第二十六話 Engage 2
◇◇◇
"自分は召喚獣である"。
そう言ってのけた、まるまるとした男――タテコさん。
そんな彼が、その巨体をリスドラゴンへと走らせる。
……召喚獣、か。
個人的にはあまり馴染みがなく、ソレの仕組みは今いちわからない。
だけど、有名な召喚士はその大体が、何らかの召喚物を使って戦うってのは聞いている。
それは例えば、『空飛ぶ円盤ゴーレム』。
物を運搬したり、敵の頭上から爆弾を落としたりする便利なヤツらしい。
あとは、『喋る石版』だったかな?
道に迷った時だとか、モンスターの生態だとか……後はおすすめの食べ物なんかも教えてくれると聞いた。
またその他にも、地面から生えてる茶色いワームや、乗り心地抜群の利口な馬付き馬車なんかの、とにかくバリエーションに富んだ色んなヤツが確認されてるって話だ。
「ステーキっ! いい加減お相撲は止めて、それを倒しますよ!」
「オオ……? オオッ! オウ!」
「それは返事ですか!? それとも激しい押し合いの中で暑苦しく漏れ出た息遣いですか!?」
「オウ! そうだぜッ!」
「…………いや、だからどちらなんですか!?」
リスドラゴンのふくらはぎ辺りに張り付いていたヒレステーキさんが、嫌がるリスのもがきによって飛ばされる。
そうしていい具合にタテコさんの元へと着地した彼が、きらりと光る汗をぬぐって笑顔で答えた。
歯がすごく白い。清潔感がある。
だけれどなぜか俺は、爽やかというよりは……胃もたれしそうな感覚になった。
それにつけてもタテコさんだ。
前会った時もああしたやり取りをしていたし、ヒレステーキさんはいつでもああいう感じなんだろう。
いくら召喚獣と言えども、うんざりしたりしないんだろうか。
……いや、違うか。
ここから見えるタテコさんの表情が、呆れ笑いのような顔つきに見える。
だからきっとああしたやり取りこそが、聡明で器用なAIである彼にとっては――何より楽しいのかもしれない、と。
そう思った。
◇◇◇
召喚獣。それは色んな形を見せる。
その大体が、とても便利で役立つらしい。
しかしそれをする召喚士という職業は、リビハにおいては明確に不人気だ。
その理由は、その職業の尖りの無さ。
一般的な召喚獣と言えば、大きなドラゴンとか白いユニコーンのような、幻獣と言われる感じの物だろう。だからそれを喚ぶ召喚士は、それを使役し、どかんと派手にぶちかます職業として求められることが多くある。
しかし、このリビハにおける召喚士は、そういうタイプじゃない。
『空飛ぶ円盤ゴーレム』『喋る石版』。
それらはとにもかくにも大変便利。ただひたすらに役に立つ。
逆を言えばその程度でしか無く、ただただ役立つ止まりの物。
派手ではないし主役にはなりえない、中途半端なサポート職業。それがリビハの召喚士だ。
その上その職業レベルを上げる事で得られる要素が、『ストレージ容量の拡張』だとか、『最大魔力量上昇』『召喚獣の維持コスト減少』などの、これまた便利で役立つ程度でしかないんだから……人気が出ないのも、う~むと頷けてしまうってものだ。
……っていうか、そもそも。
召喚士の最も花形で、一番重要でもある能力の『コール・サーヴァント』が、レベル1で覚えられるってのも変だよな。
いきなりそれを覚えちゃうのは駄目だろ。その職業を取った日に完成してしまうなんて、ちょっとおかしいと思う。
と言ってもまぁ、召喚獣には『召喚維持コスト』というシステムがあるせいで、召喚士を上げていないと即魔力切れを起こしてしまうらしいけど。
「いいですか? 僕が軽く食べられますから、その隙に思いきりやっちゃってください」
「……おぉん? なんでだ? なんでタテコが食われるんだ?」
「……それは、あのシマリス型ドラゴンが……ええと、防御が――なんて言うか…………ああもうっ! めんどくさいなあ! いいんですよ! ステーキはいつも通りに、何にも考えずに全力で叩けばいいんですよっ!」
「オウ! わかったぜッ!!」
いよいよ説明を放棄したタテコさんと、理解する努力を放棄したヒレステーキさん。
それはまるで俺とリュウの関係だ。
……さて、そんなメイン職業にはなりえない不人気ジョブ、召喚士。
その職業が、意地汚いならず者や戦えない冒険者などを差し置いて、こうまで明確に不人気と知られる事には、もう一つ理由がある。
便利で役立つ召喚獣。
『コール・サーヴァント』で喚べる、リビハ世界には存在していない、幻想の生き物たち。
それは、例外なくランダム召喚。
選ぶ事が出来ない運任せの、ガチャ仕様。
喚んだら何かが現れる。そしてそれ以降はずっとソレが現れる。
変更もやり直しも出来ない、一発勝負の相棒探し――――それが『コール・サーヴァント』。
そこでもし大当たりを引いたなら、いい感じでそこそこ便利に使える奴が現れる。
