表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
177/246

第二十一話 主人公 1



□■□ 首都中央噴水広場 □■□




 ラットマンとの戦争が行われている、荒野エリア。

 そこの映像を映し出すモニターは、このRe:behind(リ・ビハインド)の首都の空に大きく投影されている。


 そんな特別な生放送で今カメラを独占しているのが、サクリファクトという名の中級者プレイヤーだ。




「……チッ」


「…………クソが」




 そうしてモニターに映し出された黒っぽい男の姿を見て、二つ名を持たない一般プレイヤーである "モリヒト()" は……いや、俺だけじゃなく、俺の近くに居る()()()()()()()()()()()()も、胸に生まれたイライラをそのまま吐き捨てる。


 ……ちょっと前まで初心者だった、ただの一般プレイヤー、【七色策謀】サクリファクト。

 俺たちと同じ『いっぱい居る内の一人』という存在だったはずで、何の取り柄もないモブキャラでしかなかったと聞いている。


 …………しかしあいつは、贔屓をされた。

 海岸地帯のリスドラゴン戦。花畑地帯のリザードマン戦。

 そして先日の、荒野地帯でのドラゴン殺し。

 どれもこれもが、色んな存在から特別扱いをされたような晴れ舞台で、華を持たせられた活躍ぶりだった。


 そしてアイツは手に入れた。有名プレイヤーとの "繋がり" を。

【正義】さん、【金王】、【天球】と【殺界】に加えて――――あの【死灰】のマグリョウさんですらサクリファクトと仲良くしているのは知られた話だ。



 …………何だよそれ。何なんだよ。

 そんなのおかしいだろうがよ。


 俺のほうが先にRe:behind(リビハ)をしていた。俺のほうがRe:behind(リビハ)に時間と金を費やした。レベルだって当然、俺のほうが高い。装備だって経験だって、全部俺のほうが上だ。

 そうだ。俺のほうが、Re:behind(リビハ)をやっていたんだ。


 なのに。

 そうだっていうのに。

 あいつは……サクリファクトは、俺の立場を軽々飛び越えて……いつの間にやら有名人だ。


 ……ふざけんなよ。不公平だろ、そんなのは。

【死灰】のマグリョウならいい。時間と労力を誰よりかけていたから、有名になるに決まってる。

【正義】のクリムゾンならいい。痛々しくもありながら、その熱意と信念は誰もが認めてる。

 その他様々な有名人――いわゆる『二つ名持ち』という存在も、いい。

 強い特徴があり、確かな努力の日々が垣間見えて、有名になるべくしてなっているから……良い。


 だけど、サクリファクトは違うだろ。あいつは別だろうが。

 あいつが一体何を持ってる? 特徴もない、ただの普通で平凡な男だ。


 そうだ。あいつは "一般" なんだ。何もかもが普通の、俺たちと同じ存在だったはずなんだ。

 なのに……そんなあいつが、こうまで有名になるなんて。


 ……こんなの…………こんなのは、まるで…………。

 "サクリファクトが主人公だ" って、誰かが決めてるみたいじゃないか。

 それを決めているどこかの誰かが、俺に向かって―― "お前は脇役だ" って、そう突きつけているみたいじゃないか!



 ふざけてる。ああ、ふざけてるよ。そんなの納得出来るかっつーんだよ。

 同じ月額、変わらぬ料金、同一だったキャラ性能。ダイブ条件だって何だって、全部が全部対等で。

 みんなが平等の位置からスタートしたはずなのに…………あいつは主役で、俺は脇役(モブ)だ。


 ……なんなんだよ、それ。納得出来るものかよ。




『えりあひーる』




 その上、今のサクリファクトはどうだ。

竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】、【聖女】のチイカ。

 白百合、癒し手、トップヒーラー。噴水広場の聖女様。


 そんな超有名人が、ああしてサクリファクトと共に居る。


【聖女】のチイカを堂々と小脇に抱えて。

 ラットマン相手に眩しく大立ち回り。

 尋常ならざる特別な力を利用して。

 首都のモニターを独占までして。

 誰もが羨望する鮮烈な活躍を。

 得意満面でやりやがるんだ。



「…………」




――――ああ、またか……! またかよクソが!


 またあいつが! そういう事を! 主人公っぽい事をしていやがる!!

 俺たちのようなモブキャラと違って、ああして思い切り目立ちまくって、主役に相応しい有様を見せびらかすんだ!!

 ……ふざけるなよ……ふざけるな! ふざけるな!!



 どうしてお前は有名人と知り合える!

 どうしてお前は痛快な活躍が出来る!

 どうしてお前はそんなに特別なんだ!

 どうしてお前が……お前だけが! そんなに凄いんだ!


 どうして……!

 どうして! お前なんだ!

 どうして、どうしてそこに居るのが……!

 俺じゃないんだよ……っ!



 同じなはずだろ!? 立場は、条件は、権利は……全部同じだったはずだろ!?

 俺もお前も他の皆も、同じ "ただのネトゲプレイヤー" だったはずだろ!?


