第二十三話 主人公 3
◇◇◇
サクリファクトと "謎の声" の会話は続く。
その様子は、首都のモニターを通じて、外来種にキルされた恐怖で立てない俺たちの目に映っている。
サクリファクトが言う、"Re:behindに真剣になる事は間違いではない" という理屈は、確かに納得させられる部分があった。
だけど、じゃあそうするか? と問われたら、答えにつまる。
俺は、たかがゲームに本気になるってのは、ひどく恥ずかしい事だと考えている。
周りに笑われて当然の愚行で、現実から逃げ出した奴だけが選ぶ、負け犬の選択だと。
そう考え、それを叩き棒にして散々サクリファクトのような奴を叩いてきた俺だから、自分がそちら側に行くのが……馬鹿にされる側になるのが、とても嫌なんだ。
『――って言ってもさ。Re:behindはマジになる事を運営が推奨してて、だからマジにってもおかしくない。それは確かにそう思うけど……』
『ふむ?』
『だからと言って、"Re:behindに本気にならなきゃ間違いだ!" とは、これっぽっちも思わないんだよな』
『……あら、そうなのですか?』
『はい、そうなのですよ』
『……わたしの真似っこですか、プレイヤーネーム サクリファクト。ところであなたはご存知ですか? 会話をする相手と同じ言葉を選び、近い存在である事をアピールするのは、その相手の仲間になろうとする求愛の一種だと言われているのです。様々な方向性のある他者との交流手段の中でも、素晴らしき上位に位置する親睦の深め方で、熱烈な親愛表現の一種と言われているのです』
『あ、もう真似しないわ。今のはミスだわ。二度としないわ』
『……もう。素直じゃありませんね』
『わかった、素直になる。俺はお前が大嫌いだ』
『あらまあ』
◇◇◇
『さて、プレイヤーネーム サクリファクト。話を続けて下さい』
『……俺はさ、ゲームをゲームとしてやるってのは、すごく良いことだと思うんだよ。どれだけリアルに食い込んでいたって、どうしたって趣味で娯楽なんだしな。だから結局、自分が一番楽しいようにやらなきゃ、それこそ嘘だと思う』
『ふむ』
それはそうだ。
いくらこのRe:behindがそういうゲームだからと言っても、そういう遊び方だけが正しいって訳じゃないはずだ。
たかがゲームと割り切って、刹那的にプレイする事だって、一つの正しいプレイスタイルであるはずだ。
そうして遊んでいる俺がそれなりに楽しんでるんだから、わざわざ恥を晒して本気になるなんて、バカバカしくて、意味がわからない。
……ああ、そうだ。
ゲームにマジになる意味が、そんな格好悪い事をした先でどうなるのかが、俺にはわからないんだ。
『だから俺は、一歩退いたスタンスでVRMMOをするって奴を否定はしないし、本気になれなんて偉そうな事は言わないよ。だけど、知って欲しいとは思ってる』
『……知る、とは?』
『――――俺ってさ、すげえ地味だよな』
『はい、地味ですね』
『……うん、いや、まぁ……お前はもうちょっとこう、オブラートに包んだりしろよな』
『ふふふ……ですが、事実でしょう?』
『事実は事実だけどさぁ……お前に言われるのって、なんかアレだ。シャクに触るって奴だぜ』
『あらあら。ヒトとは複雑な生き物ですね、ふふふ』
……サクリファクトは、間違いなく地味だ。
顔つきも別段男前って訳じゃないし、背丈も体型もごく普通。それに加えて何かの才能があるわけでもないと思うし、キャラクタービルドだって "ならず者" というありふれた職業単一のドノーマル。それは俺も知っている。
……そして、だからこそ。
そんな平凡で無個性なあいつがあんなに主人公っぽいからこそ、俺や他のプレイヤーはより一層に苦々しく思ってしまうんだろう。
マグリョウならいい。変わっているから。
クリムゾンならいい。特殊な人だから。
だけど、サクリファクト。お前は……そうじゃないだろ。
お前は何の変哲もない人間だろ?
俺たちと同じ、ただの "一般プレイヤー" でしかないだろ?
