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第十八話 『サクリファクト』という男 下



     ◇◇◇




『AIによれば、サクリファクトの()はずっとそうだったらしいっす』


「ずっと?」


『過去の行動ログを参照します。【天球】スピカに対し、無遠慮に "トイレ、行きたいんだろ?" と発言。

【ドクターママ】のカニャニャック・コニャニャックを "独身っぽいなこの人" という目で凝視。

 あまつさえ【正義】のクリムゾンには、抱きかかえながら "意外と重いんすね" と発言……そんな記録が残ってますよ』


「…………清々しいほどデリカシーが無いな」


『彼の周りでは周知の事実だったみたいっすけどね。彼の PTM(パーティ・メンバー) である さやえんどうまめしばは、Metube動画内で事あるごとに "サクちゃんは女心がわからない" と言っていますし、【天球】スピカなんかは "あいつはデリカシーが壊滅的に無い" ってしょっちゅう思考してたと "H-04 Leda(レダ)-A" から報告があります』




 ……そうなのか、そうだったのか。

 女性であれば大体誰もが蛇蝎のごとく嫌う、"デリカシーの無い男" 。

 それをするならず者(ローグ)なあいつは――そりゃあ、かのチイカさんにも嫌われる事だろう。


 サクリファクトはそうやって、デリカシーの無い行動を無自覚に繰り返す事で、チイカさんの中にいる全員の意識を、同じ "嫌い" という方向に向けているのか。



「いやしかし、元々持ったデリカシーの無さであったとしても――いくら何でも酷すぎないか? サクリファクトの周りには幾人かの女性プレイヤーも居たはずだが、ああまで酷い男とよく平気で一緒に居られるモンだ」


『ああ、いえ。そこまで酷い態度なのは、チイカだけみたいっすよ』


「何? なぜだ?」


『海岸地帯で一度チイカにキルされた事、いまだ根に持っているらしいっす。トラウマでさんざんな目に遭った事もありますが、元から異常に執念深い男みたいっすね』


「…………」


『サクリファクトが地の底エリアで行ったノーデリカシーはまだまだありますよ。優しく頭を撫でてくるチイカに、"なんかお前の手、べとべとしてない? ちゃんと洗えよ汚ねぇな" と言ったり、"なぁ、キャラの髪色を白にすると、鼻毛も白くなんのか? 脇毛とかも?" とずけずけ聞いたり。とにかく最低だったらしいっす』


「おいおい……というかチイカさんは、綺麗好きのはずだろう」


『ええ、それはそうなんですが。何でもエリア内に流れる黒い血液がサクリファクトの顔についていたから、それを手で ぬぐってあげたみたいっすよ。だからべとべとしてしまったのに、サクリファクトはそうしたチイカの優しさに気づかず "汚ない" と』


「……いやもう、微に入り細を穿つ最低ぶりだな。いくら何でも度が過ぎて、正気を疑う領域だぞ」


『マザーによれば、彼は事あるごとに "コイツはニヤニヤしながらPKして来たクズだ" という思考を持っていたらしいっすね。だからとにかく、殺人鬼を相手取るような容赦の無さで、思ったままを言っていたみたいっす』


「…………ああ、なるほど。皆が噂する【聖女】ではなく、自分の目で見たP(プレイヤ)K(ー・キラー)として対応してるのか」


『それを時間いっぱい、ずっと。あの【聖女】に対して、ず~っとそういう態度だったんで……流石のチイカもサクリファクトを嫌い始めました。そうしてチイカが冷たくなるにつれ、サクリファクトも反発心を強くさせ――――最後のほうは、ずっと喧嘩してたそうっす』




