閑話 Re:behind開発者はかく語りき 「VR聖女の作り方」 2
◇◇◇
かつて、『スティーブ・ジョブズ』という偉人がいた。
偉人と言ってもたかが技術屋あがりだが……まぁ、歴史に名を残す大層な奴さ。
そいつが作った『Apple II』という、パーソナル・コンピュータ。
今の時代のエンドユーザー向けコンピュータの雛形と言ってもいいマシンで、言わば現代の生活基盤を形成する全ての電脳、その始祖とも故郷とも言える存在だ。
そんな個人向けコンピュータでプレイ可能だったのが、コンピュータ・ゲーム『Wizardry』だ。
そこに諸説は多々あるが、家庭用RPGの原点と言ってもいい。いわゆる不朽の名作ってやつだな。
そんな『Wiz』のゲームシナリオは単純明快。
『悪い魔法使い "ワードナ" がお宝を盗んだから、それを取り返してこい』ってだけ。
それをするためプレイヤーは、戦士や魔法使いなどの仲間を揃え、様々な困難が待つ迷宮へと足を踏み入れる。
未開で未知の地下迷宮。
手探りしながら一歩ずつ探索をし――……
マップをメモして自力で作り上げ――……
邪悪な野党や怪物共を斬り捨てて――……
宝箱から財宝を見つけて持ち帰り――……
それを繰り返して力をつけて、最奥に待つ "ワードナ" の根城を目指す。
そんな王道を作り出したダンジョン探索ゲームは、そのゲーム性もいたくシンプルで……かつ、シビア。
敵モンスターはうんざりするほど容赦がない。一撃必殺はもちろんの事、レベルダウンまで狙って来る。
迷宮のトラップも無慈悲な物で、下手すりゃ踏んだ瞬間に、パーティまるごと全滅する事だってあった。
更にはキャラクターの死亡…… "消失" という概念もあり、いつでも生と死が身近な世界だ。
原点といえば聞こえは良いが、悪く行ったら荒削り。
しかし、今あるRPGの根っこの部分は、すべてがみっちり詰まってる。
それが『Wizardry』という代物だ。
――――それを諸君らがプレイしたならば、きっと驚く事だろう。
何しろそれは、『文字のゲーム』だ。
ダンジョン内部はフレーム表示で、模様も何もありはしない。
モンスターは簡素なドット絵。モーションなんてもってのほかで、雑なピクセルの集合体でしかなかった。
起こるイベント、戦闘表現、場所に状態その全て、文字だけで表される仕様となっていた。
だからプレイヤーは……思い描く必要があった。
そうだ、想像だ。
果敢に斬り込む戦士の姿を、素早く走るコヨーテを。
恐ろしいトラップの動作機構を、核熱を打ち出す詠唱を、金にがめつい寺院の連中を。
……そして、容赦なく訪れる "消失" を迎えた、仲間の悲しく冷たい遺影を。
文字を見て、それらを想像するんだ。
得られた些細な情報源から、自由に深くイメージをして、自分で世界を広げて行くんだ。
想像しなくてはならない。
しかし、逆を言えば――――想像の余地がある。
グラフィックが無いからこそ、想像が出来るんだ。
◇◇◇
……さて、ここで一旦現代に戻ろう。
Re:behindの話だ。
『伸びるカエル』『白羽根うさぎ』『首都』。
諸君らも耳に覚えがあると思うが、これはRe:behindプレイヤーによって付けられた、Re:behindに存在するモノの名称だ。
それらは全て、笑えるくらいにそのままだろう。
見た物を真っ直ぐ表現するだけの、工夫も何もない呼び方だ。
……しかしこれは、彼らの不出来による所ではない。
それは時代の病であり、今を生きるヒト種全体が持った不具合だ。
――――科学が発展しすぎた時代。そこにあるのは、はてなき利便性だ。
わからない事があったとしよう。調べる事にしたとしよう。
携帯端末や網膜ディスプレイから検索をかけ、膨大なデータが漂う電子の海から引っ張り出すまで―――― 一体何秒で済むことだろうか。
まさしく、考えるまでもない。自分で考えるよりも、データを拾ってくるほうが早い時代だ。
何らかの情報だって同じだろう。
必要な事項は大体の場合記載され、場合によっては "拡張現実" 及び "複合現実" での追加表示が行われる。
顧客に疑問点を持たせては、機会損失で売上減。そんな考えを持った企業ばかりだから、知りたい事は全てを知れる。後に疑問を残さない事こそが企業努力といった所かね。
そしてもちろん、ゲームもそうだな。
