閑話 Re:behind開発者はかく語りき 「VR聖女の作り方」 4
◇◇◇
――――そうして産まれた完璧な道徳者。とても優しい女の子。
『なごみ』の夢を一身に背負った『500人の集合体』、『チイカ』さん。
彼女はきちんと優しく、それでいて想像力もしっかり持っている、Re:behindが誰より上手なプレイヤーだった。
そんな彼女がRe:behindでした事は、単純作業の繰り返しだ。
"首都の噴水広場に座り、癒やしの魔法で治療する" 。
それは別段誰でも思いつく善行で、シンプルに役立つ普通の行いだ。
しかし彼女が唱える『ヒール』は、他とは一線を画していた。
――――『想像力を鍛える訓練』。
――――『他人の痛みを知る行程』。
それらで彼女に備わったのは、膨大な癒やしの力と、溢れんばかりの慈しむ心。
そんな彼女が、プレイヤーの怪我に ふわりと触れながら光を放つ。
その手は壊れ物を触るように。されどしっかり体温が伝わるように。
…………技術屋として認めたくはなかったが、それには大きな効果があった。
彼女に優しく "ヒールされた" プレイヤーは、目覚ましい快気ぶりを見せたんだ。
『手当て』、という言葉がある。
聞いた事があるだろう? 痛む場所に手を添えると痛みが和らぐ気がするという、精神的な分野の話――――かと思いきや、科学的にもきちんと立証がされている立派な理だ。
『触れ合い』によって分泌される『オキシトシン』というホルモンが精神疲労を緩和させ、心労をときほぐす効果があるとな。
……とは言うものの、だ。
実際の物理的接触がなく、全てを数値で管理しているはずのVR空間下において、『手当て』の効果が見られるというのは――どうにも納得しきれないよな。
そういった作用が存在すると断言する事は、機械工学に携わる者として、到底認められないさ。
……認められるモンじゃないが、それでもプレイヤーたちは、明らかに強く癒やされているように見えた。
それゆえ彼女は、人望を得た。
多くのプレイヤーが、恋慕や性欲ではなく、純粋な "癒やし" を求めてチイカさんの下へと集まった。
『ヒール屋』と呼ばれるプレイヤーは多く居たが、誰もがこぞってチイカさんだけを求めたんだ。
力量・人望・清楚・愛情。そして優しく微笑む顔と、見返りを求めない無欲な姿勢。
それらをすべて持ちえた姿は、まさしく聖女のソレだった。
だから彼女は呼ばれるに至る。【噴水広場の聖女様】と。
そんな強烈なキャラクター、誰もが憧れる理想の聖女様は、ゲーム内外でさんざんに噂をされた。
それに伴い、二つ名効果は――――『癒やす力が上昇する』という単純で直球な効果は――――天井知らずで上昇し続けていた。
結果、彼女の聖女らしさは加速して、それがまた話題を生み出した。
――――そんなRe:behindのとある日に。
不意を突くように現れたのが、赤いウロコを持った竜。
独国が放った "戦術兵器" だ。
◇◇◇
その時の事は、諸君らもよく知っているだろう。
今では気恥ずかしくも輝かしい名、【竜殺しの七人】という二つ名が産まれる原因となった出来事だ。
そんなドラゴンスレイヤー英雄譚の一節では、必ずチイカさんについても語られる。
"マナ・チェンジという自己犠牲の代名詞を惜しみなく使い、多くを救った少女" 。
そんな耳障りの良い話は、それこそゲーム内外で取り上げられて行った。
…………我々は、会社員だ。
だから我らがするべき事は、当社の悲願成就のために動く事。
ならば、またとないこの機会。
その美談を言いふらし、Re:behindの知名度を引き上げるべく働きかけた。
そうすることで新たなプレイヤーを誘引し、コクーンハウスをフル稼働させて日本国勢を強化する。
さすれば我らは勝利に近づく。
この機に乗じない選択肢は無く、【聖女】とセットでRe:behindを世間に売り込んだんだ。
――――ちょうど、その辺りだったかね。
『マナ・チェンジ』の使用をする上で、守られるべきルールがアップデートされたのは。
…………そう。
悪名高い『地の底エリア』での、精神硬度を計るルールだ。
