第三十一話 Smack dat bruv boi 1
◇◇◇
「技能『銀剣突撃紋章』っ! 技能『銀盾栄誉紋章』っ!! 技能『白翼騎士紋章』っ!! 技能『崇高たれ我らが勇壮なる行進』っ!! 技能『誓言した明日を望む信念の旅路』っ!!」
【正義】のクリムゾンさんが自己強化を全開にし、赤いオーラの残滓を残らせながら走り出す。
その姿は宣言通りに無手であり、武器の一つも持っていない。
……正直不安だ。素手で戦えるのか、クリムゾンさん。
いっその事、ヒレステーキさん用に拵えた黒ハンマーをクリムゾンさんが使って、ヒレステーキさんに筋力でぶん殴らせたほうが幾分効くんじゃないか?
今からでもそう提案したほうが良いかな。
「オアアーッ! 行くぞォーッ!!」
あ、もう無理だ。
ヒレステーキさんがハンマーを肩に担いで、彼女の後を追い始めてしまった。
自己強化と素手の身軽さがあいまって、とんでもないスピードで駆けるクリムゾンさんを見て、居ても立っても居られなくなったって感じだ。犬かなにかみたいだな。
そんな彼らの様子を見て、少しばかり肩を落としたのはタテコさんだ。
【脳筋】ヒレステーキさんを守る、壁役タイプの召喚獣。
そんなAI制御の彼が、丸い体をどすどす揺らしながら前進し、叫ぶ。
「ステーキ! クリムゾンさん! 敵対心を集めますよ! ――――『活火山の如く』!」
「オウ!」
「うむ!」
「ギ……ヂヂィ!」
そうして発動されたのは、技能『活火山の如く』。
確か、あれは――――具体的に何かをするというよりは、"これからアイツが何かするんじゃないか" と思わせ、ソイツの動向が気になって仕方なくなる効果の技能だっただろうか。
覚える職業は『守護者』で、習得レベルは20くらいだったはずだ。
範囲が広く、ひとたび発動すればしばらく続く便利スキルらしい。
コレ欲しいな~って思いながら攻略Wikiを見ていたから、ぼんやり覚えてるぞ。
「2人共っ! 回り込んで下さい!」
「心得たっ!」
「あいよ!」
「ヂヂヂィッ!!」
タテコさんの指示を聞き、シマリス型ドラゴンの前で左右に別れる2人の間から、シマリス型ドラゴンがタテコさんへめがけて一直線に向かって行く。
技能のおかげ、案の定な優先目標だ。
やっぱりタンクが居ると安定するよな。うちのパーティにも欲しいぜ。
やらせるとしたら誰がいいだろう。根性があるリュウかな。
……いや、無理だな。大太刀を手放してくれなんて言ったら、かたくなに嫌がりそうだ。
「ギヂァッ!!」
「――効きませんよっ!」
そんなシマリス型ドラゴンからの、振り下ろす一撃。
鋭利な爪が生えた4本指による恐ろしい切り裂きは、タテコさんの中盾の前では何のこともなかった。
襲いかかってきた衝撃を、手首から腕……そのまま体を通って足へ流すようにして、きちんと受けきって。
「――はぁっ!」
「ヂッ!?」
そうして右前足を僕に押し付けていたシマリス型ドラゴン。
そのドラゴンの伸ばした右肘に突き刺さる、クリムゾンさんの小さな拳。
……ずいぶんと、鋭い。
その速度と威力は生半可ではなく、シマリス型ドラゴンとのサイズ差も相まって、文字通り肘に突き刺さる。
意外だ。彼女は存外、格闘も行けるのか。
いや、むしろそこまでの自信があったから、あの選択だったのか。
「まだまだぁっ!」
「ヂ……ッ!」
「とぉーっ!」
「ヂィ……ヂヂィッ!!」
リスの肘を殴りつけ、その勢いのままリスの腕に捕まり、ぐるりと逆上がりのようにしながら顔面に蹴りを入れるクリムゾンさん。
そんな流れるような動作の中で、ついでとばかりにリスの腕を捻りあげる。
それが相当効いたのか、一刻も早く腕についた赤い彼女を振り落とそうと、リスドラゴンが右前足を乱暴に振るう。
そんな衝撃を殺さず活かし、ふわりと舞うようにリスから距離を取るクリムゾンさんの、なんて優雅な事か。
……つくづく手練、だなぁ。
「――フンンンヌッ!」
そんなリスに見えた、明らかなダメージ。それを振り払うかのように、ヂヂヂと舌をこすり合わせるような音を出したソイツの太ももに、今度は大きなハンマーが襲いかかる。
「ギッ!?」
ずぐっ……という鈍い音と、はっきり揺れるドラゴンの体。
