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第八話 光れモンブランケーキ

□■□ 首都東 海岸地帯 □■□




 キキョウの魔法スペル『雷光』。

 指定位置に高圧電流を"溜まらせて"、罠のように使うスペルだ。


 今回の指定位置は、まめしばの矢。

 体内に直接電流トラップを打ち込まれた鬼角牛は、全身を痙攣させて痺れっぱなしで()()()()()



「……それにしてもサクちゃん、よくこんなの思いついたね?」


「似たような事をしてる動画を見たんだよ」


「へぇ。メジャーな戦法じゃないよね? みんなやればいいのに」


「わざわざ矢に『雷光』を纏わせなくても、大体の場合普通に飛ぶスペルで撃ち抜いたほうが早いだろ」


「あっ、そっか!」



「未熟な私にどうか御慈悲を、まめしば様。ふふふ」


「あ、いや、そういう意味じゃないからっ! キキョウを責めてる訳じゃないんだよ?」


「そんな事より――――まだ終わってないぞ」




 ぷすぷすと全身の傷口から煙をあげる鬼角牛。

 毛が燃えているのか、血が焼けているのか、牛肉の焦げるいい香りとはとても言えない悪臭が漂う。


 だけど、それでも、アイツはしっかり立っている。

 全身が焼けても、目は死んでない。




「次はどうするの?」


「…………」


「どうしました? サクリファクトくん?」




「…………よし、あとは一生懸命なんとかしようぜ」


「ノープランっ!?」




「仕方ないだろ!? 寧ろここまで咄嗟に組み立てた事を褒めてくれよっ!」


「確かに、素晴らしい思いつきの数々であったと称賛されるべき作戦でしたね」


「それはそうだけど……なんとかって、どうするのさぁ!?」




 十分だろ。よくやったほうだ。

 目に入った物、頭にあった事を必死に並べて、とりあえずの作戦は立てたけど。

 元々イレギュラーな事だったし、もう何も思いつかない。


 この先は、どうにかこうにかして頑張るのみだ。

 体中に電気を巡らせてる牛と初心者の俺たちとじゃ、いい勝負になっても不思議じゃないだろ。




「リュウっ!! 後はもうどうにかこうにかして、コイツを倒すぞっ!!」


「合点承知の助ぇっ!!」




 ノータイムでのカラッとした返事。

 リュウって人間は、そういう奴なんだよな。

 直情的で考え無しに見えるけど、一切考えてないって訳じゃないんだ。


 考えなくていい時は考えないってのが出来る……気持ちのいい奴なんだ。




「まめしばとキキョウでもう一回さっきの射ってくれ! 痺れを切らさないようにすれば、なんとかなるかもしれない可能性が無くも無さそうだっ!!」


「弱気だねっ!? わかったよ!」



「私は~?」


「ロラロニーはそこに落ちてる魚とサメをもう一回牛に投げろ!――――いや、その前に水汲んでこいっ!! 何か水かけたら元気になるっぽいから!!」


「なるっぽい…………わかった~」




 わからない、何が正解なのか。

 鬼角牛に吹き飛ばされて砂浜に へにゃり と横たわる魚共は、本当に水をかければ元の凶暴さを取り戻すのか?

 もう一回まめしばとキキョウの『痺れる矢』を射ちつけて、効果はきちんと出るのか?


 あの時はたまたま湿り気が足りなくて萎びてたピラニアは、今じゃもう体力がなくて動けないのかもしれない。

 強力なモンスターである鬼角牛には、何度も同じバッドステータスは通じないのかもしれない。


 でも、やるしかない。手当たり次第だ。

 思いつく限りの事をして、そして俺とリュウは。




「くそっ! かってぇ!! 剣が欠けちまいそうでぃ!」


「傷口を狙えっ。ケツの横辺りに付いてれば、後ろ足にさえ注意しとけば危険は少ないっ!」



「目は柔らかいんじゃねぇのかぁ?」


「角で串刺しになっても良いなら狙いに行ってもいいんだぜ」


「そいつは御免だぁ……あ、柔らかいと言えば、一緒に隠れた時、ロラロニーのどこかの部分が柔らかかったなぁ。暗くて見えなかったんだけど、サクの字はロラロニーの柔らかい所ってどこだと思う?」


