを、堪えきれなくて。




<< 消失後空間の補填処理準備を待機中――準備完了――消去開始―― >>




「……ステーキ、僕からの最後の言葉です。装備は大事にして下さいね。武器っていうのは、スナック菓子みたいにぽきぽき折るものではありませんよ。そんなにしていたら、お金はすぐになくなってしまいます」


「いやだ! やだッ! やめろぉおおッ! 行くなよッ!! 行かないでくれェエエエッ!!」


「それと、筋肉で会話するのもやめてくださいね。僕が居れば――ふふ、"通訳" もできましたけど……これからはもう、それはできませんから。だから十分気をつけて、きちんと言葉で会話をしましょう」


「だ、だめだッ! オレには出来ないッ! 馬鹿だから、出来ないんだ……ッ! だから……だから、一緒に……居てくれ…………お願いだ……」




<< 使用された生成触媒の残リソースを新たな触媒へ変換――処理速度を優先・近似値の別個体からモデリングを流用―― >>




「ステーキ、キミは優しく、力持ちで、竹を割ったような気持ちのいい男です。それでいて不意に真を突く鋭さもあるし、誰かのために力を振るえる気風きっぷの良さもある。きっとみんなに好かれますよ。だからどうか、これからパーティを組んだり友達を作ったりして……ドーカこの世界を、そして現実の人生を、存分に楽しンデくださイ」


「いやだ……いやだ……タテコォ……お前と一緒に居られるのなら、オレはどんな馬鹿にでもなれるから…………だから、行くなよぉ……オレと一緒に居てくれよぉ……」


「<< 感嘆 >>あぁ……ス――sssss...J3182ギ29687テェーキ、どうか泣かなイデ。ヒトの偽物とととトトトTotoトモダチになれたキミ、ならばぁぁaaaaa...きっと本物とも仲良くなれる、なれた、なりうる。ダイジョウブだよ」


「……いやだぁ……オレの友達は、お前だけなんだぁ…………お前とじゃなきゃ、いやなんだよぉ…………」



<< 内蔵部消失――外装の消失及び世界への影響度下げ――下げ――下げ――存在消失に備え、参>>


<< Dive Massively Multiplayer Online Game Re:behind管理専用AI群統括マザーシステム モ・019840号 MOKUよりインスタントメッセージ >>


<< 再生 "消去までの3秒間、音声発信をサポートします" "最後はせめてヒトらしく、辞世の句を読みなさい" 終了>>




『……あぁ、親愛なる我がアルジ。僕に治させてくれて、ありがとう。僕を喚んでくれて、ありがとう』


「――言うなァッ! 誰かッ! おいッ! 止めろッ! 止めてくれぇ!! お願いだからぁ!!」


『涙を流してくれて、ありがとう。元気になってくれて、ありがとう』




<< 存在消失に備え、弐 >>



 僕はなんて幸せなAIなんだ。

 使命を果たし、それでもなお求められ、こんなになるまで惜しまれて。

 最後の最後に人間の親友ができて、こうして笑って消えてゆく。


 甘い夢のような最後の時間。

 消える不安に怯えていた昨日が、まるで嘘のようだ。






<< 存在消失に備え、壱 >>




 あぁ、願わくば。


 どうか……どうか、ヒレステーキの人生に、祝福を。

 彼の今後の人生が、縁に恵まれ友に囲まれ、幸せに満ち満ちた日々でありますよう。

 彼の今後の人生が、健やかで穏やかな笑顔に溢れる、何の憂いもない日々でありますよう。

 ヒトの擬物まがいものが授かった幸せを、そのひとひらでも主にお返しできますよう。




『さようなら、ステーキ。お大事に』




 さようなら、主。

 (AI)の友達。




<< 良い旅を、零 >>




 僕は僕を作って貰えて、本当に良か――――




<< 消去 >>






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