第二十五話 Contact 2
◇◇◇
『…………本当に終わりでよろしいのですね? 撮影エリアを元の位置に戻しますよ?』
「うん、もういい。これで十分だ。これで俺の策は成る」
『……わたしはDive Massively Multiplayer Online Game Re:behind管理専用AI群統括マザーシステム モ・019840号 "MOKU"。"大規模な影響" と "森羅万象の地へ連れ去る" の名を与えられたものであり、Re:behind上に在るすべてのAIの母体であるもの。現在わたしのリソースは、新たにOperationをするプレイヤーの各種処理に回しているため、口頭での会話は可能でありながら、脳波・思考を読みとって理解する事は難しくなっています』
「……へぇ」
『わたし、ひいては我々管理AIは、電気信号でのやり取りではなく、出来る限りに会話での情報伝達をするように作られているのです。ですので、今現在の状況においては、あなたの考えがまるでわかりません。 << 要請 >> 聞かせて下さい << 必須 >> << 必須 >>』
コイツの不穏な名前も気になるし、新たにオペレーションするとかいうよくわからん話も気になる。
だけどリスが迫り来る今、必須というか必死なAIとごちゃごちゃ揉めていては、きっと良くない事になる。
……さっさと教えてしまおう。"MOKU" 、しつこそうだし。
「――――"二つ名"」
『……はい、二つ名がどうしたのでしょうか』
「それは、噂話だ」
『……ええ。それはそうですが……』
「二つ名とはこのRe:behindで、誰かが何かをする時、誰かがそれを誰かに教える事で成り立つ仕組みだ」
『そうですね』
「……だったらきっと、皆が話す。 "サクリファクトが、ドラゴンと戦うらしい" 、そんな話題を口にする」
『……ふむ』
「なぜならここは、そういう世界だから」
『…………なるほど』
水辺にいる奴は、池で溺れたりしないだろう。
炎を纏う奴は、火炎に身を焦がさないだろう。
だから水辺にいる奴は、水をかけずに火にかけ焦がす。
炎を体に纏っているなら、吹き消すように冷たく殺す。
俺の策は、そいつの生き様を理解する事から生まれる。
相手の得意と選択を、その在り方から予測し、利用する。
そんな俺が、このRe:behindという世界を考えてみた時。
そしてその中にある "二つ名システム" が、きちんと存在出来ているという事実を見れば、みんながドラマを見るたび噂話をしているからって結論になる。
……だったら、言うはずだ。パーティメンバーに、隣で戦う奴に、首都に補給に戻った奴に。
この戦いにおいて、決して無視できない存在である敵のドラゴンを、殺そうとしているプレイヤーがいるって事を。それを宣言した【七色策謀】という男についてを。
"サクリファクトはリスドラゴンと戦うらしい" っていう、刺激的で誰かに喋りたくなる、ひとつの噂話をさ。
「必ず語られる。俺がドラゴンの前に居るって噂が。ドラゴンを倒そうとしてるって噂が。あっちこっちに瞬く間に駆け巡る。
だから、届く。この戦場に。そこに居る彼らの耳に。俺が育んだ繋がりに。
そして、そうすれば――――必ず来る。
先輩が。ヒーローが。好敵手が。魔法少女が。PKが。マッチョが……」
『……ああ、プレイヤーネーム サクリファクト。あなたは、ずるいです』
「……【竜殺しの七人】全員が、必ずここに来るはずなんだ」
俺がシマリスドラゴンの前に居る。
そしてそれと、決着を付けようとしている。
そんな話を聞いたなら、必ずみんなは来てくれる。
後輩で友人の俺を守るため、【死灰】が。
正義のヒーローとして見過ごせないため、【正義】が。
好敵手に負けない活躍をするため、【金王】が。
俺の生き死にを最後まで見届けるため【殺界】が。
何だかんだで付き合いのある俺と、ロラロニーが居る世界を守るため、【天球】が。
そして、カニャニャックさんに "ヒレステーキは、タテコに着いていく。そしてタテコは、君とリュウジロウくんの関係性に興味を持っている" と太鼓判を押されたから、きっと【脳筋】とその相棒は来る。
「そして【聖女】がここに居る。だから今、【竜殺しの七人】は初めて集結する」
『しかし、プレイヤーネーム チイカのヒールは周囲を無差別に――……いえ、失礼しました。それを解決する手段は、あなたがすでに用意していましたね』
「そうだ。ここにはローグで【七色策謀】な俺が居る。だからソレが出来る、俺がそれを作るんだ。俺は竜殺しではないけれど、ここには俺が居なくちゃいけない。俺が居て始めて完成するんだからな」
『完成』
