第二十三話 主人公 4
◇◇◇
『なぁ、首都で座り込んでる "ラッキーな一般プレイヤー" たち。お前たちは、今……楽しいか?』
「…………」
……楽しい訳がない。
先日の戦いの中で、ラットマンに殺されたんだから。
慢心と油断からあっという間に囲まれて、思うがままにギタギタにされた俺は、死亡判定を受けた。
そして、ストレージ内の金とステータス減少という "死亡時ペナルティ" を与えられて。
普通であったらそれで終わりなはずだったけど、今回のデスペナはそれだけじゃあなかった。
出処が不明な "心の根っこに絡みつく恐怖感" も、強引に植え付けられてしまった。
だから、こうして足をガクガクさせながら、首都で惨めにひぃひぃ言うばかりんだ。
……楽しくないし、辛い。もううんざりって気分だ。
『……多分、いや確実に面白くないよな。最高につまんないし、最悪にキツいだろう。その上変なやり方で立てなくされて、精神にデスペナを貰ってる感じだっていうんだから、これ以上ないほど楽しくないはずだ』
「…………」
ああそうだ。まったくサクリファクトの言う通りだ。
面白くない、つまらない、キツい。そんな気持ちを持ったまま、月額はまだしも一万円からするダイブ料まで払ってゲームを続けている理由が……当の俺にすらわからなくて。
……俺は、何がしたいんだろうか。
もう生活の一部になっているから、ダイブするってのが基本になってるのか?
自分は戦えないながらに、リビハの行末を見守りたいのか?
それとも。
とりあえずダイブすれば、何とかなるかもって、思っていたのかもしれない。
『それはその恐怖を知らないけど、絶対キツいってわかってる。だってこんなに有名だ。"外来種にキルされると、立てなくなる" っていう謎の仕様は、その認識がここまで広まるほど強烈な物なんだろう』
「…………」
『怖いよな。苦しいよな。俺もこの世界の "死" にトラウマを持った事があるから、そういう意味では少しはわかるよ。マジでキツいんだよな、そういうのって』
「…………」
『普通だった昨日が、何も起こらない平坦な毎日が、とても幸福な物に思えちゃうんだよな。それをずっと見上げるほどに、今の自分は崖の下にいるんだ。"首都で座り込む一般プレイヤーたち" ってのは、そんなどん底にいるんだろう』
わかってる。俺自身が一番。
今が、俺のリビハの中で、もっとも苦しい瞬間だって。
こんな気持ちになるとわかっていたのなら、きっとリビハをやってない。
たかがゲームでこうまでガタガタ震えてしまうなんて、喜ぶやつは誰もいないはずだ。
……俺は今、どん底だ。
だから誰かに、主人公に――助けて欲しい。
……サクリファクト。
お前が言う "ラッキー" ってのは、お前がコレをどうにかしてくれるって事なんだろ?
だったら、そうしてくれ。一刻も早く。
こんな辛いのは、惨めなのは……もう沢山なんだ。
『そんなお前らを、俺が助けてやる。その地獄の底から、引っ張り上げてやる』
「…………」
『――なんて、言わない。そんな事はしない』
「……え……」
……何でだ。どうしてだよ主人公。
こういう時にそれをするのが、お前じゃないのか。
参ってる人を助け出すのが、主人公の役目じゃないのか。
……ラッキーだってのは、サクリファクトがいるからラッキーって意味じゃ……ないのかよ。
『そんな事する訳がない。だってそれは、横取りだから。だから、そうして貰うのを、待つなよ。それってすげえもったいないと思うぜ』
「……もったい、ない?」
◇◇◇
『……きっと、いや、間違いなく。この世界に居る誰も彼もに、オリジナルのリビハ歴史があると思う。ダイブ当日の事とか、それから今までで出会った奴とか、色々あって別れた奴とか、何だかんだでずっと一緒にいる仲間とかさ。そんな奴らと一緒に過ごした毎日には、殺されかけたモンスター戦とか、新しい武器を手に入れてお披露目した日とか、職業試験に自分だけ落ちた日とか、そんな色々な物語があると思う』
「…………」
『そんなソイツだけの日常に、今――大きな展開が訪れてる。誰もが立てなくなると言われるくらいキツい恐怖に飲まれて、絶望の淵に立たされて』
「…………」
『苦しい状態だ。挫折して、今この時にリビハを諦めてしまってもおかしくない、ギリギリな瀬戸際だ。それがヤバいってのは、俺も知ってるしみんなも知ってる。"外来種に殺されたら怖い" って事は、さっきも言った通りに、それほど周知の事実なんだから』
『ふふ、横から補足させていただきます。プレイヤーネーム サクリファクトが言っているのは真実です。確かに多くのプレイヤーが、その仕様を知っており、それと同時に恐れてもいます』
『……そんな中。ラットマンは、今なお容赦なく攻めて来てる。怖くてドキドキしてしょうがなくって、"たかがゲームだ、スパッとやめちゃえばいい" って思ったりして。だけど、気になるからやめられない。リビハの世界が、プレイヤーの動向が――――そして、友人の行先が』
