第三十三話 Ripple fire at them 1
◇◇◇
正義さんのファイナルなキックをドタマに食らい、ついでとばかりに謎の爆煙に包まれたリスの死体。
その後数秒経過しても、ソレが動く気配はなかった。
……死んだ、か?
『第2フェーズの終了を確認。素晴らしいです』
「……ああ、うん」
質問したつもりはなかったけれど、"MOKU" が答えた。
こいつは胡散臭くはあるけど嘘はつかない。冗談を言うタイミングでもないから、そのまま真っ直ぐ信用していい言葉だろう。
……終わったか。良かった。ひとまずではあるけど、とりあえずほっとする。
正義さんのあの攻撃で駄目だったら、いよいよこの先が絶望だったしな。
『経験をきちんと活かした活動、技能への理解、仲間へのサポート、呼吸を合わせたチームプレイ。どれもこれもが文句のつけようのない、より良い戦闘でした。やはりヒトとは、そしてリビハプレイヤーとは、かくも素晴らしく美しい』
「……まぁ、そうだな」
…………いや、っていうか本当にすごいよな。
今までさんざん【正義】のクリムゾンさんを見てきたけれど、今日の彼女はとびきりだ。
自身の技能効果を把握し、それを十全に発揮させた上での、全力全開。
それはすべてが眩しいくらいに強く、そして何より格好良くて。
思わず早くも頭の中で、先程の戦闘シーンを繰り返し再生してしまう。
なにかの演舞というか殺陣というか……そういう感じのショーを見終わったあとのように、余韻に浸るように。
「……つか、すごすぎだよなぁ」
「む~」
「ん? なんだ? "チイカ" もそう思うのか?」
「…………」
「……いや、なんか言えし」
シカトをかますチイカを上下にゆさゆさ揺すりつつ、さっきの戦いを振り返る。
……重心のしっかり乗った拳。綺麗に弧を描いて繰り出された蹴り。流れるような重心移動と、次に繋がる予備動作を含む回避行動。
どこを切り抜いても華麗で鮮やか。それでいてゲーム的なダメージも、格闘技的なスコアも申し分のない心技体の揃った武の完成形。
すごかった。素直にそう思う。
しかし、なぜあんなにすごかったのだろう。
どうしてああまで戦えたのだろうか?
惚れ惚れするほどだったクリムゾンさんの動き。それは手と足だけを使う状況に、ずいぶんと慣れているようだった。
それがこの場で何より良いことであるのは確かだったけど、いくら何でも "ヒーローだから" で済ますには……いささか出来すぎだ。
彼女の主武器は、『ジャスティス剣』みたいな格好いい名前の剣だったはずだよな。
だから剣での戦いだったら、ああいう感じになるのもわかる。
だけど今回は、そうではなかった。ありえないレベルでの仕上がりだった。それが疑問で仕方ない。
「やったな! 我々の勝利だっ! うむ! やはり自己強化を全開にすると気持ちが良いっ!!」
「スゥゥ~ヌァアッ! パワァーッ!!」
ひとしきり決めポーズを堪能したクリムゾンさんが構えを解き、汗をぬぐった。
その隣ではヒレステーキさんが汗だくマッスルポーズをキメている。
同じ汗でも、ああまで綺麗に見えたり汚く見えたりするもんなんだな。それもまたひとつの不思議だぜ。
「……いやはや、とりあえずお疲れ様ですね。しかし嬉しい誤算でした。クリムゾンさんがああまで格闘に精通しているとは」
「ふふん、そうだろうとも。だから私は "格闘も出来るヒーロー" と言ったのだ」
「気になりますね。そのずいぶんキレが良い動きは、一体どこで身につけた物なのでしょうか?」
そこへドスドス寄って来たタテコさんが、クリムゾンさんへねぎらいの言葉をかけながら、俺が考えていた物と同じ疑問を口にする。
……アレかな、クリムゾンさんの親が、リュウの父親と同じように古い武術をやっているとかなのかな。
もしくはリビハの前に、VR系の体感格闘ゲームをやっていたとか。
うん、どちらもあり得る。少なくともあの動きは、思いつきや見よう見まねでできる物とは違う――――いわば実戦慣れを感じる鮮やかさだったし。
「……む? どこってそんなの、リビハに決まっているではないか」
「え? この世界ですか?」
「そうだが?」
「……いやでも、クリムゾンさんには『真・ジャスティスソード』がありますよね?」
「うむ。『真・ジャスティスソード』は我が半身で、二つと無い愛剣なのだ」
「……? どういう事です? いくら近接主体によるPKKの経験を積み重ねていると言っても、剣で戦う貴女があのような格闘を――――」
「いや? 私は剣ではあんまり正義をしないぞ?」
「えっ」
「だって剣で戦ったら、相手が死んじゃうじゃないか」
「……は?」
「殺しちゃったら、そこでおしまい。悪人は首都へと死に戻り、すっぱりお別れになってしまうのだ。それではいけない。それでは悪心の改善には至らないだろう? だから私は、悪い子が良い子になるまで、言葉と拳で誠心誠意に問答をするのだ」
「こぶし……」
おいおい、マジかよ。
正義の行いって言ったら、当然相手は暴言やセクハラをする迷惑プレイヤーとか、PKになるだろう。
そしてそんな奴らってのは、往々にして自分のプレイスタイルのために対人特化のビルドにしているもんだし、対人慣れもしているもんだ。
そんな対プレイヤーを想定しまくっている相手に対して、何の戦術的メリットもない "無手" で立ち向かってたのか?
