第三十二話 Smack dat bruv boi 2
「そこだっ! とぁーっ!」
「ギヂヂヂィッ!!」
「ヌンハァァァッ!!」
「ギヂァァァ!!」
「僕から目を離すと、こういう事になりますよっ!」
「ギッ!? …………ギィィイ……ッ!」
がちり、と噛み合った歯車が思い浮かぶ。そんな戦塵舞い上がるヒーロー・タイム。
攻を捨て守に特化し尽くした鉄壁の "壁役" タテコ殿。
とにかくパワーで押し潰す【脳筋】ヒレステーキ。
そして均整の取れたバランスを自己強化で攻めに振り切らせている私。
我ら3人衆の相性は、抜群だ。
「さぁ、よそ見なんていけずは止めて下さいね」
「ヂィ……! ヂヂヂィ!!」
「隙だらけだぞっ!」
「ヂッ!?」
「てりゃー!」
タテコ殿がシマリスドラゴンの足に自らの足を絡ませ、曲げてはいけない方向へ曲げようとする。
焦ったリスが私を切り裂こうとしていた爪をタテコ殿へ向けたのを見ながら、その隙をついた後ろ蹴りをクリーンヒットさせた。
すこぶる良い調子だ。
以前の竜型ドラゴン戦では、魔法師である【金王】や【天球】の常軌を逸した火力によってブレていた "敵視" も、今ではすっかり安定していて。
私がヒレステーキと同じ近接型だから、管理がしやすいのだろうか? それともタテコ殿がタンクとして更に成長したのかな?
うん、それはきっと後者だろう。タテコ殿はなんか体もすごく大きくなってるし、だからきっと成長期に違いないのだ。
「たぁっ!」
「ヂァァ~ッ」
リスを背面にし、華麗な宙返りからの脳天蹴りをお見舞いしようとする私の目に、大きく口を開けたヤツの顔が映った。
ドラゴンの特性、食べた物を "消化する" という最悪な仕様。そんな問答無用に一撃死の暗い墓穴が、ぽっかりと開いて私を待ち構える。
あの奥底の暗闇といったら……なんて恐ろしさだろうか。
「――甘いっ! 煌めけ白翼っ!」
「ヂァ~?」
されど私はクリムゾン。Re:behindの正義さん。
このような危険を乗り越えてきた過去があるし、これからも超えていくべき未来がある。
――――羽撃いた輝く白翼。
それは技能『白翼騎士紋章』によるものだ。
背に生えるというよりは、背負った紋章から広がると言ったほうが正しいその輝く翼。
そのはためきによって、落下しつつあった体はふわりと浮き上がり、リスを飛び越して離れた位置へと着地する。
空・地・水中での移動のサポートをする紋章、『白翼騎士紋章』。
とても便利だしとっても格好いいけれど、再使用までの時間がゲーム内で9分とちょっとだけ長く、驚くほどの効果が出る訳でもないという、器用貧乏な騎士らしいスキルだ。
「ヌンジャバァァアア!!」
「ギッ!?」
そうして頭の上を過ぎ去る私に向かって口をパクパクしていたリスの脇腹に、ティタン合金製の巨大ハンマーがめりこんだ。
あれほどの質量が、あれほどのパワーとスピードで襲い来るのだ。いくら万夫不当のリスドラゴンと言えども、決してへっちゃらだとは言えない重さだろう。
「うむ! いいぞっ! ヒレステーキ!」
「【正義】のもなぁ!」
「……良いんですけどね、ステーキはもうちょっと掛け声をこう……人間らしくというか……いえ、良いんですけど」
「して、タテコ殿! 奴の体力は残りどれほどと見る?」
「そうですね…………およそ半分、と言った所でしょうか」
「むっ……」
あと半分。
その言葉を噛み締めながらリスドラゴンを見る。
私とヒレステーキのどちらもが殴打による攻撃を加えているせいか、目立った外傷は見えない。
だけれど確かに毛並みが乱れている所があるし、所作はいくらか精彩を欠いているようでもある。私では何とも判断がつきにくい。
しかし、これは他でもないタテコ殿による推測だ。
まさしく呼吸を感じる距離に居続けている彼であるなら、私たちよりずっと色々見えているのだろうし、類まれなるリビハの知識とそれを補う経験で、機械のように正確な判断をする彼が言うならきっと間違いはないはずだ。
……となると。
まずい、かな。
「……うん、やっぱりまずいのだ。私の計算だと、このままでは間に合わない」
「おぉん? 何がだぁ?」
「もう間もなく戦闘開始から110秒が経過します。クリムゾンさんの自己強化全開は残り70秒程度でしょう」
「うむ、まさしくそうなのだ」
「ほぉ~ん? つまり……なんだ?」
「残り時間的に "あと9回繰り返す" という事すら難しい、という話ですよ。と言っても数学が得意な僕は、初めに1割削った時間から薄々わかってましたけどね」
「ほォ~? ここは数字に強いヤツが多いってのよ」
「……そうですかねぇ?」