もし普通の当たりだったなら、まぁまぁ役立つ程度の奴が喚び出され。
しかして当たりじゃなかったならば、まるで役立たず。
つまるところ、一番良い物でも『便利』程度でしかないのが『コール・サーヴァント』だ。
そんなのもう、『マシなハズレ』か『ガチのハズレ』しかないようなもんだろう。一等賞がない宝くじって感じだろうか。
そんな夢のない事に金と時間をかけるプレイヤーは、当然居ない。
何せ他の職業のほうが夢があるし、それゆえ未来は明るいんだから。
そういう理由で、召喚士は不人気なんだ。
「いいですか? 行きますよ。後輩で尊敬出来るサクリファクトくんに、僕らの良いところを見せちゃいましょう」
「オウ! オウオウ! よぉく見とけよ、サクサクサクト! 筋肉の可能性を、お前に教えてやるってのよ!!」
「…………」
サクサクサクトってなんだよ、食感重視のお菓子の名前かよ。
間違えるにもほどがあるだろ……ロラロニーでもそこまで間違えないぞ。
……しかし、そんな "サクサクサクト" を他所にして、巨人のようなタテコさんがリスへと突っ込み、転がるような低い姿勢でタックルをぶちかます。
しかしそこは、流石のドラゴン。倒れる事はなく、正面からガッチリと受け止めた。
……なんか、これこそ相撲っぽいよな。俺の10倍くらいあるリスに、3倍はあるタテコさん。その巨体が、大迫力のサイズ感で押し合って。
「――フンッ、フンッ、フンッ!」
その上、そんなジャイアント相撲の近くでは、ヒレステーキさんがスクワットだ。
どこまでも非現実的な場面だな。風邪ひいた時に見る夢のような無秩序さでもってさ。
…………いやいや、ちょっと待て。
何であの人は、この局面で筋トレを始めてるんだ?
「フンッ、フンッ! フンッ!!」
「ギヂヂィッ!!」
「くっ! うっるさいですねぇ! お腹が空いているんですか? 僕の腕をあげますから、そう騒がないで下さいよっ!」
「ヂッ! ヂィィィ~」
「フンッ!! フンッ!!! フンッ!!!!」
タテコさんが右腕を差し出し、リスががぶりと噛み付いた。
恐ろしいほど一瞬で噛みちぎられた腕、そしてそれを咀嚼する音。
盾ごと噛み砕いているのか、そのボリボリゴリゴリとした音に合いの手を入れるように、ヒレステーキさんのスクワットの声がする。
……うわ、なんか白くなってる。あれは、湯気が出てるのか?
何してんだよマジで。すげえキモいし、意味わからんし、なんか怖い。
わからないってのは、恐ろしいって事だぜ。
「……ステーキッ! まだですか!?」
「――――フンンッ!!! おぉし! あったまったァ!!」
最後のひと屈伸を力強く終えたヒレステーキさんが、胸板あたりをぺしぺし叩く。
浅黒い全身がほんのり赤くなったようにも見え、どくりどくりと筋肉が脈打っているようにも思えた。
……プレイヤーカメラで写真撮っておこうかな。まめしばはマッチョが好きだって言ってたし。俺はすげえキモいと思うけど。
ああいや、まめしばは細マッチョが好きって言ったんだっけかな?
まぁいいか。筋肉だから大体一緒だろう。
「――――フゥ~……」
「ステーキぃ! 僕はもういい加減、疲れて来たんですけどぉ!?」
切実に叫ぶタテコさんの声を聞きながら、ヒレステーキさんがストレージから何かを取り出す。
……それは、骨だった。
乳白色で、先がコブのような形になっている、骨。
太く、長くて……とてつもなくデカい。だけどどう見ても、何かの骨だった。
「……ハァ~…………行くぞォォッ!!」
「ステーキッ!」
ヒレステーキさんが、姿勢を低くし、一目散に駆け出す。
……思っていたより早い。筋肉だるまは動作が鈍いと聞いていたけど、存外そんな事もないのかもしれない。
そして、あっという間にリスへと肉薄しながらに……小刻みで跳ねるようなステップで、位置と角度を調整し――――
「オンラァッ!!」
――――ボグッッ!!!
「ヂィゥ~ッ!?」
思いきり、力任せに、リスをぶん殴り…………嘘だろ? リスがちょっと浮いた。
……………………いや、マジかよ。
「もぉう一丁ッ!!」
――――ボグッッ!!!!
「ヂ……ッ! ヂヂィッ!?」
先程のリスを横から殴りつけるような物ではなく、今度は振り下ろすような一撃。
それはリスの膝を砕き、ヤツの体勢を崩させる。
「オオオッ!」
「ヂッ!?」
それを待っていたかのように、即座にリスの体を駆け上がるヒレステーキさん。
その動作はとにかく雑で、勢い任せの物だった。
……だから、だろうか。
あまりに強引で、がむしゃらな動作だったせいか、リスが振り払うよりも先に、ヒレステーキさんがリスの肩へと足をかけていて。
そしていよいよ振り上げられる、大きな乳白色の骨。
その下にあるのは、リスの頭頂部だ。
「アオオアアッ!!」
――――ボグッッ!!
