表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/246

第十九話 How blue the sky is 1




――――なんやかんやあった。


 それはもう、なんやかんやだ。


 あの忌まわしきシマリスドラゴン野郎に全力の蹴りをくれてやり、"残機(尻尾)" を一本消して……"サクリファクト(おれ)" はぶっ倒れた。

 意識を取り戻すと、そこは首都のカニャニャック・クリニック。その室内で、ロラロニーの膝枕に頭を乗せていた。

 そんな彼女に礼を言うのもそこそこに、気を失っている間の色々についてをキキョウに聞いた。


 俺が眠っていたのは、Re:behind(リ・ビハインド)内で2時間以上。

 そんな時間の経過があったから、状況もすっかり変わっていた。

 一時的とは言え、あのリスドラゴンが倒された。その上ラットマンの『光壁部隊』も『司令塔』も敗走した事もあり、ラットマン共は全軍が一目散に退却したらしい。


――だったらこれで平和なRe:behind(リビハ)に戻ったのか、と問えば、しかし再戦は必ずあるだろうとキキョウは言った。

 その上で、あくまで俺たちが劣勢である事には変わりがない、とも。


 俺もそれには頷いた。

 リスは当然の事ながら、『司令塔』のラットマンも、俺たちプレイヤーと同じくどこかで必ず復活する。

 ならばそれを失ったラットマンの劣勢は今だけのもので、立て直せればきっと再び襲い来るだろう。



 そんな話をする中で、考えた。

 数で負けている俺たちプレイヤー勢の勝利に貢献出来る物は、他に何か無いものかと。

 そうした思考の結果、何故か頭に思い浮かんで離れない、一人の女に会いに行く事にした。


【聖女】、チイカだ。

 俺の元トラウマで、他にないほど飛び抜けた力を持っている、忌々しいチーター。

 あいつのヒールはどう考えても普通じゃないけど、今はその普通じゃない力が必要だ。

 あれさえあれば、少しは勝ちが見えてくる。

 そして俺にはずっと暖めていた『対チイカ用スキル』があるのだから、俺が連れてくる事は可能だし、それをするのが最善だ。



 そして何より、俺は理解していた。

 チイカは頭がおかしい。だけど、一応人間だ。

 世間話なんかは出来ないけれど、()()()()()()話がわかる。


 何故そう思うのか、と聞かれれば、俺にだってわからない。

 けど……絶対だと言いきれる自信があった。経験談を語る時のような、ただただ事実を言っているような感覚だ。

 俺はチイカと喋ることが出来る。あいつに何かを伝える事が出来る。

 ……そして、とにかく……文句を言いたい。

 理由はわからないけど、心の底からそう感じていた。




     ◇◇◇




【聖女】に会いに行く。

 それはダンジョンよりも危険でハードなコンテンツだったから、パーティの奴等とは別行動を取る事にした。

 心配するロラロニーに平気である事を伝え、ついでに "これから長い戦いが始まるんだから、先にトイレ行ってありったけ全部出しとけよな" と、()()()()()()()を見せながら、あいつらと別れた。


 そういや俺がそれを言った時、まめしばが "女の子にそういう事は言うもんじゃないよ!" と怒ってたな。

 今思うと、どうして俺が怒られなきゃいけなかったのだろうか。

 "気を回せる男" ってのは、普通に考えてすごくいい男だろ。だったらロラロニーに気を回した俺は、間違いなくいい男だったはずだ。


 なんだかちょっとおかしいよな、まめしばって。

 ズレてるっていうかさ。



     ◇◇◇




――――そんなこんながありながら、俺は無事に【聖女】と対面を果たす事となる。


 リスと戦い、気を失ったあと。

 コイツの居場所を【殺界】やカニャニャックさんに聞いたり、Re:behind攻略サイトの中で見つけた、

『【Re:behind(リ・ビハインド)災害情報】聖女のチイカ目撃報告』というサイトを参考にしたりした結果……東の海岸に近い草原で座り込むチイカを見つける事が出来た。