それはとんでもない事だし、今までまったく知らなかったぜ。
「『真・ジャスティスソード』は確かに私の愛剣だが、それゆえ簡単に斬れすぎる。デスペナルティを与えて処罰するのは簡単だが、それではその場しのぎにしかならないだろう。だから私は、悪者の心を打ちのめすため、武器には頼らず正義をするのだ」
「よ、よくそれで今までやってくる事が出来ましたね」
「うむ、すごく頑張ったのだぞ」
「……そ、そうですか」
「ああでも、モンスター狩りはそれに含まれないのだぞ? 野生に生きるモンスターは、半端な怪我を負わせて放置すると、いらぬ苦しみをたくさん味わいながら死んでしまう。それは私も望む所ではないから、きちんと剣で決着をつけるようにしているのだ」
「まぁ、それは確かにそうですが」
ああ、そういえば彼女の動画って、その大体がモンスター狩りの救援動画だった。
カメラを背に庇うようにして、その煌めく剣でもって華麗に戦い、危なげもなく勝利をおさめる痛快な無双劇。そういう動画が人気だし、そういう動画しか無かったんだ。
だから俺はクリムゾンさんが剣で戦うって思い込んでいたのか。
と言っても、それも当然なのかもしれない。
彼女が正義のヒーローをする時は、相手は悪人だと決まっている。そしてそうであるから、そういう『悪人を退治するシーン』を動画で撮影出来るほど余裕のある被害者は、あまり居ないんだろうしな。
…… "さやえんどうまめしば" だったら、もしそんな状況でも――例えどんなピンチであろうとも、呼吸するようにカメラを出しそうではあるけど。
「それと後は、登場シーンで決めポーズをするときに抜くくらいで……うん。正義を行う時は基本素手でやっているのだ」
「…………」
「ああ、素手と言ってもそれは当然――『ジャスティスパンチ』と『ジャスティスキック』だがなっ!!」
「…………」
……なんか色々おかしいよな。
登場シーンでは剣を振り上げてさんざんに格好つけて、戦う時はそれを鞘にしまうとか。
そしてそんな、明らかに手加減の状態で、殺しに来る悪人に真っ向から立ち向かうとか。
それも彼女の信念の強さってやつなんだろうか。
「それにそもそも、ヒーローというのはそういう物なのだ。例え相手がどれほどの悪人であろうとも、基本は "殺し" をしない。だから私も、命を奪って解決するというのは、本当の最後にすると決めているのだ」
「……馬鹿げてますよ。明らかに殺すか乱暴をしようとする相手にまで、不殺の信念を貫くなんて」
「それが私の目指すべき、正義のヒーローだからなっ!」
「……負けてしまったら【正義】という名に汚点が残るじゃないですか。もし乱暴されでもしたら貴女の身も、そして心も傷つくでしょう? そんなリスクを背負ってまで、自分で勝手に決めた信念を貫くのですか」
「…………いや、そうではない。そうではないのだ、タテコ殿」
「……というと?」
「私の心が傷つく時は、誰かを救えなかった時だけだ。私の名が汚れる時は、この心が曲がった時だけだ。それ以外の事では――例え万の刃と億の針にこの身を突き穿たれたとしても――私は決して、折れず曲がらず穢れもしないのだ。ここに正義の心がある限り」
「…………」
「騎士とは、正義のヒーローとは、そういう信念と共に在るものだ。信念の無い暴力は、身勝手な思想を押し付けるだけの悪い子なのだ。もしそんな人物になるくらいなら、私は自ら死を選ぶ」
「…………」
それは誰もが持つ、自分の人生の指標となる心意気を晒す言葉だった。
"アレをするくらいなら死んだほうがマシ" "そんなの死んでもやりたくない" 、そんな自ら立てた誓いのような、自分で自分を嫌わないための自己ルールのような、嫌なことを嫌だと拒絶するワガママのような……そんな感じの生きる指針。
だけどそれを、こうまではっきりと宣言して――しかもきちんと守りきれている人は、そう多くは居ないだろう。
命がけで夢見がち。
"ヒーローとして生きる" という誓いの中に、"ヒーローとして死ぬ" という意味も含め……矜持に心臓を捧げる生き様の彼女を思えば、そんな言葉が頭に浮かぶ。
……そりゃあ、強いよな。
何しろ彼女は、いつだってまるごと全部を賭けているんだ。
その動作の一つ一つに込められた、重みが違う。