モデル・データは『なごみ』監修の『地獄』。
そこへ『Re:behind管理AI群』が独自の仕様と "わざとらしいまでの地獄っぽさ" を付け加え、『地の底エリア』と名を変え実装した。
……機械が行う基礎行動、トライ&エラーという基本コマンド。
精神へ悪影響があるのはすでに実証済みであるのだから、『精神硬度測定』にはそれを使えばいいと判断された。
そしてチイカさんは、【聖女】は再び『地の底』へ。
他人のために捨てた体で、血まみれのまま這いずって。
柔らかい微笑みを絶やす事なく、見慣れた処刑台へと進んで行った。
…………そして、あんな感じになった。
◇◇◇
「……え……っ? あ、あの……」
「まぁそう急くな。きちんとすべてを説明するが……物事には順序ってモンがある。そうだろう?」
「あ……はい……」
「彼女がどうしてそうなったのか――それを語る前に、"そこで何があったのか" 、"どうして『ヒール』でプレイヤーをキル出来るのか" それをきちんと理解していなきゃな」
「それは……その……聞いても問題ないのでしょうか?」
「……うんまぁ……問題ないっつーか…………後者は物凄くシンプルな『さんすう』の話なんだけどな」
「……はい」
「竜が飛来し、彼女が『マナ・チェンジ』を使ったその後、彼女は2ヶ月正式なダイブをしなかった。プレイヤーには体調を崩したと噂されていたが……実際はそんな平和な話じゃない」
「平和じゃない、ですか?」
「ああそうさ。何せ彼女は、『地の底エリア』に倍率30倍で2ヶ月間居たからな」
「…………っ」
「元ネタとなった『なごみの地獄』が3ヶ月間の713倍だったんだ。その実地試験データを参考にしたんだから……そんくらい軽いモンだと考えられていたんだよ。浅はかな事にな」
◇◇◇
「……『地の底エリア』に、60ヶ月……」
「まぁ……30倍とは行かずとも、2ヶ月ってのは長いよな。それだけの月日があれば、『二つ名』効果の上昇も――そりゃあダイナミックなカウントアップだったさ。彼女の姿が見えない事が、かえって様々な憶測を呼び、噂を加速させたりもした」
「…………」
「推測の美談が新たな噂を産み、沢山の情報サイトに取り上げられて、彼女の動画はつくづく拡散がされた。それは日本国内に留まらず……米国では【Sainte】と、独国では【Heilige】と、中国では【圣女】と呼ばれるまでになった――――なってしまった」
「……なってしまった、ですか?」
「ああそうだ。それは我々の想定外。あくまで『二つ名システム』は、それぞれの国内コミュニティだけでの成長要素として練られた物だ。そういう手はずだったから、そのようにバランスを調整していた。まさか翻訳された名称が、海外でも広く呼ばれるとは思っていなかったんだ」
「なるほど……確かに他のプレイヤーは、海外で噂される事がないように思えます」
「というか、そうなるようにしたんだよ。国を跨いだキャラクターデータの閲覧は厳しく検閲されていたし、観測されるアバターは『亜人種』となるようにもしていた。しかし彼女は……【聖女】というキャラクターは、あまりに濃すぎた。動画がドラマティック過ぎたし、そのストーリーが印象に強く残りすぎた。初めに俺たちが言いふらした彼女の噂は、いつしか止める事の出来ない大きなムーブメントとなって、世界中に広まってしまったんだ」
「……はい」
「そうした結果、膨れ上がった。元より二つ名効果の "限界値" は決めていなかったから、『癒やす力が上昇する』という効果が際限なく上がる事となったんだ。そこに500人分の想像力が合わさって、いつの間にやら天元突破だ。
"聖女が微笑み、癒やされる" 。それは一つの定型文のように、あちらこちらで言われ続けた。
そうして『ヒール』と『笑み』が関連付けられたから、あの子の笑顔が『スペル効果を発揮させるキー』になっちまった。
チイカさんが笑っているだけで、常に微弱の回復効果が出るんだぜ? それはとんでもない事だよな」
「……すみません、小立川管理局長」
「……あん?」
