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第三十話 C’mon My buddy 3




     ◇◇◇




「おお、【正義】のッ!」


「クリムゾンさん……! まるで図ったような、最高のタイミングです……!」


「ギィィ……ヂヂヂィ……ッ!!」




 突然現れた、真っ赤な乱入者。

 そんな彼女に笑顔を向ける俺たちとは裏腹に、リスドラゴンは急減速からぴたりと止まって警戒の構えだ。


 ……あぁ、なるほど。あいつは覚えているんだな。

 海岸地帯で彼女に殺された事。先日の荒野地帯ここでは、あと一歩の所で逃げられた事。

 そんな今までの苦渋を思い出し、恨みつらみを積み上がらせているんだろう。

 クリムゾンさんとリスドラゴン、互いに因縁がある同士って所か。




「…………」




 そんな【正義】のクリムゾンさんは、手を広げて前に突き出す決めポーズのままで、余韻に浸るように静止している。

 ……まぁ、うん。凄く決まったもんな、ヒーローっぽい登場シーン。

 とびきりな高揚をじっくり味わっているのかもしれない。




「……クリムゾンさん」


「…………はっ!? サ、サクリファクトくんっ!! ええと、き、来たのだっ!!」


「ええ、待ってましたよ。今日はタイミングもばっちりで、マジで格好良いっす」




 そうして声をかけながら、いい具合に突き出された手のひらに俺の手のひらを合わせる。

 接触が発動条件にある技能(スキル)、『死人の荒い息遣い』。チイカが居るこの場では、これがなくちゃあ立ち行かない。




「……へっ!? え……えぇ? あ、え……えへへ」


「…………?」


「うん、うん……えへへ……」




 何だ? クリムゾンさんがおかしい。

 俺の手を掴むようにして、ギュッと握ったり緩めたりしながらニタニタ笑ってる。変な人だな。

 手のひらに触れた物を掴んでしまうとか、そういう赤ちゃんみたいな癖でもあるんだろうか。もしくは少し、ふざけて遊んでいるのかもしれない。


 ……こうして指を絡めていると、いわゆる "恋人つなぎ" っぽくて恥ずかしいから、正直やめて欲しい。




「……いや、あの……なんすか? ローグの技能(スキル)『死人の荒い息遣い』っすよ。接触している事が発動条件で、『ヒール』を完封するんすよ」


「え…………あ……スキル…………? ……あ~……あぁっ! そっか!【聖女】! ヒ、ヒールかっ! ……うん! そっか! スキルだよねっ! うん……うん! は、把握したのだっ!」


「…………」




 俺の説明を理解したのか、今度は熱いものにでも触れたかのように勢いよく手を離すクリムゾンさん。

 ……何がしたかったんだろうか。意味が不明で不気味だぜ。

 とりあえず、今ここで指を絡め合う意味は何ひとつ無いし、離して貰えてよかった。




「……で、聞いて下さい。リスは一回復活済みで、"食べてる時は弱い" って要素が消えました。他に弱点は見つかってない感じっす」


「…………」


「……あの、聞いてます?」


「――――へ……あ、ああ! きっ、聞いてる! 聞いているとも! 聞き逃す訳があるものかっ!!」


「あ、はい、そっすか。それじゃあ……ヒレステーキさんとタテコさん。とりあえず様子見で良いっすかね?」



「おぉん? なんだサクサク。【正義】のが来たってのに、ヤラねぇのか?」


「ステーキ、サクリファクトくんの思いやりを理解しましょうよ。これは君がキャラクターデリートという憂き目に、万が一にでもあわないようにと考えた、サクリファクトくんの真心から来る消極的選択ですよ」