私が持つ騎士という職業、それはよく言えば『バランスタイプ』であり、悪く言えば『器用貧乏』な存在だ。
それがなぜそうなのかと言えば、できる事の幅広さ――技能の多様性にある。
斬る・突く・叩いて潰す。固める・堅める・受けて返す。筋力強化・速力強化・魔法の補佐だってお手の物。
そんな色々ができるが故に、その一つ一つが控えめで些細。何かの極限を目指すのではなく、総合力を武器にするのが持ち味と言った所だろう。
そんな騎士という職業だから、一般的に語られる基本戦術もそれを活かしたものとされている。
多様なスキルで場面ごとに攻守のメリハリをつけ、上手いことスキルのクールタイムを回しながらの戦いこそが騎士の得意だ、と。
しかし私は――この【正義】のクリムゾンという騎士は、そうではない。
順番に使うべきスキルを一斉に使用し、この効果時間内だけを熱り立たせる、3分だけの全能を手に入れる。
それがなぜかと言えば、いつもどおりに単純な理屈だ。
それが一番ヒーローっぽくて、それが一番格好良いから。
そして何より、私はそういうのが一番、好きだから。
だからそれが一番強いのだ。私にとっては、絶対に。
「……よし! ヒレステーキ! タテコ殿!」
「オウ!」
「はい、何でしょう」
「そろそろ時間も良い頃合いだ! 決着をつけるとしよう!」
「……何をするんです?」
「決まれば必ずケリがつくが、その後しばらく行動不能となる――――いわゆる一つの必殺技だなっ!」
◇◇◇
「…………」
一言二言の作戦をヒレステーキとタテコ殿に伝えた私は、大技の支度をするため、リスドラゴンから距離を取る。
……このくらいで良いだろうか。目測でおよそ50メートルと行った、ちょうどいいと感じた辺りで空を見た。
ぷかりと浮かんだ魔法師隊員と吟遊詩人隊員。
いつもどおりに私を見てくれているだろうか。いや、今更疑うまでもないな。
「……さぁ、【正義】の時間だ」
…………戦いが始まる前、タテコ殿は言った。『初手でフルバフか』と。
その表現は正しくもあり、しかしある意味間違ってもいた。
何を隠そう今の私は、確かに自己強化スキルを全開にしているフルバフ状態ではあるが――――最大強化ではないのだから。
「……悪しきリスドラゴンめっ、覚悟しろお!」
遠くに見える茶色い毛玉に向かって、腕を格好良く振って足を開く。
赤いオーラがもわりと膨らむ。
「今日が貴様の命日だあ!」
次はリスを指差し、しゅばばとファイティングポーズを取る。
赤いオーラがめらりと揺れる。
「世界の平和は私が守るっ!」
今度は拳を突き出すようにし、引き戻して胸に当て、堂々と宣言する。
赤いオーラがぼわわとさかる。
……これはルーティン。そして思い込み。
私はクリムゾン。無敵のヒーロー。Re:behindの正義さん。
そういうものとしてあるべき姿になれるよう、どこかのヒーローの言葉を借りて、自分で自分がそういうものだと言い聞かせる自己催眠だ。
すると効果はすぐ現れた。その一つ一つに呼応するように、【正義】という二つ名効果が力を増していくのがわかる。
私なりのヒーローらしさを、自分を正義のヒーローだと思う気持ちを、私の二つ名がきちんと受け止めてくれているのだ。
私の二つ名【正義】とは、そういうもの。
「…………」
……いつもは、ここで次に行くけれど。
今日はあともう一つだけ、言ってみたいセリフがあった。
「…………ヒーロー見参っ! ……なんちゃって」
自分の口から出た言葉を聞いて、かあっと熱くなる耳と一緒に、今までに無いほど赤いオーラが燃え上がった。
……私のヒーロー。Re:behindで見つけた本物のヒーロー。
そんな彼が私に言ってくれたセリフが、一番に私を強くしてくれる。
それが何より嬉しくて――――だから今の私は、きっと何者にも負けやしないんだ。
「――さぁ、ゆくぞっ!」
最後に ばばっ! と腕を振り上げる。
これはルーティンで自己催眠で、それと同時に彼らへの合図。
"『正義の旗』筆頭が、今からとっておきをするよ" って知らせる、身振り手振りの号令なのだ。
そんな私たちの約束を厳守するように、空からラッパの音が鳴り始める。
吟遊詩人隊員が技能『オーロラの音色』を使い、手にした角笛からトランペットの音色を出して "身体能力" の底上げをしてくれているのだ。
ついでにヒーローのテーマっぽいメロディで、心を高揚させる効果もあるのは言うまでもない。
それと同時にぴゅうと周囲を巻き上げる2つのつむじ風は、魔法師隊員の『フォロー・ウィンド』と『カヴァー・ウィンド』だ。
前者は背中を押すようにして加速を手助けしてくれて、後者は私の足を守るようにして渦巻いてくれている。