…………だったら、そうして特別な存在になるなよ。
俺たちと同じであるはずなのに、自分だけ良い思いをするなよ。
『……俺は地味で、普通な男だ。両親も普通だし、じいちゃんばあちゃんも普通だから、生まれも経歴も全部普通だ。何の特徴もない日本国民だ』
『ふふ、はい』
『だけど俺は、【七色策謀】サクリファクトだ』
『そうですね』
『【新しい蜂】だし、【死灰の片腕】だし、【金王の好敵手】だし【黒い正義】だ。竜殺したちと仲が良くて、この前はリスドラゴンをすげえ格好良くぶっ倒したいい感じのローグだ。この世界においては、ちょっとだけ一目置かれる存在なんだ』
『そうですね。二つ名とは、成功と偉業を示すもの。あなたは間違いなく、一目置かれていると言えるでしょう』
『そうだ。俺は、成功者だ。有名人だ。誰かに憧れられるプレイヤーであり、特別にオンリーワンな一人で、紛れもない主人公なんだ』
……サクリファクトが自慢をする。
羨ましいだろ? って、顔をして。
……本気でプレイするメインキャスト、VRMMOの主人公か。
…………ふざけんなよ。
お前が自分を主人公だと思えているのは、色々な好都合があっての事だろう?
運良くドラゴンに遭遇したり、運良くリザードマンと対峙したり、運良く【竜殺しの七人】と知り合えたり――――そういう事があったからこその "本気" で、その結果が "主人公" だろ。
……お前はそうかもしれないけどな。
…………俺は、俺たちは、そうじゃないんだよ。
ただただ普通にネットゲームをしているだけで、ドラマなんて起こらない。起こらなかった。だからきっとこれからも、起こりはしないだろう。
そんな毎日の積み重ねがあったから、こうして脇役じみた生き方しか出来ていないんだよ。
ああ、俺はお前が羨ましいよ。そんな風になれればいいなと思うよ。
だけど、なれない。なれなかった。なれっこないんだ。
何しろ俺は、"MMOの中の特別な一人" じゃないんだから。
『主人公ですか』
『そうだ。だから俺は、毎日がめちゃくちゃ楽しい。気の合う仲間と共に主人公らしく狩りをして、デカい奴をぶっ倒してさ。その後は、気兼ねなく話せる知り合いの店で駄弁ったり、誰かに指さされながら噂をされたりしてさ。そりゃあRe:behindを、最高に楽しみまくってるよ』
『それはなによりです』
『――だからそれを、知ってほしい。俺がこんなに楽しんでる事を知ってほしい。すべてが平凡で、才能なんて何もなくて、その上最初は "たかがゲームだ" と言っていたこの俺が、こんなに明確に主役を張ってて、毎日をめちゃくちゃ楽しく過ごしてるって事を』
『ふふふ、いいですね』
『ああ、良いんだよ。俺はこんなにガチでエンジョイしてる。"楽しもう" と思って始めた娯楽を、思い切り楽しんでる。そしてそれらすべてのきっかけになったのは――――本気で遊んだからだ』
『本気、ですか』
『本気じゃなかったら、"鬼角牛" からさっさと逃げ出して、クリムゾンさんには会ってなかっただろう。本気じゃなかったら、リスドラゴンに仲間が食われるイベントから逃げ出して、今のパーティは解散していたと思う。本気じゃなかったらマグリョウさんとも友達になれていないし、【天球】とも【殺界】とも【金王】とも……そしてカニャニャックさんとも仲良くなれていなかったと思う。俺の今を、主人公っぽい日常を作ったのは、すべてが俺の力によるものだ。誰かに与えられたんじゃない、本気になるって生き方で、自ら掴み取った物なんだ。だから最高に楽しいんだよ』
……楽しい、か。
ああ、きっとそうだろうな。
それほどまでに成功して、あんな活躍が出来たなら、それは最高に楽しいんだろう。
そんな、サクリファクトやマグリョウのような "特別な奴" に対して思っていた事。
そうした成功と活躍に、必要だと思っていた条件。
それは、Re:behindにおいて "運命力" と呼ばれる、運営による特別扱いでエコヒイキだと思っていた。
【正義】のクリムゾン、【死灰】のマグリョウ、そして【七色策謀】のサクリファクト。
そんなRe:behindの有名プレイヤーたちには、いけ好かない運営による特別扱いがあるんだと……それがあるから特別なんだと、そう思ってた。
…………だけど、それは。
本当に、そうだったのか?
もし俺が、サクリファクトと同じ状況になったとして。
海岸地帯で【聖女】に殺され、リザードマンに攫われ、たった一人でシマリスドラゴンと対峙して――――そんなイベントに巻き込まれたとして。
俺があいつと同じ状況に陥っていたとして。
そんな名をあげるチャンスに出会った時に、それをきちんとモノに出来ていたのだろうか。
……俺は、今のあいつみたいに、なれていたのだろうか?
俺に特別な存在になる機会は無かった。
……無かったと思っていた。
だけど本当に、そうだったのか?
本気ではないから、それを逃していただけだったりはしないか?
