第七話 ステーキ日和
□■□ 首都東 海岸地帯 □■□
「おぉぉい、なぁにやってんでぃ! もう無理だぜっ!!」
「すまん、リュウ!! そいつ、ぶっ倒す事にするっ!!」
「――――はぁ!?………………かかかっ!! おもしれぇッ!!」
カラリと笑ったリュウ。
もうちょっとだけ頑張ってくれ。
「よし、お前ら。テキパキ行こう。まず初めに、正攻法じゃ無理だって事を理解してくれ」
「くわしくよろしくっ」
「壁役がいなきゃ受け止められない、回復役がいなきゃ耐えられない、まともにアイツの固い体を貫けるアタッカーもいない」
「キキョウさんの魔法は~?」
「私のスペルは雷系統ですが……恥ずかしながら練度が足りず、至近距離でしかまともにショックを与えられません」
無い物尽くしで泣けてくる。
それぞれが何一つ決定打を持たない状況だ。見る人が見れば、無茶をやる間抜けな五人組にしか見えないだろう。
だけど、俺たちはパーティだ。
それぞれがそれぞれを補う、五人で一つの獣となれば、あのデカイ牛にだって負けないくらいの力がある…………筈だ。
「ロラロニーはリュウのサポート、ピラニアを牛にぶん投げろ。まだ元気に跳ねてるし、あの牙なら牛の皮膚にかすり傷くらい付けられるだろ」
「わかったよっ、いっぱい投げるから!」
「噛まれないように気をつけてな……ある程度投げたらリュウと一緒に隠れろ。草木に紛れる『調教師のポンチョ』を二人で被れば、森の中なら早々バレない筈だ」
「了解でありますっ」
「まめしばとキキョウ、お前らが要のアタッカーだ。まめしばはなるべく重くて太い矢を構えて、キキョウはそれに――――」
工夫だ。策を講じろ。
弱い俺たちにあるのは、個々が持つ小さな力と、それを応用する小さな頭脳。
牛なんかよりはよっぽど容量のある、ちっぽけだけど自慢の脳みそだ。
暇さえあればMetubeを見てるのは、まめしばだけじゃないんだぜ。
「サクリファクトくんは~?」
「俺は穴を"三つ"掘って細工する。キキョウ、ミスリルの板貸してくれ」
「ふふふ、丁寧に扱ってくださいね」
「わかってるよ。……最悪、蹄と鼻輪の跡がつくかもしれないけど。
そうしたら、【脳筋】と縁が出来た事だし、彼の名前と同じ"ヒレステーキ屋"でも開店してくれ」
ステーキ屋の看板って、蹄とか鼻輪を描くモンだった気がするしな。
◇◇◇
「いいぞっ!! ロラロニー!!」
「は~いっ! それそれ~」
とぼけた声でピラニアを投げるロラロニー。手に持った虫網で器用に掬ってポイポイ投げやがる。
何で虫網持ってるんだ? 蝶々をペットにしたいって言ってたし、買ったのか?
まぁ、噛まれないなら都合はいい。
「おおっ!? なんだっ!? それは一体どういう事でぃっ!!」
「リュウくんっ、もうちょっとしたら私と一緒にポンチョで隠れよっ! そういう作戦みたい!」
「んんっ!? よくわかんねぇけど、サクの字の指示なら了解だぜっ!!」
難しい事を考えないリュウが今はありがたい。
とにかく俺の策を遮二無二信じてくれるってのは、綱渡りみたいな作戦の成功の手助けになるし…………何より嬉しい。
信じて貰えるってのは、嬉しい事だ。
「サ、サクちゃん、だいじょぶっ? 手伝うっ!?」
「いいからそこで構えてろっ!!」
必死に地面を掘る。牛がこっちを気にしない内に、気づかれない内に穴を掘るんだ。
ピラニアだってそう数がある訳じゃないし、リュウにだって限界がくる。
急げ。誠実に大胆に堅実で確実に。
失敗したらなんて考えない。絶対当たる、絶対ハマる。
ウシ野郎を落とす穴を、掘るんだ。
「えいえいえ~いっ!」
「オラオラどうしたウシ公っ!! ピラニアに味見されてんぞぉ!?」
ロラロニーが網ですくい投げるたび、ピラニアが吸い込まれるように鬼角牛へと飛んでいく。
意外な才能だ。そういうスポーツでもやってたのか?
