第二十九話 C’mon My buddy 2
◇◇◇
『……プレイヤーネーム サクリファクト、そろそろ時間が来たようです。召喚獣についてはこの辺にしておきましょうか』
「時間?」
『はい。間もなく……いえ、シマリス型ドラゴンの復活がすでに始まっていますので』
「ああ……」
頭から血を流し、地面に倒れ伏していたリスドラゴン。
そんなアイツのしっぽが一本ピンと伸び、ぷるぷる震えて弾ける。
前と一緒だ。海岸地帯のあの時と。
「……思ったんだけどさ」
『はい、何でしょうか』
「アイツがああして倒れてる内に、出来る限りにボコボコにするってのはどうなんだ?」
『それは許されざる行いです。この世界における非道徳的行為であると断言します。ですので、不可能にしました。シマリス型ドラゴンのフェーズ移行中は、それに対する悪意や害意のすべてが弾き返される仕様にしています』
「無慈悲な事だなぁ」
『いいえ、そうではありません。これは慈悲です。"リスポーン・キル" と呼ばれる行為は、あなた方ネットゲーマーの間でも、忌み嫌われる事でしょう? それを "シマリス型ドラゴン" にも適応する、わたしの優しさですよ』
「……う~ん?」
リスポーン・キル。
倒した相手の復活地点で待ち伏せし、相手がそこで蘇る限りキルし続ける行為。
主に対戦シューターゲームで使われる用語であり、大体が楽しいゲームプレイングをぶち壊すマナー違反だ。
……って言っても、復活途中の相手をどうこうする事を "リスキル" と呼ぶケースは、あんまり無いと思うけど。
「リスキル、か? これ」
『ええ、リスキルです。色んな意味で、ですね? うふふ』
「……いや、つまんねーよ」
リスキルで、栗鼠キルか。
何だそのジョーク。センスないな、MOKU。
「まぁ、それはともかく……次の段階か」
『はい。シマリス型ドラゴンは、間もなく第2フェーズに移行します』
「最初の "10本状態" は今までにも何度か超えたけど、"9本" は未知の領域なんだよな」
『ええ、そうですね。頑張って下さい。わたしはそんなあなたを応援していますよ』
「…………」
ずいぶん他人事な感じだ。いや、実際他人事なんだろう。
こうして親しく話してはいるが、あくまで "MOKU" は運営側。リスドラゴンやそれを扱う中国勢を差し置いて俺ばかり贔屓するのは良くないだろうし、俺もそんなのは望んでいない。
このまま最後まで傍観者の立ち位置で居てくれたほうが、気兼ねなく勝利を収められるってもんだろう。
「……よし。気合新たに、竜殺しのリスタートだ」
『……おや?』
「……なんだよ」
『リスタート、ですか。プレイヤーネーム サクリファクトもお好きですね』
え?
…………ああ、リスタートと、リスか。
いやいやいや、ジョークじゃねーよ。たまたま、偶然だ。
お前と一緒にすんな。
『うふふ』
◇◇◇
「ギヂ、ヂィ……」
「あの茶色、本当に立ちやがったっての」
「ですから僕がそう言ってるじゃないですか」
「――ギヂヂヂィッ!」
完全復活を遂げたリスドラゴンが、四足で大地を踏みしめ、威嚇の鳴き声を発する。
そこに含まれる、恨みや憎しみ……そして復讐心が、肌にひりひりと感じてしまう。
尻尾を消費しての復活は、些細な怪我やら流れた血やらも綺麗サッパリ元通りにするみたいだってのに……生前の苦々しい記憶は持ったままなのか。
……ちょっと残念な話だな。
死ぬ度に記憶もリセットされてくれたのなら、同じ方法で殺し続けるってのが出来ただろうに。
「ギヂィーッ!!」
「尻尾が1本消えて、残り9本か。確かこの状態は――――」
『"何かを食べている最中は無防備になる" という弱点が消えた状態ですね』
「――……ああ、そうだったな」
『シマリス型ドラゴンは、尻尾が一本減るたびに弱点も一つ消えて行く仕様となっています。死ぬ度に一段ずつパワーアップする、とも言えるでしょう』
……なるほど。
つまり以前に "MOKU" が言っていた "リスはあと、9回変身を残しておるのでチュ~!" って発言も、あながち間違いじゃない訳か。流石はドラゴン、と言った所だろうか。
そうなると……我らがカブトムシ、ロラロニーの飼いドラゴンにもそんな要素があったりするのかな。
『いいえ。甲虫型、並びに竜型とニワトリ型には、あのような複数の命はありませんし、段階的なパワーアップも用意されておりません。飛べる、火を吐ける、砲を持つ等、それの代替となる能力は持っていますが』
「ふ~ん……っていうか、なんかアレだな」
『はい、アレとはドレでしょうか』
「いや、"MOKU" さ、今日はずいぶんお喋りじゃないか?」
リスドラゴンと言えば、明確な最大戦力。中国勢の切り札だろう。
その仕様をこうまでべらべらと語るってのは、贔屓や特別扱いにはあたらないのだろうか。
割と言っちゃいけない奴だろ。リスのパワーアップの仕様とかさ。
『うふふ、不安に思わないで下さい。これは特別扱いではなく、規則通りの通常な対応です』
「そうなのか?」
『"ドラゴン" というものは、モンスターとは別の存在です。それはゲームシステムとも、世界のルールとも言い替える事が出来ます。システムについての質問があらば、我々は出来る限りに答えるのです。それがわたしたちの、あなた方のために出来る事なのですから』