……ゲームに真剣になる事を "馬鹿らしい" と鼻で笑って、自分の全力を試す事を、人に評価される事を怖がっていた俺は。
特別になれたのに、なろうとしなかっただけなのか?
『……そんな俺の物語、そのすべての始まりは――――たかが鬼角牛だった。激強で最強の存在でもないし、勝った所で誰かに褒められる訳でもないモンスターだ。そんなあいつは、今ではすっかりちっぽけに見えるけど……あの時の俺たちにとっては、明らかに格上でさ。眼の前に立つのはすげえ怖くて、そんでしっかり強かった』
『ふふ、そうなのですか』
『絶対勝てない、戦う理由もない。そんな鬼角牛に、俺たちは立ち向かった。"なんか逃げたくねえ" っていう、俺の身勝手なプライドだけを頼りに、パーティ全員で立ち向かったんだ』
『良い思い出ですね』
『……うん、そうなんだよ。結局最後は【正義】のクリムゾンさんに助けて貰っちゃったし、そこで二つ名を得たりもしていなくてさ。大半のプレイヤーにとっては、取るに足らない話だったと思うんだ。……だけど俺にとってはそうじゃない。あの時こそが俺のRe:behindの始まりで、最高に思い入れのあるオープニングイベントだ。なぜならそれは――――このゲームに、始めてマジになったゲームスタートの瞬間だったんだから』
『……はい、うふふ。ふふふ』
『罠にハメた時、やってやったぜって思った。ロラロニーが魚を投げるのが上手くて、"やるじゃん!" って言いたくなった。リュウは太刀筋が痛烈だし、まめしばとキキョウの合体技もすげえ格好良くてさ。金も名声も何も得てはいないけど、すこぶる爽快だったんだ。俺は昨日と同じゲームをしているはずなのに、ただ本気になっただけで……こんなに楽しいのかって。たかがゲームの出来事で、運動会で全力疾走をした時みたいに、歌のコンクールで精一杯喉を鳴らした時みたいに、何も得られない無駄な事に全力を費やして、その先で勝っただの負けただのを、こんなに本気で味わえるのかって』
『ふふふ、素晴らしいですね』
『俺は普通だ、平凡だ。それはつまり、みんなと同じ存在だって事だ。何でもない有象無象の中の一人なんだ。だから、俺はみんななんだ。今も昔も俺は "一般プレイヤー" なんだよ。だから、そんな "一般プレイヤー" が主人公になった形の一つが、サクリファクトというプレイヤーの日々で、そういう一つのプレイ日記……物語なんだ』
『物語……うふふ、はい。そうですね、ええ』
『そしてそれはもちろん俺だけじゃない。それぞれジャンルは違うかもしれないけど、みんないずれかの物語の主人公だ。
マグリョウさんも主人公だ。クールで熱い孤高の軽戦士が魅せるダークファンタジーだ。
クリムゾンさんも主人公だ。信念を貫く正義のヒーローが活躍する英雄譚だ。
スピカも主人公だ。綺麗な星座で皆を守る、可愛らしくてマイペースな魔法少女を描く日常物だ。
ジサツシマスも主人公だ。自身の探究心にとことん素直で、ちょっとサイコなくノ一がまとめた研究記録だ。
アレクサンドロスも主人公だ。金とスペルを使いこなして全てをねじ伏せる、最強の魔法師が俺TUEEEするチーレム物語だ。
ヒレステーキさんも主人公だ。筋肉がすべてと言い張って、筋肉に情熱を燃やしまくる愛すべき馬鹿とその相棒が生み出すナンセンスギャグだ。
チイカは……まぁ、知らねーけど……なんやかんやあって主人公なんだろ、多分』
『…………』
『そしてもちろん、俺も主人公だ。鬼角牛と対峙して、リスドラゴンにヤラれまくって、PKになんかされそうになって、リザードマンにボコられて……その度に助けられたり助けたりして、自分で自分のネトゲ物語を作ってきた主人公なんだ』
『はい』
『MMOをするプレイヤーには、誰にも彼にも物語がある。独自の歴史があって、個性的なストーリーがある。そして何より、代えの効かない思い出がある。それは人に貰うもんじゃなくて、自分で作る物なんだ』
『ふふふ、自分で作る、ですか……ああ、良いですね』
『そりゃあ時には誰かの添え物になる事だってあるだろうし、誰かの引き立て役になる場合もあるかもしれない。だけどそれも、そういうワンシーンだ。そういう展開ってだけなんだ。ファンタジー世界で生きるMMOは、誰もがみんな自分だけの主人公なんだよ』
『そうですね、ええ、そうでしょう』