「俺が持っている、対チイカの手段。それは【聖女】のデス・ヒールを無効化出来る唯一の手段で、レイド戦に挑む舞台を作るものだ」
◇◇◇
「――――【竜殺しの七人】。それは仲良しパーティの名前じゃない」
『ふふ、はい。そうですね』
「【殺界】と【正義】は正反対の人物だし、女性嫌いの【脳筋】は……ハーレムを持つ【金王】を毛嫌いするだろう。【天球】はそもそも自分から交流しようとする奴じゃないし、【死灰】は当然ヤバい。そしてその上――――」
『はい』
「――――【聖女】。こいつが最も問題だろう。何せ無差別に、それこそ他の6人でさえも殺しにかかるんだから」
『ええ、ええ、そうでしょう。きっとプレイヤーネーム チイカは、彼らにもそうして微笑むのです』
「だから彼らは、集まれなかった。【竜殺しの七人】と呼ばれながら、七人で揃う事が出来なかった」
『それはとても残念な事です。いえ……残念な事でした、ですね。ふふ』
「……そうだ、それは過去の話だ。今日この時ばかりは、そうではなくなるんだ」
彼らは決して寄り合わない。
元々が個性的過ぎる人たちだし、相性だって呆れるくらいに最悪だから。
だから彼らは、【竜殺しの七人】でありながら――――七人では居なかった。
今まで一度も、【竜殺しの七人】では、なかったんだ。
……だけどそれも、今までの話。
「俺にはある。彼らを繋ぐ事の出来る要素が。一人ひとりと関わりを持って、それぞれの事を知ったから」
『うふふ……はい』
「人並みの正義感を持ち、だけど人並みに悪いこともする俺だから、【殺界】と【正義】を繋げられる。好きな女も居れば嫌いな女も居る俺なら、【脳筋】と【金王】の間に入れるだろう。スピカを理解し、マグリョウさんと友になった俺だから、【天球】と【死灰】の代わりに意思を伝えられるんだ。どこまでも普通な俺だから――――どこまでもニュートラルな存在だから、相容れない同士の繋がりを作る事が出来るんだ」
『それはあなたのパーティを作り上げた事と、全く同じ事ですね。あなたは最初からずっと、あなたのままでありました』
そうかもしれない。ああ、きっとそうだろう。
俺は無個性で、平凡だった。だからちょっとだけ踏み出せば、どんな尖った意見も理解する事が出来たんだ。
俺は何の特徴もなかった。
それは、何色にも染まっていない、無色だったって事だ。
だから、何色にだってなる事が出来た。どの色になる可能性も持っていた。
…………そうした選択肢の中で、俺が選んだ俺の生き方。
それは、奇しくも俺の二つ名と同じ言葉だ。
――――【七色策謀】。
今ならわかる。
誰かがそうして呼んだその名は、つくづく俺の二つ名だった、と。
「……そして、俺には職業がある。"ならず者" という、悪辣で下劣な粗暴者だ。そんな俺だからこそ、出来る手段が――技能がある」
『はい。それがあなたの、"聖女対策" ですね』
「そうだ。無差別に微笑む【聖女】の "優しさ" を、暴言と共に拒絶する力だ」
『……本来であれば、それは敵対しているものに使う "妨害技能" です。しかしそれがプレイヤーネーム チイカという異常の前であったなら、唯一にして完璧な "防御技能" となる。うふふ……なんという発想、なんという連想。そしてなんという想像力でしょうか』
…………俺が用意した切り札は、ただのローグの普通な技能。
今までだってリザードマンやモンスター狩りで幾度か使った、何の変哲もない妨害スキルだ。
そんな普通なローグの技。
名を "死人の荒い息遣い" という。
その効果は、至って単純。
"一定時間スペル・アイテムによる回復及び、自然回復効果を無効にする"。
"接触していないと効果は与えられない"。
"カルマ値減少 / 大"。
その3つだけ。
それでいい。それがいい。
そんなシンプルが今は抜群で、とびきりだ。
【聖女】の優しいPKは、あくまで "ヒール" の癒やしを限界突破させ、優しい光で殺すもの。
それは不可視で不可避の攻撃。接触防止バリアも効かないし、何かをぶつけるのではなく対象に直接影響を及ぼすものだから、拒否しようのない優しさで、殺し方だ。
なら、俺は。
断るでもなく、逃げるでもなく。
真っ向からそれを、無視してやる。
チイカがするのがあくまで "回復魔法" であるのなら、"回復魔法" を無下にしてやるんだ。
……ならず者の技能は、相手を選ばない。
復讐のトゲを生やして反撃ダメージ発生効果を付与するスキル。
口汚く挑発して敵愾心を増加・低下させるスキル。
乱暴に黙らせて魔法をキャンセルするスキル。
そのどれもこれもが、対象をより好みする事なく、敵にも味方にもかけられる。
当然だ。