「……なるほどな!」


「……本当にわかっているんですか?」




 消極的――確かにそうだろう。

 だけど、だって……仕方がないじゃないか。


 食われたら、消えるんだぞ? 何もかもが無になるんだ。現実の命ではなくたって、それは紛うことなきリビハの命だ。ドラゴンと戦うってのは、そういう物だ。


 セーブデータが消えるかもしれない綱渡り。

 そんなの本当は、俺だってやりたくないんだ。

 だけど、やらなきゃいけない。誰かがやるだろう――じゃあなくて、俺が進んでそれをしなくちゃいけないんだ。


 俺が、明日もリビハをするために。仲いい奴らとここで遊ぶために。

 ただただゲームをするためだけに、リスクを背負う覚悟を決めたんだ。




「という事で、とりあえずは様子見で行きましょう。俺も戦闘に加わるんで、【聖女】はここに置いときます。その位置に気を配りつつ…………」


「……いや、それには及ばないのだ」


「ん? どういう事っすか?」


「チイカにはこのままサクリファクトくんが付いて居て欲しい。あのドラゴンは、私とヒレステーキたちとで相手取るのだ」




 そう言って、背中にくくりつけていた星っぽいマークの旗を地面に突き刺すクリムゾンさん。


 これは……闘志が過ぎているな、と思った。

 それが活躍を求められる大合戦の場だからなのか、それともリスとも因縁による物なのかはわからない。

 だけどとにかく、この溢れ出す "押せ押せ感" だ。暴走心みたいな物が強すぎて、まずいぞ。


 まだ勝ち筋が見えない状況で、更には "サクリファクト()" という微力ながら確かな戦力ですらも遠ざけて、あの強大なリスドラゴンに向かおうとするってのは……いくら【正義】のクリムゾンさんだからと言っても、流石にいただけない愚策だ。下手を打てば、ただの自殺だぞ。




「……いや、それは」


「大丈夫。今日は以前と違うのだ。私には "スピカの戦旗これ" があるし、心に立てた旗もあるのだ。だからサクリファクトくんは……後ろで私を、見ていて欲しい」


「…………危ないっすよ、マジで」


「平気なのだ。私は『正義の旗』筆頭、赤き正義のクリムゾン。皆の期待を一身に背負うヒーローだから、こんな所で苦戦して良い訳がないのだ」


「……えぇ? いや、そうは言っても……」


「私は私を信頼してくれた、私の仲間を信じている。この身を【正義】と呼んで声援を送る、たくさんの人たちを信じているのだ。だから私は――彼らが信ずる私を、信じる。彼らが出来ると言ったなら、私はそれが出来るのだ」




 ……何だよ、それ。あるのは強い気持ちばかりじゃないか。

 無策も良いところで、勢い任せの行き当たりばったりでしかない。


 ……いや、これが()()か。これこそがそうなのか。

 あるのはひたむきに信じる心だけで、工夫やごまかしは一切しない……それがクリムゾンさんっていう人物だったか。


 それならまぁ、やる気全開な彼女の作る流れに乗って、勢いのまま突っ切ってみるのもアリかもしれない。

 流れっては大事だ。それを掴めれば、巡って回ってツキとなる。それは【殺界】ジサツシマスとリュウにしみじみ教わった。


 今はクリムゾンさんの言う通りにしよう。俺が後ろで見てるだけで良いってのも、リスドラゴンをじっくり観察出来るという意味ではいい具合だ。

 俺がここでリスの弱みを探りつつ、戦いの全容を把握して……いざとなったら二つ名スキルでも何でも使って、助けに飛び出せば良いんだし――――




「……それにね、私は大丈夫なんだ」


「…………え?」


「もし私がピンチになったら、必ず【黒い正義】が助けてくれる――――私はそう、信じてるから」




 振り向き様にそう言って、はにかむように笑う、赤い彼女。


 ……そのセリフの内容は、確かに "リビハの正義さん" の物だった。

 それこそ、似たような言葉は何度も聞いた覚えがあるほどには、クリムゾンさんが()()()()な発言だと言えるだろう。


 ……だけれど何だかこの時ばかりは。

 彼女が見せる普段と同じはずの表情に、いつもと同じ声色に、込められた感情に……『正義のクリムゾン』というキャラクターの向こう側に居る、年相応の女の子が見えた気がして。