「その……バランス調整、"弱体化" は出来なかったのでしょうか? いち個人に与えられた能力の調整であれば、管理者権限で問題なく行えると思うのですが」
「ああ…………そりゃあ、無理だよ」
「ええと、それはどうして……」
「言ったろ? チイカさんは『なごみ』だって。あそこの代表、看板娘だ。いち個人ではなく『なごみ』そのものなんだよ、あの子は」
「…………? えっと……?」
「……お前は『なごみ』に言えるのか? "げへへ……『ヒール』は無限に強くなると言ったな? アレは嘘だ。ひゃあ! 我慢できねえ! 弱体だぁ!" なんてセリフをさ」
「……あ…………」
「言えねえよな、怖えもん。彼ら『なごみ』の前であっては、俺たち全員自分が人質だ。誰も責任を取りたくないから、そのままにするほか無かったんだよ。それは俺より上もそうだったから、Re:behindの総意としてそのままにされた。……情けない話だろ?」
「…………う……」
「そもそもの原因は、完璧なAIによる判断ではなく、俺たち日本国運営陣による "人間たちの判断ミス" だからな。
当然他国からその異常について突っ込まれる事もあったが、"それはアンタらの国民が噂話をしたせいだろう" 、 "そっちはそっちで検閲しろよ" って突っぱねるしか出来なかった。非を認めればその綻びをつつかれて散々になるだろうから、意地を張るしか出来なかったんだよ。
…………『なごみ』が怖い。しかし他国も厄介だ。そうとなったらもう、行くとこまで行くしかない。
『Re:behind運営』にゃあ『スイッチを押す仕事』を受け持つ者がいないから、誰も責任を取れやしないし、取りたがらないんだ。
ほんと、情けなくって涙が出るぜ」
◇◇◇
さて、ここからは総まとめ……パズルのピース一つ一つを語る話だ。
すべての項目をきちんと理解しながら進んでいこう。
――――まずは、『ヒール』で殺せる理由。
それは "癒やす力の過剰投与" って所だな。
我ら『各国5th開発陣』と『管理AI群』の愛しい子たちが、"薬も過ぎれば毒になる" という格言を真に受けた仕組みで、元からあった不変の仕様だ。
チイカさんもまだ産まれていない、開発の初期段階で考えられたのは、"怪我をしていない人に『ヒール』をした時、どのような処理をするべきか" と言う所だった。
それはただただ『効果なし』でも良かったし、髪が生え変わるなんていうユニークな仕様も提案されてたっけかな。
しかしやっぱり、一番に真っ当だと考えられたのが――――"異常が起きる" という反映のさせ方だ。
……例えるならば、風船かね。
空気を入れれば膨らむが、入れすぎてしまうと破裂する。
ちょうどいい塩梅を見極めるべきで、治療とはそれほど繊細であるべきだとされたんだ。
――――我々の間では、それを『オーバー・ヒール』と呼称している。
本来であれば、負傷以上の回復効果を送り込む事で軽い頭痛を発生させる程度の仕様だ。そうする事で、適切な治療が出来る者こそ報われるって未来を描いてな。
しかし彼女に関しては――――その数値があまりにデカすぎた。
【聖女】によって完全詠唱がなされた『ヒール』。それはプレイヤーを虫の息から数百回も全回復させられるほどの回復効果を持っていた。
"そこまでの滅茶苦茶を、わずか一瞬で全部ブチ込む"。
そんな彼女のアクションを、そのまま計算機に入力したんだ。
"数百回分のオーバー・ヒールを加算して、軽い頭痛を数百回分乗算して一気に与える"。
プログラム通りで、良い意味で融通の効かない機械的な不変の機動だ。
――――そうして反映される "行き過ぎた頭痛" は、文字通りに頭が吹き飛ぶ処理が妥当だと判断された。
…………何しろ、ダメージ表記がない世界だからな。
数字表記でごまかす事は出来ず、物理的影響を与えるしか――選択肢がなかったんだよ。
◇◇◇
――――さて。
次に、一番重要な部分。チイカさんが全てを殺す理由だ。
そのすべてのきっかけは、『地の底エリア』にある。
彼女が首都へのドラゴン襲来後に送られた、『Re:behindの地の底エリア』だな。
…………そこを利用していたのは、『なごみの面接試験』の参加者ではなく、我らがRe:behindプレイヤーたちだ。