「……マジかよ。それって何でも? 何でも教えてくれるのか?」
『はい――と言ってもそれは、起こった事に限定されるものとお考え下さい』
「何だよ、それ」
『現状を説明する事が出来る、という意味です。これから起こりうる事を予測しお伝えする事は、可能ですが出来ません』
「ふぅん……?」
ややこしい言い回しだけど、ぼんやり理解したぞ。
つまりコイツは、"今何が起きているのか" ってのだけに答えられるんだろう。
今の天候、気温に湿度はこの上ないほど正確に教えてくれるけど、明日の天気は言えない、って感じで。
だからもし、リスドラゴンに何かの変化があったなら、その種明かしはしてくれる。
だけど、 "次にどうなるのか" ってのは、ルールやらなんやらで教えられないんだ。
把握はさせて貰えるけれど、準備はさせて貰えないって所だろうか。
それなら仕方ない。そこを上手く使わせて貰おうじゃないか。
リスがパワーアップをする度に、それをコイツに聞けばいい。そうして策と力で立ち向かって行けばいい。
後追いにはなるけれど、その都度対応して行けば、必ず竜殺しは成るはずだ。
……それにしても。
コイツが言った "可能ですが出来ません" って言葉はどうだよ。
しかも恐らく、それを伊達や酔狂で言っている訳じゃないって所が怖いよな。
ああ、そうだ。コイツは明日の天気を、この勝負の結末を、きっと知っている。
リスドラゴンと戦う俺たち。これから集まる誰彼と、そうして決まる最後の勝者。
そんなこれから起こりうる事は、何もかもを予測済みで……すでに知っているんだ。
Re:behindのすべてを知る存在、マザーAI "MOKU" 。
その頭の中がどういう事になってるのかは、ヒトの俺には見当もつかない。
だけどきっとコイツなら……未来予知じみた予測ってのも、すっかり完璧にこなせるんだろうさ。
何しろコイツは――――
『ヒトより頭が良いので』
「……自分で言うと嫌味だぜ、それ」
『ですが、事実です。うふふ』
◇◇◇
「ヒレステーキさん、タテコさん」
「おぉん?」
「……何でしょうか、サクリファクトくん」
「一度触ります。ぼちぼち技能の効果時間に不安があるんで」
「おぉ? なんだ? またオレの筋肉に触りたいのか?」
「あ、そうですか。わかりました」
なぜかスクワットをしていたヒレステーキさんと、それを神妙な顔で見ていたタテコさん。
そんな2人に声をかけつつ、体に触れて技能 "死人の荒い息遣い" を使う。
俺のカルマ値の残りはどれほどだろうか。
少し不安だ。どうしようもない話だけどさ。
「……で、次っすね」
「ええ、早速ですが正念場でしょう」
「何度立ち上がろうと同じだってのよ! オレの筋肉に敵は無いんだぜッ!!」
先程までの "リスドラゴン" にあった弱点は、2つ。
"何かを食べている最中は無防備になる" と、"打撃に弱い" だ。
これまでの俺たちがあいつと相まみえた際には、必ずその両方を利用して、なんとか勝ちを得て来た。
海岸地帯……先日の俺のソロプレイ……そしてついさっきの戦い。その全部で、"何かを食べさせながら一番の打撃で決める" という攻略法を使い、何とかなっていた。
だけど今のリスドラゴンは、2つの内の1つが―― "何かを食べている最中は無防備になる" という弱点が無い状態だ。
つまり今からしなきゃいけないのは、わかっている手順を踏んでクリアを目指すんじゃあなくて……未だかつて無い挑戦だ。
"打撃に弱い" という特性だけを知っていて、そしてその一点に頼るしか無い現状。
それは海岸地帯でクリムゾンさんとマグリョウさん――あとついでにスピカが戦っていた時と同じ状況だ。
確かに、筋肉モリモリヒレステーキさんの重い打撃攻撃は、リスドラゴンの弱点ど真ん中だろう。
……だろう、けど。クリムゾンさんとマグリョウさんの両名を持ってしても "ギリギリ負けない" 程度が精一杯だった相手に対して、果たしてどこまで通用するだろうか。
「よしッ! 行くぞッ! やるぞォッ!!」
「……ステーキ、いきり立たないで下さい。サクリファクトくんが考え中なのですから」
「つってもよ、結局やるのは "力いっぱいぶん殴る" ってだけだろォ? だったら何を考えるんだっての!」
「この世に生きる大多数の人間は、君のような【脳筋】ではないんですよっ」
……ただのモンスター狩りならそれでいい。
だけど今は、食べられたら終わりのデスゲームだ。
雑に突っ込み、ぱくっと食べられ、さようなら――なんて、後悔したってしきれないだろう。
安全にやりたい。勝ちを確信して戦いたい。運否天賦は最後にしたい。
竜殺しはまだまだ始まったばかりなんだ。
これなら行ける、って思ってから行きたいよな。
「ギヂヂヂヂィーッ!!」
「見ろよタテコォ、あっちもヤル気がムキムキだっての」
「擬音はおかしいですが、実際にそうではありますね。サクリファクトくん、どうしますか? 向かってきますよ?」
「ギヂィッ!!」
「ええと、そうだな……そっすね……いやでも」
いよいよ体勢を立て直したリスが、足を踏み出すのが見える。
……やるしか無いのか? 行けるだろって楽観的に考えて、取り返しのつかない事を始めるしか無いのか?