そして、リスの頭に向かって。
「ギヂッ!?」
「アアアオオォッ!!」
――――ボグッッ!!
「アアッ!!」
――――ボグッッ!!
「アアアッ!!」
――――ボグッッ!!
「アアアアアーッ!!」
力いっぱい一心不乱に、混じりっけなしの殺意全開で、大きな骨を叩きつけ始めた。
「アア゛ッ!!」
――――ボグッッ!!
「アアッ! ア゛ア゛ーッ!!」
…………。
――――ボグッッ!!
湯気が出ている。骨が振り下ろされる。湯気が巻いて、弾ける。
――――ボグッッ!!
奇声が聞こえる。悲鳴が聞こえる。何かが壊れる音がする。
――――ボグッッ!!
舞う血しぶきはリスの物。唸る大骨は殺す物。
――――ボグッッ!!
徐々に加速する音の間隔と、少しずつ下がるリスの標高。
――――ボグッッ!!
ずっと続く。ずっと止まらない。誰にだって止められない。
――――ボグッッ!!
これでもかと繰り返す『ただ殴る』という攻撃。延々選ばれる『たたかう』コマンド。
――――ボグッッ!!
…………俺は。
俺はこの世界で、怖いものをたくさん見てきた。
俺を殺す【聖女】の微笑みとか、マグリョウさんが出す殺気とか、尋常じゃないモンスターとかそんな色々な経験をして……そうして心を、『恐れ』ってのに慣らしてきたつもりだった。
だけど今、俺は体がガタガタ震えている。
これは恐怖。それも、本能的な、動物的恐怖だ。
技術も武術も何もない。技能も魔法も関係ない。
ただ力任せで強引な、筋力行使の正面突破。
それをする彼は、全身余す所なく、はちきれんばかりの筋肉で覆われ、ついには脳みそまで筋肉となった男――【脳筋】。
――――ボグッッ!!
だから、畏怖する。
あの野性味に。原初の『狩猟』じみた有様に。
知性の無さに。容赦の無さに。手のつけられない暴力のうねりに。
溢れ出る筋力、止めどない膂力、単純な強力さに。
狩猟本能の猛り狂うがまま、己の肉体だけを信じきり。
ひたすら殴って、殴って、殴って……殴り殺すまでただただ殴るあの男が、とても恐ろしく。
そして、畏敬を抱く。
「オオオオッ!!」
――――ボグッッ!!
「―― ヂッ! ……ヂ……ッ! …………ヂ……」
彼は、強い。シンプルに強い。
どうしようもないから、どうしようもなく強い。
これが【脳筋】の名を持つ男か。
……どっちがモンスターだよ。
◇◇◇
レベルや攻撃力、装備のランクや何かの順位。
そうした明確な『強さ』の保証がない世界。
だからリビハプレイヤーって存在は、そのものを見る。
『攻撃力』という数値がないから、『実際どのくらいの攻撃が出来るのか』を見る。
『すばやさ』が数値で表せられないから、『どれほどすばやいのか』を見る。
テイマーであればペットとのコンビネーションを、魔法師であれば魔法の練度と対応力を見る。
そして、その出来によって、強いか弱いかを、見定めるんだ。
そうしたこのDive Game Re:behind、そしてその中のトッププレイヤー集団、【竜殺しの七人】の一人である、【脳筋】ヒレステーキさん。
そんな彼はある意味で、最適で一番正しいスタイルで居ると言えるだろう。
何しろ彼は、すべてがとことんわかりやすい。
全身からありありと見て取れる、圧倒されるほどのその筋肉量。
殴れればいいを信条とするがゆえの、適当な骨を武器にする姿。
そして、飾らず気取らず真っ直ぐに、力で圧倒するだけの戦法。
だから、わかる。
ひと目で彼が【脳筋】だと理解出来るし、【脳筋】こそトッププレイヤーだと納得出来る。
その功績は説得力。筋肉ですべてを解決するから、筋肉が強さの証。
全身に満ち満ちる筋繊維こそが、彼の強さと二つ名を知らしめて、彼の力を証明し続ける。
ただ、筋肉があり。
ただ、パワーが凄く。
ただ、勢いがあって。
ただ、目一杯にぶん殴る。
そうしてすべてが単純だから、誰も彼もが理解に及ぶ。
彼は強い。【脳筋】は強い。
シンプルだから強い。直接的だから強い。混じりけがないから強い……と。
"力を上げて物理で殴る" 。
それを真っ直ぐ突き詰めたのが――――
――――【竜殺しの七人】の一人目。
【脳筋】ヒレステーキさんの持つ、『強さ』。
◇◇◇
「オオオオオッ!!!」
「…………」
「オオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
「――ステーキッ! 終わりです! もう終わってますよっ!」
「……オオオ?」
そうしてふと気づいた時には、あっけなさすぎるほどあっけなく、あの恐ろしいリスドラゴンは地に伏せていた。
◇◇◇