ハンマーヘッドの重さがそのまま衝撃の強さに乗算されたのか、『何かを食べている間は無防備』という弱点が消えたリスに対しても、しっかりと攻撃が通っているようだ。
「ギィ……ヂィァァッ!!」
「っ!! ヘイトを戻しますっ!『前触れ飛礫』!『根軋り』!『見上げる千仭の谷』!」
「ヂッ! ヂ……! ヂ、ギヂィィ!?」
技能『まえぶれつぶて』。
技能『ねぎしり』。
技能『みあげるせんじんのたに』。
全部が知らないスキルで、何だかよくわからない事が色々起こった。
初めにリスが顔を洗うような仕草をした事から、『まえぶれつぶて』は何かを飛ばすスキルのようだ。『つぶて』は『飛礫』か。
その後に "ぎしり、ぎしり" という嫌な感じの、不安心を揺り起こされるような音がして。あれが『ねぎしり』ってスキルっぽいぞ。
そんなこんなで次に起こった事は、ありがたい事にわかりやすかった。
なにせそれは、何かが軋むような音に釣られてクリムゾンさんを見ていた顔を振り向かせたリスの眼の前で、"タテコさんが数十倍に膨れ上がって、元に戻る" という謎の一大事だったからだ。
幻覚のスキルだろうか? 俺にもしっかり見えた。タテコさんが一瞬だけ、山のような大きさに見えたぞ。
……あれが『みあげるせんじんのたに』の効果だったのだろうか? どういう効果なんだ。
「……『静林の如く』」
そうした謎スキル連発の最後に使用されたのは、俺も知っている物だった。
技能『静林の如く』。
"自分から出る音、匂い、存在感を薄くする" という、『守護者』のレベル3くらいで習得するスキルだ。
しかしながら、その『静林の如く』。
正直俺はそのスキルを初めて知った時、モンスターの敵対心を集める "壁役" という役回りの『守護者』が覚えるものじゃねーだろ、と思った。
目立つべき存在のタンクが、そんな隠密系のスキルを覚える理由がわからなかった。
だけど、今ならわかる。アレは必要な物だった。
何かを飛ばしたり、音を出したり、大きく見えたり――――そんな色んな事をしてきたヤツが、今度は気配を薄れさせている。
そんなのもう、どうしたって気になる。誰だって気になってしまう。傍目で見ている俺だって、タテコさんを注目せざるを得ないほどだ。
思ってしまう。あんな色々やった奴は、今度は何をするつもりなんだって。
きっとタテコさんがそこまで脅威ではないってリスもわかっているけど、だけど……確実に、今から何かをしようとしていて。
しかもそんなタテコさんが、気をつけていないと見失いそうなほど気配を薄れさせているもんだから、目を離そうにも離せない。
……これか。
これが "釘付け" という物か。
"壁役" 、それは囮役で、盾役だ。
だからそんな彼らに必要なのは敵を打ち倒す力ではなく、自身への注視度。敵対しているものが、彼から目を離せなくするってのが最優先になる。
タテコさんがやった事。
ただただ鬱陶しいだけの、空気の飛礫。
気になる音と、一瞬だけ大きく見える幻覚。
その後に目の前でしんとすれば、何かの予兆かと感じるだろう。
音もなく、気配も薄まった相手が次に何をしてくるのか気になって、どうしたって構えずには居られない。
――――確かに、周囲の攻撃も痛いは痛いだろう。けど、少なくとも今は致命的じゃない。
だけどリスの目の前に居るタテコさんは、致命的な状況を作る何かを持っていそうで。
……打撃力は無い。魔法も使って来ないし、早くもない。
だけどリスにとってのタテコさんって存在は、一番危ない。
だからリスは、見てなきゃいけない。タテコさんから目を離せない。
単純に "敵対心値" という数値を上昇させる技能ではなく、敵の意識を操作するかのような "注視度" の荒稼ぎ。
これが【脳筋】の相棒、熟練 "壁役" のタテコさんか。
惚れ惚れする腕前だ。
「技能『一番槍』! たぁーっ!」
「ギッ!」
「技能『疾駆』! とぉーっ!!」
「ヂッ!!」
しかし、惚れ惚れすると言ったら……あのクリムゾンさんの連撃だよな。
少し間抜けな掛け声と共に、二足歩行しているリスドラゴンの胸元深くに潜り込み、抉るような手刀を突き入れ――――その手を抜くと同時に、思いきりよく飛び上がって、リスの顎へのアッパーカット。
しかもジャンプする時に、どさくさでリスの後ろ足を踏みつけているから…………いや、あれは……足の指を踏んだのか?
