第四十話 Bad luck, have fun 2
◇◇◇
「んふふぅ~」
「…………」
ジサツシマスがウキウキだ。
黒い金属製の尖った棒、苦無を指でくるくる回しながらニヤついて。
それを一人で勝手にやっていたのなら "ああ、また【殺界】が何かやってるな" って感想で済んだけど、その笑顔はばっちり俺だけに向けられているから困ってしまう。
……何だろう、あの意味深な顔つきは。
それに俺を "勇者なサクくん" とか言っているのも気になるぞ。
何だよ "勇者" って。俺はそんなガラじゃないし、その呼び方はちょっとダサい感じがして嫌だな。子供っぽいっつーかなんつーか。
「……何が "勇者" だ、下らねぇ。訳のわかんねぇ変態女は放置でいいぞサクリファクト」
「あ~、ひどいんだ~」
「…………」
普段から冷たい視線のマグリョウさんが、それに輪をかけた厳しい目つきで―― "心底嫌いなもの" を見る目でジサツシマスを睨む。
その凍てつくような眼差しを正面から受け止めるジサツシマスは、軽い調子でおどけてみせた。
マグリョウさんの言う事はもっともだ。
ジサツシマスが意味不明な事を言うのは今に始まった事でもないし、このヤバい女のうわ言を気にしていても仕方ないっていうのもわかる。
……だけどやっぱり、気になっちゃうんだよなぁ。
イルカ研究者だか何だかと名乗ったPK女、ジサツシマス。
そしてそんな彼女とリアルで知人の、頼れる識者カニャニャックさん。
そんな2人には共通点が多くある。
それは話し方だったり、得意分野の膨大な知識量だったりと色々あるけど、何より俺が似ていると思うのは……『俺たち一般プレイヤーとは違う視点を持っている』という所だろうか。
何か、違う感じがするんだよな。
あの2人の立ち位置が、このVRMMO『Re:behind』で呑気に遊んでいるだけの俺たちとはまた別で、言わば世界の土台を作る側のような――――どちらかと言えば運営側に属していて、そのついでにゲームで遊んでいるかのような……そんな別枠の存在に見える事があるんだ。
上手く言えないけどさ。
◇◇◇
「――――ギヂュゥゥァァアアッ!!」
「……なんだありゃ? 随分ハネてんな」
「尻尾も3本減らされて、いよいよキレ気味なのかもしれないっすね」
「ようやくかよ。思い上がりも甚だしい舐めネズミだな」
「んふふ、窮鼠には気をつけなきゃいけないんやよ~?」
「さぁ! 行くぞっ!!【死灰】にばかりいい格好をさせては居られないのだっ!」
「オウよ! オレの筋肉でデカネズミをメタクソにして、【死灰】に筋肉の魅力を伝えるんだっての!」
「……共々持った目的はちょっと邪ですけど、戦いを頑張るという事には変わりありませんね。精一杯やりましょう」
そうして思い思いに言葉を口にしながら並び立つ、竜殺しが4人。
リスの尻尾は10本から3本減って、いよいよ残り7本となった第4戦だ。
……もう、いやだ。
もう我慢出来ないぞ。
見ているだけなのも、後詰めとして控えているだけなのももう沢山だ。
俺も一緒に戦いたい。この人たちと一緒に、ドラゴンに立ち向かいたい。
後悔が無いように全力で、出せるすべてを出し切って、やるだけやったぞって言いたいんだ。
「……チイカ」
「…………?」
「俺も行く。みんなと一緒に戦うんだ」
「…………」
「……あっちの岩が見えるか? ずっと遠くの、アレだ」
「…………」
「悪いんだけど、俺はもうチイカを守ってやれない。それにここら一帯は危なくなるから、チイカはあの岩の裏に隠れてたほうがいいと思うんだよ」
「…………」
返事は無い。
上から下まで全身真っ白な少女は、人形のように微動だにせず俺の顔を見つめている。
「あそこまで一人で歩けるか?」
「…………」
「……あの、聞いてる?」
「…………」
「……やっぱり俺が運ぶか。ちょっと抱えるぞ、いいか?」
「……いや」
「え?」
「……いや」
「…………いや、って……えぇ? 何だよ、自分で歩くのか?」
「…………する」
「んん……?」
"する" って何だ、と聞こうとする俺を抑えるように手を伸ばしたチイカが、そのまま優しく撫でるように手を動かした。
ぽわ、と仄かな光が灯り、僅かな暖かさを感じる。
…… "する" って…………これか?
これをするって、そう言ってるのか?
