第四十五話 The world is your oyster 2
◇◇◇
「『競争』"ソード・スルー・ネック" 。『運』"マイザーズ・ドリーム" 。『模倣』"アン・アン・ラッキィ" 」
「…………」
「うん、いい感じ」
「……なんか、すげえな」
「んふふ」
"ジサツシマス" が腰の苦無を抜き取り、刃を つうっと撫で上げながら技能を連続使用する。
黒い手のひらサイズだったクナイはツシマの指が艶かしく動くたびにビキビキと形を変え、くねり曲がった黒い邪悪な形状へと変化した。
「普段はあんまりしないんだけどね、今日は特別っ! やよ~っと……『眩暈』」
そうした最後は俺も知っている道化師のスキル、『眩暈』だ。
その禍々しい刀身をぺろりと舐めながらそのスキルを使うと、バチっという音と共にクナイ全体に電気っぽい物が走り出す。
「はい、出来たよん」
「ああ、ありがとな」
「気をつけてね。少しでも触ると動けなく――――んべっ」
「うお」
そんな魔剣をツシマが差し出し、俺が手を伸ばしたその瞬間。
しばらく音沙汰の無かった【殺界】の不運、『トゲトゲのボール』がツシマの頭に落ちて来た。
不意の衝撃で体勢を崩すツシマ。
その勢いで空に放り投げられる黒い剣。
足をもつれさせて倒れ込んでくるツシマを俺が受け止めるのと同時に、彼女のお尻に黒い剣がちくりと刺さる。
「ひゃっ……わばばばばばばばば」
「…………」
「しびびびびびびびびびび」
……腕の中で激しくバイブレーションする彼女を見て、呆れつつも笑ってしまう。
ジサツシマス。悪名高きPKな竜殺し。
だけど俺にとっては、それと同時に沼地でカエル狩りを共にした『ツシマ』でもあるんだ、と。
それをしみじみと感じられる瞬間だったから。
一緒に過ごした時間はとても短いものだった。
俺を騙すために、姿形と声まで偽った状態でもあった。
だけど根っこはやっぱりコイツだ。ガワがいくら変わっていようと、コイツらしさは何も変わっちゃいなかった。
意味深な語り口と思わせぶりな行動をしながら、降りかかる不運で転んで失敗をして。
それでも心底楽しそうに、いたずらな笑みを浮かべておどける。
そうしてつくづく道化師なコイツは、いつだってそういう奴だったんだ。
PKもする。身勝手な好奇心で人を騙くらかす事もある。それと俺には知り得ぬ怪しい計画だって、ひっそりコソコソくわだてていたりするかもしれない。
だけど俺は正直な所、コイツと関わるのがイヤじゃない。
その時は振り回されて翻弄されたりもしたけれど、結果的にはいい思い出になってるし……何よりコイツの道化らしさは、単純に笑えるマヌケぶりだしな。
ああ、だから嫌いじゃない。一緒に居てもいいと思ってるし、それなりに大切だとも思ってる。
……ツシマは悪いヤツだけど、それでも大事な俺の友人だ。
「……何やってんだよ」
「ききき、きききき気を付けてね。ささささ触ると……こうなるよ、よよよよぉ~」
「……まぁ、うん。これ以上ないくらいに理解したけど」
未だにヴヴヴヴと震え続けるツシマを地面に寝かせ、ストレージにあった『七色羊のウールクッション』を頭の下に敷いてやる。
ツシマの出番はひとまず終わりだ。
サーカスで前座をする道化は、場を沸かすために居るって聞くしな。
それなら桃色くノ一な道化師は、きちんと全部をやり遂げた。
「……よし、見とけよツシマ」
「んんんんん~? ななな何をををぉ~?」
「俺がRe:behindを続ける理由。知りたいって言ってたろ?」
地面に刺さった剣を引き抜き、向かうは巨大なリスドラゴンだ。
高鳴ってやまない俺の心臓は、きっとこれから起こる事への――期待感だろう。
「んふふふふふ、がががんばってねねね、ゆゆゆゆうしゃさまままま」
「…………仮に俺がそうだとしても、この剣を持った時点でダークサイドに堕ちてると思うわ」
……あちこちに枝分かれしながらひねり曲がった黒い剣。
属性があるゲームだったら、間違いなく闇属性だ。
『勇者の剣』っていうよりは、『魔剣』とかそういう類の奴だろ。
◇◇◇
「――マグリョウさんっ!!」
「あぁ?」
「ギュギィィィッ!!」
手にした魔剣を乱雑にぶん投げる。
それに片眉を上げた男は、俺と飛来する剣を一瞬で見比べた。
……思い返すのは、以前に俺とリュウでやった連携プレイ。
あの時はリュウが考えなしに刀を投げたせいで、刃を掴まされた俺が血を流したけれど……今この時にキャッチするのはマグリョウさんだ。