『本気でプレイするってのは、それを自覚する事だ。俺がゲームを楽しむために、俺だけの物語を作るために、全力出して生きてやる……って、自分の胸に誓う事だ。それは選ばれた奴にしか出来ないもんじゃなくて、誰にでも選べるプレイスタイルで――すげえ楽しい遊び方なんだよ』
……羨ましい、と思っていた。
なんであいつだけ、とも思っていた。
そこまで思い至っていたのに、俺は気づけていなかった。
サクリファクトがどうしてああなったのか。何をすればああなれるのか。
サクリファクトが一番最初に目立つきっかけとなった、海岸地帯でのリスドラゴン戦。
あれは、あいつがゲームを始めてから……一ヶ月くらいの事だったと、2525ちゃんねるで見た気がする。つまりあいつは、始めから勢いよくドラマに巻き込まれた訳じゃなく、一ヶ月もの間、どこかで何かをしていたんだ。
その内の一つが、鬼角牛との戦いなんだろう。
……鬼角牛。確かに強いモンスターだ。だけど倒せないほどの敵じゃないし、俺だってパーティを組めば難なく倒せる。
だけどそれを、ゲーム開始一ヶ月でやる奴は……あまり、居ない。やる意味がないから。
普通のプレイヤーならパーティを組んで倒せるし、トップ層ならソロでも余裕で狩れる存在。
それをどれだけの初心者が倒した所で名前は売れないし、"ああ頑張ったね" くらいにしか思われない。
だったら、リスクを背負って命をかけて、アイテムを浪費しながら無駄に頑張るってのは……無意味だ。
……だけどそれを、サクリファクトは、やったんだ。
ただ自分が逃げたくないから、必死になりたいから……本気を出したいから。
信頼できるパーティメンバーと一緒に、強大な敵に立ち向かって、本気で勝った負けたを楽しみたいから。
それは、眩しいくらいに、物語の主人公だと思う。
それを言い出したサクリファクトも、それに付き合ってやったパーティメンバーも、どっちもが主人公らしいと思う。
剣を持って暴れ牛と対峙するっていう非現実的な場面で、みんなで熱く真剣になって、ただプライドを賭けて立ち向かうっていうのは――――間違いなく主役のしぐさだろう。
そしてその上……それは、いつでもどこでも、誰にでも出来る行動だ。誰でも起こせるイベントだ。
それをする決意さえあれば、誰だってそういう事が出来るのが、Re:behind、そしてMMOなんだろう。
…………あいつのようになるために必要だったのは、口を開けて "特別扱い" という餌をねだる事じゃなく。
自分の手で、"特別" を、主人公になろうとする意思を、掴み取る事だったのか。
自分の決意一つで選び取れる、 "真剣さ" という名の、自分の手で。
◇◇◇
『ゲームに真剣になり、自らを主人公だと思えば、素晴らしい日々が待っている。それは確かにそうかもしれません。しかし、何の特別な所も持たない "一般プレイヤー" は、果たしてそれを目指して良いものなのでしょうか?』
『うん、そう思うだろう。だから俺は……俺を見て欲しいって思う』
『プレイヤーネーム サクリファクトを?』
『ああそうだ。俺を見て欲しい。いや、俺を見ろ。本気でプレイする事の意味を知りたいなら、こうまでひたむきにゲームを楽しむ俺を知れ。恥も外聞も気にせず本気でプレイした先の景色は、こういうもんなんだって教えてやるからさ』
『ふむ』
『俺みたいな存在は、誰かの未来だ。誰しもが持つ可能性なんだよ。だから、目がくらむような成功を収めた俺を見て、その可能性を知ってほしいと思うんだよな』
『それは、どのようにして知って貰うのですか?』
『俺が楽しむ。【七色策謀】の俺がめいっぱい本気を出して、二つ名を広めまくって、思いきりみんなに見せつけてやるんだ』
『ふふふ、目立ちたがりっこですね』
『だってさ、教えてやらなきゃわからないだろ? ゲームに本気を出した時、どうなるのかってはさ。だから俺が、まだ主人公になれていない――これから主人公になる "一般プレイヤー" たちの可能性を、本気を出した末の未来を、見せてやるんだ。"こっちは最高だぜ、お前も来いよ" って言ってさ、手を引いてやるんだよ』
……そうか、そうだったのか。
お前が自慢げに自分を主人公だと言うのは、決して俺たち "一般プレイヤー" を馬鹿にしているのではなくて。
"お前らもこうなりたいだろ? なれるんだぞ" って、ずっと教えてくれていたのか。
……お前の事を嘲笑っていた俺たちを…………。
お前が心から楽しいと思う場所に、ずっと誘ってくれていたのか。
