第二十二話 主人公 2
◇◇◇
『ラッキー、ですか』
『そうだな~』
『なぜそのように言うのか、知りたいです。聞かせてください』
『……いや、読めよ。心を』
『わたしは、プレイヤーネーム サクリファクトの言葉で聞きたいのです』
『何だそりゃ』
……サクリファクトが言った、"お前ら、すげえラッキーじゃん" という言葉。
それを耳にした俺たち "脱落者" は、誰も彼もが何かしらの反応を示した。
訝しむ奴、苦々しい顔をする奴、怒りで顔を真赤にする奴。
三者三様ではあるものの、そのどれもが悪感情と言えるだろう。
……サクリファクト。
お前は自分が何を言っているのかわかってるのか。
こんな不幸は他に無いと思っている俺たち向かって、言うにことかいてラッキーだなんて……その理由によっちゃあ、俺たちは全員、お前の敵になるんだぞ。
『聞かせて下さい。あなたの考えを』
『……やる事もないし、別に良いけど。俺が "恐怖に飲まれたプレイヤー" にラッキーだって言うのは、本気の出し甲斐があるタイミングが、いい具合に来てるよなぁって話だよ』
この運営の声っぽい奴は、きっと俺たちのためにああしてるんだろう。
思考が読めるらしいのに、それをわざわざ口に出させるってのは、きっとそういう事だ。
今俺たちが見ているモニターを使って、サクリファクトの言葉を伝えようとしているんだ。
だったら、聞いてやる。
俺のリビハが終わる寸前、この最後の最後に聞いてやるよ。
エコヒイキされたあいつの、"一般プレイヤー" に対する身勝手な考えを。
主人公たるサクリファクトが、引退する俺たちへ贈る、下らない手向けの言葉をな。
◇◇◇
『……って言っても……う~ん……何から話せばいいんだろうな』
『何でも結構ですよ、時間はありますので』
『じゃあ、このDive Game Re:behindについてって所からかな』
『はい、わたしがお聞きします』
『Re:behindは、確かにVRMMOでありながら、他のVRMMOとは違う所が割とある。公式RMTとか、コクーンでのダイブとか……フィードバックとか、色々とさ』
『はい』
『だけどそんな色々の中でも一番に特別なのが、二つ名と精神加速。そして何より、馬鹿みたいに不便なシステムだと思う』
……今の所、サクリファクトはおかしい事を言っていない。
VRMMOであるリビハ最大の特徴は、今サクリファクトがあげた物で間違いない。
色んな独自要素がありながら、その中でも特に際立つ部分。
二つ名と、精神加速と……何もかもが原始的で、面倒なゲームシステムだ。
『モンスターはリアルが過ぎて、容赦がない。生き残るのに必死で、殺すのに全力でさ。しかもそれが、ステータスでぶん殴ってくるようなわかりやすい物じゃなく、あの手この手でひたむきに俺たちを殺そうとしてくるっていうんだから……厄介極まりないよな』
『ええ、そのようにしております。と言っても、Re:behindのモンスターは非実在生物ですので、リアルだと表現する事に違和感はありますが』
『うん、まぁ……そうだけどさ。話の腰を折るなよな』
『ふふ……はい、失礼しました』
『……そんなモンスターとのガチバトル。俺たちプレイヤーには無敵の必殺技なんて無いから、他のゲームみたいなスキルぶっぱなしの "作業狩り" は成り立たない。モンスターと戦う度に、その場その時その状況での、判断力が必要とされるんだ。そんなリビハの戦闘は――そこぬけにリアルって言ったら聞こえはいいけど、無闇やたらと現実的で非効率的なつくりだとも言える。"狩りをするゲーム" としての不便さは、際限なく思いつくぜ』
『そうですか、はい……うふふ。今後の参考にしますね』
『あとはほら、ユーザビリティっていうの? それが無いよな。フレンドと連絡を取れるのは、安全地帯限定の "セーフエリア通信" だけ。マップ表示もないからパーティメンバーの居場所すらわからない。商売だってNPCに任せたりも出来ず、客と店主で言葉を交わして取引するしかない。正直、今の時代では考えられないほど不便だらけの世界だと思う』
『耳が痛いです。耳はありませんが。うふふ』
……それらも、確かにそうだ。
このゲームは、何かと不便が過ぎる。
レベルは職業認定試験をクリアしなくては上げられないし、そうして得られるのは若干過ぎる成長だけ。
そこら中にいるモンスターだって、レベルはおろか "ちから" とか "たいりょく" なんて物も見えないから、どれに勝ててどれに勝てないかを見極めるのだって難しい。
それに、フレンド機能や商売だって例外じゃない。
全部が全部不便過ぎて、プレイヤーに全然優しくない。何をするにも一々手間がかかってしょうがないし、ことごとく時間と労力が要される。