「……もしかして、『ヒール』……してくれるのか?」
「…………する」
「危ないぞ」
「……する」
「守ってやれないかもしれないし」
「する」
「…………」
……やらなくていい、と言うべきか迷った。
……いらねーよ、と突っぱねても良いかと思った。
そしてふと思い至った。
だから、つまらない事を言うのは止めた。
俺が言うべきなのは、『血まみれ聖女』に対しての言葉じゃない。
心配とか拒否とか、そんな昨日までのチイカに対する気持ちじゃない。
俺がチイカに言うべきなのは、俺が見てきたチイカに向ける言葉だ。
ずっと笑顔のままじゃない。誰彼の区別なく『ヒール』をする訳じゃない。機械のように殺すだけじゃない。
時にむくれて、時に泣いて。
自分がしたいと思う事をして、したくない事を嫌がって。
機械のような無機質な物じゃなく、人間臭い下手くそな『ヒール』をする。
そんなチイカを見てきた俺だから、わかる事がある。
「……お前も一緒に、やるか?」
「…………」
こくりと頷く白い頭。
そこには感情も表情も無いけれど、確かに伝わる強い意思があった。
チイカ。【聖女】。元ニヤけ面の、むくれっ面。
お前もそうか。
お前も俺と、同じ気持ちだったのか。
「……そうなのか」
「…………」
「……はは、ひっ……そっか、そうだったのか」
「…………」
「ああ、じゃあそうしようぜ、ひひ……それがいい、そうしよう」
「…………」
「最高だ。ああ、最高にイケてるよな、ひひ、ははっ。【聖女】の『ヒール』があるなんて、そんなの最強に決まってる。間違いないぜ、あぁ間違いない。お前が後ろに居るのなら、俺たちは無敵だ、ひひ」
なぜだか無性に嬉しくて、思わずチイカの頭をこねくり回す。
さらさらとした銀色がかった白髪が、ぐちゃぐちゃになってあちこちに跳ねた。
そんな俺の手付きを拒絶するように、チイカが頭を振って距離を取る。
「ああ、わりぃ」
「…………わらうの」
「……ん?」
「きもちわるい」
「…………」
あれ。
俺、キモく笑ってたか。子供の頃みたいに ひひ って。
ずっと昔にお母さんから "ねぇキノサク。あなた、すごく嬉しい事があった時は必ず『ひひ』って笑うわよね。そうやって笑うのはよしなさい? ちょっと不気味よ?" って言われて、頑張って直したはずだったんだけどな。
いやでも、これはしょうがないだろ。
チイカがそう言うってのは、それくらいの事だったんだよ。俺にとってはさ。
◇◇◇
「んふ、ご機嫌だねぇ、サクくん」
俺の隣に座りこみ、両手にアゴを乗せたジサツシマスがニコニコしながら言う。
そうだ、俺はご機嫌なんだ。
やりたかった事を今からやれるし、理解したかった奴を少しは理解出来たから。
こんな上々な気分になれる機会なんて、Re:behindでなければ無かっただろう。
だから余計に、嬉しくなっちゃうんだよな。
「ご機嫌だぜ。こんなにいい日もそうは無いってくらいにはな」
「そっかそっか。それはチイカちゃんの事? それともドラゴン退治の事かな?」
「……その両方かな」
「んむんむ、良きかな良きかな。……それじゃあボクも、ちょっとだけ頑張っちゃお~っと。どろんっ!」
「ん? ……あ、おいっ」
脳をとろかすような甘い声色を聞き流していたら、いつかの時に見たような桃色の渦が唐突に巻き上がり、気づけばジサツシマスはすっかり姿を消していた。
……頑張っちゃうって、あの【殺界】が?
