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第六話 俺の現実

□■□ 首都東 海岸地帯 □■□




 新人教官ウルヴさんが言っていた。

『各エリアには、ちょっと格の違うモンスターがいる』と。

『増えすぎたモンスターの削除や、狙われすぎるモンスターの保護、やりすぎたプレイヤーへの制裁装置として働くヤツがいる』と。


 生態系が独自のアルゴリズムによって監視されているこの世界、そこで振るわれる、システムによる修正機構。Re:behind(リ・ビハインド)の世界を制定するバランサー。

 それは各地に少数存在して、動くべき時にだけ動くらしい。


 それをずっと強化した物が、圧倒的存在の『ドラゴン』。

竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】だけが倒せしめた、本来は絶対的な存在。



 つまりは、この『鬼角牛』も……その性質を見れば、小さめなドラゴンって所だろう。世界のバランスを取る役回りな訳だからさ。

 …………と言っても、この程度の強さであるなら、熟練プレイヤーに取っては()()らしいけど。



 そう。

 熟練プレイヤーにしてみれば、狩りの対象でしかない。

 しかし――――それでは、俺たちにとっては?


 そんなの、決まってる。


 不運が呼び寄せた、最強最悪の…………死神でしかない。




     ◇◇◇



「やべぇ……っ!! どうする!?」


「どうするって、逃げるしかないだろ…………」


「貝とか網とか、置きっぱなしだよっ?」


「命あっての物種と言いますからね……」




 こちらを真っ直ぐ見据える『鬼角牛』。

 鼻息は荒く、砂浜を掘り返すように足を動かしている。

 こうまで目があっていたら、こっそり逃げ出すなんて選択肢は無いだろうな。




「"死亡時ペナルティ(デスペナ)"受けるくらいなら、置いて行ったほうがいいだろっ」


「リュウとロラロニーちゃんの生活費はっ? 月額も払えなくなるよ!」


「リアルで何でもすればなんとかなるっ」


「俺の事ぁ気にすんなよまめしばぁ……お前ら、走れッ!!」




 何を思ったのか、リュウが赤い髪を揺らしながら鬼角牛に突っ込む。

 自分の犠牲で皆を逃がすつもりか? 馬鹿野郎。考えなしにそういう事をして――――




「オラァッ!! ウシ野郎ッ!! 俺っちの髪を見ろッ! 瞳もだッ!! 赤くてたまんねぇだろぉ!? 来いやぁッ!!」




 ……そうか、お前なりに考えた事なのか。

 大方、最初に見つかって連れてきた責任でも感じてるんだろ。馬鹿だしな。




「リュウジロウくんの勇気を無駄にしてはいけません、一先ず我々は退散しましょう」


「で、でもリュウくんが…………」


「ロラロニーちゃん、アイツがかっこつけたんだから、そうしてあげないとさ……」




 何で一番に金が無いリュウが死ぬんだ。

 アバターが持つクレジットが少ないって言っても、ゼロじゃないだろ?