「いきなり何言ってんだお前」




 ああだこうだと言いながら、手にした安い剣でがんばるしかない。

 真っ向からの力比べだ。




     ◇◇◇




「まめしばぁ!『雷光』が切れそうだ、もう一本頼むっ!」


「あの矢はもうないよっ。武器屋の髭ジイに無理やり持たされただけだもん!」


「マジかよ!? キキョウ、直接『雷光』叩き込めるか!?」


「いや……ふふ…………ちょっと精神疲労が厳しいですね」




 マジかよ。

『雷光』4発でキキョウはフラフラだ。

 いつもは『ふふふ』って笑うのに、今は『ふふ』になってる。キャラ付けが崩れるくらいってのは、よっぽどだろうな。




魔法スペルを大盤振る舞いすると、あんな感じになんのかよぉ!?」


「魔力ってのは精神に依存してるから、きっと頭の中が二日酔いみたいにぐわんぐわんしてんだろ」


「おいおい、キキョウの奴――ダイブアウト後に影響とかねぇだろうなぁ!?」


「『飾り』だから平気だ。俺らの体が重くなってるのと同じモンだよっ。ああ、だりぃ!」




 体力……所謂『HP』の減少は、体のだるさ。

『MP』みたいな魔力の場合は、頭のだるさ。

 全てがマスクデータのこのゲームでは、それらはそういう風に扱われる。

 剣を振るたび、システム上の体力が減って体が重くなっていくのがわかるぜ。

 厳しい世界だよな、本当に。




「俺っちはまだまだ行けるぜぇ!! オラオラァッ!! どうした牛公っ!」


「確か『ケンドー』だっけ? リュウがやってるスポーツ。リアルのスタミナはゲーム内に影響を及ぼさないって聞いたけど、なんでそんなに元気なんだよ」


「気合よ、気合ッ! もういっぺん最初ハナっからやったって良いくらいよっ!」




 俺はもうとっくに限界だ。三キロメートルくらいマラソンしたような倦怠感。

 リュウみたいに全力で斬撃を放てれば違った状況になっていたかもしれないけど、この体力じゃ牛の傷口を狙ってちくちくするくらいが関の山だ。


 と言っても、鬼角牛は痺れと怪我で防戦一方。

 このまま順当に……ロラロニーのピラニア投げでもあれば、割とすんなり倒せそうだ。




「何が気合だよ……つーかロラロニーはどこ行ったんだっ」


「さっき森の中に入って行った気がすっけど――――」





「わわわ、みんな~! ごめんなさい~!!」



 言ってる傍からロラロニーが草木から湧いて出る。胸に白いタコを抱いて。

 何で今そんな変なの連れてくるんだよ。

 森の中に置いといたほうが、絶対安全だろうに。



「ごめん~! 水を汲む葉っぱ採りに行ったら、もう一匹いた~!!」





「――――は?」


「ブモォォッ!!」




 目の前にいる鬼角牛の物では無い、だけれど確実に聞こえた『牛』の鳴き声。ヤシの木が倒れる音。

 飛び出る真っ直ぐな白い角。そして見えてくる、青黒くて大きい体。


 角の色と形以外、まるごとさっき見たまんまだぜ。この光景。


 それは無いって。勘弁してくれよ。




「…………そんなにいっぱい居るモンスターじゃねぇだろっ!! 意味がわかんねぇ!!」


「――――はぁーっ!? ちょ、ちょっと待てよ! 本当に最初っからは、流石の俺っちも無理だぜぇ!?」




 絶望だ。折角がんばったのに。


 気持ちを奮い立たせてこの世界で皆と生きるって決めたのに、それをRe:behind(リ・ビハインド)は認めちゃくれないらしい。


 神だかマザーAIだか知らないけど、ちょっとくらい希望を持ったっていいじゃんかよ。

 明らかな格上に工夫と努力で一矢報いて、仲間と無茶やった達成感くらいくれてもいいじゃねーか。

 なんだよこれ。