……さっきまでの私は、ただの『自己強化を全部やった騎士』。
だから私の、リビハの正義さんの『フル強化』は……ここからだ。
【正義】のクリムゾンとして、クラン『正義の旗』筆頭として、そしてリビハの正義さんとしての最大強化状態は、こういうものなのだ。
「――――技能、『疾駆』っ!」
だん、と地面を強く蹴り、遠くに見えるリスドラゴンだけを真っ直ぐ見つめて走り出す。
リスはこちらを見ていない。タテコ殿がことさらに強く注目を集めていてくれているから。
ああ、なんて楽しいんだろう。風に押されて風より疾く駆けるのは、他じゃ出来ない最高の体験だ。
「――『疾駆』っ!!」
もっと疾く、と願いを込めて、ぐんと再び加速する。一歩前の自分を追い越し、もっと先へと突き抜ける。
……こうしてドラゴンに向かって『疾駆』をしていると、先日の悔しい記憶が蘇る。
足を犠牲にして、ぼろぼろになりながら突っ込んで……そして、何も出来なかった時の記憶が。
でも、今日はあの時とは違うんだ。
だってこんなに……心が弾んでいるんだもの。
「『疾駆』っ!!!」
行け、私。行け、正義さん。与えられた役割を演ぜる喜びを、噛み締めながらひた走れ。
……駄目だったあの日を忘れるな。
それをきちんと飲み込んで、今日はそうじゃないって事に喜びを感じよう。
あの時みたいな悪あがきの突撃じゃない。
泣き顔でなんとかなれって願うんじゃない。
そして何より――――私はこんなに、一人ぼっちじゃない。
リスドラゴンの前には、頼れる戦友が居る。
空には信頼出来る仲間も居るし、私を見守ってくれている黒いヒーローも居る。
そしてそんなみんなが、言うんだ。
"ヒーローをしろ" って、笑って言ってくれるんだ。
だから今日は、すごく楽しい。とっても楽しい。最高に楽しいんだ。
「『疾駆』!『疾駆』!!『疾駆』ぅっ!!」
リスは動かない。ヒレステーキとタテコ殿が抑えてくれているから。
足は痛くない。『疾駆』による衝撃を、渦巻く風が受け止めてくれているから。
視界はすっきり澄んでいる。それを邪魔する涙は、今日は溢れて来ないから。
――到達点が来る。
すべての強化がこれ以上ないほど上昇し、遥かな高みで交錯して……膨れ合う。
これが私の "強化全開"
ヒーローらしさと仲間と戦友、守るべき人と守ってくれる人、楽しませる時間と楽しめる時間。
その全部を詰め込んだ夢のような場所だけで変身出来る、本当に本当のクライマックスフォーム。
心も、体も、夢も、希望も。
その全部が整った、これ以上ないほど最高の状態。
……ああ、私は幸せだ。
だから絶対、無敵なんだ。
「――――刮目せよっ!! 我が名は!【正義】のクリムゾン・コンスタンティン!」
「――ヂッ!?」
「心に決めた理想の自分とぉ! 仮想で出会った友の力にぃぃ!!」
「フヌルァ! 足取ったってのよぉ!!」
「ギヂィ!?」
「集まる想いをまるごと背負ってぇ! 正義の名の下、信ずる道をぉぉ!!」
「ヂュ、ヂュヂィ!」
「おっと、逃げては駄目ですよシマリス型ドラゴンくん。女の子の熱い想いは、きちんと受け止めてあげましょう」
ああ、楽しい。嬉しい。幸せだっ。
「全身全霊、全力でぇぇ――――――――」
「ヂヂヂィーッ…………ヂヂ……ヂッ!?」
「……戦いに参加は出来ないけど、穴掘るくらいなら出来んだよ。ざまぁみろボケネズミ」
「ヂギギヂィッ!!」
「タテコさんじゃないけどさ、漢ならどっしり構えて受け止めろって、リュウのアホも言ってたぜ」
「ナイスですよ、サクリファクトくんっ!」
ああ、あぁ。
私は…………。
「――――つらぬきとおす、ヒーローだぁっ!!」
私はやっぱり、Re:behindが……大好きだっ!
「――――ファイナル・ジャスティス・キーック!!」
ぱぁん、というムチで打つような音。
その音を置き去りに通り抜け、土埃をあげて長く滑りながら着地をする。
後ろは見ない。自分の技に自信を持つヒーローは、そんな確認なんてしないのだ。
だから私がするべきなのは、ちょうど目の前であっけにとられるような顔をするサクリファクトくんに向けて、最後の仕事を完遂する事。
「――――正義、完了っ!!」
そんな私の決めポーズに合わせて、リスが爆発する気配を感じた。
悪が滅びる時は爆発。それも定番で、お約束なのだ。
「…………いや、爆発すんのは流石におかしいだろ……」
サクリファクトくんが何か言ってる。
やりすぎた自己強化の反動でよく聞こえなかったけど、きっと惚れ惚れして称賛してくれているんだろうな。
そんな彼の優しい視線が、嬉しいけどこそばゆくって……私は思わずにへにへ笑ってしまうのだ。