 なけなしの金失くして、初期装備からランクアップさせた新品の剣も失くして。

『リアルで仕事してRe:behind(リビハ)するのは、敗北みてぇだ』って言ってたお前が進んでソレをやるのかよ。

 …………馬鹿じゃねーの。




「サクちゃん、行こうよっ」


「サクリファクトくん……」


「さぁ、リュウジロウくんが誘き寄せるのも限界があるでしょう、行きますよ」




 何でかな、動けない。

 鬼角牛に睨まれた時とは違う、俺の頭の根っこの部分が、逃げ出す事を拒否してる。

 落ち着け。冷静になれ。俺はそういうタイプだろ。

 いつでもクールに一歩引いて、アホな事するリュウやロラロニーを横から呆れ顔で見つめる役回り。


 盛り上がる場所で後ろからそれを眺める役。

 はしゃぎすぎでアホをやらかす奴らを嗜める役。

 やれやれって言いながら、本気にならない……本気になれない役。

 そうだろ。そうして来ただろ。


 リュウが馬鹿やって、俺はそれを冷めた目で見て、呆れた顔をしながらさ。

 そうした中で冷静に、一番安全でまともな選択をするのが…………いつも通りって物だろ。




「ねぇ、サクリファクトくん?」


「……なんだよ」


「…………がんばる?」




 クソ。ロラロニー。

 怖いぞ、わかってんのかよ。辛いしキツいし、もしかすると痛い事だってあるかもしれないんだぞ。

 お前が、一番に争い事が苦手なお前が、どうしてそんな――――――。



「私、サクリファクトくんが言うなら……がんばるから」



 どうしてそんな――――そんな事を、言えるんだよ。

 誰より一番、怖がりのくせに。



 クソ。チクショウ。

 とぼけた事言いやがって。



『がんばる』って、なんだよ。何をだよ。

 クソ。俺だって。

 俺だって、負けるかよ。






「すまん。俺は……逃げたくない」






「ちょ、ちょっと待ってよっ! なに!? 鬼角牛アレと戦おうって事!?」


「そうだ」


「サクリファクトくんらしからぬ発言ですね。明らかに格上ですよ」


「そうだな」


「私も、頑張るよ」


「ロラロニーちゃんまで……一体どうしたのっ!? 二人とも、そんなキャラじゃないじゃんっ!」




 勝手な事を言ってるのはわかる。無茶なのも。

 だけど、それでも。どうしても引っかかってる事があるから。




「…………この前の、金稼ぎの案を出した時。俺の案は却下された」


「……あの時とは状況が違うよ」


「そうだ。それでも……俺は、どうしてもこの世界から一歩引いてて。いざとなったら逃げればいいって。そう思ってたのは、事実なんだ」


「…………」




 うじうじ男らしくない事だけど、俺なりにずっと考えていた。

 ダイブアウトしたって、その事で頭がいっぱいだったんだ。


Re:behind(リビハ)で稼げなくたって、現実で稼げば良い』って、情けない事を考えてた自分。

 誰も彼もが必死で、このゲームだけでやりくりしようと頑張ってるのに。

 それを小馬鹿に見つめて、斜に構えて格好つけてた。


 本気でゲームするのがアホらしいとか、何かに全力を出す事が恥ずかしいとか、色々あっての事だけど。そういう自分を再認識して、嫌で嫌でたまらなかった。


 まるで、真剣にやってるコイツらの、本当の仲間じゃないみたいで。




「俺は、この世界できちんと生きたい。ここで稼いで、月額も税金も何もかも、Re:behind(リビハ)プレイヤーとして払いたい。俺はRe:behind(リビハ)で気のいい仲間たちと毎日生きてるんだって! 俺自身が思いたい!」


「…………」


「逃げたくないっ!! 男として、Re:behind(リビハ)プレイヤーとして、保証のない命をかけて立ち向かいたいっ!! 現実の消化試合みたいな平坦な人生じゃなくて、この厳しい世界で全力で生きてるって、俺自身を納得させたい…………。我侭だってわかってるけど…………ごめん」




 止まらない。心に引っかかってた物が、栓が抜かれて溢れ出す。

 逃げたくない、ちゃんと自分の力で、死ぬ気で勝ち取りたい。


 海も空も、地面も森も、小さい魚から大きな猛牛だって。

 そういう仮想の自然と真っ向から向き合って生きていたいから、だから。


 泣いて、苦しんで、怒って……最後に、出来れば笑って。

 仮想の中で、本当の気持ちを"パーティメンバー(仲間たち)"と共有したい。

 だからさ。


 キャラじゃないけど、逃げたくないんだ。

 ガキみたいな、我侭だけど。




「……はぁ。なぁんか……サクちゃんも男の子なんだねぇ。歳下だった筈だし」


「ふふふ、そういうキミに、勝算は如何ほどあるのですか?」


「わからん。だけど、無茶とも言えない程度にはある……と思う」


「頑張ろうよっ! 私も、出来る事は何でもするよっ!」




「もう。仕方ないなぁ。撮れ高になるんでしょうねっ」


「例え負けたとして、鬼角牛の蹂躙動画としてアップすれば良いだけでしょう」


「や、やな事言わないでよキキョウ……」




「すまん、お前ら」


「まぁ、たまには冒険しないとね。何よりサクちゃんのお願い聞いとけば、あとで何かして貰えるかもしれないしぃ?」


「いいですね。貸し、と言う事で……ふふふ」


「じゃあ私も、今度ジュース買ってね~」




 リアルじゃ顔も知らないけど。

 泣けてくるほど気のいい奴らだよな、本当にさ。





『キャラクタークリエイト』


 Re:behind(リ・ビハインド)におけるキャラクタークリエイトは、自由度が少ない。

 精々髪型や瞳の大きさと色に手を加え印象を変えるか、身長などを多少弄って理想に寄せる程度である。

 それ以外の部分はシステムに自動調整され、平均的な日本人顔に強制的に近づけられる。


 しかし、人物を認識するという物は精巧に見えてひどく曖昧な物であり、Re:behind(リ・ビハインド)内で会った人物とリアルで会っても大体のプレイヤーは気付かない。

 顔という物を個別に認識する事が弱められているという説すらあり、プレイヤー同士では『髪の色』『瞳の色』『装備品』で見分ける事が多くなっている。




※ そもそも現実世界の問題として、人間そのものの個体を識別する力が弱まっているという説もある。

  全てが自室内で事足りる利便性が過ぎる現代において、それは以前から提起され続けている問題だった。

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