ネットゲームとしての発展形とはとても言えない、化石のようなシステムだろう。
『そんなユーザーに優しくないリビハは、一見どうしようもないクソゲーかのように見える。実際俺も最初はそう思ってた。だけど、これはそうじゃないんだ』
『そうじゃない、とは? 聞かせて下さい。悪く言われたままにされては、わたしは悲しくなってしまいます』
『……リビハが持つ不便は、手間のためにある。面倒をするためにある。そうしてあくまでプレイヤー自身ですべてをやらなきゃいけないからこそ、すべてにきちんと価値がつくようになってるんだ』
『……うふふ』
『パーティメンバーの位置がマップでわかるなら、行き先を聞く意味は無いだろう。雇用したNPCが商品を自動で売ってくれるシステムがあったなら、きっと商品が売れる喜びを知れないだろう。作業のようにモンスターを狩りまくるゲームでは、勝利の喜びは儚く脆いし、敗北の悔しさはぼんやりとしか生まれない。そんな風に、便利で快適なゲームプレイの中では、思い出深いドラマは生まれづらいと思うんだ』
『ええ、ええ。わかります。それはきっとそうでしょう』
『……どうせ、精神加速10倍の世界だ。プレイ可能な時間は現実の10倍ある。そうなってくると必要なのは、効率や利便性ではなく……どれだけ楽しめるか、どれだけ思い入れを持てるかって所だろう。全部を便利にしちゃったら、他のVRMMOより10倍も早く飽きてしまうだろうしさ』
『そうですね、ふふ……そうですよ。まったくもってそうなのです』
『そうしたアレコレの末に作られたのが、Re:behindの不便さだ。一つ一つに "労力" が必要だから、そうして時間をかけた結果、すべてに "価値" が生まれるんだ。全部を真面目に、真剣に。労力と時間をかけて、手間を惜しまずこなしてく――――そんな情熱は、きっと本気と呼ぶんだろう。つまりRe:behindは、時間をかけて、本気でプレイをするために作られてる。だからこそ、本気になっても変じゃないんだ』
『そうですか、プレイヤーネーム サクリファクトは、そう思うのですね』
『真剣になるべき理由は、ゲーム側が用意してくれている。面倒くさくて不便な世界だからこそ、全力を出せる余地がある。そうだから、マジでゲームをする事が出来るんだ』
……はぁ? なんだそれ。
馬鹿らしい。
面倒な事が出来るから、本気になれるだって?
……馬鹿じゃねぇの。
たかがゲームで何を言ってんだよ。
ああそうだ。これはたかがゲームなんだ。
だったら、そんなもんに本気になるなんて――――ダサくてイタくてみっともないだろ。
そうした熱意は、もっとまともな他の物にぶつけたほうがよっぽどマシだし、利口だろ。
ゲームに本気になるなんて……ああ、馬鹿らしい。
『なるほど……つまりプレイヤーネーム サクリファクトは、ゲームに本気になる事こそが正しくあり、それが出来るこのDive Gameは素晴らしい、と』
『う~ん……まぁ、それはそうなんだけど……』
『……? 何でしょう? 歯切れが悪いですね。それは珍しい事です』
『そうだけど、そうじゃないんだよな。ゲームに本気になるっつーか、MMOに本気になるのが正しいって感じだよ』
『その心は?』
『いくら仮想と言ったって、俺はリアルに生きてる人間だ。マグリョウさんだってロラロニーだって、もちろん他のプレイヤーたち全員だって、ちゃんとリアルに生きる日本国民でもあるんだ』
『はい』
『だったら、感情は、想いは、心は本物だろ。空を見て青い、海を見てデカい。下らない事で笑ったり、ムカつく事で怒ったり。それは全部、嘘偽りのない中身の気持ちだ』
『ふふ、それはまったくその通りですね』
『じゃあ、そんなプレイヤーたちとの付き合いは、真剣じゃなきゃ、本気じゃなきゃいけないだろ。もしそうじゃないのなら――本気で付き合っていないなら、友達も仲間も知り合いも、全部が "仮想" で "嘘" になるんだから』
……ずばり、と嫌なことを言う。
サクリファクトのその発言は、俺みたいな本気じゃない奴が、この世界で偽の友好を深めていると言っているような物だろ。
……ふざけんなよ。俺だってそこは本気のつもりだ。
今まで知り合った奴。パーティを組んだ奴。そして何より、リビハを始めてからずっと一緒だった、フレンドリストの一番上にいる "ヒポポタマッスン" 。
俺に一声かけてから西の戦場へと向かったあいつは、仮想の中と言えども真面目に俺の友人だ。
…………それを、お前が……否定するなよ。
例えそれが……正論だったとしても。
……ずっとごまかして来た事を、改めて考えさせないでくれよ。