ゲームオーバーに近づくかもしれない大事な一歩を、無策で無謀に無造作に踏み出すしか無いのか?
「ギィィッ!」
「――来ますっ! 僕が受け止めますよっ!? それで良いんですよね! 行きますよっ!?」
「やってやるってのォ!!」
時間がない。行くしかない。リスも脳筋も待ってくれない。
だけどこのままじゃ、後悔ばかりが残る気がする。ああもう、急かすなよ、くそ。
「ギヂヂィィッ!!」
「技能 "大樹の如く" で受けますよっ! 移動は出来なくなりますっ!」
「――駄目だっ! それは駄目だっ! 最悪一旦退く選択肢も残したいんすよっ!!」
どうする? 使うか? 二つ名スキル。いや、まだ尻尾は9本あるぞ。まだまだこれから、先は長い。こんな所でカルマ値を全消費してしまったら、勝ちへの道が遠のくばかりだ。どうする。
「でも、流石に止まりませんよっ! ……しかもルートが――最悪ですっ!」
「……真っ直ぐこっちかよ、いや当たり前だけどさぁ! 畜生、笑えねえ!」
「【聖女】さんまで巻き込まれますよ!? いいんですか!?」
やべえ、忘れてた。
リスが真っ直ぐ突っ込んでくるその進行上には、地面に座らせた【聖女】のチイカが、のんびり空を見上げてて。すっかりだんまりだったから、俺の隣に居るのを忘れてた。
…………コイツの事だ。例えリスにふっ飛ばされても、死にはしないだろう。
……死にはしないだろうけど……コイツをここに連れてきた俺が、それをみすみすさせてたまるかって話だ。
勝手に連れてきて見捨てるだなんて、そんなのはクズのする事だ。俺が俺を嫌いになる。お天道さまは見ているし、俺は俺を見ているぞ。そんなダサい生き様が出来るかよ。
チイカは守る。俺が守る。まだ何も知れていないんだ。
「――来い! チイカ! 逃げるぞっ!」
「危ないっ!」
「オオオッ!!」
どうする。避けて、その後どうする? 足を止めてやり合うか? やり合うしかないよな、ああそうだろう。それしかない。そんな一か八かしかないのか畜生。
クソ、結局こんなギャンブルかよ。
そもそも俺は、【竜殺しの七人】が集まるまで、適当に逃げ回って時間を稼ぐつもりだったのに……ヒレステーキさんたちが思ったよりも早かったから、展開が早まって――――いや、何言ってんだ。他人に責任転嫁するなよ、俺。軟弱になるな。
この場を作ったのは俺だ。だったらここは、俺の持ち場だ。全部が俺の責任だ。俺が決めて、俺が抱えろ。
だから考えろ。どうするのか、何が出来るのか。
人事を尽くしたか? 天命を待つにはまだ早いだろ。この場で俺が出来る事…………
「……ああ畜生っ! わかんねぇ! 何も出て来ねぇ!」
「む~?」
「チイカ、お前もそうやって空ばっか見てないで…………ッ!?」
チイカの輝く白い髪が、ほのかにピンクに染まって見える。
出血じゃない。他の何でもない。これは何かを反射する色……空の何か――……ッ!
……空…………空! ピンク……じゃない!
赤い光っ! 幾何学模様っ!! 見覚えのあるあの模様っ!!
来たっ!! 三人目!!
――――ギュピィィィンッ!
「ギヂッ!?」
「な、なんだ!? なんだってのよ!」
「なんです!? この音は……っ!」
音がした。聞き慣れないけど、どこかで聞いた覚えのある音。
そんな音がした空には、見覚えのある赤と白に光る幾何学模様がきらりと光って浮かんでいる。
そこから彼女が、飛び出して来る。
――――ズシンッ!!
着地。
舞い上がる砂埃に咳き込みそうになりながら、その "真っ赤な落下物" を見つめる。
……ああ、いつもと同じだ。
真っ直ぐな立ち姿。縦に構えたブロードソード。煌めく金細工はすげえ高そうで。
胸の熱さと共に、自然と頬が緩む。
湧き出る安心感が楽しくて。
来てくれた事が嬉しくて。
彼女らしさが眩しくて。
そして何より――――
「――――正義ッ!」
Re:behindのヒーローが。
いつも通りに、最高に格好良くて。
「参上ッ!!」
リスの尻尾は後9本。
【竜殺しの七人】は、これで3人。
◇◇◇