5本の内の1本が、痛々しくも曲がっているように見える。すげえエグいけど効果的だ。
「食らえっ! てぁーっ!!」
そうして飛んだ彼女が、くるりと空中で回転をしつつ、リスのヒゲを掴む。
――――強烈なかかと落とし。
まるでマット上で前転をするかのような動きで、リスの鼻先に赤い鎧のかかとが激しくヒットした。
……あれはさぞかし痛いだろうな。
鋼鉄のブーツによるかかと落とし、しかもその当たりどころは鼻とか……はっきりわかるクリティカルだ。
「ギヂャァッ!?」
いくら耐久に秀でたリスドラゴンでも、急所とも呼べる鼻への打撃は効いたらしい。
たたらを踏んで後ずさり、自分の鼻を確認するように触ろうとして――――そうして居るから、その隙を突いて迫る筋骨隆々の大男には気づけなかった。
「ヌルルルルァッ!!」
ムキムキマッチョの快男児、【脳筋】ヒレステーキさん。
そんな彼が荒々しいまでの雄々しさを全開にし、リスの背中へとハンマーを叩きつける。
「ギッ!? ……ヂァ……ッ!」
デカくて重い物で、思いっきり殴る。
見栄えも理屈も気にかけず、ありったけを込めた野生のフルスイング。
ただそれだけの事だから、その威力もシンプルに強烈だ。
当たったのはお腹より硬そうな背中部分だけど、リスは背中を反らして苦悶の声を漏らし、跳ね返るようにくの字に曲がっていた。
「――そこだっ!『退くは横道進むは王道』っ!」」
そこに待ち構えているのは、かかと落としを決めたのち、スキル効果か何かでゆっくり落下をしていた赤い正義の彼女だ。
まるでリスがそうなる事を前もって知っていたかのような絶好の位置から、地面に手を付くハンドスプリングのような格好の、突き上げるような両足キックを放つ。
使った技能は『退くは横道進むは王道』。
"現在位置から一歩前に出る" という曖昧な説明があるスキルだけど、剣士や騎士同士の対人戦で度々起こりうる "つば迫り合い" の場面では、とても重要な役割があると聞いてる。
何でも、そのスキルを使えば必ず一歩分前に押せるから、それを使うタイミングが勝負を決めるのだとか。
そんなスキルをああして逆立ちキックの最中に使用し、一歩分の突進力を上乗せしているのか。
自身のスキル効果を熟知してるし、それを工夫してる。歴戦の経験をひしひし感じてしまうぜ。
「とぁーっ!!」
「グ……ギィィッ」
がずん、と重い音がして、リスの頭が再び逆へと跳ね返る。高い空を仰ぐように上を向いた。
……プレイヤーが食らったら死ぬんじゃないか? あのキック。
「――ああもうっ! ちょっとは遠慮とかして下さいよっ!? ヘイトがブレますって! 全くもってタンク泣かせな2人だなあ!」
「あいや、すまない。頼れるタンクが居る場では、ついつい張り切ってしまう性分なのだ」
「……ぐ」
「オレはいつも頼りにしてるぜッ!」
「……ぐ、うむぅ…………そんな風に言うのは……ずるいです。そんな風に言われたら、意地でもやる気になってしまうじゃないですか」
目まぐるしい開幕の攻防に一段落がつき、3人が互いの状況とリスドラゴンの状態を確認する。
見ているだけの俺だって、息つく暇もない連携の連続を把握するだけで精一杯だ。
「ギ……ィ……! ギヂヂィーッ!!」
「……いやしかし、あちらはまだまだ元気なようです。姿勢も崩れず呼吸に乱れもありません。"HPの10分の1程度の僅かなダメージ" 、と言った所でしょうか」