「……友人」
『今この時、この広い戦場のどこかでは、きっとお前たちの物語に登場した "リビハ内での友人" とか、"見知った仲間" が…… "まだ恐怖に飲まれていないプレイヤー" が、ラットマンと戦っているんだろう。懸命に、精一杯にさ』
……俺の友人、ヒポポタマッスン。
……あいつもこの戦場のどこかで、戦ってるんだろうな。
いつも俺と2人のペアで狩りをしていた、あいつ。
魔法壁役型のビルドだから、攻撃力は乏しいし、一々経費がかかって大変で……だけど魔法と剣で戦う紙装甲な攻撃役の俺が一緒だったから、なんとかバランスが取れてて、やりくり出来てたよな。
…………あいつ、無事かな。
『多分みんな、それなりに頑張ってる。出来る限り戦ってるけど……でも、さ。そこに気の合う仲間が、パーティメンバーが、相棒が隣に居なくっちゃあ、どうしたって辛いと思う。だからきっと、今はピンチだ。ああ、間違いない。何しろ友人が――お前たちが居ないんだから』
「…………」
『だけど、お前たちに助けは求めない。首都で座り込むお前たちが、立てないほど怖くて、すごく苦しんでるって知っているから。そんなお前らに無理はさせたくないって思うから――助けてなんて言わない。それを願う事はあっても、望みはしないんだ。死にたくない、助けてくれ、って声なき声で叫んでるばかりなんだ。ああ、きっとそうだ。そうに違いない』
ヒポポタマッスン。
俺と同い年くらいの奴で、どうしようもないアホだけど……誰より気の合うリビハ内の友達。
……あいつは今、どんな思いで戦っているのだろうか。
ずっと隣にいた俺がいない戦場で、どういう戦いをしているだろうか。
あいつが戦いに行く前、なんて言ってたっけ。
"ラットマンとか余裕っしょ。殺しまくりだわ。お前を殺した奴も見つけて、ギタギタにしてやんよ" とか言って、笑ってたっけかな。
真剣になるわけじゃないけど、秘めた怒りを言葉に込めて。
そうしてブサイクに、俺の仇討ち宣言なんかをしてたかもしれない。
……死なないで欲しい。出来ることなら。
何しろ死んだら、俺みたいになる。
ああ、そんなのは。
俺の友人がこんなにキツい思いをするなんてのは。
……それは、それだけは…………。
あいつが俺と同じ状況になってしまう事……それだけは……っ。
『死んだら文字通り終わる。金とステータス減少のデスペナとは別に、リタイヤを強制するペナルティがある。それが最悪だってのは、首都にいるお前らが、身を持って知っている』
「…………」
『……仮想世界で出来た友人が、今まさに、その最悪に、飲み込まれようとしてる』
「…………」
『……それって、よくないよな』
……ああ、よくない。
『そんなの、見過ごせないよな』
……ああ、見過ごせないっ。
『友人がそんな目に合うのは――』
「――駄目だッ!」
『――駄目だよな』
顔も知らないリビハだけの友人。ネットゲームの浅い繋がり。
……仮想世界で作った仮初めの友情。
そう思う気持ちも、無くもない。
だけど、あいつは……ヒポポタマッスンは、良いやつだ。
リアルの顔を知らなくても、散々顔を合わせて笑いあった。
本名を知らなくたって、あいつが作った間抜けな響きの "ヒポポタマッスン" を呼んだ。
現実では一切交流が無いけれど、剣と魔法のファンタジー内で、時間をめいっぱい共有してきた。
そんなあいつが、今の俺のように辛い目に遭うのは――――
――――俺が辛いより、駄目だ。
『自分で思い知っているから、友人には思い知らせたくない。身を持って知っている痛みだから、味あわせたくない。自分が立てないくらいに怖いから――――そうさせないため、立たなきゃいけない』
「…………」
『……立つか? 立つよな。きっとそうだ。なぜならお前たちは、今ダイブインしているんだから。友達なんかどうでもよくて、この状況でも逃げ回ってる奴は、今はもうダイブしてないはずだ。だからお前らは、立つ。立ち直るためにここにいるから。そしてそんなお前らに、俺がこの場のラッキーを教えるぞ』
「…………」
『今の局面を考えろ。このワンシーンを組み立てろ。
首都で座り込む、恐怖に飲まれたプレイヤー。
"自分は立てない。それほどの恐怖を味わったから" って言って俯いてた、惨めなお前たちの話だ』
「…………」
『そんなお前たちが、こう言うんだ。
"今の自分はとても辛い" "立てないくらいに死ぬほどキツい" "もう嫌になってしまう"
"……そして、そうだからこそ。これはそこまで辛い事だから、だからこそ……!"。
"あいつに、自分の友人に……こんな辛い思いをさせたくない!"。
"そうだ! こうまでキツい恐怖を、あいつに味あわせてなるものか!"』
「…………っ!」
『そして、覚悟する。
"自分が立てないからこそ! 友のために、立たなきゃならない!"