『ああ、ヒトとはかくも非合理的……それゆえに私は、儚くも美しいと感じるのです。私は彼女も大好きなんですよ』
「……そうだな。不器用で、綺麗だ。尊重して大事にしたいと思える、すごい人だよクリムゾンさんは」
『それを本人に伝えてみては? きっと喜びますよ』
「やだよ、恥ずかしいだろ」
◇◇◇
『――――さて、プレイヤーネーム サクリファクト。ともあれ、間もなく第3フェーズが始まります』
「……消える弱点は、やっぱりアレか?」
『はい。"打撃に弱い" という特性が消失しました』
「……だよなぁ…………う~ん……」
遠くに見えるリスの死体が光を帯び始める。
未知の領域であった "9本状態" を越えた次は、いよいよ初見とも言える "8本状態" だ。
……"MOKU" は言った。尻尾が消えるごとに弱点が1つずつ消えていく、と。
今現在消えているのは、"何かを食べてる間は無防備" と "打撃に弱い" という特性とリンクした、2本の尻尾だ。
だったら少なくとも、あと8本ある尻尾の分だけ何かの弱点がある、って事なんだろう。
……薄っすらとそれっぽい物は見えた。
だけどそれは確証じゃない。もしかして? っていう小さな疑惑止まりの違和感だ。
贅沢を言うようだけど、もう少し見たい。
集まりが良いとは言っても、ここに居るのはまだ3人だ。
【竜殺しの七人】でありながら、破龍の陣は整っていない。
……色々と、まだまだ足りないんだ。
「時間が欲しいぜ」
『うふふ、そうですか。それではシマリスが喜ぶものでも用意してみてはいかがでしょうか?』
「……シマリス…………あ~、ひまわりの種ってリビハにあったっけ?」
『向日葵が存在しませんので、ありません』
「……マジかよ、ひまわりくらい実装しとけよな」
『それにですね、プレイヤーネーム サクリファクト』
「なんだよ」
『度々絵画などで "ひまわりの種を口にするシマリス" が描かれますが、実際のシマリスに対してそれを与えすぎる事は肥満の原因となり、飼育上よろしくないとされているのですよ?』
「え、そうなの?」
『はい』
「そうなのか……いやでも、そんならむしろ都合が良かったろ。俺たちはシマリスを倒したいって思ってるんだから、ぶくぶく太らせて鈍らせてやるのも良さそうだし」
『しかしながらそれは、摂取して即座に影響が出るもの、という訳ではありませんよ』
「ふぅん…………じゃあ、即座に影響がある物ってのは?」
『それは、うふふ、秘密です。ずるい子ですね、プレイヤーネーム サクリファクトは』
なんだよ、流れで全部言っちまえば良いのにさ。
……だけど少しは情報を得られたぞ。
シマリスのフリをしたドラゴンは、そういう所まで本物のシマリスぶっているって事とか。
それは俺の考え方が間違っていなかった事を裏付ける情報だ。
なら、実際のシマリスの生態を参照すれば――あいつが他に持つ弱点にだって辿り着けるはずだろう。
俺が昨日血眼になって調べた情報を参照しながら、あいつをこうしてとことん見続けていれば――――必ず。
「――……ギ……ィ……」
「むむっ! 奴が立ち上がるぞっ」
「第3戦ですね。ここからはより一層に一筋縄では行かないですよ」
「ヒトスジもフタスジも、オレのゴリゴリの筋肉の前では何でもないってのよ」
「……筋って漢字が入る言葉がすべて筋肉関連だと考えるのはよしてください。正気を疑われますよ。っていうか僕が今まさに、キミの正気を疑っています」
「ギヂィ……ヂギヂヂヂギィ!!」
ともあれ始まる、第3フェーズ。
尻尾8本のシマリスドラゴンと、竜殺し3人+召喚獣1人とならず者が1人。
まだまだこっちに余力はある。
有効かどうかはわからないけど、出せる手札だっていくつかある中で。
一体どこまでやれるだろうか。
◇◇◇
◇◇◇
――――そんな思いの戦闘開始から、数十秒後。
【脳筋】ヒレステーキさん、その相棒タテコさん、そして【正義】のクリムゾンさん。
そんなこの場の主力である3人全員が――――
「……ガ……ゴッハァッ」
「うぅ……そんな…………くそぅ……っ!」
「ま、まさか……いくらなんでも、ここまで一方的とは…………」
見るも無残な姿で、死亡ギリギリな虫の息となっている。
「……マジか」
これほどまでかよ。
耐久特化のシマリスドラゴン、その第3段階目ってのは。
……本当にあと8つも弱点あんのか、アレ。
◇◇◇