 全て出しきって、ようやくなんとかなりそうだと思った所で、更に新品の鬼角牛を追加とか。

 無慈悲だ。まるで救いがない。

 涙が出そうだ。




「クソが!! 何が世界の修正機構だよっ! 何がバランサーだよっ!! ふざけんなあっ!!」


「ど、どうするのっ、サクちゃん!」


「逃げますか?…………逃げられるのでしょうか?」


「何か策はねぇのか!?」



「ねーよっ! わかんねーよっ!」


「"サクリファクト(サクの字)"の『サク』って、『策』って意味なんだろぃ!」


「ちっげーよっ! ああっ、わからん! もう、こんなクソッタレの展開――――」





「そこまでだぁ!!」




 声。凛として響き渡る、女の子の声だ。

 横にも後ろにもそんな奴は見えない。発信源は……上か?

 赤と白に光る幾何学模様。あんなのさっきまであったか?

 もうイレギュラーだらけだ。頭が混乱するぜ。




「あぁっ! もうっ! 今度は何だよ!?」


「ブフゥッ」



――――ズシンッ



 見上げた瞬間、その光の中心から猛スピードで落ちてきた『赤いなにか』。

 ちょっとしたマンションくらいの高さから降ってきたのにも関わらず、その体は真っ直ぐと立って。


 中心が地鉄のように黒くなったブロードソードを縦にして、顔を隠すように構えている。

 鍔との境目から黒い部分を覆うように伸びる、木の根のような金の装飾は、その加工を頼むだけでリアルマネーを三十万くらい要求されそうなほどの精巧な物だ。




 そうしてたっぷり時間を置いて着地音の余韻が霧散した頃、満を持したように『彼女』は動き出す。



「――――正義っ!」



 その言葉と同時に顔を隠していた剣をくるりと傾け、剣刃越しに顔を見せつける。

 金髪に赤い瞳。

 ()()()()()まんまだ。



「参上っ!!」



 そう言って、右手で剣を振り払い、左手を前に出して手のひらを広げた。

 足はただ広げているだけじゃない、戦隊立ちって感じの、キメキメのポーズだ。




 …………格好いいと思ってしまった。

 だって、仕方ないだろ。

 絶望の中に現れた大きな希望で、俺たちにとっての確かな救い。

 援軍、救世主、ピンチに駆けつける正義のヒーロー。震えるほどに格好いい。


 それに俺だって男の子だ。

 男の子は皆、こういうのが好きなんだよ。


 格好いいなぁ、【正義】のクリムゾンさん。




『正義さん』


 日本国のRe:behind(リ・ビハインド)において最も有名なのは誰かと聞かれれば、大半のプレイヤーが

【正義】のクリムゾン・コンスタンティン

【聖女】のチイカ

 のどちらかを挙げるだろう。


 世界的に有名な【聖女】のチイカは兎も角として、日本国内では類を見ないほどの知名度を持つRe:behind(リ・ビハインド)の広告塔、【正義】のクリムゾン・コンスタンティンは、トップクラン『正義の旗』のクランリーダーであり日々そのクランの行動指針である『正義を成す事』に余念がない。

 P(プレイヤ)K(ー・キラー)に始まり、狩場を荒らす者やMPK(モンスターの押し付け)という罪を犯す者を見つけ出し、正義を持って制裁。

 パーティ内でのトラブルの仲裁や悩み相談、果ては落とし物探しに至るまで、困っている人の為に邁進する姿は、多くのプレイヤーに好意的に見られている。


 一部のプレイヤーには「自由な世界を縛るお節介な奴」「エゴで自治をする自治厨」等と言われる彼女であるが

 確実に執り行われる正しい行い、そして決して見返りを求めない姿勢に心打たれた者たちによって、そのような声は跳ね除けられている。

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