 そんなアイツの白い姿を視認して、たっぷり余裕を持った距離から『チイカ対策』を取った俺は、万全揃えて【聖女】と初会話をした。



 初めて、初めてだ。そうであったはずだ。

 だけど、そうだっていうのに……何だかとても因縁を感じた。


 その感覚は、例えるならば――【金王】、そしてそのハーレム共に持ったのと同じようなものだ。

 まるで以前どこかで一悶着あったような、その上きちんと決着がついていないような。

 そんな原因不明の『こいつは相変わらず気に入らないな』という気持ちが、渦を巻いていた。


 そうした気持ちがあったおかげで、ケツを叩いたり砂をかけられたりの一悶着が起こった。




     ◇◇◇



 さて。

 ケツはともかく、俺にはやる事がある。

 ラットマンを退けて、プレイヤーの勝利を目指すという大目標が。


 ……【聖女】のチイカ。コイツの来歴はわかってる。

 噴水広場でヒール屋を営んでいた事。すこぶる人気者だった事。

 首都に襲来したドラゴンを前にして、『マナ・チェンジ』を使ってたくさんのプレイヤーを救った事。

 そしてその後…………無差別P(プレイヤ)K(ー・キラー)となった事。


 その一つ一つには、それなりの理由があるのだと思う。

 俺の知らない事情とか、コイツの中身に関わる事だとか、そういう色々な要因が。


 だけど正直、そういう事はどうでもいいとも思った。

 俺が考えるべき事は、今この時の事だから。



 チイカはヒーラーで、白いヤツ。

 海岸地帯で俺を殺したヤツで、なんだかすげえムカつく女。

 そして、尋常ならざる『デス・ヒール』を持っている、今の状況で何より使えるチーターだ。


 だから今は、それだけでいい。

 細かい話は抜きにして、『殺したい』と願うコイツを、殺して貰いたい存在が居る場所へと、俺が "引き連れて(トレインして)" 行くだけでいい。


 そう、トレインだ。

 モンスターを引き連れて、忌々しいプレイヤーに擦り付け、自分の手を汚さずP(プレイヤ)K(ー・キル)する行為。


 これは "M(モンスター)P(・プレイヤ)K(ー・キル)" なんだ。




     ◇◇◇




 そうしててんやわんやな()()()()()を済ませた俺は、ラットマンとの最終決戦が始まる今、再度コイツの下へと訪れる。

 相も変わらずのろのろと徘徊を続けるチイカを捕獲をして、首都西の戦場へと連れて行くため。




「む~!」


「……鬱陶しいから暴れんなよ。お前の移動がクソ遅いから、仕方なく俺が運んであげてるんだぞ」


「むぅ~!」


「……俺を殺したお前とこうして共同戦線を張るなんて、俺も心底嫌なんだ。だけど今はソレが必要だから、仕方なくこうするんだよ」


「…………むぅ」




 むーむー唸り腐って、鬱陶しいったらないぜ。

 不本意なのはこっちも同じだ。だけどこうしてコイツをラットマンが居る場所へ連れて行くのは、みんなが幸せになる『良いPK』のためなんだ。


 だったらこれは善行で、カルマ値爆上げの良心的な行いだろう。

 ……無差別PKを望んでしたがるコイツなんだから、()()()()であろうと、関係ないんだろうしさ。




「お前が何を考えてんだかは知らないけど、お前がとにかく優しいって事は……何でだか、わかる。無性にムカつくのと同じくらいに、理由も知らずにそうだと思える」


「…………」


「『接触防止バリア』も貫通するって事は、害意をもってヒール・キルをしてるわけじゃないんだろ?」


「…………」


「……だったら今日は、ラットマンに優しくする日にしようぜ。ネズミ・ハッピー・デイだ。俺がその場に連れてってやるから、思う存分優しさを爆発させろよ」


「……むぅ」


「俺が見てない所で一度、ラットマン相手におおはしゃぎしたんだろ? クリムゾンさんに聞いたんだからな」


「…………」




 原因不明のコイツへの苛立ち。

 そんな嫌な感じと同じくらいの大きさで、こいつの優しさが頭に刻み込まれてる。


 ……あの日からずっと一人で考え続けた、こいつがヒールで殺す理由。

 結局その答えは出なかったけど、微笑みだとかバリア貫通だとかを鑑みれば、それが『悪い気持ち』でされてる訳じゃないって事はわかってる。


 だったら。俺がその優しさを、存分に発揮させてやるんだ。


 誰かの善意まで悪どく利用するのが上策だって事は、海岸地帯での "リスドラゴン戦(あの戦い)" で運営の善意を利用した時に、身をもって知ってる事だしさ。




「……つーか」