幾人ものプレイヤーが『マナ・チェンジ』という自己犠牲のスキルで、かの【聖女】のようになる事を望んだ。
そして『地の底エリア』の業火に耐えきれず、その精神を焦がして底の底へと沈んで行った。
『遠林 ともえ』『河柱 紗衣子』『雛本 希依』『橋爪 みゆる』……。
あの場所で消え、生体から精神を "消失" した女性たちの名前だ。
その数は、観測上は数十名。
そして、その消えて行ったリビハプレイヤーたちの記憶をチイカさんが受け継いだ事は、調査ですでにわかっている。
彼女は『地の底エリア』へ行く度に、新たな精神を吸収して帰ってくるんだ。
そうして吸収された、Re:behindの地の底で消えて行った精神たち。
そんな彼女たちが、チイカさんに何かを訴えたのかもしれない。
辛い、苦しい、痛い――終わりにしたいと、彼女に懇願したのかもしれない。
それとも、チイカさんが……『天津ヶ原 エミ』が、そんな冒険者たちの記憶を読み取り、勝手に想像して決心したのかもしれない。
俺にはそこはわからない。
全てを見通すマザーAI "MOKU" ですらも、『地の底エリア』の沼に飲まれて【聖女】と一体化した 子供たち の心までもは、わからない。
"親心、子知らず" ならぬ、"地獄の子心、親知らず" と言った所だ。
◇◇◇
飲み込まれたプレイヤーたちの想いは知らないが、チイカさんが考えている事はわかってる。
全てを知る "マザーAI" は、彼女の思考をしっかり受信してるんだ。
……チイカさんは、PKを『思いやり』だとしているらしい。
"殺してやろう"、ではなくて―――― "殺してあげよう"、という優しい意思だ。
終わりなき戦い、殺し合いの日々。そこら中に落っこちている恐怖に怯えるRPG生活。
強さを求めて血に塗れ、名声を求めてその身を捨てる。
富を求めて魔物を殺し、生活のために殺し殺され蘇る。
そうした先に待つのは『地の底』。まるで不死の尖兵のような存在、冒険者。
そんな彼らを見つめる【聖女】は、その者たちのこれからを『想像』する。
獰猛な魔物に食い殺される事があるだろう。無慈悲なトラップですり潰される事があるだろう。
ラットマンに首を狩られて、リザードマンに突き殺される事もあるはずだ。
……辛いよな。きっと辛い。死んでも復活は出来るが、死ぬ瞬間の記憶は残るんだ。
それに加えてその先で、『地の底エリア』に送られる事があったなら……それは耐え難い思い出となるんだ。
誰より地獄を経験してきたチイカさんが、彼らの行き着く先を『想像』した時。
その終点に見えるのは、必ず『辛い死』だろうさ。
……優しい彼女は、それを見過ごす事なんて、出来なかった。
ならばどうする。何をすればいい。
『ヒール』は出来る。怪我は治せる。
しかし、あまねくすべてを癒やし続ける事は不可能だ。死ぬ前に回復出来れば何よりではあるが、見えない所に手は届かない。
"自分が癒やしたプレイヤーが、5分後に『辛い死』を迎えるかもしれない"。
"挨拶だけしてすれ違ったプレイヤーが、そのあとに悲しい思いをするかもしれない"。
"癒やせばみんな、戦いへ向かう。その先にある恐怖へと、無自覚に歩んで行ってしまう"。
"かわいそう、かわいそう"。
"泣いてしまう、悲しくなってしまう"。
"助けてあげたい、救ってあげたい"。
"この世界にいる全員に、辛い思いをさせたくない"。
"わたしは、この世界中のすべてのものが、大好きだから"。
マザーは、そんな声も聞いている。
そして彼女は思い至った。
――――死ねば死なない。その答えに。
それは確かな救いであった。
『辛い死』の前に『安らかな死』で、バッドエンドを回避させてあげるという方法だ。
自分の手が小さいのなら、届く範囲を出来るだけ。
出会い頭に痛くない死で眠らせて、これから起こりうる恐怖の可能性から救い出してあげればいい。
だから『思いやり』。だから『バリア無視』。
それは一種の攻撃ではあるが、悪意や害意がなければ弾かれない。
……Re:behindは、プレイヤー同士で性交が出来るだろう?
