第十六話 Be on a cruise
◇◇◇
『……ははっ、流石のクソ共だ。期待通りの害悪ぶりってな』
『チュ、チュウ~……』
『……さぁ、続きだドブネズミ。死力を尽くして逃げ場を探せ。俺の致命は……どこにだって潜んでるんだぜ』
ラットマンの戦陣を、縦横無尽に駆け回っていた【死灰】のマグリョウさん。
そんな彼がラットマンに囲まれながら、余裕の態度で首をコキコキ鳴らす。
そうした動きに繋げるように、腰の小瓶を複数掴んで……あちらこちらにぶん投げた。
ぼふ、と音が聞こえそうな映像。
捨てるように投げられた小瓶が破裂して、大量の灰を撒き散らす。
『…………』
……ひとしきりを終えた仮面の軍勢が、灰の中へ帰って行く。
次の獲物が見つかるまで、あの中で隠れてやりすごすのだろう。
自分たちの装備と同じ灰の空気に紛れ込み、安全が保証される場所で、ひっそりと。
『おいおい、よく見てみろよ。俺はこうして一人っきりだぜ? そこまで愚図の頭数を揃えていながら、何を攻めあぐねる事があんだよ?』
『チチィ……』
『……ソロに怯える "有象無象の大集団" か。ははっ! ダッセェなぁ、おい』
『チュ……チュウゥゥッ!!』
『チィ……ッ! チチチぃ!!』
そんな一時の静寂が生まれる戦場で、【死灰】がネズミを煽りだす。
……その言葉が通じたのか、それとも態度に腹を立てたか……3匹のラットマンが動きを見せた。
囲い込んでの強襲だ。
『ははっ! そうだなぁ! 俺を殺せばどうにかなるかもなぁ!』
『チュウ~ッ!』
『殺せるもんなら殺してみろよ、クソネズミィ……"ゆうなぎ"』
ラットマンが吠え、灰色が笑う。
数で囲んだネズミの群れを、ソロの男が迎え撃つ。
一対多。四面楚歌。数的不利。
しかし、それでもこの局面。
追い詰められているのは……果たしてどちらだろうか。
『……灰がたゆたうこの場では、【死灰】の全てが "致命的" だ。死に物狂いで逃げ惑い、生き残りの道を探って見せろ』
『チュゥ!』
『お……ははっ! 残念、地雷を踏んだな "間抜け"』
『チュ……!?』
槍を構えて突進をしたラットマンの足元で、ぱりんと何かが割れる音。
そして弾ける緑色の液体は、どうやら痺れる毒のようだ。
『……チュチュ……』
それを受けたラットマンが、地面に膝をつきそうになりながら、槍を支えに踏ん張って――――そうする懸命をあざ笑うかのように、『灰色のカブトムシ』が思い切り突き飛ばす。
……何だあの虫。どこから湧いた?
『……こいつ、最近見たんだ。すげえイカしてるだろ? 灰で出来てるから乗れはしねぇが、見た目は本物以上にクールだと思ってる。……なぁ、お前もそう思わねぇか?』
『チィ……!』
『……おい、この【死灰】が聞いてんだ。答えろよ。殺すぞ』
『チ、チィ……!』
『…………は? 意味わかんねぇ。わかんねぇから死ね、カスが』
灰が渦を巻き、形を作る。
大小様々な虫たちが、顎を鳴らして猛りだす。
それを統べる灰色の男が、姿勢を低くし突っ込んで、最前列のネズミの首を斬り飛ばす。
そんな男の後ろでは、カブトムシに突き飛ばされたラットマンが、いずこから湧き出た大量の手に掴まれて。
――――ここら一帯は処刑場。灰が覆った光のない場所。
陰に隠れた亡者が見つめ、落ち来る獲物を手ぐすね引く地。
【死灰】が作ったルールは単純。
"一撃必死"。
ダメージ=ゲームオーバーという、最大ライフが1の縛られプレイだ。
『どこから灰で、どこまでが俺なのか――……お前らに見切れるかよ、ネズミ共』
◇◇◇
◇◇◇
虐殺を始めた【死灰】のマグリョウさんからカメラが引いて、空の高い位置から戦場を映す。
……思わず安堵の息が出た。流石にショッキングが過ぎる映像だったから。
そんなこんなで見下ろし視点だ。
こうして見る戦場の全体図は、何だかシミュレーションゲームの一幕のように思えるな。