「やはり、硬いな」
「殴り応えでわかったぜ。デケェ大岩を殴っているような、キツい感じでよ」
「ギィ! ギァァ!!」
大ダメージがあったかのように見える攻防だったけど、リスドラゴンの見た目にほとんど変化は無い。
強いて変わった事を言うならば――それは怒り、だろうか。
歯を剥き出しにして吠えるリスドラゴンは、体毛すらも逆立って。
……本当に元気だ。今の連撃を食らってあの調子かよ。俺が食らってたら5回くらい死ねるぞあんなの。
「いいですか? ステーキ、そしてクリムゾンさん。勢い任せで飛び出した事はこの際不問にしますが、これで理解したでしょう?『何かを食べている間は無防備』という弱点が消えたシマリス型ドラゴンは、他に類を見ないほどタフなんです。"とりあえずやってみる" ではなく、改めて何かを考えなくてはいけませんよ」
「……いや、タテコ殿。それには及ばぬのだ」
「……というと?」
「正義な私は、作戦を思いついた。それは非の打ち所がない完璧な作戦なのだぞ」
「ふむ、作戦。一体どういったものでしょうか」
「ホォ~? 作戦だって? オレにも聞かせてくれよ、【正義】の」
「タテコ殿は言ったな? "HPが10分の1減った" と」
「ええ、まぁ……言いましたが」
「それを聞いた私は思いついたのだ。"それならば、もう10回繰り返せばいい" と」
「…………へ?」
「10引く10は、ゼロ! つまり後10回今のを繰り返すだけで、リスの体力は失くなるのだ。さすればリスは息絶えて、我らは正義の勝者となるだろう」
「オオ~ッ! なるほどなぁ! そりゃあ名案だってのよッ! やるじゃねぇか、【正義】のッ!」
「ふふん、それほどでもあるのだ」
…………いや、全然それほどでもねーよ。それをするための策を考えようって話じゃないのかよ。
何言ってんのこの人たち。
……ヤバいな、この場所。
脳みそまで筋肉のヒレステーキさんに、ヒーロー道しか考えないクリムゾンさん、そして謎の女チイカが集結しているなんて。
この中でまともなのは、平凡な俺と……AI制御のタテコさんだけとか、笑えないぞ。
「……いや、いやいや! ちょっと待ってくださいよ! それのどこが名案なものですかっ!」
「ギヂィィァッ!」
「むっ! リスが来るっ! さぁ、数学が得意な私の作戦を――今こそ遂行する時だっ!」
「おっしゃあ! あと10回やってやるってのよぉ!」
「――ああもうっ! もう! 何度こういう勢い任せをやるんですかあ!」
仕切り直し。リスが迫り、3人が駆け出す。
……言ってる事は馬鹿みたいだし、やってる事はめちゃくちゃ大事な戦いだけど。
クリムゾンさんとヒレステーキさんは当然ながら、文句を言うタテコさんの表情だって、なんだかずいぶん楽しそうに見える。
「…………いいなぁ」
「む~?」
……この場に必要な役回りとは言え、俺はこうしてチイカを見ていなきゃいけないってのは……ちょっと残念だ。
俺もドラゴン戦に参加したい。あの人たちと一緒に戦いたいぜ。
「というか、そもそもですねえっ!」
「むっ?」
「HPが10分の1減っているのですから、残りは9割ですからね!? あと10回じゃなくて9回ですよっ!!」
「……………………確かにそうだっ!」
◇◇◇