それを行う上で、自身の快楽だけを追求するのではなく――相手のためを思ってするなら、接触防止バリアは働かないんだ。
ハイタッチをするのも、頭を撫でるのも、性交するのも……ヒールで殺すのも。
そのすべては同じ事だ。
愛を持って刺激を与える事は、『悪意』や『害意』に含まれない。
◇◇◇
そうして彼女は、真っ直ぐ願うようになった。
半端ではいけない。すべてを賭けてでも、大きな大きな『殺せるヒール』をしないといけない。
Re:behindにおいて、身体能力はすべてが均される。
そこから自分が望む職業・そして望む形の『発育』をして、尖ったステータスを持つ事となる。
『魔力』を上げれば『持久力』が低下したり、『すばやさ』を上げれば『筋力』が低下したりする。
願った力を得る代わりにどこかが目減りする仕様であり――何かを捧げれば何かが得られる仕様だ。
そこで彼女が選んだのは、当然『ヒール』にまつわるちから。そしてそれを想像するちからだ。
そのために、その他すべてを切り捨てた。
『筋力』、『すばやさ』、『持久力』、『知力』。
それだけでは飽き足らず、キャラクターアバターの基礎性能そのものすら不要とした。
――――『視力』。最低限でいい。見えなくたってヒールは出来る。
――――『聴力』。最低限でいい。何かが居たらヒールをすればいい。
――――『言葉』。最低限でいい。ヒールが詠唱出来るなら、その他は何も必要ない。
そうして彼女は、様々な感覚すらも差し出して、とにかく『ヒール』への特化を願った。
そんな優しい【聖女】の願いは、システムによって聞き届けられた。
だから彼女は目が悪い。足が遅いし、喋りが下手だ。
それら全部が『ヒール』のために。みんなを不幸にしないために。
持ちうるすべてを代償にして、何かに特化する事を、ネットゲーム界隈では『極振り』と言う。
ならばここではこう言おう。
彼女は『ヒール』に極振りをした。
これが何でも出来て極限のリアリティを持つDive Gameの、超一点特化ビルドだ。
◇◇◇
そうして迎えた、彼女の愛の終着点。
そこにあるのは、いつもどおりに微笑みながら、痛くも苦しくもない終わりを与える優しさだ。
『ウィザードリィの冒険者』、『Re:behindの冒険者』。
そして『襲い来るモンスター』に、『ラットマンやバードマン等の亜人種たち』。
地獄へ向かって真っ直ぐ歩むそいつらの、腕を優しく引く意識で――――
――――穏やかな死を与えるために、『治療の呪文』でキルする事にした。
だから彼女は詠唱をする。
――……『MURMUR -ささやき- 』
――……『CHANT - えいしょう - 』
――……『PRAY - いのり - 』
――……『INVOKE - ねんじろ - 』。
迷宮の "いしのなか" に閉じ込められて、動けず終わって行く前に。
恐ろしい魔物に食い殺されて、苦痛の中で死んで行く前に。
そして、『地の底』で自身の存在を諦めて、絶望の中に沈んで行く前に。
陽光が差し込む『カント寺院』で、白百合の花びらに囲まれたまま、安らかな眠りにつけるよう。
その地で使われる物と同じ言葉で、心安らかな『埋葬』を願って。
◇◇◇
…………これが彼女のすべての話。
成り立ちと、経過と、今後の話だ。
そんなすべてが辿り着く最後は、数値で遊ぶゲーム的結論で表現しよう。
『無詠唱でもすべてを癒せる彼女が、祈りを込めた詠唱をする』
それにより、完全詠唱のヒールは効果を倍増させる。
『想像されるのは189年の集大成。誰より強いイマジネーション』
それにより、とことん想像されたヒールは効果を倍増させる。
『身に持つすべてを、視力すらもを差し出して、特化を重ねたステータス』
それにより、"考えうる最高の値" の補正がかかったヒールは効果を倍増させる。
『内包されたのは、数百人+αの優しい少女たちが持った愛』
それにより、人を癒やすヒールは効果を倍増させる。
『国内外で彼女を【聖女】と呼ぶ声の大きさ』
それにより、二つ名効果は上昇し、ヒールは効果を倍増させる。
それは全てが乗算。一つ一つが大きな数値の全部を "×" 、倍々にする "さんすう" だ。
その結果導き出される解は、Re:behindの世界であけすけに発現される。
―――― "『オーバー・ヒール』で頭が弾ける"。
すべてが道理。すべてがRe:behindの仕様内。
特別なサポートもなく、きちんと数値を元に算出された、無慈悲なダメージ表現となるわけだ。
優しすぎるんだよ、彼女は。