「…………?」


「お前のヒールが優しさだと仮定するなら、どうして俺にはやらないワケ?」


「…………」


()()()()()()()のは良いけど、()()()()()()()なよ。それはおかしいぞ。俺はPKとかしてないし、他の悪い事も一切してないんだから」


「……みすぼらしいおとこ。きらい」


「はぁ~? 俺のほうが嫌いだって言ってんだろ、クソ女」




 どうしてコイツは俺を嫌うのか。信じられないほど身勝手な奴だ。

 その上言うにことかいて、みすぼらしいだの何だのと、平気で傷つくような事を言いやがる。


 こういうのって、デリカシーがないって言うんだよな。

 よくないんだぞ、そういうの。




     ◇◇◇



□■□ Re:behind(リ・ビハインド)首都西 荒野エリア □■□




「……まーまー」


「…………」


「ちゃんと」




 そうして訪れた荒野地帯。首都から西にずっと向かった場所。

 チイカ(コイツ)を連れている以上、首都やプレイヤー陣営を通り過ぎる訳にも行かないから、東の平原から南の森を突っ切る形でわざわざ大きく迂回して、ラットマン共の脇腹へと突撃だ。




「ぷれい」


「…………」


「いんぼーく」




 チイカはずいぶん素直だった。

 運んでる最中は時折もぞもぞ暴れたりもしたけれど、森の中に生息する『木登りモグラ』や『まぶしいウーパールーパー』が見えた途端に、即ヒールを詠唱して破裂させた。


 そんな調子で辿り着いたこの場にあっても、ラットマンを目にした瞬間、いつもの "まーまー" だのを言い出している。

 問答無用とはまさにこの事だ。




「『えりあひーる』」




 ぱぱぱん、とラットマンの頭が弾ける。

 分厚い盾を構えるヤツを、堅牢な鎧に包まれたヤツを、魔法(スペル)のバリアっぽい物を張ったヤツも。

 誰も彼もが死んでいく。


 ……こうして()()()に立ってみれば、改めて思ってしまうぞ。

 これ、どう考えても反則だよな。




「チュチュ!?」


「ヂュゥ!? ヂヂヂゥ!?」



「…………まーまー」




 不可視の範囲、有無を言わさぬ一撃死。その上この回転率はどうだよ。

 森からずっと連発して、合計何回やってんだコイツ。ぶっ壊れも大概にしろよ。




「ちゃんと」


「ヂュ、ヂュウゥ!!」


「……おっと」



「ぷれい」




 そうして滅茶苦茶をするチイカに対して、ラットマンたちが焦った様子で攻撃をしかけてくる。

『近づいたら死ぬ』という法則だと考えたのか、遠距離からの弓や魔法(スペル)での物だ。


 聞く所によると、チイカは大体死なないらしい。

 ダメージを受けた所で、継続回復のような効果で傷がどんどん治るのだとか。


 それに加えて、個人的には……チイカがどれだけ傷ついた所で、特に何とも思わない。

 P(プレイヤ)K(ー・キラー)で俺キラーなイカれ女を、助ける義理も無いし。



 しかし、チイカは俺が抱えている。

 だから、チイカ狙いの攻撃は――俺にも危害が及ぶ物だ。


 というわけで、致し方なくチイカごと避ける。

 コイツは ふくよかなクリムゾンさんと違って驚くほど軽いから、抱えながらでも普通に動けるんだ。




「ヂュゥ! ヂュゥゥ!!」


「……コイツはどうでもいいけど、俺が傷つくのはイヤなんだ」


「いんぼーく」




 そうして詠唱が完了する。

 左手で小脇に抱えた白い女の頭から、白百合がはらはらと舞い落ちる。ヒールの効果で花が回復されて、咲いて枯れてを繰り返してんのかな。

 詠唱中にも効果が漏れ出るとか、逆にヒールが下手くそなんじゃないか、コイツ。

 ()()()()()()()()()()()()()的な意味で。




「『えりあひーる』」


「ヂュ……ッ」




 そして再び死が咲いた。


 ……奴らラットマンが中国勢である事を知った身からすると、彼らに対して申し訳なく思う気持ちが無いでもない。

 だけど、この気持ちを抑えずにもいられない。


 さんざん俺たちを攻めたラットマン。

 一人ひとりが俺と同じかそれ以上の力を持つ、どこかの誰かのキャラアバター。

 それをこうして無敵の力で、やりたい放題キルしまくる。


――――いわゆる一つの『チート無双』。

 始めてやったけど、存外悪くない気分だ。




     ◇◇◇




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