いや、そりゃあ確かに【竜殺しの七人】ではあるから、それなりに期待してはいたけど……よく考えるとあいつの技能って、道化師の『遊び』くらいしか見たことないんだよな。
以前俺が首都で見た、『だるまさんがころんだ』とか『にらめっこ』とか、相手を縛る『遊び』のスキル。それは対プレイヤーであれば強烈な強制力を持っていた。
それはあの【死灰】のマグリョウさんですら例外ではなく、肉を斬り合い骨を断ち合う問答無用の殺し合いですらも、ふざけた『遊び』の場に変えさせるほどだった。
……だけどそれが、モンスター相手でも効果があるとは思えない。
いくらなんでも相手をルールで縛って勝手に動かしたり、ルール違反者に思うがままの罰を与えるなんて、便利すぎるし強すぎる。
それに加えて今日の相手は、リビハに生きるすべての上位種『ドラゴン』だ。
まさかドラゴンにまで『遊び』が有効って事は無いだろう。
それは流石にぶっ壊れすぎだ。
……どうするんだろう。
ジサツシマスは一体、どういう戦い方をするつもりなんだろうか。
不運を象徴する名を持ち、自分と周囲を悪運まみれにするあいつが今から何をするのか、俺には想像もつかない。
…………【殺界】、不運の象徴。
その名の下に撒き散らされるアンラッキーが、俺たちに降り注いだりしないよな。
◇◇◇
「――――ギヂァァァッッ!!」
「行きますっ! 技能『活火山の如く』!」
「いつでも正義は我にありっ!『疾駆』っ! とぁーっ!!」
「オアアアーッン!」
「……全員馬鹿みてぇにうるせぇな。これじゃあどれが "注意を引く役" だかわかんねぇぞ」
タテコさんが離れた位置からリスドラゴンの敵意を刺激し、それを追いかける形でクリムゾンさんとヒレステーキさんが続く。
そこから大きく離れた所を悠然と歩くマグリョウさんは、先にリスドラゴンと接触した3人をじっと見つめているようだ。
「……やるぞ、サクリファクト。仕掛けだ」
「了解っす」
何を、なんて聞くまでもない。
俺とマグリョウさんの2人でリビハをプレイした日々。
その中で幾度となく繰り返されたその言葉は、俺の耳にしっかり残っているんだから。
「位置は前みたいに『灰』で?」
「あぁ――……いや、お前の好きにやれ。合図は前に決めた口笛でいい。そうすりゃ俺が合わせる」
そう言って駆け出すマグリョウさんの言葉を聞きながら、ストレージを乱暴に漁る。
以前にダンジョンで遊んだ時には、マグリョウさんの指示で仕掛けた。俺を包む『灰』に紛れながら、『灰』で指定された位置に、『灰』が命じる種類の物を――と。
だけれど今日の竜殺しでは、俺の判断でやっていいらしい。
心地の良いプレッシャーとやりがいだ。今ならどこでだって "俺こそが【死灰の片腕】だ" と言える気がするぜ。
「……よし」
胸が高鳴る。俺は今から竜を殺すぞって、わくわくして来てしょうがない。
……直接的なダメージが効きづらい相手だ。選べる物は限られる。
その上悠長に準備をする時間も無いから、ささっと仕掛けられるタイプじゃなきゃいけないよな。大変だ。
「……『ネバっとボム』、『打ち上げ杭』、『毒針パイナップル』……ああ、『無限ネズミ取り』なんか最高じゃんかよ」
「…………ろーぐ」
阻害、妨害、傷害。
そんな邪魔を引き起こす嫌がらせの仕掛けをリスに気づかれないように、なおかつクリムゾンさんたちの邪魔にならないように設置して――――ああ、これが【死灰の片腕】たるならず者の戦闘法。なんて小賢しく、姑息で小難しい事か。滅茶苦茶楽しいぜ。
「あっ! 砂地柄のカモフラージュ布があったんだ! これは儲けもんだぜ。適当にアレコレ入れとくもんだな~」
「…………わるいこ」
過去に海岸で『鬼角牛』に苦戦した事を受け、穴を掘らずとも仕掛けられるようにと用意していた『砂色の薄布』。
それがこの荒野地帯でも役立つ事に気づいて、思わず声をあげてしまう。
ああ、楽しい。
今まであった色んな事、これまであった全部が繋がって、その先に今の俺がある事を実感する。
――――マグリョウさんが言った『仕掛けろ』という言葉。
それは、出会ってからわざわざ用意した物ではなく、最初からあった俺とマグリョウさんの共通分野を指す言葉だ。
俺はならず者。罠師と妨害を生業とする男。
マグリョウさんは【迷宮探索者】。死体もアイテムも、そしてダンジョンの罠でさえも利用して、威風堂々と迷宮を闊歩する男。
そんな2人に共通する物。
それは――――『罠』だ。
ローグの俺。【迷宮探索者】のマグリョウさん。
それは合わせたものじゃなく、この上ないほど合ったもの。
俺が仕掛ける。マグリョウさんが利用する。
どちらも互いの大得意。妥協も譲歩もしないまま、お互いが存分に力を発揮出来る戦法だ。
そうして俺もマグリョウさんも、自分の好きなように戦うだけで――――それはまるでジクソーパズルのピースのように、ぴたりと合致して完成する。
……運命だとか、そんな曖昧な言葉で言うのは好きじゃない。
だから俺はこの必然の理由を誰かに聞かれた時は、彼と友人になった時に言った言葉で、繰り返し表現するようにしてる。
『俺とマグリョウさんは、どうしようもなく気が合うんだよ』って。
◇◇◇