『剣で斬る』という動きの表現。『体力が減った』という見た目の変化。
それら全てが精巧な "コンピュータ・グラフィックス" で見せつけられて、想像する間もなく視覚で理解が出来る。
…………数多のゲームに存在している『HP』という表現は、それらが出来ない時代の名残りだとも言われているな。
攻撃の強弱が表現出来ないから、ダメージという数値で表した。
怪我をしたという描写が出来ないから、HPという数値で表す手法を取ったんだ。
だからRe:behindの世界には、『HP』や『ダメージ表記』なんていう無粋は存在しないんだ。
今はすっかり未来の時代。ダメージやHPなんていう文字表現に頼らなくとも、リアルにそれを描写する事が出来る。
強い攻撃、素早い動作。固い防具に軽い布。
それに加えて、『体力が低下している』事なんて、見ればわかるし自分でわかるってモンだから――Re:behind世界において、数値は不要とされたんだ。
……もっとも、"ソレが良い" とするユーザーも一定数は居るから、別ゲーなんかにそれらは残っちゃいるけどな。
話が逸れたが、とりあえず。
何でもそうだ。何だってな。
全ての知識は、電脳空間上にデータとして残されている。
新たな知識は、必ず詳細な説明がされる。
想像という『補佐』に頼らず、思考させる事なく全てを理解させる事が出来る。
何かを記憶しようとすれば、外部に "保存" が出来る時代だ。
何かを知ろうとしたならば、いとも簡単に答えが "読込" 出来る時代なんだ。
わざわざ自分の目で見て、頭で考え、『こんな感じかな』と思い浮かべる事は不要となる。
そうした進歩の先にある現代。人間の脳が行う事は、処理だけとなった。
想像、妄想、空想、幻想。それらのような『思い描くもの』はすべて、どこかで拾って来る事が出来るものとなったんだ。
◇◇◇
もっともこれは、今の時代の問題じゃない。
古い過去の時代――――それこそ、先に出た『スティーブ・ジョブズ』が逝去した時代から、多くの科学者たちによって提唱され続けている事だ。
……諸君らも身に覚えがないかね?
わからない事を自力で考えるより先に、インターネット検索に頼った経験。
見知らぬ料理屋に入る前に、口コミサイトで評判を調べた経験。
口頭で異国の情景を伝えられ、『とりあえず写真を見せてよ』と言った経験。
文字を入力する度に、『予測変換』に頼りすぎて、自筆で漢字が書けない経験。
派手な花火を見た時に、共有以外の目的で……記憶に頼らない記録として残すため、シャッターを切って保存した経験。
そして……難しい問題に直面し、『何が正しいのか』と選択を迫られた時。
自分のモラルや経験、どれをした時にどうなるのかという思考をすぐさま放棄して……『すでに誰かが見つけた正解』を調べ、そして実行した経験。
それらは決して間違いではない。文明の発展に合わせた正当進化だ。
しかしそれは、"機械じかけの半人間" じみた頭の使い方でもある。
自身の脳で考える事をせず、『見てわかる物』を参照する。
どこかに記録されたデータの積み重ねから、都合の良い物を "引っ張り出す" 。
それにより『想像する』というプロセスが、自然と淘汰されたんだ。
高度に技術が発展し過ぎた社会では、脳で考えるより先に、電脳世界の思考を読み取るようになる。
脳の一部が、ウェブに、記憶デバイスに、取って代わられてしまうんだ。
それゆえ人の想像力が、欠如する。
断片的な情報をたぐりよせ、統合する能力が損なわれる。
一つの事柄から広げて考えるという『想像による創造』が、自分の脳内では難しくなるんだ。
……もちろん個人の差はあるけどな。
――――だから、だ。
Re:behindの連中が、新たな名前を生み出せないのは。
体が伸びるから『伸びるカエル』。羽根があるから『白羽根うさぎ』。
皆の主な集落だから、ただの『首都』と呼ぶしか出来ない。
プレイヤーの名前だってそうだ。
名前を異国語にしただけの者。氏名を略しただけの者。過去の偉人の名を借りる者。
誰も彼もが工夫して生み出す事を考えず、単純な名付けばかりをしている。
考える力を失ったから、想像力がないから、創造力がないから。
新たな物を産み出せず、『常時接続可能な電子回路の共有脳』から既存の物を引っ張るだけになるってわけだ。
……『電脳』。
どうだ?