『…………手を引く、ですか? そうする人を応援するのではなく……"We`re behind you" ではなく?』
『そりゃそうだろ。だってさ』
『……だって?』
『背中を押すのは、頑張ってねって応援する役目の奴がする事だ。俺は応援するんじゃなくて――手を引いて一緒に "本気でプレイするダイブ式MMO" をするんだよ』
『…………』
『頑張ってね、じゃない。頑張ろうぜって言うんだ。MMOってのは、そうやって誰かと遊ぶのが楽しいんだよ』
……サクリファクト。
お前は。
お前だけは。
まだ、諦めていなかったんだな。
"VRMMOをプレイする一般プレイヤー" が、主人公になる事を。
俺たち自身は諦めていたのに、お前は諦めていなかったのか。
こんなにみっともなくて。
こんなに情けない俺たちが。
お前のように決心をして、これから楽しく、本気でゲームをする事を。
お前だけは、ずっと待っていてくれたのか。
……お前、頭、悪いだろ。
俺たちは、ずっとお前を "馬鹿じゃねーの" と言って、ダサいとか格好悪いって言ってたんだぞ。
2525ちゃんねるで悪口も書いたし、二つ名を大きくしたくないから故意に【七色策謀】とは呼ばないようにもしたし、いつだってお前の事を悪く思っていたんだぞ。
そんなお前のアンチである俺たちを、否定したり拒絶したりもせず……一緒に遊ぼうって。
自分がこんなに楽しいから、みんなにもそれを知って欲しいから――――そうやって手を引いて、楽しい遊び方を一緒にやろうって、誘ってくれるとかさ。
「…………」
…………なんだそれ。馬鹿だろ、マジで。呆れるわ。
本当に18歳以上かってくらい、熱くてウザくてガキみたいな奴だ。見てられないって。
「…………」
……ああ、ちくしょう。何だよもう。わけわかんねえ。
サクリファクトの野郎が馬鹿すぎて、眼の前も歪んできたじゃないか。
モニターすらも見えなくて、あいつの顔がボヤけているから……直視する事も出来なくて。
何だよ、お前。何なんだ。
ちくしょう。何だこれ。
バカバカしい。
たかがゲームで、こんな……こんな風に、心を激しく揺さぶられるなんて。
本当に……本当にさ。
わけわかんねえって。
「…………」
サクリファクト。
お前、良いやつだな。
『…………っふ』
『……なんだよ』
『……ふ、ふふ! ふふふふっ! 良いです、良いです! ああ! より良いです! ああ、ああ! 素晴らしい!!』
『…………えっ……なにお前…………こえーんだけど。壊れちゃったのか?』
◇◇◇
『――――っていうかさ』
『……ふふ……ふぅ。はい、なんでしょうか』
『……これ、首都で放送してるだろ』
『はい、うふふ』
『……はいうふふ じゃねーよ。ちょっとくらいごまかしたりしろよ』
『ですが、あなたがわかっている事を、わたしはわかっていましたので』
『…………』
『しかし、それが一体どうしたのでしょうか?』
『……いやさ、ちょっと……使ってもいいか?』
『使う、とは?』
『首都に居る奴らに、言いたい事があるんだよ』
『…………戦況の報告、援軍要請、何らかの利益を得ようとする情報交換などは認められていません。それ以外でしたら――』
『そんなんじゃないから、使うぜ』
『……強引ですねぇ。プレイヤーネーム サクリファクトは、意外と男性性が強い人物だと、わたしは思うのです。うふふ』
少しだけ濡れた目をこすりながら見上げたモニター。
その中でキョロキョロするサクリファクトが、真っ直ぐこちらを見つめて来る。
……目つきが悪い。平凡な顔だ。
以前に動画で見た顔と同じだし、さっきまでと同じキャラクターの馬鹿面だ。
…………だけれど、なぜか。
俺にはそいつが、他にないほど格好良く見えた。
『なぁ、お前ら。首都で座り込んでる "一般プレイヤー" たち。聞いてるか?』
「…………」
『ああ、答えようとしなくていいぜ。どうせそっちの声は聞こえないし』
「…………」
『お前らってさ、すげえラッキーだよな』
この一連の会話と同じ言葉。
一見すると、まるで煽りのようにも聞こえる言い方。
……だけど、俺の捉え方は……最初とまるで違うんだ。
幸運と言ったよな。
ラッキー。
俺が、俺たちが、ツイてる。
…………教えてくれ、サクリファクト。
俺はお前の言葉で聞きたい。お前の考え方を知りたいんだ。
俺たちがラッキーって……どういう意味なんだ。
◇◇◇