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第十七話 『サクリファクト』という男 上



□■□『Re:behind』運営会社内 第三会議室 □■□




「……であるからして、我々に求められるのはAIの補佐的な役割という、然るべき進化を遂げた未来人らしい生き様であり――――」



『――――小立川(こたてかわ)さん、ちょっといいっすか?』


「……なんだ桝谷(ますたに)。俺は真面目に仕事してるぞ」


『…………部下からの呼び出しに開口一番言い訳するとか、やめて下さいよ。どっちが上だかわかりゃしない』


「…………」




 昨日に続いて2度目の説明会が始まり、もう3時間は経つだろうか。ぼちぼち一息ついて、全員連れて飯でも食いに出るかというタイミングだ。

 そんな絶好の()()()()()()で、桝谷からの呼び出しがかかる。


 ……お前も定型問語の "呼びかけ(コール)" を使ってないよな。お互い様っていうんだぞ、そういうのは。




「……で、何だよ一体」


『管理AI共が噂してるんすよ。何か始まるって』


「始まるって……そりゃ、中国勢との本番だろう? 俺でも知ってるぞそんなもん」


『いえ、そうではなくて。あのアレ――――サクリファクトが何かを始めるって言うんすよ』


「サク……? ……ああ、あの【七色策謀】か」


『ええ、それっす。それが今、真っ直ぐ向かってるらしいんすよ』


「向かってる? どこに?」


『はい。【聖女】の所に』


「お……おお? そりゃあ…………」




 なんとも予想外。そして興味深い。

 サクリファクト――――マザーAI "MOKU" が常時監視を行う内の一人で、何かと話題になる初心者だ。


 そんなあいつが、【聖女】の……チイカさんの所へ行くだって?