古来よりあるその言葉が、今となっては皮肉な響きに聞こえてこないか?
◇◇◇
「初めに行ったとおり、『なごみ』は『他者の気持ちを想像するちから』を道徳だと考えている。つまり、物を考えて思い描く能力があればこそ、道徳的な人間になれるという考えだ」
「……はい」
「そのために行われたのが、『Wizardry』という『文字のゲーム』で、アナログな情報だけを受け止めて、それを頭で空想するという、"想像力を鍛えるフェーズ" って訳だな。ああ、それとついでに……『剣と魔物の世界』の原点を理解する事が出来れば、その発展系のファンタジーなRe:behindで生き抜く力がつくとも考えられたらしいぞ」
「……すみません、質問があります。それは他の物ではいけなかったのでしょうか?」
「あ~……確かにな。グラフィックのないゲームや、複数人で行う "TRPG" 、もしくは文字を読む古典文学など……そうした他の候補はあったようだが、結局『Wiz』に落ち着いたと聞く。何しろアレには、登場人物がほとんど存在しないからな」
「登場人物が存在しないと、彼らにとって都合が良いのですか?」
「ああ。ストーリーもあやふやで、NPCとの対話も行われない、そこぬけに自由なロールプレイングゲームだからこそ、想像の余地が大きく生まれるだろう? それにかえって何も無いほうが、自分の道徳に基づく冒険が出来るだろうさ」
「なるほど……」
「『海に眠る秘宝を探せ』『山の頂にある剣を抜いてこい』『武器作成に必要な鉱石を採ってこい』、そんな指図をちょこちょこ受けて遊ぶ "言いなりのゲーム" には、プレイヤーの自由意志ってモンがないからなぁ」
「描写は最低限で、強制される事も作り手の思想を押し付けられる事も無い。自らの頭の中で全てを組み立てる事が可能だから、それが選ばれた……と」
「それに加えてRe:behindには、『Wiz』で学べる『剣と魔物と想像力』があってこそ、発揮される物があるだろう?」
「…………?」
「――――『魔法』、『ヒール』だよ。あれはプレイヤーのイマジネーションを形にしてる。ならば、『文字のRPG』で想像力が鍛えられたプレイヤーは……群を抜いた魔法を詠唱出来るだろうさ。
……それは例えば、詠唱せずともきっちり癒せて、詠唱すれば更に威力が増大するヒールだとかをな」
◇◇◇
「……ところで、小立川管理局長」
「あん?」
「古典文学や他のコンピュータ・ゲームを却下した理由は理解出来ましたが、"TRPG"はどうして駄目だったのでしょうか? 仮想空間とは言え複数人が顔を突き合わせて行うソレは、道徳の形成が期待出来る他者との交流として、また幻想的な想像力の強化としても、とても有用だと思うのですが」
「ああ……TRPGか。そりゃ駄目だ。ダメダメだよ」
「……すみません、それはなぜでしょうか?」
「あれは一人、GMを必要とするだろう? その役割をする人間は、道徳的に優れた者から選ぶ事になるじゃないか」
「…………?」
「『道徳的な優しいGM』だなんて――――遊戯になったもんじゃないだろうよ」
「…………あ……」
「GMってのは、底意地が悪くなきゃいけないんだ。それこそ俺らみたいにな」
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