ローグとは、そうして "善も悪もいっしょくたにして利用する職業" なんだから。
だからこの "死人の荒い息遣い" だって、敵にもモンスターにも、仲間や友人にだって、かける事が出来るんだ。
「……わかり合えない同士でも、普通な俺が繋いでみせる。それを邪魔する【聖女】のヒールは、"ならず者" な俺が邪険にして、いらねーよってポイ捨てするんだ」
『…………よくぞ、よくぞそこまで積み上げました。やはりあなたは、海岸地帯の時からあなたでした。普通で平凡なあなたは、いつだってわたしたちに大きな可能性を見せていたのです』
「……俺はずっと俺のままだ。何も持っていないからこそ、使える物を姑息に使って策を弄する小賢しい奴なんだよ」
『うふふふ……プレイヤーネーム サクリファクト。それこそが、あなたです。しかし……』
「しかし、なんだよ」
『…………敵は強大なドラゴンです。以前のワイバーン型ドラゴンとは違い、完全な力と歴戦の経験を持ち、尻尾10本分の命を持った耐久型の存在。いくら多くのトッププレイヤーを揃えたとて、大きなドラゴンとちっぽけなプレイヤーでは差が歴然でしょう。その上にヒールでの回復が不可ともなれば、単純な力で押し切るという戦い方には、大きな不安が残ります』
「ああ、それは大丈夫。きちんと策は用意済みだぜ」
『……このまま行けば、敗色は濃厚です。そんな現状を打破する戦略を、あなたはどこで見つけていたのですか?』
「見つけたんじゃない、気づいただけだ。思い出しただけなんだよ。あいつを倒すのに必要なものは、残機が10あるリスを殺しきるための策が、最初からずっと手元にあったって事にさ」
そう。これは新たな要素なんかじゃない。
あの忌々しいリスドラゴンを倒す手段は、ずっと――それこそこのRe:behindを始めた初日から、ずっと知っていたんだ。
それは、誰もが幾度も繰り返し口にしてきた、一つの言葉に隠されていたんだ。
『プレイヤーネーム サクリファクト。あなたは一体、何に気づいたのですか』
「……"二つ名" 」
『…………?』
「それは称号で、あだ名で、生き様だ。そして、それには効果がある。それこそどんな物にでも、確かにそれらしい効果があるんだ」
『そう、ですね。それが何だと言うのでしょうか』
「【死灰】であれば、灰のオーラを呼び出し、灰を操る力を得る。【正義】であれば、正義を行う時に強化がもたらされる」
『…………』
「じゃあ――――【竜殺しの七人】の、その二つ名効果は……何だ?」
『…………』
「…………」
『プレイヤーネーム サクリファクト』
「ん?」
『わたしは、あなたが大好きです』
「…………」
◇◇◇
【竜殺しの七人】。
それはVRMMOの物語。竜を殺した七人の伝説。
そして、そうあるようにと願われて、多くのプレイヤーの意思を集めて作られたのが――【竜殺しの七人】という、ひとつの二つ名だ。
二つ名には、効果がある。
【死灰】。それは死の灰を身にまとい、それを操る男の名前。
【正義】。それは赤いオーラで自分を飾り、信念を後押しする名前。
そういうプレイヤーであったから、そういうプレイヤーだと噂がされた。
そして、それを認められ――そういうプレイヤーであれ、と、Re:behindによって応援されるのが、"二つ名システム" という物だ。
それはすべてが同じ事。
そこに例外はなく、どんな二つ名であろうとも、それなりの効果を持っている。
――――ならば、彼らが持つその二つ名は。
【竜殺しの七人】という名は、一体どんな効果を持っているのか。
きっとプレイヤーの誰もが、当の七人でさえも気にしていなかった。
なぜならそれは、得ようとして得た物ではなかったから。
なぜならそれは、効果を実感出来る機会がなかったから。
なぜならそれは、そうらしくあるべき時がなかったから。
……しかし、今日。
彼らはその名で呼ばれて以降初めての、その名の通りの状況で、その名の通りの "竜殺し" をする。
彼らの二つ名は、【竜殺しの七人】。
ならば、その二つ名を持つ者たちは。
―――― 七人寄らば、竜をも殺す。
「ギヂヂィッ!!」
「……シマリス野郎、覚えとけ」
決して寄り添えなかった七人は、"普通な俺" で繋げてみせる。
ならず者らしい悪辣な技で、聖女のヒールもかき消して。
乗り越えて来た本気プレイで学んだ、大物殺しの経験を活かして立ち回り。
七色の竜殺しが持つすべての力を、俺の策謀で輝かせてやる。
これが俺の "Re:behind"、そのすべて。
だから、今。
俺が積み重ねてきた、全部、何もかも、ありったけを。
すべてを込めて、言ってやる。
「――――俺が【七色策謀】、サクリファクトだ」
◇◇◇