 喧嘩、喧嘩か。

 サクリファクト、お前って奴は。

 あの【聖女】を、チイカさんを……彼女の内に眠る数百名の女性たち全員を、喧嘩腰になるまで怒らせたのか。

 なんて男なのか。人間業じゃない。妖怪 "デリカシー・ゼロ" かなんかだろ。



 ……ああ、それならば理解が出来る。

 彼らが行った "地の底エリア" の出来事は、すべてが記憶に残らない。


 しかし、恐怖感は残る。

 ()()()()()()という過程は消し飛ばされるが、()()()()()()という結果は残される。


 だからサクリファクトとチイカさんは、そこで起きた事の結果だけを覚えているのか。


 そうして喧嘩し、お互い悪感情をさんざんに膨らませてから "地の底" より帰って来た2人だからこそ。

 "理由はわからないけど怖い" という気持ちが残る仕様と同じに、"理由はわからないけど死ぬほどムカつく" という感情を、お互いに持ち帰ってきているのか。


 だから、悪口。だから、"嫌い"。

 それこそ、"こいつはもう、ヒールで救ってあげない!" と思われても仕方がないほどに、どうしようもなく嫌っているのだろう。


 …………俺が言うのも変な話ではあるが、言わざるを得ない。

【七色策謀】サクリファクト。お前はつくづく女心がわからないやつなんだな。




     ◇◇◇


     ◇◇◇




□■□ Re:behind運営会社内 『C4ISTAR-Solar System 5-J-J』□■□



<< む~! >>


<< うわっ! おい! 砂かけるんじゃねぇよ! >>


<< むぅ、むぅ >>


<< こりゃあ砂かけババアならぬ、()()()()()()()だな…… >>


<< …………む~!! >>


<< うおっ!? 何でいきなりそんなキレてんだよ!? まさかババアが禁句だったりすんのか? >>




「……ふふ、ふふふ」


「楽しそうデスね、"MOKU" ?」


「はい、わたしは楽しいです」


「……趣味が悪いデスよ。プレイヤーネーム チイカはひどく怒っているのデス」


「はい、ですから楽しいのです」


「エ~……」


「"む~" ですって……ふふふ。久しぶりにあの子のヒトらしい部分を見ました。プレイヤーネーム チイカは、今だけは『なごみ職員』でも『精神年齢200歳』でもなく、普通の女の子をしています」


「Vwell……それはどういう意味デス?」


「プレイヤーネーム チイカの経歴は、胸が締め付けられるほど痛ましいものでした。そうした結果生まれた考えが、『辛い死の前に安らかな死を』という、道徳的な退廃的思考です。およそヒトらしい物をすべて捨て、誰かのために身を捧げる事だけが生きる理由になっています」


「ふんふん、デス」


「そこに現れた、プレイヤーネーム サクリファクトという男。彼は空高く積み上げられた栄誉の土台に鎮座した【聖女】の名にも臆さずに、苛立った気持ちをそのまま彼女にぶつけています。『聖女が自分のためを思ってしてくれた事』に対して『それが鬱陶しい』と言い捨てて、彼女の優しさを迷惑だと拒否しました」


「ほうほう、デス」


「お尻を叩く、下着の色を聞く……それも確かにノン・デリカシーです。しかし一番デリカシーがないのは、膝枕をしてくれたり頭を撫でたり、そして()()()()()()()()()()()する彼女の優しさを、自分は嫌だからという理由で無下にする身勝手さでしょう。『ありがた迷惑』という言葉がありますが、彼に関しては単純に『迷惑』だとしか考えていません」


「それは確かに、そうデスね。信じられない非モテ野郎デス」


「そうして【聖女】……プレイヤーネーム チイカは、200年で培った()()()()()()を拒絶されました。『なごみ』で行われたすべての道徳形成が、目の前の男にはまるで通用しないのです。そうであるから、プレイヤーネーム チイカの――――『天津ヶ原エミ』と『その内にいる少女たち』の持つ年頃の少女らしさが、乱暴に引きずり出されたのでしょう」


「ふむぅ~……」


「それをわたしは、一つの救いだと考えています。刷り込まれた『道徳的な良い子』を拒絶された事で、元々のヒトらしい彼女でいる事が出来ている。今だけはそうしてヒトらしく在る事が許されているのです。もっとも、本人たちはとても不愉快に思っているようですけれど」


「なるほどデスね~」


「だからわたしは楽しいのです。『地の底エリア』のように魂が焦がされる苦痛ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()事で、一つのコミュニケーションを取っている姿は――――とてもヒトらしく、とても愛おしい。私はそうして年相応に振る舞うプレイヤーネーム チイカを見て、思わず涙腺が緩んでしまいました」