 じゃあ……じゃあ!!

 どうしてお前は()()()()()()()で!

 俺は()()()()()()()()()なんだよ!!



 ……お前と俺で、何が違うって言うんだ。

 俺だってちゃんとゲームをしていたのに、どうしてサクリファクトだけが特別で、俺はそうじゃないんだ……。

 何でサクリファクトが、主人公なんだよ。どうして俺は、主人公じゃないんだよ。


 なんでだよ、なぁ。おかしいだろ? おかしいんだ。

 俺とあいつで何が違うんだ。誰か違いを教えてくれ。


 誰でもいい。あいつだけが主人公になれる理由を……教えてくれよ、なぁ。




「……クソ…………クソ……ッ」



 

 俺の近くに居た一人のプレイヤーが、忌々しそうに呟いた。そいつを見つめて、力いっぱい頷く。

 なぜならきっとこのプレイヤーも、俺と同じように思っているに違いないんだから。


 わからないフリをしていた、あいつが主人公である理由。

 結局の所、それは至極単純な話なんだ。


 "サクリファクト(あいつ)は贔屓をされていて、俺たちは贔屓をされていない"。

 そんなシンプルな話で、だからこそどうしようもない話なんだ。


 あいつは特別だから、あんな風に目立って格好いい事が出来る。

 俺たちは特別じゃないから、こうして首都でくだをまいて、わいわいがやがやと賑やかしをするばかりしか出来ない。


 俺たちは、運営に贔屓をされていないから。ただの一般プレイヤーだから。

――――()()では、無いから。()()だから。ただそれだけだ。




『あ~……わりぃ。空があんまり綺麗だったもんだから……あくびが、さ』


『……む~!』


『……うん、今のは俺が悪い。俺のミスだ』




 ……楽しいか、主人公。

 俺は全然楽しくないぞ。なにせ脇役だからな。

 死んだ恐怖で立てないヘタレで、勇気を持って敵に突っ込むお前と比較されるために居る存在だから、楽しくないんだ。


 この世界の勇者たる主人公(お前)は楽しいのかもしれないけど。

 この世界の有象無象である脇役(俺たち)は、楽しくないんだよ。



「……はぁ……」



 全くもって、本当にふざけてる。


 何がVRMMOだ。何が "Dive Game" だ。

 これのどこがネットゲームだ。どこがMMOだっつーんだよ。


 こんなのもう、ただただ主人公(あいつ)を輝かせるための舞台装置でしか無いだろ。

 馬鹿じゃねえの。"一般プレイヤー(俺たち)" を舐め腐るのも、いい加減にしやがれよ。




     ◇◇◇




 ……下らない。つまらない。馬鹿にしやがって。

 サクリファクトが活躍する姿を見て、今ここで急に萎えた。Re:behind(リビハ)熱がスゥッと冷めたとはっきりわかる。


 つまりこの『Re:behind(リ・ビハインド)』は、()()()()()()()を楽しませるだけの、クソ下らないMMOごっこだって事なんだろう。

 だから俺らみたいな一般プレイヤーは、所詮あいつの添え物。

 取るに足らない 付け合わせ、()()()()()でしかない。

 一部の主人公の物語を彩るための、ギリギリ無価値じゃない程度の存在でしか無いんだ。


 …………馬鹿みたいだよな、本当に。

 高い金出して、長い時間を使って、多くの労力を浪費して――――する事と言ったら、主人公のための舞台づくりだなんて。


 いや、()鹿()()()()じゃない、()()()()()鹿()だ。こんなゲームをやっている奴は、全員馬鹿だ。今更だけどようやく気づいた。

 一人の主人公が贔屓されているのを見て、スゴーイスゴーイと騒ぐだけの、判断能力の無い馬鹿。

 それが、"MMOの皮を被った舞台装置にいる一般プレイヤー" だ。


 やってられるか。もう、Re:behind(リ・ビハインド)に未練は無い。

 さっさと辞めてやるんだ、俺は。


 こんな下らない世界にいつまでも付き合っていられないし、いっそこんな世界は消えてしまえばいいとも思う。

 ああそうだ。こんなクソしょうもないゲームなんざ、ラットマンに潰されちまえばいいんだよ、畜生共が。


 ああ、それがいい。

 そうなったら、さぞや清々するだろうよ。




『YOYOー! プレイヤーネーム サクリファクトォ~調子よさそうだな~』


『……うっぜえ。何だその喋り方は。そして何の用だよ』




 そうしてシンプルなメニューから "ダイブアウト" をしようとしていた俺の耳に、誰かとサクリファクトのやり取りが聞こえる。


 ……【聖女】のチイカの声じゃないよな? じゃあ、この女性の声は、一体誰の物なんだ?




『わたしはプレイヤーネーム サクリファクトと、問答をしようと思います』


『……問答? 何で? お前は俺たちの思考を読める腐れエスパーなんだから、勝手に頭の中を読み取ってればいいだろ』




 思考を……? どういう事だ?

 まさかこの声は、運営による神の声みたいな物なのか?