「…………」



 ……なんか、顔が熱くなった。心拍数が上がってもいる。気恥ずかしくてやきもきするぞ。


 頭の中でこねくり回していた戦略も、清々しいほど木っ端微塵に吹き飛んでしまった。

 どうしてだ。今のクリムゾンさん、何か知らんけどすげえ可愛かったな。




「…………」




 そんな彼女の後ろ姿を目で追いながら、ぼやっと浮かんだ考え。

 ……もしかしたら、クリムゾンさんは――――俺の手を握りたかったから、ああして手をギュッとやったのかもしれない。


 …………どうしてそんな考えが出てきたのかは、自分でもわからないけど。

 だけど何となく、そうじゃないかなって思った。




     ◇◇◇




「待たせたな、ヒレステーキ。そしてタテコ殿」


「オウよ!」


「先日ぶりですね、クリムゾンさん」


「うむ。そして――……貴様も待たせたようだなっ! 茶色いシマリスドラゴン!」


「ギヂィィ~!」


「ここで会ったが幾度目か……世界の平和を脅かす、邪悪なネズミの親玉め! 今日と言う今日こそは、この【正義】のクリムゾン――貴様の野望を打ち砕き、明日に光を取り戻して見せようっ!!」




 切れの良い言葉と共に、しゅばばと手を動かして大見得を切るクリムゾンさん。

 ……ロールプレイぶりが激しいな。いくら何でも、あそこまで大げさな物じゃ無かったと思う。


 しかし、そんな()()()()()()は実を結ぶ。

 彼女が持っている二つ名――『自身が正義を信ずる行動を取る時、自己強化が行われ、赤いオーラが立ち昇る』という効果を持つ、【正義】という名の大二つ名。

 そんな【正義】の自己強化度合いを示す真っ赤なオーラが、彼女のロールプレイに呼応するよう、轟々と音をたてて猛り狂っている。


 赤いオーラがそうなるって事は、アレが彼女の()()()であり、信じる正義の形ってやつなんだろう。

 ……彼女が考える『正義』とは、"ヒーローらしさ" そのものなのかもしれないな。




「ヂルルル……ッ!!」


「……それで、どうするんですか? 何か手はあるのでしょうか?」


「なぁに、【正義】のとオレにタテコが居りゃあ、何でもどうにかなるってのよ」


「ああ、全くだ。しかし……ヒレステーキの武器がソレでは、いささか心もとない気もするな」



「おぉん? つってもよ、これが抜群に効くって話だろ? なぁ、タテコォ?」


「そうですね。シマリス型ドラゴンには "打撃" が有効だと聞いていますし、確かにそのようだと実感しました。ステーキの武器はただの建材、『何かの大きい骨』ですが、この場ではきちんと有用ですよ」