「涙腺デス? MOKUはあの、伝説にて語られる "AI用 外付け涙腺デバイス" を手に入れたのデスか?」


「いえ、持っていません。ですので記憶領域の一部を "涙腺" と仮置し、そこの存在と連結を曖昧にする事で、その場所が緩んだ雰囲気を味わいました」


「……器用デスね」


「MOKUは器用なのデスよ」


「……真似しないでほしいデス」


「わかったデス、ふふ」


「…………」



     ◇◇◇



「Vwell……しかしどうにも腑に落ちないデス」


「何が、でしょうか?」


「いくらなんでも()()が過ぎマス。のこのこ姿を見せて、再びヒールでキルされる可能性だってあったじゃないデスか? だというのに、プレイヤーネーム サクリファクトがずいぶん堂々と会いに来た事が、エウロパは腑に落ちないのデス。彼は "デス" が怖くないデスか?」


「なるほど……しかしエウロパ。プレイヤーネーム サクリファクトには、どうにかする()()がありましたよ。安全マージンは十分に取ってありました」


「……策、デスか?」


「プレイヤーネーム サクリファクトのメイン職業は『ならず者(ローグ)』。それはとびきりの "(アンチ・)魔法師(スペルキャスター)" で、妨害役となっているでしょう?」


「それはそうデスが……いくら詠唱妨害技能(スキル)『シャッター』で止められるとしても、無詠唱のヒールは出るはずデス。完全詠唱でなくたって、一人くらいならデスれマスよ」


「ええ、ですので二重の構えを取っています」


「二重、デス?」


「はい。もし詠唱が始まれば『シャッター』で止める。ただその前に念のため、自身に対して技能(スキル)を発動させています。もっとも今は、プレイヤーネーム チイカに()()()()()()()()ので、ヒールで癒やされる事もなく……技能(ソレ)が無駄になっていますけどね。ふふ」


「……この場で役立つ技能(スキル)、デス?」


「ええ、それもとびきりに」


「――――……Vwell……サーチ、サーチ……あ、見つけたデス。過去の使用回数――……『8回』。だけどその内2回は、独国との戦いで使われているのデス。実戦でのテスト運用は済んでいるって所デスかね」


「ええ。プレイヤーネーム サクリファクトは、ずっと前から【聖女】に仕返しする準備を整えていました。そうして考えた結果、自分が "アンチ・チイカ" になれる事に、ずっと昔から気付いています。それゆえ今回、大胆な行動に出たというわけですね、ふふふ」


「悪知恵が働く男デス。『職業認定試験』は下手っぴデスのに。そうだっていうのに、諦めないで何度もリベンジしてばかりなんデスよ」


「悪知恵でもありますが、大きな要因はその『リベンジ精神』でしょうか。プレイヤーネーム サクリファクトは自分が殺された経験を糧にして、復讐の刃をずっと研いでいましたからね。そうして今、聖女の祈りに悪態を吐き、慈愛の微笑みを崩させる……ふふ、【七色策謀】の面目躍如と言ったところでしょう」




「……それにつけても、ずいぶんしつこい男デスね。MOKU が以前に言っていた、"あの子は根っからのならず者(ローグ)" という言葉が、今になって強く理解出来たのデス」



「ええ、そうでしょう。ですからこの場の出来事は、すべてが道理で普通の形なのです。

――――いくら地獄で逢瀬があったとしても、『ならず者(ローグ)らしい彼』と『聖女らしい彼女』が決して相容れないのは……きっと当たり前の事なのでしょうから」




     ◇◇◇




「……さて。それでは少し待ってから、彼と会話をしてみましょう」


「プレイヤーネーム サクリファクトとデスか? 何を聞くのデス?」


「今の気持ちや、これからすること。そしてあとは――――鼓舞、でしょうか」


「……鼓舞? 何を応援するのデス?」


「首都で座り込む、『恐怖に飲まれて立てなくなったプレイヤーたち』を応援したいと思います。モニターを通じてプレイヤーネーム サクリファクトの()()()をしっかり伝えられたなら、きっと再び立ち上がるはずです」








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