 ……そうだとしたら、()()()()だな、サクリファクト。

 運営のエコヒイキ、ここに極まれりだ。


 ああ下らない。ああ気に入らない。

 こんなの付き合ってられるかよ。

 もう勝手にやってろ、クソッタレ共。




『さて、それでは質問をします。

 プレイヤーネーム サクリファクト。

 このゲームの主人公は、誰ですか?』




―――― "ダイブアウト" をタップしようとしていた指が、ぴたりと止まる。


 ……この謎の声が言った、主人公は誰か? という質問。

 それは、俺がもっとも聞きたかった物だ。

 そしてなおかつ、もっとも聞きたくなかった物でもある。

 

 だけど、どちらにしても……これの答えを聞かない限りは、消える事は出来ない。



 クソムカつく主人公野郎、サクリファクト。

 お前はその質問に対して、一体なんて答えるんだ。


 言ってみろ。エコヒイキ野郎。

 ここに居るすべてのプレイヤーたちが渇望する勇者サマのご意見とやらを、ここで発表してみろよ。




『主人公は誰かって……そんなの俺に決まってるだろ』




 ……ああ、そうか。

 お前には、主人公の自覚があったんだな。


 そうかい。すごいな。良かったな。ムカつきを通り越して呆れが来る。



<< ダイブアウト処理中――……切断まで30秒――……29秒――…… >>



 お前こそが主人公。

 だから、お前じゃないプレイヤーは、脇役でどうでもいい存在って事になる。

 つまりサクリファクトは、俺たちの事をそう思ってるって事だろう。


 ……それなら後は、格好いい主人公だけで勝手にやっててくれよ。

 俺は金を払って脇役するなんてゴメンだし、してやる義理もないから、今日でさようならだ。

 もう二度とこんなゲームはやらないだろう。馬鹿らしい。




『……なるほど。では、平行してもう一つの質問をします』


『何だよもう。俺は忙しいんだよ』




<< 切断まで25秒――……24秒――…… >>




『プレイヤーネーム サクリファクト。あなたは現在、プレイヤー間で "首都" と呼ばれる集落に、たくさんの人が座り込んでいる事実を知っていますか?』


『あ~、何か聞いたなぁ。確か、死んだ恐怖で立てなくなってるとかいうやつだろ?』


『ええ、そうです』




<< 切断まで21秒――……20秒――…… >>




『有名みたいだよな。ラットマンだのリザードマンだのの外来種にキルされると、怖くて立てないってさ』


『そうですね。そのように認識するプレイヤーの皆様は、日に日に増えつつあります。そして今では、"そうなってしまうから、外来種との争いでは、絶対に死んではいけない" という新たな常識を持ちつつあります』




<< 切断まで16秒――…… >>




『クリムゾンさんが言ってたっけかな。結構な数のプレイヤーが、恐怖で立てないってさ』


『ええ、そうなのです。そこでプレイヤーネーム サクリファクトに問いかけます。あなたはそんな方々を見て、どんな言葉をかけますか?』




<< 切断まで12秒――…… >>




 ……ダイブアウトまでのカウントダウン。

 その最中にも交わされる話題は、俺のような "脱落者" の件になっている。


 サクリファクトが、俺たちにかける言葉……か。


 …………馬鹿らしい。どうでもいいし、何だって聞くに値しないな。

 サクリファクトがどんな言葉を言おうとも、俺の心には響かないだろうから。




『……う~ん』


『あなたが思うままで結構です。聞かせてください』




<< 切断まで9秒――…… >>




 言ってみろ。何でもいいぞ。そのすべてを否定してやる。


 "みんながんばれ!" とでも言ってみろ。

 流石主人公サマは言うことが違うなぁ! って返してやるから。


 "お前らはその程度か?" とでも言ってみろ。

 俺たちは主人公じゃないから、そんなに頑張れないんですよ~って返してやろう。


 "俺が守ってやる" とでも言ってみろ。

 誰かに守られなきゃ出来ないゲームなんて、やってられるかよって返してやるぞ。



 何でもいい。言ってみろよ主人公。

 俺たちモブの気持ちがわからない、エコヒイキされた主役サマよ。




『ん~……それは、アレだなぁ』


『なんでしょうか?』




<< 切断まで4秒――……3秒――……2秒――…… >>




『"お前ら、すげえラッキーじゃん" って言うかな』


『ふむ』






 ……何?

 何だと?




<< 切断まで―――― >>





<< ――――ダイブアウト処理の中断を確認。ダイブアウト処理はされませんでした >>




 条件反射的に、ダイブアウトをキャンセルする。

 まだ落ちてはいけないと、聞かなければならないと、そう思ったから。


 ……あいつ、何だって言った?

 幸運(ラッキー)と言ったよな?


 ラッキーだと? 誰が?

 俺が? 俺たちが? ツイてるって?


 …………何言ってんだあいつ。まったく意味がわからない。

 どういう意味だ、サクリファクト。


 ラッキーって……どういう意味だよ。

 



     ◇◇◇




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