だったらどれだけヤバい刀身の魔剣であろうとも、軽々掴むに決まってる。
何しろマグリョウさんは――【死灰】なんだから。
「『眩暈』付きっす! 狙いは――――」
「――――首……いや、胸か」
息を呑んだ。言葉に詰まった。良い意味で胸が締め付けられる感覚だ。
俺が持ってきた謎の剣。
その禍々しい形状と、刀身に走る電撃のような付与効果。
それを見て、俺の言葉を聞いて、瞬時に俺の意を理解して。
リスドラゴンが自分で掻きむしった喉から胸元という体毛が無い部分へ突き刺す事を把握したっていうのか。
判断が神速すぎるだろ。
その上当然のように "持つところ" をキャッチしてるし。
どんだけデキる人なんだマグリョウさん。惚れ惚れするぜマグリョウさん。
「『我が二枚貝』っ!『一切れのケーキ』っ! おらぁっ!」
「『はやぶさ』」
「ギギュルルルァァァッ!!」
ならず者の技能を適当に使いつつ、ストレージから取り出した『象のくるぶし大好き子ちゃん』をリスドラゴンの尻に直でぶつける。
罠の使い方として完全に間違ってるけど、とにかく今は鬱陶しい事が最優先だ。
それと同時に速度を上げたマグリョウさんが、疾風のようにリスの胸元へと潜り込む。
ぴり……と空気に緊張が走る。
灰の男が手にした魔剣が煌めき、リスの "毛がないところ" をロックした。
「死ね――――」
「ギヂヂャヂィヂギギギィィッ!!」
「……チッ、うっぜぇ」
しかし、マグリョウさんの刺突は穿つに至らない。
食あたりの苦しみで暴れるリスの鉤爪が、運悪く彼へと向かって振り下ろされたからだ。
……まるで正気を失ったようなリスドラゴンの大暴れ。
その不規則で滅茶苦茶な動きが、かえってマグリョウさんの読みを狂わせたのかもしれない。
「…………『来い、死灰』」
「……俺は【死灰の片腕】だ」
ならば、と灰のオーラを呼び出すマグリョウさん。
それを追いかけるようにして自身も【死灰の片腕】を発動させて、リスの正面へと回り込む。
「ギュルルルルゥァァァッ!」
――――プピィ~
「ギ!? ィィィィギギギイィッ!!」
不意に聞こえた変な音。あれはマグリョウさんのアヒルのやつだ。
それに釣られたリスが爪を振るう間に、次の罠を取り出そうとストレージを漁る。
……と。
そうする俺の眼前に、禍々しい魔剣が差し出された。
「お……?」
「……『かげろう』」
誰がそれをしたかなんて言うまでもなく、なぜそうしたかなんて聞くまでもない。
剣を差し出すのはマグリョウさんの『灰の手』で、それを俺に渡すって事は "お前が刺せ" と言うのだろう。
……ああ、なるほど。
ランダムで厄介な動きをするリスドラゴンを翻弄するのは、ローグな俺には少し荷が重い。
だからマグリョウさんがその役回りを買って出て、俺に "魔剣" を託したんだ。
「……了解っ!」
優しい。頼れる。信頼されている。
心底燃えるぜ、やってやる。
「ギヂィァァアアッ! ギィァアアアッ!!」
「……アヒルが鳴くぜ、怯えろクソネズミ」
勝負は一瞬、二度は無い。
好機をねだるな、自分で掴め。
……"お前がやれ" と。"お前ならやれる" と。
そう言って任せて貰えたその喜びを噛みしめながら、すべてを賭してバッチリ決めろ。
――――プピィ~
「ギヂュルルァァアッ!」
ダイブ元の脳細胞を、その精神体から送られる電気信号を。
俺が大好きなこの世界で、迸る閃光の如く、ひときわに弾けさせろ。
欲張りまくった戦場で、伸るか反るかの大一番。
ここが魂の鉄火場だ。
「――今っ!」
俺が最も上手く出来る戦技。
手に持つ武器を突き出すだけの、何の変哲もない『刺突』。
「刺されぇえええ!!」
いつでも本気でやって来たそれを、この時ばかりは気持ち強めで無理はせず、そこそこ本気で繰り出した。
「――ッ!! ギィィィィイイッ!!」
「あ」
……俺はならず者、妨害職だ。
剣士のように鮮やかな剣技も振るえないし、軽戦士みたいに華麗に動ける訳でもない。
そうであるから、そんな俺のへなちょこ突きは……色んな理由で死に物狂いのリスドラゴンには、届かなかった。
「ギュヂギギルルゥッ!!」
「が……っ!」
そして。
貫くには至らないばかりか、リスの爪で思いきり引き裂かれ……胸から腹までざっくり裂かれる大怪我だ。
ああ、これではもう生きられない。
ざんねん! 俺の冒険はここでおわってしまった!