『たかがゲームに本気になるなんて馬鹿らしい。ああ、そう。そう思うのは人の勝手だからいいと思う。ただその "たかがゲーム" ってのは――――人間関係にも言えるのか?』
『……続けて下さい』
『VRMMOっていう仮想世界で、互いに顔を突き合わせて、微細な感情変化を見せ合いながらお喋りするのも、たかがゲームの出来事か? きっとそうじゃないだろ。親しい友人と過ごす時間は誰もがリアルに楽しいと思うだろうし。それにもしかしたら、異性に心底惚れこんで、ゲーム内恋愛なんてのをしちゃうかもしれない。そうした中身の感情の動き……それは遊戯か? 仮想か? 違うだろ。リアルな気持ちは、"作られた世界" の範疇じゃないはずだ』
『ええ。それはおそらく違うだろうと、わたしも考えていますよ』
『じゃあさ、どこからがゲームで、どこからがリアルな人間同士のコミュニケーションなんだ? ダンジョンでパーティメンバーを見捨てて逃げるのは、ゲームか? PKされてムカついたからやり返すってのは、ゲームなのか? 友達の金稼ぎに仕方なく付き合ってやるのも、明日遊ぶ約束をするのも、話をして笑い合うのも、全部ゲームの話だってのか? MMOを "たかがゲーム" と馬鹿にする奴は、どれを "取るに足らないゲームの出来事" と言って、どこからが "人との交流" だと言うつもりなんだ』
『はい』
『……たかがゲームだと言う奴は、俺の経験も笑うのか? 誰かのためにキャラクターデータを捨てる覚悟を決めた事、仲間を救うために自傷行為を繰り返す漢の話、友のためにストーカーとデートの約束までした先輩の気持ちは……それらは、たかがゲームの話だったって言うのか? 冗談じゃない! どれもこれも、俺にとっては仮想の中で起きた現実の出来事だ。リアルの心を突き動かされた、俺の記憶にしっかり残る大事な思い出だ! ……決して誰にも、それこそお前ら運営にだって…… "たかがゲーム" だなんて……言わせてたまるものかよ』
『ふふ、そうですね。そのどれもこれもが "ただのゲームの出来事" では済まない話だと思いますよ』
『そうだよな、ああそうだろうさ。そういう事は往々にしてあるはずだ。だったら、ここまでゲームだから適当でいい、ここからはリアルな交流だから真摯に挑む……そんな曖昧な線引きを頼りに、自分の生き方を決めるなんて、無理があるだろ』
『そうした枠組み、区別、分別は、それこそ神のみぞ――いえ、神ですらわからないでしょう。なぜならマザーAIであるわたしが、まるでわからないのですから』
『MMOってのは、きっとそういう物だ。どこかの誰かと遊ぶってのが根本にあるから、たかがゲームじゃ済ませられない事だって……たくさんあるはずなんだ』
『ふふ、うふふ……そうですね』
耳が痛いとはこの事か。
ずっと胸の奥でくすぶらせていた引っかかりを、ずばり言い当てられた気分だ。
……俺は、モリヒトというプレイヤーは、ずっと "必死" を拒否してきた。
ゲームに本気になるのは馬鹿がする事だとせせら笑って、のんべんだらりと毎日を過ごして来た。
…………PKに殺された時、狂いそうなほどムカつく気持ちを飲み込んで、"ヤラレちまったぜ" と笑ってみた。
…………何となくで参加したユーザーイベントの "決闘大会" で、一回戦で瞬殺されて敗退し、悔しさをひた隠して "相手超マジになっててウケるわ" って強がった。
…………リザードマンに仲間が襲われ、大声を挙げて救援を求めていたプレイヤーたちを、"あいつらガチじゃん" と小馬鹿にした。
そういう熱くなってしまいそうな部分で、みっともなく本気になるのを、必死で回避し続けて来た。
……俺は確かに、ゲームをやっていた。
だけど――MMOは、していなかった。
キャラクターアバターの向こうには、現実世界の人が居るって事は、友人と会話を楽しむ事で、ちゃんとわかっていたはずなのに。
それなのに、知らない人の "真剣" を――バカバカしいと笑っていたんだ。
そうする事が、格好いいと思っていたから。
そうじゃないとダサいって思っていたから。
『……だから、さ。そんな色々があるからこそ、本気になれるように作られたこのゲームは、最高なんだ』
『あら、それは嬉しい言葉ですね。理由をお聞きしても?』
『普通のMMOだったら、ゲーム部分を適当にやって、交流部分を本気でやらなきゃいけない。格好良く斜に構えるためには、それを自分で判断しなきゃいけないだろ? だけどリビハに関しては、半ば強制的に全部を本気でやらなきゃいけない仕組みになってるんだ』
『ふふ、はい』
『だから、馬鹿な俺でも簡単なんだ。何しろ、この世界の全部を本気でプレイすりゃいいだけって話なんだからさ』
全部を、本気……?