"自分が一番辛いから、あいつを助けに行かなきゃいけない!"
そうして地獄の底から立ち上がる、本気になる――その覚悟を決める』
「……あぁ……!!」
思わず声が出る。
サクリファクトの言葉が、俺のどこかを刺激して。
『……そうしてとうとう本気になった主人公が、満を持して一歩を踏み出す。
窮地に陥る友人の下へと、誰もが立てない恐怖を乗り越え、いよいよもって走り出す。
安全地帯を後にして、全力で友人の下へ駆けつけ……いよいよ終わりが見え始めたソイツの下へ、颯爽と現れる。
――――誰もが知ってる、死の恐怖から。
――――絶対立てないはずだったのに、そうまで力強く立ち上がって。
――――仮想の世界で知り合った、ただ仲がいい友人で、だけど誰より大事な奴を、格好良く助けに現れる』
「…………ッッ!!」
息を呑むような声に横を向けば、ずっと俯いて下を見ていた隣のプレイヤーが、食い入るようにモニターを見つめて。
その表情は、今にも泣き出しそうな、だけれど目は強く輝くような。
とても複雑で、人間味のある……リビハ特有の事細かい感情表現が、ありありと見て取れて。
……ああ、リアルだなぁ。
まるで本当に、そこにソイツが居るかのようだ。
『……お前らが今からするのは、そんなとびきりに熱くて格好いい物語の、主人公役だ。ただ友を救いに行くだけで、こんなに胸を打つ物語になるんだよ。それってすげえラッキーだろ?』
……どくり、と胸の音が大きく聞こえる。
頭の奥が熱くなり、全身が恐怖とは違う感情で震え出す。
俺は今、どん底にいる。
たかがゲームで味合わされた、謎の恐怖に包まれて。
だから、思う。だから、決めた。
たかがゲームであろうとも、怖い気持ちは現実の物だ。
あいつと過ごした思い出だってリアルな物だし、友人を大切に思う気持ちだって本物なんだ。
それは、"たかがゲームで作られた、俺の本気の気持ち" なんだ。
だから、俺の友人――あいつには、こんな気持ちを味あわせたくない。
気のいいあいつに、こんな恐怖を体験させたくない。
あいつを……俺の友人を。
たかがゲームで、そんなクソつまんない事に、させてなるものかよ。
『ラッキーだ。誰もが立てないと知られているほどの恐怖だから。
"絶望的な恐怖から立ち上がった奴" っていう、震えるほどイカした役割を持てる。
ラッキーだ。リビハが終わるかもしれない超クライマックスだから。
ここで立たなきゃ嘘だってくらい、奮起のしがいがある。
そして何より――本気になっても変じゃなくって、きっと報われる世界。そうだからラッキーだ。
仕事だとか趣味だとか、そんな色々の中のどこで本気になればいいかわからない奴だって、こうまではっきり "本気の出しどころ" を用意されれば――きっと本気になれるから。
お前らが主人公になる舞台は整ってる。
始めて本気を出す主人公の、"印象強い物語の始まり方" は、首都で座り込むプレイヤー全員に与えられてる。
さぁ、後はRe:behindを謳歌するだけだ。
……こんな熱く主役を張れる始まり方、望んで得られるものじゃないんだぞ。
俺の物語はとことん地味な始まりだったから、そういうのって憧れちゃうぜ』
◇◇◇
「…………」
俺がこのゲームを始めた時、ぼんやりと目標を描いた。
"モンスター狩りをして、格好いい二つ名を得て、レベルを上げて超強くなれたらいいな" という、シンプルで馬鹿みたいで、それでいてふわっとした夢だ。
……それらはすべて、現実では目指せないもの。
現実にモンスターは居ないし、二つ名とかも付かない。
その上、強さを求める事なんてもってのほかだ。
俺の求めたどれもこれもが、現実には無いコンテンツ。
とことんリアルに寄せた仮想世界にしか無いものだったから、強く惹かれた。
…………そうだ。そうなんだ。
俺は、現実には無いものを求めていて。
現実ではなれない自分に、なりたいと思っていたんだ。
そう思ってRe:behindを始めたんだ。
「…………」
澄み渡る空、白い雲、青い海にたくさんの自然。