「お、おい!! 何やって……! サクリファクトォ!!」
「ぐ……ひぃ……っ! はぁ……っ!」
誰がどう見ても、確実に終わる致命傷。
あのマグリョウさんですら焦った声を出し、らしくない必死さで俺に駆け寄ろうとする。
それを背後から追うリスドラゴンは、すっかり俺を意識していない。
そりゃそうだろう。何しろほとんど死んだものだ。
鬱陶しいヤツを一匹殺したと考えているんだろうし、死体を気にする必要がないのは当然なんだから……そうもなる。
…………。
…………。
……俺の職業も、知らないで。
「ぁぁああ……」
「サ、サク……! ポ、ポーションっ! ポーションをっ!!」
「ギヂュゥゥゥッ!!」
「――――……チ、イカァァァッ!!」
「『ひーる』」
瞬間。
白い【聖女】の力によって、ぎゅる、とすべてが元に戻った。
……痛みが消える。力が戻る。悪漢と聖女の仕掛けが仕上がる。
マグリョウさんに、リスドラゴン。
それはどちらも最強格で、油断も隙もありゃしない。
だけど、どれほど強いものだって……死体が動くなんてのは想定外だろう。
だからそうした。そうなるようにしてやった。
『この場の全員に "サクリファクトは終わり" だと思わせた』。
「ナイスだ! ニヤけ面ぁっ!!」
「…………む~っ!」
【血まみれ聖女】が微笑めば、頭が弾けて必死だろう。
だけど、【聖女】のチイカが微笑むならば――――そいつは不死身で必生と変わるんだ。
この場でそれを知っていたのは、俺とチイカの2人だけ。
マグリョウさんには悪いけど……嘘がつけない彼ごと全部を騙すのが、この場の俺の策だった。
"敵を騙すには、パーティメンバーから" って言うしな。
「なん、だ……はは……なんだよ……俺はてっきり……」
足を踏ん張り、今度こそ。
痺れる技能で紫電を走らす魔剣を構えて、狙うは心臓一直線。
リスドラゴンの知覚の外から。
死んだはずの体を盛らせ。
渾身の力を込めた。
正真正銘俺の必殺――――
「――『普通の突き』ぃぃぃっ!!」
「ギ……ッ!? ヂィイイッ!!」
知れ、リスドラゴン。
悪名轟くローグってのは、剣も早足も苦手な代わり、ハメる事において追従を許さない、卑劣で悪辣な罠師なんだぞ。
そんなローグが今使うのは、俺自身というひとつの罠だ。
自分が殺したはずの相手に刺されて、ビビって驚き狼狽しやがれ。
そうして死人の襲撃で心臓麻痺を起こしたなら、とんだ腰抜けだって笑ってやるぞ。
……あぁ、笑ってしまう。最高だ。
俺は今、とびきり楽しいぜ。
「……ったく……やりやがったな、サクリファクトォ。この【死灰】をまやかすか」
「これが【七色策謀】渾身の捨て身ブラフっす。リスと【死灰】から一本頂きっすよ」
「は……ははっ! はははっ! 何だよこの野郎、やってくれるじゃねぇか! 親友よぉ!」
「ギィィッ……ギ、ギギギギギ……ィッ!!」
リスドラゴンに刺さった『不運の魔剣』が、バヂリと音を立てて激しく光る。
……狙ったのはリスの胸部。
その奥にある心臓を痺れさせる事が出来れば、きっと死ぬと思ったからだ。
「ギ、ギギギィ、ギヂヂヂヂヂヂッ」
しかし、リスは崩れない。
俺の力だけじゃあ、ヤツの心臓にまでは到達していない。
これじゃあ足りない。
リスドラゴンを倒すのに足りないし――俺の『やりたい全部』には、まだまだ全然足りてない。
そういう訳で、次の『やりたい事』をしよう。
「……ヒレステーキさんっ!」
「…………おお?」
遠くで俯く大男に向かって、必死で声を張る。
それを聞いたヒレステーキさんがゆっくり顔を上げ、その隣のタテコさんが不安げにこちらを振り向いた。
……心配するなよ、召喚獣。
悪いようにはしないから。
「さっきも言いましたけど、ヒレステーキさんの筋肉って、マジでデカいっすよね!」
「おお……?」
「……ええ?」
◇◇◇