 何だよ、気になるじゃないか。




「……よし諸君。ここいらで少し休憩としよう。休憩終了20分前に端末で呼び出すから、手洗いでも昼飯でも映画鑑賞でも、何でも好きにしてていいぞ」


「あ……は、はい」




     ◇◇◇




<< あ、いた >>


<< …………! >>




 出会い頭。

 すでに大きな異変があった。


――――ムスッとしたふくれっ面をしている。


 それはサクリファクトの事じゃない。

 いや、そいつはそいつでしかめっ面をしているが……それは多分、いつもどおりの顔だろう。

 今問題なのはそれではなくて、【聖女】のチイカさんの事だ。


 彼女が、あのチイカさんが……笑っていない。

 優しいあの子の表情が、すべてを包む慈愛の微笑みから――()()()()()()()()()という形で、明らかな変化を見せている。

 それは初めて見る光景だ。少なくとも、俺の知っている限りでは。




<< 見つけたぞ、チイカ >>


<< ………… >>


<< 俺はお前を探してたんだ。ジサツシマスに聞いたり、色々やったんだぞ >>


<< ………… >>


<< 俺はどうしても、お前に会わなきゃいけなかったんだ。言いたい事があったから >>




 ……なんだ。

 何を言うんだ、サクリファクトとやら。


【聖女】とほとんど関わりのないお前が、記憶が消える "地の底エリア" で【聖女】と過ごしたお前が。

 ここでこうして彼女を見つけ、未だかつてない表情を見せる彼女に―― 一体どんな言葉をかけるというんだ。




<< 本当に……お前…… >>


<< ………… >>


<< チイカ、お前は……お前はさ >>


<< ………… >>


<< 本当……アレだ。なんか、アレだよお前は >>


<< ………… >>


<< なんか知らんが、嫌いだ。よくわからんけど、すげえ嫌な感じがする >>


<< …………む~ >>


<< 何かを言ってやらないと、どうにも気がすまないぞ。何を言えばいいかはわからないけど >>




 …………。


 …………いや、なんだ、それは。




     ◇◇◇




<< なんだろうな……不思議だなぁ…… >>


<< ………… >>


<< どうしてだかはわからないけど…………すっげえ嫌な感じだぜ >>


<< ………… >>


<< お前、俺に何かしたか? 記憶にはないけど、前みたいに酷い事したんじゃないか? >>


<< ………… >>




 要領を得ない話だ。一体何を言っているんだ、こいつは。



『小立川さん、アンサーっす』


「……ん?」


『現在観測中のAIより、疑問の答えが用意されましたよ』


「……聞かせてくれ」


『え~……どうやら【七色策謀】と【聖女】は、同時に "地の底エリア" に入ったらしいっす。そんでもって、そこで隣同士で居たと』


「ああ、そいつは聞いている。しかしあの場所の出来事は、記憶には残らんはずだろう?」


『そっすね、記憶には残りません。だけどあそこは――"なんとなく怖い感じ" を刷り込むエリアでしょう?』


「…………まぁ、そうだが」


『だからきっと彼と彼女は、"何をしたかは覚えてないけど、互いの評価は残ってる" 状態なんすよ』


「評価?」


『ええ。もしくは()()と言ってもいいかもしれないっすね』




 ……地の底で与えられるのは、耐え難い苦痛と恐怖感。それによる精神の汚染だ。

 しかしそれを()()()()のは、道徳的ではないとされている。

 精神の根深い所に "なんか怖い" を植え付ければいいのだから、すべてを覚えている必要は無いし、忘れてもらったほうが色々都合がいいしな。


 ……あの場所で共に過ごした、サクリファクトとチイカさん。

 彼と彼女がその場所で、一体どんな時間を過ごしたというのか。

 そして、どんな関わり合いを持てば――――こうまで "何かが残る" というのか。




「……具体的な対話のログは?」


『出してもいいっすけど、膨大っすよ? それよりAIによる まとめを聞いたほうが早いと思いますけど』


「ああ、それがあるならそれが一番だ」


『でしょうね、何しろ小立川さんですし。ええと、まずはとても簡潔な結論から。サクリファクトとチイカ は――――喧嘩をしました』




 …………。


 ……なんだ、その。

 幼少期にある義務教育の "帰りの会" みたいな話は。




     ◇◇◇




「いや、喧嘩ってお前」


『他に言いようがないんすよ。喧々諤々とやりあって、ワーギャー盛り上がってばっかりだったので』


「それにしたって、なぁ?」


『その感覚が残っているから、どうにもお互い気に入らないみたいっすよ。地の底エリアを這い出てもなお、まだまだ喧嘩し足りないって所でしょうかね』




 言うにことかいて喧嘩とは。予想外も良いところだ。

 何故そうなる? "地の底" で2人きりになったなら、寄り添って支え合うのが普通だろう。


 ……しかし。

 喧嘩のきっかけ、一体 "地の底" で何があったのか……それも確かに気になるが、何よりその当事者が問題だ。

 サクリファクト――あいつは普通の人間だからどうでもいい。

 だが、【聖女】――チイカさんは、そうじゃない。


 何をした? 何をすれば、チイカさんを喧嘩腰に出来る?

 何をすれば、そうまで【聖女】を怒らせる事が出来るんだ?




<< ……聞いてんのか? チイカ >>


<< ………… >>


<< 何だよその顔、感じ悪いな。いつもみたいにヘラヘラニヤけてみろよセイジョサマ。俺を殺したあの時みたいな、意地の悪い作り笑顔でもってさぁ >>


<< …………ろ >>


<< ……ろ? >>




 チイカさんが何かを呟き、サクリファクトを指さした。

 これも余り見られない事だ。彼女が個人をきちんと認識する、という意味で。




<< ……ろーぐ >>


<< …………は? >>


<< ろーぐ……ぬすっと よわい わるいこ >>


<< 何言ってんのお前。喧嘩売ってんのか? >>


<< ……みすぼらしい >>


<< ……なに? >>


<< みすぼらしいおとこ はいきょうしゃ >>


<< 何だお前……俺のどこがみすぼらしいんだよ。ちゃんといい感じの装備してるし、筋肉だって結構あるんだぜ >>



<< ……けちなおとこ みすぼらしい ていれべる よわい >>


<< んだとぉ…………? >>


<< きらい きらい みすぼらしい へんなの きらい へんてころーぐ >>


<< ああもう! うるせー! な~にが "きらいぃ~" だクソ女! 俺のほうがよっぽど嫌いだっつーの! >>


<< ……わるいこ けち はいきょうしゃ >>


<< 何が聖女だよ、このポンコツホワイト! お高くまとってんじゃねぇぞ! >>


<< やだ きらい だいきらい >>


<< ……はぁ~あ、まったく呆れるぜ。こんな奴のどこが聖女だってんだよ。お前なんかただの()()()だ。 "【ニヤけ面】のチイカ" とかがお似合いだろうぜ >>




 そして喧嘩が始まった。まるで子供同士のように。


 チイカさんが言っているのは、"Wizardry(ウィザードリィ)" の話だろう。

 地下一階という最序盤に出てくるザコ、ROGUE(ローグ)