間髪を入れないピラニアの強襲は鬼角牛の冷静さも奪っているらしく、ヤツはその場で暴れまわるだけ。ロデオマシーンみたいに全身を振り乱して、鬱陶しい魚を剥がすのに躍起になってる。
「このサメで、最後だよ~っ!」
「おうおうっ!! 上手い具合に鼻に噛みつきやがったぜっ!! よっ、サメ投げ名人っ!!」
「リュウくん、こっちっ。隠れよ~」
最後の最後に投げたサメは、鬼角牛の鼻に噛み付いて大暴れだ。
俺たちが弄ってた時は静かだったけど、海水をかけたら急に張り切りだしたな。
ロラロニーのジョブである調教師にそういう力があるのかもしれない、いい感じだ。
「ほら、被って被って」
「ちょ、ちょっと小さくねぇかぁ?」
「しょうがないよ、もっとこっち……」
「いや、なんか、やわっこいもんが……ちょ、ロラロニー、ちけぇって」
「もっとくっついてっ!」
「あっ、あぁ……ひぇ…………」
一人用の、それも小柄なロラロニーに合わせたポンチョだからな。
大きめなリュウが入りきれるとは思えない。
けど、今となってはそれで十分だ。
「よしっ…………おおいっ!! クソ牛野郎っ!!」
大声を出しながら抜き放った剣で手甲を打ち鳴らす。
壁役系のジョブならこういう行動に敵視値上昇のボーナスがかかるらしいが、"ならず者" の俺には無いものねだり。
だけど、効果は十分だ。何しろ周りにいるのは俺だけだからな。
リュウとロラロニーはポンチョで森の中、まめしばとキキョウは昆布だらけの網の中だ。
「かかってこいやぁっ!! 牛肉野郎っ!! 正面から真っ二つにして、美味しくいただいてやるからよぉーっ!!」
言葉が判るわけもないけど、とりあえず言っておく。
調子に乗ってる雑魚、なんて思って貰えれば儲けもんだ。
「フシュゥ……フシュゥ……」
サメを振り払った鬼角牛は、ピラニアに噛まれた小さいキズから赤い血を少し垂れ流しながら、鼻息荒くこちらを見つめる。
血走った目は…………怒り、だろうな。
弱っちい奴らが魚を投げつけてきて馬鹿にするんだ。俺ならキレる。
「そうだ、かかってこいっ!! 真っ直ぐ、真っ直ぐ来いよぉっ!!」
正面から見据えて剣を構える。
殺意の籠もった無機質な視線の迫力で、心が先に吹き飛ばされそうだ。
震えるんじゃねぇ、俺の足。
退かない逃げないって決めたのは誰だよ。
"サクリファクト"だろっ。
「来い、来い…………かかってこぉいっ!!」
俺の叫びをスタートの合図にして、一目散に猛進して来る鬼角牛。
――――思ってたよりずっと疾い!
だけどそのまま真っ直ぐに、カモフラージュした落とし穴に――――っ!!
「ブシュルルゥッ」
真っ直ぐ落とし穴に落ちる挙動だった筈の鬼角牛は、地面の違和感に気づいたのか、その重そうな体を軽々と横に跳ねさせる。
直前で横に跳んだそのままの勢いで、先程とは違う角度からこちらに向かって突っ込んで来るぞ。
ああ、なんてこった。
ごめん。
ごめんな。
キキョウ。
やっぱり"ミスリルの板"、ステーキ屋の看板になりそうだ。
高い音が響き渡る。
「……ブフッ!?」
まるでバットとボールの代わりに鉄の板と石ころで野球をしているかのような、固いもので固いものを打った音。
カーンだかコーンだかの高い音を鳴らしたのは、ミスリルの板とそれに打たれた鬼角牛の鼻っ面だ。
踏んだら反対側が跳ね上がる鉄板トラップ。
命がどうにかなるモンでもないけど、突進の威力を抑えるには十分な物。
何しろ『踏むヤツが重けりゃ重いほど、勢いよく跳ね上がる』んだからなぁっ!!
「ははっ!! ばぁ~か!! てめぇは罠に気づいたんじゃねぇ、気付かされてんだよっ」
ヘラヘラ舌を出して挑発してやる。
言葉はわからなくたって、伝わる物はあるだろ。
俺はお前を舐めきってますよって、心からのボディランゲージだぜ。
「ブフゥッ、ブモォッ!!!」
怒り心頭の鬼角牛は、とにかく俺に何かを食らわせたくて仕方ないらしい。
突進でもなく、俺に近づいて角でカチ上げようとして――――。
「そこは"三つ目"だ、本命のやつ」
俺がさっきとは違う位置に移動してた事に気づかなかった鬼角牛は、本命の一番深い落とし穴にハマる。
最初の『気づかせたトラップ』の左右にあった二つの罠。
一つ目から向かって左が跳ねるミスリル板で、右側が深い落とし穴だった。
最初っからこっちに跳ねててくれれば、ミスリル板に不細工な窪みが付くこともなかったんだよなぁ。
っと、そんな場合じゃない。最後の仕上げだ。
「まめしばぁっ!!」
「ま~ってましたぁっ」
「準備は万端ですよ、ふふふ」
昆布のカモフラージュを施した網がキキョウによって弾き飛ばされ、弓を構えたまめしばが立ち上がる。
番えた矢は、蓄えた魔法『雷光』で眩しいくらいにバチバチ光る。
まるで神の国から地上へと落とされる裁きの雷のようだ。
電気のせいか、まめしばの長い髪は毛先があっちこっちに跳ねて動き回って――――天罰を落とす風格があるぜ。
「一撃必殺Metube拳法っ! サンダァ~……アローッ!!」
何かの金属で出来た太い矢が鬼角牛の横っ腹に突き刺さる。
弓から放たれたにしては緩慢な動きのソレは、その重さを活かして鏃の頭半分くらいまで入り込んだ。
やっぱり固いな、弓でソレかよ。
ただまぁ、キキョウの魔法に固さは関係ないんだ。
牛にとっては不運な事故で、俺たちにとっては計算通り。
「ブフッ!? ブブブブブッ!?」
青白い光を走らせながら、刺さった矢を中心に雷が踊り狂う。
中から雷のスペルで焼かれてくれ。
弱火でじっくり、ウェルダンだ。
はは。やっぱりステーキに縁がある日だな。
『さやえんどうまめしば』
Re:behindをプレイする以前から愛用していた『さやえんどうまめしば』と言う名前。
無闇に長く、意味不明だが、本人はいたく気に入っている。
さやえんどうまめ + まめしば と好きな物を二つ繋げただけだが、彼女の頭の中では『好きな物の"まめ"の部分を重ねたこの名付けは、とんでもなく素敵な思いつき』であり、自信は満々。
誰かにこの名前を盗まれないか心配で、常日頃からエゴサーチで監視している。
そのようなセンスを持つ彼女だからこそ、咄嗟に出た『一撃必殺Metube拳法 サンダーアロー』という技名を自信満々で叫んだ。