どういう意味だ?
『なるほど、やはりわたしのRe:behindは素晴らしいいようですね』
『……自分で言うなよな』
『うふふ』
『……リビハ特有の不便なシステム。それはその大体が、他者との交流を強制する物だ。アイテムの取引や仲間募集のための掲示板なんて物は無いし、フレンドの居場所だって密な連絡が必要でさ。すべてが無言で作業的にやり取り出来るような便利さが無いから、必ず誰かと声をかけ合わなければいけない』
『はい、そのようにしております』
『……だから、誰かとゲームを楽しみたいなら――きちんと相手の目を見て、真剣に交流をしなくちゃいけない。ゲームのために、リアルと遜色のない交流を、本気でしなくちゃいけないんだ。それはつまり、そうする事が自然な世界で、それをやってもおかしくない世界って事だろ』
『そうですね』
『それに加えて二つ名システムだ。あれこそ人と人との繋がり、人々の営みの極限だよな。噂をされれば有名となり、それが称号となる――――それは、誰かと共にプレイする事を前提にした要素だ。リビハ内の誰かについてたくさんお喋りをする事に、ゲーム的な成長要素すらを持たせるシステムだ』
『はい、まったくもってその通りです』
『このゲームは、きちんと中身同士の交流をする事が、正道なんだ。何しろRe:behindは、あくまで "大規模多人数同時参加型オンラインゲーム" なんだから。そうして人と関わる事が主軸になるようにって、そう考えて作ったんだろうよ。どこまでも不便なシステムをプレイヤー同士の交流で補うのが当たり前で、その延長線上にあるゲーム部分を本気でやるのもおかしくないって思えるようにさ』
『ぐうの音も出ないほどに "我が意を得たり" ですね、うふふ』
『……なんかあんまり嬉しくないな』
……このDive Game Re:behindの、どこまでも不便で突き放すような作り。
それはどこまでも原始的な物で、いわゆるクソゲーだと言われてすらもいた。
……だけど、サクリファクトはそうじゃないと言う。
すべてを真剣に、リアルにやらなければいけない世界だから、都合がいい、と。そう言っている。
それは、正解なのだろうか。
仮想と言えども確かに中に誰かが入っていて、リアルと遜色ないほど表情豊かなプレイヤー。
そんな人々との交流を真剣にやって……そのままの流れで、ゲームの要素に本気を出せるように作られた世界。
そんな風に作られた世界だからと自分を納得させて、たかがゲームに本気になるって事が、果たして正しいと言えるのだろうか。
そして、何より。
…………ゲームに本気になる意味は、あるのだろうか。
『しかし、それでもまだまだ足りません。本気になれる世界とは言うものの、本気になった事でどうなるのかは未確定なのですから。"たかがゲーム" と考え、二の足を踏んでいるプレイヤーたちにとって、プレイヤーネーム サクリファクトの言っている内容は、先の見えない濃い霧の中を強引に進行させるような……そんな無責任な事でしょう』
『……いや、何だよそれ。そんなの知るかって。どうしてお前との雑談で、知らん奴らに対しての責任を取らなきゃいけないんだよ』
『もしこの会話を、誰かが聞いていたとしたら――という、仮定の話ですよ、ふふ』
『…………お前、もしかして………………いや、まぁ……いいか』
◇◇◇