――――それにしても。
ラットマン側の戦列の、厚いこと厚いこと。
具体的な数はわからないけど、荒野エリアを埋め尽くすほど数がいる。
そんな大群が迫る戦場を、広く見下ろすような視点で見る。
最初の頃と比べると、いくらか全体の形が変わりつつあるようだ。
まずは、左翼。
ここはさっき映った謎のガチめな集団が攻め込む位置で、固まっていたラットマンが散り散りになりつつあるようだ。
攻勢と離脱を繰り返す彼らによって、陣形が乱されているのかもしれない。
次に、右翼。
この方向には言うまでもなく、【死灰】のマグリョウさんがいる。
実質的な数はたったの1で、決して力強く押せるような『戦力』ではないけれど……それでも、ビビらせるには十分だったようだ。
その一点から逃げるように動いて、整然としていた戦列を乱れさせるラットマンたちが見えた。
そんな中で、やっぱり一番大事なのが正面だ。
あの【正義】さん率いるプレイヤー軍の本隊が居る場所。リビハの総力が結集していると言ってもいいだろう。
そうした、最も重要な場所の戦況は――――いくらかばかり、押され気味だ。
目に見えて下がっているわけではないけど、空を流れる雲を見るように、ふと気づけば動いている感じ。
まだまだ首都に来るまで余裕はあるけど、このままではそのうち押し込まれるのは避けられない、といった所だろうか。
……なんか、あれだな。不甲斐ない。
どうせ戦うって言うのなら、もうちょい頑張ってくれないものかね。
俺と違って勇者みたいに立ち上がったアンタらなんだから、それなりに張り切って、きちんと勝利を収めて欲しい。
……自分本位で身勝手な事を言ってる自覚はあるけどさ。
どうしたって、そういう風に思ってしまうんだ。
「…………お?」
そんなワガママを考えている俺の目に、一つの異変が映り込む。
位置はプレイヤー側から見て左奥。【死灰】が戦うエリアの、もっとずっと奥の所。
そこのラットマンたちの陣形が、なんだか少しおかしく見える。
「……んん……?」
「何だ? あそこ」
そんな僅かな違和感に、首都で空を見るプレイヤーたちも気づいたようだ。
……あの位置だけ、ぽっかりと穴があいている。
あれはどういう事だろう? あそこに何があるのだろうか。
「……お、寄るぞ」
「……ああ……」
何となく、本当に何となく独り言を呟いた。
それを聞いた近くのプレイヤーが、ぽかんと口を開けたまま相槌を打ってきた。
……カメラが寄る。地面に落下するように。
そして徐々に見えてくるのは…………一つの黒。
「…………あ……」
わかった。気づいた。あいつは……あいつだ。
【七色策謀】【新しい蜂】【死灰の片腕】【金王の好敵手】。
そんなにたくさん二つ名があるのに、最近更に【黒い正義】という名まで手にした男。
サクリファクト。
俺の大嫌いなプレイヤーだ。
何だあいつ。何しに来たんだ。
白い荷物を小脇に抱えて、あんな所で何をして――――
『……なんかちょっと、奥に来すぎちゃったな』
『…………』
『まぁいいか。そのほうが色々都合もいいだろうし……なぁ?』
『…………』
そうして語るあいつが抱える白い荷物が、もぞりもぞりと動き出す。
あれは、人か? プレイヤーなのか?
距離が遠くてよくわからない。
『……まーまー』
……聞こえて来たのは、あどけない声。
動画で一度見たきりで、だけど決して忘れられない声だ。
『ちゃんと』
……あれ、荷物じゃなかったのか。プレイヤーだったんだな。
しかも、とびきり有名な。
『ぷれい』
白い肌、白いローブ、白い頭に白い百合。
全てが真っ白の小柄な少女。
『いんぼーく』
誰もが憧れ、そして誰もが恐れるRe:behindのデッドエンド。
『えりあひーる』
【聖女】のチイカが "癒やし" をばら撒き、辺り一面血に染まる。
……【聖女】の周りの、サクリファクト以外の全てが、頭を弾けさせて息絶えた。
◇◇◇