現実には見られない物を求めるのが、作られた世界――仮想現実の遊び方だ。
だったら。
現実には無い青空を求めるように、モンスターとの戦いを求めるように。
現実では出来ない "真剣" を、本気で挑む……その喜びを。
それをこの世界で求めたって、変な事では無いはずだ。
そして、それをするのが、友人のためであるのなら。
そういう言い訳さえあったならば、俺は例え誰かに後ろ指をさされても……きっと笑っていられるだろう。
仮想だけど真剣に友だと思っている奴のために、心底熱くなってる大馬鹿野郎。
それは、ダサくて格好悪いけど……誰かの嘲笑なんて跳ね返せるくらいに、強い馬鹿だから。
恥や外聞、そして誰かに決められた道徳ばかりを気にする現実じゃあなくて――――いや、現実がどんな社会でも、こういう事には関係無い。
ネットゲーム。現実とは切り離された、誰かと誰かが居るゲーム世界。
その中で、まるで子供に戻ったみたいに本気のごっこ遊びをしても許されるのが、MMOって物なんだ。
だったら俺は、自分が格好いいと思う自分でいたい。
友達のためならどこまでもマジになれる、ダサくて格好いい男でいたい。
それが、俺の憧れた――――なりたい自分。
俺が一番好きな物語の、一番格好いい感じの主人公だ。
「……よし」
――ポロリ、ポロロ
……ストレージに入れていた剣を腰に刺し、歩き出そうとした俺の耳に、心地の良い音楽が聞こえた。
振り返れば、そこにはリュートを持った吟遊詩人が、しっとり微笑んで。
「……?」
「……"旅人の無事を祈る詩" です。どうか、お気をつけて」
「…………ああ、ども」
ロールプレイヤーってやつだ。気取ってリュートを静かに鳴らす、気障な吟遊詩人をする人だ。
その "RPGのオープニングのような音" を背に首都の西門へと向かえば、湧き上がる高揚が足の運びを早くした。
「……おい、兄ちゃん」
「……?」
髭面のおっさんプレイヤーが、声をかけてくる。
仏頂面で偏屈な様子は、いかにもファンタジーの鍛冶師という感じだ。
「……なまくらじゃラットマンは斬れねぇ。武器の点検は怠るな」
「あ……はい」
「違和感があったらすぐ持ってこい。ワシが見てやる」
「……あざす」
「それと……ずいぶん軽装だな?」
「…………?」
「……一応言っといてやる。"防具は装備しなくちゃあ、意味がないぜ"」
「……ははっ……わかってますよ」
ニヤりとしながらファンタジーの鍛冶師っぽい事を言うヒゲのおっさんに手を振り、歩みを進める。
戦いを終えたらここに来よう。ああいうタイプは、きっと腕がいい。それがファンタジー物の相場ってもんだ。
「なぁ、そこのアンタ」
「……?」
今度は目つきが鋭い錬金術師だ。
何かの毛皮の上にポーションの小瓶を並べ、臨時の露店を開く奴。
「アンタ、ラットマンを倒しに行くんだろ? ポーションはちゃんと持ったか? あいつらと戦いに行くんなら、特別に安く売ってやるよ」
「……いや、持ってるから……大丈夫」
「そっか、じゃあ、頑張ってな」
「……ういっす」
「あ、ちょい待ち!」
「…………?」
「これ、持ってきな」
「……これは?」
「"清涼のポーション" っていうんだ。ただ頭がスッキリするだけの代物だけど、アタシからの餞別だよ。"竜殺しの加護をアンタに"、ってな」
「…………あざす」
「頑張れよ! 絶対死なずに帰って来いよな! そんで帰ったら、ウチの店でポーションの補充しろよな!」
「うっす」
……貰った "清涼のポーション" 。それを陽にかざせば、濁ったガラス瓶の中で、こぽりと液体が揺らめく。
これはお守りにしよう。勝って帰ったら、勝利の宴で一気飲みするんだ。
◇◇◇
――――優しげな裁縫師が居た。
「服も心も、千切れない限りはなおせます。危険を感じたら、心か服が破けそうになったら、即退却して下さいね」
そう言って、布地を縫うのを止めて俺に手を振った。
――――無表情なヒーラーが居た。