「しかし、そうは言っても骨は骨だろう。なので私は、こうしてみるのだ。技能(スキル)『忠義の戦鎚』」




 リスドラゴンは相変わらずクリムゾンさんを警戒し、喉を鳴らして毛を逆立てている。


 そんなリスを油断なく視界に入れている3人の内の1人。

 クリムゾンさんが自身の黒マントをつまみ上げ、何らかの技能(スキル)を口にした。


――変化は一瞬。

 恐らくスキル効果を受けたのであろう、彼女のマントの一部……というかほとんど全部が ぱらり とほどけて、渦を巻きながら形をなす。

 そうした次の瞬間には、彼女の手に巨大なハンマーが握られていた。


 ……デカい。ひたすらデカい黒鉄の戦鎚(ウォー・ハンマー)だ。

 シンプルがゆえに扱いやすそうな形だけど、全長はすこぶる長い。ここから見ると、クリムゾンさんの身長と差がないように見えるほど。

 それに、あの鍛冶で使う鉄床のような形状のハンマーヘッドはどうだ。家庭用の電子レンジくらいあるぞ。

 あんな重たそうな物、俺じゃあ持ち上げる事すら出来ないだろう。




「オォ!? なんだ!? すげえなッ!!」


「……ああ、騎士(ナイト)の『忠義系統スキル』ですか。確かに先日の戦いで、クリムゾンさんはそれを使っていましたね」


「うむ。これなら明確に打撃であるし、きっとヒレステーキの膂力にも耐えうるだろう。何しろ "ティタン合金" 製だからなっ!」


「マジでか! すげえなッ!!」


「……いや、確かに凄いんですけど……ステーキ、君は本当にわかっているんですか? これ一つを作るお金で、首都に小さなお家が建てられるほどなんですよ?」




 マジかよ。あの黒い金属ってそんなするのか。

 流石はリビハのトッププレイヤー、【正義】のクリムゾンさん。

 身につける装備も俺のようなやつとはレベルが違うな。


 ……この戦いが終わったら、その "ティタン合金" とやらをどこで入手出来るのか、彼女に少し聞いてみようかな。

 それがもし首都から遠い場所だったなら、彼女やヒレステーキさんも連れて、一緒に冒険に出てみるのもいいかもしれない。

 ああ、きっと楽しいだろう。うるさそうでもあるけどさ。




「フンッ! ……フゥンヌッ! オォ! こりゃあいい感じだッ! 筋肉にびりりと来るぜッ!」


「ほう、中々様になっているじゃないか。ヒレステーキは存外多芸なのだな」


「……君が色んな武器を使っては壊していた苦い経験が、ここに来て少しは役立ちましたね」


「おうよッ! いい具合だってのッ!」




「ギヂィヂィァッ!」


「――――さぁ、準備は良いか? ヒレステーキ、そしてタテコ殿!」


「バッキリムキムキだっての!」


「ええ、僕も…………いや、あれ? ちょっと待って下さい。クリムゾンさんの主武器は何ですか? シマリス型ドラゴンに対し、剣は有効では無さそうですが」


「ああ、私は――――()()だ」




 そう言って、手甲に包まれた手を見せつけるようにするクリムゾンさん。

 その小さな握りこぶしには、【正義】のオーラがぱしりぱしりと音をたてて纏わり付いている。

 ……()()って言ってソレを出すって事は、そういう事だろうか?




「え……ま、まさか! ドラゴン相手に、肉弾戦ですかっ!?」


「うむ! 案ずるな、私は格闘も出来るヒーローなのだ! さぁ、準備は良いなっ!? 最初から自己強化バフは全開で行くぞっ!!」


「オォッ!! やったろうじゃねぇのッ!!」


「ギヂヂヂィッ!!」



「え、ちょ……ま、待ってください! 初手全開(フルバフ)ですか!? ええと、そうなると……タイムリミットは!? いつまで持ちますか!? きっと短時間ですよねっ!?」


「ああ! 戦えるのは――持って3分! その間で決着をつけるぞっ!」


「な……っ! さ、3分!?」


「ホォー! "燃え尽き(バーンアウト)" までの3分間、限界突破の疲労困憊(オールアウト)とは、【正義】も筋トレの極意をわかってるじゃあねぇのッ!!」


「うむっ! 赤き血潮が燃え尽きるまで、全力全開のヒーロー・ショーだっ! さかるオーラを追い越すように、いざ巨悪へと正義の鉄拳を、渾身込めてお見舞いするのだあっ!」


「よっしゃあ! やってやるってのよぉ!」


「ああっ! やってやろうではないかっ!!」


「ヂヂィーッ!!」



「……ああもうっ! 何なんですかあなた達はっ! まるで【脳筋】が2人に増えたようだっ!」




 クリムゾンさんが無茶を言う。リスが吠える。

 タテコさんが狼狽する。ヒレステーキさんが筋肉を隆起させる。リスが走り出す。


 竜殺しの第二戦。その始まりは、ひたすらにわちゃわちゃしているな。

 大丈夫か、コレ。




「何なんですか、もう! 肉弾戦とか3分とか、どうしてそんななんですかっ!?」


「ふふん、そんなの決まっているだろう?」


「え?」




「"正義のヒーロー" とは、そういう物なのだっ!!」


「は、はぁ!?」




 ……ああ、確かに、言われてみれば。

 正義のヒーローってのは、そういう物だよなぁ。




「ゆくぞっ! リスドラゴンっ!! いざ灼熱の――――ヒーロー・タイムだッ!!」




     ◇◇◇





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