 その不確定名はSCRUFFY(みすぼらしい) MAN(おとこ)だから、きっとそれを言っているんだ。


 ……しかし、何故だ。何故あの子はサクリファクトに悪口を言うんだ。

 慈愛の【聖女】にそうまで言わしめるのは、一体何が原因なんだ。




<< ……むぅぅ >>


<< 何がみすぼらしいだよ、それはお前だろ? 木の棒みたいに細っちい腕しやがって >>


<< ………… >>


<< ああそうだ、お前のほうがみすぼらしいぜ。豪華な白いローブで隠しちゃいるが、その中身は子供体型で貧相なみすぼらしい女だって事も、俺にはしっかりわかってるんだぞ。……ケツばっかりは無闇にデカいけどなぁ! >>


<< …………!! >>


<< いてっ! ……おい! 手は出すなよ! >>


<< ……む~! >>


<< あっ! いたい! ……この野郎 >>




 ……これも初めて見るものだ。【聖女】がサクリファクトを ぽこりぽこり と叩いている。

 会う人すべてに愛情を注ぐチイカさんが、こうまで明確に誰かを嫌うという事は……今まで見られる物じゃなかったぞ。




<< ――――おらぁっ! >>


<< ……ひゃ! >>


<< この……デカっ尻がぁ! おらおらぁ! >>




 それを受けたサクリファクトが、チイカさんの尻をぶっ叩く。

 すぱんすぱんと小気味良い音をたて、楽器のように打ち鳴らす。


 ……よくない。それはよくないぞサクリファクト。

 彼女は "女の子の集合体" なんだ。そういう事はしてはいけない。


 それにそもそも、チイカさんの臀部(でんぶ)はそんなに大きくない。

 普通だ。平均的な可愛らしいものだ。

 それを "デカっちり" だと言うなんて、そんなの "女の子たち" にとっては許しがたい行いで――――


――――あ。




『気付きました? サクリファクトが特別である原因』


「……ああ、おおよそな。あいつ、ずっとあんな感じだったのか?」


『ええ、そうみたいっすね。地の底エリアでもああしてお尻を叩いたり、"下着も白でトータルコーディネートしてんの?" と聞いてみたり、顔をムニムニやってみたり……そりゃあ不躾で無遠慮な悪行を繰り返してたみたいっす。女性的な思考も持っているAI連中は、きゃんきゃんと批難の嵐でしたよ』


「…………下着……」




 いくら俺が人の心がわからん人間だと言っても、それが駄目だってのはわかる。

 女性の顔に無許可で触れたり、いきなり下着について聞いたり、恥ずかしい部分を容赦なく叩いたりする事は――嫌われて当然の行いだ。


 …………ああ。

 ……そうか。なるほど。そうなのか。


 "500人の集合体" であるチイカさん。

 その精神の大半は、女性のものだと推測されている。


 だから、彼女にとっての特別な存在……とびきりに好かれる男でありたいのなら、様々な好みを持つ500人の女性全員に、すっかり好かれる者でなければならない。

 そしてそれは、きっと不可能だ。

 500人を一度に惚れさせるなんて事は、誰であろうと難しい。それこそ無理難題と言えるだろう。


 だがしかし、その逆であれば簡単だ。

 500の女性に嫌われる存在――――それは、()()()()()()()()()()()()()()をする存在であるだけでいい。

 不躾で、無遠慮で、鈍感で粗暴。そうした事を無自覚にするヤツならばきっと、満場一致で嫌われるだろう。



 ……それをする事、しない事。

 そのようなぼんやりとした自分の中で持つべきルールは、一つの言葉で表せる。


 それはあたかも "道徳" のようにふんわりとした概念でありながら、それとは全く別の概念。他者に対して持つべき気づかいであり、多くの場合は女性に対する気の回し方。


 "デリカシー" だ。


 サクリファクトには、デリカシーが無い。




『AI連中が言ってますよ。

 "プレイヤーネーム チイカに嫌われた結果、彼女の優しさであるヒールは与えられていないようだ"。

 "それは本人の望んだ形ではない物の、結果として彼は死なずに済んでいる" って』




     ◇◇◇




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