「怪我をしたらここに来て下さい。かすり傷から部位の欠損まで、綺麗に治してあげますから。ヒール屋なので、お金はちゃんと貰いますけどね」
仏頂面でビジネスライクだけど、快く送り出してくれた。
――――ニコニコした吟遊詩人が居た。
「帰ってきたらあなたの話を聞かせて? 新しい詩を作るの。"戦士が再び剣を取る詩" っ!」
今から作る俺の英雄譚に、大きな期待を寄せてくれた。
――――厳かな女司祭が居た。
「精霊様はいつでも見守っております。さらなる守護をお求めでしたら、こちらの寄付箱へご相談ください」
ファンタジーにたまに居るゲスい教会NPCみたいな事を言って、たおやかに微笑んだ。
――――陽気な羊飼いが居た。
「僕の『七色羊』が一匹逃げちゃったんだ。見つけたら連れ戻してくれないかい?」
RPGのサブクエストっぽい呑気な事を言って、隣の羊の毛を撫でた。
――――あらくれ冒険者が居た。
「おう! 今日はいい風が吹いてるぜ? 絶好のネズミ殺し日和……ってな! だはは!」
天候が変わらない世界で天気を語り、豪快に笑いながら、背中をバンバン叩いてきた。
――――その他たくさんのプレイヤーが、西へと向かう俺に言う。
「おおい、頑張れよ!」「右舷の動きが怪しいらしいぜ」「頼んだぞ!」
「きっと大丈夫」「スピカは中央だ! ヤバかったら中央に逃げろよ!」
「俺の仲間が死に戻らねえんだ。どこかに隠れてんだよ。助けてやってくれ」
「【聖女】は西奥だ、決して近寄るんじゃないぞ」
「ここで待ってるからね!」「行ってらっしゃい!」
……ファンタジー世界の住人たち。
どこかの誰かのキャラアバター。
そんなリビハプレイヤーたちが、荒野へ向かう俺に声をかけてくる。
それは決して、俺にだけ言っている物じゃない。
近くを通る戦闘職に無差別に投げかけて、リビハを救おうとする兵隊たちをがむしゃらに鼓舞する言葉だ。
…………だけど。
今の俺には、燃えたぎるような勇気が湧いた。
それを言われた自分が、特別だと思えたから。
誰も彼もが俺の背中に声援を贈り、無事と勝利を祈ってて。
世界を救ってくれと、友を助けてあげてくれと、力強く応援してくれて。
それはまるで、一人用RPGの――勇者が旅立つ、はじまりのシーン。
様々な生き方をする色とりどりのプレイヤーが、首都から出立する俺に声をかけて、何かを託して手を振って。
その一つ一つの生き様から生まれた言葉が、どうしようもなく心に響く。
モニターに映るサクリファクトも、2525ちゃんねるで噂されるマグリョウも、みんなに人気なクリムゾンも。
俺の隣で震える足を乱暴に叩き、覚悟を決めて立ち上がった戦士も。
指笛で騎乗生物を呼び出し、風のように駆け出した狩人も。
むにゃむにゃと魔法を唱えて、空へ飛び立つ魔法師も…………
…………そしてもちろん、この "モリヒト" も。
誰も彼もが "一般プレイヤー" 。そしてそれぞれの話の主人公。
俺にとっては、友のために恐怖を乗り越え、友のために身を奮い立たせる――俺こそが主人公だ。
…………ああ。
これがサクリファクトの言っていた事なのか。
"俺は俺の主人公" というのは、こういう事だったのか。
周りのプレイヤーは、世界は、今までと何も変わっていない。
だけど、俺が自分を主人公だと思った途端に――世界のすべてがそう見える。
…………今行くぞ、ヒポポタマッスン。
友人であるお前には、こんな怖い思いをさせたくないんだ。
――――だから今、モブキャラの俺が。
最高に格好良く、俺だけの主人公らしく、お前を助けに行くからな。
『――――Re:behind運営からのお知らせです』
『現時点をもって、プレイヤーネーム モリヒトには、"サポート・システム・メッセージ利用権限" が与えられました。担当はワタクシ、"P-05 Cyllene" が致します』
『それでは、ゲームスタートです。
Dive Game Re:behindへようこそ、プレイヤーネーム モリヒト』
『 "We`re behind You" 』